FC2ブログ

Welcome to my blog

花間集 巻六・七 顧敻 五十五首 

花間集 訳注解説 (366)回目顧敻巻七25荷葉杯九首其四》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10040

0
 366)回目顧巻七25荷葉杯九首其四》

 

201824

の紀頌之"6"つの校注Blog

留別廣陵諸公 #3

酬裴十六功曹巡府西驛塗中見寄#4

【字解集】暫往白帝復還東屯 ほか6

荷葉杯九首其四

#3 雜詩三首其二 擣衣

江陵愁望寄子安

李白詩

韓愈詩

杜甫詩

花間集

玉臺新詠

古代史女性論

 

 

201824

の紀頌之”6”つの校注Blog

10年のBLOGの集大成

   李白総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

747-07#3巻174-12留別廣陵諸公(卷十五(一)九一七)漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog10030

LiveDoo

rBlog

746-【字解集】21.魯東門觀刈蒲 22.魯郡堯祠送五之琅琊 23.魯郡堯祠送張十四遊西北Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集Blog9884

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

10年のBLOGの集大成

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

807年-04元和二年40歳0《酬裴十六功曹巡府西驛塗中見寄#4》〔〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10030

LiveDoo

rBlog

806年-集23- 韓昌黎集【字解集】送許郢州序 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9491

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-集―28【字解集】暫往白帝復還東屯 茅屋檢校收稻二首 刈稻了詠懷 季秋蘇五弟纓江樓夜宴崔十三評事韋少府姪三首 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9962

LiveDoo

rBlog

767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767 【字解集】152.課小豎鉏斫舍北果,林枝蔓荒穢淨,訖移床,三首 155.反照 157.向夕 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9645

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (366)回目顧巻七25荷葉杯九首其四》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10040 (02/04)

  fc2

Blog

花間集 訳注解説 (313)回目和凝【字解集】11柳枝三首  12.漁父一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9639 (12/07)

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

巻三-33-#3 雜詩三首其二擣衣〔謝恵連〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10048

LiveDoo

rBlog

巻三 【字解集】 19.合歡詩五首 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9739

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

Ⅵ唐代女性論         ninjaブログ

九、043卷804_40 《江陵愁望寄子安》 魚玄機 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ10021

 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)

漢詩総合サイト 07ch

杜甫全詩案内

韓愈全詩案内

李白全集

李白詩のサイト

古詩源

花間集案内

漢詩・唐詩・宋詩研究

http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/

花間集 訳注解説 (366)回目顧巻七25荷葉杯九首其四》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10040

(成人してすぐに後宮に入ったが、それがどんなことをいわれても寵愛を受けることに喜びを感じるようになり、逢瀬を過ごすことから離れることできないという女のこころを詠う。)

私の為に書いてくれた詩は、あの時のこと、そして、互にみつめあってから、互いの肝と肝を戦わせた。

髪をかき乱し、肢体を柔らかにして許したし、汗まみれになって疲れ果て、もう言葉にすることもできないほどになったし、もう、頭を持ち上げることもできない。

それは、愧ることか、恥でもいい、あれは、恥ることなのか、恥でもいい。

 

 

 

花間集 全詩 訳注解説

荷葉杯九首      顧夐

 

 

《巻七22 荷葉杯九首其一》 

春盡小庭花落,寂寞。凭檻斂雙眉,忍教成病憶佳期。知摩知?知摩知?

《巻七23 荷葉杯九首其二》 

歌發誰家筵上,寥亮。別恨正悠悠,蘭釭背帳月當樓。愁摩愁,愁摩愁。

《巻七24 荷葉杯九首其三》 

弱柳好花盡拆,晴陌。陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。狂摩狂,狂摩狂。

《巻七25 荷葉杯九首其四》 

記得那時相見,膽戰。鬢亂四肢柔,泥人無語不擡頭。羞摩羞,羞摩羞。

《巻七26 荷葉杯九首其五》 

夜久歌聲怨咽,殘月。菊冷露微微,看看濕透縷金衣。歸摩歸,歸摩歸。

《巻七27 荷葉杯九首其六》 

我憶君詩最苦,知否。字字盡關心,紅牋寫寄表情深。吟摩吟,吟摩吟。

《巻七28 荷葉杯九首其七》 

金鴨香濃鴛被,枕膩。小髻簇花鈿,腰如細柳臉如蓮。憐摩憐,憐摩憐。

《巻七29 荷葉杯九首其八》 

曲砌蝶飛煙暖,春半。花發柳垂條,花如雙臉柳如腰。嬌摩嬌,嬌摩嬌。

《巻七30 荷葉杯九首其九》 

一去又乖期信,春盡。滿院長莓苔,手挼裙帶獨徘徊。來摩來,來摩來。

 

 

 

顧敻 《荷葉杯九首 其四》

 

 

訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10040

 

 

 

4.

荷葉杯九首其一

(春には逢えると約束していたのに、花が散り落ちるように寵愛を失えばもう戻ることはない。しかし、自分の立場は認識したし、病気になっても耐えるしかないと諦める女、妃嬪を詠う)

春盡小庭花落,寂寞。

春が今終ろうとしている寝殿奥の庭の花は散りおちてしまった、ひっそりとした寂しさが漂う。花が落ちることは、寵愛を失うことは、もう元に戻らない。

凭檻斂雙眉,忍教成病憶佳期。

手摺にもたれかかり二つの眉をひそめている。こうして堪えることを教えられ、病気になろうともただあのお方との逢瀬の約束の日を楽しみに思うだけなのだ。

知摩知?知摩知?

現実を知り、此れを本当に知ったということなのか。此れでわかったということなのか本当にわかったのか。

(荷葉杯九首 其の一)

春盡く 小庭の花落つ,寂寞たり。

檻に凭【もた】れ 雙眉に斂じ,教を忍び 病を成し 佳期を憶う。

知らんや知らん?知らんや知らん?

 

荷葉杯九首其二

(いつかは寵愛を失うと覚悟はしていたが、妃嬪は愁うことしかできないと詠う)

歌發誰家筵上,寥亮。

歌う声が聞こえてくる、どこの御殿の宴筵席で歌を謡っているのか。澄んだ音色で響き渡ってくる。

別恨正悠悠,蘭釭背帳月當樓。

はっきりとお別れをしたわけではないが寵愛を失なえば恨んでばかり、まさにこころがはるか遠くに行ってしまった。御殿の閨には蘭型の燈火がともる、しかし、とばりを背にすわる、名月がこの高楼を照らす。

愁摩愁,愁摩愁。

思いが募れば愁えが増し、忘れようと思っても、やっぱり愁えているのか。また、愁えている、やっぱり愁えるのか。

(荷葉杯九首 其の二)

歌發すは 誰が家の筵の上に,寥亮。

別恨み 正に悠悠たり,蘭釭 帳を背にし 當樓に月る。

愁うや愁う,愁えんや愁う。

 

荷葉杯九首 其三

(春の行楽に美しい女たちが選ばれ、その家のボタンを自慢にして、庭先で酒宴が開かれる、都の貴公子に惚れてしまうと詠う)

弱柳好花盡拆,晴陌。

若い柳の細腰の女も選ばれ、艶やかな素敵なぼたんの花の様な女も選ばれるが、尽くした挙句、心は折られる。都大路は晴れやか。

陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。

都大路の貴公子の檀郎、体全身に蘭麝香の香り漂い、その香に女たちは心打たれてしまう。

狂摩狂,狂摩狂。

愛して狂っちゃいそうになるのではないか、もう狂ってしまった。もう狂ってしまったのではないか、キットどうにかなってしまった。

(荷葉杯九首 其の三)

弱【わか】い柳 好き花 拆り盡し,晴れたる陌。

陌上 少年の郎,滿身 蘭麝 人 香に撲【なげう】つ。

狂わんや狂わん,狂わんや狂わん。

 

荷葉杯九首其四

記得那時相見,膽戰。

鬢亂四肢柔,泥人無語不擡頭。

羞摩羞,羞摩羞。

(成人してすぐに後宮に入ったが、それがどんなことをいわれても寵愛を受けることに喜びを感じるようになり、逢瀬を過ごすことから離れることできないという女のこころを詠う。)

私の為に書いてくれた詩は、あの時のこと、そして、互にみつめあってから、互いの肝と肝を戦わせた。

髪をかき乱し、肢体を柔らかにして許したし、汗まみれになって疲れ果て、もう言葉にすることもできないほどになったし、もう、頭を持ち上げることもできない。

それは、愧ることか、恥でもいい、あれは、恥ることなのか、恥でもいい。

(其の四)

記 那の時 相い見るを得ん,膽戰。

鬢亂れるも 四肢柔らかなり,泥人となりて 語る無く 擡頭せざる。

羞らんや羞り,羞らんや羞る。

 

楊貴妃清華池002
 

『荷葉杯九首 其四』 現代語訳と訳註

(本文)

荷葉杯九首其四

記得那時相見,膽戰。

鬢亂四肢柔,泥人無語不擡頭。

羞摩羞,羞摩羞。

 

 

(下し文)

(荷葉杯九首其の四)

記 那の時 相い見るを得ん,膽戰。

鬢亂れるも 四肢柔らかなり,泥人となりて 語る無く 擡頭せざる。

羞らんや羞り,羞らんや羞る。

 

 

(現代語訳)

(成人してすぐに後宮に入ったが、それがどんなことをいわれても寵愛を受けることに喜びを感じるようになり、逢瀬を過ごすことから離れることできないという女のこころを詠う。)

私の為に書いてくれた詩は、あの時のこと、そして、互にみつめあってから、互いの肝と肝を戦わせた。

髪をかき乱し、肢体を柔らかにして許したし、汗まみれになって疲れ果て、もう言葉にすることもできないほどになったし、もう、頭を持ち上げることもできない。

それは、愧ることか、恥でもいい、あれは、恥ることなのか、恥でもいい。

 

(訳注)

荷葉杯九首其四

1. (成人してすぐに後宮に入ったが、それがどんなことをいわれても寵愛を受けることに喜びを感じるようになり、逢瀬を過ごすことから離れることできないという女のこころを詠う。)

2. 唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。

 

<后妃と宮人>

十数歳に達した「良家の子女」は、この種の選抜をへて多数宮廷に入ったのであるが、彼女たちの中のほんの少しの者だけが幸運を得て妃嬢に列し、大多数の者は名もなき宮女のままで生涯を終えたのである。このように良家の子女を選抜するのが、宮廷女性の主要な来源であり、宮廷女性の中で少なからざる比率を占めていた。陳鴻は『長恨歌伝』のなかで、玄宗の時代、宮中の「良家の子は、千を以て数える」といい、辞調も『劉無双伝』の中で「後宮に選抜された宮嬢の多くは衣冠(公卿大夫)の家の子女である」と書いている。しかしながら、良家の子女の才智徳行あるものを厳格に選択するというのは、主に皇太子、諸王の妃を決める時だけであった。事実、歴代の皇帝は宮女を選別するのに、決してこれほど厳格な規定を持ってはいなかった。皇帝たちは名門の令嬢でも、貧しい家の娘でも、はては娼妓、俳優などの賎しい女たちであろうとも、ただ容姿、技芸が衆に抜きんでていれば、一様に選んで宮廷に入れたのであった。玄宗は、かつて「花鳥使」なる役人を四方に派遣して密かに美人をさがさせたが、家柄や才能、徳行などは必ずしも問題にしなかったようである。その他、唐の宮中には教坊などの役所があり、皇族の耳目を楽しませる多数の宮妓を専門に養成していた。この教坊もしばしば民間で女性を選抜した。たとえば憲宗の時、教坊は「密旨だとして良家の子女、及び衣冠の族の別宅の妓人を取り上げた」(『旧唐書』李緯伝)。宮妓を選抜するにはただ容姿、技芸を見るだけであったから、良家の出か、才智徳行がどうかは問題にしなかった。

古来、自分の青春と自由を、移り気で定かならぬ皇帝の寵愛ごときと取り換えようなどと思う女性はいくらもいなかったし、また自分の娘を世間から隔絶したそんな所に送ろうとする父母もほとんどいるわけはなかった。それで、ひとたび官女を選抜するという話があれば、朝野、貴職を問わず人々はみな恐怖におののいた。そのため、玄宗、文宗の両皇帝は官女の選抜をやめざるを得なかった。

 

3. 『花間集』には顧夐の作が九首収められている。単調二十六字、六句二仄韻、四平韻、❷⑤⑦③③の詞形をとる。

荷葉杯九首其一

春盡小庭花,寂

凭檻斂雙,忍教成病憶佳

知摩?知摩

○●●○○●  ●●

△●●○○  ●△○●●○○

○△○ ○△○

荷葉杯九首 其二

歌發誰家筵,寥

別恨正悠,蘭釭背帳月當

愁摩,愁摩

○●○○○●  △●

●●△○○  ○○●●●△○

○△○  ○△○

荷葉杯九首 其三

弱柳好花盡,晴

陌上少年,滿身蘭麝撲人

狂摩,狂摩

●●●○●●  ○●

●●●○○  ●○○●●○○

△△△  △△△

荷葉杯九首其四

記得那時相,膽

鬢亂四肢,泥人無語不擡

羞摩,羞摩

●●△○△●  ●●

●●●○○  △○○●△○○

○△○  ○△○

溫庭筠

《巻二14 荷葉盃三首其一》 一點露珠凝冷,波影。滿池塘。綠莖紅豔兩相亂,腸斷。水風涼。

溫庭筠

《巻二15 荷葉盃三首其二》 鏡水夜來秋月,如雪。採蓮時。小娘紅粉對寒浪,惆悵。正思想。

溫庭筠

《巻二16 荷葉盃三首其三》 楚女欲歸南浦,朝雨。濕愁紅。小船搖漾入花裏,波起。隔西風。

韋莊

《巻二44 荷葉盃二首其一》 代佳人難得,傾國,花下見無期。一雙愁黛遠山眉,不忍更思惟。閑掩翠屏金鳳,殘夢,羅幕畫堂空。碧天無路信難通,惆悵舊房櫳。

韋莊

《巻二45 荷葉盃二首其二》 記得那年花下,深夜,初識謝娘時。水堂西面畫簾垂,攜手暗相期。惆悵曉鶯殘月,相別,從此隔音塵。如今俱是異人,相見更無因。

顧夐

《巻七22 荷葉杯九首其一》 春盡小庭花落,寂寞。凭檻斂雙眉,忍教成病憶佳期。知摩知?知摩知?

顧夐

《巻七23 荷葉杯九首其二》 歌發誰家筵上,寥亮。別恨正悠悠,蘭釭背帳月當樓。愁摩愁,愁摩愁。

顧夐

《巻七24 荷葉杯九首其三》 弱柳好花盡拆,晴陌。陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。狂摩狂,狂摩狂。

顧夐

《巻七25 荷葉杯九首其四》 記得那時相見,膽戰。鬢亂四肢柔,泥人無語不擡頭。羞摩羞,羞摩羞。

顧夐

《巻七26 荷葉杯九首其五》 夜久歌聲怨咽,殘月。菊冷露微微,看看濕透縷金衣。歸摩歸,歸摩歸。

顧夐

《巻七27 荷葉杯九首其六》 我憶君詩最苦,知否。字字盡關心,紅牋寫寄表情深。吟摩吟,吟摩吟。

顧夐

《巻七28 荷葉杯九首其七》 金鴨香濃鴛被,枕膩。小髻簇花鈿,腰如細柳臉如蓮。憐摩憐,憐摩憐。

顧夐

《巻七29 荷葉杯九首其八》 曲砌蝶飛煙暖,春半。花發柳垂條,花如雙臉柳如腰。嬌摩嬌,嬌摩嬌。

顧夐

《巻七30 荷葉杯九首其九》 一去又乖期信,春盡。滿院長莓苔,手挼裙帶獨徘徊。來摩來,來摩來。

 

 

記得 那時 相見,膽戰。

私の為に書いてくれた詩は、あの時のこと、そして、互にみつめあってから、互いの肝と肝を戦わせた。

4. ・那時 そのときその時点その時。

5. ・膽 内臓器官の名。六腑の一。「胆汁・胆石・胆嚢(たんのう)/臥薪嘗胆(がしんしょうたん)どっしりと落ち着いた精神力。きもったま。

 

鬢亂 四肢柔,泥人 無語 不擡頭。

髪をかき乱し、肢体を柔らかにして許したし、汗まみれになって疲れ果て、もう言葉にすることもできないほどになったし、もう、頭を持ち上げることもできない。

6. ・擡頭 ・台頭・抬頭【たいとう】 頭を持ち上げること。あるものの勢力が伸び,進出すること。 「新興勢力が-する」上奏文などの中で,高貴の人に関した語を書く時,敬意を示すため行を改め,ほかよりも高く書くこと。

 

羞摩羞,羞摩羞。

それは、愧じることか、恥でもいい、あれは、恥ることなのか、恥でもいい。

 

 

 

音楽と歌舞 4分割(3

 

彼女たちの生活も比較的自由で、彼女たちに対する宮中の束縛も、それほど厳格ではなかった。年をとり容色が衰えると、宮中から出て家に帰りたいと申し出ることが許されており、宮人のように必ずしも深宮の中で朽ち果てねばならないというわけではなかった。『教坊記』に記されている竿木妓の范漢女大娘子、許渾の「簫煉師に贈る」という詩に出てくる内妓の簫煉師、また『楽府雑録』に記されている宣徽院(宮中の一役所)の門弟楊氏などは、みな年老いて後、宮中から退出した内人であった。張祜の「退宮の人」という詩に、「歌喉漸く退えで宮闈を出でんとし、泣いて伶官(宮中の楽官)に話せば 上 帰るを許す」とある。廖融の「退官妓」という詩に、「一旦色衰えて故里に帰るも、月明 猶お夢に梁州(曲名)を按く」とあるが、これらはいずれも内人が年老いて後、宮中から退いたことを述べているのである。宮妓が宮中から出た後の境遇は、おしなべてそれほど良いというわけでもなかったが、宮人に比べれば概して自由の身であった。以上によって、唐朝の宮廷は宮妓を芸人と見なして待遇し、宮人のような賎民身分とは区別していたこと、宮妓たちの待遇はまだ比較的良かったことが分かる。

スポンサーサイト



0 Comments

There are no comments yet.

Leave a reply