花間集 訳注解説 巻一45 (55)回目温庭筠 《河瀆神三首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7892

 巻一45 (55)回目温庭筠 《河瀆神三首其一》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161225

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

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757年-54 承聞河北諸道節度入朝歡喜口號句十二首 【字解集】 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六二九)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7885

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

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杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

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 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

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花間集 訳注解説 巻一45 (55)回目温庭筠 《河瀆神三首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7892

(道女・女僧になることが出来て、後宮の中で出来なかった恋愛が出来る喜びを詠うもの。)

舟の上より川岸の木立に囲まれた祠に向いながめやる。それが、いま春も盛りになれば、廟殿の辺りで神女と襄王とのように「朝雲暮雨」を重なり交じりあうことができる。この雨は楚の山々には、果てしない思いがとどき、ここに集まる鳥たちでさえも飛びたつのに「豔質如明玉」と時を忘れ、遅くなってしまう、此処を旅立つのに立派な棹を準備されていても、神女と過ごした寝牀を開けてしまうことなどできない、もう少しでも寝牀で過ごしたということになって、旅立ちは遅くなるし、別れることは空しくこころ傷めるのである。愛を求めて何処にでも杜鵑は鳴きつづけ声が死ぬまで絶えることはない。こんなに艶多き啼きごえをきけば赤き躑躅が血の色に染ったように、神女の頬を赤く染めるほど情熱を持ってくれるのである。若く美しい蝉の髪型の以前は妃嬪であった美人はもう寵愛を得るために愁うことなどまったくないのだ、若くて、花咲き乱れ草薫る絶頂の良き時を過ごせることができる、素晴らしい季節を謳歌してゆくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河瀆神』六首

 

 

作者名/

初句

 

 

溫庭筠

巻一

河瀆神 三首其一

河上望叢祠,

 

 

巻一

河瀆神 三首其二

孤廟對寒潮,

 

 

巻一

河瀆神 三首其三

銅皷賽神來,

 

 

張泌

巻二

河瀆神 一首

古樹噪寒鴉,

 

 

孫光憲

巻八

河瀆神二首其一

汾水碧依依,

 

 

巻八

河瀆神二首其二

江上草芊芊,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河瀆神三首

其一

河上望叢祠,廟前春雨來時。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

 

其二

孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。

謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。

暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。

迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

 

其三

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

 

(河瀆神三首其の一)

河上 叢祠【そうし】を望み,廟前 春雨來たる時。

楚山 限り 無く鳥 飛ぶこと遲く,蘭棹【らんとう】空しく別離を傷【いた】む。

何處にか 杜鵑【ほととぎす】啼き歇【や】まざるに,豔紅【えんこう】開き盡して血の如し。

蟬鬢【ぜんびん】の美人 愁【た】たば,百花 芳草 佳節なり。
 

 

河瀆神三首 其一

(道女・女僧になることが出来て、後宮の中で出来なかった恋愛が出来る喜びを詠うもの。)

河上望叢祠,廟前春雨來時。

舟の上より川岸の木立に囲まれた祠に向いながめやる。それが、いま春も盛りになれば、廟殿の辺りで神女と襄王とのように「朝雲暮雨」を重なり交じりあうことができる。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

この雨は楚の山々には、果てしない思いがとどき、ここに集まる鳥たちでさえも飛びたつのに「豔質如明玉」と時を忘れ、遅くなってしまう、此処を旅立つのに立派な棹を準備されていても、神女と過ごした寝牀を開けてしまうことなどできない、もう少しでも寝牀で過ごしたということになって、旅立ちは遅くなるし、別れることは空しくこころ傷めるのである。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

愛を求めて何処にでも杜鵑は鳴きつづけ声が死ぬまで絶えることはない。こんなに艶多き啼きごえをきけば赤き躑躅が血の色に染ったように、神女の頬を赤く染めるほど情熱を持ってくれるのである。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

若く美しい蝉の髪型の以前は妃嬪であった美人はもう寵愛を得るために愁うことなどまったくないのだ、若くて、花咲き乱れ草薫る絶頂の良き時を過ごせることができる、素晴らしい季節を謳歌してゆくのだ。

(河瀆神三首其の一)

河上 叢祠【そうし】を望み,廟前にある 春雨來たる時に。

楚山 限り 無く鳥 飛ぶこと遲く,蘭棹【らんとう】空しく別離を傷【いた】む。

何處にか 杜鵑【ほととぎす】啼き歇【や】まざるに,豔紅【えんこう】開き盡して血の如し。

蟬鬢【ぜんびん】の美人 愁【た】たば,百花 芳草 佳節なり。

 

 

『河瀆神三首 其一』 現代語訳と訳註

(本文) 

河瀆神三首 其一

河上望叢祠,廟前春雨來時。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

 

(下し文)

(河瀆神三首其の一)

河上 叢祠【そうし】を望み,廟前にある 春雨來たる時に。

楚山 限り 無く鳥 飛ぶこと遲く,蘭棹【らんとう】空しく別離を傷【いた】む。

何處にか 杜鵑【ほととぎす】啼き歇【や】まざるに,豔紅【えんこう】開き盡して血の如し。

蟬鬢【ぜんびん】の美人 愁【た】たば,百花 芳草 佳節なり。

 

 

(現代語訳)

(道女・女僧になることが出来て、後宮の中で出来なかった恋愛が出来る喜びを詠うもの。)

舟の上より川岸の木立に囲まれた祠に向いながめやる。それが、いま春も盛りになれば、廟殿の辺りで神女と襄王とのように「朝雲暮雨」を重なり交じりあうことができる。

この雨は楚の山々には、果てしない思いがとどき、ここに集まる鳥たちでさえも飛びたつのに「豔質如明玉」と時を忘れ、遅くなってしまう、此処を旅立つのに立派な棹を準備されていても、神女と過ごした寝牀を開けてしまうことなどできない、もう少しでも寝牀で過ごしたということになって、旅立ちは遅くなるし、別れることは空しくこころ傷めるのである。

愛を求めて何処にでも杜鵑は鳴きつづけ声が死ぬまで絶えることはない。こんなに艶多き啼きごえをきけば赤き躑躅が血の色に染ったように、神女の頬を赤く染めるほど情熱を持ってくれるのである。

若く美しい蝉の髪型の以前は妃嬪であった美人はもう寵愛を得るために愁うことなどまったくないのだ、若くて、花咲き乱れ草薫る絶頂の良き時を過ごせることができる、素晴らしい季節を謳歌してゆくのだ。

 

(訳注)

1. 河瀆神三首 其一

(道女・女僧になることが出来て、後宮の中で出来なかった恋愛が出来る喜びを詠うもの。)

 

2. 河瀆神三首

唐の教坊の曲名。『花間集』には六首所収。温庭筠の作は三首収められている。双調四十九字、前段二十四字四句四平韻、後段二十五字四句四仄韻で、⑤⑥⑦⑥❼❻❻❻の詞形をとる。

河上望叢  廟前春雨來
楚山無限鳥飛  蘭棹空傷別
何處杜鵑啼不  豔紅開盡如
蟬鬢美人愁  百花芳草佳

  
  
  
  

張泌の作が一首、孫光憲の『河瀆神』参照。河瀆神 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-359-7-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3342

 

3. 【解説】何らかの不自由なものであった女性が自由な恋愛をすることができるようになったことを意味している。後宮の中で出来なかった恋愛が出来る喜びを詠うもの。
むかし、ここでは「朝雲暮雨」といつまでも男女が結び合うことができた。時を忘れ、ひと時も離れることなく過ごした。離れればどこにでも出向いて恋しい思いを「不如帰」の啼き声で訴えるという。寵愛を受ける事だけを考えて生活していたのが、出家という機会に恵まれて、まだまだ若いこの身に喜びを感じる様に生きてゆくと詠っている。

この詩の出家の女性はどのようなひとであろうか。

妃嬢・公主たちの出家の事情は比較的特殊である。妃嬢の中のある者は、皇帝が死ぬと集団で寺に送りこまれた。たとえば、武媚(後の武則天)などの妃嬢は太宗の死後、盛業寺に送られて尼にされた。

また、ある者は家人が罪を犯したためもはや妃嬢となる資格を失い、やむなく出家せざるを得なかった。たとえば、粛宗の喜妃は長兄が死を賜ったので粛宗と離婚し、宮中にある寺の尼となった。

妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。唐詩の中には「妓が出家するのを送る」 ことを題材とした作品がたいへん多い。

宮人・宮妓が通観に入る例も少なからぬ割合を占める。彼女たちは年をとり宮中を出でも頼るべき場所とてなく、大多数が寺院・通観を最後の安住の地とした。

長安の政平坊にあった安国観の女道士の大半は上陽宮の宮人であった(『唐語林』巻七)。

【社交、外出、生活】

その道女・尼たちは、なんでも比較的自由だった。出家した玉眞公主は、玄宗時代には特殊な地位にあって活躍した人物である。彼女は常時宮廷に出入りし、兄玄宗や高官貴顕とよく一緒に出かけて遊んだ。唐詩の中には、当時の近臣たちの唱和の作品に、玉真公主とともに遊んだことを特別に詠んだ詩がある。

尼僧や女道士は常に四方の名山大川を自由に遊歴することができた。それは、道士にならなければできなかったということなのだ。こうした中に生れる恋愛を詩人たちがサロンに集まり、ロマンを詩にしたのである。

後宮の逼塞間のある生活から自由な生活に移行できた彼女らのもとに上流階級のもの、その子弟は集まったのである。

 

河上望叢祠,廟前春雨來時。

舟の上より川岸の木立に囲まれた祠に向いながめやる。それが、いま春も盛りになれば、廟殿の辺りで神女と襄王とのように「朝雲暮雨」を重なり交じりあうことができる。

4. 河上 川の上から。

5. 叢祠 木立に囲まれた祠。

 

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

この雨は楚の山々には、果てしない思いがとどき、ここに集まる鳥たちでさえも飛びたつのに「豔質如明玉」と時を忘れ、遅くなってしまう、此処を旅立つのに立派な棹を準備されていても、神女と過ごした寝牀を開けてしまうことなどできない、もう少しでも寝牀で過ごしたということになって、旅立ちは遅くなるし、別れることは空しくこころ傷めるのである。

6. 楚山無限 楚の山々が果てしなく続くさまを言うと同時に、男の尽きぬ別離の思いを暗示する。戦国期の文人であった宋玉の〈高唐の賦(ふ)〉〈神女の賦〉に登場する神女。もともと天帝の女であったが,未婚のまま死んで巫山の南に葬られ,巫山の神となった。楚の懐王が夢にこの神女と通じ,襄王も彼女と夢の中で会った。神女が,自分は旦(あした)に朝雲となり暮(ゆうべ)に行雨となると説明したことから,男女の交りを後世,雲雨という。この神女伝説の基盤に古い神話伝承があったことについては,聞一多〈高唐神女伝説之分析〉(《神話与詩》)に詳しい。

劉言史の詩「童尼に贈る」 に、

贈童尼(唐·劉言史)七言絶句

舊時豔質如明玉,今日空心是冷灰。

料得襄王惆悵極,更無雲雨到陽台。

(旧時 艶質 明玉の如く、今日 空心 是れ冷えたる灰。

料り得たり襄王 惆悵極まり、更に雲雨の陽台に至る無きを。

7. 蘭棹 木蘭の木で作った棹。ここは舟に華やかな女性が加わった様を云う。この二句は、選ばれた道妓とえらばれない道妓についていう。道妓については韓愈『華山女』李商隠『聖女祠』『重過聖女祠』などあり、場面設定を明確にしないと意味が正しく理解できない。

8. 空傷別離 空傷は空牀であり、だから離れがたいのである。駱賓王が女道士王霊妃に代って道士の李栄に贈った詩に、基づいている。

「此時空牀難獨守,此日別離那可久。」(此の時 空牀 独り守り難く、此の日別離 那ぞ久しかる可けん)『女道士王霊妃に代って道士李栄に贈る』)という一句があった。そのため王霊妃と李栄は仲のいい夫婦になった。これらの詩詞から、女道士や尼たちが異性と仲睦まじい関係をもち、公然と愛し合っていたことが分かるばかりか、それを当時の社会が恥ずべきこととも思わず、かえって文士たちは大いに誉めそやし、風流韻事と見ていたことが分かる。また、容姿、才能の故をもって人から称讃され、あるいは異性と愛し合った結果、再び還俗し夫婦になるなどという女道士や尼も珍しくなかった。侍中となった周宝の妻雀氏はもともと女道士であったが、周宝が塀を越えてこっそりと連れて逃げ夫婦となった(『北夢墳言』巻四)。

 

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

愛を求めて何処にでも杜鵑は鳴きつづけ声が死ぬまで絶えることはない。こんなに艶多き啼きごえをきけば赤き躑躅が血の色に染ったように、神女の頬を赤く染めるほど情熱を持ってくれるのである。

9. 【解説】何らかの不自由なものであった女性が自由な恋愛をすることができるようになったことを意味している。後宮の中で出来なかった恋愛が出来る喜びを詠うもの。
10.
 杜鵑
 ホトトギス。中国では古くからホトトギスの鳴き声を「不如帰(帰るに如かず)」または「不如焔去(帰り去るに如かず)」と聞きなしてきた。蜀の望帝の春を思う心は、血を吐いて悲しげになく杜鵑(ホトトギス)に魂を托(たく)した。望帝が百余歳のころ、楚(そ)の国で鼈霊(べつれい)という男が死んだ。ところが、その死体は長江を遡(さかのぼ)り、蜀の都に流れ着いて生き返り、望帝に会いに来た。そこで、望帝は鼈霊を宰相に任命した。おりしも、蜀で大洪水が起こり、鼈霊がまるで禹と同じように活躍し、それを治めた。ところが、この後、望帝は鼈霊の妻と密通してしまい、良心の呵責(かしゃく)にさいなまれて鼈霊に位を譲った。王となった鼈霊は開明帝と称したが、望帝の方は退位後に修行を積んでホトトギスとなり、毎年春が来るたびに鳴いた。蜀の人々はその鳴き声を聞いて望帝をしのんだという。

それを知った杜宇ホトトギスは嘆き悲しみ、「不如帰去」(帰り去くに如かず。帰ることが出来ない。)と鳴きながら血を吐いた。ホトトギスの口が赤いのはそのためだ。詳しくは杜甫『杜鵑行』を参照されたい。

不如帰、杜宇、杜鵑、蜀魂、蜀鳥、杜魄、蜀魄、子規、躑躅。李白『宣城見杜鵑花』「蜀國曾聞子規鳥,宣城還見杜鵑」

杜甫『杜鵑行』

君不見昔日蜀天子,化作杜鵑似老烏。

寄巢生子不自啄,群鳥至今與哺雛。

雖同君臣有舊禮,骨肉滿眼身羈孤。

業工竄伏深樹裡,四月五月偏號呼。

其聲哀痛口流血,所訴何事常區區。

爾豈摧殘始發憤,羞帶羽翮傷形愚。

蒼天變化誰料得,萬事反覆何所無。

萬事反覆何所無,豈憶當殿群臣趨?

杜鵑行 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(2 -16-1)  <379> 1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1831 杜甫詩1000-379-557/1500

浣渓沙 十首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-339-7-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3242

酒泉子 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-275-5-#29  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2922

天仙子 其四 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-273-5-#27  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2912

楊蘊中 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-245-111-#101  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2607

蜀中三首 其三 鄭谷  唐五代詞・宋詩 薛濤-135-7-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2222

菩薩蠻 七』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-7-1-#7 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1644

11. 艶紅開尽如山 伝説によれば、ホトトギスは周末の蜀の望帝が亡き妻を求めて化身した鳥で、鳴き続けて喉から吐いた血がツツジの花になったと逸話もある。男女間の問題で何処でも鳴き続け、血を吐くようなことはあるものだという。

 

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

若く美しい蝉の髪型の以前は妃嬪であった美人はもう寵愛を得るために愁うことなどまったくないのだ、若くて、花咲き乱れ草薫る絶頂の良き時を過ごせることができる、素晴らしい季節を謳歌してゆくのだ。

12. 蝉鬢 透明で黒い麹脈の入った蝉の羽のような鬢。薄く梳いた女の鬢の毛をいう。雲型もとあり、流行があったもの。

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