花間集 巻一04 訳注解説(9)回目 菩薩蠻十四首 其四漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7616

花間集 巻一04 訳注解説(9)回目 菩薩蠻十四首 其四漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7616

 


        
 2016年11月9日の紀頌之5つの校注Blog 
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花間集 五百首  巻一   温庭筠

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

官  妓

 

唐代の社会に充ちあふれ、一つの階層を形成していたのは、主に各級の官庁の楽籍に登録されていた大量の官妓である。もし、宮妓と教坊妓とを一般に芸人と見なすことができ、そしてまた家妓が姫妾・婦女と同類だとすれば、ここでとりあげる官妓だけが後世の娼妓と同じ性格をもっていた。

 

いわゆる唐代の娼妓とは主にこの部類の人たちを指すのである。

唐代は妓楽が盛んであり、「唐人は文を尚び、狎(芸妓遊び)を好む」(張端義『貴耳集』巻下)と評された。官庁の送迎、宴会典礼はもちろん、また官吏が集まって遊ぶ時にも、常に妓楽で雰囲気を盛りたてた。官吏が妓楼に泊り、娼妓と遊ぶ風潮はきわめて盛んであり、朝廷の法律もこれを決して禁止することはなかった。自居易は杭州の刺史(各州に置かれ地方官を監督した役職。太守とも呼ばれた)の任にあった時、日がな一日妓女を連れて遊んだ。それで後の宋代の人は、これを怪しみ、論難して「これによって当時の郡政(郡の政治)には暇が多く、吏議(官吏の議論)も甚だ寛やかだったことが分かる。もし今日だったら、必ず処罰の対象とされたであろう」(襲明之『中呉紀聞』)と書いている。また、清代の人は自居易をいささか羨ましく思い、「風流太守は魂の消ゆるを愛し、到る処 春訪 翠麹有り。想見す 当時 禁網疎 にして、尚お官吏宿娼の条無きを」(趨翼「自香山集の後に題する詩」、銭泳『履圃叢話』巻二一「笑柄」)と述べている。官妓制度はまさにこの種の社会風潮と朝廷の放任のもとで、唐代に盛況を極めたのである。

当時、長安と洛陽の両京に大量の官妓がいたばかりでなく、地方の大きな州、府にも官妓がいた。

 

官妓は地方長官の管轄下にあったので、長官が完全に支配し、常に彼らの私有財産のようになっていた。長官たちは「花魁を独占する」 ことができたので、彼女たちを勝手に人に贈ったり、また人から奪ったりすることができた。

 

教坊籍に名を列した琵琶妓は教坊に住んではおらず、一般社会で芸を売り身を売って生活していたのである。

長安の娼妓は、名儀上でも決してすべてが教坊に属していたのではない。『北里志』 の 「楊妙児」なる一節に記載されている妓女の王福娘は、人に身請けされることを願い、「私は幸いに教坊籍に入っていません。あなたにもし結婚の意志があるなら一、二百金のみですみます」といった。どうやら、教坊籍に入っていれば「官身」となり勝手に請け出されることはできないが、教坊籍に入っていないものは金を出し身請けする人がいればいつでも落籍できたようである。しかし、教坊籍に入っていない妓女も、やはり完全に官妓身分から脱していたというわけではなかった。「楊妙児」の一節によると、妓女たちがたとえ客から「買断」(特定の客が囲い独占すること)されても、いぜんとして彼女は「官使を免れず」、つまりこれまで通り官府への奉仕を免れることができなかったようである。また同書には、「およそ中央官僚の集まりや宴会には、役所から妓女を借り出す許可状をもらわねばならず、そうやって始めて彼女たちは他処に出ることができた」(『北里志』序)とある。

官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。

茶苑

 

 

温庭筠 菩薩蠻十四首 其四
(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、遠く玉門關の西域の守りに出掛けた官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)その四

翠翹金縷雙鸂鵣,水紋細起春池碧。
みどりの羽に金糸をまとった美しいつがいのおしどりが、池のうえに睦まじく戯れている。水紋がこまかくたちおこる春の池は深くみどり水を湛えている。
池上海棠梨,雨晴紅滿枝。
池のほとりには海棠の花がさき、雨あがりに紅の花が枝いっぱいにさきみちて、春のこころをただよわせている。
繡衫遮笑,煙草粘飛蝶。
刺繍をした衫の袖でわかれたままの愁いに沈んでえくぼをおおいかくす。ぼんやりとした春かすみのなか春草にふれたり離れたり蝶がたわむれ飛ぶのである。
青瑣對芳菲,玉關音信稀。
青漆で塗った東の門のほとりにはかぐわしい春の草が花をさかせるころとなったが、とおい西域の国境のかなた玉門関へいった人からの便りもまれにしかやってこない。
翠翹【すいぎょう】金縷【まと】う雙【つがい】の鸂鵣【けいせき】,水紋 細に起き春池の碧。
池上 海棠【かいどう】梨【り】,雨晴れて紅枝に滿つ。
繡衫にて笑【えくぼ】を遮い,煙草粘りて飛ぶ蝶。
青瑣【せいき】芳菲に對す,玉關 音信稀れなり。

 


『菩薩蠻十四首 其四』 現代語訳と訳註
(
本文)
菩薩蠻十四首 其四

翠翹金縷雙鸂鵣,水紋細起春池碧。
池上海棠梨,雨晴紅滿枝。
繡衫遮笑
,煙草粘飛蝶。
青瑣對芳菲,玉關音信稀。


(下し文)
(菩薩蠻十四首 其の四)

翠翹【すいぎょう】金縷【まと】う雙【つがい】の鸂鵣【けいせき】,水紋 細に起き春池の碧。
池上 海棠【かいどう】梨【り】,雨晴れて紅枝に滿つ。
繡衫にて笑
【えくぼ】を遮い,煙草粘りて飛ぶ蝶。
青瑣【せいき】芳菲に對す,玉關 音信稀れなり。


(現代語訳)
(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、遠く玉門關の西域の守りに出掛けた官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)その四

みどりの羽に金糸をまとった美しいつがいのおしどりが、池のうえに睦まじく戯れている。水紋がこまかくたちおこる春の池は深くみどり水を湛えている。
池のほとりには海棠の花がさき、雨あがりに紅の花が枝いっぱいにさきみちて、春のこころをただよわせている。
刺繍をした衫の袖でわかれたままの愁いに沈んでえくぼをおおいかくす。ぼんやりとした春かすみのなか春草にふれたり離れたり蝶がたわむれ飛ぶのである。
青漆で塗った東の門のほとりにはかぐわしい春の草が花をさかせるころとなったが、とおい西域の国境のかなた玉門関へいった人からの便りもまれにしかやってこない。
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(訳注)

菩薩蠻十四首其四

(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、遠く玉門關の西域の守りに出掛けた官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)

【解説】・送別の宴会など、事あるごとに「官妓」が花を添えた。官妓らは、そこで出会った官僚から、まず、懇意になり、特別な存在と認められ、やがて①身請け、②買斷、ということを夢見ていた。①は妻妾となってすまいを与えられる、②はすまいが与えられる場合もあったが多くの場合、楼閣の一部、小楼、あるいは閨房をあたえられ、他のお客と接待する事は無かった。

この詩は、こうした夢を実現した官妓であったものが、遠く辺墓の守りに出掛けた男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠うというものである。

冒頭二句、番の溌鵜(オシドリ)を詠むことで女の孤独を際立たせる。眼前に広がる曲江の芙蓉池の春景色は、かって逢瀬を重ねて眺めた景色であり、それだけに今の侘しさを一層強く感じさせる。続く二句、雨に洗われた海棠の鮮やかな紅の色を描写している。海棠は女の唇、若く麗しい海棠花の様な自分がやがて散ってしまう、行く春と自分を重ねる。

後段の一、二句も現実の景であると同時に、かつて男を前にした時の様子でもある。刺繍の上着の袖でえくぼを隠したのは男に対するお誘いのしぐさである。唐の時代から、頬に着けえくぼをして、決まった男がいることを表したもので、寝牀へのお誘いのポーズであった。それが余計に寂しさを表す語となっている。・温庭:晩唐の大詞人。詩人でもある。花間集では彼の作品が一番多く、六十六首も採用されており、このことから花間鼻祖とも称されている。

 

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

翠翹金縷雙鸂,水紋細起春池
池上海棠
,雨晴紅滿
繡衫遮笑
,煙草粘飛
青瑣對芳
,玉關音信

  
  
  

  

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翠翹金縷雙鸂鵣,水紋細起春池碧。
みどりの羽に金糸をまとった美しいつがいのおしどりが、池のうえに睦まじく戯れている。水紋がこまかくたちおこる春の池は深くみどり水を湛えている。
・翠翹金縷雙鸂鵣 翠翹はみどり色の羽。金縷は金糸。鸂鵣はおしどりの一種。翠翹金縷はおしどりの長い羽の美麗なことをいう。雙はおしどりがその習性として常に雌雄並んでいるのをいい、閨中の妓女が独居する寂蓼に対していう。この国出る品物は高級官僚の妻妾になった元官妓であろうと思われる。


池上海棠梨,雨晴紅滿枝。
池のほとりには海棠の花がさき、雨あがりに紅の花が枝いっぱいにさきみちて、春のこころをただよわせている。
・海棠梨 海棠のこと。海は外国から渡来した植物の意。1バラ科の落葉小高木。枝は紫色で垂れ下がり、葉は楕円形。4月ごろ、紅色の花が下向きに咲き、実は丸く、黄褐色に熟す。中国の原産で、庭木などにする。垂枝(すいし)海棠。花(はな)海棠。
薛濤『海棠渓』
春教風景駐仙霞、水面魚身総帯花。
人世不思霊卉異、競将紅纈染軽沙。

  薛濤(せつとう)の詩
 
・紅 花の意。詞では花のことを多く紅という。


繡衫遮笑,煙草粘飛蝶。
刺繍をした衫の袖でわかれたままの愁いに沈んでえくぼをおおいかくす。ぼんやりとした春かすみのなか春草にふれたり離れたり蝶がたわむれ飛ぶのである。
繍衫 刺繍をほどこした衫。衫はひとえの短い服。
遮笑
 えくぼをおおいかくす。刺繍の上着の袖でえくぼを隠したのは男に対してする閨牀へのお誘いのしぐさである。
煙草 
春靄に煙る草。(行楽での逢瀬を連想させる語)

・粘飛蝶 煙草は春霞の中につつまれた草。粘は粘着ねばりつく。草に蝶がくっついたり飛んだりしているさまをいう。男女の愛し合うさまを想像させる句である。蝶が草花から離れることなく次から次へと渡り飛ぶこと。


青瑣對芳菲,玉關音信稀。
青漆で塗った東の門のほとりにはかぐわしい春の草が花をさかせるころとなったが、とおい西域の国境のかなた玉門関へいった人からの便りもまれにしかやってこない。
繍衫 刺繍をほどこした衫。衫はひとえの短い服。
遮笑
 えくはをおおいかくす。憂愁をあらわすようす。
青瑣 門の扉に瑣形の模様を彫刻して青漆で塗った東の門。ひいては宮門をいうがここは貴族の家の門の意。遊郭とか娼屋の門は西門を云うので歓楽街ではない。
芳非 
咲き香る花。よいにおいのする草花。

・玉関 玉門関。今の甘粛省教燈の西北にあった関門。ここでは辺塞の意。
李白 子夜呉歌 秋
長安一片月、万戸涛衣声。
秋風吹不尽、総是玉関情。

李白22 子夜呉歌 春と夏

李白24 子夜呉歌其三 秋 と25 冬

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『菩薩蠻』四十一首

 

 

作者

初句7字

 

 

溫庭筠

 

(溫助教庭筠)

 

巻一

菩薩蠻十四首其一

小山重疊金明滅,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其二

水精簾裡頗黎枕,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其三

蘂黃無限當山額,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其四

翠翹金縷雙鸂鶒,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其五

杏花含露團香雪,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其六

玉樓明月長相憶,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其七

鳳凰相對盤金縷,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其八

牡丹花謝鶯聲歇,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其九

滿宮明月梨花白,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十

寶函鈿雀金鸂鶒,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十一

南園滿地堆輕絮,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十二

夜來皓月纔當午,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十三

雨晴夜合玲瓏日,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十四

竹風輕動庭除冷,

 

 

韋荘(韋相莊)

巻三

菩薩蠻 一

紅樓別夜堪惆悵

 

 

巻三

菩薩蠻 二

人人盡江南好

 

 

巻三

菩薩蠻 三

如今卻憶江南樂

 

 

巻三

菩薩蠻 四

勸君今夜須沉醉

 

 

巻三

菩薩蠻 五

洛陽城裡春光好

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

菩薩蠻七首 其一

舞裙香暖金泥鳳,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其二

柳花飛處鶯聲急,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其三

玉釵風動春幡急,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其四 

畫屏重疊巫陽翠,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其五

風簾鷰舞鶯啼柳,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其六

綠雲鬢上飛金雀,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其七

玉樓冰簟鴛鴦錦,

 

 

和凝

巻六

菩薩蠻一首 其一

越梅半拆輕寒裏

 

 

孫少監光憲

巻八

菩薩蠻五首其一

月華如水籠香砌,

 

 

巻八

菩薩蠻五首其二

花冠頻皷牆頭翼,

 

 

巻八

菩薩蠻五首其三

小庭花落無人掃,

 

 

巻八

菩薩蠻五首其四

青巖碧洞經朝雨,

 

 

巻八

菩薩蠻五首其五

木綿花映叢祠小,

 

 

魏太尉承班

巻八

菩薩蠻二首其一

羅裾薄薄秋波染,

 

 

巻八

菩薩蠻二首其二

羅衣隱約金泥畫,

 

 

尹參卿鶚

巻九

菩薩蠻一首 

隴雲暗合秋天白,

 

 

毛秘書熙震

巻十

菩薩蠻三首其一

梨花滿院飄香雪

 

 

巻十

菩薩蠻三首其二

繡簾高軸臨塘看

 

 

巻十

菩薩蠻三首其三

天含殘碧融春色

 

 

李秀才珣

巻十

菩薩蠻三首其一

迴塘風起波紋細

 

 

巻十

菩薩蠻三首其二

等閑將度三春景

 

 

巻十

菩薩蠻三首其三

隔簾微雨雙飛鷰

 

 

 

 

 

 

 

「巻一 溫庭筠」

 
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