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花間集 巻六・七 顧敻 五十五首 

花間集 訳注解説 (364)回目顧敻巻七23荷葉杯九首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10026

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364)回目顧巻七23荷葉杯九首其二》

 

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荷葉杯九首其二

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

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Ⅲ 杜詩

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花間集 訳注解説 (
364)回目顧巻七23荷葉杯九首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10026

(いつかは寵愛を失うと覚悟はしていたが、妃嬪は愁うことしかできないと詠う)

歌う声が聞こえてくる、どこの御殿の宴筵席で歌を謡っているのか。澄んだ音色で響き渡ってくる。

はっきりとお別れをしたわけではないが寵愛を失なえば恨んでばかり、まさにこころがはるか遠くに行ってしまった。御殿の閨には蘭型の燈火がともる、しかし、とばりを背にすわる、名月がこの高楼を照らす。

思いが募れば愁えが増し、忘れようと思っても、やっぱり愁えているのか。また、愁えている、やっぱり愁えるのか。

 

 

 

 

花間集 全詩 訳注解説

荷葉杯九首      顧夐

 

 

《巻七22 荷葉杯九首其一》 

春盡小庭花落,寂寞。凭檻斂雙眉,忍教成病憶佳期。知摩知?知摩知?

《巻七23 荷葉杯九首其二》 

歌發誰家筵上,寥亮。別恨正悠悠,蘭釭背帳月當樓。愁摩愁,愁摩愁。

《巻七24 荷葉杯九首其三》 

弱柳好花盡拆,晴陌。陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。狂摩狂,狂摩狂。

《巻七25 荷葉杯九首其四》 

記得那時相見,膽戰。鬢亂四肢柔,泥人無語不擡頭。羞摩羞,羞摩羞。

《巻七26 荷葉杯九首其五》 

夜久歌聲怨咽,殘月。菊冷露微微,看看濕透縷金衣。歸摩歸,歸摩歸。

《巻七27 荷葉杯九首其六》 

我憶君詩最苦,知否。字字盡關心,紅牋寫寄表情深。吟摩吟,吟摩吟。

《巻七28 荷葉杯九首其七》 

金鴨香濃鴛被,枕膩。小髻簇花鈿,腰如細柳臉如蓮。憐摩憐,憐摩憐。

《巻七29 荷葉杯九首其八》 

曲砌蝶飛煙暖,春半。花發柳垂條,花如雙臉柳如腰。嬌摩嬌,嬌摩嬌。

《巻七30 荷葉杯九首其九》 

一去又乖期信,春盡。滿院長莓苔,手挼裙帶獨徘徊。來摩來,來摩來。

 

 

 

顧敻 《荷葉杯九首 其二》

 

 

訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10026

 

 

 

 

荷葉杯九首其一

(春には逢えると約束していたのに、花が散り落ちるように寵愛を失えばもう戻ることはない。しかし、自分の立場は認識したし、病気になっても耐えるしかないと諦める女、妃嬪を詠う)

春盡小庭花落,寂寞。

春が今終ろうとしている寝殿奥の庭の花は散りおちてしまった、ひっそりとした寂しさが漂う。花が落ちることは、寵愛を失うことは、もう元に戻らない。

凭檻斂雙眉,忍教成病憶佳期。

手摺にもたれかかり二つの眉をひそめている。こうして堪えることを教えられ、病気になろうともただあのお方との逢瀬の約束の日を楽しみに思うだけなのだ。

知摩知?知摩知?

現実を知り、此れを本当に知ったということなのか。此れでわかったということなのか本当にわかったのか。

(荷葉杯九首 其の一)

春盡く 小庭の花落つ,寂寞たり。

檻に凭【もた】れ 雙眉に斂じ,教を忍び 病を成し 佳期を憶う。

知らんや知らん?知らんや知らん?

 

荷葉杯九首其二

(いつかは寵愛を失うと覚悟はしていたが、妃嬪は愁うことしかできないと詠う)

歌發誰家筵上,寥亮。

歌う声が聞こえてくる、どこの御殿の宴筵席で歌を謡っているのか。澄んだ音色で響き渡ってくる。

別恨正悠悠,蘭釭背帳月當樓。

はっきりとお別れをしたわけではないが寵愛を失なえば恨んでばかり、まさにこころがはるか遠くに行ってしまった。御殿の閨には蘭型の燈火がともる、しかし、とばりを背にすわる、名月がこの高楼を照らす。

愁摩愁,愁摩愁。

思いが募れば愁えが増し、忘れようと思っても、やっぱり愁えているのか。また、愁えている、やっぱり愁えるのか。

(荷葉杯九首 其の二)

歌發すは 誰が家の筵の上に,寥亮。

別恨み 正に悠悠たり,蘭釭 帳を背にし 當樓に月る。

愁うや愁う,愁えんや愁う。

 


 

『荷葉杯九首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

荷葉杯九首 其二

歌發誰家筵上,寥亮。

別恨正悠悠,蘭釭背帳月當樓。

愁摩愁,愁摩愁。

 

(下し文)

(荷葉杯九首 其の二)

歌發すは 誰が家の筵の上に,寥亮。

別恨み 正に悠悠たり,蘭釭 帳を背にし 當樓に月る。

愁うや愁う,愁えんや愁う。

 

(現代語訳)

(いつかは寵愛を失うと覚悟はしていたが、妃嬪は愁うことしかできないと詠う)

歌う声が聞こえてくる、どこの御殿の宴筵席で歌を謡っているのか。澄んだ音色で響き渡ってくる。

はっきりとお別れをしたわけではないが寵愛を失なえば恨んでばかり、まさにこころがはるか遠くに行ってしまった。御殿の閨には蘭型の燈火がともる、しかし、とばりを背にすわる、名月がこの高楼を照らす。

思いが募れば愁えが増し、忘れようと思っても、やっぱり愁えているのか。また、愁えている、やっぱり愁えるのか。

 

(訳注)

荷葉杯九首其二

1.(いつかは寵愛を失うと覚悟はしていたが、妃嬪は愁うことしかできないと詠う)

2. 唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。

 

3. 『花間集』には顧夐の作が九首収められている。単調二十六字、六句二仄韻、四平韻、❷⑤⑦③③の詞形をとる。

荷葉杯九首其一

春盡小庭花,寂

凭檻斂雙,忍教成病憶佳

知摩?知摩

○●●○○●  ●●

△●●○○  ●△○●●○○

○△○ ○△○

荷葉杯九首 其二

歌發誰家筵,寥

別恨正悠,蘭釭背帳月當

愁摩,愁摩

○●○○○●  △●

●●△○○  ○○●●●△○

○△○  ○△○

溫庭筠

《巻二14 荷葉盃三首其一》 一點露珠凝冷,波影。滿池塘。綠莖紅豔兩相亂,腸斷。水風涼。

溫庭筠

《巻二15 荷葉盃三首其二》 鏡水夜來秋月,如雪。採蓮時。小娘紅粉對寒浪,惆悵。正思想。

溫庭筠

《巻二16 荷葉盃三首其三》 楚女欲歸南浦,朝雨。濕愁紅。小船搖漾入花裏,波起。隔西風。

韋莊

《巻二44 荷葉盃二首其一》 代佳人難得,傾國,花下見無期。一雙愁黛遠山眉,不忍更思惟。閑掩翠屏金鳳,殘夢,羅幕畫堂空。碧天無路信難通,惆悵舊房櫳。

韋莊

《巻二45 荷葉盃二首其二》 記得那年花下,深夜,初識謝娘時。水堂西面畫簾垂,攜手暗相期。惆悵曉鶯殘月,相別,從此隔音塵。如今俱是異人,相見更無因。

顧夐

《巻七22 荷葉杯九首其一》 春盡小庭花落,寂寞。凭檻斂雙眉,忍教成病憶佳期。知摩知?知摩知?

顧夐

《巻七23 荷葉杯九首其二》 歌發誰家筵上,寥亮。別恨正悠悠,蘭釭背帳月當樓。愁摩愁,愁摩愁。

顧夐

《巻七24 荷葉杯九首其三》 弱柳好花盡拆,晴陌。陌上少年郎,滿身蘭麝撲人香。狂摩狂,狂摩狂。

顧夐

《巻七25 荷葉杯九首其四》 記得那時相見,膽戰。鬢亂四肢柔,泥人無語不擡頭。羞摩羞,羞摩羞。

顧夐

《巻七26 荷葉杯九首其五》 夜久歌聲怨咽,殘月。菊冷露微微,看看濕透縷金衣。歸摩歸,歸摩歸。

顧夐

《巻七27 荷葉杯九首其六》 我憶君詩最苦,知否。字字盡關心,紅牋寫寄表情深。吟摩吟,吟摩吟。

顧夐

《巻七28 荷葉杯九首其七》 金鴨香濃鴛被,枕膩。小髻簇花鈿,腰如細柳臉如蓮。憐摩憐,憐摩憐。

顧夐

《巻七29 荷葉杯九首其八》 曲砌蝶飛煙暖,春半。花發柳垂條,花如雙臉柳如腰。嬌摩嬌,嬌摩嬌。

顧夐

《巻七30 荷葉杯九首其九》 一去又乖期信,春盡。滿院長莓苔,手挼裙帶獨徘徊。來摩來,來摩來。

 

歌發誰家筵上,寥亮。

歌う声が聞こえてくる、どこの御殿の宴筵席で歌を謡っているのか。澄んだ音色で響き渡ってくる。

4. ・寥亮 声や音が澄んだ音色で響き渡るさま。

永新と念奴は、共に盛唐時代の著名な宮廷歌手であった。永新の本名は許和子といい、もとは吉州永新(江西省永新県)の楽家(音楽を専業にしていた家)の娘であり、選ばれて宮廷に入った。彼女は歌が上手なばかりでなく、新しい歌を編み出すことができた。秋が深まり月が晴々と輝き、楼台、宮殿が静まりかえった時に、彼女がひと声歌えば、その声は長安の大通りに響き渡ったという。ある時、玄宗皇帝は勤政楼で大宴会を開き、数多くのアトラクションを催した。楼閣の下の観衆は数千数万に達し、その喧騒は凄まじかった。玄宗はいささか不機嫌になり、宴会を罷めて退席しょうとした。

この時、宦官の高力士が「永新を呼んで楼台上で一曲歌わせたら、きっと騒ぎは収まります」と提案した。そこで永新は髪をかき上げ袖をたくし上げ、楼台に出て歌った。歌声がひとたび響くと、はたして広場はしーんと静まり返り、あたかも誰一人いないかのようだった。彼女の歌は、「喜ぶ者がそれを聴くとますます元気づけられ、悲しい者がそれを聞くと断腸の思いに沈む」と評され、芸術的な影響力は絶大なものがあった(『楽府雑録』「歌」)。

 

別恨正悠悠,蘭釭背帳月當樓。

はっきりとお別れをしたわけではないが寵愛を失なえば恨んでばかり、まさにこころがはるか遠くに行ってしまった。御殿の閨には蘭型の燈火がともる、しかし、とばりを背にすわる、名月がこの高楼を照らす。

5. ・悠悠 はるかに遠いさま。限りなく続くさま。ゆったりと落ち着いたさま。

6. ・蘭釭 蘭の火灯し皿。

 

愁摩愁,愁摩愁。

思いが募れば愁えが増し、忘れようと思っても、やっぱり愁えているのか。また、愁えている、やっぱり愁えるのか。

7. ・摩 疑問をあらわす語で、~かしら。

 

 

音楽と歌舞 4分割(1

 

敬宗の時代、浙東(浙江省一帯)から朝廷に飛燕、軽風という二人の舞妓が献上されている。また文宗の時代、回紇に降嫁した太和公主が馬にまたがって弓をひく七人の娘を献上したこともあった(『杜陽雜編』巻中、『旧唐書』文宗紀下)。それ以外に、少数ではあるが、元々官女であった女性の中から選ばれ、訓練を受けて宮妓になったものもいた。宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属したり、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。先人の考証によると、玄宗の時代から太常寺にはもはや女妓はいなくなり、すべて教坊の所属になったという(任半塘『教坊記箋訂』中華書局、一九六二年)。

 

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。この後は、もうこれほどの盛況はなかったが、しかし教坊は依然として不断に宮妓を選抜して教坊に入れていた。憲宗の時代、教坊は皇帝の勅命だと称して「良家士人の娘及び衣冠(公卿大夫)の家の別邸の妓人を選び」内延に入れると宣言したので(『旧唐書』李緯伝)、人々は大いに恐れおののいた。そこで憲宗は、これは噂であると取り消さざるを得なかった。文宗の時代、教坊は一度に「霓裳羽衣」(開元、天宝時代に盛んに行われた楽曲)の舞いを踊る舞姫三百人を皇帝に献上したことがあった。

○梨園、宜春院 玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。 
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