花間集 訳注解説 巻二-11 (73)回目温庭筠 《河傳三首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8000

巻二-11 (73)回目温庭筠 《河傳三首其三》

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017116

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

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Ⅲ 杜詩

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杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

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杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

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杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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花間集 訳注解説 巻二-11 (73)回目温庭筠 《河傳三首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8000

(曲江離宮の妃嬪宮女が舟遊びの時に見初められ、時を過ごしたが、季節が変わるころには、放置された、次の春が過ぎようとする頃、同じような若い宮女がまた一人池端にいると詠う。)

声を掛けてきて、舟遊びの舟にのってきた。晩春になり杏園の杏花も散り落ちて疎らに残っているだけのころには。夢のなかにいるだけで、眼が醒めればその度に心配な気持ちだけであり、もう寄り添うことなどできないと思うようになった。ここに来る旅の人は飛来する鶴で一たび去ってしまい、燕も既に飛んでいってしまった。だから、帰ってくることはない。残されたものの頬には涙の痕が残っており、ふとんの中には空しさだけが残っている。空高く天の遠く雲のはし空が晴れているあたりに鳥が飛んでいく、春は既に終わろうとしている、それに代わって雨雲や靄が広がり渡ってこの南苑に漂い渡ってきた。また冬が過ぎ、残雪の中の早梅の香が届いたと思えば、もう柳が芽吹きしげって柳並木は長くおびのように続いている、そこにはまだあどけない女が一人、また同じような心痛める女を作ってしまったということなのだろう。

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《河傳三首》

 

 

 

 

 

 

23. 宮人・宮女・妃嬪

彼女たちは身を九重(天子の宮殿)に置き、はなはだ高貴であるように見えるが、じつはただの皇帝家の家碑に過ぎず、衣食の心配がなくたいへん幸福のように見えるが、じつは人間性を最も残酷に破壊された人々であった。

宮廷においては、少数の地位の高い后妃の他は、万単位で数えられる普通の宮人であり、唐代では「宮女」「宮娥」「宮婢」などとも呼ばれていた。彼女たちは長安にあった三大皇宮(太極宮、大明宮、興慶宮、)と東都洛陽にあった大内(天子の宮殿)と上陽の両宮殿、及び各地の離宮〔芙蓉苑〕、別館、諸親王府、皇帝陵、宗廟にそれぞれ配属されていた。

 

24. 宮官と職掌

宮廷は小社会であり、宮人の中にも身分の高下貴賎があり、また様々な等級があった。后妃たちに「内官」 の制度があったように、宮人たちには「宮官」 の制度があった。宮官と内官を比較してみると、品階の上で差があったばかりでなく、いくらかの本質的な区別があったようだ。つまり、内官は官と称したが身分上は妃嬪の身分に属すべきもの、つまり皇帝の妾でもあったが、宮官にそうした身分はなく、ただ宮中の各種の事務を司る職員にすぎなかった。当然、これはあくまで身分上のことに過ぎず、彼女たちと皇帝の実際の関係に何ら影響しないことは、ちょうど主人と家碑の関係と同じである。

 

宮官は宮人の最上層にある人々であり、後宮のさまざまな部局に属する職員であった。唐朝の後宮には六局尚宮局、尚儀局、尚服局、尚食局、尚寝局、尚功局)があり、宮中のすべての事務を管理していた。六局の各首席女官の尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功が六部の尚書(長官)になった。六局の下に二十四司を統括し、各司の女官はそれぞれ別に司記、司言、司簿、司闈、司籍、司楽、司賓、司賛、司宝、司衣、司飾、司使、司膳、司醞、司薬、司饎、司設、司輿、司苑、司灯、司制、司珍、司森、司計に分けられていた。またその他に二十四典、二十四掌、及び宮正、阿監、形史、女史など各級の女官もあった。これらの女官には品級・給与が与えられており、彼女たちは礼儀、人事、法規、財務、衣食住行(行は旅行、出張等の手配)などの宮廷事務を担当した(『旧唐書』職官志三)。

 

宮官は事務官であったから、必ずしも容貌とか、皇帝のお気に召すかどうかにこだわる必要はなく、良家の出身で才徳兼備の女性を選びさえすればよかった。著名な才女であった宋若昭は、徳宗によって宮中に召され宮官の首席尚宮に任命された。裳光延の母庫秋氏は婦徳の名が高く、武則天に召されて女官御正に封じられた(『新唐書』蓑行倹伝)。

六局の宮官の他に、宮中には内文学館があり、宮人の中の文学の教養ある者を選んで学士とし、妃嬪宮人に教養、読み書き、算術などを教育する仕事を担当させた。

 

 

溫庭筠59《巻2-10 河傳三首其一》
《河傳三首其一》

江畔,相喚。

曉妝仙,仙景箇女採蓮。

請君莫向那岸邊,少年,好花新滿舡。

紅袖搖曳逐風暖,垂玉腕,腸向柳絲斷。

浦南歸,浦北歸,莫知,晚來人已稀。

(大江のほとりの娼屋館の若いおんなが採蓮に向かう、ここに遊びに来た貴公子たちが声をかける、遊んだあとはそれぞれ女を棄てて帰っていくと詠う)

大江の淵の岸辺のあたりで、大きな声で呼んでいる。

朝化粧をきれいにした仙女たちがいる、いまにも霓裳羽衣の曲を舞おうかという光景のなかに、たった一人の女が蓮を摘み取っている。

清らかなあなたにお願いしたいのは向うの方に行ってはダメだということ、そう、あそこの岸辺のことだ。遊侠の貴公子たちがたむろしているのだ。美しく佳い花の美人ばかりを新たに選んで、舟遊びの船をいっぱいにしようとしている。

女たちの紅い袖がそちらから吹いてくる暖かい風に揺れている、袖をたくし上げて輝くような白い素肌を見せ、船縁から垂らして蓮を摘む。貴公子に恋いの思いを向けても、柳の梢を断ち切るように翌朝にすぐわかれる。

船着き場から南に帰っていくもの、北に帰るものがいたとしてもそれ以上を知ろうとするものではない。やがて夕刻になるまでに若者も、やがてだれもいなくなる。

(河傳三首 其の一)

江畔,相いに喚【よびあ】う。

曉妝の仙,仙景 箇女 蓮を採る。

君に請う 向う莫れ 那の岸邊,少年,花を好み 新たに舡滿つ。

紅袖 搖れ曳き 風暖を逐う,玉腕を垂れ,腸は向えど 柳絲斷つ。

浦南 歸りて,浦北 歸り,知る莫れ,晚來りて 人に稀れなり。

 

 

溫庭筠60《巻2-10 河傳三首其二》
《河傳三首其二》

湖上,閑望。

雨蕭蕭,煙浦花橋路遙。

謝娘翠蛾愁不消,終朝,夢魂迷晚潮。

蕩子天涯歸棹遠,春已晚,語空腸斷。

若耶溪,溪水西。

柳堤,不聞郎馬嘶。

(耶馬溪の採蓮のころ愛され、身請けされて小さな家に住むようになったものの放蕩の男は春が来ても現れる事は無かった。来るときはいつも馬を土手の柳につないでいたが、それ以降、柳のもとで馬の嘶きを聞いた事は無いとうたう。)

湖のほとり、静かに湖面を眺める。
雨はしとしとと降り続く。雨靄のかかった入り江には、花いっぱいの橋がつづき、雨に潤い鮮やかに咲いている路はとおくにつづき、遙かに霞んでいる。

その道の向うの美しい愛妾は、夕べのみどりの蛾眉が消えかけても愁いは消えないでいる。そのまま、ついに朝がくるが、夢のなかにいた人は迷い続けて、夕ぐれになっても、潮のあとを追って迷っている。
地の果て、空のはてに行ったままなのか、放蕩の人が、帰ってくることは日に日に遠ざかる。この雨で春も過ぎてしまう。鶯の鳴き声を聞くたびにただむなしい下腹はいたくなる。
若耶渓には悲しい女がたくさん居る、それも、西施が足を洗って見初められた渓川の西の方にいる。
それから後も、湖畔の柳の堤につなぐ馬の嘶きを、聞くことはない。

湖の上り,閑かに望む。

雨 蕭蕭として,煙める浦に花橋の路遙なり。

娘 翠蛾を謝するは愁い消さず,終に朝なり,夢魂は晚の潮に迷う。

蕩子は天涯にあり棹して歸るは遠く,春 已に晚く,鶯語 空しく腸斷す。

若耶溪,溪水の西。

柳の堤,郎の馬嘶くも聞えず。

 

溫庭筠61《巻2-11 河傳三首其三》

河傳三首其三

(曲江離宮の妃嬪宮女が舟遊びの時に見初められ、時を過ごしたが、季節が変わるころには、放置された、次の春が過ぎようとする頃、同じような若い宮女がまた一人池端にいると詠う。)

同伴,相喚。

声を掛けてきて、舟遊びの舟にのってきた。

杏花稀,夢裡每愁依違。

晩春になり杏園の杏花も散り落ちて疎らに残っているだけのころには。夢のなかにいるだけで、眼が醒めればその度に心配な気持ちだけであり、もう寄り添うことなどできないと思うようになった。

仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。

ここに来る旅の人は飛来する鶴で一たび去ってしまい、燕も既に飛んでいってしまった。だから、帰ってくることはない。残されたものの頬には涙の痕が残っており、ふとんの中には空しさだけが残っている。

天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。

空高く天の遠く雲のはし空が晴れているあたりに鳥が飛んでいく、春は既に終わろうとしている、それに代わって雨雲や靄が広がり渡ってこの南苑に漂い渡ってきた。

雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

また冬が過ぎ、残雪の中の早梅の香が届いたと思えば、もう柳が芽吹きしげって柳並木は長くおびのように続いている、そこにはまだあどけない女が一人、また同じような心痛める女を作ってしまったということなのだろう。

 

(河傳三首其の三)

同伴し,相い喚ぶ。

杏花稀れにして,夢裡 每に依違を愁う。

仙客 一去って 鷰已に飛び,歸らず,淚痕 空しく衣滿つ。

天際 雲鳥 晴遠を引く,春已に晚れ,煙靄 南苑に渡る。

雪梅 香り,柳帶 長く,小娘,轉た人をして意傷まわ令む。


 

溫庭筠61《巻2-11 河傳三首其三》

『河傳三首其三』 現代語訳と訳註

(本文) 

河傳三首其三

同伴,相喚。

杏花稀,夢裡每愁依違。

仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。

天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。

雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。


(
下し文)

(河傳三首其の三)

同伴し,相い喚ぶ。

杏花稀れにして,夢裡 每に依違を愁う。

仙客 一去って 鷰已に飛び,歸らず,淚痕 空しく衣滿つ。

天際 雲鳥 晴遠を引く,春已に晚れ,煙靄 南苑に渡る。

雪梅 香り,柳帶 長く,小娘,轉た人をして意傷まわ令む。

 

(現代語訳)

(曲江離宮の妃嬪宮女が舟遊びの時に見初められ、時を過ごしたが、季節が変わるころには、放置された、次の春が過ぎようとする頃、同じような若い宮女がまた一人池端にいると詠う。)

声を掛けてきて、舟遊びの舟にのってきた。

晩春になり杏園の杏花も散り落ちて疎らに残っているだけのころには。夢のなかにいるだけで、眼が醒めればその度に心配な気持ちだけであり、もう寄り添うことなどできないと思うようになった。

ここに来る旅の人は飛来する鶴で一たび去ってしまい、燕も既に飛んでいってしまった。だから、帰ってくることはない。残されたものの頬には涙の痕が残っており、ふとんの中には空しさだけが残っている。

空高く天の遠く雲のはし空が晴れているあたりに鳥が飛んでいく、春は既に終わろうとしている、それに代わって雨雲や靄が広がり渡ってこの南苑に漂い渡ってきた。

また冬が過ぎ、残雪の中の早梅の香が届いたと思えば、もう柳が芽吹きしげって柳並木は長くおびのように続いている、そこにはまだあどけない女が一人、また同じような心痛める女を作ってしまったということなのだろう。

 

(訳注) 溫庭筠61《巻2-11 河傳三首其三》

河傳三首其三
25.(曲江離宮の妃嬪宮女が舟遊びの時に見初められ、時を過ごしたが、季節が変わるころには、放置された、次の春が過ぎようとする頃、同じような若い宮女がまた一人池端にいると詠う。)

この場合の客とは春の舟遊びが過ぎても一人で居る事の出来る、自由な暮らしができるものは、宗廟に置かれた妃嬪宮女、妓女が身請けされ別宅に置かれた場合、寡婦ということも考えられるがこの詩の女性には、労働という雰囲気は全く感じられないし、不倫の云う背信さも感じられない。したがって、「南苑」ということから離宮、宗廟に置かれた妃嬪・宮女を題材にしたものであろう。

また新しい、一人ぼっちの女を作ってしまったようだといって詩が終わる。

花間集に河傳は十八首、溫庭筠の作は三首収められている。双調五十五字、前段二十七字七句二仄韻五平韻、後段二十八字七句三仄韻四平韻で、❷❷③⑥⑦②⑤/❼❸❺③③②⑤の詞形をとる。

・河傳三首其一

  
曉妝  仙景箇女採
請君莫向那岸  年 好花新滿舡【セン】

紅袖搖曳逐風 垂玉  腸向柳絲
浦南  浦北歸   晚來人已

  
  
  
 

   
  
   

・河傳三首其二

  
雨蕭 煙浦花橋路
謝娘翠蛾愁不 朝 夢魂迷晚

蕩子天涯歸棹 春已晚 語空腸
若耶溪 溪水西 堤 不聞郎馬

 
 
  

  ●
   

・河傳三首其三

  
杏花  夢裡每愁依
仙客一去鷰已  歸 淚痕空滿

天際雲鳥引晴 春已  煙靄渡南
雪梅  柳帶長   轉令人意

  
  
  
 

   
  
   

 

・双調五十五字、前段七旬同氏韻五平韻、後段七句三穴韻四平韻(詞譜十一)。

 

 

同伴,相喚。

声を掛けてきて、舟遊びの舟にのってこられた。

 

杏花稀,夢裡每愁依違。

晩春になり杏園の杏花も散り落ちて疎らに残っているだけのころには。夢のなかにいるだけで、眼が醒めればその度に心配な気持ちだけであり、もう寄り添うことなどできないと思うようになった。

26. 杏花稀 杏花は晩春がさかり、それがほとんど散ってしまっていること。曲江の杏園であろうか。

27. 夢裡 夢の中で一緒である。

28. 每愁 眼が醒めれば連絡がないことを心配する。

29. 依違 寄り添って生きていくことの生活とまったく違う。

 

仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。

ここに来る旅の人は飛来する鶴で一たび去ってしまい、燕も既に飛んでいってしまった。だから、帰ってくることはない。残されたものの頬には涙の痕が残っており、ふとんの中には空しさだけが残っている。

30. 仙客 仙人。鶴の別名。採蓮の所に来ている男。仙客來(學名:Cyclamen persicum),別名蘿蔔海棠、兔耳花、兔子花、一品冠、篝火花、翻瓣蓮,是紫金牛科仙客來屬多年生草本植物。シクラメン花。

31. 空滿衣 この場合の「衣」は二人で満になる布団が空であること。

 

天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。

空高く天の遠く雲のはし空が晴れているあたりに鳥が飛んでいく、春は既に終わろうとしている、それに代わって雨雲や靄が広がり渡ってこの南苑に漂い渡ってきた。

・南苑:曲江の南にあった庭園。芙蓉苑のこと。

1.御苑名。 因在皇宮之南, 故名。 歷代所指不一。

《宋書‧明帝紀》: “以 南苑 借 張永 , 云‘且給三百年, 期訖更’。”

唐 杜甫 《哀江頭》詩: “憶昔霓旌下 南苑 , 苑中萬物生顏色。”

哀江頭  

少陵野老呑聲哭,春日潛行曲江曲。

江頭宮殿鎖千門,細柳新蒲爲誰綠。』

憶昔霓旌下南苑,苑中萬物生顏色。

天寶の昔を思い起こせば、天子が五彩旗を掲げて曲江の南苑、芙蓉苑に行幸をされたものだ。御苑にあるあらゆるものは、生き生きとし、それぞれが輝かしく動いていた。 

 

雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

また冬が過ぎ、残雪の中の早梅の香が届いたと思えば、もう柳が芽吹きしげって柳並木は長くおびのように続いている、そこにはまだあどけない女が一人、また同じような心痛める女を作ってしまったということなのだろう。

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