花間集 訳注解説 巻二-02 (63)回目温庭筠 《清平樂二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7940

 巻二-02 (63)回目温庭筠 《清平樂二首其二》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

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杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

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杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

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花間集 訳注解説 巻二-02 (63)回目温庭筠 《清平樂二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7940

(春にはいろんな階層、いろんな人たちが別れの涙を流す、中でも、春の行楽での無礼講での貴公子たちのふるまいにおおくの娘たちが千行の涙を流すと詠う)

高官の移動、貴公子が存在感を見せる春も盛り、楊柳はもえ、柳絮の花は、雪のように乱れ散るころには、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、宮女、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願するのであるが、そればかりでなく、貴公子たちのおもちゃにされた娘たちの悲しみの嗚咽が春水の音にまじって橋の下を流れ去る。

貴公子たちは、馬に上ったままで、新酒の封を切ってそのままラッパ飲みをしたり、別れの盃をわたし酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいで哭している。

戦国「平原君」を気取って春の無礼講にむれをなし、洛陽の高級住宅地の貴公子たちのやることはこれ以上の心配はない程極まったもので、あっちでも、こっちでも振り返れば多くの女たちが千行の涙を拭っているのだ。

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《清平樂》

 

 

 

 

 

 

《【参考】》  李白 清平楽

楽府には、清調・平調・瑟調の三つがあって、清平調とはこのうちの清調と平調を合わせたものである。

 

双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑥⑥6⑥の詞形をとる。

清平楽五首之一

禁庭春畫  鶯羽披新
百草巧求花下  祗賭珠璣滿
日晚卻理殘  禦前閑舞霓
誰道腰肢窈窕  折旋笑得君

  
  
  
  

 

単調二十八字三平韻

清平調

雲想衣裳花想  春風拂檻露華
若非群玉山頭見  會向瑤臺月下

  
  

 

 

李白詩 尊前集  清平楽五首、清平調三首

    李太白集 《巻二十五補遺》清平楽令二首清平楽三首、《巻四》清平調三首

清平樂 一(

禁庭春畫。鶯羽披新繡。百草巧求花下鬥。祗賭珠璣滿鬥。

日晚卻理殘妝。禦前閑舞霓裳。誰道腰肢窈窕,折旋笑得君王。

 

清平樂 二(

禁闈清夜。月探金窗罅。玉帳鴛鴦噴蘭麝。時落銀燈香

女伴莫話孤眠。六宮羅綺三千。一笑皆生百媚,宸衷教在誰邊。

 

清平樂 三(

煙深水闊。音信無由達。惟有碧天雲外月。偏照懸懸離別。

盡日感事傷懷。愁眉似鎖難開。夜夜長留半被,待君魂夢歸來。

 

清平樂 四(

鸞衾鳳褥。夜夜常孤宿。更被銀臺紅蠟燭。學妾淚珠相續。

花貌些子時光。人遠泛瀟湘。欹枕悔聽寒漏,聲聲滴斷愁腸。

 

清平樂 五(

畫堂晨起。來報雪花墜。高卷簾櫳看佳瑞。皓色遠迷庭砌。

盛氣光引爐煙,素草寒生玉佩。應是天仙狂醉。亂把白雲揉碎。

 

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清平調 三首其一

雲想衣裳花想容。春風拂檻露華濃。若非群玉山頭見,會向瑤臺月下逢。

 

清平調 三首其二

一枝紅艷露凝香。雲雨巫山枉斷腸。借問漢宮誰得似,可憐飛燕倚新妝。

 

清平調 三首其三

名花傾國兩相歡。常得君王帶笑看。解得春風無限恨。沈香亭北倚闌幹。

 

 

花間集 温庭筠

清平樂二首其一

(天子のために、妃嬪は大明宮六宮、興慶宮、洛陽内裏、上陽宮、離宮、御陵など宮殿陵廟に配置され、寵愛を得ようとそれぞれ努力をすることだけを生きるあかしとしている。美貌、音楽舞踊、芸、文学、裁縫、・・・を競って努力をする。しかしそのまま埋もれてしまうことがほとんどで、漢の陳皇后のようにいずれ寵愛を取り戻せることだけを信じていきていくと詠う)

上陽春晚,宮女愁蛾淺。

上陽宮で待ち続けてもう春も終ろうとしている。待つだけの妃嬪は眉も薄くなり愁いが消えることなどない。

清平思同輦,爭那長安路遠。

また新しい歳に変わる、世の中が清らかに治まっていても、彼女らは、天子の事だけ考えていきていて、漢の班捷伃が「同輦を辞」したような思いでいる。どうしようもないことには、天子の寵愛を爭おうとしても天子の入る長安までの道のりは遠いのである。

鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。

それでも、天子が何時来られてもいい準備だけは欠くことはできない、鳳凰の画かれたとばり、鴛鴦の刺繍のかけ布団、そしていたずらに焚かれるお香、そこには天子に寵愛されることを希望として生きる事しかないのであって、どんなに寂寞の思いにかられても、多くの門があろうとも、天子を思う気持ちだけはなくしてはいけない、それだけで生きてゆくのであるから。

競把黃金買賦,為妾將上明君。

昔。陳皇后は寵愛を取り戻すために司馬相如に黄金百斤で賦を作ってもらい、自らも詩を勉強し、競い合い寵愛を取り戻したというが、寵愛をうけるためには、女として、向上する事であり、まさに、それを受け入れる賢明な天子のもとにあがることが必要なのだ。

清平樂二首其一

上陽の春晚,宮女 蛾淺に愁う。

 清平 同輦を思う,爭い那ぞ長安路遠く。

鳳帳 鴛被 徒らに燻じ,寂寞 花鏁 千門。

把を競い 黃金 賦を買う,妾為す 將に明君に上る。

 

 


清平樂二首其二

(春にはいろんな階層、いろんな人たちが別れの涙を流す、中でも、春の行楽での無礼講での貴公子たちのふるまいにおおくの娘たちが千行の涙を流すと詠う)

洛陽愁,楊柳花飄雪。

高官の移動、貴公子が存在感を見せる春も盛り、楊柳はもえ、柳絮の花は、雪のように乱れ散るころには、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、宮女、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願するのであるが、そればかりでなく、貴公子たちのおもちゃにされた娘たちの悲しみの嗚咽が春水の音にまじって橋の下を流れ去る。

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

貴公子たちは、馬に上ったままで、新酒の封を切ってそのままラッパ飲みをしたり、別れの盃をわたし酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいで哭している。

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

戦国「平原君」を気取って春の無礼講にむれをなし、洛陽の高級住宅地の貴公子たちのやることはこれ以上の心配はない程極まったもので、あっちでも、こっちでも振り返れば多くの女たちが千行の涙を拭っているのだ。

(清平樂二首其の二)

洛陽に愁絶す、楊柳 花 雪を飄【ひるが】えす。

終日 行人 攀折を爭い、橋下 水流 鳴咽す。

馬に上れば 争いて離れの觴を勧む、南浦 鶯声 腸を断つ。

愁殺す 平原の年少、首を遅らし涙千行を揮う。

 

 

『清平樂二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

清平樂二首其二

洛陽愁,楊柳花飄雪。

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

 

(下し文)

(清平樂二首其の二)

洛陽に愁絶す、楊柳 花 雪を飄【ひるが】えす。

終日 行人 攀折を爭い、橋下 水流 鳴咽す。

馬に上れば 争いて離れの觴を勧む、南浦 鶯声 腸を断つ。

愁殺す 平原の年少、首を迴らし涙千行を揮う。

 

(現代語訳)

(春にはいろんな階層、いろんな人たちが別れの涙を流す、中でも、春の行楽での無礼講での貴公子たちのふるまいにおおくの娘たちが千行の涙を流すと詠う)

高官の移動、貴公子が存在感を見せる春も盛り、楊柳はもえ、柳絮の花は、雪のように乱れ散るころには、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、宮女、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願するのであるが、そればかりでなく、貴公子たちのおもちゃにされた娘たちの悲しみの嗚咽が春水の音にまじって橋の下を流れ去る。

貴公子たちは、馬に上ったままで、新酒の封を切ってそのままラッパ飲みをしたり、別れの盃をわたし酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいで哭している。

戦国「平原君」を気取って春の無礼講にむれをなし、洛陽の高級住宅地の貴公子たちのやることはこれ以上の心配はない程極まったもので、あっちでも、こっちでも振り返れば多くの女たちが千行の涙を拭っているのだ。




(訳注)

12. 清平楽二首

唐の教坊曲、『花間集』には清平樂は九首溫庭筠の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑥⑥6⑥の詞形をとる。

洛陽愁  楊柳花飄
終日行人爭攀  橋下流水嗚
上馬爭勸離  南浦鶯聲斷
愁殺平原年少  迴首揮淚千

  
  
  
  

13. 清平樂二首其二

(春にはいろんな階層、いろんな人たちが別れの涙を流す、中でも、春の行楽での無礼講での貴公子たちのふるまいにおおくの娘たちが千行の涙を流すと詠う)

14. 【解説】 唐の東都洛陽の町の、終日、柳の枝を手折っては旅立つ人を描写する。前段は、まず第一句で、洛陽が愁い極まる町であることを指摘、三、四句で、洛陽が愁い極まる町である理由が明かされる。そして、平原君のもとに集まった食客というべき貴公子たちは、春の無礼講で多くの娘たちを泣かせるのである。

 

洛陽愁,楊柳花飄雪。

高官の移動、貴公子が存在感を見せる春も盛り、楊柳はもえ、柳絮の花は、雪のように乱れ散るころには、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

15. 楊柳花 綿毛の生えた柳の種、柳架。・楊柳 楊柳は男女を示す。また楊は芸妓の色町を示す語である。柳は男性であるが、細柳は女性を示す語として、つかわれる。

 

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、宮女、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願するのであるが、そればかりでなく、貴公子たちのおもちゃにされた娘たちの悲しみの嗚咽が春水の音にまじって橋の下を流れ去る。

16. 行人 ここでは、出征した夫。旅人。行商人。李白『北風行』「倚門望行人、念君長城苦寒良可哀。」 『古風,五十九首之二十四』「鼻息干虹蜺,行人皆怵惕」

17. 爭攀折 「折楊柳」のことで、ここでは、我先にと争って柳の枝をとろうと手を上にあげている様子をいう。古く中国では、旅立ちを見送る際に、無事の帰りを願い、旅立つ人に柳の枝を手折って環にして贈る習慣があった。握った手を離すと、環はまっすぐに元に戻るところから、環と帰還の還をかけて、旅立った人がすぐに戻って来るようにとの縁起をかついで行ったもの。

橋下流水 これは、ベッドで布団の中での事を上から見た時の姿かたちをいう。春の無礼講でナンパされた娘たちの泣く声が、川の流れに交じって聞えるということ。

 

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

貴公子たちは、馬に上ったままで、新酒の封を切ってそのままラッパ飲みをしたり、別れの盃をわたし酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいで哭している。

18. 醉壺觴 酒つぼとさかずき。壺酒は新酒は春の呼び声とともにある。新種の壺酒は油紙のような蓋をして黄色の紐で封印がしてある。

19. 南浦 洛陽城の南の水辺の送別の地。王維《斉州送祖三二首 其二》「送君南浦涙如糸、君向東州使我悲。為報故人憔悴尽、如今不似洛陽時。」(斉州にて祖三を送る 二首其の二)君を南浦(なんぽ)に送れば 涙 糸の如し、君は東州に向かい 我をして悲しましむ。為に報ぜよ 故人は憔悴(しょうすい)し尽くし、如今(じょこん)は 洛陽の時に似ず。

とあるのに基づく。

 

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

戦国「平原君」を気取って春の無礼講にむれをなし、洛陽の高級住宅地の貴公子たちのやることはこれ以上の心配はない程極まったもので、あっちでも、こっちでも振り返れば多くの女たちが千行の涙を拭っているのだ。

20. 愁殺 愁い極まる。殺は動詞や形容詞の後について程度のきわめて高いことを表す。

21. 平原年少 平原公が食客三千人を抱えていたこと。宗室にかかわる息子たちが平原公たるものとそのもとに貴族の息子たちが食客としている。春の科挙の合格発表、行楽など何度かある無礼講に酒に酔い、群れを成して悪乗りをしている。平原は平原君のこと、戦国時代の都邑。今の山東省平原。食客三千人を養ったと言われる戦国趙の恵文王の弟平原君が封ぜられた地。ここではそれを借りて洛陽の地の意気盛んな若者を指す。

平原君(?~前251 〔平原は号。山東の平原に封ぜられたことから〕 中国,戦国時代の趙の王族。姓は趙,名は勝。趙の恵文王・孝成王に仕え宰相となる。食客は数千人。斉の孟嘗君らとともに戦国の四君に数えられる。戦国四君は、斉の孟嘗君、魏の信陵君、楚の春申君、 趙の平原君をいい、その名声によって君主よりも勢力をもつといわれた宰相で、戦国末期に国際政治及び外交に力を発揮した。

彼らの特徴は自らの能力というよりは、その出身と器量によって多くの食客を養い、その食客をよく使ったということで、いわば人柄であり、人間的魅力に富んだ人といえる。

いわゆる貴公子とか、游侠の若者に詩を贈る。作者の心と若者の心の絡み合うさまを詩にする。 
22.
 少年:若者。年若い者。唐詩で「少年」といえば、
王維 少年行
新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。
相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。 
李白 17少年行
少年行      
五陵年少金市東、銀鞍白馬度春風。
落花踏尽遊何処、笑入胡姫酒肆中。
杜甫 少年行

馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。
 
王昌齢『少年行』
走馬遠相尋,西樓下夕陰。結交期一劍,留意贈千金。高閣歌聲遠,重門柳色深。夜闌須盡飲,莫負百年心。
いなせな若者や壮士を詠う。

李白は、戦国四君について多くの詩を残している。その一端を下記に示す。

159-#3 《巻02-30 俠客行 -#3》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <159-#3> Ⅰ李白詩7 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5378

160-#2 《巻03-10 幽澗泉 #2》Index-11 Ⅱ―6 -731開元十九年31歳 43首 <160-#2> Ⅰ李白詩1368 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5388

162 《巻03-24 結襪子》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <162> Ⅰ李白詩1358 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5338

163-#2 《巻04-05 白馬篇 #2》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <163-#2> Ⅰ李白詩1372 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5408

164 《巻05-11 少年子》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <164> Ⅰ李白詩1373 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5413

165 《巻05-13 少年行,二首之一》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <165> Ⅰ李白詩1361 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5353

166 《巻05-14 少年行,二首之二》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <166> Ⅰ李白詩1375 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5423

167 《巻05-15 白鼻騧》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <167> Ⅰ李白詩1363 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5363

169 -#1(改訂版) 《巻06-12 梁園吟 -#1》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <169 -#1> Ⅰ李白詩1378 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5438

 

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