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巻7・巻8 孫光憲

花間集 訳注解説 (391)回目《孫光憲巻七48河傳四首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10271

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391)回目《孫光憲巻七48河傳四首其二》

 

201839

の紀頌之"6"つの校注Blog

口號王美人半醉

毛頴傳§5-2〔#14

昔遊-#1

孫光憲 河傳四首其二

#8 秋胡詩一首〔顏延之〕

【字解集】〔孫光憲・他辛・李〕北夢瑣言・唐才子傳

李白詩

韓愈詩

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古代女性論

 

 

201839

の紀頌之”6”つの校注Blog

10年のBLOGの集大成

   李白総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

747-0ⅴ【字解集】6首・戰城南二首 ・贈丹陽橫山周處士惟長 ・贈崔郎中宗之 ・贈崔諮議 ・崔四侍御 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog10247

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746-【字解集】21.魯東門觀刈蒲 22.魯郡堯祠送五之琅琊 23.魯郡堯祠送張十四遊西北Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集Blog9884

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曹植詩65

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李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

10年のBLOGの集大成

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

807年-08元和二年40歳昌黎文巻八02《毛頴傳§5-2》〔#14〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10241

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807年-05元和二年40歳《【字解集】》〔酬裴十六功曹巡府西驛塗中見寄・記夢〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10066

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-230 昔遊-#1(卷二○(四)一七九五)注(1247)昔謁華蓋君 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10242

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767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767年 【字解集】152.課小豎鉏斫舍北果,林枝蔓荒穢淨,訖移床,三首 155.反照 157.向夕 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9645

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (391)回目《孫光憲巻七48河傳四首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10271 (03/09)

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花間集 訳注解説 (313)回目和凝【字解集】11柳枝三首  12.漁父一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9639 (12/07)

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉臺・巻4•2-2 -#8 秋胡詩一首(有懷誰能己)〔顏延之〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10251

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巻三-29 【字解集】雜詩三首其一~其三  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10077

●薛濤の全詩

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Ⅵ唐代女性論         ninjaブログ

魚玄機関連詩-【字解集】〔孫光憲・辛文房・李郢〕北夢瑣言・唐才子傳  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10245

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花間集 訳注解説 (391)回目《孫光憲巻七48河傳四首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10271

(春の盛りに江南の画舟の遊びで官妓の美女は歌も踊りもその上詩を作るのもうまい、戦国には美女で争い、六朝では川を挟んで呼び合った、詞箋を作ったのも官妓だった、これによって次の世にも伝えられてゆくことであろう。)

柳の枝が土手を引き摺り、その枝は金色の紐を垂らす、夕靄はこの街を囲むように出てきて霧がそれをつつむ様に出てくる、そこにもうもうと柳絮が落ちて飛び交う。

鳳凰の絵が描かれた飾り画船は楚の国の美女を載せている、美女は華麗に舞う、それに合わせた様に波の上に音を立て、鼓の音は雷のように轟く。

この光景は戦国時代の故事を筝曲に言うように「龍が爭い、虎が闘って天下を分ける」ようこの美女をわが手にしようとあらそう、しかしここには美女の主となる者はいない。それは王獻之の愛妾「桃葉」の詩のようにここ江南では、「桃葉よ桃葉、兎に角渡って来い」と美女にとに角この川を渡って来てくれればいいと言っている。

ひだひだのスカートをゆらせて薛濤䇳にしたためて、魅力のある気持ちで引き付ける。

その光景を目にすれば詩篇はできるものだし、この美女たちは官妓であり、世の人は共にこの詩を伝えてきたし、これからも伝えられていくだろう。

 

 

 

花間集 巻七 《河傳四首》

 

 

 

巻七47  河傳四首其一      

平天子,等閑遊戲,疏河千里。柳如絲,隈倚淥波春水,長淮風不起。

如花殿三千女,爭雲雨,何處留人住?錦帆風,煙際紅,燒空,魂迷大業中。

 

巻七48  河傳四首其二      

拖金縷,着煙籠霧,濛濛落絮。鳳皇舟上楚女,妙舞,雷喧波上皷。

龍爭虎戰分中土,人無主,桃葉江南渡。襞花牋,豔思牽。成篇,官娥相與傳。

 

巻七49  河傳四首其三      

花落,煙薄,謝家池閣。寂寞春深,翠蛾輕斂意沉吟。

沾襟,無人知此心。玉鑪香斷霜灰冷,簾鋪影,梁鷰歸紅杏。

 

巻七50  河傳四首其四      

風颭,波斂。團荷閃閃,珠傾露點。木蘭舟上,何處娃越豔,藕花紅照臉。

大堤狂殺襄陽客,煙波隔,渺渺湖光白。身已歸,心不歸。斜暉,遠汀鸂鶒飛。

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《巻七47       河傳四首其二》孫光憲

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10271

 

 

 

 

 

 

鴛鴦4羽 01 

河傳四首其一

(天子次第で太平がある、寵愛を施すのも、施政に愛撫の心で行うのも、大河が流れていくことと同じであり、行楽、舟遊びを夜を徹して行うのも、天子の年中行事なのである。)

太平,天子,等閑遊戲,疏河千里。

天下が太平であるのは、天子が、長閑に過ごし、厳かに遊び戯れ、そんなことは黄河が千里先まで流れて行くようなものだ。

柳如絲,隈倚淥波春水,長淮風不起。

柳は枝を糸のように垂らし、淵には春の雪解けで増水が緑の澄み切って流れているころには、長江や淮河の大河には大風が起こることはない。

如花殿三千女,爭雲雨,何處留人住?

この花の御殿には三千人の宮女が仕えている。「朝雲暮雨」の寵愛を得ようと妃賓のあらそいがある、寵愛は誰なのか、どの御殿なのか、天子はどこにとどまっているのか。

錦帆風,煙際紅,燒空,魂迷大業中。

春から夏には、錦の帆柱に帆に風を受けて、舟遊びが、花霞のただようその際には紅い花が咲き、花の宴は夜まで続き、かがり火は空を染めていて、天子の魂は迷ってしまって誰を寵愛するのか、そうした中で、天子は天下国家の安寧のために心を掛けられるのである。

 

(河傳四首 其の一)

太平の天子,等閑し遊戲す,疏河すは千里なり。

柳 絲の如し,隈倚 淥波の春水,長淮 風 起らず。

花の如き殿には三千の女がし,雲雨を爭い,何處にか人を留めて住わん?

錦帆の風,煙際の紅,燒空ありて,魂迷し 大業に中【あた】る。

 

 

河傳四首 其二

(春の盛りに江南の画舟の遊びで官妓の美女は歌も踊りもその上詩を作るのもうまい、戦国には美女で争い、六朝では川を挟んで呼び合った、詞箋を作ったのも官妓だった、これによって次の世にも伝えられてゆくことであろう。)

柳拖,金縷,着煙籠霧,濛濛落絮。

柳の枝が土手を引き摺り、その枝は金色の紐を垂らす、夕靄はこの街を囲むように出てきて霧がそれをつつむ様に出てくる、そこにもうもうと柳絮が落ちて飛び交う。

鳳皇舟上楚女,妙舞,雷喧波上皷。

鳳凰の絵が描かれた飾り画船は楚の国の美女を載せている、美女は華麗に舞う、それに合わせた様に波の上に音を立て、鼓の音は雷のように轟く。

龍爭虎戰分中土,人無主,桃葉江南渡。

この光景は戦国時代の故事を筝曲に言うように「龍が爭い、虎が闘って天下を分ける」ようこの美女をわが手にしようとあらそう、しかしここには美女の主となる者はいない。それは王獻之の愛妾「桃葉」の詩のようにここ江南では、「桃葉よ桃葉、兎に角渡って来い」と美女にとに角この川を渡って来てくれればいいと言っている。

襞花牋,豔思牽。

ひだひだのスカートをゆらせて薛濤䇳にしたためて、魅力のある気持ちで引き付ける。

成篇,官娥相與傳。

その光景を目にすれば詩篇はできるものだし、この美女たちは官妓であり、世の人は共にこの詩を伝えてきたし、これからも伝えられていくだろう。

(河傳四首其の二)

柳の拖,金の縷,煙 籠霧に着き,濛濛として絮を落す。

鳳皇 舟上の楚女,舞をに妙して,雷喧 波上の皷。

龍爭 虎戰 中土を分ち,人 主無し,桃葉 江南渡る。

襞花の牋,豔思 牽く。

篇成し,官娥 相いに與傳す。

 

 

『河傳四首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

河傳四首其二

柳拖,金縷,着煙籠霧,濛濛落絮。

鳳皇舟上楚女,妙舞,雷喧波上皷。

龍爭虎戰分中土,人無主,桃葉江南渡。

襞花牋,豔思牽。

成篇,官娥相與傳。

  

(下し文)

(河傳四首其の二)

柳の拖,金の縷,煙 籠霧に着き,濛濛として絮を落す。

鳳皇 舟上の楚女,舞をに妙して,雷喧 波上の皷。

龍爭 虎戰 中土を分ち,人 主無し,桃葉 江南渡る。

襞花の牋,豔思 牽く。

篇成し,官娥 相いに與傳す。

  

(現代語訳)

(春の盛りに江南の画舟の遊びで官妓の美女は歌も踊りもその上詩を作るのもうまい、戦国には美女で争い、六朝では川を挟んで呼び合った、詞箋を作ったのも官妓だった、これによって次の世にも伝えられてゆくことであろう。)

柳の枝が土手を引き摺り、その枝は金色の紐を垂らす、夕靄はこの街を囲むように出てきて霧がそれをつつむ様に出てくる、そこにもうもうと柳絮が落ちて飛び交う。

鳳凰の絵が描かれた飾り画船は楚の国の美女を載せている、美女は華麗に舞う、それに合わせた様に波の上に音を立て、鼓の音は雷のように轟く。

この光景は戦国時代の故事を筝曲に言うように「龍が爭い、虎が闘って天下を分ける」ようこの美女をわが手にしようとあらそう、しかしここには美女の主となる者はいない。それは王獻之の愛妾「桃葉」の詩のようにここ江南では、「桃葉よ桃葉、兎に角渡って来い」と美女にとに角この川を渡って来てくれればいいと言っている。

ひだひだのスカートをゆらせて薛濤䇳にしたためて、魅力のある気持ちで引き付ける。

その光景を目にすれば詩篇はできるものだし、この美女たちは官妓であり、世の人は共にこの詩を伝えてきたし、これからも伝えられていくだろう。

 

(訳注)

河傳四首其二

1.(春の盛りに江南の画舟の遊びで官妓の美女は歌も踊りもその上詩を作るのもうまい、戦国には美女で争い、六朝では川を挟んで呼び合った、詞箋を作ったのも官妓だった、これによって次の世にも伝えられてゆくことであろう。)

2.『花間集』 には孫光憲の作が四首収められている。河傳四首 其一は双調五十一字、前段二十六字七句二平韻五仄韻、後段二十六字六句四平韻五仄韻で、②❷❹❻❺③③②⑤の詞形をとる。

河傳四首 其一

,天,等閑遊,疏河千

柳如,隈倚淥波春,長淮風不

 “ / ”

如花殿三千,爭雲,何處留人

錦帆,煙際,燒,魂迷大業

●○  ○● ●○○△  △○○●

●△○  △△●○○● △○△△●

△○●●△○● ○○●  △●△○●

●△△  ○●○ △△  ○○●●△

河傳四首其二。双調五十一字、前段二十六字六句五仄韻、後段二十六字六句五仄韻で、❷❷❹❼❷③③②⑤の詞形をとる。

,金,着煙籠,濛濛落

鳳皇舟上楚,妙,雷喧波上

 “ / ”  

龍爭虎戰分中,人無,桃葉江南

襞花,豔思。成,官娥相與

●△  ○● ?○△△  △△●●

●○○●●●  ●● ○○○●●

○○●●△△● ○○●  ○●○○●

●○○  ●△△ ○○  ○○△△△

 

柳拖,金縷,着煙籠霧,濛濛落絮。

柳の枝が土手を引き摺り、その枝は金色の紐を垂らす、夕靄はこの街を囲むように出てきて霧がそれをつつむ様に出てくる、そこにもうもうと柳絮が落ちて飛び交う。

3.     1(重いものを)ずるずる引っ張る,引きずる,引く機関車は15両の貨車を引っ張っている.

4.  細々と連なる糸筋。「一縷」細く、途切れずに続くさま。こまごまとしたさま。

5.  濛濛 霧・煙・ほこりなどが立ちこめるさま。心がぼんやりとしているさま。

6.    柳絮。

 

鳳皇舟上楚女,妙舞,雷喧波上皷。

鳳凰の絵が描かれた飾り画船は楚の国の美女を載せている、美女は華麗に舞う、それに合わせた様に波の上に音を立て、鼓の音は雷のように轟く。

7.   鳳皇 六朝時代から鳳凰の絵を描いている飾り船で風流に遊ぶのが江南では流行した。鳳凰は伝説上の霊鳥。鳳が雄,凰が雌。鳳皇とも書く。餌は竹の実で,梧桐の木にしか止まらぬとされる。殷墟卜辞に,風神として鳳の字が用いられ,天帝の使者だともされている。その字体から見て,孔雀のような鳥が鳳凰の原像となったのであろう。この殷の鳳凰と同じ特徴的な冠羽を持つ鳥が,殷末から西周期の青銅器の文様に見え,おそらくこれは,鳥形をとって祭祀の場に降臨する祖霊の観念と結びついていたのであろう。《書経》に,舜帝が天下を安定させると,音楽につれて祖霊とともに鳳凰がやってきたとあるのは,祖霊と祥瑞との二つの性格をあわせみせている。

8.   舟上 楚地方の画船。

9.   楚女 戦国時代、楚國の女。高唐賦にいう雨に化身した巫山の巫女を示す。ここでは楚地方の美女、妓女をいう

10. :鼓【コ】 中空の筒に皮を張ったもの。意味つづみ、太鼓、鼓を打つ、叩く、鳴らす、震わす、励ます、はかり、という意味がある。  この詩と同じ雰囲気を持っている詩は韋荘の『菩薩蠻 二』と同じ畫船による舟遊びを風流に詠う。

韋莊『菩薩蠻 二』

人人盡説江南好,遊人只合江南老。

春水碧於天,  畫船聽雨眠。

爐邊人似月,  皓腕凝雙雪。

未老莫還鄕,  還鄕須斷腸。

だれもかれも、江南はいいところだといいます。よそのくにへ遊びに出た人は、江南へいって年をとるまでくらすのが一ばんよいとおもっているのです。 

春は、雪解けの増水したながれは空の青さと一体化する。舟遊びの美しく彩られた船にのって、雨をききながら寄り添って眠ります。

酒爐のほとりには、お月さまを彷彿させる美人が居ます。その人の真白な腕から想像して、まるで雪がかたまったようなうつくしい体をしているのです。

一旦こういうところへ来たならば、年をとりたくはないし、まして故郷へ帰ることなど思いはしないのです。故郷などへ帰ったならば、この性的欲求不満を解決することが出来はしないことがわかるのです。

 

龍爭虎戰分中土,人無主,桃葉江南渡。

この光景は戦国時代の故事を筝曲に言うように「龍が爭い、虎が闘って天下を分ける」ようこの美女をわが手にしようとあらそう、しかしここには美女の主となる者はいない。それは王獻之の愛妾「桃葉」の詩のようにここ江南では、「桃葉よ桃葉、兎に角渡って来い」と美女にとに角この川を渡って来てくれればいいと言っている。

11.   龍爭虎戰 五代史平話˙梁史˙卷上: 龍爭虎戰幾春秋,五代梁唐晉漢周。 亦作 龍爭虎鬥 。形容鬥爭或競賽很激烈。同“龍爭虎鬥”。『例子』.

12.   桃葉 風流の達人の冠、王獻之の愛妾のために作った『桃葉復桃葉二首』「桃葉復桃葉,渡江不用楫。 但渡無所苦,我自迎接汝。」の金陵の桃葉渡は今に至るも艶称される。桃葉渡は又の名を南浦渡という,中国江蘇省南京市古地名。桃葉渡は是れ“十里の秦淮河にあり古渡し口のじょうりゅうにある。六朝の時代以降“金陵四十八景”の一つとして名勝となっている。

 

襞花牋,豔思牽。

ひだひだのスカートをゆらせて薛濤䇳にしたためて、魅力のある気持ちで引き付ける。

13.    襞 プリーツスカート。衣服や布地などにつけた細長い折り目。衣服のひだのように見えるもの。精神的なものについてもいう。「山の―」「心の―に触れる」キノコの傘の裏側にあるしわ。菌褶(きんしゅう

14.   花牋 薛濤䇳に詩をしたためる。

 

成篇,官娥相與傳。

その光景を目にすれば詩篇はできるものだし、この美女たちは官妓であり、世の人は共にこの詩を伝えてきたし、これからも伝えられていくだろう。

15.   官娥 官妓をいう。唐代の社会に充ちあふれ、一つの階層を形成していたのは、主に各級の官庁の楽籍に登録されていた大量の官妓である。もし、宮妓と教坊妓とを一般に芸人と見なすことができ、そしてまた家妓が姫妾・婦女と同類だとすれば、ここでとりあげる官妓だけが後世の娼妓と同じ性格をもっていた。いわゆる唐代の娼妓とは主にこの部類の人たちを指すのである。唐代は妓楽が盛んであり、「唐人は文を尚び、狎(芸妓遊び)を好む」(張端義『貴耳集』巻下)と評された。官庁の送迎、宴会典礼はもちろん、また官吏が集まって遊ぶ時にも、常に妓楽で雰囲気を盛りたてた。官吏が妓楼に泊り、娼妓と遊ぶ風潮はきわめて盛んであり、朝廷の法律もこれを決して禁止することはなかった。白居易は杭州の刺史(各州に置かれ地方官を監督した役職。太守とも呼ばれた)の任にあった時、日がな一日妓女を連れて遊んだ。それで後の宋代の人は、これを怪しみ、論難して「これによって当時の郡政(郡の政治)には暇が多く、吏議(官吏の議論)も甚だ寛やかだったことが分かる。もし今日だったら、必ず処罰の対象とされたであろう」(襲明之『中呉紀聞』)と書いている。官妓制度はまさにこの種の社会風潮と朝廷の放任のもとで、唐代に盛況を極めたのである。当時、長安と洛陽の両京に大量の官妓がいたばかりでなく、地方の大きな州、府にも官妓がいた。

唐時官員流連妓院風氣興盛,清人趙翼題《白香山集後》有描繪其時之詩曰:“風流太守愛魂銷,到處春翹有舊游;相見當時疏朝綱,尚無官吏宿娼條。”《舊唐書·白居易傳》載:「初,居易罷杭州,歸洛陽,于履道里得故散騎常侍楊憑宅,竹木池館,有林泉之致。家妓樊素、小蠻者,能歌善舞。

16.   それで「府娼」とか「郡娼」という言葉があった。揚州、成都のような繁華な大都会は、みな名妓が集中する場所であった。県の官庁についていえば、『旧唐書』 の「葦堅伝」 には、天宝の初め、霊宝県と隣県(河南省)の官府は両県の「官便の婦人」(官妓)を集めて得宝歌(玄宗が楊貴妃を得た時作られた曲。楽府の一つ)を唱わせ、玄宗皇帝に悦ばれたとあり、また李徳裕の『文武両朝献替記』 には、李が宰相になった時、「両県に命じてこれ以上娼妓を置かないようにさせる」という処置をとったことが記されている。県の官庁にも官妓が設けられていたことがわかる。

17.   相與傳 世の人は共にこの詩を伝えてきたし、これからも伝えられていくだろう。 
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