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巻7・巻8 孫光憲

花間集 訳注解説 (415)回目《孫光憲巻八22清平樂二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10495

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415)回目《孫光憲巻八22清平樂二首其一》

2018412日の紀頌之"6"つの校注Blog

2018412

の紀頌之"6"つの校注Blog

【字解集】》・古風其六 外

答馮宿書〔#01(§1-1)〕

#2 虎牙行

清平樂二首其一

2018年4月12日の校注Blog

2班彪

李白詩

韓愈詩

杜甫詩

花間集

玉臺新詠

古代史女性論

 

 

2018412

の紀頌之”6”つの校注Blog

10年のBLOGの集大成

   李白総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

749年-1《【字解集】》・古風其六 ・江上送女 ・金陵送張 ・送友人遊 ・送紀秀才  漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog 10359

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746-【字解集】21.魯東門觀刈蒲 22.魯郡堯祠送五之琅琊 23.魯郡堯祠送張十四遊西北Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集Blog9884

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

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諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

10年のBLOGの集大成

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

807年-10 元和二年40歳《答馮宿書》〔#01(§1-1)〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10486

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807年-05元和二年40歳《【字解集】》〔酬裴十六功曹巡府西驛塗中見寄・記夢〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10066

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-245#2 虎牙行(卷二○(四)一八○六)#2卷二○(四)一八○六注(1257) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10452

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767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767年 【字解集】152.課小豎鉏斫舍北果,林枝蔓荒穢淨,訖移床,三首 155.反照 157.向夕 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9645

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (415)回目《孫光憲巻八22清平樂二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10495 

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花間集 訳注解説 (313)回目和凝【字解集】11柳枝三首  12.漁父一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9639 (12/07)

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

2018年4月11日の紀頌之"6"つの校注Blog

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巻三-29 【字解集】雜詩三首其一~其三  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10077

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花間集 訳注解説 (415)回目《孫光憲巻八22清平樂二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10495

 

 

 

 

 

花間集 巻八  孫光憲 (5

 

 

 

酒泉子三首其一                 

空磧無邊,萬里陽關道路。馬蕭蕭,人去去,隴雲愁。

香貂舊制戎衣窄,胡霜千里白。綺羅心,魂夢隔,上高樓。

酒泉子三首其二                 

曲檻小樓,正是鶯花二月。思無憀,愁欲,鬱離襟。

展屏空對瀟湘水,眼前千萬里。淚掩紅,眉斂翠,恨沉沉。

酒泉子三首其三                 

斂態前,裊裊雀釵頸。鷰成雙,鸞對影,耦新知。

玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。翠連娟,紅縹渺,早粧時。

 

清平樂二首其一                 

愁腸欲斷,正是青春半。連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。憑使東風吹夢,與郎終

清平樂二首其二                 

等閑無語,春恨如何去?終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。

盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。長恨朱門薄暮,繡鞍驄

 

  唐太宗位之初后の時の女は実に三千人,であった。百年後玄宗のときには侍女は八千人になった。『新唐書』「宦者傳」、「開元、宮嬪はおおよそ四万に至る。」と、玄宗の時の宮女の数を示している。杜甫は、「先帝侍女八千人」といい、白居易も「後宮の佳麗三千人」李百薬は「無用の宮人は数万に達する」といっている。女たちは皇帝の妻妾であり、錦衣を着て山海の珍味を食し、ひとたび呼ばわれば百人の下稗が答える、最も高貴にして最も権勢の高い人々であった。しかし、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」(皇帝を色香によ惑わせた罪)の罪名を負わされ犠牲の羊にされた。あるいは、皇帝がひとたび崩御すると、后妃たちの財産、生命、地位はたちまち何の保障もなく、天下の母の鏡と尊ばれながら、じつは常に他人に運命を翻弄され、吉凶も保障し難い境遇にあったのである。宮人は、身を九重(天子の宮殿)に置き、はなはだ高貴であるように見えるが、じつはただの皇帝家の家碑に過ぎず、衣食の心配がなくたいへん幸福のように見えるが、じつは人間性を最も残酷に破壊された人々であった。宮廷においては、少数の地位の高い后妃の他は、万単位で数えられる普通の宮人であり、唐代では「官女」「宮城」「宮脾」などとも呼ばれていた。彼女たちは長安にあった三大皇宮(太極宮、大明宮、興慶宮)と東都洛陽にあった大内(天子の宮殿)と上陽の両宮殿、及び各地の離宮、別館、諸親王府、皇帝陵にそれぞれ配属されていた。

 

皇帝がひとたび崩御すると、后妃たちの財産、生命、地位はたちまち何の保障もなくなるので、早くから考えをめぐらせた人たちもいた。男子を生んだ后妃は、いうまでもなくあらゆる手段を講じてわが子を皇太子にし、その貴い子の母たる地位を手に入れようとした。こうして跡継ぎを決めることも、后妃たちの激しい競争となった。玄宗はすでに趨魔妃の生んだ子を皇太子にしていたが、武恵妃が玄宗の寵愛を受けるようになると、現皇太子の位を奪って我が子寿王を皇太子に立てようと画策した。まず彼女は皇太子を廃するため罠をしかけて、〝宮中に賊が出た〞と言って皇太子と二人の王子に鎧を着て来させ、その後で玄宗に三人が謀反を起したと告げた。それで、太子と二人の王子は処刑された。男子のない后妃、あっても皇太子になる望みのない后妃は別に出路を求め、皇太子かその他の皇子たちにとりいって自己の安全を図ったのである。高祖李淵が晩年に寵愛したダ徳妃、張捷好などは子がなかったり、あっても助かったので、すでに勢力をもっている他の何人かの皇子と争うことはたいへん難しかった。そこで彼女たちは皇太子の李建成と互いに結びあい、利用しあって建成の即位を助け、高祖の死後のわれとわが子の不測の運命にそなえたのである。后妃たちは表面的には高貴で優閑な生活を送っていたが、裏では緊張に満ちた活動をしており、それは彼女たちの別の生活の大きな部分をなしていた。こうした様々な手段は決して公明正大なものとはいえない。しかし、政治の変動と後宮の生活が彼女たちにもたらす残酷無情な状況を見るならば、そしてまた天下の母の鏡と尊ばれながら、じつは常に他人に運命を翻弄され、吉凶も保障し難い境遇にあったことを考えるならば、彼女たちが自分の運命を変えようと少しあがいたからといって、どうして厳しく責めることができよう。

白居易 上陽白髪人

 

 春明門興慶宮から東市 興慶宮・東市・春明門

 

 

 

花間集巻八 教坊曲《清平樂二首其一》孫光憲

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10495

 

 

興慶宮・東市・春明門

 

 

 

 

花間集 教坊曲『清平樂』九首

 

 

溫助教庭筠

巻二

清平樂二首其一

上陽春晚,宮女

 

 

 

巻二

清平樂二首其二

洛陽愁,楊柳

 

 

韋荘(韋相莊)

巻二

清平樂四首其一

春愁南陌,故國

 

 

 

巻二

清平樂四首其二

野花芳草,寂寞

 

 

 

巻二

清平樂四首其三

何處游女,蜀國

 

 

 

巻二

清平樂四首其四

鶯啼殘月,繡閣

 

 

孫少監光憲

巻八

清平樂二首其一

愁腸欲斷,正是

 

 

 

巻八

清平樂二首其二

等閑無語,春恨

 

 

毛秘書熙震

巻九

清平樂一首

春光欲暮,寂寞

 

 

 

 

清平樂二首其一

(春も盛りというのに毎日愁いの思いで過ごすけれどいっそ風に吹かれてあの人のもとに飛んでいきたいと詠う。)

 

腸欲斷,正是青春半。

牡丹の咲く春が訪れても愁いに思う気持ちが続きどうしてもこれを断ち切りたいと思う。というもの今春の盛り、女だってまだその若さを誇っている。

連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

おおきな幹の木が二つの幹に別れたといい、鸞鳥の片割れが死んだという、これらのことは普通にある一場面のことで女にとっても別れを覚悟しなければいけないのだ。

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。

帰ってこない人を待つのに化粧を直す気にもなれず、鏡を覆いかくす、だれと言葉を交わすわけでもなく心は暗く眉も下がってしかめ顔になる、あの人はきっと芳しい春の草がシュッシュッと伸びるようなうら若き女のもとで過ごしていると思ってしまう。

憑使東風吹夢,與郎終日東西。

おんなはこの春の風に吹かれるに任せてあの人のもとに夢のように飛んでゆくことができれば、あの檀郎と一緒になって一日中、東へ西へ、春から秋へと一年中、過ごすことが出来るというものだ。

(清平樂二首其の一)

愁腸 斷たんと欲す,正に是れ青春 半ばなり。

連理は枝を分ち 鸞は伴を失う,又た是れ 一場の離散なり。

鏡を掩い 語ること無く 眉は低る,思は芳艸に隨い凄凄たり。

東風は夢を吹くに憑使【つかし】めば,郎と終日 東西せん。

 

清平樂二首其二

等閑無語,春恨如何去?

終是疎狂留不住,花暗柳濃何處。

盡日目斷魂飛,晚斜界殘暉。

長恨朱門薄暮,繡鞍驄馬空歸。

 

 

『清平樂二首其一』 現代語訳と訳註

(本文) 清平樂二首其一

愁腸欲斷,正是青春半。

連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。

憑使東風吹夢,與郎終日東西。

  

(下し文)

(清平樂二首其の一)

愁腸 斷たんと欲す,正に是れ青春 半ばなり。

連理は枝を分ち 鸞は伴を失う,又た是れ 一場の離散なり。

鏡を掩い 語ること無く 眉は低る,思は芳艸に隨い凄凄たり。

東風は夢を吹くに憑使【つかし】めば,郎と終日 東西せん。

 

(現代語訳)

(春も盛りというのに毎日愁いの思いで過ごすけれどいっそ風に吹かれてあの人のもとに飛んでいきたいと詠う。)

牡丹の咲く春が訪れても愁いに思う気持ちが続きどうしてもこれを断ち切りたいと思う。というもの今春の盛り、女だってまだその若さを誇っている。

おおきな幹の木が二つの幹に別れたといい、鸞鳥の片割れが死んだという、これらのことは普通にある一場面のことで女にとっても別れを覚悟しなければいけないのだ。

帰ってこない人を待つのに化粧を直す気にもなれず、鏡を覆いかくす、だれと言葉を交わすわけでもなく心は暗く眉も下がってしかめ顔になる、あの人はきっと芳しい春の草がシュッシュッと伸びるようなうら若き女のもとで過ごしていると思ってしまう。

おんなはこの春の風に吹かれるに任せてあの人のもとに夢のように飛んでゆくことができれば、あの檀郎と一緒になって一日中、東へ西へ、春から秋へと一年中、過ごすことが出来るというものだ。

  

(訳注)

清平樂二首其一

1. (春も盛りというのに毎日愁いの思いで過ごすけれどいっそ風に吹かれてあの人のもとに飛んでいきたいと詠う。)

2. 『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑦⑥7⑥の詞形をとる。

  

愁腸欲斷,正是青春半。

牡丹の咲く春が訪れても愁いに思う気持ちが続きどうしてもこれを断ち切りたいと思う。というもの今春の盛り、女だってまだその若さを誇っている。

3. 欲断 今にも〜心が折れそうだ。~のことを断絶したい。女は閨にこもっているものというのがこの時代の当たり前のこと。男がここでは詩題からも高貴な男が春を迎えたのに帰ってこない。毎日思い続けていることで、これをやめなければいけないと思っていることをいう。顧夐『臨江仙三首 其二』「幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。」13-336《臨江仙三首 其二》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-519-13-(336) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4142 

4. 青春半 旧暦二月を指、春の半ば、と女自身はまだ若いことをいう。五行思想で春の色は青に配当されるので春を青春と言う。また旧暦では一月、二月、三月が春で、春の半ばは二月に当たる。

 

連理分枝鸞失伴,又是一場離散。

おおきな幹の木が二つの幹に別れたといい、鸞鳥の片割れが死んだという、これらのことは普通にある一場面のことで女にとっても別れを覚悟しなければいけないのだ。

5. 連理 株を異にする樹の枝幹がつながって一体化したもの。もともと吉祥の兆しであったが、後には睦まじい男女、夫妻の比喩として用いられるようになった。

 

掩鏡無語眉低,思隨芳艸凄凄。

帰ってこない人を待つのに化粧を直す気にもなれず、鏡を覆いかくす、だれと言葉を交わすわけでもなく心は暗く眉も下がってしかめ顔になる、あの人はきっと芳しい春の草がシュッシュッと伸びるようなうら若き女のもとで過ごしていると思ってしまう。

6. 芳艸凄凄 かんばしい香りの草が茂っているさま。 旅立った男が旅先で春草(女)に心奪われて帰って来ないことをいう。花間集では「芳草」を美人に喩えるのは常套手段。溫庭筠『菩薩蛮 其七』の「玉樓明月長相憶,柳絲裊娜春無力。門外草萋萋,送君聞馬嘶。畫羅金翡翠,香燭銷成淚。花落子規啼,綠窗殘夢迷。」

『菩薩蠻 七』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-7-1-#7 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1644

『酒泉子』四首(一)温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-21-3-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1700

孫光憲『後庭花二首其二』 「石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。」

14-364《後庭花二首其二》孫光憲(24)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-547-14-(364) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4282

凄凄】とは。意味や解説。[形動タリ]1 寒く冷たいさま。寒々とものさびしいさま。また、涼しいさま。「―たる微陽のまへ、遠路に臨んで眼(まなこ)をきはむ」〈平家・五〉2 雨雲のわくさま。蕭の用語解説 - [音]ショウ(セウ)(呉)(漢)1 草の名。ヨモギの一種。「蕭艾(しょうがい)2 ものさびしい。「蕭蕭・蕭条・蕭然」蕭条】とは。意味や解説。[ト・タル][文][形動タリ]ひっそりともの寂しいさま。「―

 

憑使東風吹夢,與郎終日東西。

おんなはこの春の風に吹かれるに任せてあの人のもとに夢のように飛んでゆくことができれば、あの檀郎と一緒になって一日中、東へ西へ、春から秋へと一年中、過ごすことが出来るというものだ。

7. 憑使 頼る、よすがにすることができれば。憑 【ヒョウ・つく】1 よりかかる。頼みにする。よりどころ。2 霊がのり移る。つく。

8. 東風吹夢 【胡蝶の夢】(こちょうのゆめ) [荘子斉物論](荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶との区別を忘れ たという故事から)現実と夢の区別がつかないこと。

9. 與郎終日東西 一日中、あなたが東に行けば一緒に東に行き、西に行けば一緒に西に行き、東は春、西は秋、すなわち、一年中。

10 ・郎  劉郎、阮郎  別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

 

『甘州子五首其三』 「曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。山枕上,長是怯晨鐘。」

13-12《甘州子五首其三》顧太尉(顧夐【こけい】)55首 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-465-13-(12) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3872

和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。

劉禹錫『再遊玄都觀』

百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。

種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。

再遊玄都觀 本文 劉禹錫 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-239--#95 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2742

白居易『贈薛濤』

蛾眉山勢接雲霓,欲逐劉郎北路迷。

若似剡中容易到,春風猶隔武陵溪。

贈薛濤 白居易 全唐詩 巻462  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-131--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2202

牛嶠『女冠子 其三』

星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮

明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

醮壇春艸綠,藥院杏花香。

青鳥傳心事,寄劉郎

女冠子四首 其三 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-316-5-#57-7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3127

牛嶠『夢江南二首 其二』

紅繡被,兩兩間鴛鴦。

不是鳥中偏愛爾,為緣交頸睡南塘,全勝薄情郎

夢江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142 

温庭筠 『思帝郷』

花花、満枝紅似霞。

羅袖画簾腸断、阜香車。

廻面共入閑語、戦箆金鳳斜。

唯有阮郎春尽、不帰家。

思帝郷 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-303-5-#57  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3062

牛嶠『夢江南二首其二』

紅繡被,兩兩間鴛鴦。

不是鳥中偏愛爾,為緣交頸睡南塘,全勝薄情郎

江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142 
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