花間集 訳注解説 巻一40 (49)回目温庭筠 《南歌子七首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7856

巻一40 温庭筠 《南歌子七首其三》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161219

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-023卷176_15 1 同王昌齡送族弟襄歸桂陽二首其一(卷十七(二)頁一○一七)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7853

 

 

  LiveDoo

rBlog

少年行・白馬篇・白雲歌など【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7799

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

  総合案内

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-017-#2 巻二 18-#2薦士Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7854

 

 

  LiveDoo

rBlog

806年-16-#14 巻二 17-#14巻二 答張徹  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7842

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-49 承聞河北諸道節度入朝歡喜口號句十二首 其八(卷一八(四)頁一六二六) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7855

 

 

  LiveDoo

rBlog

757年-54 承聞河北諸道節度入朝歡喜口號句十二首 【字解集】 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六二九)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7885

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

杜甫詩 全詩 総合案内 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一40 (49)回目温庭筠 《南歌子七首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7856 (12/19)

 

 

  fc2

Blog

46)回目温庭筠 《定西番・楊柳枝八首【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7838 (12/16)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-016-#2 雑詩九首其一〈枚乘〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7857

 

 

  LiveDoo

rBlog

玉集-02 古樂府詩六首【字解集】 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7839(12/17

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

 

 

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

 

 

 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)

漢詩総合サイト 07ch

 

 

杜甫全詩案内

韓愈全詩案内

李白全集

文選

古詩源

花間集案内

 

http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/

 

 

花間集 訳注解説 巻一40 (49)回目温庭筠 《南歌子七首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7856 

(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。たしかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。

 

 

 

 

花間集 巻一  南歌子七首

 

 

 

 

 

南歌子七首
南歌子七首其一
手裏金
鹦鹉,胸前繡鳳凰。眼暗形相。不如從嫁與,作鴛鴦。

 

南歌子七首其二
似帶如絲柳,團酥握雪花。簾卷玉鈎斜。九衢塵欲暮,逐香車。

 

南歌子七首其三
垂低梳髻,連娟細掃眉。終日兩相思。爲君憔悴盡,百花時。


南歌子七首其四
臉上金霞細,眉間翠
深。倚枕覆鴛衾。隔簾,感君心。

 

南歌子七首其五
撲蕊添黃子,呵花滿翠鬟。鴛枕映屏山。月明三五夜,對芳顔。

 

南歌子七首其六
轉盼如波眼,娉婷似柳腰。花裏暗相招,憶君腸欲斷,恨春宵。

 

南歌子七首其七
懶拂鴛鴦枕,休縫翡翠裙。羅帳罷爐熏。近來心更切,爲思君。


南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。)

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

不如從嫁與,作鴛鴦。
もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

(南歌子七首其の一)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。

 
 南歌子七首其二
(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)

似帶如絲柳,團酥握雪花。
遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
簾卷玉鈎斜。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。

九衢塵欲暮,逐香車。
郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。

南歌子 
帶【まつわる】に似て、柳を絲の如くす,團く酥【そ】にして雪花【せっか】を握る。
簾 卷き 玉鈎【ぎょくこう】斜なり。

九衢【きゅうく】塵 暮んと欲し,香車【こうしゃ】を逐う。 

 

南歌子七首其三
(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
垂低梳髻,連娟細掃眉。
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
終日兩相思。
たしかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

爲君憔悴盡,百花時。
天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。
(南歌子七首其の三)

の垂れ低くして髻を梳く,娟に連ねて細く眉を掃う。

終日 兩つながら 相思う。

君が爲に憔悴し盡す、百花の時を。


『南歌子、七首其三』(改訂)現代語訳と訳註
(
本文) 
 南歌子七首其三
垂低梳髻,連娟細掃眉。
終日兩相思。
爲君憔悴盡,百花時。


(下し文)
(南歌子七首其の三)

の垂れ低くして髻を梳く,娟に連ねて細く眉を掃う。
終日 兩つながら 相思う。
君が爲に憔悴し盡す、百花の時を。


(現代語訳)
(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
たしかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。

(訳注)

南歌子七首其三

(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
21. 【解説】

 後宮における頽廃的に過ごすことこそが、国、或は天子の度量の大きさという考え方があり、寵愛を受けている妃嬪には最高の、化粧、服装、髪型が施された。宮女、妓優はやせ形の者が尊ばれ、妃嬪は色白、長身、奇麗、妖艶でぽっちゃり方、肉感的なものが選定された。この条件に合えば、次から次へと後宮に入った

唐の教坊の曲名。単調と双調がある。花間集』 には十二百所収。温庭籍の作は七首収められている。単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤の詞形をとる。

垂低梳髻,連娟細掃

 

終日兩相

爲君憔悴盡,百花

 

 

唐教坊曲。唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『更漏子』『定西番』『南歌子』は宮廷で歌われた花間集のほとんどは教坊曲である。丹の曲名の同一性からでも60%以上教坊の曲である。実際に選定されたのが、趙崇祚のサロンであること、趙崇祚は玄宗と同じように一芸を為すものを集めたことから、花間集の全詩が、何らかの形で、多少の変化があっても教坊の曲の曲に基づく作品であったのである。それについては、『花間集序』 (1)~(5) 欧陽烱の以下の全訳を参考にされたい。

1.花間集 全500首 訳注解説(1)回目 序文と全体漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7568 (11/01)

1.花間集 全500首 訳注解説(2)回目 序文漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7574 (11/02)

1.花間集 全500首 訳注解説(3)回目 序文漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7580 (11/03)

1.花間集 全500首 訳注解説(4)回目 序文漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7586 (11/04)

1.花間集 全500首 訳注解説(5)回目 序文漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7592 (11/05)

 

垂低梳髻,連娟細掃眉。
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
22. 垂低梳髻 両鬢に雲型に櫛で垂れた髪は鬢付け油固めたもの。髪型は、前後左右にひろく、高く低くと大きいほど高貴であること。唐後期の後宮には頽廃的になり、機能性が全くない髪型になってゆく、一方で、男装が流行する。ここでいうのは、胡の髪型をいう。『髻鬟品』 には、多種多様の髪型が列挙されている。半翻髻【はんほんけい】、反綰髻【はんわんけい】、楽游髻、双環望仙髻、回鶻髻、愁来髻、帰順髻、倭堕髻など。

23. 連娼 眉の三日月形に細長く両頬に垂れた髪に連なるように描かれた眉。十眉図にいう払雲眉(横烟眉)のこと。・娟 女と柔かい意とで、女性のしなやかな意。 【意味】嫋やかで優美な容貌を持つもの。淑やかに振る舞い、上品なさま。 ほのかに見目麗しいさま。 見目好く容姿端麗なさま。

唐の玄宗皇帝が画工に命じて描かせた《十眉図》に見られるように,鴛鴦眉(八字眉),小山眉(遠山眉),五嶽眉,三峯眉,垂珠眉,月稜眉(却月眉),分稍眉,涵烟眉,払雲眉(横烟眉),倒暈眉の10種類であった。唐の末期には〈血曇粧〉といって目の縁を赤紫に彩った化粧がはやった。


終日兩相思
たひかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

24. 両相思 二人が互いに恋し合う。


爲君憔悴盡,百花時。
天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。
25. 憔悴 )心配や疲労・病気のためにやせ衰えること。
26.
 百花 種々の多くの花、いろいろな花の意。百花繚乱。いろいろの花が咲き乱れること。転じて、秀でた人物が多く出て、すぐれた立派な業績が一時期にたくさん現れること。「繚乱」は花などがたくさん咲き乱れている様子.

 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment

テンプレートに関するご質問・不具合のご報告の際はご自身のブログアドレス記載必須です
ご質問の前に必ずお読みください ↓
FC2テンプレート ご利用時のお願い