花間集訳注解説 (96)回目韋莊二十二首-5《巻二32 浣溪沙五首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8138

 (96)回目韋莊二十二首-5《巻二32 浣溪沙五首其五》 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

201728

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-046-#2卷182_48 秋夜獨坐懷故山(卷二三(二)一三五七)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8135

 

 

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744年-集06 【字解集】 送族弟綰・送程劉二侍御・前有樽酒行・春日行Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8099

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-28 全唐詩338_25 #3寒食日出游 -#3 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8136

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-71 七月一日題終明府水樓二首其一 杜詩詳注(卷一九(四)一六五一)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8143

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a槐葉冷淘・ b上後園山・c季夏送弟韶字解 杜詩詳注Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8131

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

杜甫詩 全詩 総合案内 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集訳注解説 (96)回目韋莊二十二首-5《巻二32 浣溪沙五首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8138 (02/08)

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-038 室思一首一章 〔徐 幹〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8139

 

 

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玉集-07 秦嘉妻答詩・飲馬長城窟行・飲馬長城窟行 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8133

 

 

●薛濤の全詩

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花間集訳注解説 (96)回目韋莊二十二首-5《巻二32 浣溪沙五首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8138

 (きれいな谷間が春のきれいな水でさらした反物を干す砂浜にいっぱいになる早春になったのに、天子の御殿がすぐ近くにあっても、その間には深い海が横たわっている、でもいつの日か手を携えて長安の街を通り抜け、春の行楽に往けることだろうと詠う。)

秋冬と長い夜を独りで過ごしてきた、よごと眠れぬままに過ごしてきて今日もあとわずかになる。なにもすることはなく、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を欄干により添い眺めたりする。あのお方に、思いを馳せることしかなく、一人寝の錦の掛け布団は寒い。それでも、寵愛を受ける事だけ思い続けている。間直にある画堂の御殿との間、、あのお方の御殿とは僅かの距離でしかないのに、まるでそこには渡たることのできない深い海のようなものがある。だけど、ただひたすら以前もらった手紙を手に取って見て寵愛を受けていたころをおもいだすことしかない。いつになったら晋の謝安のように春の日に手を携えてもらって長安の大明宮の御殿に入れるのだろう。そう思って生きていくしかないのだ。

 

 

 

 

 

花間集 巻二

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《浣溪沙五首》韋莊

 

 

 

 

 

 

5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》二巻33-83

 

浣渓沙五首 其五

 (きれいな谷間が春のきれいな水でさらした反物を干す砂浜にいっぱいになる早春になったのに、天子の御殿がすぐ近くにあっても、その間には深い海が横たわっている、でもいつの日か手を携えて長安の街を通り抜け、春の行楽に往けることだろうと詠う。)

夜夜相思更漏殘、傷心明月凭欄干。想君思我錦衾寒。

秋冬と長い夜を独りで過ごしてきた、よごと眠れぬままに過ごしてきて今日もあとわずかになる。なにもすることはなく、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を欄干により添い眺めたりする。あのお方に、思いを馳せることしかなく、一人寝の錦の掛け布団は寒い。それでも、寵愛を受ける事だけ思い続けている。

咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看。幾時攜手入長安。

間直にある画堂の御殿との間、、あのお方の御殿とは僅かの距離でしかないのに、まるでそこには渡たることのできない深い海のようなものがある。だけど、ただひたすら以前もらった手紙を手に取って見て寵愛を受けていたころをおもいだすことしかない。いつになったら晋の謝安のように春の日に手を携えてもらって長安の大明宮の御殿に入れるのだろう。そう思って生きていくしかないのだ。

(浣溪沙)

夜夜相ひ思ひて 更漏殘れ。明月に傷心して欄干に凭る。

君を想ふに我を思ひて 錦の衾 寒からん。

咫尺の畫堂 深きこと海に似,憶ひ來って唯だ舊き書を把りて看る。

幾れの時か手を攜へて長安に入らん。

 

 

5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》

《浣溪沙》 現代語訳と訳註

(本文浣渓沙五首 其五

夜夜相思更漏殘、傷心明月凭欄干。想君思我錦衾寒。

咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看。幾時攜手入長安。

 

 

(下し文)

(浣渓沙五首 其五)

夜夜の相思 更漏殘れ。明月に傷心して欄干に凭る。

君を想ふに我を思ひて 錦の衾 寒からん。

 

咫尺の畫堂 深きこと海に似,憶ひ來って唯だ舊き書を把りて看る。

幾れの時か手を攜へて長安に入らん。

 

 

(現代語訳)

 (きれいな谷間が春のきれいな水でさらした反物を干す砂浜にいっぱいになる早春になったのに、天子の御殿がすぐ近くにあっても、その間には深い海が横たわっている、でもいつの日か手を携えて長安の街を通り抜け、春の行楽に往けることだろうと詠う。)

秋冬と長い夜を独りで過ごしてきた、よごと眠れぬままに過ごしてきて今日もあとわずかになる。なにもすることはなく、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を欄干により添い眺めたりする。あのお方に、思いを馳せることしかなく、一人寝の錦の掛け布団は寒い。それでも、寵愛を受ける事だけ思い続けている。

間直にある画堂の御殿との間、、あのお方の御殿とは僅かの距離でしかないのに、まるでそこには渡たることのできない深い海のようなものがある。だけど、ただひたすら以前もらった手紙を手に取って見て寵愛を受けていたころをおもいだすことしかない。いつになったら晋の謝安のように春の日に手を携えてもらって長安の大明宮の御殿に入れるのだろう。そう思って生きていくしかないのだ。


 
韋莊

836910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭筠と並んで温韋と併称され、晩唐期を代表する詞人である。韋莊の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

 

(訳注) 5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》二巻33-83

浣溪沙

74. (きれいな谷間が春のきれいな水でさらした反物を干す砂浜にいっぱいになる早春になったのに、天子の御殿がすぐ近くにあっても、その間には深い海が横たわっている、でもいつの日か手を携えて長安の街を通り抜け、春の行楽に往けることだろうと詠う。)

寒食、清明節のころになっても、寵愛を受けることが無くなった妃嬪の春の行楽を夢見て過ごす妃嬪のようすを詠うもの。

75.唐の教坊の曲名。『花間集』83番目、巻二の23番目の詩、韋荘の詩は花間集に四十七首所収、浣溪沙は五十七首所収で、韋莊の作は五首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で⑦⑦⑦/7⑦⑦の「AAA/AA」詞形をとる。

浣渓沙五首 其一

淸曉妝成寒食天 柳球斜嫋間花鈿 捲簾直出畫堂

指點牡丹初綻朶 日高猶自凭朱 含顰不語恨春

  

  

浣渓沙五首 其二

欲上鞦韆四體傭 擬教人送又心忪 畫堂簾幕月明

此夜有情誰不極 隔墻梨雪又玲瓏 玉容憔悴惹微

●●○○●●○  ●△○●●○○ ●○○●●○△

●●●○○△● ●○○●●○○  ●○○●●○○

浣渓沙五首 其三

惆悵夢餘山月斜 孤燈照壁背窗紗 小樓高閣謝娘

暗想玉容何所似 一枝春雪凍梅花 満身香霧簇朝

   

   

浣渓沙五首 其四

緑樹藏鶯鴬正啼 柳絲斜拂白銅堤 弄珠江上草萋

日暮飲歸何處客 綉鞍驄馬一聲 満身蘭麝醉如

   

   

浣渓沙五首 其五

夜夜相思更漏殘 傷心明月凭欄干 想君思我錦衾

咫尺畫堂深似海 憶來唯把舊書 幾時攜手入長

  

  

この詞は花間集 韋荘の浣溪沙 其五である。

・韋莊:韋荘。唐末、蜀の詞人。

 

夜夜相思更漏殘、傷心明月凭欄干、想君思我錦衾寒。

秋冬と長い夜を独りで過ごしてきた、よごと眠れぬままに過ごしてきて今日もあとわずかになる。なにもすることはなく、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を欄干により添い眺めたりする。あのお方に、思いを馳せることしかなく、一人寝の錦の掛け布団は寒い。それでも、寵愛を受ける事だけ思い続けている。

76・夜夜:秋冬と長い夜を独りで過ごしてきたこと。単なるよごとではない。詞題から、夜が次第に短くなってきていること、辛い長い夜というのを強調する語である。

77・相思:大事な人を思いしのぶ。相は、相互にの意味は、この場合は弱い。相思相愛の相思とは違う。現代語に単相思(片思い)がある。但し、想君思我錦衾寒のとり方によっては、「相互に」の意味になる。ここは、ある時期、ある期間、相互相思であったこと、寵愛を受けていた期間があったことをいう。この詩は李白《長相思》詩に基づいて作られた詩のように感じられる。

長相思

長相思,在長安,絡緯秋啼金井闌。

微霜淒淒簟色寒,孤燈不明思欲

卷帷望月空長歎,美人如花隔雲端。

上有青冥之長天,下有水之波瀾。

天長路遠魂飛苦,夢魂不到關山難。

長相思,摧心肝。

(長相思)

長相思,長安に在り,絡緯 秋啼く 金井闌。

微霜 淒淒 簟色寒し,孤燈 明らかならず 思いえんと欲す。

帷を卷き 月を望んで空しく長歎し,美人 花の如く雲端を隔つ。

上には青冥の長天有り,下には淥水の波瀾有り。

天長く 路遠くして 魂 飛ぶこと苦なり,夢魂 到らず 關山難し。

長相思,心肝を摧く。

(寵愛を失っても、あの方のことを思い続けるしかないと詠う。)

あの人のことを長く思い続けている妃嬪は、長安に在る。秋も深く金の飾りを鏤めた井戸端のあたりでは蟋蟀がしきりに機織りの様な声を立てて啼いている。

夜間、薄霜が降りて冷え冷えとし、“もしか”と思い寝牀に敷いていた簟の色さえ寒々としている。この時に当たり、半分消えかかったような孤燈をとってかかげて、絶えぬ愁いの意を抱き続けている。

そして、とばりを巻き上げて、月を見上げて、空しく長嘆の声を発してみる。なぜなら、寵愛を失った妃嬪であっても牡丹の花のように美しさをたもっているけれど、月とおなじように、遠く雲端を隔てて天涯におかれているからである。

上には、蒼蒼とした仙郷のごとく天は何処までも続き、下には、澄み切った水の上に波瀾を生じて広げる。

このように天は長く、道は遠いために、魂が飛んでゆくことは苦しく、夢中の魂すら飛んでゆくことは難しい。

そこで、ずっと長く思い続けるしかなく、それが心も体も砕くことになっても思い続けるのだ。

136 《長相思》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <136> Ⅰ李白詩1321 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5153

 

78・更漏:水時計。転じて時間。漏刻が部屋にある後宮の妃嬪の部屋。

79・殘:のこりすくない。そこなう。ここでは、残る、残り、等ではない。残更になったこと。明け方、午前四時頃になったこと。慕う気持ちが残っていること、残は残暑、残更、名残、の残。

80・傷心:心をいためること。妃嬪は、どんな場合でも、寵愛を受ける準備をしておかないといけない。

81・凭欄干:準備をしているから、待つのは侘しいことであり、呆然として高殿の手すりに寄り添うこと。この時代に、妃嬪、富貴の愛妾でなければ、何もしないで生活できることはない。妃嬪は、景色を眺めたりしながら、物思いに耽ることで、詞では想いに耽るという場合の常套表現。倚欄干、憑欄干等に同じ。

82・錦衾寒:錦の掛け布団が寒い。つまり独り寝で、夜を過ごしていることを、主人公は想像している。

この三句は、長い夜、眠れぬまま、一人で過ごす布団が寒いこと、ちょうあいをうしなって、生甲斐を失いかけていることを表現するものである。

 

咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看、幾時攜手入長安。

間直にある画堂の御殿との間、、あのお方の御殿とは僅かの距離でしかないのに、まるでそこには渡たることのできない深い海のようなものがある。だけど、ただひたすら以前もらった手紙を手に取って見て寵愛を受けていたころをおもいだすことしかない。いつになったら晋の謝安のように春の日に手を携えてもらって長安の大明宮の御殿に入れるのだろう。そう思って生きていくしかないのだ。

83・咫尺:僅かの距離。咫は八寸。ここでは、画堂が小さいことをいう。

84・畫堂:麗しく彩色を施した建物。

85・深似海:狭い画堂が海のように深く感じられる。画堂に住んでいる主人公の孤独感、寂寥感を表している。天子との間にわたることのできない深い海に隔てられているというほどの意。

86・憶來:おもいだしては。来は、動詞に着く助動詞のような働きをする。

87・把:…をとって、…もって。把は手に持つ、握るというのが、基本的な意味で、ここもその意味になる。

88・舊書:昔の手紙。

89・攜手:攜=携に同じ。手を持つ。手をつなぐ。異性を指す。

晋謝安を詠った李白『送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈』李白『憶東山二首其二』  「攜妓東山去。 春光半道催。遙看若桃李。 雙入鏡中開。」(姪良が二姥を携えて会稽に赴くを送り、戯れに此の贈有り、妓を携えて 東山に去れば。春光 半道に催す。遙(はるか)に看る 桃李(とうり)の若く、双(ふた)つながら鏡中に入って開くを。)

『送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈』
攜妓東山去。 春光半道催。 
遙看若桃李。 雙入鏡中開。
 
姪良が二姥を携えて会稽に赴くを送り、戯れに此の贈有り
妓を携えて 東山に去れば。春光 半道に催す。
(はるか)に看る 桃李(とうり)の若く、双(ふた)つながら鏡中に入って開くを。

送姪良携二妓赴会稽戯有此贈  李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -287
○漢の謝安(字は安石)が始寧(会稽紹興市の東の上虞県の西南)に隠居して朝廷のお召しに応じなかったのは「東山高臥」といって有名な講である。山上に謝安の建てた白雲・明月の二亭の跡がある。また、かれが妓女を携えて遊んだ寄薇洞の跡もある。○携 佳人=美人=芸妓を携える。謝安の故事をふまえる。府城臥竜山南にあった白樓亭のこと。『会稽志卷第九』山府城の卧龍山府に其東麓に治据されていた。山陰陽經雲种山、また別名として重山は越大夫の种所葬られた太平御覧种山の名としたである。山南道で旧と傳えられる白楼亭は今の遺址は関連性からいうと不確かであるが、山頂にある城隍祠ああって、其の西南の越王台の下にある。

憶東山二首其二

我今攜謝妓。 長嘯人群。

欲報東山客。 開關掃白云。

我 今 謝妓を攜え。 長嘯して 人群をつ。

東山の客に報わんと欲っす。關を開いて 白云を掃く。

私は今謝安が東山で芸妓ととも過ごしていたころと同じだ、気合を入れて、時が来れば、長い歌を吟じて奸臣の輩を絶滅させるのだ。

謝安のように東山の客としていた以上は同じように時期が来れば立ち上がって、国を救おうと思っている。長安の状態を打開して叛乱軍を平定して偽の皇帝と名乗っているものを払い落としてみせる。

憶東山二首其二 李白 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -270

 

 

 

韋莊

 

836910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭第と並んで温蒙と併称され、晩唐期を代表する詞人である。喜涯の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

 

 

 

 

 

 

 

ID

作  品  名

 

 

■ 韋相莊(韋荘【いそう】)四十七首

 

 

1

二巻

浣溪沙 其一(淸曉妝成寒食天)韋莊 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-264-5-#18 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2867

 

 

2

二巻

浣渓沙 其二 (欲上鞦韆四體傭) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-265-5-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2872

 

 

3

二巻

渓沙 其三 (惆悵夢餘山月斜) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-266-5-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2877

 

 

4

二巻

浣渓沙 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-267-5-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2882

 

 

5

二巻

浣渓沙 其五 (夜夜相思更漏殘) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-268-5-#22  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2887

 

 

6

二巻

菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2617

 

 

7

二巻

菩薩蠻 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2622

 

 

8

二巻

菩薩蠻 三 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2627

 

 

9

二巻

菩薩蠻 四 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2632

 

 

10

二巻

菩薩蠻 五 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2637

 

 

11

二巻

歸國遙 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2642

 

 

12

二巻

歸國遙 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2647

 

 

13

二巻

歸國遙 其三 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2967

 

 

14

二巻

應天長 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2662

 

 

15

二巻

應天長 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2667

 

 

15

二巻

荷葉杯 其一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2942

 

 

16

二巻

荷葉杯 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2672

 

 

17

二巻

淸平樂(一) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2682

 

 

18

二巻

淸平樂 (二) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2687

 

 

19

二巻

淸平樂(三) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2692

 

 

20

二巻

清平楽 其四 韋荘 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2962

 

 

21

二巻

望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2972

 

 

22

三巻

謁金門 其一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2947

 

 

23

三巻

謁金門二首 其二 韋荘 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩i紀頌之2677

 

 

24

三巻

江城子 其一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩kanbuniinkai紀頌之3022

 

 

25

三巻

江城子 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之3027

 

 

26

三巻

河傳 其一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之の漢詩ブログ2977

 

 

27

三巻

河傳三首 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩紀頌之2982

 

 

28

三巻

河傳三首 其三 韋荘  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2987

 

 

29

三巻

天仙子 其一 ~ 其五 其一 韋荘  紀頌之の漢詩ブログ2897

 

 

30

三巻

天仙子 其二 韋荘  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2902

 

 

31

三巻

天仙子 其三 韋荘  紀頌之の漢詩ブログ2907

 

 

32

三巻

天仙子 其四 韋荘  紀頌之の漢詩ブログ2912

 

 

33

三巻

天仙子 其五 韋荘  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2917

 

 

34

三巻

喜遷鴬 其一 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3012

 

 

35

三巻

喜遷鴬 其二 韋荘 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3017

 

 

36

三巻

思帝郷 其一 韋荘 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2992

 

 

37

三巻

思帝鄕 韋荘 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2697

 

 

38

三巻

訴衷情 其一 韋荘 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3002

 

 

39

三巻

訴衷情 其二 韋荘 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3007

 

 

40

三巻

上行杯 其一 韋荘 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3032

 

 

41

三巻

上行杯 其二 韋荘 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3037

 

 

42

三巻

女冠子 一 韋荘 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2652

 

 

43

三巻

女冠子 二 韋荘 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2657

 

 

44

三巻

更漏子 韋荘  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2957

 

 

45

三巻

酒泉子 韋荘 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2922

 

 

46

三巻

木蘭花 韋荘  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2927

 

 

47

三巻

小重山 韋荘 ⅩⅫ唐五代詞・紀頌之の漢詩ブログ2997

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長安春 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩 kanbuniinkai紀頌之2892

 

 

 

 

古別離 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩kanbuniinkai紀頌之2932

 

 

 

 

題酒家 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩kanbuniinkai紀頌之2937

 

 

 

 

金陵圖 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・kanbuniinkai紀頌之2952

 

 

 

 

 

 

 

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