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巻六 和凝 二十首

花間集 訳注解説 (297)回目和凝巻六21河滿子二首其一 》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9499

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 297)回目和凝巻六21河滿子二首其一 》

 

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10年のBLOGの集大成

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

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未編年 s-69擬古,十二首之四(巻二四(二)一三七六) -#1漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9420

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-153 課小豎鉏斫舍北果,林枝蔓荒穢淨,訖移床,三首(一云〈秋日閒居三首〉)其二(卷二○(四 )頁一七三六)注(1170) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9491

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767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767年-集-20-3 【字解集】  ・秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(3) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9267

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

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花間集 訳注解説 (296)回目和凝巻六20山花子二首其二 》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9492 (11/18)

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花間集 訳注解説 (238)回目毛文錫【字解集】a.虞美人二首 b.酒泉子 c.喜遷鶯 d.西溪子 e.中興樂 f.更漏子 g.接賢賓 h.贊浦子》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9037 (09/05)

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

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玉-巻三-11 樂府三首其一 豔歌行-#1(扶桑升朝暉) 〔陸  機〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9493

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玉集-019【字解集】  悼亡詩二首其三  Ⅴ漢詩・六朝詩・文選・古詩源・唐宋詩詞漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9207

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花間集 訳注解説 (297)回目和凝巻六21河滿子二首其一 》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9499

(選抜されて宮中に入り、十六歳になって、初めて経験をした妃嬪が、二十を少し過ぎれば、年増の妃賓とされ、新たに入ってきた無邪気な少女たちを見て、昔を思い出し、羨ましく詠う。)

ちょうど、あれは十六歳の年で初体験をさせられたのだが、何年になろうか。いまでは情愛を求め、甘えて自分の方から求めるようになっている。 若く、初々しい桃李の精神を持ったまま、今では、口上手に鸚鵡のように話しているのに、いつしか、こんなに素晴らしい夜にも、空しく過ごすことがおおくなった。 むしろ、愛などなく無邪気に、藍色のうすぎぬのスカートを、いつもしなやかに細く長い腰でしめて、身に着けている今の若い妃嬪たちを羨ましく思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 巻六 和凝 二十首

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1

和凝

巻六14小重山二首其一  春入神京萬木芳,禁林鶯語滑,蝶飛狂。曉花擎露妬啼粧,紅日永,風和百花香。煙鏁柳絲長,御溝澄碧水,轉池塘。時時微雨洗風光,天衢遠,到處引笙篁。

2

和凝

巻六15小重山二首其二  正是神京爛熳時,羣仙初折得,郄詵枝。烏犀白紵最相宜,精神出,御陌袖鞭垂。柳色展愁眉,管絃分響亮,探花期。光陰占斷曲江池,新牓上,名姓徹丹墀。

3

和凝

巻六16臨江仙二首其一  海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

4

和凝

巻六17臨江仙二首其二  披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

5

和凝

巻六18菩薩蠻一首  越梅半拆輕寒裏,冰清澹薄籠藍水。暖覺杏梢紅,遊絲狂惹風。閑堦莎徑碧,遠夢猶堪惜。離恨又迎春,相思難重陳。

6

和凝

巻六19山花子二首其一  鶯錦蟬縠馥麝臍,輕裾花早曉烟迷。鸂鶒戰金紅掌墜,翠雲低。星靨笑隈霞臉畔,蹙金開襜襯銀泥。春思半和芳草嫩,碧萋萋。

7

和凝

巻六20山花子二首其二  銀字笙寒調正長,水紋簟冷畫屏涼。玉腕重金扼臂,澹梳粧。幾度試香纖手暖,一迴嘗酒絳脣光。佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。

8

和凝

巻六21河滿子二首其一  正是破瓜年幾,含情慣得人饒。桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

9

和凝

巻六22河滿子二首其二  寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

10

和凝

巻六23薄命女一首  天欲曉,宮漏穿花聲繚繞。牎裏星光少,冷霞寒侵帳額,殘月光沉樹杪。夢斷錦幃空悄悄,強起愁眉小。

11

和凝

巻六24望梅花一首  春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛。

12

和凝

巻六25天仙子二首其一  柳色披衫金縷鳳,纖手輕拈紅豆弄,翠蛾雙斂正含情。桃花洞,瑤臺夢,一片春愁誰與共。

13

和凝

巻六26天仙子二首其二  洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。

14

和凝

巻六27春光好二首其一  紗暖,畫屏閑,嚲雲鬟。睡起四肢無力,半春間。玉指剪裁羅勝,金盤點綴蘇山。窺宋深心無限事,小眉彎。

15

和凝

巻六28春光好二首其二  蘋葉軟,杏花明,畫舡輕。雙浴鴛鴦出淥汀,棹歌聲。春水無風無浪,春天半雨半晴。紅粉相隨南浦晚,幾含情。

16

和凝

巻六29採桑子一首  蝤蠐領上訶梨子,繡帶雙垂,椒閑時,競學樗蒲賭荔枝。叢頭鞋子紅編細,裙窣金絲。無事嚬眉,春思飜教阿母疑。

17

和凝

巻六30柳枝三首其一  軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

18

和凝

巻六31柳枝三首其二  瑟瑟羅裙金縷腰,黛眉隈破未重描。醉來咬損新花子,拽住仙郎盡放嬌。

19

和凝

巻六32柳枝三首其三  鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

 

 花堕越梅妝

古代の倫理観 

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先秦時代(秦の始皇帝以前の時代)から唐代以前まで、どの時代にも常に女道徳を称揚する人がいたけれども、大体において支配者たちはまだそれほど切迫した危機感がなかったので、女性に対する束縛もそれほど厳重ではなく、彼女たちもまだ一定の地位と自由をもっていた。ただ宋代以降になると、支配者たちは種々の困難に遭遇し、自分に対して日ごとに自信を喪失したので、道徳家たちはそこで始めて女性に対するしつけを厳格にするようになった。明、清という封建時代の末期になると、封建道徳はますます厳格になり、完備して厳密になり、残酷になり、ついには女性を十八界の地獄の世界に投げ込むことになった。まさに封建社会の最盛期にあった唐朝は、非常に繁栄し強盛であったから、支配者たちは充分な自信と実力を持っており、人々の肉体と精神をさらに強く束縛する必要を感じなかったため、唐朝は各方面でかなり開明的、開放的な政策を実施したのである。

 

このようにして、唐代の社会はその特有の開放的な気風によって古代の輝かしい存在となった。こぅした社会の気風はおのずから女性たちの生活の中にも波及し、もともと比較的緩やかであった封建道徳を強化発展させなかったばかりか、逆にいくらかの方面で弱めさえしたのである。

 

もう一つの重要な原因は、唐代は漢民族が「胡化」(西・北方民族への同化)し、民族が融合した時代であったことである。この時代においては、少数民族の文化、習俗の影響はきわめて強烈であり、それらは社会生活の各領域に湊透し、中原の漢民族の道徳観念に大きな打撃を与えた。いわゆる「胡化」の風習には二つの来源があった。一つは唐朝の李姓の皇族自体が北方少数民族の血統であ。、彼らはかつて長期にわたって北方少数民族と生活を共にし、また鮮卑族が樹でた北魂から台頭し、その後、鮮卑族を主とする北朝政権を直接慧したがゆえに、文化、習俗において北朝の伝統を踏襲し、「胡化」の程度がきわめて深かったのである。唐は天下を統一すると、さっそくこれら北方少数民族の習俗を中原にもたらした。まさに朱子が論じたように「唐の源は夷警あったから、家庭の礼儀作法に欠けるところがあったのも不思議ではない」のである(『朱子語類』巻三六、歴代さて、来源の第二は、唐代に紅民族の間の交際と国際交流が空前の繁栄をみ、雄津な精神をもっていた唐朝が「蛮夷の邦」の文物や風習に対しても来る者は拒まず差別なく受け入れ、さらに「胡化」の風習が日ごとに盛んになるのを助長したことである。当時、唐の周辺にあった少数民族の国々には、鮮卑はもちろん、その他に突原、契丹、吐谷津、党項などが雷、彼らの婚姻関係ほどこもかなり原始的であった。それゆえ女性の地位はわりに高く、極端な場合には女尊男卑でさえあって、女性の受ける拘束も少なく、比較的自由奔放であった。たとえば、盛唐時代の少数民族出身の将軍安禄山は自らについて、「胡人は母を先にし、父を後にする」(『資治通鑑』巻二二九、玄宗天宝六載)といったことがある。「その俗は、婦人を重んじ男子を軽んずる」少数民族もあった(『旧唐書』南蛮西南蛮伝・東女国)。女性が権力を掌握する制度や習俗をまだ保持している民族や国家もたくさんあって、日本、新羅、林邑、東女(唐代、中国南方の少数民族)等の国には女王、女官がいたし、また回紇、突蕨等の民族でもよく女君主が政治を行うことがあった。その他に、北方少数民族の大半は遊牧民族であり、女性たちは農耕や織物をする中原地区の女性とは異なり、馬に乗って放牧したり、狩猟をしたりして、大砂漠や大荒原を縦横に駆けまわったので、しぜんに一種の剛悼、勇武、雄健の風を身につけた。少数民族の気風の影響を受けて、北方の女性は古来地位はわりに高く開放的であった。北朝の顔之推は、「郡(北朝の都、現在の河北省臨港県)下の風俗では、もっぱら家は女で維持されている。彼女らは訴訟をおこして是非を争ったり、頼みごとに行ったり、人を接待したりするので、彼女らの乗る皐で街路はふさがれ、彼女らの着飾った姿は役所に溢れている。息子に代って官職を求め、夫のために無罪を訴えているのである。これは恒、代(鮮卑族の建てた北魂王朝が最初に都を置いた現在の大同一帯の古地名)の遺風であろうか」(『顔氏家訓』治家)と述べている。これら異民族の習俗と北朝の遺風は、李氏による唐王朝の建国とその開放的な政策によって、絶えることなく中原の地に滑々として流れ込み、さらに唐王朝の広大な領域に波及し、もとからあった封建的な道徳と束縛に強烈な打撃を与えた。

 

以上のような種々の原因によって、唐朝はこの王朝特有の「家庭の風紀の乱れ」、「封建道徳の不振」という状況を生みだした。こうした状況は後世の道学者たちの忌み嫌うところとなったが、しかし逆にこの時代に生きた女性たちにはきわめて大きな幸運をもたらし、彼女たちが受ける抑圧、束縛をいささか少なくしたので、彼女たちは心身共に比較的健康であった。こうして、明朗、奔放、勇敢、活発といった精神的特長、および独特の行動や風格、思想や精神などが形成されたのである。

 

歴史絵巻は私たちに唐代の女性の生き生きとした姿を示してくれる。

彼女たちはいつも外出して活動し、人前に顔をさらしたまま郊外、市街、娯楽場に遊びに行き、芝居やポロを見物した。毎年春には、男たちと一緒に風光明媚な景勝地に遊びに行き、思うぞんぶん楽しむことさえできた。「錦を集め花を潜めて 勝游を闘わせ、万人行く処 最も風流」(施肩吾「少婦遊寿詞」)、「三月三日 天気新なり、長安の水辺 麗人多し」(杜甫「麗人行」)などの詩句は、みな上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。

彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。白居易の「琵琶行」という詩に出てくる、夫の帰りを待つ商人の妻は夜半に見知らぬ男たちと同船し、話をしたり琵琶を演奏しあったりしている。それで、宋代の文人洪遇は、慨嘆して「瓜田李下の疑い、唐人は譏らず」(『容斎三筆』巻六)といった。

瓜田李下の疑い、唐人はらず。「瓜田李下之疑, 唐人不譏也。」

「瓜田に履を入れず、李下(すももの木の下)に冠を正さず」 の格言に基づく、疑われやすい状況のたとえ。

宋洪邁《容齋三筆‧白公夜聞歌者》: “然鄂州所見, 亦一女子獨處, 夫不在焉。 瓜田李下之疑, 唐人不譏也。”

 

遊園驚夢01 

10 和學士凝二十首

 和凝898955)字は成績、郭州須昌(山東省東平県)の人。幼少のころから聡明で、学問を好み、一読した書はみなその大義に達していた。十七歳で明経に挙げられ、十九歳で進士に及第した。はじめ後梁に仕えて地方官をつとめたが、つづいて後唐に仕えて、天成年間(926929)に殿中侍御史を拝し、礼部員外即を経て主客員外郎、知制許に改められ、ついで翰林に入って学士となった。また後晋に仕えて、天福五年(940) に中書侍郎同中書門下平車掌(宰相)を拝命した。ついでまた後漢に仕えて、太子大伴を拝し、魯国公に封ぜられた。後周の顕徳二年(955)五十八歳で卒した。のち侍中を贈与された。外見をつくろうことが好きで、平生、乗物や衣服を美しく装飾してりっぱなようすをしていた。また、後進のものを世話するのが好きで、賢不肖にかかわらず、虚心をもってその仕進の道を開きみちびいたので、たいそう評判がよかったという。

文章をつくるにはその分量の多いことが得意であった。文集は百余巻あり、かつて自ら板に訝って、数百状を校印し、人に分かち与えた。短歌艶曲に長じ、「由子相公」というよび名がつけられていた。かれの艶詞をあつめたものに香密集があり、宰相の名を避けて韓樫の名に託してあったというが、今日伝わる韓促の香密集(香散薬)は和顔の作ではないことはすでに明の毛管などがその尤もであることを弁じている(五唐人集)。著述に演論集三十巻、群芸集五十巻、紅薬編五巻(宋史芸文志)があったといぅが、今伝わらない。

かれの詩集に紅葉稿一巻あり、百余首を収めているといぅが(歴代詩余、竜沐勘著唐宋名家詩選に紹介した宋大字本)、この本も明らかではない。紅葉稿は紅薬編のことで、これは制語に関する著述であるといぅ説もある (胡透、詞選)。かれの詞は花間集に二十首収められている。王国経の輯本には二十九首を収めている。

* 旧五代史巻一二七 新五代史巻五六 北夢項言巻パ以歌詞自娯粂 歴代詩余巻一〇二詞人姓氏 全唐詩巻三二 紅葉稿詞一巻 王国稚韓、唐五代二十一家詞輯所収

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《河滿子二首 其一》和凝

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ94995

 

 

 

 

 

 

 

河滿子二首 其一

(選抜されて宮中に入り、十六歳になって、初めて経験をした妃嬪が、二十を少し過ぎれば、年増の妃賓とされ、新たに入ってきた無邪気な少女たちを見て、昔を思い出し、羨ましく詠う。)

正是破瓜年幾,含情慣得人饒。

ちょうど、あれは十六歳の年で初体験をさせられたのだが、何年になろうか。いまでは情愛を求め、甘えて自分の方から求めるようになっている。 

桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。

若く、初々しい桃李の精神を持ったまま、今では、口上手に鸚鵡のように話しているのに、いつしか、こんなに素晴らしい夜にも、空しく過ごすことがおおくなった。 

卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

むしろ、愛などなく無邪気に、藍色のうすぎぬのスカートを、いつもしなやかに細く長い腰でしめて、身に着けている今の若い妃嬪たちを羨ましく思う。

 

其二

寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。

目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。

卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

 

 

『河滿子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

河滿子二首 其一

正是破瓜年幾,含情慣得人饒。

桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。

卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

 

(下し文)

(河滿子二首其の一)

正に是れ 破瓜【はか】しより 年幾【いくばく】ぞ,情を含んで 人饒を慣得せん。

桃李 精神 鸚鵡の舌,虛しく度【すご】す良宵に堪える可けんや。

愛を卻【しりぞけ】て藍羅の裙子をひらく,他を羨むは 長束の纖腰を。

 

(現代語訳)

(選抜されて宮中に入り、十六歳になって、初めて経験をした妃嬪が、二十を少し過ぎれば、年増の妃賓とされ、新たに入ってきた無邪気な少女たちを見て、昔を思い出し、羨ましく詠う。)

ちょうど、あれは十六歳の年で初体験をさせられたのだが、何年になろうか。いまでは情愛を求め、甘えて自分の方から求めるようになっている。 

若く、初々しい桃李の精神を持ったまま、今では、口上手に鸚鵡のように話しているのに、いつしか、こんなに素晴らしい夜にも、空しく過ごすことがおおくなった。 

むしろ、愛などなく無邪気に、藍色のうすぎぬのスカートを、いつもしなやかに細く長い腰でしめて、身に着けている今の若い妃嬪たちを羨ましく思う。

 

(訳注)

河滿子二首其一

1.(選抜されて宮中に入り、十六歳になって、初めて経験をした妃嬪が、二十を少し過ぎれば、年増の妃賓とされ、新たに入ってきた無邪気な少女たちを見て、昔を思い出し、羨ましく詠う。)

2. 杜甫はかつて《観公孫大娘弟子舞剣器行井序》「先帝の侍女八千人」(「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」)と詠い、白居易もまた《長恨歌》」「後宮の佳麗三千人」と言った。これらは決して詩人の誇張ではなく、唐代の宮廷女性は、実際はこの数字をはるかに越えていた。

唐の太宗の時、李百薬は上奏して「無用の宮人は、ややもすれば数万に達する」(『全唐文』巻一四二、李百薬「宮人を放つを請うの封事」)といった。『新唐書』の「官者伝」上に、「開元、天宝中、宮嬪はおおよそ四万に至る」と記されている。後者は唐代の宮廷女性の人数に関する最高の具体的な数字であり、まさに盛唐の風流天子玄宗皇帝時代のものである。宋代の人洪邁は、この時期は漢代以来、帝王の妃妾の数が最も多かった時代であるといっている(『容斎五筆』巻三「開元宮嬪」)。うまい具合に、この時期の女性の総人口は先に紹介した数字 - およそ二千六百余万であるから、四万余人とすれば、じつに全女性人口の六百分の一を占める。つまり、女性六百人ごとに一人が宮廷に入ったことになる。唐末になり、国土は荒れ、国勢は衰えたが、いぜんとして「六宮(後宮)の貴・賤の女性は一万人を減らない」(『資治通鑑』巻二七三、後唐の荘宗同光三年)という状態だった。この驚くべき数字の陰で、どのくらい多くの「曠夫怨女」(男やもめと未婚の老女)を造り出したことか計り知れない。唐末の詩人曹鄴はこれを慨嘆して「天子 美女を好み、夫婦 双を成さず」(「捕漁謡」)と詠った。

宮中にはいわゆる「内職」という制度があり、『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

彼女たちは皇帝の妻妾であり、錦衣を着て山海の珍味を食し、ひとたび呼ばわれば百人の下婦が答える、最も高貴にして最も権勢の高い人々であった。しかし、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」の罪名を負わされ犠牲の羊にされた。したがって多くの詞詩誌文に取り上げられている。

○女禍 君主が女色に迷い、国事を誤ったため引き起された禍い。

 

3. 【構成】唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、和凝は二首所収。河滿子二首 其一は単調三十八字、三平韻6⑥7⑥6⑥の詞形をとる。

河滿子二首 其一

正是破瓜年幾,含情慣得人

△●●○○△  ○○●●○△

桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良

○●△○○●●  ●○○●○

卻愛藍羅裙子,羨他長束纖

●●○○○●  ○△△●○

河滿子二首 其二は、単調三十六字、三平韻6⑥6⑥6⑥の詞形をとる。

寫得魚牋無限,其如花鏁春

●●○○○●  ○△○?○○

目斷巫山雲雨,空教殘夢依

●●○○○●  △△○△△△

卻愛熏香小鴨,羨他長在屏

●●○○●●  ○△△●△○

 

毛文錫《河滿子》は、単調三十六字、三平韻6⑥6⑥6⑥の詞形をとる。

紅粉樓前月照  碧紗窓外鶯

○●○○●●  ●○○●○○

夢斷遼陽音信  那堪獨守空

△●○○○△  △○●●△○

恨對百花時節  王孫綠草萋

●●●○○●  △○●●○○

 

正是破瓜年幾、含情慣得人饒。

ちょうど、あれは十六歳の年で初体験をさせられたのだが、何年になろうか。いまでは情愛を求め、甘えて自分の方から求めるようになっている。 

4. 正是:ちょうど~。 

5. 破瓜【はか】《「瓜」の字を縦に二分すると二つの八の字になるところから》① 82倍で、女性の16歳のこと。② 88倍で、男性の64歳のこと。③ 性交によって処女膜が破れること。破瓜期【はかき】月経の始まる年ごろ。ここでは処女の初めての経験をいう。碧玉はエメラルド色の玉のように、尊いものを意味し、破瓜とあわせて、処女をいう。

6. 年幾:幾年① どれほどの年数。何年。いくとせ。② いつの年。何年。「今年は平成―ですか」③ (「いくねんか」の形で)比較的少ない年数。何年。いくとせ。「ここ―か前」④ (「いくねんも」の形で)ある程度まとまった年数。何年。いくとせ。「―も会わなかった友人」

7. 含情:思いを込める。色っぽく。 

8. 慣得:甘えることが常態化していることの結果をいう。売春に慣れたことと云うことが最大であるが、ここでは、初めての経験というものに対して、慣れて自分の方から求めていくというほどの意味になる。 

9. 人饒:ここでは、男性に、媚を売って、甘えたり、おねだりをしているさまをいう。

 

 

桃李精神鸚鵡舌、可堪虚度良宵。

若く、初々しい桃李の精神を持ったまま、今では、口上手に鸚鵡のように話しているのに、いつしか、こんなに素晴らしい夜にも、空しく過ごすことがおおくなった。 

10. 桃李精神:司馬遷《史記》「桃李不言下自成蹊」“桃や李(すもも)は何も言わないが、花の美しさに惹かれて多くの人が集まってくるから、木の下には自然と道ができる。徳望のある人のところには、自(みずか)ら求めなくても、その徳を慕て人が自然と集まって来ることの喩え。”  

・李白『送姪良携二妓赴会稽戯有此贈』「遙看若桃李。 雙入鏡中開。」((はるか)に看る 桃李(とうり)の若く、双(ふた)つながら鏡中に入って開くを。)きっと、二人の妓女が赤い桃花と白い李花がさいているのようだろう、そして、二人の妓女は鏡湖の中に入って、舟を浮かべ宴は、はなやかに開かれているだろう、わたしは、はるかに長江流れからこの地から見ているのだ。

・若桃李 魏の曹植の詩に「南国に佳人有り、容華は桃李の若し」とある。桃と李とはどちらも希望を持つ花とし、書生、弟子、ういういしい芸妓などの世界を指す。

11. 鸚鵡舌:恥ずかしくて話すことが出来ないことから、恥ずかしさもなく話すことが出来るようになったことを云う。言うことがてきぱきしている。口がうまい。口上手。元『寄贈薛濤』「言語巧偸鸚鵡舌,文章分得鳳皇毛」。 

すばらしい夜を空しく過ごすことに堪えられようか。 

12. 可堪:たえられようか。 

13. 虚度:空しく過ごす。 

14. 良宵:すばらしい夜。

 

卻愛藍羅裙子、羨他長束繊腰。

むしろ、愛などなく無邪気に、藍色のうすぎぬのスカートを、いつもしなやかに細く長い腰でしめて、身に着けている今の若い妃嬪たちを羨ましく思う。

15. 卻愛:愛することをしりぞける。卻:ひとえに。 あえて、かえって、逆に。かつて。しりぞける。

16. 藍:藍色。 

17. 羅裙子:うすぎぬのスカート。

18. 羨:うらやましく思う。 ・他:それ。その少女のスカートを指す。 

*長束繊腰 古来より続く伝統的な美的感覚、長身で細長い美人を言うが腰がおなかで帯を締めてもくびれないくらいに繊細なほど良いとされていたことを言う。

19. 長:いつも。いつまでも。とこしえに。=常。 

20. 束:(帯を)しめる。 

21. 繊腰:(若い女性の)細い腰。

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