花間集 巻一02 訳注解説(7)回目 菩薩蠻十四首 其二漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7604

花間集 巻一02 訳注解説(7)回目 菩薩蠻十四首 其二漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7604

  

 

 

 

 

 

 

 

花間集 五百首  巻一   温庭筠

 

 

 

 

 

 

 

 

内職、冊封

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。『新・旧唐書』「后妃伝」 には、全部で二十六人の皇后、十人の妃嫁が記載されている。その他で史書に名を留めているものはおよそ五、六十人である。その内、高祖、玄宗両時代の人が最も多い。高祖には竇皇后の他に、万貴妃、ヂ徳妃、宇文昭儀、莫嬢、孫嬢、佳境、楊嬢、小楊嬢、張捷好、郭妊婦、劉捷好、楊美人、張美人、王才人、魯才人、張宝林、柳宝林などがいた。玄宗には王皇后、楊皇后、武恵妃、楊貴妃、趨麗妃、劉華妃、銭妃、皇甫徳儀、郭順儀、武賢儀、董芳儀、高娃好、柳娃好、鍾美人、慮美人、王美人、杜美人、劉才人、陳才人、鄭才人、闇才人、常才人などがいた。もちろん史書に名を残せなかった人はさらに多い。史書の記載から見ると、高祖、玄宗両時代の妃嫁がたしかに最も多かったようである。

 

秦嶺山脈終南山

花間集 全詩訳注解説(再)-1-1溫庭筠

 菩薩蛮十四首其一 
(またこの春も寵愛を受ける事は無かったが、毎日、そのことだけを思って化粧をして待つが、春が過ぎて衣替えの季節が来ても着物の詩集だけが番になっていると詠う。)

小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。
屏風の小山が重なる前に寵愛を失った妃嬪は横たわる、蝋燭に揺らめきに妃嬪の体も明滅する。雲のような鬢は雪のように真っ白な頬の上にかかり渡っている。
懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。

ものうげに起きだして眉をかき、お化粧をしながらも、髪を櫛で梳く手はゆっくりとしてすすまない、この人生、何もする気にならない。
照花前後鏡。花面交相映。
花のような顔を、前とうしろからあわせ鏡で照らす。うつくしい顔が二つの鏡にこもごも花が咲いたようにうつされている。
新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。
季節が変わって新しく閨に張る薄いとばりがあり、鏡の所から立ち上がって、刺繍のうすぎぬの襦袢も新しく肌に合わせてみる。一ツガイずつ向かい合わせになった金の鷓鴣の紋様がぬいとりされている。

(菩薩蠻十四首其の一)
小山 重疊して 金 明滅,鬢の雲 度(わた)らんと欲(す)香顋の雪に。
懶げに起き 蛾眉を 畫く。妝を弄び 梳洗 遲し。

花を照らす 前後の 鏡。花面 交(こもご)も 相(あ)ひ映ず。
新たに帖りて 羅襦に綉りするは、雙雙 金の鷓鴣。

 

花間集 全詩訳注解説(再)-1-2溫庭筠

温庭筠 菩薩蠻十四首其二
(寵愛を受けるというのはほんの少しの間、妃嬪は女盛りであるけれど、寵愛の間に受胎しなかったため、後宮の奥深い宮殿でひっそりと過ごすと詠う)

夜來皓月才當午,重簾悄悄無人語。
あのお方が来られるのを待ち侘びて、今日も眠れぬ夜を過ごす、明るく冴えわたる中ごろの月は、ちょうど真上にかかっている。妃嬪の宮殿の幾重にも垂れる簾の内の閨には、話す声などなくひっそりと静まり返える。
深處麝煙長,臥時留薄妝。
後宮の奥深い宮殿の閨には、麝香の香煙がながくしずかにただよっている。眠りに就くため化粧を落としても、妃嬪は美しく妖艶であり、それだけでうす化粧の香りがするほどの魅力を持っている。
當年還自惜,往事那堪憶。
それでも寵愛を一手に承けられていたころがあり、その頃は一得も惜しむように愛し合っていたのに、寵愛の間に子が出来ることが無かった妃嬪には、後宮のしきたりで、もう寵愛を行ける事は無いのだろうか、しかし、どうしてこんな切ない思いに堪えることができようか。
花露月明殘,錦衾知曉寒。

花の持つ甘露は未だに有り、月はまだ真上、妃嬪もまだまだ女の盛りなのであり、それでも、今日も一人待つことしかなく、あの方と過ごした錦の薄絹の掛布のなかで、又今日も秋の夜長を温もりの無いまま過ごし、眠れぬままに暁の冷え込みが身に染みるのをおぼえることになる。

(菩薩蠻十四首其の二)
夜來 皓月【こうげつ】才【はじめ】て午に當る,簾を重ねうは悄悄として人語るを無し。
處を深くするは麝煙長く,臥せし時 薄妝を留む。
年に當るは還りて自ら惜む,往事 那んぞ憶うを堪んや。
花露 月明殘り,錦衾 曉寒を知る。

 

『菩薩蠻十四首其二』現代語訳と訳註
(
本文)
 菩薩蠻十四首其二
夜來皓月才當午,重簾悄悄無人語。
深處麝煙長,臥時留薄妝。
當年還自惜,往事那堪憶。
花露月明殘,錦衾知曉寒。


(下し文)
夜來 皓月【こうげつ】才【はじめ】て午に當る,簾を重ねうは悄悄として人語るを無し。
處を深くする麝煙【じゃえん】長く,臥せし時 薄妝【はくしょう】を留む。
年に當るは還りて自ら惜みしを,往事 那んぞ憶うを堪んや。
花露 月の明り殘【あま】り,錦の衾【ふすま】 曉寒【ぎょうかん】を知る。


(現代語訳)
(寵愛を受けるというのはほんの少しの間、妃嬪は女盛りであるけれど、寵愛の間に受胎しなかったため、後宮の奥深い宮殿でひっそりと過ごすと詠う)

あのお方が来られるのを待ち侘びて、今日も眠れぬ夜を過ごす、明るく冴えわたる中ごろの月は、ちょうど真上にかかっている。妃嬪の宮殿の幾重にも垂れる簾の内の閨には、話す声などなくひっそりと静まり返える。
後宮の奥深い宮殿の閨には、麝香の香煙がながくしずかにただよっている。眠りに就くため化粧を落としても、妃嬪は美しく妖艶であり、それだけでうす化粧の香りがするほどの魅力を持っている。
それでも寵愛を一手に承けられていたころがあり、その頃は一得も惜しむように愛し合っていたのに、寵愛の間に子が出来ることが無かった妃嬪には、後宮のしきたりで、もう寵愛を行ける事は無いのだろうか、しかし、どうしてこんな切ない思いに堪えることができようか。
花の持つ甘露は未だに有り、月はまだ真上、妃嬪もまだまだ女の盛りなのであり、それでも、今日も一人待つことしかなく、あの方と過ごした錦の薄絹の掛布のなかで、又今日も秋の夜長を温もりの無いまま過ごし、眠れぬままに暁の冷え込みが身に染みるのをおぼえることになる。
芍薬001


(訳注)

菩薩蠻十四首其二

(寵愛を受けるというのはほんの少しの間、妃嬪は女盛りであるけれど、寵愛の間に受胎しなかったため、後宮の奥深い宮殿でひっそりと過ごすと詠う)

・寵愛を失ったものの、化粧を落として床に入る姿は、若くて美しい妃嬪である。まだ若い妃嬪が夜を過ごすのを描いたもの。126人もいる妃嬪に一回の子作りのチャンスは与えられればまだよいほうで、一度の寵愛の機会もないものもいた。

・温庭:晩唐の大詞人。詩人でもある。花間集では彼の作品が一番多く、六十六首も採用されており、このことから花間鼻祖とも称されている。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

夜來皓月才當午,重簾悄悄無人語。
深處麝煙長,臥時留薄妝。
當年還自惜,往事那堪憶。
花露月明殘,錦衾知曉寒。

●△●●○△●  △○●●○○●

△●●○△  ●○△●○

△○○●●  ●●△○●

○●●○○  ●○○●○


夜來皓月才當午,重簾悄悄無人語。
夜來 皓月【こうげつ】才【はじめ】て午に當る,簾を重ねうは悄悄として人語るを無し。

あのお方が来られるのを待ち侘びて、今日も眠れぬ夜を過ごす、明るく冴えわたる中ごろの月は、ちょうど真上にかかっている。妃嬪の宮殿の幾重にも垂れる簾の内の閨には、話す声などなくひっそりと静まり返える。
・夜来皓月 夜中にでていたまっしろな月。来は語助詞。夜来は「夜来風雨声・花落知多少」のように昨夜からの時間的経過をもったことば。
・才 いまちょうど。
・皓月才當午 あかるくさえわたった月がちょうど天の中心に来たこと。
・重簾 幾重にも垂れるすだれの内。妃嬪の御殿の様子。
・悄悄 ひっそりとさびしいさま。ひっそりとしずまりかえること。


深處麝煙長,臥時留薄妝。
處を深くするは麝煙長く,臥せし時 薄妝を留む。
後宮の奥深い宮殿の閨には、麝香の香煙がながくしずかにただよっている。眠りに就くため化粧を落としても、妃嬪は美しく妖艶であり、それだけでうす化粧の香りがするほどの魅力を持っている。
・麝煙 爵香のけぶり。麝の腹部の靡番線にある香嚢から取った香料で、芳香はきわめて強い。

・臥時留薄妝 化粧を落としても化粧をしているかのように美しいということ。


當年還自惜,往事那堪憶。
年に當るは還りて自ら惜む,往事 那んぞ憶うを堪んや。
それでも寵愛を一手に承けられていたころがあり、その頃は一得も惜しむように愛し合っていたのに、寵愛の間に子が出来ることが無かった妃嬪には、後宮のしきたりで、もう寵愛を行ける事は無いのだろうか、しかし、どうしてこんな切ない思いに堪えることができようか。
・当年 寵愛を受け、愛し合う時は、寸暇を惜しんで尽くした、去ってゆく時を惜しむように愛し合う月日をすごしたことをいう。
・那堪 このような思いにどうして堪えられようか。今夜も若い女の人のところにいっている、ということ。


花露月明殘,錦衾知曉寒。
花露 月明殘り,錦衾 曉寒を知る。

花の持つ甘露は未だに有り、月はまだ真上、妃嬪もまだまだ女の盛りなのであり、それでも、今日も一人待つことしかなく、あの方と過ごした錦の薄絹の掛布のなかで、又今日も秋の夜長を温もりの無いまま過ごし、眠れぬままに暁の冷え込みが身に染みるのをおぼえることになる。
花露月明殘 この句は、花にはまだ蜜が残っており、月もまだ真上にあるように、まだ女の盛りにあるということで、一槽に淋しさを強調する。名残月と解釈していたが間違い。

錦衾 にしきのふすま。身体をおおう夜具、薄絹のかけ布。性交渉のためには薄い者しかかけない。
・曉寒 一人寝のさむさ。薄いかけ布でも二人で添い寝をしておれば寒くはなかった。

 

岳陽樓詩人0051


1
 温庭筠 おんていいん
812頃―870以後)本名は岐、字は飛卿、幷州(山西省大原)の人。初唐の宰相温彦博の子孫にあたるといわれる。年少のころから詩をよくしたが、素行がわるく頽廃遊蕩生活に耽り、歌樓妓館のところに出入して、艶麗な歌曲ばかりつくっていた。進士の試験にも落第をつづけ、官途につくこともできなかった。徐商が裏陽(湖北)の地方長官をしていたとき、採用されて巡官となり、ついで徐商が中央の高官(成通のはじめ尚書省に入る)になったので、さらに任用されようとしたが成らなかった。859年頃に詩名によって特に召されて登用され、国子(大学)助教となった。たが、叙任前に微行中の宣宗に無礼があって罷免され、晩年は流落して終わった。そのため、生歿が未詳である。

集に撞蘭集三巻、金墨集十巻、漢南其稿十巻があったという。かれは晩唐の詩人として李商隠と相並び、「温李」として名を知られている。音楽に精しく、鼓琴吹笛などを善くし、当時流行しつつあった詞の作家としても韋荘と相並んで「温韋」の称があった。その詞の大部分は超崇祚の編した花間集に収載されている。洗練された綺麗な辞句をもちいた、桃李の花を見るような艶美な作風は花間集一派の詞人を代表するもので、「深美閎約」と批評されているその印象的なうつくしさにおいてほ花間集中、及ぶものがないといってよく、韋荘の綺麗さとよい対照をなしている。王国維が花間集に収載する六十六首のほか他書に散見するものを合せて輯した金荃詞一巻があり、七十首を伝えている。

 

 

菩薩蠻十四首其二
夜來皓月才當午,重簾悄悄無人語。
深處麝煙長,臥時留薄妝。
當年還自惜,往事那堪憶。
花露月明殘,錦衾知曉寒。

 

(菩薩蠻十四首其の二)
夜來 皓月【こうげつ】才【はじめ】て午に當る,簾を重ねうは悄悄として人語るを無し。
處を深くするは麝煙長く,臥せし時 薄妝を留む。
年に當るは還りて自ら惜む,往事 那んぞ憶うを堪んや。
花露 月明殘り,錦衾 曉寒を知る。

 

 

 

紅梅002
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『菩薩蠻』四十一首

 

 

作者

初句7字

 

 

溫庭筠

 

(溫助教庭筠)

 

巻一

菩薩蠻十四首其一

小山重疊金明滅,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其二

水精簾裡頗黎枕,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其三

蘂黃無限當山額,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其四

翠翹金縷雙鸂鶒,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其五

杏花含露團香雪,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其六

玉樓明月長相憶,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其七

鳳凰相對盤金縷,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其八

牡丹花謝鶯聲歇,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其九

滿宮明月梨花白,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十

寶函鈿雀金鸂鶒,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十一

南園滿地堆輕絮,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十二

夜來皓月纔當午,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十三

雨晴夜合玲瓏日,

 

 

巻一

菩薩蠻十四首其十四

竹風輕動庭除冷,

 

 

韋荘(韋相莊)

巻三

菩薩蠻 一

紅樓別夜堪惆悵

 

 

巻三

菩薩蠻 二

人人盡江南好

 

 

巻三

菩薩蠻 三

如今卻憶江南樂

 

 

巻三

菩薩蠻 四

勸君今夜須沉醉

 

 

巻三

菩薩蠻 五

洛陽城裡春光好

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

菩薩蠻七首 其一

舞裙香暖金泥鳳,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其二

柳花飛處鶯聲急,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其三

玉釵風動春幡急,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其四 

畫屏重疊巫陽翠,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其五

風簾鷰舞鶯啼柳,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其六

綠雲鬢上飛金雀,

 

 

巻四

菩薩蠻七首 其七

玉樓冰簟鴛鴦錦,

 

 

和凝

巻六

菩薩蠻一首 其一

越梅半拆輕寒裏

 

 

孫少監光憲

巻八

菩薩蠻五首其一

月華如水籠香砌,

 

 

巻八

菩薩蠻五首其二

花冠頻皷牆頭翼,

 

 

巻八

菩薩蠻五首其三

小庭花落無人掃,

 

 

巻八

菩薩蠻五首其四

青巖碧洞經朝雨,

 

 

巻八

菩薩蠻五首其五

木綿花映叢祠小,

 

 

魏太尉承班

巻八

菩薩蠻二首其一

羅裾薄薄秋波染,

 

 

巻八

菩薩蠻二首其二

羅衣隱約金泥畫,

 

 

尹參卿鶚

巻九

菩薩蠻一首 

隴雲暗合秋天白,

 

 

毛秘書熙震

巻十

菩薩蠻三首其一

梨花滿院飄香雪

 

 

巻十

菩薩蠻三首其二

繡簾高軸臨塘看

 

 

巻十

菩薩蠻三首其三

天含殘碧融春色

 

 

李秀才珣

巻十

菩薩蠻三首其一

迴塘風起波紋細

 

 

巻十

菩薩蠻三首其二

等閑將度三春景

 

 

巻十

菩薩蠻三首其三

隔簾微雨雙飛鷰

 

 

 

 

 

 

 

  

        
 2016年11月7日の紀頌之5つの校注Blog 
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