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巻六 和凝 二十首

花間集 訳注解説 (304)回目和凝巻六29採桑子一首 》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9555

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 花間集 訳注解説 (304)回目和凝巻六29採桑子一首 》 

 

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杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

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花間集 訳注解説 (304)回目和凝巻六29採桑子一首 》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9555

(せっかく大勢の中から妃賓に選抜されても、全く寵愛にあずからないことはよくあった。妃嬪は、最大百数十名いることもあり、しかも、何もないまま実家に帰され、次の妃賓が選ばれるということを前提に、若くてかわいい生娘が後宮に上がっての様子を詠ったものである。)

白い首を囲む襟には、訶梨勤の刺繍の飾りのついた羽衣をつけ、胸前がひらいている襟から垂れる刺繍の縫い取り帯が二本ある。

やがて、妃嬪の部屋は椒泥塗りであり何事もなくしずかなもので、時折、宮女と荔枝を賭けて賽子勝負をする。

爪先に花飾り付けた靴に、細く紅い紐を編みこんで、金糸飾りスカートは床を引きずる。

何事も起きないし、好きな男が居るわけもないからなにもはじまらない、だから、眉をくもらせる、春が来て寵愛を受けたいと思いはつのるが、いつになったら、寵愛を受けられるのだろうかと「阿母」は後宮に入ってよかったのかと心配する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 巻六 和凝 二十首

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1

和凝

巻六14小重山二首其一  春入神京萬木芳,禁林鶯語滑,蝶飛狂。曉花擎露妬啼粧,紅日永,風和百花香。煙鏁柳絲長,御溝澄碧水,轉池塘。時時微雨洗風光,天衢遠,到處引笙篁。

2

和凝

巻六15小重山二首其二  正是神京爛熳時,羣仙初折得,郄詵枝。烏犀白紵最相宜,精神出,御陌袖鞭垂。柳色展愁眉,管絃分響亮,探花期。光陰占斷曲江池,新牓上,名姓徹丹墀。

3

和凝

巻六16臨江仙二首其一  海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

4

和凝

巻六17臨江仙二首其二  披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

5

和凝

巻六18菩薩蠻一首  越梅半拆輕寒裏,冰清澹薄籠藍水。暖覺杏梢紅,遊絲狂惹風。閑堦莎徑碧,遠夢猶堪惜。離恨又迎春,相思難重陳。

6

和凝

巻六19山花子二首其一  鶯錦蟬縠馥麝臍,輕裾花早曉烟迷。鸂鶒戰金紅掌墜,翠雲低。星靨笑隈霞臉畔,蹙金開襜襯銀泥。春思半和芳草嫩,碧萋萋。

7

和凝

巻六20山花子二首其二  銀字笙寒調正長,水紋簟冷畫屏涼。玉腕重金扼臂,澹梳粧。幾度試香纖手暖,一迴嘗酒絳脣光。佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。

8

和凝

巻六21河滿子二首其一  正是破瓜年幾,含情慣得人饒。桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

9

和凝

巻六22河滿子二首其二  寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

10

和凝

巻六23薄命女一首  天欲曉,宮漏穿花聲繚繞。牎裏星光少,冷霞寒侵帳額,殘月光沉樹杪。夢斷錦幃空悄悄,強起愁眉小。

11

和凝

巻六24望梅花一首  春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛。

12

和凝

巻六25天仙子二首其一  柳色披衫金縷鳳,纖手輕拈紅豆弄,翠蛾雙斂正含情。桃花洞,瑤臺夢,一片春愁誰與共。

13

和凝

巻六26天仙子二首其二  洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。

14

和凝

巻六27春光好二首其一  紗暖,畫屏閑,嚲雲鬟。睡起四肢無力,半春間。玉指剪裁羅勝,金盤點綴蘇山。窺宋深心無限事,小眉彎。

15

和凝

巻六28春光好二首其二  蘋葉軟,杏花明,畫舡輕。雙浴鴛鴦出淥汀,棹歌聲。春水無風無浪,春天半雨半晴。紅粉相隨南浦晚,幾含情。

16

和凝

巻六29採桑子一首  蝤蠐領上訶梨子,繡帶雙垂,椒閑時,競學樗蒲賭荔枝。叢頭鞋子紅編細,裙窣金絲。無事嚬眉,春思飜教阿母疑。

17

和凝

巻六30柳枝三首其一  軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

18

和凝

巻六31柳枝三首其二  瑟瑟羅裙金縷腰,黛眉隈破未重描。醉來咬損新花子,拽住仙郎盡放嬌。

19

和凝

巻六32柳枝三首其三  鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

20

和凝

巻六33 漁父一首      白芷汀寒立鷺鷥,蘋風輕剪浪花時。烟冪冪,日遲遲。香引芙蓉惹釣絲。

 

10 和學士凝二十首

 和凝898955)字は成績、郭州須昌(山東省東平県)の人。幼少のころから聡明で、学問を好み、一読した書はみなその大義に達していた。十七歳で明経に挙げられ、十九歳で進士に及第した。はじめ後梁に仕えて地方官をつとめたが、つづいて後唐に仕えて、天成年間(926929)に殿中侍御史を拝し、礼部員外即を経て主客員外郎、知制許に改められ、ついで翰林に入って学士となった。また後晋に仕えて、天福五年(940) に中書侍郎同中書門下平車掌(宰相)を拝命した。ついでまた後漢に仕えて、太子大伴を拝し、魯国公に封ぜられた。後周の顕徳二年(955)五十八歳で卒した。のち侍中を贈与された。外見をつくろうことが好きで、平生、乗物や衣服を美しく装飾してりっぱなようすをしていた。また、後進のものを世話するのが好きで、賢不肖にかかわらず、虚心をもってその仕進の道を開きみちびいたので、たいそう評判がよかったという。

文章をつくるにはその分量の多いことが得意であった。文集は百余巻あり、かつて自ら板に訝って、数百状を校印し、人に分かち与えた。短歌艶曲に長じ、「由子相公」というよび名がつけられていた。かれの艶詞をあつめたものに香密集があり、宰相の名を避けて韓樫の名に託してあったというが、今日伝わる韓促の香密集(香散薬)は和顔の作ではないことはすでに明の毛管などがその尤もであることを弁じている(五唐人集)。著述に演論集三十巻、群芸集五十巻、紅薬編五巻(宋史芸文志)があったといぅが、今伝わらない。

かれの詩集に紅葉稿一巻あり、百余首を収めているといぅが(歴代詩余、竜沐勘著唐宋名家詩選に紹介した宋大字本)、この本も明らかではない。紅葉稿は紅薬編のことで、これは制語に関する著述であるといぅ説もある (胡透、詞選)。かれの詞は花間集に二十首収められている。王国経の輯本には二十九首を収めている。

* 旧五代史巻一二七 新五代史巻五六 北夢項言巻パ以歌詞自娯粂 歴代詩余巻一〇二詞人姓氏 全唐詩巻三二 紅葉稿詞一巻 王国稚韓、唐五代二十一家詞輯所収

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《採桑子一首》和凝

 

 

304)回目  花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9555

 

 

 

 

 

304)回目和凝巻六29採桑子一首 》9555

 

 

採桑子

(せっかく大勢の中から妃賓に選抜されても、全く寵愛にあずからないことはよくあった。妃嬪は、最大百数十名いることもあり、しかも、何もないまま実家に帰され、次の妃賓が選ばれるということを前提に、若くてかわいい生娘が後宮に上がっての様子を詠ったものである。)

蝤蠐領上訶梨子,繡帶雙垂,

白い首を囲む襟には、訶梨勤の刺繍の飾りのついた羽衣をつけ、胸前がひらいている襟から垂れる刺繍の縫い取り帯が二本ある。

閑時,競學樗蒲賭荔枝。

やがて、妃嬪の部屋は椒泥塗りであり何事もなくしずかなもので、時折、宮女と荔枝を賭けて賽子勝負をする。

叢頭鞋子紅編細,裙窣金絲。

爪先に花飾り付けた靴に、細く紅い紐を編みこんで、金糸飾りスカートは床を引きずる。

無事嚬眉,春思飜教阿母疑。

何事も起きないし、好きな男が居るわけもないからなにもはじまらない、だから、眉をくもらせる、春が来て寵愛を受けたいと思いはつのるが、いつになったら、寵愛を受けられるのだろうかと「阿母」は後宮に入ってよかったのかと心配する。

(採桑子)

蝤蠐【しゅうせい】の領上の訶梨子,繡帶【しゅうたい】雙び垂る,椒【しょうこ】閑なる時,競いて樗蒲【ちょぼ】を學びて荔枝【れいし】を賭く。

叢頭【そうとう】の鞋子【あいし】紅 編むこと細【こまか】く,裙は 金絲を窣く。

事 無く 眉を嚬【ひそ】め,春思 飜りて 阿母を教【し】て疑わしむ。

 

桑畑
 

『採桑子』 現代語訳と訳註

(本文)

採桑子

蝤蠐領上訶梨子,繡帶雙垂,椒閑時,競學樗蒲賭荔枝。

叢頭鞋子紅編細,裙窣金絲。無事嚬眉,春思飜教阿母疑。

 

(下し文)

(採桑子)

蝤蠐【しゅうせい】の領上の訶梨子,繡帶【しゅうたい】雙び垂る,椒【しょうこ】閑なる時,競いて樗蒲【ちょぼ】を學びて荔枝【れいし】を賭く。

叢頭【そうとう】の鞋子【あいし】紅 編むこと細【こまか】く,裙は 金絲を窣く。

事 無く 眉を嚬【ひそ】め,春思 飜りて 阿母を教【し】て疑わしむ。

 

 

(現代語訳)

(せっかく大勢の中から妃賓に選抜されても、全く寵愛にあずからないことはよくあった。妃嬪は、最大百数十名いることもあり、しかも、何もないまま実家に帰され、次の妃賓が選ばれるということを前提に、若くてかわいい生娘が後宮に上がっての様子を詠ったものである。)

白い首を囲む襟には、訶梨勤の刺繍の飾りのついた羽衣をつけ、胸前がひらいている襟から垂れる刺繍の縫い取り帯が二本ある。

やがて、妃嬪の部屋は椒泥塗りであり何事もなくしずかなもので、時折、宮女と荔枝を賭けて賽子勝負をする。

爪先に花飾り付けた靴に、細く紅い紐を編みこんで、金糸飾りスカートは床を引きずる。

何事も起きないし、好きな男が居るわけもないからなにもはじまらない、だから、眉をくもらせる、春が来て寵愛を受けたいと思いはつのるが、いつになったら、寵愛を受けられるのだろうかと「阿母」は後宮に入ってよかったのかと心配する。

 

(訳注)

採桑子

1.(せっかく大勢の中から妃賓に選抜されても、全く寵愛にあずからないことはよくあった。妃嬪は、最大百数十名いることもあり、しかも、何もないまま実家に帰され、次の妃賓が選ばれるということを前提に、若くてかわいい生娘が後宮に上がっての様子を詠ったものである。)

2. 【解説】 妃嬪選抜に及第し、末席妃嬪になっても、それ自体が名誉であるものの、寵愛を受けるための努力はしないといけない。「繡帶雙垂」刺繍に思いを込めて帯を縫い、その帯を思い人に渡し、それを身に着ければ、離れることはないという、「結同心」、と同じ性格のものであるが、そうした準備もむなしく、いつまでも寵愛を受けることはない。いつしか、荔枝をかけて、サイコロ遊びをする、暇な妃嬪たちと同じようになってゆく。貞操を必死で守った「羅敷」の故事とは違うが、この詩も、処女、貞操はしっかりと守られている。桑をとる娘は戦場に出た夫に貞操を守る立派な女性を云うものであるが、この詩では、寵愛を受けることがないために貞操が守られるという和凝のユーモアを詠うものである。

頭のよい和凝の形を先に決め、後から語句をはめ込む、パズルゲームのようにして作ったもので、当時の倫理観、生活習慣、結婚観、風俗など、意味的にも総合的に判断しないと、通り一遍の解釈になってしまう。

 

3. 採桑子は花間集には和凝の一首のみである。唐の教坊の曲名である楊下採桑に由来すると言われるが、教坊の大曲に采桑があり、採桑子との関係はいずれも明確ではない。またの名を采桑子令、添字采桑子、醜奴児、醜奴児令、羅敷媚、羅敷媚歌と言う。『花間集』には和擬の一首のみ所収。双調四十四字、前後段二十二字四句三平韻で、7④④⑦/7④④⑦の詞形をとる。

採桑子一首

蝤蠐領上訶梨子  繡帶雙垂   競學樗蒲賭荔
叢頭鞋子紅編細  裙窣金絲 無事嚬  春思飜教阿母

○○●●○○●  ●●○○ ○●○○  ●●○○●●○

○○○●○△●  ○●○○ ○●○○  ○△○△○△○

採桑子一首(羅敷媚歌)  欧陽脩

畫船載酒西湖好  急管繁弦 玉盞催  穩泛平波任醉
行云却在行舟下  空水澄鮮 俯仰流  疑是湖中

●○●●○○●  ●●○○ ●●○△  ●●○○△●○

△○●●△○●  △●○△ ●△○○  ○●○△●●○

《醜奴児》辛棄疾

少年不識愁滋味,愛上曾,愛上曾,爲賦新詞強説

●○●●○○● ●●○○ ●●○○ ●●○○●●○ 

而今識盡愁滋味,欲説還,欲説還,卻道天涼好箇

○○●●○○● ●●○○ ●●○○ ●●○○●●○

 

蝤蠐領上訶梨子,繡帶雙垂,

白い首を囲む襟には、訶梨勤の刺繍の飾りのついた羽衣をつけ、胸前がひらいている襟から垂れる刺繍の縫い取り帯が二本ある。

4. 蝤蠐領上 白い首を囲む襟。蝤蠐は木食い虫の幼虫。白く長いので、ここでは色白の首を喩える。

5. 訶梨子 訶梨勤。中国南方産の常緑喬木。ここではその実にかたどった襟飾りのこと。訶梨勤の刺繍の飾りのついた肩掛け。・訶梨勒1 インドなどに産するシクンシ科の高木。高さ30メートルに達し、葉は長楕円形。枝先に白い花が群がって咲く。果実を風邪・便通などの薬にし、材は器具用にする。2 象牙・銅・石などでカリロクの実の形を作り、美しい袋に入れ、柱に掛けた飾り物。

6. 繍帯 襟から垂れた刺繍のある帯。なお帯については、上衣の束帯、肩掛けの帯、衣の帯、腰帯と女の生活環境によって、讀む人の知識度により解釈は深まる。これは艶歌に対する考え方である。通常は帯は一本であるが、同心結の帯を女性から好きな男性におくり、それを下に結ぶ場合日本の帯をするという。ここでは、その思い人に渡せるように心を込めて作った帯を身に着けていて、其時が来れば、その帯を解いて渡すということが前提である。

 

閑時,競學樗蒲賭荔枝。

やがて、妃嬪の部屋は椒泥塗りであり何事もなくしずかなもので、時折、宮女と荔枝を賭けて賽子勝負をする。

7. 椒 椒の粉末を混入した壁土を塗った部屋。椒のために室内は香りよく、暖かく、蟲が寄り付かない。この語は、処女、淑女を感じさせる句である。

8. 樗蒲 賽子を使った賭け事。1 中国の賭博(とばく)の一。1個のさいころで出る目を予測し、予測が当たれば賭け金の4倍または5倍を得る仕組みになっているもの。転じて、博奕(ばくち)のこと。2 いんちき。でたらめ。3 ばかをみること。

『唐六典』 の内官制度の規定によると、后妃たちにも職務が決められていた。妃嬪は皇后を補佐し、「坐して婦礼を論じ」、「内廷に在って万事を統御する」、六儀(後宮にある六つの官庁)は「九御(天子に奉侍する女官たち)に四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)を教え、傘下の婦人を率いて皇后の儀礼を讃え導く」、美人は「女官を率いて祭礼接客の事を修める」、才人は「宴会、寝所の世話を司り、糸枲のことを理め、その年の収穫を帝に献じる」等々。しかしながら、これらの仕事も大半は形式的なもので、なんら実際の労働ではなかった。形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまぎらわすかということに尽きる。「内庭の嬪妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟋蟀を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺事』巻上)。これらが彼女たちの優閑無聊の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

叢頭鞋子紅編細,裙窣金絲。

爪先に花飾り付けた靴に、細く紅い紐を編みこんで、金糸飾りスカートは床を引きずる。

9. 叢頭鞋子 爪先に花飾りの付いた靴。富貴の若い娘の間で、靴に刺繍や飾り物をつけるのは流行であった。

 

無事嚬眉,春思飜教阿母疑。

何事も起きないし、好きな男が居るわけもないからなにもはじまらない、だから、眉をくもらせる、春が来て寵愛を受けたいと思いはつのるが、いつになったら、寵愛を受けられるのだろうかと「阿母」は後宮に入ってよかったのかと心配する。

10. 嚬 却って。ここでは好きな男がいるわけではないのに、の意。

11. 阿母 お母さんのことであるが、阿は親しみを表す接頭語で、ここでは後宮についてきた母親代わりの乳母を言う。

后妃・妃嬪たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給された。だから、妃嬪選抜には多くの応募があった。「汝州(河南省臨安。洛陽の東南)、鄭州(河南省鄭州)一帯の高貴な身分の家の子女を対象に新婦を求めた」(王講『唐語林』巻四「企羨」)。十数歳に達した「良家の子女」は、この種の選抜をへて多数宮廷に入ったのであるが、彼女たちの中のほんの少しの者だけが幸運を得て妃嬢に列し、大多数の者は名もなき宮女のままで生涯を終えたのである。このように良家の子女を選抜するのが、宮廷女性の主要な来源であり、宮廷女性の中で少なからざる比率を占めていた。

 

12. 「採桑子」 の背景

「採桑子」は、采桑子令、添字采桑子、醜奴児、醜奴児令、羅敷媚、羅敷媚歌と言う。宮中酒宴、サロンでの歌会で、競って歌われたものである。特に西暦1000年前後、性倫理は自由な傾向が強く、貞操観念は低かった。したがって、逆に詩歌では、貞操を見事に守った《羅敷》という題材が好まれたのである。

邯鄲(河北省) の人なる秦氏に羅敷という娘があって邑人王仁の妻となった。王仁は後に趙王の家令となった。羅敷がある時、路で桑摘みをしていると、趙王が台の上から見て悦び、宴によびよせて奪い取ろうとした。羅敷は筝をひき、「陌上桑」の歌をうたって、自らを明らかにしたので、趙王は思いとまったとある。この詩をみると、趙王ではなくて、土地の長官大守が羅敷を見そめたことになっている。

列女伝、東家の女。秋胡詩、日出東南隅ということで、ほぼ同様な詩である。

《日出東南隅行》謝靈運

柏梁冠南山,桂宮燿北泉。晨風拂幨幌,朝日照閨軒。

美人臥屏席,懷蘭秀瑤璠。皎潔秋松氣,淑德春景暄。

日出東南隅行 謝霊運(康楽) 詩<68>Ⅱ李白に影響を与えた詩490 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1287

身を売った西家の女は傾城といわれるほどの妓女となって黄金で身を飾り、刺繍を施した肌着を身に纏えるほどの生活をしている。 しかし東家の女はただただ貧しさに苦しみながらも、その玉体を北国の人買いの手には渡さなかった。

 

 

    

李白《巻19-21 春日游羅敷潭 》

行歌入谷口,路盡無人躋。攀崖度壑,弄水尋迴溪。

雲從石上起,客到花間迷。淹留未盡興,日落群峰西。

(華州の漢の蘿敷の所縁の湖の淵で春の日に遊ぶ)

湖のほとりを歩行しつつ詩を歌うと、やがて谷の入り口より奥に入って行くと、道は尽きて昇ってゆく人がいなくなる。

景色が素晴らしい谷ということで、断崖を攀じ登り、壑をわたって、流水を弄して、曲がり曲った峡谷をたずねあるいた。

雲は石場より湧きあがり、客は花間に分け入るけれど路を迷ってしまう。

何時まで経っても興が尽きることが無く何時までもその地にとどまることになり、日は、華山から西に続く山の峰に沈んでゆくので帰り道を急ぐことになる。

176 《巻19-21 春日游羅敷潭 Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31 43首 <176> Ⅰ李白詩1388 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5488

 

 

 

相和歌辭相和曲   漢の無名氏
《陌上桑》. (日出東南隅行)
日出東南隅、照我秦氏樓。秦氏有好女、自名為羅敷。
羅敷善蠶桑、採桑城南隅。青絲為籠系、桂枝為籠鉤。
頭上倭墮髻、耳中明月珠。緗綺為下裙、紫綺為上襦。
行者見羅敷、下擔捋髭須。少年見羅敷、
帽著幛頭。


耕者忘其犁、鋤者忘其鋤。來歸相怨怒、使君從南來。
五馬立踟躕、使君遣吏往。問此誰家姝、秦氏有好女。
自名為羅敷、羅敷年幾何。二十尚不足、十五頗有餘。
使君謝羅敷、寧可共載不。羅敷前致辭、使君一何愚。


使君自有婦、羅夫自有夫。東方千餘騎、夫婿居上頭。

何用識夫婿、白馬從驪駒。青絲系馬尾、黃金絡馬頭。

腰中鹿盧劍、可千萬餘。十五府小史、二十朝大夫。

三十侍中郎、四十專城居。為人潔白皙、髯髯頗有須。

盈盈公府步、冉冉府中趨。坐中數千人、皆言夫婿殊。

 

東南の隅から出た朝日が、まず、わが秦氏の高殿を照らす。その秦氏の美しい娘がいて自ら羅敷と名乗っている。羅敷は養蚕が上手、城郭の南隅で桑つみをする。そのいでたちは青い糸を籠のひもにし、桂の枝を籠のさげ柄にし、頭の上に垂れ髪のまげをむすび耳には明月の珠をかざり、浅黄色のあやぎぬを裳にし、紫のあやぎぬを上衣としている。
その美しい姿に道行く男は荷物をおろして見とれ、ひげをひねって体裁ぶり、若者は彼の女を見ると帽をぬいて、髻をつつんだ頭をあらわして気どって見せる。田を耕す人は犂を忘れ、畑をすく人は鋤を休めて見とれる。家に帰ってから怨んだり怒ったり、夫婦争いをするのも、じつはただ羅敷を見たことがもとなのだ。
ある日、国の太守が南の方からやって来て羅敷を見とめ、五頭立の馬車もそこに立ちどまって進もうとしない。太守は下役をよこしてたずねる。「これはどこの娘さんか」と。人々が答えた。
「秦家の美しい娘、その名は羅敷と申します」「年はいくつか」「二十にはまだならぬが、十五は大分過ぎています」
太守はそこで羅敷にあいさつし、「どうだ、わしの車で一緒に行くことはできぬか」と。羅敷が進み出て申しあげる。「太守さまはほんとにおばかさんだ。あなたさまにはもともと奥さまがいらっしゃるし、わたしにも夫があります。東地方千余騎の軍隊、わたしの夫はその頭にいます。
夫を何で見わけるかといえば、白い馬に黒の若駒を従え、青糸の紐をしりがいにし、黄金のおもがいをかざり、自分の腰には鹿盧の剣をおびている。その価は千万金余もする名剣。十五の歳に役所の書記だった夫は、二十で朝廷の大夫、三十では侍従職、四十では一城の主となりました。生まれつきのすっきりした色白、ふさふさとしたあごひげ、堂々と役所を歩み、さっさと役所内を急ぎまわる。威風あたりをはらって同坐の人々数千人、みなわたしの夫が目立ってすぐれていると申します」 と。

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