花間集 訳注解説 巻一23 (30)回目温庭筠 《酒泉子四首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7742

 酒泉子四首其一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161130

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

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744年-015-#1卷165_34-#1 少年行(卷六(一)四五八)(李白全集校注彙釋集評(二)九四八)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7739

 

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-29 喜觀即到復題短篇二首其二 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一八)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7735

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

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杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

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杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

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杜甫詩(11)762年蜀中転々43

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

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花間集 訳注解説 巻一23 (30)回目温庭筠 《酒泉子四首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7742

(高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。

 

 

 

 

 

酒泉子四首 其一

 

 

 

 

 

妓  優

宮妓、教坊妓 官妓 地方官妓 

ここで述べたいのは、色と芸を売って生業とする娼妓と女芸人とである。「妓」、この後世もっぱら肉体を売る女性を指すようになった呼称は、もとは「伎(技)」 の意味から来たもので、歌舞等の技芸を専門に学ぶ女芸人を指していた。唐代の「妓」はすでに専業娼妓の呼称になっていたが、しかし同時に「妓」は歌舞音曲に携わったり、縄・竿・球・馬などを操る女芸人を総称する言葉であって、決して肉体を売る女性だけを指すものではなかった。それで常に「聴妓」(音楽を聴く)とか、「観妓」(歌舞を観る)という言い方があったのである。「妓」は娼妓と女芸人を合せた呼称ということができる。事実、芸人は常に売笑を兼ね、娼妓もまた芸を提供せねばならなかった。両者には時として明確な区別というものがなかったので、合せて「妓」と呼んだのは怪しむに足りない。「娼」となると、唐代には多く娼妓を指した。そして「女優」とか、「女伶」などの類の言葉は当然芸人を指した。しかし、彼女たちの身分・地位・生活などは娼妓と非常に近かったので、両者を合せて「妓優」とか「娼優」とかよぶ呼称が常に存在した。

 

さて、唐代には「妓」と呼ばれた人は三種類あった。家妓・宮妓・官妓の三種である。いずれも妓と称されたが、三者の身分・生活はそれぞれ異なっていた。家妓は私人が自宅で養い蓄えている女楽、歌舞人であり、私有財産であって、姫妾とか婦女と呼ばれる人と同類であった。

 

 

 

一宮妓、教坊妓

 

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。辞填壇はもとは色町の妓女であったが、挙が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「摘弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、雀令欽『教坊記』による。以下『教坊記』を出典とするものは一々注記しない)。

* 楽戸とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

二 官  妓

 

唐代の社会に充ちあふれ、一つの階層を形成していたのは、主に各級の官庁の楽籍に登録されていた大量の官妓である。もし、宮妓と教坊妓とを一般に芸人と見なすことができ、そしてまた家妓が姫妾・婦女と同類だとすれば、ここでとりあげる官妓だけが後世の娼妓と同じ性格をもっていた。

 

いわゆる唐代の娼妓とは主にこの部類の人たちを指すのである。

唐代は妓楽が盛んであり、「唐人は文を尚び、狎(芸妓遊び)を好む」(張端義『貴耳集』巻下)と評された。官庁の送迎、宴会典礼はもちろん、また官吏が集まって遊ぶ時にも、常に妓楽で雰囲気を盛りたてた。官吏が妓楼に泊り、娼妓と遊ぶ風潮はきわめて盛んであり、朝廷の法律もこれを決して禁止することはなかった。自居易は杭州の刺史(各州に置かれ地方官を監督した役職。太守とも呼ばれた)の任にあった時、日がな一日妓女を連れて遊んだ。それで後の宋代の人は、これを怪しみ、論難して「これによって当時の郡政(郡の政治)には暇が多く、吏議(官吏の議論)も甚だ寛やかだったことが分かる。もし今日だったら、必ず処罰の対象とされたであろう」(襲明之『中呉紀聞』)と書いている。また、清代の人は白居易をいささか羨ましく思い、「風流太守は魂の消ゆるを愛し、到る処 春訪 翠麹有り。想見す 当時 禁網疎 にして、尚お官吏宿娼の条無きを」(趨翼「自香山集の後に題する詩」、銭泳『履圃叢話』巻二一「笑柄」)と述べている。官妓制度はまさにこの種の社会風潮と朝廷の放任のもとで、唐代に盛況を極めたのである。

当時、長安と洛陽の両京に大量の官妓がいたばかりでなく、地方の大きな州、府にも官妓がいた。

 

地方の官妓

ここで主にとりあげるのは各州・府(及び唐代後期の藩鎮)に隷属する官妓である。これら官妓には二つの来源があった。一つは、代々「楽籍」に入れられていた、官に隷属する職民の女子であり、他に生きる道はなく、ただ先祖代々の仕事を踏警るだけで昔どおりの楽妓となったもの。もう一つは、良民の女子であったがいろいろの原因によって楽籍に落ちたものである。たとえば名妓の薛濤は、元は良家の娘であり、父が仕官を求めて各地を巡るのに付き従っていたが、ついに蜀(四川省)まで流れ来た時、落ちぶれて楽籍に入った。また韋中丞の愛姫が生んだ娘は、兄弟がみな死んだので「身を楽部に委ね、先人を恥辱しめ」ざるをえなかった(『雲渓友議』巻三)。これらはみな衣食にこと欠いたために楽籍に人らざるをえなかった例である。また、地方長官から良民の身分を剥奪され婢にされたものもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『酒泉子』二十六首

 

 

作者

初句7字

 

 

溫助教庭筠

巻一

酒泉子四首其一

花映柳條,吹向綠

 

 

巻一

酒泉子四首其二

日映紗窗,金鴨小

 

 

巻一

酒泉子四首其三

楚女不歸,樓枕小

 

 

巻一

酒泉子四首其四

羅帶惹香,猶繫別

 

 

韋相莊

巻三

酒泉子一首

月落星沉、棲上

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

酒泉子一首

記得去年,煙暖

 

 

張舍人泌

巻四

酒泉子二首之一

春雨打,驚夢

 

 

 

巻四

酒泉子二首之二

紫陌青門,三十

 

 

毛文錫(毛司徒文錫)

巻五

酒泉子一首

綠樹春深,鷰語

 

 

牛學士希濟

巻五

酒泉子一首

枕轉簟涼,清曉

 

 

(顧太尉

巻七

酒泉子七首,其一

楊柳舞風,輕惹

 

 

巻七

酒泉子七首,其二

羅帶縷金,蘭麝

 

 

巻七

酒泉子七首,其三

小檻日斜,風度

 

 

巻七

酒泉子七首,其四

黛薄紅深,約掠

 

 

巻七

酒泉子七首,其五

掩卻菱花,收拾

 

 

巻七

酒泉子七首,其六

水碧風清,入檻

 

 

巻七

酒泉子七首,其七

黛怨紅羞,掩映

 

 

孫少監光憲

巻八

酒泉子三首其一

空磧無邊,萬里

 

 

巻八

酒泉子三首其二

曲檻小樓,正是

 

 

巻八

酒泉子三首其三

斂態前,裊裊

 

 

毛秘書熙震

巻十

酒泉子二首之一

閑臥繡幃

 

 

巻十

酒泉子二首之二

鈿匣舞鸞

 

 

李秀才珣

巻十

酒泉子四首其一

寂寞青樓,風觸

 

 

巻十

酒泉子四首其二

雨清花零,紅散

 

 

巻十

酒泉子四首其三

秋雨聯綿,聲散

 

 

巻十

酒泉子四首其四

秋月嬋娟,皎潔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酒泉子四首温庭筠


酒泉子 (一)
羅帶惹香,猶系別時紅豆。
淚痕新,金縷舊,斷離腸。
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。


酒泉子 (二)
花映柳條,閑嚮綠萍池上。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。
近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
掩銀屏,垂翠箔(一作幕),度春宵。


酒泉子 (三)
日映紗窗,金鴨小屏山碧。
春,煙隔,背蘭釭。
宿妝惆倚高閣,千裏雲影薄。
草初齊,花又落,燕雙雙。


酒泉子 (四)
楚女不歸,樓枕小河春水。
月孤明,風又起,杏花稀。
斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。
八行書,千裏夢,雁南飛。


酒泉子 (一)
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。


酒泉子 (二)
花 柳條を映し,閑にして嚮うは 綠萍 池の上り。
欄杆を憑し,細浪を窺すは,兩 蕭蕭たり。
近來 音信 兩 疏索にす,洞房 空しく寂寞たり。
銀屏を掩い,翠箔を垂して,春宵を度る。


酒泉子 (三)
日 紗窗に映し,金鴨 小屏 山の碧。
の春,煙の隔,蘭釭を背す。
宿妝 惆
して高閣に倚るは,千裏 雲影薄し。
草 初めて齊し,花又落つるは,燕 雙雙たり。


酒泉子 (四)
楚女 歸らず,樓枕 小河の春水。
月 孤り明るくし,風又起きるは,杏花 稀れなり。
 斜簪 雲鬟 重り,裙上 金縷の鳳。
八行の書,千裏の夢,雁 南飛す。





『酒泉子』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-21-3-#  花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1700


酒泉子四首其一
(高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

羅帶惹香,猶系別時紅豆。
薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。

淚痕新,金縷舊,斷離腸。

そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。


(酒泉子四首其の一)
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。





『酒泉子四首其一』 現代語訳と訳註
(
本文)
 酒泉子四首其一
羅帶惹香,猶系別時紅豆。
淚痕新,金縷舊,斷離腸。
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。


(下し文) 酒泉子四首其の一
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。


(現代語訳)
(高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。
そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。

(訳注)
酒泉子四首其一
 (一)
(高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

26.【解説】

溫庭筠と交際のあった魚玄機を想定される。他の客に接待することのない「買斷」をしてもらったものの、官僚の男とは男の所用で別れ、一年、一年と経ってゆく女の情を詠う。前段は、腰の結心帯は今も当時のままであるが、そこには流したはかりの涙の跡が付いている。また後段には、燕は梁の上で仲睦まじく番で語らい合っているというのに、この女はただ.人、春の空しく過ぎ去るのを見送るばかり、というこの時代の女性の姿を詠うものである。

・酒泉子 唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其一、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻二仄韻で、④❻3❸③/⑦❻3❸③の詞形をとる。
  羅帶惹香 
 猶系別時紅
  淚痕新 金縷舊 斷離

一雙嬌燕語雕梁 還是去年時

綠陰濃 芳草 柳花

○●●○ △●●○○●

●○○ ○●● ●△○

●○△△●○○ ○●●○○●

●○○ ○●● ●○△


羅帶惹香,猶系別時紅豆。
薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。
27.
この二句はふたりの別れの時の模様である
28.
紅豆 あずき。血の涙。小豆のような涙が数珠のように繋がる。


淚痕新,金縷舊,斷離腸。
そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれるのだ
29.・淚痕新 断腸の思いの旅に、新たに涙がこぼれる。

30.・金縷舊 逢瀬の時に身に着けた、もらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままにしてある。

31.・断腸 男女のいとなみのなさからくる苦しみ、痛みを云う。

一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
32・嬌燕 燕の艶めかしくする姿は、当然他の男女のことを謂う。
33.
・雕梁 奥座敷の飾り彫りの梁をいうが、寝床から上を向いていることを意識させる語句である。


綠陰濃,芳草歇,柳花狂。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。
34.・この聯は時節、歳月の移り変わりを云う。

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