花間集 訳注解説 巻一34 (42)回目温庭筠 《楊柳枝八首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7814

 巻一34 温庭筠 《楊柳枝八首其五》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161212

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-021卷162_22 西岳雲臺歌送丹丘子(卷七(一)四八八)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7811

 

 

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少年行・白馬篇・白雲歌など【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7799

 

 

孟浩然

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兩都賦序・西都賦・東都賦

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《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-16-#9 巻二 17-#9答張徹【案:愈為四門博士時作。張徹,愈門下士,又愈之從子婿。】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7812

 

 

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806年-16-#14 巻二 17-#14巻二 答張徹  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7842

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-42 承聞河北諸道節度入朝歡喜口號句十二首其一 杜詩詳注(卷一八(四)一六二三)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7813

 

 

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757年-40 寄薛三郎中璩 -#7 【字解集】 杜詩詳注(卷一八(四)一六二○)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7801

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

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花間集 訳注解説 巻一34 (42)回目温庭筠 《楊柳枝八首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7814 (12/12)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

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玉-013-#2 古樂府詩六首其四艶歌行〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7815

 

 

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玉集-02 古樂府詩六首【字解集】 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7839(12/17

 

 

●薛濤の全詩

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花間集 訳注解説 巻一34 (42)回目温庭筠 《楊柳枝八首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7814

(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

臘梅がこちらの枝に二つずついっぱいに、あっちに二つずつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

 

 

 

 

 

花間集 巻一

 

 

 

 

 

 

唐の女性観 貴族、高官の家の婦女

9-1 貴族の婦人

 

《洛陽女兒行》 王維

洛陽女兒對門居,才可容顏十五餘。

良人玉勒乘驄馬,侍女金盤膾鯉魚。

畫閣朱樓盡相望,紅桃綠柳垂簷向。

羅幃送上七香車,寶扇迎歸九華帳。

狂夫富貴在青春,意氣驕奢劇季倫。

自憐碧玉親教舞,不惜珊瑚持與人。

春窗曙滅九微火,九微片片飛花璅。

戲罷曾無理曲時,粧成只是薰香坐。

城中相識盡繁華,日夜經過趙李家。

誰憐越女顏如玉?貧賤江頭自浣紗。

 

洛陽女児の行   王維

洛陽の女児 門を対えて居り、機かに容顔 十五余りなる可し。

良人は玉の勒もて聴馬に乗り、侍女は金盤もて鯉魚を檜にす。

両閣朱楼 尽く相い望み、紅桃縁柳 蒼に垂れて向う。

羅韓 送り上く 七香の車、宝扇 迎えて帰る 九華の帳。

狂夫は富貴にして 青春に在り、意気は鵜奢にして 季倫(晋の富豪石崇)より劇し。

自ら憐む 碧玉(侍妾を指す) 親しく舞を教うるを、惜しまず 珊瑚 持して人に与うるを。

春窓曙に滅す 九微の火、九微片片 飛花頂かなり。

戯に罷れて曾て曲を理むる時無く、汝成りて祗だ是れ香を薫らせて坐す。

城中の相識は尽く繁華、日夜 趙李(漢の美女趙飛燕と李夫人)の〔如き富豪の〕家を経過す。

誰か憐む 越女の顔 玉の如く、貧賤にして江頭 自ら紗を院うを。

 

これは唐代の詩人が描いた貴族の女性たちの富貴にして豪華、優閑にして享楽的な生活の姿である。

 

《相逢行》   崔顥

妾年初二八,家住洛橋頭。

臨馳道,朱門近御溝。

使君何假問,夫壻大長秋。

女弟新承寵,諸兄近拜侯。

春生百子殿,花發五城樓。

出入千門裏,年年樂未休。

 

(相逢の行)   崔顥

妾が年は初めて二八、家は住む 洛橋の頭。

玉戸は馳道に臨み、朱門は御溝に近し。

使君は何ぞ問うを仮いん、夫壻は大長秋(皇后の近侍)。

女弟は新たに寵を承け、諸兄は近ごろ侯を拝す。

春は生ず 百子の殿、花は発く 五城の楼。

干門の裏に出入し、年年 楽しみ未だ休まず。

 

 この貴戚の家の若い妻とその妹は宮中で寵愛を受け、夫や兄弟は侯に封ぜられ、あるいは官となり、彼女の生活は何の憂いも心配もない―(年年 楽しみ未だ休まず)である。

 貴族の女性たちといえば、人々はすぐ有名な楊貴妃の三姉妹の韓国夫人、貌国夫人、秦国夫人の三人を思いだすだろう。楊貴妃が寵愛を受けたので、三姉妹は同時に国夫人に封ぜられ、玄宗から各人毎月十万銭を支給されたが、それは専らお化粧代としてであった。平生の皇帝からの賜り物は、さらに多く数えきれないほどであった。彼国夫人の「照夜瓊」、秦国夫人の「七葉冠」などは稀代の珍宝であった。韓国夫人は祝祭日に山上に百本の灯火を立て、その高さは八十尺もあり、煌々たる明るさは月光に勝って、百里の遠くからも眺められた。彼女たちはそれぞれ大邸宅をつくり、その華麗宏壮なることは皇宮に匹敵し、一台閣を造営するごとに費やす金は千万を越えた。もし規模が自分の台閣を越える建物を見たりすると、元のをとり壊して新しく造り直させた。遊覧に出かける時は一家あげて一団となり、みな同じ色彩の衣服を着、彼女たちの乗る車馬とお付きの従僕が道路を塞ぎ、それぞれの牛車の上に飾られた珍宝珠玉の値打は、数十万貫を下らなかった。車が通った後は装身具や珠翠が道いっぱいに落ちていた。ある時、彼女たちは宮中で玄宗の側に侍り音楽を楽しんでいた。玄宗は自ら鼓を打った後、笑いながら秦国夫人に褒美を求めた。秦国夫人は「私は大唐帝国の天子様の姉ですもの、お金が無いわけはないでしーっ」といい、すぐ三百万銭をとり出して笑わせた(以上の話は、『開元天宝遺事』、『明皇雑録』、楽史『楊太真外伝』等に見える)。

 当時詩人の杜甫は、名高い「麗人行」なる詩を書いて、この三人の夫人が春遊する豪華絢爛たるさまを次の詩のように描写した。

 

《麗人行》杜甫

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

繍羅衣裳照暮春,蹙金孔雀銀麒麟。

頭上何所有,翠爲葉垂鬢脣。

背後何所見,珠壓腰衱穩稱身。

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

犀箸厭飫久未下,鸞刀縷切空紛綸。

黄門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍。

簫管哀吟感鬼神,賓從雜遝實要津。

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵。

楊花雪落覆白蘋,靑鳥飛去銜紅巾。

炙手可熱勢絶倫,慎莫近前丞相嗔。

 

(麗人の行)     

三月三日  天氣 新たに,長安の水邊  麗人 多し。

態は 濃く 意は 遠くして 淑 且つ 真に,肌理きりは 細膩にして骨肉は 勻し。

繍羅の衣裳は  暮春に 照はゆる,

蹙金の孔雀  銀の麒麟。

頭上 何 の有る所ぞ,翠を 葉と爲なして  鬢脣んに 垂たる。

背後 何 の見る所ぞ,珠は 腰衱を 壓して  穩やかに身に稱ふ。

就中づく 雲幕の  椒房の親,名を賜ふ 大國  虢と秦と。

紫駝の峰を  翠釜 より 出いだし,水精の盤に  素鱗 行くばる。

犀箸 厭飫して  久しく未だ下さず,鸞刀 縷切 空しく紛綸たり。

黄門 鞚を飛ばして  塵を動かさず,御廚 絡繹として 八珍を送る。

簫管 哀吟して 鬼神をも感ぜしめ,賓從 雜遝して  要津に實つ。

後れ來きたる 鞍馬は  何ぞ 逡巡する,軒に當たりて 馬より下りて 錦茵に入る。

楊花 雪のごとく落ちて  白蘋を覆ひ,靑鳥 飛び去りて 紅巾を銜む。

手を炙ば 熱す可べし  勢は絶倫なり,慎みて 近前する莫れ  丞相 嗔らん。

 

 

 

 

 

 

楊柳枝 八首

 

 

 

 

 

 

楊柳枝 八首其一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。)

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (その一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首其二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 その二)

金縷 毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。

晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

 

楊柳枝 八首其三
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
(楊柳枝 八首の三)
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。

 

楊柳枝  八首其四
(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。
あの人が行っている関所塞の春の三ケ月はこちらとは違って今なおはるはこなくてもの寂しい。たとえ、垂れ柳が葉が芽吹いてきて風に揺られても私にとっては、春の喜びを感じることはできない。

楊柳枝 (其の四)
錦を織るは機邊 鶯語【おうご】頻【ひん】なり,梭【さ】を停めて淚を垂す 征人を憶う。
塞門 三月 猶お蕭索し,縱【たと】い楊が垂れようとも 未だ春をえ覺ざる有り。

 

 

楊柳枝 八首八首其五
(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
臘梅がこちらの枝に二つづついっぱいに、あっちに二つづつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。。
春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

(楊柳枝八首その五)

兩に兩して黃鸝【こうり】の色 色に似る,裊枝【じょうし】啼露して芳音を動かす。
春來たれば幸にして自ら長く線の如し,惜む可くは牽纏【けんてん】蕩子の心。

楊柳枝005


 花間集 0134 溫庭筠 楊柳枝八首其五 

『楊柳枝』  八首其五 現代語訳と訳註
(
本文) 

楊柳枝 八首其五
兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。


(下し文)
兩に兩して黃鸝【こうり】の色 色に似る,裊枝【じょうし】啼露して芳音を動かす。
春來たれば幸にして自ら長く線の如し,惜む可くは牽纏【けんてん】蕩子の心


(現代語訳)
(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

臘梅がこちらの枝に二つずついっぱいに、あっちに二つずつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

楊貴妃清華池002


(訳注)
楊柳枝  八首其五
51. 柳を詠う。連作八首のうち第五首。(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

【解説】

この詩も、後宮の妃嬪を宴席や、歌会、サロンのような場所で、想像を広げて差しさわりのない範囲で艶詞を詠ったもので、柳だから単純に別れというのではなく、柳腰、女性であれば細身の女の古詩の動きを言い、男性の表現であれば、相撲などの粘り腰を言い、性交渉を連想させるものである。

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句二平韻で、7の詞形をとる。

兩兩黃鸝色似色 裊枝啼露動芳
春來幸自長如線 可惜牽纏蕩子

 
 

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
臘梅がこちらの枝に二つずついっぱいに、あっちに二つずつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。。
52. 兩兩黃鸝色似色 両々は枝に蝋梅が二つ並んで黄色の花をつけてさいている。それが高麗鶯が枝にツガイで泊まっているように見える。そこに、何処とはなく鶯の啼き声が聞えてくるという意味であり、妃嬪という立場から、ほとんど一人で過ごしていることを感じさせる語句の使い方である。

53. 裊枝 風にそよぐ枝。1 風がそよそよと吹くさま。   長くしなやかなさま。小枝の揺れとツガイの花というシチュエーション。
54.
 啼露 1 涙を流して泣く。「啼泣」2 鳥や獣などが鳴く。杜鵑が啼いて血を吐くように愛するお方を呼び続けた様に一人で居る鶯は涙を流して呼びかけ啼いていることを意味している。その上、朝露が鶯の動きで落ちるのが見えるということ。


春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

55. 牽纏 絡み合う、関係する、影響する。しがらみ。くされえん。寵愛を受けたいと思うことしか許されないことをいう。
56.
 蕩子 若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで放蕩児ではないかといういみ。「蕩児(とうじ)」に同じ。正業を忘れて、酒色にふける者。放蕩むすこ。遊蕩児。

白居易『放言五首 其二』
世途倚伏都無定,塵網牽纏卒未休。

禍福回還車轉轂,榮枯反覆手藏鉤。

龜靈未免刳腸患,馬失應無折足憂。

不信君看弈棊者,輸贏須待局終頭。

世途(せいと)の倚伏 すべて定まるなく、塵網(じんもう)のけんてん ついに未だやまず。
禍福はめぐりて 車 轂(こく)を転じ、栄枯は蔵鉤のごとく反復す。
亀は霊なるも 未だ腸を刳(え)ぐらる患(うれ)いを免れず、馬は失して まさに足を折る憂い無かるべし。
信ぜずんば 君看よ 奕棋(えきき)の者、輸贏(しゅえい) すべからく待つべし。

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