花間集 訳注解説 巻一49 (59)回目温庭筠 《女冠子二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7916

巻一49 (59)回目温庭筠 《女冠子二首其二》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161229

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年 023-025まで 【字解集】同王昌齡送族弟襄歸桂陽二首・走筆贈獨孤駙馬Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7913

 

 

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少年行・白馬篇・白雲歌など【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7799

 

 

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李白詩

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李白全詩

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-018-#1 全唐文551-11-#1喜侯喜至贈張籍、張徹【案:愈初謫陽山令。元和改元,自江陵掾召國子博士,其從遊如喜、如籍如皆會都下,詩以是作。】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7914

 

 

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806年-017-#11 巻二 18-#11巻02-19薦士 【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7908

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

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index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-048 過客相尋 杜詩詳注卷一九(四)一六三三漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7762

 

 

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757年-54 承聞河北諸道節度入朝歡喜口號句十二首 【字解集】 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六二九)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7885

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

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54)回目温庭筠 《南歌子七首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7886 (12/24)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

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玉-024 雑詩九首其九明月何鮫餃〈枚乘〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7917

 

 

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玉集-02 古樂府詩六首【字解集】 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7839(12/17

 

 

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花間集 訳注解説 巻一49 (59)回目温庭筠 《女冠子二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7916

(出家したものの過去の栄光の生活を思い出して詠ったものである。束縛の無い道女となっても、過去、愛し合った人への思いは忘れられない道女の思いを描く)。

あの頃と同じように半透明の絹の肩掛け、両鬢の雲型の髪を梳く、出家して随分経つが、金細工の鏡には女冠の白く美しい顔が映り、雪のような肌であるのはかわらない。でも、春の遠山の形の眉は愁いに溢れる、というのも、軽い團扇をめぐらせて、男性と過ごしたが、その人とは語りあう気にもなれない、心のかよわない結び合いというものは、自分を恥入ることだとおもい、刺繍に飾られたとばりを降ろしてその中の事だけにしておきたい。出家してもきらびやかに飾られた高楼に住み、なくなったあのお方のことをおもいだしてはとおくを眺めだして久しくなる、春の盛りの花が満開のトンネルを歩いた日のことを思い出すとここに一人置かれていることを恨みにおもい、なにごとをするのもおっくうになって遅れがちになる。すでに春も過ぎようとしている、こんな生活を続けるより、鸞鳥に乗って本当に仙界に去るべきなのだろうか、それともあのおかたへの思いをいつまでも引きずっていくことはいけないということなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

花間集 巻一  女冠子二首

 

 

 

 

 

 

杏の花0055



女冠子二首 其一

(出家した高貴な女性ほど、自由な生活、幅の広い交際が一気にひろがり、彼女たちは何ものにも拘束されず自由に愛情を求めることができた喜びを詠う。)

含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。

束縛から解放され、自分の思いで好きな人と一夜すごす、それが嬉しくて艶やかな動き、笑みを自然に浮かべている、一夜すごして眉の墨は色褪せ、頬紅の色も薄れていても、嫋やかに接したいとこころからおもう。

鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。

雲型を高くし両鬢の髪が透けて蝉の羽のような流行のかみがたにし、水晶のたまで、秋雨をおもわせる金細工の細い鎖に金の珠と水晶とでつくられた簪がゆれる、翻る薄絹の衣は艶めかしく肌を透き通らせ碧のお香の煙は艶めかしくゆれる。寵愛を義務としていたことから、こんなにも喜ばしい夜である。 

鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。

朝がきて、化粧を直す姿は、雪のように白い胸が鸞鏡に美しく映る、愛の暮らしは琪樹のしげるところであり、麗しき鳳凰の高樓の前によりそって進む。

寄語青娥伴,早求仙。

そして、堅苦しいところから解放された、嫦娥となって愛に生きることができるということで、木樹にとまっていたお伴の愛の青い鳥にあのおかたにつたえてくれとこっそりと言った、「あなたも早く出家して仙界におはいりなさいな」と。

(女冠子二首 其の一)

嬌を含み笑を含む,宿翠 殘紅 窈窕たり。

鬢は蟬の如く,寒玉 秋水を簪し,輕紗 碧煙を捲く。

雪の 鸞鏡の裡,琪樹 鳳樓の前。

青娥の伴に語を寄せる,「早に仙を求めよ。」と。

 

女冠子二首 其二

(出家したものの過去の栄光の生活を思い出して詠ったものである。束縛の無い道女となっても、過去、愛し合った人への思いは忘れられない道女の思いを描く)。

霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。

あの頃と同じように半透明の絹の肩掛け、両鬢の雲型の髪を梳く、出家して随分経つが、金細工の鏡には女冠の白く美しい顔が映り、雪のような肌であるのはかわらない。

畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。

でも、春の遠山の形の眉は愁いに溢れる、というのも、軽い團扇をめぐらせて、男性と過ごしたが、その人とは語りあう気にもなれない、心のかよわない結び合いというものは、自分を恥入ることだとおもい、刺繍に飾られたとばりを降ろしてその中の事だけにしておきたい。

玉樓相望久,花洞恨來遲。

出家してもきらびやかに飾られた高楼に住み、なくなったあのお方のことをおもいだしてはとおくを眺めだして久しくなる、春の盛りの花が満開のトンネルを歩いた日のことを思い出すとここに一人置かれていることを恨みにおもい、なにごとをするのもおっくうになって遅れがちになる。

早晚乘鸞去,莫相遺。

すでに春も過ぎようとしている、こんな生活を続けるより、鸞鳥に乗って本当に仙界に去るべきなのだろうか、それともあのおかたへの思いをいつまでも引きずっていくことはいけないということなのだろうか。

(女冠子二首其の二)

霞帔 雲髮,鈿の鏡 仙容 雪に似たり。

愁眉を畫けば,語を遮って輕扇を迴らし,羞を含みて繡帷を下る。

玉樓 相い望み久しく,花洞 恨み來るは遲る。

早晚 鸞に乘り去り,相いに遺すこと莫れ。

 

 

『女冠子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首 其二

霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。

畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。

玉樓相望久,花洞恨來遲。

早晚乘鸞去,莫相遺。

 

(下し文)

(女冠子二首其の二)

霞帔 雲髮,鈿の鏡 仙容 雪に似たり。

愁眉を畫けば,語を遮って輕扇を迴らし,羞を含みて繡帷を下る。

玉樓 相い望み久しく,花洞 恨み來るは遲る。

早晚 鸞に乘り去り,相いに遺すこと莫れ。

 

(現代語訳)

女冠子二首其二

(出家したものの過去の栄光の生活を思い出して詠ったものである。束縛の無い道女となっても、過去、愛し合った人への思いは忘れられない道女の思いを描く)。

あの頃と同じように半透明の絹の肩掛け、両鬢の雲型の髪を梳く、出家して随分経つが、金細工の鏡には女冠の白く美しい顔が映り、雪のような肌であるのはかわらない。

でも、春の遠山の形の眉は愁いに溢れる、というのも、軽い團扇をめぐらせて、男性と過ごしたが、その人とは語りあう気にもなれない、心のかよわない結び合いというものは、自分を恥入ることだとおもい、刺繍に飾られたとばりを降ろしてその中の事だけにしておきたい。

出家してもきらびやかに飾られた高楼に住み、なくなったあのお方のことをおもいだしてはとおくを眺めだして久しくなる、春の盛りの花が満開のトンネルを歩いた日のことを思い出すとここに一人置かれていることを恨みにおもい、なにごとをするのもおっくうになって遅れがちになる。

すでに春も過ぎようとしている、こんな生活を続けるより、鸞鳥に乗って本当に仙界に去るべきなのだろうか、それともあのおかたへの思いをいつまでも引きずっていくことはいけないということなのだろうか。

 

(訳注)

13. 女冠子二首其二

(出家したものの過去の栄光の生活を思い出して詠ったものである。束縛の無い道女となっても、過去、愛し合った人への思いは忘れられない、道女の思いを描く)。

前段は出家して久しいが美しさは変わらない。拘束された生活は解放され、自由に恋愛ができるようになったものの、後段は本当に愛していたお方へを忘れることが出来ず、過ぎゆく春に、過去への思いと決別して生きて行こうと詠う。

14. 女冠子二首

唐の教坊の曲名。女冠は女道士の意。『花間集』には十九首所収。温庭第の作は二首収められている。双調四十一字、前段二十二字五句二仄韻二平韻、後段十八字四句二平韻で、❹❻③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。

霞帔雲,鈿鏡仙容似

畫愁,遮語迴輕扇,含羞下繡

玉樓相望久,花洞恨來

早晚乘鸞去,莫相

 
  

 

 

15. 【解説】

妃嬢・公主たちの出家の事情は比較的特殊である。妃嬢の中のある者は、皇帝が死ぬと集団で寺に送りこまれた。たとえば、武媚(後の武則天)などの妃嬢は太宗の死後、盛業寺に送られて尼にされた。また、ある者は家人が罪を犯したためもはや妃嬢となる資格を失い、やむなく出家せざるを得なかった。たとえば、粛宗の喜妃は長兄が死を賜ったので粛宗と離婚し、宮中にある寺の尼となった。公主が道教に入信することはさらに多く、唐朝の二一二人の公主のうち、出家した者は二十人近くもいた。彼女たちの多くは道教に入っており、仏に仕えたのではなかった。彼女たちは自ら願って女道士の生活に入った。最も有名な玄宗皇帝の妹の玉貴公主と、彼女と同時に出家した金仙公主がこうした例である。彼女たちは女道士になっても公主としての富貴と栄誉を失わず、朝廷は旧来のごとく彼女たちに生活資財を支給したから、生活はかえって公主の時より自由になり、束縛を受けなくなった。女道士の生活は尼僧のそれに比べていくらか自由であったからこそ、公主たちの大半は仏寺に入らず通観に入ったのである。

出家した女性の生活は、きわめで特色のあるものだった。まず第一に、彼女たちは人に頼って生きる階層であり、一般には生業に従事しなかった。国家あるいは施主から衣食がすべて供給された。唐建国当初、高祖は勅令を下して、「およそ戒律を守り、修行に励む僧尼、女冠等の人には、一律に衣食を供給し、欠かさぬようにせよ」(『旧唐書』高祖紀)と命じている。しかし、尼や女道士の生活状況は人によって大変な相違があった。豪奢な生活をし奴僕を使っている上層の者もいれば、清貧の生活をし奴稗に等しい下層の者もいた。上層に属す尼や女道士には、国家が生活物資を支給する以外に、高官貴人も布施などの援助をしたので、彼女たちの生活は往々にして豊かであり賛沢でさえあった。以前の身分、美貌、富貴により、出家後にも違いが出たのである。これが、天子の妃嬪たち、そこに従事した宮女に至るまでが出家すると大変な人数である。そして、そうした妃嬪公主たちと同じように高官の愛妾、富貴の愛妾も同じように出家して、道女になった。特に愛妾になる前、芸妓であったものは、何らかの理由で芸妓になり、身請けされて、愛妾になっているから、出家する以外に行く場所がなかった。

女道士や尼たちが異性と仲睦まじい関係をもち、公然と愛し合っていたことが分かるばかりか、それを当時の社会が恥ずべきこととも思わず、かえって文士たちは大いに誉めそやし、風流韻事と見ていたことが分かる。また、容姿、才能の故をもって人から称讃され、あるいは異性と愛し合った結果、再び還俗し夫婦になるなどという女道士や尼も珍しくなかった。出家した道女は、再び妻となることを夢見ていきてゆくという部分もあったのである。

この詩は、こうして出家したものの過去の栄光の生活を思い出して詠ったものである。束縛の無い道女となっても、過去、愛し合った人への思いは忘れられないのである。

 

 

霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。

あの頃と同じように半透明の絹の肩掛け、両鬢の雲型の髪を梳く、出家して随分経つが、金細工の鏡には女冠の白く美しい顔が映り、雪のような肌であるのはかわらない。

16. 霞帔 古代の女性の刺繍つきの肩掛け.

17. 鈿鏡 黄金のかざりのある鏡。

 

畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。

でも、春の遠山の形の眉は愁いに溢れる、というのも、軽い團扇をめぐらせて、男性と過ごしたが、その人とは語りあう気にもなれない、心のかよわない結び合いというものは、自分を恥入ることだとおもい、刺繍に飾られたとばりを降ろしてその中の事だけにしておきたい。

 

玉樓相望久,花洞恨來遲。

出家してもきらびやかに飾られた高楼に住み、なくなったあのお方のことをおもいだしてはとおくを眺めだして久しくなる、春の盛りの花が満開のトンネルを歩いた日のことを思い出すとここに一人置かれていることを恨みにおもい、なにごとをするのもおっくうになって遅れがちになる。

18. 玉樓 きらびやかに飾られた高楼。女子専用の祠ということ。

19. 花洞 満開の花トンネル。

 

早晚乘鸞去,莫相遺。

すでに春も過ぎようとしている、こんな生活を続けるより、鸞鳥に乗って本当に仙界に去るべきなのだろうか、それともあのおかたへの思いをいつまでも引きずっていくことはいけないということなのだろうか。

20. 乘鸞去 春も過ぎようとして鸞鳥に乗って去ろうとしている

21. 莫相遺 あの人への思いをいつまでも引きずっていくことはいけない。

  
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