花間集 訳注解説 巻一29 (37)回目温庭筠 《定西番三首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7784

温庭筠 《定西番三首其三》

 

 

 

 

2016127

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-018卷166_41 白雲歌送劉十六歸山(卷七(一)五二六)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7781

 

 

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少年行・白馬篇・白雲歌など【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7799

 

 

孟浩然

李白詩

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諸葛亮 出師表

 

 

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李白全詩

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-16-#4 巻二 17-#4答張徹【案:愈為四門博士時作。張徹,愈門下士,又愈之從子婿。】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7782

 

 

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806年-16-#14 巻二 17-#14巻二 答張徹  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7842

 

 

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・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

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index-9[815年~816年 49歳57

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

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757年-37 寄薛三郎中璩 -#4 杜詩詳注(卷一八(四)一六二○ -#4)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7783

 

 

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757年-40 寄薛三郎中璩 -#7 【字解集】 杜詩詳注(卷一八(四)一六二○)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7801

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

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花間集 訳注解説 巻一29 (37)回目温庭筠 《定西番三首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7784 (12/07)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

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玉-012-#1 古樂府詩六首其三 -#1隴西行〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7785

 

 

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花間集 訳注解説 巻一29 (37)回目温庭筠 《定西番三首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7784

(いまだ美しさが変わらない妃嬪が、寵愛を失い、後宮に住んで天子のおそばにいるけれど国境警備の妻よりもっとひどい状況にあると詠う。)

春の細雨が降りだし、やがて暁に啼く鶯の声もまばらになって来る、もう春も終わろうとする季節に変わっている。寵愛を失ったとはいえ妃嬪はいまだ玉のように輝いてうつくしい、引き締まった顔に柳の葉の眉が似合う、本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。お渡りがないとはいえ、毎夜仕度だけは整える、薄絹のとばりに、翡翠のすだれを季節が変わるので、今宵は、はじめて巻き上げてみた。そして鏡に向っているうるわしく愛しき人は一枝の花のようである。そんなに愛し合っていたのに今腸が裂ける思いでいるし、後宮の中にいて、近いはずなのに、北方国境の塞からの消息もとだえているとでもおもうことにするし、そして季節が秋に変われば雁は帰って來るけれど音信さえ稀になっている官僚の妻たちに比べれば、あのお方のおそばに住んでいられることで、毎夜仕度することで生きて行けるのである。

 

花間集 白梅

 

唐の女性観

生活と権勢 3

 

 公主たちは封戸からの収入あるいは国が支給する銭、絹によって生活した。その生活状況はどうであったか。

 玄宗の開元年間を例にして大雑杷な統計を出してみたい。祖庸調制の規定では、壮丁一人当り毎年租として粟二石、調として絹綾等二丈、綿三両を納付した。もし公主たちが一人当たり食実封千戸を給され、また戸ごとに三人の壮丁がいたとすれば、公主の収入は毎年粟米六千石、絹等六千丈、綿九千両ということになり、彼女たちが贅沢三昧の生活を送るに充分であった。この数字はおよそ各時期の公主たちの収入の中等以上の水準を表している。それ以前の中宗の時代、太平公主たちの収人は、この数字をはるかに越えていたようである。玄宗は公主たちの収人が多過ぎたので、彼女たちに「倹約を分からせ」ようとして、削減を行った。唐の後期になると国家財政は困窮し、公主たちの収人もおのずからかなり少なくなった。

 ここで述べたのはただ正規の収入だけであって、公主たちにはまた別途の収入源があった。その一つは皇帝の賞賜である。同昌公主が嫁に行く時、父紀宗は宮中の珍宝をことごとく嫁入道具として持たせてやった。こうした種類の収入は値うちの計りようがない。第二は詐取強奪である。公主たちは常に大荘園主であったから、多くが田園、礪確(水車、又は畜力にょる石臼)を経営したり、高利貸をやって利を謀ったり、あるいはあからさまに権勢を振って他人の財産を強奪したりした。太宗の時、大臣たちは公主が高利貸をやって十分の一もの高利を取っていることを非難したことがあった。また太平公主らの封戸に対する過分の搾取は、大臣たちに「刻剥、過苦きなり」といわれた(『旧唐書』高季輔伝)。強奪による収入はおそらく封戸の納める税収より多かったに違いない。この種の風潮があったため、「皇帝の賜金の外に、寵愛を侍んで私利を謀ることをしない」とか、「租税収人以外に人と利を争わない」(『全唐文』巻六三一、呂温「大唐故紀国大長分主墓詰銘」)といったことが公主たちの美徳になった。このような合法的収入や非合法の掠奪によって、公主たちの大部分は豪奢な

生活を送っていたのであった。

 唐代の公主のなかで、最も高貴を鼻にかけて鵜り高ぶり、最も横暴極まりないことを行った者として、太平公圭、安楽公主、長寧公圭の三人を数えることができゐ。太平公主は武則天の愛娘であることを侍み、また中宗、容宗を擁立した功績があったので、その権勢は天下を傾けるばかりか、富は帝王に等しく、また政治、経済の力も公主の中で最大のものとなった。彼女の所有する田園は京畿のいたるところにあり、階右(甘粛省蘭州、輦昌一帯)の牧場には一万頭に上る馬があり、家の中には珍奇な宝物が無数にあり、また美しい絹の衣裳を着た侍女が数百人もいた。彼女が権勢を失い死を賜った時、家産は没収されたが、その時発見された財宝は山のごとくであり、皇帝の内庫の宝物を越えていた。牧舎の羊、馬、土地からの利息収人などは数年間にわたって調査し国庫に収めたが、それでもなお尽きなかった。安楽、長寧の両公主は中宗と章后の娘であり、両親の寵愛を侍んでほしいままに土地、財宝を強奪し浪費の限りを尽した。安楽公主は人を派遺して珍しい鳥の羽や、獣の毛を集め「百鳥毛祐」(無数の羽毛で織ったスカート)をつくり、その一枚は一億銭にも値した。彼女は民田十九里四方を強奪して定昆池という池を掘り、石を積んで山となし、水を引いて谷川を造った。また珍しい石や宝石で飾り立て、天下第一の壮麓さを極め、そのありさまは宮廷の禁苑を越えていた。彼女はまた、一般民衆の家屋を取り壊して大規模な自分の役所を作り、そのため宮中の内庫の貯えを空にしてしまった。長寧公主は両京(西都長安、東都洛陽)で民田を占拠して邸宅を作った。東都にあったその一邸宅は都城一〇八坊中の一坊を占め、そのうえ三百畝の広さの池があった。長安にあった一邸宅は、二十億銭にも値した。彼女たちの夫も贅沢な生活をし、こともあろうに地面に油を浸みこませたポロの球場を作るほどだった(安楽公主の夫が影耶『新唐書』外戚41)0公主たちはまた一般民衆の子女を掠奪して奴婢こしたり、民を使役して大いに仏寺をつくったので、当時の大臣から皇帝に報告され、「人の力を燭にぺ人の財を費し、人の家を奪う」(『資治通鑑』巻二〇九、中宗景龍二年)と指弾された。

 

紅梅202

定西番 一
漢使昔年離別,攀弱柳,折寒梅,上高台。
千裏玉關春雪,雁來人不來。
羌笛一聲愁
,月徘徊。

定西番 二
海燕欲飛調羽,萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。
翠霞金縷,一枝春豔濃。
樓上月明三五,瑣窗中。

定西番 三
細雨曉
,人似玉,柳如眉,正相思。
羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
腸斷寒門消息,雁來稀。


定西番三首其一
漢使昔年離別,攀弱柳,折寒梅,上高台。
漢の武帝が使者まで出して西王母を待ったがいったん別れたら二度と会えなかったという。わたしは若々しく柳のようにしなやかに挙げて過ごしし、折楊柳の変わりに寒梅を折って旅の健康を祈り、高台に上って見送るのです。
千裏玉關春雪,雁來人不來。
遙か千里先の玉門関に春が訪れても雪が残るという、私の所には雁が来ても、あの人は来てくれない。
羌笛一聲愁,月徘徊。
羌笛が一声響いてくるとその憂えを含んだ響きに気持ちも絶え絶えになる、今日もまた月の輝く庭を徘徊するのです

(定西番三首其の一)
漢使 昔年の離別,弱【わか】い柳を攀ぐ,寒梅を折り,高台に上る。
千裏玉關の春雪,雁來るも 人來らず。
羌笛一聲して 愁
し,月に 徘徊す。


定西番三首其二
海燕欲飛調羽,萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。
海ツバメは翅を整えてとぼうとしている。勿忘草は緑の葉を茂らせている。杏の花は赤く咲いている。宮女の部屋の格子窓の向こうの簾越しに見えてたのしむ。
翠霞金縷,一枝春豔濃。
宮女の左右の鬢には翡翠の髪飾りに覆われ金の細糸で飾られている。
樓上月明三五,瑣窗中。
高楼の上に月影が照らし輝き花を愛でる人影が三々五々と歩いている。宮女は小さな窓から眺めている。

(定西番三首其の二)
海燕 羽を調【ととの】えて飛ばんと欲するも,萱草 【かんそう】綠なり,杏花は紅たり,簾櫳を隔てしなり。
【そうびん】翠霞の金縷,一枝春豔濃【えんのう】。
樓上 月明にして三五たり,瑣窗【そうそう】の中。

定西番三首其三
細雨曉鶯春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
春の細雨が降りだし、やがて暁に啼く鶯の声もまばらになって来る、もう春も終わろうとする季節に変わっている。寵愛を失ったとはいえ妃嬪はいまだ玉のように輝いてうつくしい、引き締まった顔に柳の葉の眉が似合う、本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。
羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
お渡りがないとはいえ、毎夜仕度だけは整える、薄絹のとばりに、翡翠のすだれを季節が変わるので、今宵は、はじめて巻き上げてみた。そして鏡に向っているうるわしく愛しき人は一枝の花のようである。
腸斷寒門消息,雁來稀
そんなに愛し合っていたのに今腸が裂ける思いでいるし、後宮の中にいて、近いはずなのに、北方国境の塞からの消息もとだえているとでもおもうことにするし、そして季節が秋に変われば雁は帰って來るけれど音信さえ稀になっている官僚の妻たちに比べれば、あのお方のおそばに住んでいられることで、毎夜仕度することで生きて行けるのである。
(定西番三首其の三)

細雨 曉鶯【ぎょうおう】春晚,人玉に似る,柳 眉の如し,正に相い思う。
羅幕【らばく】翠簾【すいれん】初めて卷き,鏡中 花一枝。
腸斷【ちょうだん】寒門 消息す,雁 稀に來る。

 

曲院風荷01


『定西番三首其三』 現代語訳と訳註
(
本文)

定西番 三
細雨曉鶯春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
腸斷寒門消息,雁來稀。


(下し文)
定西番 三
細雨 曉鶯【ぎょうおう】春晚,人玉に似る,柳 眉の如し,正に相い思う。
羅幕【らばく】翠簾【すいれん】初めて卷き,鏡中 花一枝。
腸斷【ちょうだん】寒門 消息す,雁 稀に來る。


(現代語訳)
(いまだ美しさが変わらない妃嬪が、寵愛を失い、後宮に住んで天子のおそばにいるけれど国境警備の妻よりもっとひどい状況にあると詠う。)

春の細雨が降りだし、やがて暁に啼く鶯の声もまばらになって来る、もう春も終わろうとする季節に変わっている。寵愛を失ったとはいえ妃嬪はいまだ玉のように輝いてうつくしい、引き締まった顔に柳の葉の眉が似合う、本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。
お渡りがないとはいえ、毎夜仕度だけは整える、薄絹のとばりに、翡翠のすだれを季節が変わるので、今宵は、はじめて巻き上げてみた。そして鏡に向っているうるわしく愛しき人は一枝の花のようである。
そんなに愛し合っていたのに今腸が裂ける思いでいるし、後宮の中にいて、近いはずなのに、北方国境の塞からの消息もとだえているとでもおもうことにするし、そして季節が秋に変われば雁は帰って來るけれど音信さえ稀になっている官僚の妻たちに比べれば、あのお方のおそばに住んでいられることで、毎夜仕度することで生きて行けるのである。
019


(訳注)
定西番三首其三

(いまだ美しさが変わらない妃嬪が、寵愛を失い、後宮に住んで天子のおそばにいるけれど国境警備の妻よりもっとひどい状況にあると詠う。)

15. 唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『定西番』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐教坊曲名。 雙調三十五字,前段四句一仄韻、兩平韻,後段四句兩仄韻、兩平韻.❻3③③/❻⑤❸③の詞形を取る。
細雨曉鶯春  人似玉 柳如  正相
羅幕翠簾初  鏡中花一
腸斷寒門消  雁來

     
  
  

教坊とは、唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。五弦・琵琶・箜篌・箏を学んだ。また、宜春院や教坊の見習いを「雑婦女」といった。


細雨曉鶯春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
春の細雨が降りだし、やがて暁に啼く鶯の声もまばらになって来る、もう春も終わろうとする季節に変わっている。寵愛を失ったとはいえ妃嬪はいまだ玉のように輝いてうつくしい、引き締まった顔に柳の葉の眉が似合う、本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。
16. 細雨曉鶯春晚 早春から晩春への季節の移り変わりを云う。曉鶯は春を告げる取り、春の感情、離れている男性を思い起こすこと、同時にそのことで寝付けず朝を迎えたということを含んでいる語であることを理解すること。
17.
 人似玉,柳如眉 人の美しさと感情と表現する。

18. 正相思 本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。


羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
お渡りがないとはいえ、毎夜仕度だけは整える、薄絹のとばりに、翡翠のすだれを季節が変わるので、今宵は、はじめて巻き上げてみた。そして鏡に向っているうるわしく愛しき人は一枝の花のようである。
19. 羅幕二句 春は過ぎてゆく、妃嬪はまた歳を重ねるが最高に美しいということ。


腸斷寒門消息,雁來稀。
そんなに愛し合っていたのに今腸が裂ける思いでいるし、後宮の中にいて、近いはずなのに、北方国境の塞からの消息もとだえているとでもおもうことにするし、そして季節が秋に変われば雁は帰って來るけれど音信さえ稀になっている官僚の妻たちに比べれば、あのお方のおそばに住んでいられることで、毎夜仕度することで生きて行けるのである。
20. 腸斷 男女の性交渉を意味する。
21.
 寒門 北方国境の関門、塞。寵愛を受けなくなった妃嬪たちは、その状態のことを辺塞詩的な表現を使って表現した。
22.
 消息 音信が来ないこと、何処にいるのかわからないこと。待つ身の女が、事実上棄てられたことを示す語である。
23.
 雁來稀 帰ってきてもほかの女の所に行っているというほどの意味である。

 

 

温庭筠 定西番三首 【字解集】
1. 定西番三首其一(はじめは、漢の武帝も使者を送って西王母を舞ったし、使命を帯びて、西域に赴いた張騫だって13年もかかってやっと帰ったから仕方がないと思っていたが、羌笛の声を聴くと兵役で送り出した妻と同じだと侘しい思いを詠う。)

 唐教坊曲名。 雙調三十五字,前段四句一仄韻、兩平韻,後段四句兩仄韻、兩平韻.
唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『定西番』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。
唐教坊曲名。 雙調三十五字,前段四句一仄韻、兩平韻,後段四句兩仄韻、兩平韻. ③③の詞形を取る。

漢使昔年離  攀弱柳

折寒  上高

千裏玉關春  雁來人不

羌笛一聲愁  月徘

●●●○△●  ○●●

△○○  ●○○

○●●○○●  ●△○△△

○●●○○●  ●○○

2.・漢使 青雀、仙界との通信を媒介するという鳥。この句は漢の武帝の故事をふまえる。六朝時代の小説「漢武故事」と「漢武帝内伝」の記事を折衷すると以下の如くである。漢の武帝が承華殿で禊をしていたところ、突然、青い鳥が西方から飛んで来た。武帝が侍従文人の東方朔に尋ねた所、仙女西王母の使者に相違ないとの答えだった。事実、間もなく聖母がやって来た。武帝は長命の術をたずね、西母は守るべき訓戒を与えた。三年後に再訪するという約束を得たので、その後、武帝は彼女を迎える楼閣は建てたが、訓戒の養生訓を守らなかったので、西王母は二度とやって来なかったという。なお「漢武帝内伝」では、使者は青衣の女子となっている。

3. 集霊台 漢の武帝が道教に執心し、西王母を迎える為に建てた宮殿の一つ。集霊宮中の通天台のこと。陝西省華山の北の山麓にあったという。

4.玉關 玉門関に出征している夫の悲痛なる気持ち。唐代の玉門関は漢代のそれより、約100km西方へ移動している。
李白『子夜呉歌其三 秋』「長安一片月、万戸擣衣声。秋風吹不尽、総是玉関情。何日平胡虜、良人罷遠征。」(長安 一片の月、万戸衣を擣つの声。秋風 吹いて尽きず、総て是れ玉関【ぎょくかん】の情。何【いず】れの日か胡虜【こりょ】を平らげ、良人 遠征を罷【や】めん。)

李白24 子夜呉歌其三 秋 と25 冬

5.羌笛 青海地方にいた西方異民族(チベツト系)の吹く笛。ここでは城郭の傍の参軍の角笛を聞くこと。
『清溪半夜聞笛』李白
羌笛梅花引、
溪隴水情。
寒山秋浦月、腸斷玉關聲。

李白70清溪半夜聞笛 71秋浦歌十七首 其二 72清溪行 73 宿清溪主人

 

定西番三首其二(寵愛を失った妃嬪が春景色を見て、万物に春の様相が見える、自分の身分もあるどんなことがあっても、身支度を整えておかなければと装う、それは仲秋の名月の時期になっても寵愛を受ける事は無く、西にかたむく明月を小窓にながめると詠う)

6.唐の時代、宮中に入る女性(妃嬪は126名、それに仕える宮女は数千名、さらにその下に召使などがいて数万人の女性がいた)は、どこから来たのか。またどのようにして宮廷に入ったのか。彼女たちはだいたい次の四種類に分けられる。

第一種は、礼をもって宮廷に迎え入れられる

唐の皇室は各種の政治的原因と西晋、東晋以来の門閥観念によって、名族と姻戚関係をもちたいと望んでいたから、彼女たちは特別厚い礼をもって宮中に招かれた。ごく少数であるが、徳と才能と容姿によって宮中にその名を知られ、特別に厚い礼をもって招かれた女性もいた。

第二種は、選抜されて宮廷に入る。

この種の女性は必ずしも高貴な家柄の出ではなかったが、しかし大多数は「良家」の出身、つまり一般の官僚あるいは士人の家の出であった。十数歳に達した「良家の子女」は、選抜をへて多数宮廷に入ったのであるが、彼女たちの中のほんの少しの者だけが幸運を得て妃嬢に列し、大多数の者は名もなき宮女のままで生涯を終えたのである。

第三種は、宮中に献上された女性である。この種の人々には様々なタイプがあったが、大半は美貌か技芸の才によって献上された女性であった。いくらかの朝臣は自分の出世のために妻や娘を宮中に入れることを常に願った。美貌の妻と娘を一緒に皇太子の宮中に献上し、高官になることができたものいた。

第四種は、罪人の家の女性で宮廷の婢にされたものである。これらの大多数は、官僚士大夫層の女性であった。唐律の規定では、「籍没」といって謀反および大逆罪を犯した官僚士大夫層の家族(母、娘、妻、妾、子孫を含む)と奴稗は、みな後宮に入れて官奴婦にすることになっていた。つまり「技芸に巧みな者は後宮に入れる」(『唐六典』巻六、刑部都官)と定めていた。そして、無能な者は司農寺(銭穀のことを司る官庁)等の官庁に配属して官奴稗とし、後宮に入れられた者の一部分は官女とした。

唐教坊曲名。 雙調三十五字,前段四句一仄韻、兩平韻,後段四句兩仄韻、兩平韻.③③❻⑤❸③の詞形を取る。
海燕欲飛調  萱草綠 杏花紅  隔簾
翠霞金  一枝春豔
樓上月明三  瑣窗

     
  
  
7.
 教坊とは、唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。五弦・琵琶・箜篌・箏を学んだ。また、宜春院や教坊の見習いを「雑婦女」といった。

8. 海燕 ミズナギドリ目ウミツバメ科の海鳥の総称。コシジロウミツバメ・ハイイロウミツバメなど。全長1425センチ。全体に黒褐色のものが多い。翼は長く、尾はツバメのように切れ込み、足指には水かきがある。繁殖期には小島に群集し、岩の裂け目や傾斜地に掘った穴に白い卵を1個産む。

9. 萱草 「忘れ草」と詠まれているのは、ユリ科の萱草。藪萱草(ヤブカンゾウ)・野萱草(ノカンゾウ)など幾種類かある。夏、百合に似た橙色の花を咲かせる。一重の野萱草や浜萱草は涼やかで、見入るうちに本当に憂いも忘れてしまいそうだ。若葉は美味で食され、根は生薬となる。歌に詠まれたのは花でなくもっぱら草葉である。
「忘憂草」すなわち「憂いを忘れさせる草」と呼ばれたのは、食用とされる若葉に栄養分が多かった故か、あるいは根から採った生薬の効用か。それはともかく、万葉人たちは身につければ恋しさを忘れさせてくれる草として歌に詠んでいる。紐に付けるとは、いわば魂に結びつける擬態だろう。

杏花 中国北部を原産とするバラ科サクラ属の落葉樹。曲江に杏園があり、科挙及第者との逢引の場所であった。杏は乙女、或は清廉な女性自身(局部、妖艶な場合は牡丹)を意味する言葉として使われることがある。
10.
 櫳 部屋の格子戸。

11. 金縷 細々と連なる金の糸筋。かぼそい腕は春のなまめかしさを色濃くしている。
12.
 豔 豔は艶。〔春秋左氏伝・文公十六年〕から「公子鮑、美にして豔なり」(美男で色男という意味)。艶・艷は 豔の俗字。

13. 月明三五 十五夜の月。仲秋の明月。この詩の場合深夜の高くあがった月をいう。

14. 瑣 小さい。細かい。取るに足りない。

 

15. 定西番三首其三(いまだ美しさが変わらない妃嬪が、寵愛を失い、後宮に住んで天子のおそばにいるけれど国境警備の妻よりもっとひどい状況にあると詠う。)

 唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『定西番』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐教坊曲名。 雙調三十五字,前段四句一仄韻、兩平韻,後段四句兩仄韻、兩平韻.❻3③③/❻⑤❸③の詞形を取る。
細雨曉鶯春  人似玉 柳如  正相
羅幕翠簾初  鏡中花一
腸斷寒門消  雁來

     
  
  

教坊とは、唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。五弦・琵琶・箜篌・箏を学んだ。また、宜春院や教坊の見習いを「雑婦女」といった。

16. 細雨曉鶯春晚 早春から晩春への季節の移り変わりを云う。曉鶯は春を告げる取り、春の感情、離れている男性を思い起こすこと、同時にそのことで寝付けず朝を迎えたということを含んでいる語であることを理解すること。
17.
 人似玉,柳如眉 人の美しさと感情と表現する。

18. 正相思 本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。

19. 羅幕二句 春は過ぎてゆく、妃嬪はまた歳を重ねるが最高に美しいということ。

20. 腸斷 男女の性交渉を意味する。
21.
 寒門 北方国境の関門、塞。寵愛を受けなくなった妃嬪たちは、その状態のことを辺塞詩的な表現を使って表現した。
22.
 消息 音信が来ないこと、何処にいるのかわからないこと。待つ身の女が、事実上棄てられたことを示す語である。

23. 雁來稀 帰ってきてもほかの女の所に行っているというほどの意味である。 
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