34)回目温庭筠 《歸國遙二首・酒泉子四首【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7766

 34)回目温庭筠 《歸國遙二首・酒泉子四首【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7766

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016124

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-016-#1卷164_5-#1 白馬篇(卷五(一)三五七)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7763

 

 

  LiveDoo

rBlog

少年行・白馬篇・白雲歌など【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7799

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

  総合案内

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-16-#1 巻二17-#1 答張徹  Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7764

 

 

  LiveDoo

rBlog

806年-16-#14 巻二 17-#14巻二 答張徹  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7842

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-030 寄薛三郎中璩 杜詩詳注 卷一八(四)一六二○ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7672 

 

 

  LiveDoo

rBlog

757年-40 寄薛三郎中璩 -#7 【字解集】 杜詩詳注(卷一八(四)一六二○)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7801

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

杜甫詩 全詩 総合案内 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

34)回目温庭筠 《歸國遙二首・酒泉子四首【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7766 (12/04)

 

 

  fc2

Blog

花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-011-#1 古樂府詩六首其二 -#1相逢狭路聞〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7767

 

 

  LiveDoo

rBlog

玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

 

 

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

 

 

 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)

漢詩総合サイト 07ch

 

 

杜甫全詩案内

韓愈全詩案内

李白全集

文選

古詩源

花間集案内

 

http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/

 

【字解集】 歸國遙二首・酒泉子四首

 

 

歸國遙二首其一

(古くからの地方の名門の娘で後宮に妃嬪として召され、長く寵愛されていて故郷の事も忘れるくらいの生活を過ごしている。)其の一

1. ・帰国遙 草調四十二字、前段二十字四句四灰韻、後段二十二四句四灰韻(詞譜四)。❷❼❻❺/❻❺❻❺の詞形をとる。愛され続けている女を詠う。

  翠鳳寶釵垂菉
鈿筐交勝金  越羅春水
畫堂照簾殘  夢餘更漏
謝娘無限心  曉屏山斷

○●  ●●●○○●●

△○○△○●  ●○○●●

●○●○○●  △○△●●

●○○●○●  ●△○●●

2. 【解説】  詩の全体から、紹興あたりの名門の娘が、天子の妃嬪に召され、貴賓と美貌に天子に寵愛を受けて最高の時であるということである。

前段は、これまで飲みに着けるものとは断然違う、最高級の者を身に着け、閨を飾る。

後段は、寵愛を受けている様子を述べたものである。

 

唐の時代、宮中に入る女性(妃嬪は126名、それに仕える宮女は数千名、さらにその下に召使などがいて数万人の女性がいた)は、どこから来たのか。またどのようにして宮廷に入ったのか。彼女たちはだいたい次の四種類に分けられる。

第一種は、礼をもって宮廷に迎え入れられる

唐の皇室は各種の政治的原因と西晋、東晋以来の門閥観念によって、名族と姻戚関係をもちたいと望んでいたから、彼女たちは特別厚い礼をもって宮中に招かれた。ごく少数であるが、徳と才能と容姿によって宮中にその名を知られ、特別に厚い礼をもって招かれた女性もいた。

第二種は、選抜されて宮廷に入る。

この種の女性は必ずしも高貴な家柄の出ではなかったが、しかし大多数は「良家」の出身、つまり一般の官僚あるいは士人の家の出であった。十数歳に達した「良家の子女」は、選抜をへて多数宮廷に入ったのであるが、彼女たちの中のほんの少しの者だけが幸運を得て妃嬢に列し、大多数の者は名もなき宮女のままで生涯を終えたのである。

第三種は、宮中に献上された女性である。この種の人々には様々なタイプがあったが、大半は美貌か技芸の才によって献上された女性であった。いくらかの朝臣は自分の出世のために妻や娘を宮中に入れることを常に願った。美貌の妻と娘を一緒に皇太子の宮中に献上し、高官になることができたものいた。

第四種は、罪人の家の女性で宮廷の婢にされたものである。これらの大多数は、官僚士大夫層の女性であった。唐律の規定では、「籍没」といって謀反および大逆罪を犯した官僚士大夫層の家族(母、娘、妻、妾、子孫を含む)と奴稗は、みな後宮に入れて官奴婦にすることになっていた。つまり「技芸に巧みな者は後宮に入れる」(『唐六典』巻六、刑部都官)と定めていた。そして、無能な者は司農寺(銭穀のことを司る官庁)等の官庁に配属して官奴稗とし、後宮に入れられた者の一部分は官女とした。

3.・香玉 匂い玉

4.・寶 大事なもの、有用なもの。

5.・菉簌 菉:草の名。こぶなぐさ。かりやす。イネ科の一年草。茎・葉を黄色の染料とする。簌簌とは。簌簌 susu[](1) 葉が落ちる音叶簌簌响木の葉がさらさらと音をたてる.(2) 涙がはらはら落ちる様子.

 

6.・鈿 かんざし。

7.・筐 目を細かく編んだ竹かご。堅間(かたま)。勝間(かつま)

8.・金粟 金粟花は「菊の花」の別の表現・

9.・越羅 越の国の羅(薄い絹織物)は蜀の錦とならぶ名品とされた。閨で着る。

 

10.・更漏促 夜の時間の長いのが早く感じることを言う。更漏は水時計。更漏長、更漏殘

11.・謝娘:「あの女性」の意。固有名詞ではあるが、詞では、若くて美しい女性を指す。乙女。マドンナ。 

12.・心曲 心に思うことのすべて。心の中の一部始終。《詩経、秦風・小戎》《蒹葭》《終南》「在其板屋、亂我心曲。」(其の板屋に在るは、我が心の曲を乱る)

13.・山 女性が横たわった姿を云う。

 

 

14.歸國遙二首其二

(寵愛されていて歸えるべき故郷が遠いというのか)其の二

前段、舞っている女の描写をズームアップしてその艶めかしさをうたい、後段ではその夜の閨を、そして夜明けを詠う。情事、性については全く触れてはいない。

【解説】

この詩における妃嬪は、良家の子女であったが、踊り、琴の上手い妓優として、選抜され後宮にはいり、妃嬪になった。愛され続けている華麗な容貌の女を詠う。この詩に、「舞衣」「颭豔」は揺れる様子、抱かれる様子をいうもので、全体的に妃嬪が寵愛されていることを述べているのである。

 

・帰国遙 草調四十二字、前段二十字四句四灰韻、後段二十二四句四灰韻(詞譜四)。❷❼❻❺/❻❺❻❺の詞形をとる。

  小鳳戰蓖金颭
舞衣無力風  藕絲秋色
錦帳繡幃斜  露珠清曉
粉心黃蘂花  黛眉山兩

○△  ●●●○○●●

●△○●△●  ●○○●●

●●●○○●  ●○○●●

●○○●○●  ●○○●●

 

15.・雙臉 静かに向かい合う二つの顔、両の頬。

16.・小鳳 小さくて細かい細工のきれいな鳳凰模様の簪からぶら下がった金細工の飾り物。

17.・蓖 目の細かい櫛。

18.・颭豔 愛し合い、抱かれて揺れる。櫛や、カンザシが細かく揺れ、その金細工が艶めかしく揺れ動く、そして、情事を連想させるものである。

19.・風斂 二人のおこしていた風がおさまる。性行為が終わったということを連想させる。

20.・藕絲 蓮根からとれる糸。そのよぅな細くて軽い繊維の衣服をいう。体の線がよく出て、妃嬪が閨に着るものである。

21.・秋色染 白いうす絹が踊りによってか、情交によってか肌に汗をかいて肌に密着し、衣の絹の色が枯れ葉の色に変わる。「藕絲」は男女の体液、精液の表現に使われる。

22.・錦帳繡幃斜掩 情事が終わった閨の描写。

23.・露珠清曉簟 そしてその時の目線は閨の簟越の外の景色を描写する。朝の光が簟の敷物にあたり、外ではおりている朝露に光が当たりかがやく。

24.・粉心黃蘂花靨 粉心黃蘂は額の中心に黄色い化粧をぬること(花鈿の一首)。花靨は可愛らしい女性のえくぼ。額に黄色の蕊を画き、着けえくぼを画くのが流行した。若く美しいことを表す。

25.・黛眉遠山綠 みどりの山は、晩春の山、遠い山の稜線は女の体であり、若く美しいことに加え、妖艶な体を表現する。

菩薩蠻十四首 十二

雨晴夜台玲日,萬枝香紅絲拂。

閑夢憶金堂,滿庭萱草長。

繡簾垂簌,眉黛遠山綠

春水渡溪橋,憑欄魂欲消。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠12《菩薩蠻十四首 其十二》溫庭筠66首巻一12-〈12〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5257

酒泉子四首其一 (一)
(高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

26.【解説】

溫庭筠と交際のあった魚玄機を想定される。他の客に接待することのない「買斷」をしてもらったものの、官僚の男とは男の所用で別れ、一年、一年と経ってゆく女の情を詠う。前段は、腰の結心帯は今も当時のままであるが、そこには流したはかりの涙の跡が付いている。また後段には、燕は梁の上で仲睦まじく番で語らい合っているというのに、この女はただ.人、春の空しく過ぎ去るのを見送るばかり、というこの時代の女性の姿を詠うものである。

・酒泉子 唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其一、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻二仄韻で、④❻3❸③/⑦❻3❸③の詞形をとる。
  羅帶惹香 
 猶系別時紅
  淚痕新 金縷舊 斷離

一雙嬌燕語雕梁 還是去年時

綠陰濃 芳草 柳花

○●●○ △●●○○●

●○○ ○●● ●△○

●○△△●○○ ○●●○○●

●○○ ○●● ●○△

27.この二句はふたりの別れの時の模様である
28.
紅豆 あずき。血の涙。小豆のような涙が数珠のように繋がる。

29.・淚痕新 断腸の思いの旅に、新たに涙がこぼれる。

30.・金縷舊 逢瀬の時に身に着けた、もらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままにしてある。

31.・断腸 男女のいとなみのなさからくる苦しみ、痛みを云う。
32
・嬌燕 燕の艶めかしくする姿は、当然他の男女のことを謂う。
33.
・雕梁 奥座敷の飾り彫りの梁をいうが、寝床から上を向いていることを意識させる語句である。

34.・この聯は時節、歳月の移り変わりを云う。

 

酒泉子四首其二
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

35. ・酒泉子 唐教坊曲名。雙調四十字、前段五句両平韻
両仄韻、後段五句三仄韻一平韻(詞譜三)。
唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺③❸③の詞形をとる。
花映柳
,閑嚮綠萍池
憑欄
,窺細,兩蕭

近來音信兩疏,洞房空寂
掩銀
,垂翠,度春

○●●○  ○●●○○●

○○●  ○●△ ●○○

●△○△●△● △○△●●

●○△ ○●●  ●○○

36・映 照り映える。ここでは、花の(紅い)色が緑の柳に映えていること。
37
・柳條 柳の枝。 ・條:長い枝。しなやかな女性の様子を云う。
38
・閑 ひま。ぶらぶらと。つれづれなるままに。ひまにまかせて。
39
・郷 ~に向かう。
40
・綠萍 綠色の浮き草。
41
・池上 池のほとり。

42・憑欄杆 欄干によりかかる。このしぐさは、人を待ったり、思索したりするときの表現。離宮の池端の景色と想定する。
43
・窺 うかがう。様子を見る。
44
・細浪 さざ波。
45
・蕭蕭 ものさびしいさま。

46・近來 ちかごろ。
47
・音信 文字やしるしによるおとずれ。手紙。たより。来訪。
48
・兩 来訪と手紙のどちらも。
49
・疏索 まれである。
50
・洞房 妓女などの小部屋をいう場合もあるが、「買斷」を受けた妓女のかこわれ部屋をいう場合が多いが、この詩の全体的な雰囲気は、離宮の閨であって、姥捨て山のようにその閨と池端、四阿の空間での生活であることをこの語で表現している。
51
・空寂寂 空寂。ひっそりとして寂しい。
52
・洞房空寂寂 奥深い妃嬪の部屋はひっそりとして寂しい。

53掩銀屏 銀の屏風でおおう。
54
・翠箔 翡翠の簾。緑色のカーテン。緑色のカーテンは女性の部屋をいう。
55
 過ごす。
56
度春宵 春のよいをすごす。

 

酒泉子四首其三
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもなく、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)


57.
 唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺③❸③の詞形をとる。
日映紗
,金鴨小屏山
春,煙,背蘭
宿妝惆悵倚高
,千裏雲影
草初
,花又,燕雙

  
   

 

   

58・紗窗 薄絹を張った窓。
李白『宮中行樂詞八首 其五』「繡
香風暖。 紗窗曙色新。 宮花爭笑日。 池草暗生春。 綠樹聞歌鳥。 青樓見舞人。 昭陽桃李月。羅綺自相親。」
59
・鴨 カモ科の鳥類のうち、雁(カリ)に比べて体が小さく、首があまり長くなく、冬羽(繁殖羽)では雄と雌で色彩が異なるものをいう。カルガモのようにほとんど差がないものもある。
小屏山 「山」の前に「小」が来る場合、女性が屏風の前に横に伏している寝姿をいう。この場合女性だけが一人で寝ている姿をいう。屏風に画かれた遠山に対して女性のシルエットは近き山ということ。男に捨てられた女性、帰らぬ夫を待つ女性の場合に使われる語である。

『菩薩蠻』 (一) 
小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。
懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。
照花前後鏡。花面交相映。
新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠1《菩薩蠻十四首 其一》溫庭筠66首巻一-〈1〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5202

60. 故 選抜されて宮廷に入ったものは、主に地方の名門の者が選ばれた。特に洛陽方面、徐州、蘇州、江南の名門の子女は小さいうちから登録されていて十五歳前後までに後宮に入った。ただ、宮女となると、必ずしも高貴な家柄の出ではなかったが、しかし大多数は「良家」の出身、つまり一般の官僚あるいは士人の家の出であった。唐朝の諸帝は、前後して何度となく民間の良家の娘を広く選抜して後宮に入れた。後宮や東宮(皇太子の宮殿)の女官に欠員が生じた場合は、みな良家の才智と徳行のある女性を当て、礼をもって招聴されるようにとされた。また罪人として宮廷に入れられた者や、もともと下賎の家の者はみな補充に当てないようお願いいたします」(『資治通鑑』巻一九五、太宗貞観十三年)と。唐の太宗はこの意見を入れ、すすんで「天子自ら良家の娘を選び、東宮の女官に当てた」 ことがあった(『資治通鑑』巻一九七、太宗貞観十七年)。

これ以後、唐の歴代の皇帝は、後宮や太子、諸王のために妃を選ぶ時にはひじょうに家柄を重んじ、常に良家の中から広く娘を選び、「龍子龍孫」(皇帝の子や孫)が下賎の家の女から生れないようにした。玄宗皇帝は、皇太子や諸王のために「百官の子女」、「九品官(一品官から九品官に至る官僚)の息女」を選んで宮中に入れた(『全唐文』巻三五、玄宗「皇太子諸王妃を選ぶ勅」、『新唐書』十二宗諸子伝)。文宗は皇太子の妃を選んだとき、百官に「十歳以上の嫡女(正妻の生んだ女子)、妹、姪、孫娘をすべて報告せよ」(『全唐文』巻七四、文宗「皇太子妃を選ぶ勅」)と命じた。荘格太子(文宗の子、名は李永)のために妃を決める時には、もっぱら「汝州(河南省臨安。洛陽の東南)、鄭州(河南省鄭州)一帯の高貴な身分の家の子女を対象に新婦を求めた」(王講『唐語林』巻四「企羨」)。十数歳に達した「良家の子女」は、この種の選抜をへて多数宮廷に入ったのであるが、彼女たちの中のほんの少しの者だけが幸運を得て妃嬢に列し、大多数の者は名もなき宮女のままで生涯を終えたのである。

61.・宿粧 寝化粧をし、床に就き、うとうととして、眠れぬままに朝になり、起きだした時の顔の状態をいう。宵越しの化粧で多くはいつ来るのかと待ちわびて憂愁のためにくずれているものをいう。
温庭筠『菩薩蠻 三』
蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。
相見牡丹時,暫來還別離。
金作股,上蝶雙舞。
心事竟誰知?月明花滿枝。
62.
・惆悵 歎き悲しむさま。恨んで嘆く。

63.・斉眉  《後漢の梁鴻の妻の孟光が食膳を捧げるとき、その高さを眉(まゆ)と斉(ひと)しくしたという「後漢書」梁鴻伝の故事から》妻が夫を深く尊敬して仕えること。

 

 

酒泉子 四首其四
(寵愛を一身に受けていてもやがて寵愛を失う。子が出来なければ、ただ、寵愛を受けていたころとおなじように、ただ待つことだけの生活となると詠う。)

64.【解説】

前段には、寵愛を一身に受けていれば、妃嬪は故郷の事も、帰ることも考える事は無かったほどの生活であった。やがて、杏の花も蜜もやがて稀なことになってゆく。

後段は、どんなに寵愛を失っても、寵愛を受けていたころと同じようにして待侍すること義務であり、生きることであるということをいい、いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思う、ということだけ考えて毎日を生きる。

唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺3❸③の詞形をとる。
楚女不  樓枕小河春
月孤明 風又起 杏花

斜簪雲鬟 裙上金縷

八行書 千裏 雁南

 
  

 

  

65. 楚女 ①宋玉「高唐賦」に言う愛し合う男女の女性をいう。②皇帝に対して変わることのない思いを寄せる女性。③広く南国の女性を指す。

66. 枕 拠る、臨む。

67. 小河春水 河は中原を中心に北部での川をいう、「小」は身の周り、ここでは閨、寝牀であり、春水は雪解け水の河の中心を嵩高くする様子、ここでは布団の中にいる様子をいう。

菩薩蠻 十三
竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲影。
山枕隱濃妝,綠檀金鳳凰。
兩蛾愁黛淺,故國
宮遠。
春恨正關情,畫樓殘點聲。

百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度と寵愛を受けることはなく、妃嬪が華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしている様子を詠う。

68. 杏花稀 杏の花があらかた散り、春も終わりに近いことを言う。・杏花 杏の花は春の花であり、秋に稀に咲くわけではなく男女関係をもとにした語と思われる。
菩薩蠻 十一
南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。
雨後卻斜陽,杏花零落香。
無言勻睡臉,枕上屏山掩。
時節欲黃昏,無聊獨倚門。

(百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無いと詠う)

69. 斜簪 挿した簪が斜めになる。

70. 雲鬟重 高く結い上げた美しい髪であるものが、少し潰れかける。

71. 金縷鳳 金糸で刺繍された鳳凰。

菩薩蠻 十四
水精簾裏頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。
江上柳如煙,雁飛殘月天。
藕絲秋色淺,人勝參差剪。
雙鬂隔香紅,玉頭上風。

(寵愛を失った妃嬪は水晶宮の離宮に移ったがこれまでと同じように閨の支度をして夜を待つ、二度と寵愛を受けることが無く夜も眠れぬ日がつづくが、それを続けなければ生きがいもなくなってしまうと詠う。)

72. 八行書 寵愛を受けていたころに贈られた行七字で八行の格調高い男性の楽府・律詩の短い手紙。ここでは尽くせぬ思いを八行、一行七字の手紙に凝縮して愛を書いたことを意味する。六朝より、高貴な人が書く詞詩をいう。平仄、韻を踏んで作るのは高度で、常時詩人の作られせることができる人物に書かせたということであろう。

73. 千裏夢 後宮という狭い空間なのに、それが千里の遠い、儚い夢となっていることをいう。この夢と初句の「楚女」を夢に見たことに基づいてこの詩が出来上がっている。楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。

74. 雁南飛 狩が南に飛び帰って行くけれど、妃嬪であるが故、南の楚の国に帰ることもできず見上げるだけなのであるという意味。雁は匈奴に捕らわれた漢の蘇武が、雁の脚に手紙を結わえて放った故事から、手紙を運ぶ使者を意味する。

菩薩蠻 十
滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
小園芳草綠,家住越溪曲。
楊柳色依依,燕歸君不歸。

(若耶渓の西施が見初められた出会いのように寵愛を受けたが、離宮に、避暑地に行くことは、別の妃嬪の所に行くことでお越しになることはないと覚悟して生きていくと詠う)

 

 

 

【余談】 

某、「花間集」の解釈について。

 

この時代に、女性がどこかに行くのは、大きく分けて①召される・仕える。②嫁ぐ場合。③売られる。であり、その女を待つ男がその心情を詩にかくことなどありえない。花間集というのは、蜀の高官のこれ以上ないという贅を凝らしたサロンで選定されたものであり、中国の古代の文学に貴族以外の題材をとらえるものはない。花間集について、間違った訳詩が多いのはこうした前提無視し、現代の発想で解釈しているものが多い。特に『花間集』東洋文庫812の解釈はひどい。【訳】 楚の女帰り来ず、春の小河に臨む高殿。明るく照らす一輪の月、またも風吹き、杏の花散り数も少なに。  結い上げし黒髪に斜めにささる玉の簪、鳳凰の金糸の繍のスカート模様。八行の玉梓に、遙か千里の夢乗せて、南指し雁は飛びゆく。

その解説に、 

「前段には、彼女が帰って来たならばともに春を楽しもうと思っていたのに、彼女の帰らぬうちに、早くも春は過ぎ去ろうとしているという思いが込められている。後段は、男の腋に焼き付いて離れぬ女の姿から詠い起こす。彼女のスカートに刺繍された鳳凰は、男女和合の象徴であり、男の女に対する思いを強調する。男は女への思いを、八行の文にしたため、はるか南を指して渡る雁に託さずにはいられぬ。雁は秋には北から南に渡り、春には南から北に渡る。ここで雁が南に飛ぶと言っているのは、前段の春から半年過ぎた今も、まだ彼女が帰って来ないことを示す。」

ここでいう「女」はなにものか。①後宮にに仕える女であれば、二十歳を過ぎれば帰る可能性はあるが、それまでの恋愛経験があれば、後宮にはいる事すらかなわない。②嫁いだ女を待つという詩ではない。③売られた女を待つ詩ではない。薛濤・魚玄機なのか、薛濤のように官妓で、一芸に秀でているのであれば、軍隊の前線慰問に出かけた女性が想定されるが、この詩では想定できない。民妓であった魚玄機なら溫庭筠との接点もあり、「八行書」の愛の詩も多く残しているが、魚玄機は、男に捨てられたのであり、この詩の男が溫庭筠であるけれど、合理性に欠けるので、やはり、この書の解釈はおかしいということになる。

スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment

テンプレートに関するご質問・不具合のご報告の際はご自身のブログアドレス記載必須です
ご質問の前に必ずお読みください ↓
FC2テンプレート ご利用時のお願い