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字解集

花間集 訳注解説 (310)回目和凝【字解集】3.菩薩蠻 4.山花子二首 5.河滿子二首 》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9618

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 310)回目和凝【字解集】3.菩薩蠻 4.山花子二首 5.河滿子二首

 

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の紀頌之”6”つの校注Blog

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

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767年【字解集】 1. 沙丘城下寄杜甫 2.別中都明府兄 3.別魯頌 4.東魯見狄博通 5.送韋八之西京 6. 送范山人歸太山 Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集Blog9636

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

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767年-167 復愁十二首 其一一(卷二○(四 )頁一七四五)注(1185) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9575

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杜甫詩(1)736~751年  53

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花間集 訳注解説 (310)回目和凝【字解集】3.菩薩蠻 4.山花子二首 5.河滿子二首 》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9618 (12/03)

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●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

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花間集 訳注解説 (310)回目和凝【字解集】3.菩薩蠻 4.山花子二首 5.河滿子二首 》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9618

 

 

 

【字解集】3.菩薩蠻 

菩薩蠻

1. (南の国から妃賓となったものの春が来ることを抒情的にうたい、誰も来ない春の日をだれにも話すことは難しいと詠う。)

2. 唐教坊の曲名。『花間集』41首、温庭筠14首、韋荘5首、牛嶠7首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻一首

越梅半拆輕寒,冰清澹薄籠藍

暖覺杏梢,遊絲狂惹

閑堦莎徑,遠夢猶堪

離恨又迎,相思難重

●○●●△○●  ○○△●△○●

●●●△○  ○○△●△

○○○●●  ●△△○●

△●●△○  △△△△△

 

越梅半拆輕寒裏,冰清澹薄籠藍水。

まだ少し寒い裏庭に越の国の梅の花が咲かせている、その梅の枝を少し折り取って飾る、桶には冰が清らかに張っているが、花籠の陰の水は藍色に映る。

3. 拆(1) 解体する,ばらばらに壊す.(2) はがす,引離す.拆除 chāichú[]解体除去する,取り壊す.

4. 越梅 越の国の梅の花。

 

暖覺杏梢紅,遊絲狂惹風。

日が昇り暖かくなると杏の梢の花が色鮮やかにてらされて、そこに柳の枝が風に揺られ、そこに、強い風が吹くと狂ったように揺れる。

 

閑堦莎徑碧,遠夢猶堪惜。

階はしずかなもので、しなやかな莎草の小路は緑にあふれ、遠く故郷の夢を見るだけで惜しいと思うことに耐えている。

5. 堦 庭に出る階段、部屋の前の廊下の間際の段差部分。

6. 莎徑 しなやかな莎草の小路。

 

離恨又迎春,相思難重陳。

くやしさ、うらみから逃れる春が又来る、あのお方のことを思い、あの人のことをかさねて話すことはもう難しい。

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】4.山花子二首 

山花子

1. 唐の教坊曲、花間集には和凝の二首のみ所収。単調四十八字、前段二十四字四平韻、後段二十四字三平韻⑦⑦⑦③/7⑦⑦③の詞形をとる。

 

山花子二首 其一

2. (楽しく暮らしていた閨はそのままに又春を迎えたが、外に出ない女でも「春の思い」にかられるもの、ましてや旅路のおとこはたのおんなをもとめるものだから、女のもとには帰ってこないのは仕方のないこと)

  

鶯 錦蟬縠 馥麝臍,輕裾 花早 曉烟迷。

鶯によって春を思い、蝉の羽柄の錦のように鮮やかで美しい服を着ている、麝香の香りは閨に漂う。春景色に心も浮かれて暁のうすあかりのなか燈火がゆれるとあの人かと迷ってしまう、花をすばやく見つけようと軽やかに裾をうごかして庭に出てゆく。

3. 錦 様々な色糸を用いて織り出された絹織物の総称。 錦のように鮮やかで美しいものを指して用いる言葉。例として錦絵、錦鯉、錦鶏、錦眼鏡など。

4. 馥:ふく【馥】[漢字項目]とは。意味や解説。[音]フク(漢)[訓]かおりかんばしい。ゆたかな香り。

5. 麝臍 麝香はその独特の芳香が最大の特徴で、「麝」という文字はその香りが(矢を)射るように遠くまで伝わるということから「鹿」の下に「 ... 中国語では「麝」という文字がジャコウジカを表し、生薬の麝香は「麝の臍にある匂い袋の香り」ということで「麝臍香」

 

鸂鶒 戰金 紅掌墜,翠雲低。

川辺にはツガイのおしどりは翅の金模様を激しく動かして交尾している、紅い色を上げたり下げたりしていて、春の霞が低く漂い、若い女がそこに佇んでいる。

6. 鸂鶒:〔けいちょく〕オシドリ(鴛鴦)に似た水鳥。つがいで動く。紫鴛鴦。

7. 翠雲 はるかすみ。わかい妓女の髪型。

 

星靨 笑隈 霞臉畔,蹙金 開襜 襯銀泥。

女は微笑を隠しながら、その顔には星のような可憐なえくぼがあり、はるかすみにその河畔にかおをだす。金の翅をとじたり、前掛けを開いたり、下半身、足には銀泥の下着をつけている。

8. 【えくぼ】(笑窪、、ゑくぼ)は、人が笑うとき、頬にできる小さなくぼみのこと。 赤ちゃんは一般的にえくぼを持っているが、成長とともに消え、大人になってもえくぼを持ったままの人は少ない。えくぼは魅力的であるとされる場合がある。

9. とは。意味や日本語訳。(1) (眉を)(しか)める,(しわ)を寄せる.【関】 zhòu (2) 切迫した,追い詰められた.蹙 cùsuō[](1) 収縮する,皺が寄る.【同】蹙(2) 畏縮(い/しゆく)する,尻込みする.

10. 襜」とは、「《爾雅·釋器》衣蔽前、謂之襜(衣の前を覆う、これを襜(セン)という)」とあり、和訓には、 「まえかけ、ひとえもの、

11. の意味や日本語訳。ピンインchèn1動詞 内側に当てる,下に着る.用例里边衬上一件衣裳 shang。〔主(場所)++方補+目〕=内に着物を1枚着込む.

 

春思 半和 芳草嫩,碧萋萋。

男というものは春景色のなかで一緒に過ごしたいと思う気持ちはこの若草の萌えるかぐわしい香となかば一緒になっていくので、旅立った男が旅先で春草のような女に心奪われて帰って来ないのです。

12. 【わかい】. 新緑。  生じたばかりで柔らかい。新しく柔らかい。 【嫩草】わかくさ若々しく柔らかい草。 「若草」とも書く。「どんそう」とも読む。 【嫩葉】わかば.芽生えたばかりに柔らかい葉。 「嫩葉 ( どんよう ) 」に同じ。 「若葉」とも書く。

13. 芳草路萋萋 旅立った男が旅先で春草(女)に心奪われて帰って来ないことを。『楚辞』招隠士第十二「王孫遊兮不歸、春草生兮萋萋。」(王孫 遊びて歸らず、春草 生じて萋萋たり。)に基づいている。

韋荘『望遠行』

欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。

謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。

人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。

出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。

不忍別君後、却入旧香閏。

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

 

山花子

15. 唐の教坊曲、花間集には和凝の二首のみ所収。単調四十七字、前段二十三字三平韻、後段二十四字二平韻⑦⑦6③/7⑦7③の詞形をとる。

 

山花子二首 其二

16. (あれほど愛してくれたあの人は送り出す時にたくさんの思い出を残してくれ、約束の書面を遺して行った。それなのに約束の日が過ぎても帰ってこない。)

17. 前段は閨情詩の愛し合う二人の思い出の品の数々が並べられている。後段、約束の日に二人で過ごすことを過去のものを思い出すことで、一人さびしいことを強調し、最後に、悔しいから蝿払いでたたいてやりたいという、男目線で男を待つ女を詠う教坊曲、和凝のハイセンスな詩である。

 18. 

銀字 笙寒 調正長,水紋 簟冷 畫屏涼。

その日は私の為に書いてくれた書があり、笙の笛はその調べはまさに長く吹かれると心寂しく思いました。水琴に水紋は広がり、簟も一層冷たく感じられ、鳳凰の画かれた屏風がなお更涼しく感じられたものです。

 18. 銀字 色紙、屏風など手紙より比較的大きなものに書かれた文字。ここでは仲の良い時期に書かれたもの。

 19.  雅楽で用いられる笙は、その形を翼を立てて休んでいる鳳凰に見立てられ、鳳笙(ほうしょう)とも呼ばれる。匏(ふくべ)とも呼ばれる。

20. 水紋簟冷 水滴が堕ち広がる模様が入った簟の敷物がもう冷たすぎる。夏には帰って來ると約束したのに秋になって涼しすぎる。ということであろうが、詩の全体から見ると、二人が楽しく過ごしたアイテムを羅列ととらえた方が最後の「檀郎を打つ」が強調されるということで、夏の涼感を得るための水琴とした。

 

玉腕 重金 扼臂,澹梳粧。

あの人のたくましい、輝くような腕に抱かれ、体には金のような重たさを感じ、そして腕枕をしてもらいました。髪をゆっくり梳き、お化粧をするものたのしいことでした。

21. 扼臂 扼:強く押さえる。締めつける。要所を占める。臂:うで。方から手首まで。

22. 澹梳 澹:風や波によってゆったりと動くさま。梳:くしけずる【梳る】櫛で髪の毛をとかして整える。けずる。すく。

 

幾度 試香 纖手暖,一迴 嘗酒 絳脣光。

何度も何度もお香に火をつけ、このかぼそい指をあたためてくれました。一度愛し合って、お酒を注いでもらって飲むと、口紅で紅い唇にお酒で潤い光っていました。

23. 絳脣 点絳唇「口紅を塗る」

 

佯弄 紅絲 蠅拂子,打檀郎。

あの別れた日の約束は私をもてあそぶもので素振りだけ、紅い糸で結ばれているといった、その赤い糸で蠅を打ち拂う「払子」を作って、あの恋しい「檀郎」を打ちたたいてやりたいものです。

24. 佯弄 佯:振りをする,見せ掛ける佯死死んだ振りをする.弄:もてあそぶ。思うままに操る。「策を―・する」「諧謔(かいぎゃく)を―・する」あざける。からかう。なぶりものにする。

ほっす【払子】とは。意味や解説。《唐音》獣毛や麻などを束ねて柄をつけたもの。もとインドで蚊・ハエやちりを払うのに用いたが、のち法具となって、中国の禅宗では僧が説法時に威儀を正すのに用いるようになり、日本でも真宗以外の高僧が用いる

25. 檀郎 ・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

 

 

 

 

【字解集】5.河滿子二首

河滿子二首其一

1.(選抜されて宮中に入り、十六歳になって、初めて経験をした妃嬪が、二十を少し過ぎれば、年増の妃賓とされ、新たに入ってきた無邪気な少女たちを見て、昔を思い出し、羨ましく詠う。)

2. 杜甫はかつて《観公孫大娘弟子舞剣器行井序》「先帝の侍女八千人」(「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」)と詠い、白居易もまた《長恨歌》」「後宮の佳麗三千人」と言った。これらは決して詩人の誇張ではなく、唐代の宮廷女性は、実際はこの数字をはるかに越えていた。

唐の太宗の時、李百薬は上奏して「無用の宮人は、ややもすれば数万に達する」(『全唐文』巻一四二、李百薬「宮人を放つを請うの封事」)といった。『新唐書』の「官者伝」上に、「開元、天宝中、宮嬪はおおよそ四万に至る」と記されている。後者は唐代の宮廷女性の人数に関する最高の具体的な数字であり、まさに盛唐の風流天子玄宗皇帝時代のものである。宋代の人洪邁は、この時期は漢代以来、帝王の妃妾の数が最も多かった時代であるといっている(『容斎五筆』巻三「開元宮嬪」)。うまい具合に、この時期の女性の総人口は先に紹介した数字 - およそ二千六百余万であるから、四万余人とすれば、じつに全女性人口の六百分の一を占める。つまり、女性六百人ごとに一人が宮廷に入ったことになる。唐末になり、国土は荒れ、国勢は衰えたが、いぜんとして「六宮(後宮)の貴・賤の女性は一万人を減らない」(『資治通鑑』巻二七三、後唐の荘宗同光三年)という状態だった。この驚くべき数字の陰で、どのくらい多くの「曠夫怨女」(男やもめと未婚の老女)を造り出したことか計り知れない。唐末の詩人曹鄴はこれを慨嘆して「天子 美女を好み、夫婦 双を成さず」(「捕漁謡」)と詠った。

宮中にはいわゆる「内職」という制度があり、『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

彼女たちは皇帝の妻妾であり、錦衣を着て山海の珍味を食し、ひとたび呼ばわれば百人の下婦が答える、最も高貴にして最も権勢の高い人々であった。しかし、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」の罪名を負わされ犠牲の羊にされた。したがって多くの詞詩誌文に取り上げられている。

○女禍 君主が女色に迷い、国事を誤ったため引き起された禍い。

 

3. 【構成】唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、和凝は二首所収。河滿子二首 其一は単調三十八字、三平韻6⑥7⑥6⑥の詞形をとる。

河滿子二首 其一

正是破瓜年幾,含情慣得人

△●●○○△  ○○●●○△

桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良

○●△○○●●  ●○○●○

卻愛藍羅裙子,羨他長束纖

●●○○○●  ○△△●○

河滿子二首 其二は、単調三十六字、三平韻6⑥6⑥6⑥の詞形をとる。

寫得魚牋無限,其如花鏁春

●●○○○●  ○△○?○○

目斷巫山雲雨,空教殘夢依

●●○○○●  △△○△△△

卻愛熏香小鴨,羨他長在屏

●●○○●●  ○△△●△○

 

毛文錫《河滿子》は、単調三十六字、三平韻6⑥6⑥6⑥の詞形をとる。

紅粉樓前月照  碧紗窓外鶯

○●○○●●  ●○○●○○

夢斷遼陽音信  那堪獨守空

△●○○○△  △○●●△○

恨對百花時節  王孫綠草萋

●●●○○●  △○●●○○

 

正是破瓜年幾、含情慣得人饒。

ちょうど、あれは十六歳の年で初体験をさせられたのだが、何年になろうか。いまでは情愛を求め、甘えて自分の方から求めるようになっている。 

4. 正是:ちょうど~。 

5. 破瓜【はか】《「瓜」の字を縦に二分すると二つの八の字になるところから》① 82倍で、女性の16歳のこと。② 88倍で、男性の64歳のこと。③ 性交によって処女膜が破れること。破瓜期【はかき】月経の始まる年ごろ。ここでは処女の初めての経験をいう。碧玉はエメラルド色の玉のように、尊いものを意味し、破瓜とあわせて、処女をいう。

6. 年幾:幾年① どれほどの年数。何年。いくとせ。② いつの年。何年。「今年は平成―ですか」③ (「いくねんか」の形で)比較的少ない年数。何年。いくとせ。「ここ―か前」④ (「いくねんも」の形で)ある程度まとまった年数。何年。いくとせ。「―も会わなかった友人」

7. 含情:思いを込める。色っぽく。 

8. 慣得:甘えることが常態化していることの結果をいう。売春に慣れたことと云うことが最大であるが、ここでは、初めての経験というものに対して、慣れて自分の方から求めていくというほどの意味になる。 

9. 人饒:ここでは、男性に、媚を売って、甘えたり、おねだりをしているさまをいう。

 

 

桃李精神鸚鵡舌、可堪虚度良宵。

若く、初々しい桃李の精神を持ったまま、今では、口上手に鸚鵡のように話しているのに、いつしか、こんなに素晴らしい夜にも、空しく過ごすことがおおくなった。 

10. 桃李精神:司馬遷《史記》「桃李不言下自成蹊」“桃や李(すもも)は何も言わないが、花の美しさに惹かれて多くの人が集まってくるから、木の下には自然と道ができる。徳望のある人のところには、自(みずか)ら求めなくても、その徳を慕て人が自然と集まって来ることの喩え。”  

・李白『送姪良携二妓赴会稽戯有此贈』「遙看若桃李。 雙入鏡中開。」((はるか)に看る 桃李(とうり)の若く、双(ふた)つながら鏡中に入って開くを。)きっと、二人の妓女が赤い桃花と白い李花がさいているのようだろう、そして、二人の妓女は鏡湖の中に入って、舟を浮かべ宴は、はなやかに開かれているだろう、わたしは、はるかに長江流れからこの地から見ているのだ。

・若桃李 魏の曹植の詩に「南国に佳人有り、容華は桃李の若し」とある。桃と李とはどちらも希望を持つ花とし、書生、弟子、ういういしい芸妓などの世界を指す。

11. 鸚鵡舌:恥ずかしくて話すことが出来ないことから、恥ずかしさもなく話すことが出来るようになったことを云う。言うことがてきぱきしている。口がうまい。口上手。元『寄贈薛濤』「言語巧偸鸚鵡舌,文章分得鳳皇毛」。 

すばらしい夜を空しく過ごすことに堪えられようか。 

12. 可堪:たえられようか。 

13. 虚度:空しく過ごす。 

14. 良宵:すばらしい夜。

 

卻愛藍羅裙子、羨他長束繊腰。

むしろ、愛などなく無邪気に、藍色のうすぎぬのスカートを、いつもしなやかに細く長い腰でしめて、身に着けている今の若い妃嬪たちを羨ましく思う。

15. 卻愛:愛することをしりぞける。卻:ひとえに。 あえて、かえって、逆に。かつて。しりぞける。

16. 藍:藍色。 

17. 羅裙子:うすぎぬのスカート。

18. 羨:うらやましく思う。 ・他:それ。その少女のスカートを指す。 

*長束繊腰 古来より続く伝統的な美的感覚、長身で細長い美人を言うが腰がおなかで帯を締めてもくびれないくらいに繊細なほど良いとされていたことを言う。

19. 長:いつも。いつまでも。とこしえに。=常。 

20. 束:(帯を)しめる。 

21. 繊腰:(若い女性の)細い腰。

 

河滿子二首其二

22. (選抜されて宮中に入り、寵愛を受けたこともあった、その時、魚箋紙に書かれた詞を何度も書き写すのが日課となる、それでも寵愛を受けることだけがんが得た毎日だが、できることなら、新たに入ってきた無邪気な少女たちを見て、そのころに戻れたらと、羨ましく詠う。)

その二。

23. 唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、和凝は二首所収。河滿子二首 其二は、単調三十六字、三平韻6⑥6⑥6⑥の詞形をとる。

寫得魚牋無限,其如花鏁春

●●○○○●  ○△○?○○

目斷巫山雲雨,空教殘夢依

●●○○○●  △△○△△△

卻愛熏香小鴨,羨他長在屏

●●○○●●  ○△△●△○

河滿子二首 其一は単調三十八字、三平韻6⑥7⑥6⑥の詞形をとる。

河滿子二首 其一

正是破瓜年幾,含情慣得人

△●●○○△  ○○●●○△

桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良

○●△○○●●  ●○○●○

卻愛藍羅裙子,羨他長束纖

●●○○○●  ○△△●○

 

毛文錫《河滿子》は、単調三十六字、三平韻6⑥6⑥6⑥の詞形をとる。

紅粉樓前月照  碧紗窓外鶯

○●○○●●  ●○○●○○

夢斷遼陽音信  那堪獨守空

△●○○○△  △○●●△○

恨對百花時節  王孫綠草萋

●●●○○●  △○●●○○

孫光憲《河滿子》は、単調三十六字、三平韻6⑥7⑥6⑥の詞形をとる。

冠劍不隨君去,江河還共恩

△●△○○●  ○○○△○△

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣

○●●○○●●  ●○△●△○

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相

○●○○●△  ●○△●△○

 

寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。

あのお方からの魚箋紙に書かれた詞を何度も写し取り尽くしたのに、きりがないほどにしている。その詞は、まるで花の環に春の日差しの中に輝いているかのようだから。

24. 魚牋 魚の紋様を漉きこんだ最高級品の紙(箋)魚箋雁書《「漢書」蘇武伝の、匈奴(きょうど)に捕らえられた前漢の蘇武が、手紙を雁の足に結びつけて放ったという故事から》便り。手紙。かりのたまずさ。かりのたより。かりのふみ。雁書。雁使(がんし)。≪双鯉≫の詩、或いは”魚腹蔵書”の故事と、漢朝 蘇武の”雁足伝書”故事を連想し”魚雁”をも書簡の別名として”魚腸雁足”、”雁封鯉素”” 魚雁沈浮”等に用いています。「鯉魚尺素」の略。鯉の腹の中から白絹(=素)に書かれた手紙が出てきた故事による。 「古楽府」飲馬長城窟行

25. 花鏁 はなのくびかざり。・鏁【じょう】 〔錠・鏁・鎖〕① 戸・箱の蓋(ふた)などにつけて,自由に開閉できないようにする金具。金属製の輪を数多くつなぎ合わせて、ひもや綱のようにしたもの。かなぐさり。「犬を―でつなぐ」「懐中時計の―」. 2 物と物とを結びつけているもの。

 

目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。

巫山で夢に神女と契った神女は朝には巫山の雲となり夕べには雨になって交情したというのに、それも今、目にすることはないし、仏教の教えのように心を「無」にしてみるけれど、忘れられない楽しい夢は残り、慕う気持ちは何時までも続いていることがわかるだけ。

26. 巫山雲雨 男女の交情をいう。楚王:蜀の国。ここの巫山県の東部に巫山がある。現・四川省のこと。・雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝には巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

牛希濟『臨江仙七首』其一

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

10 -5 臨江仙七首其一 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-402-10-#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3557

27. 空教【くうきょう】仏語。三時教(さんじきょう)の一。有()に執着している者を悟らせるため、すべては空であると説く教法。

28. 依依 思い慕うさま。離れがたいさま。ここでは心配して心をその人に寄せること。

 

 

卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

愛も、お香の薫る良さも、なんか何にも知らない、純真無垢だったころに戻れたら、四面、屏風と戸張に囲まれたところにずっと長くいるこの身にとっては、そんな無邪気な頃を羨ましいと思うだけ。

29. 卻愛:愛することをしりぞける。卻:ひとえに。 あえて、かえって、逆に。かつて。しりぞける。

30. 小鴨【こがも】利用しやすい仲のよい可愛い女。「従兄弟同士は鴨の味」(いとこ婚。)いとこ同士の夫婦の仲はとても睦まじいということ。

カモ科の鳥。全長約38センチ、日本のカモ類では最小。雄は背が灰色がかった色で、顔は茶色、目の後方が緑色。雌は全体に淡褐色。冬鳥として各地の池沼に渡来するが、北日本では繁殖するものもある。たかぶがも。《季 冬》

この二首其二の最終聯は其一の変化形である。

和凝『河滿子二首其一』「卻愛藍羅裙子、羨他長束繊腰」(愛することなくして(無邪気に)藍色のうすぎぬのスカートを身に着けて、今の若い女は、いつもしなやかに細い腰をしめているのは羨ましくなるのです。)・卻愛:愛することをしりぞける。卻:ひとえに。 あえて、かえって、逆に。かつて。しりぞける。・藍:藍色。 ・羅裙子:うすぎぬのスカート。・羨:うらやましく思う。 ・他:それ。その少女のスカートを指す。・長:いつも。いつまでも。とこしえに。=常。 ・束:(帯を)しめる。 ・繊腰:(若い女性の)細い腰。

31. 他 他日。上句を受けているから、純真無垢だったころのことを指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古代の倫理観 

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先秦時代(秦の始皇帝以前の時代)から唐代以前まで、どの時代にも常に女道徳を称揚する人がいたけれども、大体において支配者たちはまだそれほど切迫した危機感がなかったので、女性に対する束縛もそれほど厳重ではなく、彼女たちもまだ一定の地位と自由をもっていた。ただ宋代以降になると、支配者たちは種々の困難に遭遇し、自分に対して日ごとに自信を喪失したので、道徳家たちはそこで始めて女性に対するしつけを厳格にするようになった。明、清という封建時代の末期になると、封建道徳はますます厳格になり、完備して厳密になり、残酷になり、ついには女性を十八界の地獄の世界に投げ込むことになった。まさに封建社会の最盛期にあった唐朝は、非常に繁栄し強盛であったから、支配者たちは充分な自信と実力を持っており、人々の肉体と精神をさらに強く束縛する必要を感じなかったため、唐朝は各方面でかなり開明的、開放的な政策を実施したのである。

 

このようにして、唐代の社会はその特有の開放的な気風によって古代の輝かしい存在となった。こぅした社会の気風はおのずから女性たちの生活の中にも波及し、もともと比較的緩やかであった封建道徳を強化発展させなかったばかりか、逆にいくらかの方面で弱めさえしたのである。

 

もう一つの重要な原因は、唐代は漢民族が「胡化」(西・北方民族への同化)し、民族が融合した時代であったことである。この時代においては、少数民族の文化、習俗の影響はきわめて強烈であり、それらは社会生活の各領域に湊透し、中原の漢民族の道徳観念に大きな打撃を与えた。いわゆる「胡化」の風習には二つの来源があった。一つは唐朝の李姓の皇族自体が北方少数民族の血統であ。、彼らはかつて長期にわたって北方少数民族と生活を共にし、また鮮卑族が樹でた北魂から台頭し、その後、鮮卑族を主とする北朝政権を直接慧したがゆえに、文化、習俗において北朝の伝統を踏襲し、「胡化」の程度がきわめて深かったのである。唐は天下を統一すると、さっそくこれら北方少数民族の習俗を中原にもたらした。まさに朱子が論じたように「唐の源は夷警あったから、家庭の礼儀作法に欠けるところがあったのも不思議ではない」のである(『朱子語類』巻三六、歴代さて、来源の第二は、唐代に紅民族の間の交際と国際交流が空前の繁栄をみ、雄津な精神をもっていた唐朝が「蛮夷の邦」の文物や風習に対しても来る者は拒まず差別なく受け入れ、さらに「胡化」の風習が日ごとに盛んになるのを助長したことである。当時、唐の周辺にあった少数民族の国々には、鮮卑はもちろん、その他に突原、契丹、吐谷津、党項などが雷、彼らの婚姻関係ほどこもかなり原始的であった。それゆえ女性の地位はわりに高く、極端な場合には女尊男卑でさえあって、女性の受ける拘束も少なく、比較的自由奔放であった。たとえば、盛唐時代の少数民族出身の将軍安禄山は自らについて、「胡人は母を先にし、父を後にする」(『資治通鑑』巻二二九、玄宗天宝六載)といったことがある。「その俗は、婦人を重んじ男子を軽んずる」少数民族もあった(『旧唐書』南蛮西南蛮伝・東女国)。女性が権力を掌握する制度や習俗をまだ保持している民族や国家もたくさんあって、日本、新羅、林邑、東女(唐代、中国南方の少数民族)等の国には女王、女官がいたし、また回紇、突蕨等の民族でもよく女君主が政治を行うことがあった。その他に、北方少数民族の大半は遊牧民族であり、女性たちは農耕や織物をする中原地区の女性とは異なり、馬に乗って放牧したり、狩猟をしたりして、大砂漠や大荒原を縦横に駆けまわったので、しぜんに一種の剛悼、勇武、雄健の風を身につけた。少数民族の気風の影響を受けて、北方の女性は古来地位はわりに高く開放的であった。北朝の顔之推は、「郡(北朝の都、現在の河北省臨港県)下の風俗では、もっぱら家は女で維持されている。彼女らは訴訟をおこして是非を争ったり、頼みごとに行ったり、人を接待したりするので、彼女らの乗る皐で街路はふさがれ、彼女らの着飾った姿は役所に溢れている。息子に代って官職を求め、夫のために無罪を訴えているのである。これは恒、代(鮮卑族の建てた北魂王朝が最初に都を置いた現在の大同一帯の古地名)の遺風であろうか」(『顔氏家訓』治家)と述べている。これら異民族の習俗と北朝の遺風は、李氏による唐王朝の建国とその開放的な政策によって、絶えることなく中原の地に滑々として流れ込み、さらに唐王朝の広大な領域に波及し、もとからあった封建的な道徳と束縛に強烈な打撃を与えた。

 

以上のような種々の原因によって、唐朝はこの王朝特有の「家庭の風紀の乱れ」、「封建道徳の不振」という状況を生みだした。こうした状況は後世の道学者たちの忌み嫌うところとなったが、しかし逆にこの時代に生きた女性たちにはきわめて大きな幸運をもたらし、彼女たちが受ける抑圧、束縛をいささか少なくしたので、彼女たちは心身共に比較的健康であった。こうして、明朗、奔放、勇敢、活発といった精神的特長、および独特の行動や風格、思想や精神などが形成されたのである。

 

歴史絵巻は私たちに唐代の女性の生き生きとした姿を示してくれる。

彼女たちはいつも外出して活動し、人前に顔をさらしたまま郊外、市街、娯楽場に遊びに行き、芝居やポロを見物した。毎年春には、男たちと一緒に風光明媚な景勝地に遊びに行き、思うぞんぶん楽しむことさえできた。「錦を集め花を潜めて 勝游を闘わせ、万人行く処 最も風流」(施肩吾「少婦遊寿詞」)、「三月三日 天気新なり、長安の水辺 麗人多し」(杜甫「麗人行」)などの詩句は、みな上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。

彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。白居易の「琵琶行」という詩に出てくる、夫の帰りを待つ商人の妻は夜半に見知らぬ男たちと同船し、話をしたり琵琶を演奏しあったりしている。それで、宋代の文人洪遇は、慨嘆して「瓜田李下の疑い、唐人は譏らず」(『容斎三筆』巻六)といった。

瓜田李下の疑い、唐人はらず。「瓜田李下之疑, 唐人不譏也。」

「瓜田に履を入れず、李下(すももの木の下)に冠を正さず」 の格言に基づく、疑われやすい状況のたとえ。

宋洪邁《容齋三筆‧白公夜聞歌者》: “然鄂州所見, 亦一女子獨處, 夫不在焉。 瓜田李下之疑, 唐人不譏也。”

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