花間集 訳注解説 巻二-26 (89)回目皇甫松十一首 《夢江南二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8096

 巻二-26 (89)回目皇甫松十一首 《夢江南二首其二》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

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767年-67#3 槐葉冷淘#3 杜詩詳注(卷一九(四)一六四五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8095

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a槐葉冷淘・ b上後園山・c季夏送弟韶字解 杜詩詳注Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8131

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

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杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

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杜甫詩(7)759年秦州詩 66

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杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

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(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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玉集-06 同聾歌・贈婦詩三首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8085

 

 

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花間集 訳注解説 巻二-26 (89)回目皇甫松十一首 《夢江南二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8096

(石頭城近くの駅舎に泊まって、六朝文化が花開いた頃に思いをはせて詠ったもの)その二

酔い覚ましに高楼に上りうとうとしていると、名残月は西に傾き、羽飾り旗に重なり、簾をおろして出発の準備をする。それにつけても、夢に見るのは南斉の文化的な中心であった金陵が恨み嘆き事の渦巻いているところであり、あのころは、桃が花を咲かせ、柳絮が長江のほとりに立つ石頭城郭には一杯に文化の花が開いたのである。そして、国が亡ぼうというのに、雲型の兩の鬢をととのえた女を侍らして、坐して笙をふいていた。

 

 

 

 

 

花間集 巻二

 

 

 

 

 

 

 82. 

皇室は各種の政治的原因と西晋、東晋以来の門閥観念によって、名族と姻戚関係をもちたいと望んでいたから、彼女たちは特別厚い礼をもって宮中に招かれた。ごく少数であるが、徳と才能と容姿によって宮中にその名を知られ、特別に厚い礼をもって招かれた女性もいた。彼女たちの出身は必ずしも貴顕ではなかったが、大多数は文武百官、あるいは士大夫階級の娘であった。

たとえば、太宗の徐賢妃は才能、学識が衆に抜きんでていたので招かれて才人となったが、武則天はと言えば美貌によって招かれて後宮に入っている。こうした部類の女性たちは皇室の特別厚い礼によって招かれた人々であったから、大部分は後宮に入った後、高い位の妃嬢や女官に封じられ、身分はよりいっそう高かった。

 

唐朝の諸帝は、前後して何度となく民間の良家の娘を広く選抜して後宮に入れた。唐朝の初め、尚書省は次のように奏上している。「近頃、後宮の女官の選抜に身分の購しい者どもが選ばれ、礼儀作法がないがしろにされております(侍女や歌姫・舞姫から抜擢された者を指す)。また刑罰や死刑にあった家の女もおりますが、これらは怨恨の積った者たちであります(罪に連坐して後宮に没収された者を指す)。そのため、今後、後宮や東宮(皇太子の宮殿)の女官に欠員が生じた場合は、みな良家の才智と徳行のある女性を当て、礼をもって招聴されますように。また罪人として宮廷に入れられた者や、もともと下賎の家の者はみな補充に当てないようお願いいたします」(『資治通鑑』巻一九五、太宗貞観十三年)と。

 

十数歳に達した「良家の子女」は、この種の選抜をへて多数宮廷に入ったのであるが、彼女たちの中のほんの少しの者だけが幸運を得て妃嬢に列し、大多数の者は名もなき宮女のままで生涯を終えたのである。このように良家の子女を選抜するのが、宮廷女性の主要な来源であり、宮廷女性の中で少なからざる比率を占めていた。

 

歴代の皇帝は宮女を選別するのに、決してこれほど厳格な規定を持ってはいなかった。皇帝たちは名門の令嬢でも、貧しい家の娘でも、はては娼妓、俳優などの賎しい女たちであろうとも、ただ容姿、技芸が衆に抜きんでていれば、一様に選んで宮廷に入れたのであった。

 

皇族、大臣や藩鎮(節度使)などが民間の美人を捜し出して献上した。藩鎮の大半が入朝の際にも女口を献上しょうとし、干嘩韓弘は歌舞妓、女楽(楽器を奏でる妓女)を献上した。こうした女口たちの中には娼優(娼妓、俳優)や個人が所有する家妓・姫妾、それに若干の名もなき民家の娘も含まれていた。

 

 

 

皇甫松9《巻2-25 夢江南二首其一》

夢江南二首 其一

(江南で過ごした日、水陸駅では、毎夜送別の宴が開かれ、一夜の思い出をつくったと詠う)

蘭燼落,屏上暗紅蕉。

香油の入った蝋燭の燈芯が燃え尽き、蝋のしずくが落ちる、屏風絵の紅蕉(カンナ)の花に焔の残りが照らすのも薄暗い。

閒夢江南梅熟日,夜船吹笛雨蕭蕭。

江南は素晴らしいところだった、夢路に辿るのは江南の初夏、梅の実が熟すころのこと、夜の船遊びで笛の音がひびき、雨はしとしとと降って、雨だれが鼓のように和合して伝わってきたものだ。

人語驛邊橋。 

そこは、水陸駅の水辺であり、陸路の要衝である橋の側の亭から送別の宴の話し声が聞こえてきたのだ。

(夢江南二首 其の一)

 蘭燼【らんじん】落ち, 屏上【へいじょう】紅蕉【こうしょう】暗し。

 閒夢【かんむ】江南 梅 熟す日, 夜船の吹笛 雨 蕭蕭たり。

人は語る 驛邊の橋。

 

 

皇甫松10《巻2-26 夢江南二首其二》

夢江南二首 其二

(石頭城近くの駅舎に泊まって、六朝文化が花開いた頃に思いをはせて詠ったもの)その二

樓上寢,殘月下簾旌。

酔い覚ましに高楼に上りうとうとしていると、名残月は西に傾き、羽飾り旗に重なり、簾をおろして出発の準備をする。
夢見秣陵惆悵事,桃花柳絮滿江城,

それにつけても、夢に見るのは南斉の文化的な中心であった金陵が恨み嘆き事の渦巻いているところであり、あのころは、桃が花を咲かせ、柳絮が長江のほとりに立つ石頭城郭には一杯に文化の花が開いたのである。

雙髻坐吹笙。

そして、国が亡ぼうというのに、雲型の兩の鬢をととのえた女を侍らして、坐して笙をふいていた。

 

(江南を夢む二首 其の二)

樓上に寢り,殘月は簾旌に下る。

夢見 秣陵惆悵事,桃花柳絮滿江城,

雙髻坐吹笙。

 

 

『夢江南二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文) 

夢江南二首 其二

樓上寢,殘月下簾旌。

夢見秣陵惆悵事,桃花柳絮滿江城,

雙髻坐吹笙。

 

(下し文)

夢江南二首 其二

樓 上りて 寢,殘月 下りて 簾旌す。

夢 秣陵 惆悵の事を見て,桃花 柳絮 江城に滿つ,

雙髻 坐して 笙を吹く。

 

(現代語訳)

(石頭城近くの駅舎に泊まって、六朝文化が花開いた頃に思いをはせて詠ったもの)その二

酔い覚ましに高楼に上りうとうとしていると、名残月は西に傾き、羽飾り旗に重なり、簾をおろして出発の準備をする。

それにつけても、夢に見るのは南斉の文化的な中心であった金陵が恨み嘆き事の渦巻いているところであり、あのころは、桃が花を咲かせ、柳絮が長江のほとりに立つ石頭城郭には一杯に文化の花が開いたのである。

そして、国が亡ぼうというのに、雲型の兩の鬢をととのえた女を侍らして、坐して笙をふいていた。

 

(訳注)

夢江南二首 其二

83.(石頭城近くの駅舎に泊まって、六朝文化が花開いた頃に思いをはせて詠ったもの)

・夢江南:【ぼうこうなん】単調の望江南、望江南、謝秋娘、夢江南、憶江南と同調。「夢」の音は「ぼう」がふさわしい。「む」は慣用音。なお「望江南」は【ばうこうなん】と言う。詞の形式名。花間集二巻第所収。 平韻 一韻到底。韻式は「AAA」。

かつて江南の水陸駅で過ごした日、一夜の思い出を詠う。夢に見たということで、旅の夜の思い出を描く。梅の実の熟す頃の江南、しとしとと雨の降る夜、宿駅の橋、船の中で誰かが吹く笛、遅くまで送別の話し声が聞こえてくる、と。皇甫松の詩は自身の経験の詩ではなく、客観的に見、女と過ごすということは、こういうことだろうと、閨情の様子を想定する。

唐の教坊の曲名。『花間集』には六首あり、皇甫松の作が二首収められている。夢江南二作品中の第一である。単調二十七字、五句三平韻で、37⑦⑤の詞形をとる。

其一

蘭燼落  屏上暗紅
閒夢江南梅熟日  夜船吹笛雨蕭
人語驛邊

  
  

其二

樓上寢  殘月下簾
夢見秣陵惆悵事  桃花柳絮滿江
雙髻坐吹

  
  

白居易の「憶江南」「江南好,風景舊曾諳。 日出江花紅勝火,春來江水綠如藍。 能不憶江南。」「夢江南」と「憶江南」は同一詞調。(江南好し。風景 旧【もと】より 曽て諳【そら】んず、日出づれば 江花 紅きこと火に勝り。春来れば 江水 緑なること 藍の如し、能く 江南を 憶はざらんや。)江南は素晴らしい。その風景はずっと昔から私の記憶に焼きついている。太陽が昇ると江上の花は火のように真っ赤に見え、春が来れば江の水は藍のように緑色になる。どうして江南を慕わずにいれよう。

江南好  風景舊曾
日出江花紅勝火  春來江水綠如
能不憶江

  
  

韻式は「AAA」で、花間集「夢江南」の基本になったものである。

 

樓上寢,殘月下簾旌。

酔い覚ましに高楼に上りうとうとしていると、名残月は西に傾き、羽飾り旗に重なり、簾をおろして出発の準備をする。

84. 旌 旗竿(はたざお)のさきに旄(ぼう)という旗飾りをつけ、これに鳥の羽などを垂らした旗。天子が士気を鼓舞するのに用いる。また、旗の総称。駅舎に高官が宿泊している。

 

夢見秣陵惆悵事,桃花柳絮滿江城,

それにつけても、夢に見るのは南斉の文化的な中心であった金陵が恨み嘆き事の渦巻いているところであり、あのころは、桃が花を咲かせ、柳絮が長江のほとりに立つ石頭城郭には一杯に文化の花が開いたのである。

85. 秣陵 秣陵県 (江蘇省) - 江蘇省南京市の古称。 (秣陵県 - 河南省周口市沈丘県の古称。)もともと金陵という名であったが、望気者が「王者の都たるべき地勢である」と言ったので、それを嫌った始皇帝は山を削って地形を変え、つまらない名を付けたのである。建安十六年(211)、孫権は張紘の進言を容れて治府を呉から秣陵に移し、翌年には石頭に築城して建業と改名した。

86. 惆悵 恨めしく思うこと。恨み嘆くこと。うらめしい。うらみがましい。温庭筠『更漏子 一』「惆悵謝家池閣」  謝女というのは晋の謝安が東山の彼を愛した故事から出たもの。過去女もそういう時期もあった。李白『送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈』「攜妓東山去。 春光半道催。遙看若桃李。 雙入鏡中開。」送姪良携二妓赴会稽戯有此贈  李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -287
池閣は、謝霊運の「池塘生春草」謝霊運の「池塘生春草」にかけて、池堀に春草の生ずるようになったという春情にかける意がある。

87. 桃花柳絮滿江城 六朝期に南朝の都、建康、金陵、石頭城の栄枯盛衰をいうものである。南斉の文化的な中心は、武帝の第2子である竟陵王蕭子良(460 - 494年)のサロンであった。彼の邸宅である西邸には当時の第一級の文人が集い、その代表的な8名を「竟陵の八友」と呼んでいる。蕭衍もその一人に数えられていた。

蕭道成は宋から禅譲を受ける過程で宋の皇族が互いに殺し合い滅亡を成した事をよく知っていたため、一族には宋の二の舞を演じぬように諌めていた。だが明帝や東昏侯のために結局は同じ末路をたどる結果となった。

李商隠《南朝》「満宮学土皆顔色、江令當年只費才。」千人以上の宮女たちをあつめ、宮廷に女学士を選定し、いずれ劣らぬ美貌揃いであふれた。尚書令の江総は、当時、後主の荒淫の賛辞にひたすら詩文の才能を費したのである。

 

雙髻坐吹笙。

そして、国が亡ぼうというのに、雲型の兩の鬢をととのえた女を侍らして、坐して笙をふいていた。

88. 雙髻 シュモクザメのような髪型をいう。

 

陳後宮 李商隠  :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 54

陳後宮
茂苑城如畫、閶門瓦欲流。
茂苑が広がる都は絵のように美しく、呉の都の西の閶門の瓦は水が流れうるおうようにかがやいていた。
還依水光殿、更起月華棲。
水と光とする宮女との戯れを御殿により愛でた、月と華をと宮女たちを賞美する楼閣までさらに建てたのだ。
侵夜鸞開鏡、迎冬雉獻裘。
夜の更けるまで鑾を刻した鏡を開いてお化粧が続き、冬になると雉の首の裘という奇態な物も献上されました。
従臣皆牛酔、天子正無愁。
家来どもはみな酔い心地、無愁天子さまはその名の通り何の愁いもありませんでした。

南 朝 
地險悠悠天險長、金陵王気應瑤光。
地勢の恵み自然の要害によるはるかかなたまでの領土、天から気候、風土の恵みにより、長い距離移動、穀物生産による豊かな国。金陵という名は、昔から王気漂う運気の強いところ、天界の斗宿とも合致応じている。
休誇此地分天下、只得徐妃半面粧。

これだけの国力があって、自分の国を誇れるまではない、漢民族が南を制しているだけで天下を二分されたままだ。ご自分の王妃、徐妃でさえ顔の半分だけに化粧をして馬鹿にされたと同様、たかだか全土の半分しか領土にし得なかったということだ。

南 朝 
玄武湖中玉漏催、鶏鳴埭口繍襦廻。
楽遊園に造った玄武湖で宋の文帝は、行楽し、玉の水時計に急かされ時を惜しんで遊び耽った。楽遊園の堤は鶏鳴埭と名づけられるほど南斉の武帝は行幸し、お付の官女たちの短いうす絹の襦袢が旋舞するのに興じた。
誰言瓊樹朝朝見、不及金蓮歩歩來。
誰が言うのか、陳後主の張貴妃や孔貴嬪、光り輝く宝玉のように美しい樹が朝な朝な立ち現われる美しさと荒淫。それが一足歩む度に美しき黄金の蓮が咲かせた南斉東昏侯の潘妃にしたことが劣るなどというのか。
敵国軍營漂木柹、前朝神廟鎖煙煤。
敵国である隋の陣営は、木くずを流して戦艦建造中と警告したのに、対する陳朝では、先帝の祭祀の日も後宮から出ず荒淫に耽り、霊廟もすすけたままだった。
満宮学土皆顔色、江令當年只費才。
千人以上の宮女たちをあつめ、宮廷に女学士を選定し、いずれ劣らぬ美貌揃いであふれた。尚書令の江総は、当時、後主の荒淫の賛辞にひたすら詩文の才能を費したのである。

 

 

― 温庭筠 ―

夢江南二首 其一

千萬恨,恨極在天涯。

山月不知心裏事,水風空落眼前花,搖曳碧雲斜。

 

夢江南二首 其二

梳洗罷,獨倚望江樓。

過盡千帆皆不是,斜暉脉脉水悠悠,腸斷白蘋洲。

 

― 皇甫松 ―

夢江南二首 其一

蘭燼落,屏上暗紅蕉。

閑夢江南梅熟日,夜舡吹笛雨蕭蕭,

人語驛邊橋。

 

夢江南二首 其二

樓上寢,殘月下簾旌。

夢見秣陵惆悵事,桃花柳絮滿江城,

雙髻坐吹笙。

 

― 牛嶠 ―

夢江南一首 

含泥燕,飛到畫堂前。

占得杏樑安穩處,體輕唯有主人憐,堪羨好因緣。

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