花間集 巻一03 訳注解説(8)回目 菩薩蠻十四首 其三漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7610

花間集 巻一03 訳注解説(8)回目 菩薩蠻十四首 其三漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7610

 

 

        
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花間集 五百首  巻一   温庭筠

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妃嬪に関する制度

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

漢長安城 00

 

●唐の妃嬪の地位について

唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。『新・旧唐書』「后妃伝」 には、全部で二十六人の皇后、十人の妃嫁が記載されている。その他で史書に名を留めているものはおよそ五、六十人である。その内、高祖、玄宗両時代の人が最も多い。高祖には竇皇后の他に、万貴妃、ヂ徳妃、宇文昭儀、莫嬢、孫嬢、佳境、楊嬢、小楊嬢、張捷好、郭妊婦、劉捷好、楊美人、張美人、王才人、魯才人、張宝林、柳宝林などがいた。玄宗には王皇后、楊皇后、武恵妃、楊貴妃、趨麗妃、劉華妃、銭妃、皇甫徳儀、郭順儀、武賢儀、董芳儀、高娃好、柳娃好、鍾美人、慮美人、王美人、杜美人、劉才人、陳才人、鄭才人、闇才人、常才人などがいた。もちろん史書に名を残せなかった人はさらに多い。史書の記載から見ると、高祖、玄宗両時代の妃嫁がたしかに最も多かったようである。

 

●宮女の地位

宮官は宮人の最上層にある人々であり、後宮のさまざまな部局に属する職員であった。唐朝の後宮には六局尚宮局、尚儀局、尚服局、尚食局、尚寝局、尚功局)があり、宮中のすべての事務を管理していた。六局の各首席女官の尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功が六部の尚書(長官)になった。六局の下に二十四司を統括し、各司の女官はそれぞれ別に司記、司言、司簿、司闈、司籍、司楽、司賓、司賛、司宝、司衣、司飾、司使、司膳、司醞、司薬、司饎、司設、司輿、司苑、司灯、司制、司珍、司森、司計に分けられていた。またその他に二十四典、二十四掌、及び宮正、阿監、形史、女史など各級の女官もあった。これらの女官には品級・給与が与えられており、彼女たちは礼儀、人事、法規、財務、衣食住行(行は旅行、出張等の手配)などの宮廷事務を担当した(『旧唐書』職官志三)。

 

●後宮の生活

皇后を立てることに比べて、妃嬢を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬢の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。

美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。

 

后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。「唐の法は北周、隋の法を踏襲し、妃嬢、女官には地位に尊卑があったから、その品階によって衣服、化粧の費用を支給した」(『旧唐書』王鋲伝)。唐初以来、国庫が日に日に豊かになると、后妃たちの生活もそれに応じて賛沢になった。

 

彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。

 

日常的に危険と不安が潜伏している後宮のなかで、気の弱い者、能力のない者は、ただ唯々諾々と運命に翻弄されるしかなかった。しかし、ちょっと勇敢な者は、他人から運命を左右されることに甘んぜず、自分の力をもって自分の運命を支配し変革しょうとし、さらに進んでは他人をも支配しょうとした。これは高い身分にいることから激発される権力欲ばかりではなかった。彼女たちの特殊な生活環境もまた、彼女たちを一場の激しい 「生存競争」 の只中に投げ入れずにはおかなかったのである。

 

●寵愛

皇帝の寵愛を失う恐怖があるからこそ、人は様々な手段を講じて寵愛をつなぎとめたり、寵愛を奪いとろうとした。後宮における寵愛をめぐる最も残酷な一場の闘争は、武則天、王皇后、粛淑妃の間で行われた。王皇后は皇帝の寵愛もなく、また子もなかったので、寵愛を一身に受ける斎淑妃を嫉妬して張り合った。彼女は高宗がかつて武則天と情を通じていたことを知ると、策略をめぐらし、感業寺の尼になっていた武則天に蓄髪させて再び宮中に入れ、粛淑妃の寵愛を奪わせようとした。宮中に入ったはじめのうちは武則天もへりくだって恭しくしていたが、いったん帝の寵愛を得ると、この二人の競争相手に対抗し始めた。王皇后を廃するために武則天は自分の生んだ女の子を締め殺し、その罪を皇后にかぶせることもいとわなかった。

 

彼女たちは身を九重(天子の宮殿)に置き、はなはだ高貴であるように見えるが、じつはただの皇帝家の家碑に過ぎず、衣食の心配がなくたいへん幸福のように見えるが、じつは人間性を最も残酷に破壊された人々であった。

宮廷においては、少数の地位の高い后妃の他は、万単位で数えられる普通の宮人であり、唐代では「官女」「宮城」「宮脾」などとも呼ばれていた。彼女たちは長安にあった三大皇宮(太極宮、大明宮、興慶宮)と東都洛陽にあった大内(天子の宮殿)と上陽の両宮殿、及び各地の離宮、別館、諸親王府、皇帝陵にそれぞれ配属されていた。

 

宮官は宮人の最上層にある人々であり、後宮のさまざまな部局に属する職員であった。唐朝の後宮には六局尚宮局、尚儀局、尚服局、尚食局、尚寝局、尚功局)があり、宮中のすべての事務を管理していた。六局の各首席女官の尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功が六部の尚書(長官)になった。六局の下に二十四司を統括し、各司の女官はそれぞれ別に司記、司言、司簿、司闈、司籍、司楽、司賓、司賛、司宝、司衣、司飾、司使、司膳、司醞、司薬、司饎、司設、司輿、司苑、司灯、司制、司珍、司森、司計に分けられていた。またその他に二十四典、二十四掌、及び宮正、阿監、形史、女史など各級の女官もあった。これらの女官には品級・給与が与えられており、彼女たちは礼儀、人事、法規、財務、衣食住行(行は旅行、出張等の手配)などの宮廷事務を担当した(『旧唐書』職官志三)。

大明宮の圖003

 

 

1.温庭筠 菩薩蠻十四首其三
(念願かなって妃嬪となったが寵愛は一時のもの子供ができるまでに至らず、寂しく過ごすことを詠う)

蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。
横になった妃嬪の特徴を出す蕊黄を額に施したお化粧はこのうえもなく艶めかしく美しいものだ、うすぎぬの窓をへだてて、昨夜から待ち侘びて寝化粧を整えた妃嬪が、思い出して微笑んでいる。
相見牡丹時,暫來還別離。
あのお方が妃嬪を見られたのは、牡丹の花のさく春に寵愛された、それもしばらくのあいだやってこられたが、それからは寵愛はなく別離したままである。
金作股,上蝶雙舞。
妃嬪は、金の柄のついた翡翠の簪を賜ったのである。寵愛を受けたことをあらわすカンザシのうえに一つがいの蝶がむつまじく舞っている。
心事竟誰知?月明花滿枝。
妃嬪の夢であった品位となったものの、愁いと恨みに思うのは、結局誰にもわかりはしない。月明りのなかに枝いっぱいに咲いている花でもやがて散りゆくからこそそれを知っているのだ。

蕊黃【ずいおう】限り無く 山の額に當たる,宿妝【しゅくしょう】して隱かに笑む 紗窗の隔。

相い見らるるは 牡丹の時,暫來 還た 別離す。
【すいさ】 金 股を作し,上 蝶 雙舞す。
心事 竟に誰か知らん?月明 花 枝に滿つ。



『菩薩蠻十四首其三』現代語訳と訳註
(
本文)
菩薩蠻十四首其三

蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。
相見牡丹時,暫來還別離。
金作股,上蝶雙舞。
心事竟誰知?月明花滿枝。


(下し文)
蕊黃【ずいおう】限り無く 山の額に當たる,宿妝【しゅくしょう】して隱かに笑む 紗窗の隔。

相い見らるるは 牡丹の時,暫來 還た 別離す。

【すいさ】 金 股を作し,上 蝶 雙舞す。

心事 竟に誰か知らん?月明 花 枝に滿つ。


(現代語訳)
(念願かなって妃嬪となったが寵愛は一時のもの子供ができるまでに至らず、寂しく過ごすことを詠う)

横になった妃嬪の特徴を出す蕊黄を額に施したお化粧はこのうえもなく艶めかしく美しいものだ、うすぎぬの窓をへだてて、昨夜から待ち侘びて寝化粧を整えた妃嬪が、思い出して微笑んでいる。
あのお方が妃嬪を見られたのは、牡丹の花のさく春に寵愛された、それもしばらくのあいだやってこられたが、それからは寵愛はなく別離したままである。
妃嬪は、金の柄のついた翡翠の簪を賜ったのである。寵愛を受けたことをあらわすカンザシのうえに一つがいの蝶がむつまじく舞っている。

妃嬪の夢であった品位となったものの、愁いと恨みに思うのは、結局誰にもわかりはしない。月明りのなかに枝いっぱいに咲いている花でもやがて散りゆくからこそそれを知っているのだ。

 (訳注)
(念願かなって妃嬪となったが寵愛は一時のもの子供ができるまでに至らず、寂しく過ごすことを詠う)

【解説】 春は寵愛する妃嬪の変わり時である。牡丹の花咲く時節、恋を得た女の喜びも束の間に終わってしまった悲しみを詠う。

蕊黃無限當山,宿妝隱笑紗窗
相見牡丹
,暫來還別
金作上蝶雙
心事竟誰
?月明花滿

菩薩蠻十四首其三は唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

●○○●△○●  ●○●●○○●

△●●○○  ●△○●△

●?○●●  ?●●○●

○●●○○●○○●○

 

○蕊黄無限 蕊黄は額に塗る黄色の化粧品。もと黄色い花粉を用いたところからこの名がついた。額黄とも言う。無限はこよなく素晴らしいこと。

 


蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。
蕊黃【ずいおう】限り無く 山の額に當たる,宿妝【しゅくしょう】して隱かに笑む 紗窗の隔。

横になった妃嬪の特徴を出す蕊黄を額に施したお化粧はこのうえもなく艶めかしく美しいものだ、うすぎぬの窓をへだてて、昨夜から待ち侘びて寝化粧を整えた妃嬪が、思い出して微笑んでいる。
・蕊黃無限 蕊黃は女の額にほどこす黄色の化粧法。額黄ともいい、古く漢代からあったが、六朝時代に始まる女性の化粧法で、唐末五代には黄色のみならず、「花鈿」「花子」に碧色や朱色、あるいは金の薄板なども用いられ、後宮の肥大化、頽廃化に伴って進歩した。蕊は女性器の象徴であり、詞の中にこの化粧が登場するのは、妃嬪の天子に認められることを思っての化粧法である。温庭筠漢皇迎春詞(溫庭筠 唐詩)
春草芊芊晴掃煙,宮城大錦紅殷鮮。
海日初融照仙掌,淮王小隊纓鈴響。
獵獵東風焰赤旗,畫神金甲蔥龍網。
公步輦迎句芒,複道掃塵燕彗長。
豹尾竿前趙飛燕,柳風吹盡眉間黄。
碧草含情杏花喜,上林鶯囀游絲起。
寶馬搖環萬騎歸,恩光暗入簾櫳里。
とあり、宋 王安石《與微之同賦梅花得香字》之一「漢宮嬌額半塗黃,粉色凌寒透薄裝。」とある。額に花葵などの化粧をするので蕊黄という。また、温庭筠の帰国遙詞に「粉心黄蕊花靨、眉黛山両点」とある。高昌の壁画などでその実例が見られる。
唐代の女性は、化粧にたいへん気をつかった。普通は、顔、肘、手、唇などに白粉や頬紅をつけ、また肌を白くし、あるいは艶やかにしたが、それ以外に眉を画くことをことのほか重視した。眉毛の画き方はたいへん多く、玄宗は画工に「十眉図」を描かせたことがあり、それらには横雲とか斜月などという美しい名称がつけられていた(『粧楼記』)。ある人は、唐代の女性は眉毛の装飾に凝り、それはいまだかつてなかった水準に達したと述べている。その他、彼女たちは額の上に黄色の粉を塗り、それを「額黄」といった。また、金箔や色紙を花模様に切り抜いて両眉の間に貼るのが流行り、「花細」、「花子」などと呼ばれた。その他、両頬に赤、黄の斑点、あるいは月や銭の図柄を貼るケースもあり、これは「粧靨」靨はえくぼの意)といった。

温庭筠『偶遊詩』
曲巷斜臨一水間,小門終日不開關。
紅珠斗帳櫻桃熟,金尾屏風孔雀閑。
雲髻幾迷芳草蝶,額黃無限夕陽山。
與君便是鴛鴦侶,休嚮人間覓往還。
とあるのはちようどこの句と同様の例で、無限というのは山に見たてた額の景色に無限の情がある意であろう。山額は額の形を山に見たてて言った言葉。わが国で見る富士額というごとし。当はちょうど額の正面のところに蕊黄が施されている意。
・當山額。横になった妃嬪の特徴を出す蕊黄を額に施したお化粧。山は女体。又、眉の書き方をあらわす場合もある。
・宿粧 寝化粧。顔だけでなく体に対して、服装も薄絹で艶めかしくすること。

・紗窗 薄絹を張った窓。窓は、ここでは、期待をして足音を聞くことをあらわす。


相見牡丹時,暫來還別離。
相い見らるるは 牡丹の時,暫來 還た 別離す。
あのお方が妃嬪を見られたのは、牡丹の花のさく春に寵愛された、それもしばらくのあいだやってこられたが、それからは寵愛はなく別離したままである。
・相見 天子が妃嬪を見出すこと。妃嬪が特徴ある蕊黄をしてお目に留まったということ。身分が確定すること。

牡丹 春三月の花。牡丹は女性性器をいい、春三月に女性となったという意味である。牡丹が後宮の庭に咲き、妃嬪が女性として咲いたということ。


金作股,上蝶雙舞。
【すいさ】 金 股を作し,上 蝶 雙舞す。
妃嬪は、金の柄のついた翡翠の簪を賜ったのである。寵愛を受けたことをあらわすカンザシのうえに一つがいの蝶がむつまじく舞っている。
・翠金作股 翠釵は翠の羽で飾ったかんざし。翠はかわせみ(翡翠)、またはみどりの色の羽をいう。○股 金細工のカンザシの二股の脚。高価なもので、妃嬪の二品の身分になったこと

・蝶雙舞 釵の上に雌雄の蝶が舞うような形をしてついていること。嬰蝶というのは女の独居の寂寥に対していう。一に蝶雙舞に作る。老翠の飾りのついた管、あるいはカワセミの羽を飾った轡。

 


心事竟誰知?月明花滿枝。
心事 竟に誰か知らん?月明 花 枝に滿つ。

妃嬪の夢であった品位となったものの、愁いと恨みに思うのは、結局誰にもわかりはしない。月明りのなかに枝いっぱいに咲いている花でもやがて散りゆくからこそそれを知っているのだ。
・心事 心中のこと。ここでは妃嬪の夢であった品位となったものの、愁いと恨みに思う胸の内をいう。



 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『菩薩蠻』四十一首

 

 

作者

初句7字

 

 

溫庭筠

 

(溫助教庭筠)

 

巻一

菩薩蠻十四首其一

小山重疊金明滅,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其二

水精簾裡頗黎枕,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其三

蘂黃無限當山額,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其四

翠翹金縷雙鸂鶒,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其五

杏花含露團香雪,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其六

玉樓明月長相憶,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其七

鳳凰相對盤金縷,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其八

牡丹花謝鶯聲歇,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其九

滿宮明月梨花白,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十

寶函鈿雀金鸂鶒,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十一

南園滿地堆輕絮,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十二

夜來皓月纔當午,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十三

雨晴夜合玲瓏日,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十四

竹風輕動庭除冷,

 

 

韋荘(韋相莊)

巻三

菩薩蠻 一

紅樓別夜堪惆悵

 

 

巻三

菩薩蠻 二

人人盡江南好

 

 

巻三

菩薩蠻 三

如今卻憶江南樂

 

 

巻三

菩薩蠻 四

勸君今夜須沉醉

 

 

巻三

菩薩蠻 五

洛陽城裡春光好

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

菩薩蠻七首 其一

舞裙香暖金泥鳳,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其二

柳花飛處鶯聲急,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其三

玉釵風動春幡急,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其四 

畫屏重疊巫陽翠,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其五

風簾鷰舞鶯啼柳,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其六

綠雲鬢上飛金雀,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其七

玉樓冰簟鴛鴦錦,

 

 

和凝

巻六

菩薩蠻一首 其一

越梅半拆輕寒裏

 

 

孫少監光憲

巻八

菩薩蠻五首其一

月華如水籠香砌,

 

 

巻八

菩薩蠻五首其二

花冠頻皷牆頭翼,

 

 

巻八

菩薩蠻五首其三

小庭花落無人掃,

 

 

巻八

菩薩蠻五首其四

青巖碧洞經朝雨,

 

 

巻八

菩薩蠻五首其五

木綿花映叢祠小,

 

 

魏太尉承班

巻八

菩薩蠻二首其一

羅裾薄薄秋波染,

 

 

巻八

菩薩蠻二首其二

羅衣隱約金泥畫,

 

 

尹參卿鶚

巻九

菩薩蠻一首 

隴雲暗合秋天白,

 

 

毛秘書熙震

巻十

菩薩蠻三首其一

梨花滿院飄香雪

 

 

巻十

菩薩蠻三首其二

繡簾高軸臨塘看

 

 

巻十

菩薩蠻三首其三

天含殘碧融春色

 

 

李秀才珣

巻十

菩薩蠻三首其一

迴塘風起波紋細

 

 

巻十

菩薩蠻三首其二

等閑將度三春景

 

 

巻十

菩薩蠻三首其三

隔簾微雨雙飛鷰

 

 

 

 

 

 

 

 

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