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字解集

花間集 訳注解説 (15)回目《【字解集】-14・上行盃二首 ・謁金門 ・思越人二首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10663

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15)回目《【字解集】-14・上行盃二首 ・謁金門 ・思越人二首》

 

 

花間集 訳注解説 (15)回目《【字解集】-14・上行盃二首 ・謁金門 ・思越人二首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10663

 

 

 

 

花間集 巻八  孫光憲 (2

 

 

 

巻八37上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。

無辭一醉。野棠開,江艸濕。佇立,沾泣,征騎駸駸。

(上行盃 二首の其の一)

草草 亭を離る鞍馬,遠道に從い,此の地 衿を分つ,燕宋 秦 千萬里。

辭無く一醉うのみ。

野棠 開けば,江艸 濕し。佇立し,沾泣して,征騎して 駸駸たり。

巻八38上行盃二首 其二

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

金舡滿捧。綺羅愁,絲管咽。迴別,帆影滅,江浪如雪。

(上行盃二首 其の二)

棹を離れ 逡巡して 動かんと欲し,極浦に臨み,故に人相い送る,住むを去り 心情 知る共にならず。

金舡 捧を滿つ。綺羅 愁い,絲管 咽ぐ。迴り別れ,帆影 滅し,江浪 雪の如し。

 

巻八39謁金門一首 

留不得!留得也應無益。白紵春衫如雪色,揚州初去日。

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

(金門に謁す)

留め得ずして。留め得たる 也【もま】た 應【まさ】に無益なるべし。白紵の春衫 雪の如き色、 揚州に 初めて去りし 日。

別離を輕んじ, 抛擲に甘んず。 江上の 滿帆 風疾し。卻って羨む 彩鴛 三十六, 孤鸞 還【ま】た 一隻。

 

巻八40思越人二首 其一

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

(越の人を思う 二首 其の一)

古台 平らかに、芳草 遠く、館娃官の外 春 深くす。翠黛 空しく留む 千載の恨み、人をして何処にか相い尋ねしむ。

綺羅 復た当時の事 無く、露花 香涙を点滴す。惆悵す 遙天 淥水 横たわり、鴛鴦 対対として飛び起つ。

巻八41思越人二首 其二

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

(思越人二首 其の二)

渚の蓮は枯れ,宮の樹は老い,長洲 廢苑 蕭條す。像を想う 玉人 空處の所,月明く 獨り溪橋を上る。

春を經て 初めて敗る 秋風起つに,紅蘭 綠蕙 死を愁う。一片 風流 傷心の地,魂銷 目は西子を斷つ 。

 

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【字解集】・上行盃二首 

上行杯二首 其一

1.(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

2. 唐代以降、女性が馬に乗ることはごく一般的なことで、宮女たちが皇帝のお伴をして宮城の外に出る時はみな兵士の服装で馬に乗った。貴族の婦人が宮廷に入る時も騎馬姿で、「我国夫人 主恩を承け、平明(黎明)騎馬にて宮門に入る」(張祜「集霊台」)といったありさまだった。士大夫階級の婦人も常に騎馬で外出し、中には、街頭で「髻を露にして馳騎る」(『新唐書』車服志)者さえいた。宮女たちも皇帝のお供をして馬に乗り弓矢を携えて山野で狩りをした。「射生する宮女は紅妝を宿め、新しき弓を把り得て各おの自ら張る。馬に上る時に臨んで斉しく酒を賜わり、男児のごとく脆拝して君王に謝す」(王建「宮詞」)、「新鹿初めて放たれて兎は猶お肥え、白日 君王 内(内朝)に在ること稀なり。薄暮 千門 鎖さんと欲するに臨んで、紅赦 騎を飛ばして前に帰る」(張籍「宮詞」)。これらは、宮人たちが馬を駆って狩りをするさまを描いたものである。詩人たちが描いた、弓をしならせて鳥を射る宮中の才人の楓爽とした英姿は、次の通りである。

杜甫《哀江頭》「昭陽殿裏第一人,同輦隨君侍君側。輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。

翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。」昭陽殿裏  第一の人,輦(れん)を同じくし 君に隨(したが)ひて  君側に侍す。輦前の才人  弓箭(きゅうせん)を 帶び,白馬 嚼噛(しゃくげつ)す  黄金の勒(くつわ)。身を 翻(ひるがへ)して 天に 向ひ  仰(あふ)ぎて 雲を射れば,一笑 正(まさ)に堕(お)つ  雙飛翼。

哀江頭 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 163

北方の民間の女性たちの多くは馬に乗り弓を射ることができた。荊南節度使の李昌夔の妻独孤氏(独孤は鮮卑系名族の姓)は、二千人の侍女をつれて夫とともに荊南(湖北省)に狩猟に行ったことがある。侍女たちはみな赤紫一色の衣裳であり、馬には錦の鞍をつけていた(佚名『大唐伝載』)。この軍装した女性たちの一団は、さぞかし颯爽として壮観だったことであろう。

それに、唐から宋にかけて、恋愛事情もかなり自由であった

唐代には遥か後世まで語り伝えられた多くの愛情物語が生れた。美しい少女倩娘は、従兄と愛しあっていたが父母は結婚を許さなかった。それで、倩娘の魂は身体から遊離して、遠くに行く従兄の後を追って行き、ついに幸せで円満な結婚に至るという話(陳玄祐『離魂記』)。ある多情の村の娘は郊外にピクニックにきていた科挙受験生の雀護にひと目惚れした。雀護が去った後、この村娘は恋いこがれ病気になって死んでしまった。ところが雀護が再びこの村にくると、彼女は生き返り、この意中の人と結婚したという話(『崔護』)。

この物語は「人面桃花」*という著名な成句を残すことになった。また、才色兼備の令嬢崔鴬鴬は、書生の張君瑞とたまたま出会って愛しあい、封建道徳の束縛と母親の反対を押しのけて西廂(西の棟)でこっそりと会っては情交を結んだ、というロマンチックな物語も生れた(元稹『蔦鴬伝』)。これは後世、ながく名作として喧伝されることになる戯曲『西廂記』 の原話である。これは中国古代の恋愛物語の典型ということができる。また、別の話であるが、美しくて聡明な官僚の家の娘無双は、従兄と幼い時から仲良く遊び互いに愛し合っていた。後に無双が家族の罪に連坐し宮中の婢にされると、この従兄は侠客に頼んで彼女を救い出し、二人はめでたく結婚したという話(薛調『劉無双伝』)。名妓李娃は、自分のために金と財産を使い果し、乞食に落ちぶれた某公子を救い、さんざん苦労して彼が名を成すのを助け、二人は白髪になるまで一緒に暮らしたという話(『李娃伝』)。妓女霞小玉は才子の李益を死ぬほど愛したが、李益は途中で心変りして彼女を棄ててしまった。小玉は気持が沈んで病気にかかり、臨終に臨み李益をはげしく恨んで失恋のため死んでしまったという話(蒋防『霍小玉伝』)。唐代には、こうした話以外に、人と神、人と幽霊、人と狐が愛しあう「柳毅伝書」、「蘭橋遇仙」など有名な物語がたくさん生れた。唐代の愛情物語は、中国古代のなかできわだっており、後代の戯曲、小説に題材を提供する宝庫となった。

愛情物語の中ばかりでなく、現実の生活の中でも、当時の労働する女性たちが自由に恋愛し夫婦となることは、どこでもわりに一般的に見られることであった。「妾が家は越水の辺、艇を揺らして江煙に入る。既に同心の侶を覚め、復た同心の蓮を来る」(徐彦伯「採蓮曲」)。あるいは「楊柳青青として 江水平らかに、邸が江上の唱歌の声を聞く。東辺に日出で西辺は雨、遣う是れ無暗(無情)は却って有晴(有情)」(劉禹錫「竹枝詞」)などと詠われている。これらは労働する女性たちの自由な愛情を描いている。彼女たちは長年屋外で働いていたので、男性との交際も比較的多かった。同時にまた、封建道徳観念は稀薄であり、感情は自然で自由奔放であったから、自由な恋愛はわりに多くみられた。一般庶民の家の娘は礼教の影響や束縛を受けることが比較的少なく、自由な男女の結びつきは常に、またどこにでも存在していたのである。

* 「人面桃花」

雀護が桃花の下に美女を見初め思慕の情を詠んだ詩の一句「人面桃花相映じて紅なり」 の一部分。いとしい人にもう会えない、という意。

こうしたことを前提に、この 孫少監光憲の詩を読むとまた違った味わいが生じてくる。

 

3. 唐の教坊の曲名。『花間集』には四首所収。いそう孫光憲の作は二首収められている。単調三十八字、十句二平韻六仄韻、6❸④ ❹ 3❷❷④の詞形をとる。

上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠

此地分,燕宋秦千萬

無辭一

野棠開,江艸

,沾,征騎駸

●●△○○●  △●●

●●△○  △●○○○●●

○○●● 

●○○ ○●●

●● △●  ○△○○

 

草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。

4. 燕宋秦 この詩では北東西南の方向を指すもの。戦国七雄”は、韓・魏・趙・・斉・楚・秦の戦国時代に称王した列国を指しているが

 

無辭一醉。

そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。

野棠開,江艸濕。

どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、

佇立,沾泣,征騎駸駸。

どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。

5. 駸駸【しんしん】とは。意味や解説。[ト・タル][文][形動タリ]馬の速く走るさま。月日や物事の速く進むさま。

 

 

上行杯二首 其二

(女たちは画樓船に乗り、舟遊びの舟が出てゆく、その船に紛れて旅に出る船が出てゆく。行楽の中に紛れて涙する美しい女妓を詠う。)

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には四首所収。いそう孫光憲の作は二首収められている。単調三十八字、十句二平韻六仄韻、6❸④ ❹ 3❷❷④の詞形をとる。

上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠

此地分,燕宋秦千萬

無辭一

野棠開,江艸

,沾,征騎駸

●●△○○●  △●●

●●△○  △●○○○●●

○○●● 

●○○ ○●●

●● △●  ○△○○

 

上行盃二首 其二

上行盃二首 其二 単調三十八字、十句九仄韻、❻ ❷❷❹の詞形をとる。

離棹逡巡欲,臨極,故人相,去住心情知不

金舡滿

綺羅愁,絲管

,帆影,江浪如

△●○○●●  △●● ●○△●  ●●○○○△△

○○●●

●○○ ○●△

△● △●●  ○△△●

 

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

舟の竿を操作してゆくが、流れに逆らっているのか、ぐずぐずしてなかなか進まない、入り江の一番奥の岸の方から離れて行く。これまで住んできたけど、去ってしまえば、互いに思いやる心というものはなくなってしまう。

4. 逡巡 【しゅんじゅん】決断できないで、ぐずぐずすること。しりごみすること。ためらい。

5 極浦 遠くまで続く海岸。また、はるか遠方にある海岸。《楚辞、九歌、湘君》「望涔陽兮極浦、横大江兮揚靈。」(涔陽の極浦を望み、大江に横たわって霊を揚ぐ。

6 故人 昨日まで一緒に過ごしていた人。

 

金舡滿捧。

黄金細工にかざられた舟には漕ぎ手の櫂の棒がいっぱいにならぶ、

7 金舡 こがねに飾られた舟。

8 滿捧 櫂の棒がすべてならぶ。

 

綺羅愁,絲管咽。

琴や笛の音と共にむせび泣く声が聞こえてくると、華やかで美しいかおに、愁いを感じさせる。

9 綺羅 【きら】《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》美しい衣服。羅綺。外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。

10 絲管 弦楽器、管楽器 (歌女花船戲濁波、画船鼓,昼夜不

 

迴別,帆影滅,江浪如雪。

グルッと回って別れる。やがて船の灯影は遠く消えて見えなくなり、大江に立つ波しぶきは雪のように白い。

11 影滅 1.日に向かってゆく船の影が日が沈むに従って見えなくなってゆく。2.水面に影を落してゆく船が遠くへ進んで言って見えなくなる。3. 船の灯影は遠く消えて見えなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】・謁金門 

謁金門一首

(選抜で妃賓になった娘が、すぐに寵愛を失っても矜持をもって生きていく)

1 謁金門の解説 技能をもって金馬門から内侍省の狭き門を及第し、梨園に、そして妃賓に選抜された。雪のような白紵を着て、白紵を持って踊る生娘であった、しかし、すぐに寵愛を失ったが、つがいでないと生きられない鴛鴦ではなく、矜持をもって鸞として生きる。

 

『花間集』には孫光憲の作が一首収められている。双調四十五字、前段二十一字四句四仄韻、後段二十四字五句四仄韻で、❸❻❼5⃣/36⃣❼❺の詞形をとる。韋荘、薛昭蘊、牛希濟の謁金門の解説参照。

謁金門一首

留不得!留得也應無

白紵春衫如雪,揚州初去

輕別離,甘,江上滿帆風

卻羨彩鴛三十,孤鸞還一

△△● △●●△○●

●●○○△●● ○○○●●

△●△ ○○● ○●●△△●

●○●○△●●  ○○○●●

 

留不得!留得也應無益。

寵愛は、何時までも得続けることはない、得続けることができたとしてもなんにもならないことになる。

2 留不得:寵愛をいつまでもとどめることができない。「〔動詞〕+不得」…することができない。 

3 留:(去っていくのを)とどめる。

4 留得:とどめられて(も…)・也:…も。 

5 應:おそらく…だろう。まさに…べし。・無益:無益である。為にならない。無駄である。

 

白紵春衫如雪色,揚州初去日。

白麻の春着は雪のように白く純真無垢な娘であったし、壮の踊りで寵愛を受けたのに、寵愛を受け初めてすぐというのに揚州へと旅立っていってしまう。

6 白紵 白紵舞は三國時代においてつくられた一種著名な舞蹈であり、呉、東晋でひろまったものである。・呉歌の白紵(はくちょ) 李白「白紵辞」(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊ると詠う。)25歳の時の作である。

白紵辭 晋の時代、呉の地方に白紵の舞というのが起った。白紵というのは、麻の着物の美白なもの。それを着て舞い、その舞の歌を白紵辞と言った。白紵舞は晉の頃から唐代の梨園における手習いの舞であり、長い布をもって舞う霓裳羽衣の曲に発展していく。また、興慶宮で数百人の舞ということで、宮廷のみならず民間にも広まった舞踊で、日本、韓国、東南アジア一帯にも伝えられた。白紵とは、麻の一種で織られた薄手の白い織物のことで、白紵で仕立てられた長い袖を翻す舞い姿は、優美にして変化に富み、その美しさは古来、波を揺らすそよ風や舞い降りる雪などにたとえられている。呉歌においては、白紵、雅楽では子夜といった。梁の武帝が沈約に命じて、その詩を更制せしめた。梁の武帝が改作させたのは、四首連続して、四時を分詠したもので、子夜四時歌である。

鮑照《白紵舞》

朱脣動、素腕舉。洛陽少童邯鄲女。

古稱綠水今白紵。催弦急管為君舞。

窮秋九月荷葉黃。北風驅鴈天雨霜。

夜長酒多樂未央。

李白《白紵辭三首 其一》

揚清歌,發皓齒,北方佳人東鄰子。

且吟白紵停綠水,長袖拂面為君起。

寒雲夜卷霜海空,胡風吹天飄塞鴻。

玉顏滿堂樂未終,館娃日落歌吹濛。

李白《白紵辭,三首之二》

月寒江清夜沈沈,美人一笑千黃金。

垂羅舞縠揚哀音,郢中白雪且莫吟。

子夜歌動君心,動君心,冀君賞。

願作天池雙鴛鴦,一朝飛去青雲上。

李白《白紵辭,三首之三》

刀剪綵縫舞衣,明妝麗服奪春暉。

揚眉轉袖若雪飛,傾城獨立世所稀。

激楚結風醉忘歸,高堂月落燭已微,玉釵掛纓君莫違。

80 《白紵辭其一》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州に遊ぶ。20 首 <80> Ⅰ李白詩1246 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4778

81 《白紵辭三首其二》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 20 首 <81> Ⅰ李白詩1246 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4778

82 《白紵辭,三首之三》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <82> Ⅰ李白詩1247 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4783

7 衫:単衣の短いころも。現代でいえばカッターシャツ状の着物。 

8 如雪色:雪のような白い色。

9 揚州:長江北岸にあり、廣陵ともいわれ、隋代 に揚州といわれた。大運河の開鑿と水運が揚州の発展に拍車を掛けた。大運河と長江の交接点で、往時の貿易と物流の中心地。 

10 初去日:出かけていった当初の日(の服装)。

 

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。

軽々しく分かれたし、平然として私を一人見捨てて、江風を帆一杯に受けて船はたちまち去って行った。

11 甘:あまんじる。 

12 抛擲:なげうつ。なげつける。なげやりにする。ここでは、女性が棄てられていることをいう。

13 江上:川の上。川で。長江で。 

14 滿帆:帆にいっぱいの(速い風を受けて)。 

15 風疾:風が速い。

 

卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

これまで、矜持のなくてもたくさんの番でいる鴛鴦を羨ましいと思っていたものだが、孤独な鸞は、もともと一羽の矜持を持った鸞に還っただけなのだ。

15 卻:かえって。反対に。逆に。 

16 羨:うらやむ。

17 彩:美しい。いろどりのある。「彩鳳」「彩鸞」と、「美しい(鳥)」の意。 

18 鴛:オシドリ。 

19 三十六: 3対のつがい(6羽)が、6つの群をなす。たくさんのつがいが集まっていることを言う。

20 孤鸞:①子供から大人への変わり目の鸞、②つがいであるべき鸞が一羽だけになった。かたわれになった鸞鳥。鴛鴦との対比で、矜持を持った鳥であるということ。 ・鸞:〔らん;luan2〕鳳凰に似た伝説上の霊鳥。 

21 還:また。なおまた。 

22 一隻:つがいのかたわれ。つがいの片一方。一羽。一匹。

 

  

白紵舞,是創於三國時代的一種著名舞蹈。

白紵舞是因舞服用質地輕薄的白紵縫製而得名。

《晉書·樂志》載:「白紵舞,按舞辭有巾袍之言。紵本是地所出,宜是舞也。」由舞者穿著於江蘇一帶的白紵縫製的舞衣可見白紵舞最初是江南的舞蹈。從三國時代的東 到晉代再到唐代年間,白紵舞一直盛行不衰,且是酒宴表演中的常見節目。在晉代,該舞蹈已流行於封建貴族的社會。西晉張華有以該舞為主題的《白紵舞歌詩》傳世。又隋代《宣城圖經》言:「桓溫領妓游楚山,奏《白紵歌》,因改名白紓山。」唐代時就將《白紵舞》列入《九部樂》及《十部樂》的「清商」樂部中。一方面舞者在宮廷演出白紵舞,另一方面也常在士族家宴及民間表演。南朝惠休《白紵舞辭》中也有「桃花水上春風出,舞袖逶迤鸞照日」之詞。而唐朝詩人李白《白紵辭》曾寫道:「刀翦彩縫舞衣,明妝麗服奪春輝。揚眉轉袖若雪飛,傾城獨立世所希。」兩者都讚美了白紵舞的舞姿。另外,《白紵舞》分為獨舞和群舞。南朝梁朝的沈約曾奉梁武帝之命寫成《四時白紵歌》,共有《春白紵》、《夏白紵》、《秋白紵》、《冬白紵》、《夜白紵》五章。當表演《四時白紵歌》時,五個舞者通常集體起舞。在表演結束後,她們要向觀賞者進酒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】・思越人二首

思越人二首 其一

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)

1.【解説】 西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。前段は、呉王の夫差が西施のために築いた姑蘇台は既に今は跡形もなく、ただ平地を残すのみで、辺り一帯は春もすっかり深まり、千載の遺恨を留める西施の姿は、もはやどこにも求めるすべのないことを言う。後段は、当時の栄華を伝えるものは何一つなく、露に濡れた花が西施の涙を思わせる滴をこぼすばかりで、遙か空の彼方の水辺から、番、番になって飛び立つ鴛駕(オシドリ) に悲しみに誘われることを語る。前段第四句の翠黛は西施を指すが、当時、館娃官の跡地一帯には柳が多く植えられていたことから、同時に、西施の美しい眉を思わせる柳の葉、西施は素足で作業していた採蓮の際に見つけられたという。緑の水に白い雲が白い素足ということでこの詩は成り立っている。

館娃宮:〔くゎんあ(い)きゅう;Guan3wa2gong1○○○〕呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。呉の宮殿があった蘇州を指している。白居易は蘇州刺史も任じられている。なお、春秋の呉宮と三国の呉宮とは異なる。

 

『花間集』には四首所収。孫光憲の作は二首収められている。思越人は鷓鴣天、思佳客、醉梅花の異名があるが、時代がもう少しあとになるもので無関係である。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、3❸⑥❼⑥/❼❻7❻の詞形をとる。

思越人二首 其一

古臺平,芳艸,館娃宮外春

翠黛空留千載,教人何處相

綺羅無復當時,露花點滴香

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛

●○○  ○●● ●○○●○△

●●△△○●● △○△●△○

●○○●△○● ●○●●○●

○●○○△●● ○○●●○●

 

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。

2 古台 姑蘇台。呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた台。

中国江蘇省呉県(現、蘇州市)の南西、姑蘇山上にあった離宮。呉王夫差が越を破って得た美人西施らを住まわせた。(胥台しょだい。)

3 館娃官 呉の宮殿の名。西施の居所。

4 古臺・館娃宮・木涜 姑蘇台と 館娃宮は木涜にある。これは、春秋時代、呉の王が越から貢がれた木材を使って西施のために霊岩山に「館娃宮」を建てさせ、紫石山に姑蘇台を建てさせた際、工事が非常に大規模になって材木を集めるのに3年かかり、水路が木で埋め尽くされたことから「木涜」という地名で呼ばれるようになったという。蘇州市から西に5キロ、太湖に隣接し、霊岩山のふもとに位置す。池が無数にあることから、堤防強化の植樹の柳の緑が目立ち、七句の「橫淥水」という表現につながる。

 

翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。

5 翠黛 眉のような柳の葉、美人の眉。ここでは西施を指す。

 

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。

6 綺羅 《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》美しい衣服。羅綺。「―をまとう」外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。ここでは西施が美しい衣裳をまとって呉王の寵愛を一身に集めていた当時の栄華を意味する。

7 露花点滴香涙 露の降りた花からは香しい露の滴が滴る。花のように美しい西施が涙を滴らすさまを重ねる。この句の意味には、花間集としてのお遊びの意味が込められ、エロを加えることで、教坊曲を成立させている。

 

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

8 惆悵 嘆き悲しむ。花間集ではは好んで使った語である。

韋莊『浣渓沙』其三

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

浣渓沙 其三 (惆悵夢餘山月斜) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-266-5-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2877

『淸平樂』

野花芳草,  寂寞關山道。

柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。

羅帶悔結同心, 獨凭朱欄思深。

夢覺半床斜月, 小窗風觸鳴琴。

淸平樂 () 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-261-5-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2687

『荷葉杯』

記得那年花下。 深夜。

初識謝娘時。

水堂西面畫簾垂。 攜手暗相期。

惆悵曉鶯殘月。 相別。

從此隔音塵。

如今倶是異鄕人。 相見更無因。

荷葉杯 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-258-5-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2672

『應天長 之二』韋莊

別来半歳青書絶、一寸離腸千萬結。

難相見。易相別、又是玉楼花似雪。

暗相思、無虚説、惆悵夜来煙月。

想得此時情切、 涙沾紅袖

小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、

應天長 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-257-5-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2667

『歸國遙』 韋荘

春欲暮、 滿地落花紅帶雨。

惆悵玉籠鸚鵡、單棲無伴侶。

南望去程何許、問花花不語。

早晩得同歸去、恨無雙翠羽。

歸國遙 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-252-5-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2642

韋荘『菩薩蠻 一』

紅樓別夜堪惆悵。 香燈半捲流蘇帳。

殘月出門時。美人和涙辭。

琵琶金翠羽。絃上黄鶯語。

勸我早歸家。綠窗人似花。

菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

9 遙天 思いをはせるところが明確でない場合の語句。青空に浮ぶ、遠い白い雲をいい、水の緑とで際立たせる。

10 橫淥水 渓谷の淵の水の色。楊の土手下の水の色。楊を映す水面。春の増水の水の色。
 

 

 

思越人二首 其二

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)

1.【解説】 西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。前段は、呉王の夫差が西施のために築いた姑蘇台は既に今は跡形もなく、ただ平地を残すのみで、辺り一帯は春もすっかり深まり、千載の遺恨を留める西施の姿は、もはやどこにも求めるすべのないことを言う。後段は、当時の栄華を伝えるものは何一つなく、露に濡れた花が西施の涙を思わせる滴をこぼすばかりで、遙か空の彼方の水辺から、番、番になって飛び立つ鴛駕(オシドリ) に悲しみに誘われることを語る。前段第四句の翠黛は西施を指すが、当時、館娃官の跡地一帯には柳が多く植えられていたことから、同時に、西施の美しい眉を思わせる柳の葉、西施は素足で作業していた採蓮の際に見つけられたという。緑の水に白い雲が白い素足ということでこの詩は成り立っている。

館娃宮:〔くゎんあ(い)きゅう;Guan3wa2gong1○○○〕呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。呉の宮殿があった蘇州を指している。白居易は蘇州刺史も任じられている。なお、春秋の呉宮と三国の呉宮とは異なる。

 

『花間集』には四首所収。孫光憲の作は二首収められている。思越人は鷓鴣天、思佳客、醉梅花の異名があるが、時代がもう少しあとになるもので無関係である。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻二仄韻、後段二十六字四句四仄韻で、3❸⑥❼⑥/❼❻7❻の詞形をとる。

思越人二首 其一

古臺平,芳艸,館娃宮外春

翠黛空留千載,教人何處相

綺羅無復當時,露花點滴香

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛

●○○  ○●● ●○○●○△

●●△△○●● △○△●△○

●○○●△○● ●○●●○●

○●○○△●● ○○●●○●

思越人二首 其二も双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、33⑥7⑥/❼❻❼❻の詞形をとる。

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭

想像玉人空處所,月明獨上溪

經春初敗秋風,紅蘭綠蕙愁

一片風流傷心,魂銷目斷西

●△○  ○●● △○●●○○

●●●○△●● ●○●●○○

△○○●○△● ○○●●○●

●●△○△○● ○○●●○●

 

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。

西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。

11 蕭條 ひっそりとしてもの寂しいさま。詠懐を表現する際に使う語。

杜甫『詠懐古跡 其の二

搖落深知宋玉悲,風流儒雅亦吾師。

悵望千秋一灑淚,蕭條異代不同時。

江山故宅空文藻,雲雨荒台豈夢思。

最是楚宮俱泯滅,舟人指點到今疑。

曲江三章 第一章五句

曲江蕭條秋氣高,菱荷枯折隨風濤。

遊子空嗟垂二毛,白石素沙亦相蕩,哀鴻獨叫求其曹。

曲江三章 章五句(1) 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 52 

 

想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

栄華を極めた煌びやかに耀く白く艶やかな肌の美しい妃嬪やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。

12 想像 この自然体が想像から生じたものである。

13 玉人 離宮に侍る白く艶やかな肌の美しい妃嬪。 

溫庭筠《巻一30楊柳枝八首其一》「宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。正是玉人腸處,一渠春水赤欄橋。」(宜春【ぎしゅん】苑の外最も條を長くす,閒裊【かんじょう】春風  腰に舞うを伴う。正【まさ】に是【こ】れ 玉人 腸斷の處,一つの渠【きょ】春水 赤闌【せきらん】の橋。)

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠35《巻1-35 楊柳枝八首其六》溫庭筠66首巻一35-35〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5372

 

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。

春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始めるのを見ると秋の気配を感じるし、赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。

14 初敗 春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始める。栄華を誇っていたものが初めて衰退を知る。

15 紅蘭 ベニバナの別称。キク科の越年草、園芸植物、薬用植物。

16 綠蕙 香草のこと。この紅蘭綠蕙は当時華やかだった宮女のことをいう。とりわけ、西施について言うのである。

17 愁死 うれえ悲しんで死ぬこと。

 

一片風流傷心地,魂銷目斷西子

風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。

18 魂銷目斷 目斷魂銷.意気消沈して目を伏せること、あるいは目を閉じること。:目斷:元稹《同州刺史謝上表》「臣自離京國,目斷魂銷。」目の力を竭盡して看望するも到かず,因って心の悲痛をいうものである。多くは別離することが原因して傷心の極みであることを形容するもの。

19 西子 西施。本名は施夷光。中国では西子ともいう。紀元前5世紀、春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだと言われている。現代に広く伝わる西施と言う名前は、出身地である苧蘿村に施と言う姓の家族が東西二つの村に住んでいて、彼女は西側の村に住んでいたため、西村の施→西施と呼ばれるようになった。越王勾践が、呉王夫差に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されたといわれている。策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。

 


 

思越人二首【字解】

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)

1.【解説】 西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。前段は、呉王の夫差が西施のために築いた姑蘇台は既に今は跡形もなく、ただ平地を残すのみで、辺り一帯は春もすっかり深まり、千載の遺恨を留める西施の姿は、もはやどこにも求めるすべのないことを言う。後段は、当時の栄華を伝えるものは何一つなく、露に濡れた花が西施の涙を思わせる滴をこぼすばかりで、遙か空の彼方の水辺から、番、番になって飛び立つ鴛駕(オシドリ) に悲しみに誘われることを語る。前段第四句の翠黛は西施を指すが、当時、館娃官の跡地一帯には柳が多く植えられていたことから、同時に、西施の美しい眉を思わせる柳の葉、西施は素足で作業していた採蓮の際に見つけられたという。緑の水に白い雲が白い素足ということでこの詩は成り立っている。

館娃宮:〔くゎんあ(い)きゅう;Guan3wa2gong1○○○〕呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。呉の宮殿があった蘇州を指している。白居易は蘇州刺史も任じられている。なお、春秋の呉宮と三国の呉宮とは異なる。

2 古台 姑蘇台。呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた台。

中国江蘇省呉県(現、蘇州市)の南西、姑蘇山上にあった離宮。呉王夫差が越を破って得た美人西施らを住まわせた。(胥台しょだい。)

3 館娃官 呉の宮殿の名。西施の居所。

4 古臺・館娃宮・木涜 姑蘇台と 館娃宮は木涜にある。これは、春秋時代、呉の王が越から貢がれた木材を使って西施のために霊岩山に「館娃宮」を建てさせ、紫石山に姑蘇台を建てさせた際、工事が非常に大規模になって材木を集めるのに3年かかり、水路が木で埋め尽くされたことから「木涜」という地名で呼ばれるようになったという。蘇州市から西に5キロ、太湖に隣接し、霊岩山のふもとに位置す。池が無数にあることから、堤防強化の植樹の柳の緑が目立ち、七句の「橫淥水」という表現につながる。

5 翠黛 眉のような柳の葉、美人の眉。ここでは西施を指す。

6 綺羅 《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》美しい衣服。羅綺。「―をまとう」外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。ここでは西施が美しい衣裳をまとって呉王の寵愛を一身に集めていた当時の栄華を意味する。

7 露花点滴香涙 露の降りた花からは香しい露の滴が滴る。花のように美しい西施が涙を滴らすさまを重ねる。この句の意味には、花間集としてのお遊びの意味が込められ、エロを加えることで、教坊曲を成立させている。

 

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

8 惆悵 嘆き悲しむ。花間集ではは好んで使った語である。

韋莊『浣渓沙』其三

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

浣渓沙 其三 (惆悵夢餘山月斜) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-266-5-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2877

『淸平樂』

野花芳草,  寂寞關山道。

柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。

羅帶悔結同心, 獨凭朱欄思深。

夢覺半床斜月, 小窗風觸鳴琴。

淸平樂 () 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-261-5-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2687

『荷葉杯』

記得那年花下。 深夜。

初識謝娘時。

水堂西面畫簾垂。 攜手暗相期。

惆悵曉鶯殘月。 相別。

從此隔音塵。

如今倶是異鄕人。 相見更無因。

荷葉杯 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-258-5-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2672

『應天長 之二』韋莊

別来半歳青書絶、一寸離腸千萬結。

難相見。易相別、又是玉楼花似雪。

暗相思、無虚説、惆悵夜来煙月。

想得此時情切、 涙沾紅袖

小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、

應天長 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-257-5-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2667

『歸國遙』 韋荘

春欲暮、 滿地落花紅帶雨。

惆悵玉籠鸚鵡、單棲無伴侶。

南望去程何許、問花花不語。

早晩得同歸去、恨無雙翠羽。

歸國遙 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-252-5-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2642

韋荘『菩薩蠻 一』

紅樓別夜堪惆悵。 香燈半捲流蘇帳。

殘月出門時。美人和涙辭。

琵琶金翠羽。絃上黄鶯語。

勸我早歸家。綠窗人似花。

薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

9 遙天 思いをはせるところが明確でない場合の語句。青空に浮ぶ、遠い白い雲をいい、水の緑とで際立たせる。

10 橫淥水 渓谷の淵の水の色。楊の土手下の水の色。楊を映す水面。春の増水の水の色。 
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