花間集 訳注解説 巻二-18 (81)回目皇甫松十一首 《天仙子二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8048

 巻二-18 (81)回目皇甫松十一首 《天仙子二首其二》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017124

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-038卷176_19 送族弟綰從軍安西(卷十七(二)一○二三)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8045 

 

 

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744年-集06字解集 侍從宜春苑奉詔賦・送于十八・送白利・送長沙陳太守・送祝八之江東賦Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8039

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

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806年-24 全唐詩338-_24- 2 #1感春,四首之二-#1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8046

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

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韓愈 哲学・儒学「五原」

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

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767年-66 柴門 杜詩詳注(卷一九(四)一六四三)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8047

 

 

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757年-集-2 【字解集】 園・歸・園官送菜・園人送瓜 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7993

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

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玉-032 贈婦詩三首井序其一 -#2 〔秦  嘉〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8049

 

 

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玉集-06 同聾歌・贈婦詩三首 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8085

 

 

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花間集 訳注解説 巻二-18 (81)回目皇甫松十一首 《天仙子二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8048

(初夏になりツツジの花が開き始めころに、人里離れて隠棲し修行にはいった、それは、年を経るにしたがって、始めのころに帰って来るという、千も、万里先にいっていても、「歸去來」(かえりなんいざ)と帰って来たものであり、神仙のなかで生きていくと詠う。)

初夏になりツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。鷓鴣鳥も飛び立ち暫くグルッと回っていたが遠くの青い若葉に染まる山の端の方に飛んで行った。修行した人というのは年を経るにしたがって、始めのころに帰って来るという、千も、万里先にいっていても、「歸去來」(かえりなんいざ)と帰って来るものだ。浮世の塵埃の中では「禍福相倚」と禍福が交じり合うもので、神仙の世界に修行し、まさに「天仙」ともいうべきものになるということは悩んで苦しむことばかりである。

 

 

花間集の皇甫松 作品

皇甫松  1.

天仙子二首其一

2.  

天仙子二首其二

3.

浪濤沙二首其一

4.

浪濤沙二首其二

5.

楊栁枝二首其一

6.

楊栁枝二首其二

7.

摘得新二首其一

8.

摘得新二首其二

9.

夢江南二首其一

10.

夢江南二首其二

11.

採蓮子一首

 

 

 

 

 

花間集 巻二

 

 

 

 

 

11. 【女尼、女冠、女巫】 (2

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家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。しかし、こうした人は少数で圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。また、家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観に入らざるをえなかった者もいる。

また妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。唐詩の中には「妓が出家するのを送る」 ことを題材とした作品がたいへん多い。

宮人・宮妓が通観に入る例も少なからぬ割合を占める。彼女たちは年をとり宮中を出でも頼るべき場所とてなく、大多数が寺院・通観を最後の安住の地とした。長安の政平坊にあった安国観の女道士の大半は上陽宮の宮人であった(『唐語林』巻七)。詩人たちは女尼,女冠,女巫かつて、「斎素と白髪にて宮門を酢で、羽服・星冠に道意(修行心)存す」(戴叔倫「宮人の入道するを送る」)、「君看よ白髪にて経を詞する者を、半ばは走れ宮中にて歌舞せし人なり」(慮輪「玉真公主の影殿を過ぎる」)などと詠んで嘆いた。最後になったが、他に貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。総じて言えば、出家は女性たちが他に生きる道がない状況下における、最後の出路、最後の落ち着き先になったのである。

朝廷は旧来のごとく彼女たちに生活資財を支給したから、生活はかえって公主の時より自由になり、束縛を受けなくなった。また女道士の生活は尼僧のそれに比べていくらか自由であったからこそ、公主たちの大半は仏寺に入らず通観に入ったのである。

 

出家した女性の生活は、きわめで特色のあるものだった。まず第一に、彼女たちは人に頼って生きる階層であり、一般には生業に従事しなかった。国家あるいは施主から衣食がすべて供給された。

 

 

 

皇甫松-1《巻2-1 天仙子二首其一》

天仙子二首 其一

(秋の長雨で、巫山に逗留し、巫山の仙女と劉郎のように過ごした、そしてこの日秋晴れになり、「高唐賦」のように襄王と巫女の別れ、珠の涙を流して、巫山十二峰を後にする別れを詠う。)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

晴れわたる野辺に一羽になった白鷺が風の音で飛びあがってゆく、水辺には可憐に大毛蓼の花が咲き開いていて、秋の空は大江の水の青さと一緒になって広がる。

劉郎此日別天仙,登綺席,

劉郎はこの日、仙郷に棲らした巫山の道女と別れることになり、素晴らしい酒席に着く。

淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

はらはらと玉の涙が滴る。十二の峰々は晴れあがった夕空にくっきりとしたシルエットをのこして聳えている。

(天仙子二首 其の一)

晴野 鷺鷥【ろし】一隻【いっせき】飛び,水【すいこう】花 發して 秋江碧なり。

劉郎 此の日天仙に別る,綺席【きせき】に登り,淚珠 滴【したた】り,十二晚峯【ばんぽう】高く歷歷たり。

 

天仙子二首 其二

(初夏になりツツジの花が開き始めころに、人里離れて隠棲し修行にはいった、それは、年を経るにしたがって、始めのころに帰って来るという、千も、万里先にいっていても、「歸去來」(かえりなんいざ)と帰って来たものであり、神仙のなかで生きていくと詠う。)

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

初夏になりツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。鷓鴣鳥も飛び立ち暫くグルッと回っていたが遠くの青い若葉に染まる山の端の方に飛んで行った。

行人經始歸來,千萬里,

修行した人というのは年を経るにしたがって、始めのころに帰って来るという、千も、万里先にいっていても、「歸去來」(かえりなんいざ)と帰って来るものだ。

錯相倚,懊惱天仙應有以。

浮世の塵埃の中では「禍福相倚」と禍福が交じり合うもので、神仙の世界に修行し、まさに「天仙」ともいうべきものになるということは悩んで苦しむことばかりである。

(天仙子二首其の二)

躑躅の花 開き 紅い水に照し,鷓鴣 飛びて遶ぐり 青山の觜。

行人【こうじん】を經て 始めて歸り來れば,千、萬里も,

錯り相い倚る,懊惱するも天仙 應に以ってする有り。

 

 

皇甫松-2《巻2-2 天仙子二首其二》

『天仙子二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

行人經始歸來,千萬里,

錯相倚,懊惱天仙應有以。

 

(下し文)

(天仙子二首其の二)

躑躅の花 開き 紅い水に照し,鷓鴣 飛びて遶ぐり 青山の觜。

行人【こうじん】を經て 始めて歸り來れば,千、萬里も,

錯り相い倚る,懊惱するも天仙 應に以ってする有り。

 

(現代語訳)

(初夏になりツツジの花が開き始めころに、人里離れて隠棲し修行にはいった、それは、年を経るにしたがって、始めのころに帰って来るという、千も、万里先にいっていても、「歸去來」(かえりなんいざ)と帰って来たものであり、神仙のなかで生きていくと詠う。)

初夏になりツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。鷓鴣鳥も飛び立ち暫くグルッと回っていたが遠くの青い若葉に染まる山の端の方に飛んで行った。

修行した人というのは年を経るにしたがって、始めのころに帰って来るという、千も、万里先にいっていても、「歸去來」(かえりなんいざ)と帰って来るものだ。

浮世の塵埃の中では「禍福相倚」と禍福が交じり合うもので、神仙の世界に修行し、まさに「天仙」ともいうべきものになるということは悩んで苦しむことばかりである。

 

(訳注)

天仙子二首其二

12.(人里離れた道教の聖女祠の女、年増になって好きな人は去って行った。それでも天仙子として生きていくしかない。)

 

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 にははじめに示したように九首所収。皇甫松の作は二首収められている。単調三十四字、六句五仄韻で、❼❼7❸❸❼の形をとる。

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一  花發秋江
劉郎此日別天仙  登綺
淚珠  十二晚峯高歷

  
  
  

天仙子二首其二

躑躅花開紅照  鷓鴣飛遶青山
行人經始歸來  千萬
錯相  懊惱天仙應有

  
  
  

 

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

初夏になりツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。鷓鴣鳥も飛び立ち暫くグルッと回っていたが遠くの青い若葉に染まる山の端の方に飛んで行った。

13. 躑躅 ①【てきちょく】足踏みすること。ためらうこと。②つつじ。女性自身が熟れ時であることを意味する。

ツツジ科ツツジ属の植物の総称。常緑または落葉性の低木、まれに小高木もある。よく分枝し、枝や葉に毛がある。春から夏、白・紅・紫色などの漏斗形で先の5裂した花が咲く。園芸種も多く、ヤマツツジ・サツキ・レンゲツツジ・ミツバツツジなどがある。ツツジ科の双子葉植物は約1400種あり、温帯・寒帯地域および熱帯の高山に分布し、シャクナゲ・アセビ・コケモモ・エリカなども含まれる。《季 春》

躊躇するという意味がある。

春光潭沱秦東亭,渚蒲牙白水荇青。

風吹客衣日杲杲,樹攪離思花冥冥。

酒盡沙頭雙玉瓶,眾賓皆醉我獨醒。

乃知貧賤別更苦,吞聲躑躅涕淚零。』

醉歌行 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 94

14. 紅照水 ツツジの花が咲き乱れて水面に映り、紅い花に染まった様子をいう。

女の居る場所が大江のほとりの娼屋、あるいは、道教の祠、そこに女たちがたくさんいること。女と遊ぶ男たちは船でそこに向かうのである。船着き場に女たちが待っている様子ということである。

15. 鷓鴣 キジ目キジ科の鳥類。「鷓鴣」と呼ばれ、別名に「越雉」、「懐南」がある。茶褐色の羽毛をもつものが多く、コジュケイに似る。句輈格磔という声を出して啼き、霜露を懼れて、秋冬になれば、早晩稀に出でて、時あって、夜飛ぶも、樹葉を以て背上を負おうということである。

李白 『越中覧古』
越王勾践破呉帰、義士還家尽錦衣。
宮女如花満春殿、只今惟有鷓鴣飛。

李白9  越中覧古

温庭筠『菩薩蠻』 (一)

小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。

懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。

照花前後鏡。花面交相映。

新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣

・鷓鴣 鳥の名。しゃこ。キジ科の鳥。ここでは、雙雙鷓鴣で、男女一緒になることを暗示しており、詞ぜんたいでは、懶起畫蛾眉でも暗示されるように、そのことが、叶わなくて、一人でいる女性の艶めいた寂しさを詠っている。

『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

16. 青山 遠近法的描写で遠い部分の山を云うが、五行思想で青は春であり、春には行楽で野外で宴をするその背景の山を連想させ、楽しかったことに繋げて連想させるもの。

17.  1.嘴【はし】。意味や解説。《「端(はし)」と同語源》くちばし。二十八宿の一。2.西方の星宿。觜宿。とろきぼし。未練をあらわすもの。

 

行人經始歸來,千萬里,

修行した人というのは年を経るにしたがって、始めのころに帰って来るという、千も、万里先にいっていても、「歸去來」(かえりなんいざ)と帰って来るものだ。

18. 行人 ①官名。賓客を接待する外交官。②道を行く人。旅人。③出征兵士。④使者の通称。⑤仏道を修行する人。行者(ぎょうじゃ)

柳枝五首其一

解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。

無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

(柳枝五首 其の一)

解凍の 風來れば 末上の青となり,羅袖を解き垂れ、卿卿に拜す。

無端 裊娜【じょうだ】にして 官路に臨み,行人を舞い送り 一生を過す。

19. 始歸來 さあ、初めに帰ろう。陶淵明《歸去來辭》

参考:(三字經魂斷始歸來,相思仍未斷,心頭如鹿撞,忐忑在心田。

三字經は、百家姓・千字文とならぶ、伝統的な中国の初学者用の学習書である。3文字で1句とし、偶数句末で韻を踏んでいる。

人之初、性本善。性相近、習相遠。

苟不教、性乃遷。教之道、貴以専。

人の初め、性本と善なり。性相い近し、習い相い遠し。

苟くも教えずんば、性乃ち遷る。教えの道は  専を以て貴ぶ。

性善説(せいぜんせつ)とは、人間の本性は基本的に善であるとする倫理学・道徳学説、特に儒教主流派の中心概念。人の本性に関する考察は古今東西行われてきたが、「性善説」ということばは儒家のひとり孟子に由来する。

 

錯相倚,懊惱天仙應有以。

浮世の塵埃の中では「禍福相倚」と禍福が交じり合うもので、神仙の世界に修行し、まさに「天仙」ともいうべきものになるということは悩んで苦しむことばかりである。

20.  1 乱れて入りくむ。 まじる。「錯雑・錯綜(さくそう)/交錯」2まちがえる。あやまる。

21. 相倚 禍福相倚.【釋義】:指禍與福相因而生。 【出處】《老子》第五十八章「禍兮福所倚,福兮禍所伏。」

22. 懊惱 悔恨 懊悔。懊:深く思い悩む。憂え もだえる。「懊悩」

23. 天仙 天上の仙人。神仙。

『天仙配』 (てんせんばい、tiānxiānpèi、ティエンシェンペイ)は、中国の説話。かなり古くから小説や戯曲などの題材とされてきた。 玉皇大帝と西王母の第七の娘である七仙女と人間の男性・董永と恋に落ちる異類婚姻譚のひとつ。中国では、『董永与七仙女(董永と七仙女)』の名で知られ、及び周濯街の長篇神話小説之六の『七仙女正伝』は、中国の四大民間説話の一つとされている。

物語の初出は東晋の文学者・干宝による神怪小説『捜神記』。董永と「天の織女」という名乗りの女性に出会い、天女と董永の間の愛を描いた天女降嫁譚。普段は七夕伝説と混淆したと考えられる。後に民間の戯曲は七仙女と織女を分離して、「董永と七仙女」・「牛郎織女」という異なる物語になっている。

漢王朝、漢蜀(今の湖北省孝感市)[1]に董永という男がいた。幼くして母をなくし、父子でなんとか生活をやりくりしていたが、ついにその父親まで死んでしまった。

葬式を出すお金もないので、自分の身を売り、そのお金で父の葬式を出そうとする[2]

その様子を天から見ていた玉皇大帝は、董永の孝行息子ぶりに感動し、7番目末娘の七仙女を人間世界に派遣し、董永を助けることにする。 やがて、一緒に暮らすうち二人の間に愛情が芽生え、結婚してしまう。天界では、勝手に人間と結婚してはならない(許可がないと、人間世界へ降りていったり、人間と接触することすら許されない)という掟があるので、玉皇大帝の命令で、七仙女は天界へと連れ戻されてしまう。

碧霞元君(へきかげんくん)は、中国の女神であり、泰山信仰でもっとも人気がある女神である。別名:天仙聖母碧霞玄君(てんせんせいぼへきかげんくん)、泰山老母(たいざんろうぼ)、泰山玉女(たいざんぎょくじょ)、天仙娘々(てんせんにゃんにゃん)、天仙玉女碧霞元君(てんせんぎょくじょへきかげんくん)など。

神格:人々の出世、結婚、豊作など全般にわたる。

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