花間集 訳注解説 巻一35 (43)回目温庭筠 《楊柳枝八首其六》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7820

巻一35 温庭筠 《楊柳枝八首其六》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161213

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

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少年行・白馬篇・白雲歌など【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7799

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-16-#10 巻二 17-#10答張徹【案:愈為四門博士時作。張徹,愈門下士,又愈之從子婿。】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7818

 

 

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806年-16-#14 巻二 17-#14巻二 答張徹  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7842

 

 

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韓愈 哲学・儒学「五原」

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

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757年-43 承聞河北諸道節度入朝歡喜口號句十二首其一 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六二四)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7819

 

 

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757年-40 寄薛三郎中璩 -#7 【字解集】 杜詩詳注(卷一八(四)一六二○)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7801

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

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杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

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杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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.唐五代詞詩・女性

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玉-014-#1 古樂府詩六首其五 (白頭吟) -#1皚如山上雪〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7821

 

 

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花間集 訳注解説 巻一35 (43)回目温庭筠 《楊柳枝八首其六》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7820

(後宮には、色白で透き通るような美女でさえ、寵愛を失い断腸の思いでいる。春の雪解け水を見るとまた思いを強くすると詠う。)

離宮の宜春苑の外 池端の柳の枝に若芽も最も長くなっている。春風はみやびでなよなよと枝にそよぐ、柳は静かに、妖艶に揺れ、妓優の細腰の舞い姿も伴って揺れる。またまさに大明宮においても、白肌の透き通るような妃嬪が侘しい下半身の苦しいい思いをしているところである。その大明宮内の一番大きな龍首渠にも春の雪解け水で澄み切った流れの水嵩が上がっていて(白絹のすきとおった布団)、寵愛の時を思い出させる。また、この赤闌橋をわたってこられるのをゆめみることしかできないのか。 

 

 

 

 

 

楊柳枝 八首

 

 

 

 

 

 

 

楊柳枝 八首其一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。)

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (その一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,
毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首其二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 その二)

金縷 毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。

晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

 

楊柳枝 八首其三
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
(楊柳枝 八首の三)
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。

 

楊柳枝  八首其四
(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。
あの人が行っている関所塞の春の三ケ月はこちらとは違って今なおはるはこなくてもの寂しい。たとえ、垂れ柳が葉が芽吹いてきて風に揺られても私にとっては、春の喜びを感じることはできない。

楊柳枝 (其の四)
錦を織るは機邊 鶯語【おうご】頻【ひん】なり,梭【さ】を停めて淚を垂す 征人を憶う。
塞門 三月 猶お蕭索し,縱【たと】い楊が垂れようとも 未だ春をえ覺ざる有り。

 

 

楊柳枝 八首八首其五
(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
臘梅がこちらの枝に二つづついっぱいに、あっちに二つづつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。。
春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

(楊柳枝八首その五)

兩に兩して黃鸝【こうり】の色 色に似る,裊枝【じょうし】啼露して芳音を動かす。
春來たれば幸にして自ら長く線の如し,惜む可くは牽纏【けんてん】蕩子の心。

楊柳枝 八首其六 
(後宮には、色白で透き通るような美女でさえ、寵愛を失い断腸の思いでいる。春の雪解け水を見るとまた思いを強くすると詠う。)その六

宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。
離宮の宜春苑の外 池端の柳の枝に若芽も最も長くなっている。春風はみやびでなよなよと枝にそよぐ、柳は静かに、妖艶に揺れ、妓優の細腰の舞い姿も伴って揺れる。
正是玉人腸處,一渠春水赤闌橋。
またまさに大明宮においても、白肌の透き通るような妃嬪が侘しいかはんしんのくるしいい思いをしているところである。その大明宮内の一番大きな龍首渠にも春の雪解け水で澄み切った流れの水嵩が上がっていて(白絹のすきとおった布団)、寵愛の時を思い出させる。また、この赤闌橋をわたってこられるのをゆめみることしかできないるのか。 


(楊柳枝 八首其の六)  
宜春【ぎしゅん】苑の外最も條を長くす,閒裊【かんじょう】春風  腰に舞うを伴う。
正【まさ】に是【こ】れ 玉人 腸斷の處,一つの渠【きょ】春水 赤闌【せきらん】の橋。

唐朝 大明宮2000


『楊柳枝 八首其六』温庭筠 現代語訳と訳註
(
本文) 
楊柳枝 八首其六
宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。
正是玉人腸
處,一渠春水赤闌橋。


(下し文)
(楊柳枝八首其六)  
宜春【ぎしゅん】苑の外最も條を長くす,閒裊【かんじょう】春風  腰に舞うを伴う。
正【まさ】に是【こ】れ 玉人 腸斷の處,一つの渠【きょ】春水 赤闌【せきらん】の橋。

 

(現代語訳)
(後宮には、色白で透き通るような美女でさえ、寵愛を失い断腸の思いでいる。春の雪解け水を見るとまた思いを強くすると詠う。)

離宮の宜春苑の外 池端の柳の枝に若芽も最も長くなっている。春風はみやびでなよなよと枝にそよぐ、柳は静かに、妖艶に揺れ、妓優の細腰の舞い姿も伴って揺れる。
またまさに大明宮においても、白肌の透き通るような妃嬪が侘しい下半身の苦しいい思いをしているところである。その大明宮内の一番大きな龍首渠にも春の雪解け水で澄み切った流れの水嵩が上がっていて(白絹のすきとおった布団)、寵愛の時を思い出させる。また、この赤闌橋をわたってこられるのをゆめみることしかできないのか。 


(訳注)
楊柳枝 八首其六

57.
 柳を詠う。連作八首のうちこれは第六首。

(後宮には、色白で透き通るような美女でさえ、寵愛を失い断腸の思いでいる。春の雪解け水を見るとまた思いを強くすると詠う。)

【解説】

この詩も、後宮の妃嬪を宴席や、歌会、サロンのような場所で、想像を広げて差しさわりのない範囲で艶詞を詠ったもので、柳だから単純に別れというのではなく、柳腰、女性であれば細身の女の古詩の動きを言い、男性の表現であれば、相撲などの粘り腰を言い、性交渉を連想させるものである。

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句二平韻で、7⑦7⑦の詞形をとる。

宜春苑外最長條 閑裊春風伴舞
正是玉人腸  一渠春水赤闌

  
  

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。


宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。
離宮の宜春苑の外 池端の柳の枝に若芽も最も長くなっている。春風はみやびでなよなよと枝にそよぐ、柳は静かに、妖艶に揺れ、妓優の細腰の舞い姿も伴って揺れる。
58.
 宜春苑 ,唐長安城東南の曲江にある。これは秦朝皇家の禁苑で宜春苑といった。隋朝の皇城が曲江によって建てられ,曲江を改稱して「芙蓉園」為した。唐になって大明宮のなかに小庭園をつくった。ここでは、大明宮の中の小苑か、曲江の芙蓉苑を指すのか不明である。いずれにせよ後宮・妃嬪に関して陳べて意味が変わることはない。李白『侍從宜春苑奉詔賦龍池柳色初青聽新鶯百囀歌』

侍從宜春苑奉詔賦龍池柳色初青聽新鶯百囀歌
東風已綠瀛洲草。紫殿紅樓覺春好。
池南柳色半青春。縈煙裊娜拂綺城。
垂絲百尺挂雕楹。
上有好鳥相和鳴。間關早得春風情。
春風卷入碧云去。千門萬
皆春聲。
是時君王在鎬京。五云垂暉耀紫清。
仗出金宮隨日轉。天回玉輦繞花行。
始向蓬萊看舞鶴。還過芷若聽新鶯。
新鶯飛繞上林苑。愿入簫韶雜鳳笙。
侍從宜春苑奉詔賦龍池柳色初青聽新鶯百囀歌李白131

59. 最 一番に。もっとも。 
60.
 長條 長い枝
61.
 閒裊 みやびでなよなよとしている。たおやか。みやびやか。しとやか。=閒嫋(嫺嫋、嫻嫋)。 
62.
 伴 つきしたがう。ともなう。 
63.
 舞腰 舞い姿。


正是玉人腸處,一渠春水赤闌橋。
またまさに大明宮においても、白肌の透き通るような妃嬪が侘しいかはんしんのくるしいい思いをしているところである。その大明宮内の一番大きな龍首渠にも春の雪解け水で澄み切った流れの水嵩が上がっていて(白絹のすきとおった布団)、寵愛の時を思い出させる。また、この赤闌橋をわたってこられるのをゆめみることしかできないるのか。 
64. 正是 ちょうど…だ。ぴったりだ。(すなわち)一筋のほりかわの春の流れ(に架かった)赤闌橋(のところだ)。
65.
 玉人 離宮に侍る白く艶やかな肌の美しい妃嬪。 
66.
 腸斷 寵愛を受けられずにただ待ち続ける思い腸(はらわた=下半身)がちぎれるほどの侘しさをおもうことをいう。
67.
 渠 ほりかわ、みぞの量詞(助数詞)。 
68.
 春水 滻水から渠溝、運河が引かれていて、春の雪解け水で増水している川の流れ。この時の水は他の時節の水よりも澄みきっているのが特徴。ここは、閨の情事の白絹のすきとおった上かけ布団の盛り上がりの様子を連想させる意味である。
69.
 一渠 主要な場所には船で行ける。大明宮、興慶宮、芙蓉苑には、天子専用の道路がある。内の一番大きな龍首渠。大明宮の配置図参照
70.
 赤闌橋 御橋のこと。赤欄の橋。大明宮の南に位置する。配置図参照

なお、唐‧杜佑《通典》に「隋開皇三年,築京城,引香積渠水自赤欄橋經第五橋西北入城。」から判断すれば、香積渠は長安城の西側にあり、この橋は長安北西にある運河に架かる橋ということに在るので、曲江は東側の黄渠から引水しているので、斛校の芙蓉苑では大明宮ということになろう。 
唐 長安図 基本図00



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