花間集 訳注解説 巻一26 (33)回目温庭筠 《酒泉子四首其四》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7760

 温庭筠 《酒泉子四首其四》

 

 

 

2016123

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

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仕事と生活

 宮人は六局、二十四司に分属して管理され、各職務に任命された。彼女たちは出身、容姿、技芸の才能などによって、それぞれに適した任務と職掌が与えられていた。上級の宮人は大半が近侍となり、皇帝、后妃の日常生活や飲食等の世話に従事した。その他に皇帝が朝政に当たる時は側に侍り、内廷から皇帝の勅命を伝える任務にも当った。唐末の哀帝の時代になって、こうした任務ははじめて廃止され、宮人は内廷の門を自由に出ることが禁じられた。その他の下層の宮人は宮中のこまごまとした各種の雑事を分担した。たとえば、ある種の宮人はもっぱら宮中の門を見張っていたので「戸婢」とよばれた。また裁縫、織布、刺繍など、女腎特有の仕事を専門にする宮人は、皇帝后妃などの衣服を調達したり、また軍服をつくる仕事も兼ねた。また宮中の掃除や、庭園、灯火、倉庫など一切の管理事務を受けもつ者もいた。

 労働と近侍の他に、宮人のもう一つの役割は皇帝を楽しませることであった。中宗は宮女たちに宮中で市場を開いて晶物を売らせたり、また大臣たちに宮女たちと商売をさせ、その際わざと喧嘩の種をまいて自分と皇后を楽しませた。玄宗と楊責妃は歓楽のために数百人の宮妓、宦官を並べて「風流陣」(両陣に分れて競う遊戯の一っ)をつくらせ、錦で旗をつくって互いに戦わせて楽しんだ(『開元天宝遺事』巻下)。皇帝は名声と身分の高い后妃たちに対しては、常に一定の尊重の気持をもっていたが、宮女たちに対しては気の向くままに戯れたり、もて遊んだりすることができた。玄宗の時代、皇帝の寝所に侍ったお手付きの宮女は、皆腕に「風月常新」(男女の情愛は常に新しい、という意)の四文字を刻印され、そこに桂紅膏(赤色のクリーム)を塗られたので、水洗いしても色があせなかった。また穆宗は黒い絹布の上に白色の文字を書き、また白い絹布に黒色の文字を書き、合せて衣服をつくって「寵愛を受けた」宮女に下賜した。その衣服に書かれた文字はすべて見るに耐えない卑摂な言葉であり、人々はこれを「渾衣」(ざれごとを書いた衣)と呼んだ(馮贅『雲伯雑記』巻五、七)。これらは風流のようにも見えるが、実際は宮女を玩具にし、人格を踏みにじったことの明らかな証拠である。

 さらに不幸なのは、亡き皇帝の霊の弔いを命ぜられた「奉陵宮人」とか、「陵園妾」とか呼ばれる女性であった。唐朝の制度では「およそ皇帝の崩御にあたっては、子の無い宮女は悉く山陵に遣わし、朝な夕な、洗面用具を揃え、夜具を整えて、あたかも生者に仕えるように死者に仕えさせた」(『資治通鑑』巻二四九、宣宗大中十二年、胡三省注)。この他、各種の罪に対する罰として陵園(皇帝の御陵園地)に入れられた宮女もいた。いわゆる「潅に因りて罪を得 陵に配され来たりし」(白居易「陵園妾」)者であった。宣宗は即位すると、穆宗の宮人をすべて各地の陵園に押し込んでしまった。宣宗は穆宗を憎んでいたので、宮人たちも一緒に罰したのである。「山宮一たび閉ざされて開く日無く、未だ死せざれば此の身をして出でしめず」であり、「顔色は花の如く命は葉の如し」(白居易「陵園妾」)であったこれらの宮人は、半生を陰惨でもの寂しい陵墓に、自ら墓に入るその日までずっとお仕えしなければならなかった。

 

1-23 酒泉子四首其一
高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

羅帶惹香,猶系別時紅豆。
薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。
淚痕新,金縷舊,斷離腸。

そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。

(酒泉子四首其の一)
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。

 

1-24 酒泉子四首其二
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花映柳條,閑嚮綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
花は 柳條に 映じ,閑にして郷【むか】うは 綠萍【りょくびょう】池の上り。
欄干に憑【よ】り,細浪を窺【のぞ】けば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩 疏索にす,洞房 空しく寂寞たり。
銀屏を掩い,翠箔【すいはく】を垂して,春宵を度る。

 

1-25 酒泉子四首其三
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもない、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)

日映紗窗,金鴨小屏山碧。
日が西に傾きはじめると軒の影になっていたが、薄絹を張った妃嬪の部屋の窓に日差しが映えている。金の鴨の刺繍のうす絹を上かけ、妃嬪は寝牀に横たわり、そのそばに山の端の緑の稜線がえがかれて、連山を為している。
春,煙隔,背蘭釭。
十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、此処での生活も故郷の春霞に遠く隔てられているので、今になれば故郷も春がなつかしくてしかたがない。蘭の火灯を皿にともしたままに背を向けて春を過すのも馴れてきた。
宿妝惆悵倚高閣,千裏雲影薄。
寝化粧をしたままにつらく悲しんで高楼の手摺に寄りかかる。眺め遣る千里の先にある故郷につながる雲の影も薄くなる。
草初齊,花又落,燕雙雙。

春が来て行楽に出かけ、初めての「斉眉之礼」をしたけれども、それだけで、寵愛を受けることはない、時は過ぎまた花が落ちて、ツバメは梁の上でツガイ、飛び交うのもツガイである、こうして生きていくしかないのだ。

(酒泉子四首其の三)
日 紗窗に映し,金鴨 小屏 山の碧。
の春,煙の隔,蘭釭を背す。
宿妝 惆悵して高閣に倚るは,千裏 雲影薄し。

草 初めて齊し,花又落つるは,燕 雙雙たり。 

1-26 酒泉子四首其四
(寵愛を一身に受けていてもやがて寵愛を失う。子が出来なければ、ただ、寵愛を受けていたころとおなじように、ただ待つことだけの生活となると詠う。)

楚女不歸,樓枕小河春水。
愛しい美人の楚の国の妃嬪も寵愛をうけて帰郷のおもいはない、宮殿樓閣で枕する生活でも春の小川のくねり曲りを感じ、雪解けの水嵩が増えるような寝牀の毎日を過ごす。
月孤明,風又起,杏花稀。
それは中秋の明月だけがただ独り明るく照らし、北風もまた吹きすさぶときも寵愛を受け起きる。やがて、あんずの花も稀に咲くということになってゆく。

玉釵斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。
完全に寵愛を失って、かがやく宝飾に飾られた簪は斜めに傾き雲型の鬢の髪に重なって崩れかける、それでも、金の刺繍の鳳凰があるうす手の上着を掛けて夜に備えて待っている。
八行書,千裏夢,雁南飛。
いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。

花間温庭筠


 

『酒泉子』四首其四 現代語訳と訳註
(
本文)
 

酒泉子四首其四
楚女不歸,樓枕小河春水。
月孤明,風又起,杏花稀。
斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。
八行書,千裏夢,雁南飛。


(下し文)
(酒泉子四首其四)
楚女 歸らず,樓枕 小河の春水。
月 孤り明るくし,風又起きるは,杏花 稀れなり。
 斜簪 雲鬟 重り,裙上 金縷の鳳。
八行の書,千裏の夢,雁 南飛す。


(現代語訳)
(寵愛を一身に受けていてもやがて寵愛を失う。子が出来なければ、ただ、寵愛を受けていたころとおなじように、ただ待つことだけの生活となると詠う。)

愛しい美人の楚の国の妃嬪も寵愛をうけて帰郷のおもいはない、宮殿樓閣で枕する生活でも春の小川のくねり曲りを感じ、雪解けの水嵩が増えるような寝牀の毎日を過ごす。

それは中秋の明月だけがただ独り明るく照らし、北風もまた吹きすさぶときも寵愛を受け起きる。やがて、あんずの花も稀に咲くということになってゆく。

完全に寵愛を失って、かがやく宝飾に飾られた簪は斜めに傾き雲型の鬢の髪に重なって崩れかける、それでも、金の刺繍の鳳凰があるうす手の上着を掛けて夜に備えて待っている。
いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。
花間集

(訳注)

酒泉子 四首其四
(寵愛を一身に受けていてもやがて寵愛を失う。子が出来なければ、ただ、寵愛を受けていたころとおなじように、ただ待つことだけの生活となると詠う。)

64.【解説】

前段には、寵愛を一身に受けていれば、妃嬪は故郷の事も、帰ることも考える事は無かったほどの生活であった。やがて、杏の花も蜜もやがて稀なことになってゆく。

後段は、どんなに寵愛を失っても、寵愛を受けていたころと同じようにして待侍すること義務であり、生きることであるということをいい、いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思う、ということだけ考えて毎日を生きる。

唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺3❸③の詞形をとる。
楚女不  樓枕小河春
月孤明 風又起 杏花

斜簪雲鬟 裙上金縷

八行書 千裏 雁南

 
  

 

  

 

楚女不歸,樓枕小河春水。
愛しい美人の楚の国の妃嬪も寵愛をうけて帰郷のおもいはない、宮殿樓閣で枕する生活でも春の小川のくねり曲りを感じ、雪解けの水嵩が増えるような寝牀の毎日を過ごす。

65. 楚女 ①宋玉「高唐賦」に言う愛し合う男女の女性をいう。②皇帝に対して変わることのない思いを寄せる女性。③広く南国の女性を指す。

66. 枕 拠る、臨む。

67. 小河春水 河は中原を中心に北部での川をいう、「小」は身の周り、ここでは閨、寝牀であり、春水は雪解け水の河の中心を嵩高くする様子、ここでは布団の中にいる様子をいう。

菩薩蠻 十三
竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲影。
山枕隱濃妝,綠檀金鳳凰。
兩蛾愁黛淺,故國
宮遠。
春恨正關情,畫樓殘點聲。

百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度と寵愛を受けることはなく、妃嬪が華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしている様子を詠う。


月孤明,風又起,杏花稀。
それは中秋の明月だけがただ独り明るく照らし、北風もまた吹きすさぶときも寵愛を受け起きる。やがて、あんずの花も稀に咲くということになってゆく。
68. 杏花稀 杏の花があらかた散り、春も終わりに近いことを言う。・杏花 杏の花は春の花であり、秋に稀に咲くわけではなく男女関係をもとにした語と思われる。
菩薩蠻 十一
南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。
雨後卻斜陽,杏花零落香。
無言勻睡臉,枕上屏山掩。
時節欲黃昏,無聊獨倚門。

(百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無いと詠う)


玉釵斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。
完全に寵愛を失って、かがやく宝飾に飾られた簪は斜めに傾き雲型の鬢の髪に重なって崩れかける、それでも、金の刺繍の鳳凰があるうす手の上着を掛けて夜に備えて待っている。
69. 斜簪 挿した簪が斜めになる。

70. 雲鬟重 高く結い上げた美しい髪であるものが、少し潰れかける。

71. 金縷鳳 金糸で刺繍された鳳凰。

菩薩蠻 十四
水精簾裏頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。
江上柳如煙,雁飛殘月天。
藕絲秋色淺,人勝參差剪。
雙鬂隔香紅,玉頭上風。

(寵愛を失った妃嬪は水晶宮の離宮に移ったがこれまでと同じように閨の支度をして夜を待つ、二度と寵愛を受けることが無く夜も眠れぬ日がつづくが、それを続けなければ生きがいもなくなってしまうと詠う。)


八行書,千裏夢,雁南飛。
いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。
72. 八行書 寵愛を受けていたころに贈られた行七字で八行の格調高い男性の楽府・律詩の短い手紙。ここでは尽くせぬ思いを八行、一行七字の手紙に凝縮して愛を書いたことを意味する。六朝より、高貴な人が書く詞詩をいう。平仄、韻を踏んで作るのは高度で、常時詩人の作られせることができる人物に書かせたということであろう。

73. 千裏夢 後宮という狭い空間なのに、それが千里の遠い、儚い夢となっていることをいう。この夢と初句の「楚女」を夢に見たことに基づいてこの詩が出来上がっている。楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。

74. 雁南飛 狩が南に飛び帰って行くけれど、妃嬪であるが故、南の楚の国に帰ることもできず見上げるだけなのであるという意味。雁は匈奴に捕らわれた漢の蘇武が、雁の脚に手紙を結わえて放った故事から、手紙を運ぶ使者を意味する。

菩薩蠻 十
滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
小園芳草綠,家住越溪曲。
楊柳色依依,燕歸君不歸。

(若耶渓の西施が見初められた出会いのように寵愛を受けたが、離宮に、避暑地に行くことは、別の妃嬪の所に行くことでお越しになることはないと覚悟して生きていくと詠う)

 

 

 

【余談】 

某、「花間集」の解釈について。

 

この時代に、女性がどこかに行くのは、大きく分けて①召される・仕える。②嫁ぐ場合。③売られる。であり、その女を待つ男がその心情を詩にかくことなどありえない。花間集というのは、蜀の高官のこれ以上ないという贅を凝らしたサロンで選定されたものであり、中国の古代の文学に貴族以外の題材をとらえるものはない。花間集について、間違った訳詩が多いのはこうした前提無視し、現代の発想で解釈しているものが多い。特に『花間集』東洋文庫812の解釈はひどい。【訳】 楚の女帰り来ず、春の小河に臨む高殿。明るく照らす一輪の月、またも風吹き、杏の花散り数も少なに。  結い上げし黒髪に斜めにささる玉の簪、鳳凰の金糸の繍のスカート模様。八行の玉梓に、遙か千里の夢乗せて、南指し雁は飛びゆく。

その解説に、 

「前段には、彼女が帰って来たならばともに春を楽しもうと思っていたのに、彼女の帰らぬうちに、早くも春は過ぎ去ろうとしているという思いが込められている。後段は、男の腋に焼き付いて離れぬ女の姿から詠い起こす。彼女のスカートに刺繍された鳳凰は、男女和合の象徴であり、男の女に対する思いを強調する。男は女への思いを、八行の文にしたため、はるか南を指して渡る雁に託さずにはいられぬ。雁は秋には北から南に渡り、春には南から北に渡る。ここで雁が南に飛ぶと言っているのは、前段の春から半年過ぎた今も、まだ彼女が帰って来ないことを示す。」

ここでいう「女」はなにものか。①後宮にに仕える女であれば、二十歳を過ぎれば帰る可能性はあるが、それまでの恋愛経験があれば、後宮にはいる事すらかなわない。②嫁いだ女を待つという詩ではない。③売られた女を待つ詩ではない。薛濤・魚玄機なのか、薛濤のように官妓で、一芸に秀でているのであれば、軍隊の前線慰問に出かけた女性が想定されるが、この詩では想定できない。民妓であった魚玄機なら溫庭筠との接点もあり、「八行書」の愛の詩も多く残しているが、魚玄機は、男に捨てられたのであり、この詩の男が溫庭筠であるけれど、合理性に欠けるので、やはり、この書の解釈はおかしいということになる。

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