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花間集巻五・六 歐陽烱

花間集 訳注解説 (288)回目 歐陽烱 《巻六 江城子》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9436

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 288)回目 歐陽烱 《巻六 江城子》

 

 

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花間集 訳注解説 (288)回目 歐陽烱 《巻六 江城子》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9436

(六朝の都として栄えた金陵(南京・建康)を懐古し、世の変遷を詠う。)

太陽が傾き、日は斜めに射す「傾国」の歴史を見てきた六朝の都、金陵の岸辺、草原広がり、空は赤く燃え、水は何事ないように無情にながれる。そこには呉から続いた六代の繁華があり、その街は波音を追って去ってゆく。古い王朝跡の姑蘇台は、今はただ荒れ果て、そのうえに月がのぼると、大江も鏡のように静かで月影をおとし、長江のほとりの金城を照らしている。それはまるで西施がいた時のようである。

 

 

 

花間集 巻六

 

 

 

欧陽烱

欧陽炯 【おうようけい】(896-971)              中国,五代の詞人。初め前蜀に仕えたが,滅亡後,洛陽に出る。後蜀が建って蜀に帰り,滅亡後は宋に仕えた。詞は《花間集》《尊前集》に収める。        

益州の華陽、今の四川省成郡の人。若くして前蜀の王衍に仕えて中書舎人となり、後唐に前蜀が滅ぼされると、王衍に従って洛陽に行った。その後、孟知祥が後蜀を建てたので、欧陽烱は蜀に移り、中書舎人、翰林学士、礼部侍郎、陵州の刺史、吏部侍郎等に任じられた。後蜀が宋によって亡ぼされると、宋朝に帰した。欧陽烱は笛に長じていたので、末の太祖超匡胤は常に彼を召し出し笛を演奏させたと伝えられる。欧陽烱は音楽に明るかったということで、『花間集』の編者、後蜀の趙崇祚に請われて『花間集』の序文を書いた。序文の日付は、後蜀の広政三年(940年)夏四月になっている。欧陽烱の詞は、『花間集』には十七首が収められている。

 

1            巻五47浣溪沙三首其一

落絮殘鶯半日天,玉柔花醉只思眠,惹映竹滿爐煙。

獨掩畫屏愁不語,斜欹瑤枕髻鬟偏,此時心在阿誰邊。

 

2            巻五48浣溪沙三首其二

天碧羅衣拂地垂,美人初著更相宜,宛風如舞透香肌。

獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人時。

 

3            巻五49浣溪沙三首其三

相見休言有淚珠,酒闌重得敘歡,鳳屏鴛枕宿金鋪。

蘭麝細香聞喘息,綺羅纖縷見肌膚,此時還恨薄情無。

 

4            巻五50三字令

春欲盡,日遲遲,牡丹時。羅幌卷,翠簾垂。

彩牋書,紅粉淚,兩心知。人不在,鷰空歸,負佳期。

香燼落,枕函欹。月分明,花澹薄,惹相思。

 

-------------------------------------------------------------------------

5            巻六01子八首其一

嫩草如煙,石榴花發海南天。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足。

 

6            巻六02子八首其二

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住。

 

7            巻六03子八首其三

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起。

 

8            巻六04子八首其四

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。

紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

 

9            巻六05子八首其五

二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。

耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客。

10          巻六06子八首其六

路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。

兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手。

 

11          巻六07子八首其七

袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。

藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日。

 

12          巻六08子八首其八

翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。

島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿。

 

13          巻六09獻衷心

見好花顏色,爭笑東風。雙臉上,晚粧同。

閑小樓深閣,春景重重。三五夜,偏有恨,月明中。

情未已,信曾通,滿衣猶自染檀紅。

恨不如雙鷰,飛舞簾櫳。春欲暮,殘絮盡,柳條空。

 

14          巻六10賀明朝二首其一

憶昔花間初識面,紅袖半遮粧臉。

輕轉石榴裙帶,故將纖纖玉指,撚雙鳳金線。

碧梧桐鏁深深院,誰料得,兩情何日教繾綣。

羨春來雙鷰,飛到玉樓,朝暮相見。

 

15          巻六11賀明朝二首其二

憶昔花間相見後,只憑纖手,暗紅豆。

人前不解,巧傳心事。別來依舊,辜負春晝。

碧羅衣上蹙金繡,睹對對鴛鴦,空裛淚痕透。

想韶顏非久,終是為伊,只恁瘦。

 

16          巻六12江城子

晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。

空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

 

17          巻六13鳳樓春鳳

髻綠雲叢,深掩房攏。錦書通,夢中相見覺來慵,勻面淚臉珠融。

因想玉郎何處去,對淑景誰同。小樓中,春思無窮。

倚欄顒望,闇牽愁緒,柳花飛起東風。

斜日照簾,羅幌香冷粉屏空。海棠零落,鶯語殘紅。

 呉、江南地方図 六朝期南唐 金陵城 南京 位置図02

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《巻六 江城子》歐陽烱

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9436

 

 

 

 

 

288)回目 歐陽烱 《巻六 江城子》 ブログ9436

 

 

花間集 江城子 七首

韋莊

 

巻三03

江城子二首其一  恩重嬌多情易傷,漏更長,解鴛鴦。朱唇未動,先覺口脂香。緩揭繡衾抽皓腕,移鳳枕,枕潘郎。

巻三04

江城子二首其二  髻鬟狼籍黛眉長,出蘭房,別檀郎。角聲嗚咽,星斗漸微茫。露冷月殘人未起,留不住,淚千行。

牛嶠

 

巻四26

江城子二首其一  鵁鶄飛起郡城東,碧江空,半灘風。越王宮殿,蘋葉藕花中。簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛濛。

巻四27

江城子二首其二  極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。渡口楊花,狂雪任風吹。日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

張泌

 

巻五01

江城子二首其一  碧欄干外小中庭,雨初晴,曉鶯聲。飛絮落花,時節近清明。睡起捲簾無一事,勻面了,沒心情。

巻五02

江城子二首其二  浣花溪上見卿卿,臉波秋水明,黛眉輕。綠雲高綰,金族小蜻蜓。好是問他來得磨?和笑道:莫多情。

欧陽烱

 

巻六12

江城子一首  晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

 

江城子一首

(六朝の都として栄えた金陵(南京・建康)を懐古し、世の変遷を詠う。)

晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,太陽が傾き、日は斜めに射す「傾国」の歴史を見てきた六朝の都、金陵の岸辺、草原広がり、空は赤く燃え、水は何事ないように無情にながれる。そこには呉から続いた六代の繁華があり、その街は波音を追って去ってゆく。

六代繁華,暗逐逝波聲。

空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

古い王朝跡の姑蘇台は、今はただ荒れ果て、そのうえに月がのぼると、大江も鏡のように静かで月影をおとし、長江のほとりの金城を照らしている。それはまるで西施がいた時のようである。

 

(江城子)

晚日 金陵 岸の艸 平らかに,落霞 明るく,水 無情なり,六代 繁華とし,暗に波聲を逐逝【ついせき】す。

空しく姑蘇臺上の月有り,西子の鏡の如く江城を照す。

 

 

『江城子』 現代語訳と訳註

(本文)

江城子

晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。

空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

 

(下し文)

(江城子)

晚日 金陵 岸の艸 平らかに,落霞 明るく,水 無情なり,六代 繁華とし,暗に波聲を逐逝【ついせき】す。

空しく姑蘇臺上の月有り,西子の鏡の如く江城を照す。

 

(現代語訳)

(六朝の都として栄えた金陵(南京・建康)を懐古し、世の変遷を詠う。)

太陽が傾き、日は斜めに射す「傾国」の歴史を見てきた六朝の都、金陵の岸辺、草原広がり、空は赤く燃え、水は何事ないように無情にながれる。そこには呉から続いた六代の繁華があり、その街は波音を追って去ってゆく。

古い王朝跡の姑蘇台は、今はただ荒れ果て、そのうえに月がのぼると、大江も鏡のように静かで月影をおとし、長江のほとりの金城を照らしている。それはまるで西施がいた時のようである。

滄海日出01 

(訳注)

江城子

1.(かつて六朝の都として栄えた金陵(南京・建康)を懐古し、世の変遷を詠う。)

2. 【解説】 栄華を極めた六朝の都の女の街も繁華も、長江の流れは西から東へあたりまえにながれていることが無情であると、栄枯盛衰、消え去る世の無常を述べる。最後の二句は、今はただ姑蘇台の上に輝く西施(西子)の鏡のような月が、都跡を照らすばかりであることをいい、時代はさらに戦国時代の呉まで遡り、世の変遷に対する無常の観をより深めている。

3. 『花間集』には「江城子」は七首所収、欧陽烱の作は一首収められている。単調三十五または三十六字、三十八字、八句五平韻の詞形をとる。

欧陽烱 江城一首は単調三十五字、八句五平韻 ⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

晚日金陵岸艸  落霞明 水無

六代繁華 暗逐逝波

 空有姑蘇臺上月 如西子鏡照江

●●○○●●○  ●○○ ●○○

●●○△ ●●●○○

△●○○○●● △○●●●○○

韋荘の作は二首収められている。二首とも単調三十五字、八句五平韻で、 ⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

恩重嬌多情易  漏更長 解鴛

朱唇未動 先覺口脂

緩揭繡衾抽皓腕 移鳳枕  枕潘 

   

 

   

韋荘の単調の詞からやがて、双七十字,前后格式相同,各五平韵と変化してゆく。

 

牛嶠、江城子二首 其一は単調三十五字、八句五平韻 ⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

鵁鶄飛起郡城,碧江,半灘

越王宮殿,蘋葉藕花

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛

○○○●●○○  ●○△ ●△△

●△○● ○●●○△

○△●○○△● ○●●  ●△△

牛嶠、江城子二首 其二は単調三十七字、八句五平韻 ⑦⑤③4⑤73③の詞形をとる。

極浦煙消水鳥  離筵分首  送金

渡口楊花  狂雪任風

日暮天空波浪急  芳艸岸  雨如

●●○○●●○  △○△●○ ●○○

●●○○ △●△△△

●●○△○△● ○●●  ●△○

張泌の江城子が二首収められている。単調三十五字、八句五平韻で、 ⑦③③4⑤73③の詞形をとる。

碧欄干外小中、 雨初晴、 曉鶯聲。

飛絮落花、 時節近清明。

睡起捲簾無一事、 勻面了、 沒心情。

●○○●●△○  ●○○ ●○○

○●●○ ○●●○○

●●△○○●● ○●● ●○○

張必、江城子二首 其二は単調三十七字、八句五平韻 ⑦⑤③4⑤73③の詞形をとる。

浣花溪上見卿  臉波秋水明 黛眉

綠雲高綰 金族小蜻

好是問他來得磨 和笑道  莫多

●○○●●○○  △○○●○ ●○△

●○○● ○●●○△

●●●△△●△ △●●  ●○○

 

晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。

太陽が傾き、日は斜めに射す「傾国」の歴史を見てきた六朝の都、金陵の岸辺、草原広がり、空は赤く燃え、水は何事ないように無情にながれる。そこには呉から続いた六代の繁華があり、その街は波音を追って去ってゆく。

4. 金陵 、江蘇省の省都。古くから長江流域・華南の中心地で、かつては三国・呉、東晋、南朝の宋・斉・梁・陳(以上の6朝を総称して六朝)、十国の南唐や明といった王朝や南京国民政府の首都であった。中国四大古都の一つ。南京の歴史は春秋時代に呉がこの地に城を築いたことに始まる。戦国時代に呉を征服した楚は金陵邑を設置。その後秦朝による統一事業が達成され、始皇帝がこの地に巡幸してきた際に、「この地に王者の気がある」と言われ、それに怒って地形を無理やり変えてこの地の気を絶とうとした。また名前も金から秣(まぐさ)の秣陵県と改称している。三国時代になると呉の孫権が229年に石頭城という要塞を築いて建業と称してこの地に都を置いた。西晋にて一旦、建業とされた後に司馬鄴(愍帝)を避諱して建康と改められ、東晋及びその後の四王朝(宋、斉、梁、陳)の都となった。呉を含めた六国が全て同じ地に都を置いたことから六朝時代の名がある。隋代には江寧県、唐代には金陵県、白下県、上元県と改称されている。隋唐代には新たに開削された大運河により、長江対岸の揚州が物資の集積地となり、この地域の中心地としての地位を奪われた恰好となり、往時の都としての繁栄は見られなくなった。唐崩壊後の五代十国時代には、南唐の都城である金陵府が置かれ、後に改名されて西都と称する。

5. 落霞 夕焼け。霞は朝焼け雲または夕焼け雲。

6. 水無情 長江の流れは人の世にはお構いなく日夜流れ続けること。また川の流れは時の流れを象徴し、時の推移の無常を言う。金陵が長江の南岸に位置するのでこのように表現した。

7. 六代 いわゆる六朝のこと。金陵に都を置いた呉、東晋、宋、斉、梁、陳の六つの王朝を指す。

 

空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

古い王朝跡の姑蘇台は、今はただ荒れ果て、そのうえに月がのぼると、大江も鏡のように静かで月影をおとし、長江のほとりの金城を照らしている。それはまるで西施がいた時のようである。

8. 姑蘇台 戦国時代、呉王の大差が西施のために築いた台館。姑蘇は蘇州の西方にある山。・姑蘇:姑蘇台。蘇州にある。また蘇州の街のこと。呉の首都。呉王・夫差が姑蘇城にいたが、越王・勾践に攻められ、降ろされたところ。

李白も多く残している。

・《巻二-06 烏棲曲》「姑蘇台上烏棲時。王宮里醉西施。」

・《巻二一28蘇台覽古》 「旧苑荒台楊柳新、菱歌清唱不勝春。只今惟有西江月、曾照呉王宮裏人。」

・《巻二二30對酒》「棘生石虎殿。 鹿走姑蘇台。 自古帝王宅。」

・《巻二四56口號王美人半醉》「風動荷花水殿香。 姑蘇台上宴王。西施醉舞嬌無力。 笑倚東窗白玉床。」

蘇臺覧古           

旧苑荒台楊柳新、菱歌清唱不勝春。
只今惟有西江月、曾照呉王宮裏人。

(旧苑  荒台 楊柳新たなり、菱歌の清唱  春に勝【た】えず。只  今は惟だ西江の月有り、曾て照らす  呉王 宮裏の人。

『浣溪沙八首其七』 薛昭蘊

傾國傾城恨有餘,幾多紅涙泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

呉主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

9 9 浣溪紗八首 其七 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-385-9-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3472

9. 西子 西施:本名は施夷光。中国では西子ともいう。紀元前5世紀、春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだと言われている。
 現代に広く伝わる西施と言う名前は、出身地である苧蘿村に施と言う姓の家族が東西二つの村に住んでいて、彼女は西側の村に住んでいたため、西村の施>>>西施と呼ばれるようになった。
 紀元前5世紀、越王勾践(こうせん)が、呉王夫差(ふさ)に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されてたといわれている。越の策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。
呉が滅びた後の生涯は不明だが、勾践夫人が彼女の美貌を恐れ、夫も二の舞にならぬよう、また呉国の人民も彼女のことを妖術で国王をたぶらかし、国を滅亡に追い込んだ妖怪と思っていたことから、西施も生きたまま皮袋に入れられ長江に投げられた。また、美女献上の策案者であり世話役でもあった范蠡に付き従って越を出奔し、余生を暮らしたという説もある。
 (2)西施ものがたり  李白がよく取り上げた題材

・『古風五十九首 第十八 李白ではべつの視点から興味あるとらえ方をしている。李白は西施にかかわる多く詩を残している。

 

魚玄機『光・威・裒、姉妹三人』「文有貌終堪比,西子無言我更慚。」光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172

10. 江城 川沿いの街。長江南岸沿いの金陵を言う。城は街。
白鷺 05

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