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花間集巻五・六 歐陽烱

花間集 訳注解説 (274)回目歐陽烱巻五浣溪沙三首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9338

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 274)回目歐陽烱巻五浣溪沙三首其二》

 

 

20171025

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花間集 訳注解説 (274)回目歐陽烱巻五浣溪沙三首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9338

(美しく、踊りも歌も素晴らしい妃嬪も、やがては寵愛を失い、一人さびしい暮らしをする、しかし寵愛を受ける準備は怠ることはないと詠う)

紺碧の薄物の羽衣をさらりと地に垂らして佇む、さすが選ばれた美人妃で、はじめからその衣は景色にふさわしいすばらしいものである。宛転して通り抜ける風は薄絹を翻し、芳しい香りに目をやれば、透き通るような肌の白さが美しい。

一人座って眉をひそめる、そこに簫史が吹いた笙のような音が聞こえ、笙の音に惹かれた弄玉のように庭園の中を静かにゆっくりと歩いて、あのおかたに逢えれば渡そうと花の咲く枝を折る。しかし、何も起こらねば、気力も失せ、もう酔った人となることしかない、それでも寵愛を受けたい気持ちがあるだけなのである。

 

 

 

花間集 巻五

 

 

 

 

欧陽烱

欧陽炯 【おうようけい】(896-971)              中国,五代の詞人。初め前蜀に仕えたが,滅亡後,洛陽に出る。後蜀が建って蜀に帰り,滅亡後は宋に仕えた。詞は《花間集》《尊前集》に収める。        

益州の華陽、今の四川省成郡の人。若くして前蜀の王衍に仕えて中書舎人となり、後唐に前蜀が滅ぼされると、王衍に従って洛陽に行った。その後、孟知祥が後蜀を建てたので、欧陽烱は蜀に移り、中書舎人、翰林学士、礼部侍郎、陵州の刺史、吏部侍郎等に任じられた。後蜀が宋によって亡ぼされると、宋朝に帰した。欧陽烱は笛に長じていたので、末の太祖超匡胤は常に彼を召し出し笛を演奏させたと伝えられる。欧陽烱は音楽に明るかったということで、『花間集』の編者、後蜀の趙崇祚に請われて『花間集』の序文を書いた。序文の日付は、後蜀の広政三年(940年)夏四月になっている。欧陽烱の詞は、『花間集』には十七首が収められている。

 

1            巻五47浣溪沙三首其一

落絮殘鶯半日天,玉柔花醉只思眠,惹映竹滿爐煙。

獨掩畫屏愁不語,斜欹瑤枕髻鬟偏,此時心在阿誰邊。

 

2            巻五48浣溪沙三首其二

天碧羅衣拂地垂,美人初著更相宜,宛風如舞透香肌。

獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人時。

 

3            巻五49浣溪沙三首其三

相見休言有淚珠,酒闌重得敘歡,鳳屏鴛枕宿金鋪。

蘭麝細香聞喘息,綺羅纖縷見肌膚,此時還恨薄情無。

 

4            巻五50三字令

春欲盡,日遲遲,牡丹時。羅幌卷,翠簾垂。

彩牋書,紅粉淚,兩心知。人不在,鷰空歸,負佳期。

香燼落,枕函欹。月分明,花澹薄,惹相思。

 

-------------------------------------------------------------------------

5            巻六01子八首其一

嫩草如煙,石榴花發海南天。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足。

 

6            巻六02子八首其二

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住。

 

7            巻六03子八首其三

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起。

 

8            巻六04子八首其四

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。

紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

 

9            巻六05子八首其五

二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。

耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客。

10          巻六06子八首其六

路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。

兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手。

 

11          巻六07子八首其七

袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。

藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日。

 

12          巻六08子八首其八

翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。

島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿。

 

13          巻六09獻衷心

見好花顏色,爭笑東風。雙臉上,晚粧同。

閑小樓深閣,春景重重。三五夜,偏有恨,月明中。

情未已,信曾通,滿衣猶自染檀紅。

恨不如雙鷰,飛舞簾櫳。春欲暮,殘絮盡,柳條空。

 

14          巻六10賀明朝二首其一

憶昔花間初識面,紅袖半遮粧臉。

輕轉石榴裙帶,故將纖纖玉指,撚雙鳳金線。

碧梧桐鏁深深院,誰料得,兩情何日教繾綣。

羨春來雙鷰,飛到玉樓,朝暮相見。

 

15          巻六11賀明朝二首其二

憶昔花間相見後,只憑纖手,暗紅豆。

人前不解,巧傳心事。別來依舊,辜負春晝。

碧羅衣上蹙金繡,睹對對鴛鴦,空裛淚痕透。

想韶顏非久,終是為伊,只恁瘦。

 

16          巻六12江城子

晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。

空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

 

17          巻六13鳳樓春鳳

髻綠雲叢,深掩房攏。錦書通,夢中相見覺來慵,勻面淚臉珠融。

因想玉郎何處去,對淑景誰同。小樓中,春思無窮。

倚欄顒望,闇牽愁緒,柳花飛起東風。

斜日照簾,羅幌香冷粉屏空。海棠零落,鶯語殘紅。

 

 江邊 04

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《巻五浣溪沙三首其二》歐陽烱

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9338

 

 

 

 

 

 

 

浣溪紗三首 其一

(春も過ぎ、夏鶯が啼きはじめると、寵愛を失った。それでも毎日寵愛を受けている時と同じように寝牀の準備は怠らないものの、愁いと侘しさを詠う。)

落絮殘鶯半日天,玉柔花醉只思眠,惹映竹滿爐煙。

柳絮も飛び交う時節も終わり、夏鶯が啼き、日天子と過ごすのももう少し一緒にいたいといったことも半ば終ろうとしている。若くしなやかで綺麗な妃嬪は、花に酔いしれて、ただこのまま眠りつづけたいと思っていて、窓に惹かれて近づいてみると、そこには竹の影が映り、静かな午後のひと時は香炉からの紫煙で座敷いっぱいに広がる。

獨掩畫屏愁不語,斜欹瑤枕髻鬟偏,此時心在阿誰邊。

今は一人で過ごすのに、寵愛を受ける準備をして、絵屏風をたて。かこむ、愁いが募り言葉にならない。屏風を壁に片づけ、二つ並んだ枕を動かして、横になると髷と簪が揺れてかたよる、毎日、寝牀の準備をしているが、この同じときに、あのおかたはどこの誰のあたりにいるのだろうかということばかり思う。

 

浣溪紗三首其二

(美しく、踊りも歌も素晴らしい妃嬪も、やがては寵愛を失い、一人さびしい暮らしをする、しかし寵愛を受ける準備は怠ることはないと詠う)

天碧羅衣拂地垂,美人初著更相宜,宛風如舞透香肌。

紺碧の薄物の羽衣をさらりと地に垂らして佇む、さすが選ばれた美人妃で、はじめからその衣は景色にふさわしいすばらしいものである。宛転して通り抜ける風は薄絹を翻し、芳しい香りに目をやれば、透き通るような肌の白さが美しい。

獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人時。

一人座って眉をひそめる、そこに簫史が吹いた笙のような音が聞こえ、笙の音に惹かれた弄玉のように庭園の中を静かにゆっくりと歩いて、あのおかたに逢えれば渡そうと花の咲く枝を折る。しかし、何も起こらねば、気力も失せ、もう酔った人となることしかない、それでも寵愛を受けたい気持ちがあるだけなのである。

 

宮島0006 

『浣渓沙 三首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪紗三首其二

天碧羅衣拂地垂,美人初著更相宜,宛風如舞透香肌。

獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人時。

 

(下し文)

浣溪紗三首其二

天の碧の羅衣 地を拂い垂れ,美人 初めて更に相い宜しくし著わし,宛風 舞うが如く香肌に透く。

獨り坐して嚬を含み 鳳竹を吹き,園中 緩步して 花枝を折る,情有れど人を泥す時に 力無し。

 

 

(現代語訳)

(美しく、踊りも歌も素晴らしい妃嬪も、やがては寵愛を失い、一人さびしい暮らしをする、しかし寵愛を受ける準備は怠ることはないと詠う)

紺碧の薄物の羽衣をさらりと地に垂らして佇む、さすが選ばれた美人妃で、はじめからその衣は景色にふさわしいすばらしいものである。宛転して通り抜ける風は薄絹を翻し、芳しい香りに目をやれば、透き通るような肌の白さが美しい。

一人座って眉をひそめる、そこに簫史が吹いた笙のような音が聞こえ、笙の音に惹かれた弄玉のように庭園の中を静かにゆっくりと歩いて、あのおかたに逢えれば渡そうと花の咲く枝を折る。しかし、何も起こらねば、気力も失せ、もう酔った人となることしかない、それでも寵愛を受けたい気持ちがあるだけなのである。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

浣溪紗三首其二

14. (通り抜ける風は薄絹を翻し、芳しい香りに目をやれば、透き通るような肌の白さが美しい。)

15. 音楽と歌舞

古来から儀礼として重視されていた音楽と舞踊であったが、外来音楽と楽器の流入により、相当な発展をとげた。唐代には娯楽性も向上し、楽器の種類も大幅に増加した。合奏も行われ、宮廷では大規模な楽団による演奏が度々行われた。

初唐では九寺の一つである太常寺が舞楽を司る中心となり、宮廷舞楽のうちの雅楽を取り扱った。714年に「梨園」が設置され、300人の楽工が梨園弟子になり、後に宮女も加えられた。教坊は内教坊か初唐から置かれていた。この上、玄宗期に雅楽と区分された俗楽や胡楽、散楽を扱うことを目的とした左右教坊が増設された。胡楽は西域を中心とした外来音楽で、唐代の宮廷舞楽の中心であった十部楽のうちの大半を占めた。

 

宮廷音楽で歌われる歌の歌詞は唐詩が採用された。民間にも唐詩を歌詞にし、音楽にあわせて歌うものが現れ、晩唐には音楽にあわせるために書かれた詞を作られた。また、「闘歌」という歌の上手を競わせる遊びも存在していた。

舞踊は宮廷や貴族の酒宴ばかりでなく、民間の酒場や行事でも頻繁に行われた。外国から様々な舞踊が伝えられ、その種類も大きく増加した。様々な階層のものが舞踊を好み、楊貴妃や安禄山は胡旋舞の名手であったと伝えられる。

舞踊は、ゆったりした動きの踊りを「軟舞」、テンポが速い激しい踊りを「健舞」と分けられた。「胡旋舞」や「胡騰舞」は健舞に含まれた。伝統舞踊に外国からの舞踏が加わっていき発展していった。

唐代の宮廷では、楽団の演奏にあわせて大勢が舞踊を行うことで多かった。また、「字舞」と呼ばれる音楽とともに踊り、身体を翻す瞬間に衣の色を換え、その後に地に伏して全員で字の形を描くという集団舞踏も存在し、多い時は百人単位で行われた。

唐代の皇帝の中でも、玄宗が特に音楽がすぐれており、外国の音楽を取り入れた「霓裳羽衣の曲」を作曲したとされる。この曲とともに、楊貴妃が得意とした「霓裳羽衣の舞」が行われ、宮人が数百人で舞うこともあった。

安史の乱以後は、戦乱や、梨園の廃止、教坊の縮小とともに、楽工や妓女は地方に流れ、音楽や舞踊の普及は進んでいくことになった

 

浣溪沙三首

16. 『花間集』には欧楊烱の作が三首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

浣溪沙三首其三

落絮殘鶯半日  玉柔花醉只思  映竹滿爐

獨掩畫屏愁不語  斜欹瑤枕髻鬟  此時心在阿誰 

●●○○●●○  ●○○●△△○  ●?●●●○○

●●●△○△●  ○○○△●○△  ●○○●○○○ 

浣溪沙三首其二

天碧羅衣拂地,美人初著更相,宛風如舞透香

獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人

○●○△●●○  ●○○△△△○  △△△●●○○

●●○○△●●  ○△●●△○○  ●○○●△○○ 

浣溪沙三首其三

相見休言有淚,酒闌重得敘歡,鳳屏鴛枕宿金

蘭麝細香聞喘息,綺羅纖縷見肌,此時還恨薄情

△●△○●●○  ●○△●●○△  ●△○△●○△

○●●○△●●  ●○○●●○○  ●○○●●○○

 

天碧羅衣拂地垂,美人初著更相宜,宛風如舞透香肌。

紺碧の薄物の羽衣をさらりと地に垂らして佇む、さすが選ばれた美人妃で、はじめからその衣は景色にふさわしいすばらしいものである。宛転して通り抜ける風は薄絹を翻し、芳しい香りに目をやれば、透き通るような肌の白さが美しい。

17. 天碧羅衣 空色の薄物の衣。楊貴妃の作曲した「涼州」を歌い、「凌波曲」「阿那曲」霓裳羽衣の曲、「連昌宮詞」。散楽は、宮廷だけではなく、皇族や貴族の邸宅で行われた。また、長安には、大慈恩寺、青竜寺、大薦福寺、永寿寺などの寺の境内や門前に「戯場」が置かれ、散楽が演じられた。散楽は、民間の音楽や角觝など武術、芝居も含まれるが、主流は曲芸や幻術(手品)、であった。内容は、竿木、縄伎(戯縄ともいう)、舞馬(象で行うこともある)、跳丸、弄剣、筋斗(とんぼ)、球伎、馬伎、呑刀、吐火、舞剣、植瓜、種棗、盤舞、杯盤舞などがあった。

18. 美人 、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。美人は、妓優であり、妃嬪であり、歌踊りに関係するか、自ら行ったもの。

19. 相宜 (書き言葉に用い;人・事物が周囲の状況や要求に)ふさわしい,似つかわしい,適当である.

20. 宛風 宛転して吹く風。

21. 透香肌 うす絹を通して香りの良いきめ細かな肌。

 

獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人時。

一人座って眉をひそめる、そこに簫史が吹いた笙のような音が聞こえ、笙の音に惹かれた弄玉のように庭園の中を静かにゆっくりと歩いて、あのおかたに逢えれば渡そうと花の咲く枝を折る。しかし、何も起こらねば、気力も失せ、もう酔った人となることしかない、それでも寵愛を受けたい気持ちがあるだけなのである。

22. 含嚬 眉をひそめて心配そうな顔をする。愁いの表情。 

23. 吹鳳竹 笙、簫。竹製の楽器。簫史と弄玉との故事。 『列仙伝』に「簫史者、秦穆公時人也。善吹簫、穆公有女號弄玉、好之、遂以妻焉。遂教弄玉作鳳鳴。居數十年、吹似鳳凰、鳳凰來止其屋、為作鳳臺、夫婦止其下。不數年、一旦隨鳳凰飛去。」(秦の穆公の時、蕭史あり、善く簫を吹く。公の女弄玉これを好む。公もって奏す。遂に弄玉に教へて鳳鴫をなす。居ること数年、吹くに鳳凰の声あり。鳳来ってその星に止まる。公、為に鳳台を作る。夫妻その上に止りしが、一旦、みな鳳凰に随って飛去す)とみえる。・霊妃 秦の穆公の女の弄玉。

春秋時代、秦の穆公に弄玉というむすめがあった。帯の名手の道士の簫史を愛したので穆公は二人を夫婦にした。弄玉は夫から笙の吹き方を教わり、鳳の鳴き声が吹けるようになり、その音につられて鳳がやってくるようになった。後に簫史は竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、二人とも天上にのぼったという伝説がある。簫・笙に鳳の詩を当てること何処の故事に基づくことを示唆する。

24. 緩步 ゆっくりあるく。

25. 泥人時 人を酔うたようにさせる時。泥は酔いつぶれること。

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