花間集 訳注解説 巻一24 (31)回目温庭筠 《酒泉子四首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7748

 酒泉子四首其二

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016121

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

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806年-31 巻二 16-#9送文暢師北遊  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7758

 

 

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韓愈 哲学・儒学「五原」

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-30 晚登瀼上堂 -#1 杜詩詳注(卷一八(四)一六一九)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7741

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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.唐五代詞詩・女性

玉臺新詠

玉-010-#3 古樂府詩六首其一 -#3〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7749

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

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花間集 訳注解説 巻一24 (31)回目温庭筠 《酒泉子四首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7748

 

 

 

 

 

 

 

酒泉子四首 其二

 

 

 

 

 

 

唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。『新・旧唐書』「后妃伝」 には、全部で二十六人の皇后、十人の妃嫁が記載されている。その他で史書に名を留めているものはおよそ五、六十人である。その内、高祖、玄宗両時代の人が最も多い。高祖には竇皇后の他に、万貴妃、ヂ徳妃、宇文昭儀、莫嬢、孫嬢、佳境、楊嬢、小楊嬢、張捷好、郭妊婦、劉捷好、楊美人、張美人、王才人、魯才人、張宝林、柳宝林などがいた。玄宗には王皇后、楊皇后、武恵妃、楊貴妃、趨麗妃、劉華妃、銭妃、皇甫徳儀、郭順儀、武賢儀、董芳儀、高娃好、柳娃好、鍾美人、慮美人、王美人、杜美人、劉才人、陳才人、鄭才人、闇才人、常才人などがいた。もちろん史書に名を残せなかった人はさらに多い。史書の記載から見ると、高祖、玄宗両時代の妃嫁がたしかに最も多かったようである。

 

彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。

 

彼女たちの脅威は、皇帝の寵愛を失うことに外ならない。大多数の后妃と皇帝との結婚は、事実上政略結婚であり、もともと皇帝の愛情を得たのではなかった。何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、あるいは皇帝と艱難を共にしたことによっ々寵愛を受けた。しかし、いったん時が移り状況が変化すると、或は、年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。王皇后と玄宗は艱難を共にした夫婦であり、彼女は玄宗が行った喜后打倒の政変に参与した。しかし武恵妃が寵愛を一身に集めた後には、しだいに冷遇されるようになった。彼女は皇帝に泣いて訴え、昔艱難を共にした時の情愛を想い出してほしいと願った。玄宗は、一時的にそれに感動したが、結局やはり彼女を廃して庶民の身分に落してしまった。境遇がちょっとマシな者だと、后妃の名が残される場合もあったが、それ以後愛情は失われ、後半生を孤独と寂実の中に耐え忍ばねばならなかった。また、彼女たちの運命は、ひどい場合は完全に皇帝の一時的な喜怒哀楽によって決められた。

 

日常的に危険と不安が潜伏している後宮のなかで、気の弱い者、能力のない者は、ただ唯々諾々と運命に翻弄されるしかなかった。しかし、ちょっと勇敢な者は、他人から運命を左右されることに甘んぜず、自分の力をもって自分の運命を支配し変革しょうとし、さらに進んでは他人をも支配しょうとした。これは高い身分にいることから激発される権力欲ばかりではなかった。彼女たちの特殊な生活環境もまた、彼女たちを一場の激しい 「生存競争」 の只中に投げ入れずにはおかなかったのである。

 

後宮の競争の激しさは人を懐然とさせる。こうした競争は王后、粛妃が起したものではないし、また武則天だけを谷めることもできない。それはじつに後宮のなかで極限にまで発展した、一夫多妻制度がもたらした産物であった。政治と権力が彼女たちの争いを発酵させ膨らませたのであり、その激烈さは普通の家庭の妻と妾の争いを遥かに越えるものとなった。

皇帝がひとたび崩御すると、后妃たちの財産、生命、地位はたちまち何の保障もなくなるので、早くから考えをめぐらせた人たちもいた。男子を生んだ后妃は、いうまでもなくあらゆる手段を講じてわが子を皇太子にし、その貴い子の母たる地位を手に入れようとした。こうして跡継ぎを決めることも、后妃たちの激しい競争となった。

 

Nature1-011

酒泉子 四首其一
(高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

羅帶惹香,猶系別時紅豆。
薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。
淚痕新,金縷舊,斷離腸。

そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。

(酒泉子四首其の一)
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。

 

 

酒泉子 四首其二
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花映柳條,閑嚮綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
花は 柳條に 映じ,閑にして郷【むか】うは 綠萍【りょくびょう】池の上り。
欄干に憑【よ】り,細浪を窺【のぞ】けば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩 疏索にす,洞房 空しく寂寞たり。
銀屏を掩い,翠箔【すいはく】を垂して,春宵を度る。


花蕊夫人002

 

『酒泉子四首四首其二』 現代語訳と訳註
(
本文)
 

酒泉子四首其二
花映柳條,閑嚮綠萍池上。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。


(下し文)
花は 柳條に 映じ,閑に向ふ綠萍の 池上。
欄干に凭(よ)り,細浪を窺へば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩(ふた)つながら疏索(まれ)に,洞房空しく寂寂たり。
銀屏にて 掩ひ,翠箔を 垂らし,春宵を 度(わた)る。


(現代語訳)
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。

宮島(10)


(訳注)
酒泉子四首其二

(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

35. ・酒泉子 唐教坊曲名。雙調四十字、前段五句両平韻
両仄韻、後段五句三仄韻一平韻(詞譜三)。
唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺③❸③の詞形をとる。
花映柳
,閑嚮綠萍池
憑欄
,窺細,兩蕭

近來音信兩疏,洞房空寂
掩銀
,垂翠,度春

○●●○  ○●●○○●

○○●  ○●△ ●○○

●△○△●△● △○△●●

●○△ ○●●  ●○○


花映柳條,閑向綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
36・映 照り映える。ここでは、花の(紅い)色が緑の柳に映えていること。
37
・柳條 柳の枝。 ・條:長い枝。しなやかな女性の様子を云う。
38
・閑 ひま。ぶらぶらと。つれづれなるままに。ひまにまかせて。
39
・郷 ~に向かう。
40
・綠萍 綠色の浮き草。
41
・池上 池のほとり。


憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。
四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
42・憑欄杆 欄干によりかかる。このしぐさは、人を待ったり、思索したりするときの表現。離宮の池端の景色と想定する。
43
・窺 うかがう。様子を見る。
44
・細浪 さざ波。
45
・蕭蕭 ものさびしいさま。


近來音信兩疏索,洞房空寂寂。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
46・近來 ちかごろ。
47
・音信 文字やしるしによるおとずれ。手紙。たより。来訪。
48
・兩 来訪と手紙のどちらも。
49
・疏索 まれである。
50
・洞房 妓女などの小部屋をいう場合もあるが、「買斷」を受けた妓女のかこわれ部屋をいう場合が多いが、この詩の全体的な雰囲気は、離宮の閨であって、姥捨て山のようにその閨と池端、四阿の空間での生活であることをこの語で表現している。
51
・空寂寂 空寂。ひっそりとして寂しい。
52
・洞房空寂寂 奥深い妃嬪の部屋はひっそりとして寂しい。


掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
53
掩銀屏 銀の屏風でおおう。
54
・翠箔 翡翠の簾。緑色のカーテン。緑色のカーテンは女性の部屋をいう。
55
 過ごす。
56
度春宵 春のよいをすごす。

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