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花間集巻五 牛希濟十一首

花間集 訳注解説 (4)回目牛希濟【字解集】臨江仙七首 其一から其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9310

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 4)回目牛希濟【字解集】臨江仙七首 其一から其三》

 

20171021

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10年のBLOGの集大成

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

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745年 n-59 戲贈杜甫【案:見《唐詩紀事》、見《詩紀》。】(巻三十(二)一七〇〇)漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9300

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745年-08 【字解集】008 A鳴皋歌送岑徵君  B對雪奉餞任城六父秩滿歸京Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8975

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

767年-142#1 寄峽州劉伯華使君四十韻(卷一九(四)#1注(1156) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9288

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806年-集17-133 韓昌黎集字解集秋雨聯句【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9064

・李商隠詩 (1) 136首の75

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

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767年-集-20-5 【字解集】  ・秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(5) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9281

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767年-集-20-3 【字解集】  ・秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(3) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9267

767年-集-20-2 【字解集】  ・秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(2)

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

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花間集 訳注解説 (4)回目牛希濟【字解集】臨江仙七首 其一から其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9310 (10/21)

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●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-巻二41 嬌女詩一首  -#2 左思 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9311

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玉集-019【字解集】  悼亡詩二首其三  Ⅴ漢詩・六朝詩・文選・古詩源・唐宋詩詞漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9207

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花間集 訳注解説 (4)回目牛希濟【字解集】臨江仙七首 其一から其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9310

 

 

 

牛希濟《臨江仙七首 其一から其三》

 

 

字解集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9310

 

 

 

臨江仙

臨江仙七首 其一

1. (三峡の巫峡を下る際に立ち寄った聖女の祠で夢かうつつかの時を過ごして神に見守られて急流を下っていく。)

2. 唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。牛希濟の作は七首収められている。双調五十八字、前段二十九字五句四平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻で、⑦⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤の詞形をとる。

(臨江仙七首 其一)

峭碧參差十二  冷煙寒樹重重  宮殿是仙  金鑪珠  香靄晝偏

●●△△●●○  △○○●△△  ○○○●●○○  ○○○●  ○●●△○

一自楚王驚夢斷  人間無路相逢  至今雲雨帶愁  月斜江  征棹動晨

●●●△○△●  ○△○●△○  ●○○●●○○  ●○○●  ○●●○○

張泌『臨江仙一首』7⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

煙收湘渚秋江靜  蕉花露泣愁紅  五雲雙鶴去無  幾迴魂  凝望向長

○△○●○○●  ○○●●○○  ●○○●●○○  △△○●  △△●△△

翠竹暗留珠淚怨  閑調寶瑟波中  花鬟月鬢綠雲  古祠深殿  香冷雨和

●●●△○●△  ○△●●○△  ○○●●●○△  ●○△●  ○△●△△

(洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色に染まる瀟湘八景八景には、桃源郷初め、屈原の断腸の思いでの投身、娥皇女英が投身した地でもあり、彼女らを祀った宮祠殿には冷たい雨と風が吹き付けると詠う)

張泌《巻四34臨江仙 一首》『花間集』185全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6197

 

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

三峡瞿塘峡は緑色を濃くして高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。

3. 峭碧 緑色をして高くけわしい峰。

李白『尋蕹尊師隠居』「群峭碧摩天、逍遥不記年。」(群がるほどの峰は、緑色をして、天をこするほどの高さだ。法師はここできままな生活をしつつ、何年棲んでいるのか分らない。)

4. 參差・参差 いり乱れている形。

薛濤『江月樓』「秋風仿佛江冷,鷗鷺參差夕陽影。 垂虹納納臥譙門,雉堞耽耽俯漁艇。 陽安小兒拍手笑,使君幻出江南景。」(悲秋を感じさせる風が吹き始め、簡州の江月楼からの眺めは、あたかも江南の江を眺めているようななのだ。川辺にかもめやさぎがいり乱れてあちこちに、この風景でわたしは夕陽の残光の中に、じっと動かないでいるのです。

江月樓 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-241-107-#97  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2587

5. 十二峯 巫山の十二の峯々。巫山の十二の峯峯。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、聚鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松巒、仙人を指す。

皇甫松『天仙子二首(其一)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,

十二晚峯高歷歷。

末句の十二峯は、.坐山の著名な十二の峯のことで、坐山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

天仙子二首其一 皇甫松 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-375-6-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3422

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

 

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。

6. 瑤 別名を「巫山神女(ふざんしんじょ)」と呼ばれており。炎帝の四人娘の第三の娘であり、才色を兼ね備えて、学問より武術が得意とした。女娃(じょあ)の姉にあたる。美しいく輝く仙草「瑤草」は、瑤姫の化身である。

『高唐賦』と『神女賦』に記述があり、楚の懐王の夢に現れた契りを結んだ。最終、彼女は巫山に封じられた。

中国上古の神話には、瑤姫が西王母の第二十三人の娘「雲華夫人(うんかふじん)」だとの言い伝えがあり、十二匹の悪龍に降伏し禹の治水事業を助けていた。後に巫山十二峰(神女峰)を形成した。

『宝蓮灯』に記述があり、瑤姫は玉皇大帝の妹姫であり、二郎神と三聖母の母親。

7. 金鑪 金で飾られた手あぶり、火鉢。おおがめ。

仙蹤 神仙のものの蹤をのこす。

 

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

ただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王の故事のように夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。

8. 楚王:蜀の国。ここの巫山県の東部に巫山がある。「巫山雲雨」で男女の交情をいう。現・四川省のこと。

楚王 (ソ)の宋玉(ソウギョク)の作。高唐観で、楚の懐王と巫山(フザン)の神女とが契りを結んだことをのべた韻文。懐王(かいおう、? - 紀元前299年)は戦国時代の楚の王(在位:紀元前329 - 紀元前299年)。姓は羋(び)。名は槐(かい)。秦の張儀の謀略に引きずり回され、国力を消耗し、最後は秦との戦いに敗れ秦に幽閉されたまま死去した。戦国時代の暗君の代名詞的存在と目され、楚の悲劇の象徴とされた。屈原が度々彼を諫めたが、頑として聞き入れず、屈原自殺の原因となった人物でもあった。

男女の密会・情交のたとえ。「巫山の雲」「巫山の雨」「巫山の雲雨」とも。《語源》楚 (ソ)の懐王が昼寝の夢の中で巫山の神女と情交を結んだという故事による。⇔〈文選・宋 玉・高唐賦〉. 〔文選(モンゼン)・宋玉(ソウギョク)・高唐賦〕 《類句》雲雨(ウンウ)の情。雲雨巫山。 ②天気が 簡単に変化するように、人の心が変わりやすいことのたとえ。 《出典》 手ヲ翻(ヒルガエ) セバ雲ト作()リ、手ヲ覆(クツガ)エセバ雨トナル。

 

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。

9. 雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。・多雲雨:多情である。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

・無覓處:探しようがない。漂いやがて消えてゆくガスのような雲なので、探しようがない。

『清平楽』

何處遊女,蜀國多雲雨。

雲解有情花解語,窣地綉羅金縷。

妝成不整金鈿。含羞待月鞦韆。

住在綠槐陰裏,門臨春水橋邊。

淸平樂(一) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-260-5-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2682

10. 征棹 . 1.亦作"征棹" 2.指遠行的船。遠行:長征。征途。征夫。征人。征衣。征帆(行的船)。

臨江仙七首 其二

11. (晋の謝家の立てた通観を尋ね、其の地の様子を述べる、そこに、林の前で松風が琴の音のように聞こえたことで、敗軍で逃げ続けた謝家を思い、東方朔が『海内十洲記』で述べたような高尚な出会いは、何処にあるのかと誰かに聞きたいと詠う。)

12. 古代は河を船で旅するもので、宿場、寺観には女妓がいた。臨江仙はそこにいる女性について、男目線で詠ったものである。初めの二句は景色を幻影的表現しながら、上句は男性について、下句は女性の描写である。「仙觀」「雲岑」「岩蘿」「成陰」「洞房」「白雲深」「丹竈」「一粒」「黃金」「松風」「鳴琴」「唳鶴」など、すべて性に関する陰語である。四聯の下句だけは性描の隠語を使用しながら、故事などを引用して締めくくるものである。教坊の曲は、サロンでいろんな場面を想定して詞を作って楽しんだもの。

臨江仙

唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。牛希濟の作は七首収められている。詞形を以下の通り。

(臨江仙七首 其一)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻⑦⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

峭碧參差十二  冷煙寒樹重重  宮殿是仙  金鑪珠  香靄晝偏

●●△△●●○  △○○●△△  ○○○●●○○  ○○○●  ○●●△○

一自楚王驚夢斷  人間無路相逢  至今雲雨帶愁  月斜江  征棹動晨

●●●△○△●  ○△○●△○  ●○○●●○○  ●○○●  ○●●○○

(臨江仙七首 其二)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

謝家仙觀寄雲,岩蘿拂地成。 洞房不閉白雲,當時丹竈,一粒化黃

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴。 時間唳鶴起前,十洲高會,何處許相

●○○△●○○  ○○●●○○  △○△●●○△  △○○●  ●●●○○

●●○△△●●  ○△△●○○  ○△●●●○○  ●○○●  △●●△○

張泌『臨江仙一首』双調五十八字、前段二十九字五句平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻、7⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

煙收湘渚秋江靜  蕉花露泣愁紅  五雲雙鶴去無  幾迴魂  凝望向長

○△○●○○●  ○○●●○○  ●○○●●○○  △△○●  △△●△△

翠竹暗留珠淚怨  閑調寶瑟波中  花鬟月鬢綠雲  古祠深殿  香冷雨和

●●●△○●△  ○△●●○△  ○○●●●○△  ●○△●  ○△●△△

(洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色に染まる瀟湘八景八景には、桃源郷初め、屈原の断腸の思いでの投身、娥皇女英が投身した地でもあり、彼女らを祀った宮祠殿には冷たい雨と風が吹き付けると詠う)

張泌《巻四34臨江仙 一首》『花間集』185全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6197

 

 

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。

謝家館は仙郷寺観のようであり、雲のうえに聳えている。岩場に垂れる蘿は岩場をはらっているし、それから木々に絡んで日を遮り、地面は陰を暗くしている。

13. 謝家 恋人の女性側の家。謝は、東晋の才媛・謝道韞のことで彼女の姓。こよなく可愛い女性の意で使われている。謝道韞とは、魏晋時代随一の才女といわれた東晋・謝安の姪の謝道韞のこと。謝安は姪の謝道韞をこよなく可愛がったというが、謝安や謝靈運を云う場合もある。この頃は男が女の所へ通うか、女を囲うものであるから、女の家であろう。

温庭筠『更漏子』

柳絲長,春雨細,花外漏聲迢遞。

驚寒雁,起城烏,畫屏金遮

香霧薄,透簾幕,惆悵謝家池閣。

紅燭背,繡簾垂,夢長君不知。

『更漏子 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-15-15-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1676

薛濤『酬郭簡州寄柑子』「霜規不讓黃金色,圓質仍含御史香。何處同聲情最異,臨川太守謝家郎。」

酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507

韋荘『望遠行』

欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。

謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。

人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。

出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。

不忍別君後、却入旧香閏。

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

『寄人』 現代語訳と訳註

寄人

別夢依依到謝家 小廊迴合曲闌斜。

多情只有春庭月, 猶爲離人照落花。

寄人 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞 Gs-361-7-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3352

14. 仙觀 仙郷・寺観には女妓がいた。駆け込み寺という概念は棄てられた女、喰うに困った場合、寺観に併設された娼屋で働く、若ければ巫女アイドルのような存在にもなった。韓愈『華山女』『石鼓詩』に詠われている。

15. 蘿 ヒカゲノカズラは、ヒカゲノカズラ植物門に属する代表的な植物である。蘿という別称もある。広義のシダ植物ではあるが、その姿はむしろ巨大なコケを思わせる。閨怨詩ではうす絹をまとった女性をあらわす語である。

 

洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

洞房は閉められることはなく、白雲が深く、一体化している。丁度いま、金丹を釜戸で練っており、やがてその一粒は黄金に変わっていく。

16. 丹竈 道士卽ち方術の士の靈藥を煉る竈 カマド

 

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。

石の壁にはうす絹の羽衣がかけてあり、そして戸張も半分くらい巻き上げてたれている、岩場に立つ松を風が抜けると琴の音色に似ている。

17. 半挂 うすきぬがとばりとしてたれかけられている様子。

 

時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

時が経つにつれ「風声鶴唳」と林の前で松風があるだけで、晉の謝家のようにおどろくのであり、それに、東方朔『海内十洲記』の中の高尚な出会いは、何処にあるのか尋ねたい、それはだれに聞けばよいのだろうか。

18. 唳鶴 鶴が鳴くこと。また、その声。「風声鶴唳」。《戦いに敗れた前秦の苻堅(ふけん)の軍が風の音や鶴の鳴き声などにも驚き騒いで敗走したという「晋書」謝玄伝の故事から》おじけづいた人が、少々のことに驚くことのたとえ。

19. 十洲 東方朔『海内十洲記』の中で十州の旅行記でたとえば海内十洲記』の中の「鳳麟洲」の記載に以下のようにある。

「周穆王の時、西胡が、昆吾割玉刀と夜光常満杯を献上してきた。刀の長さは一尺であり、杯は、三升が入る大きさであった。刀が玉を切るときには、泥を切るようであり、杯は伯玉の精であり、光は明るく夜を照らすようであった。」夜光杯(やこうはい)は玉で作られた杯であり、中国甘粛省酒泉の特産の一つである。東方朔は下界に住む仙人のように描かれることとなった。唐代の詩人李白は彼のことを「世人不識東方朔、大金門是謫仙」と褒め称えている。

臨江仙七首 其三

20.(男女の仲は永遠に続くものではないが、「三清」がふたりをみとめてくれるほどに、情愛を調和させることであり、障壁を乗り越える努力をすることであると詠う。)

21. 花間集においては花街を仙郷と呼び、そこの女たちを巫女であったり、女神と表現される。この詩ではそうした語句を使わないで、故事や伝説を使って妓女を詠っている。前段は、秦の咸陽を取り上げ、秦の穆公の時代、長安の西、鳳翔に都をおいていたころの故事を詠い、言葉よりもその情愛、思い続けることで互いに愛し合えるものと云い、後段、愛し合えばどこへでも飛んで行けるものだし、女祠、巫女、道教の神と手を携えれば人間社会の障壁なんか何もなくなる世界に行けるのだ、と詠っている。

臨江仙

22. 唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。牛希濟の作は七首収められている。詞形を以下の通り。

(臨江仙七首 其一)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻、⑦⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

峭碧參差十二  冷煙寒樹重重  宮殿是仙  金鑪珠  香靄晝偏

●●△△●●○  △○○●△△  ○○○●●○○  ○○○●  ○●●△○

一自楚王驚夢斷  人間無路相逢  至今雲雨帶愁  月斜江  征棹動晨

●●●△○△●  ○△○●△○  ●○○●●○○  ●○○●  ○●●○○

 

(臨江仙七首 其二)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

謝家仙觀寄雲,岩蘿拂地成。 洞房不閉白雲,當時丹竈,一粒化黃

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石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴。 時間唳鶴起前,十洲高會,何處許相

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(臨江仙七首 其三)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句さん五平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

渭闕宮城秦樹,玉樓獨上無。 含情不語自吹,調情和恨,天路逐風

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何事乘龍入忽,似知深意相。 三清攜手路非,世間屏,彩筆劃嬌

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張泌『臨江仙一首』双調五十八字、前段二十九字五句三平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻、7⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

煙收湘渚秋江靜  蕉花露泣愁紅  五雲雙鶴去無  幾迴魂  凝望向長

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翠竹暗留珠淚怨  閑調寶瑟波中  花鬟月鬢綠雲  古祠深殿  香冷雨和

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(洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色に染まる瀟湘八景八景には、桃源郷初め、屈原の断腸の思いでの投身、娥皇女英が投身した地でもあり、彼女らを祀った宮祠殿には冷たい雨と風が吹き付けると詠う)

張泌《巻四34臨江仙 一首》『花間集』185全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6197

 

渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。

渭水は秦の都、咸陽、長安の城門であった、その宮城と長安城を見守ってきた大木の秦樹もやがて凋落していったのだ。そして、いま、きらびやかに輝いている高楼に一人登ってみるとそこからは心が晴れやかにはならない。

23. 渭闕 秦の咸陽の宮殿。

24. 秦樹 秦から始まり漢、隋、唐とその都の姿をずっと見守ってきた京兆の木樹をいう。

25. 無憀 心が晴れやかにならない。悲しんだり、恨んだりすることはない。

 

含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。

秦の穆公の時、「蕭史あり、善く簫を吹く。」とあり、簫を吹くだけで語り合うことはなかったが、情の愛心を持っていた、やがて情愛を調和することになり、怨みを和ませることになる。そして二人は天への道を登っていきついには風に乗りひらひらと天に上ってしまう。

26. 吹簫  簫史と弄玉との故事。 『列仙伝』に「簫史者、秦穆公時人也。善吹簫、穆公有女號弄玉、好之、遂以妻焉。遂教弄玉作鳳鳴。居數十年、吹似鳳凰、鳳凰來止其屋、為作鳳臺、夫婦止其下。不數年、一旦隨鳳凰飛去。」(秦の穆公の時、蕭史あり、善く簫を吹く。公の女弄玉これを好む。公もって奏す。遂に弄玉に教へて鳳鴫をなす。居ること数年、吹くに鳳凰の声あり。鳳来ってその星に止まる。公、為に鳳台を作る。夫妻その上に止りしが、一旦、みな鳳凰に随って飛去す)とみえる。・霊妃 秦の穆公の女の弄玉。
春秋時代、秦の穆公に弄玉というむすめがあった。笙の名手の蒲史を愛したので穆公は二人を夫婦にした。弄玉は夫から笙の吹き方を教わり、鳳の鳴き声が吹けるようになり、その音につられて鳳がやってくるようになった。後に簫史は竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、二人とも天上にのぼったという伝説がある。

27. 調情和恨 情愛を共調することになり、怨みを和ませることになる。

28. 風飄 風によってひらひらと飛び散るさま。

 

何事乘龍入忽降,似知深意相招。

何事があったのか、それは簫史が竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、入っていき、そして降りて行ったのだ。これらの話で類似していることは、男女の愛は意志を深く持つことであり、たがいにまねきいれることなのである。

29. 乘龍 史は竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、二人とも天上にのぼったという伝説。

 

三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

こうして、道教の最高神格の「三清」がふたりをみとめてくれれば、手を携えてその道を行くならばはるか遠いということはないのである。この世の中はいろんな障壁があるものであり、彩り豊かな筆でもって美しく艶めかしく描くことである。

30. 三清 三清(さんせい)は、道教の最高神格のこと。「太元」を神格化 ... 老君)の三柱。 それぞれ道教における天上界の最高天「玉清境」「上清境」「太清境」に住し、この三天のことも「三清」と呼ぶ。道観(道教寺院)にはしばしば「三清殿」と称する三清を祀る建物がある。

31. 屏障 屏障の意味や日本語訳。ピンインpíngzhàng1名詞 (場所・国家の守りとなる山脈・島・河川を指し)防壁,障壁.用例燕 yān 山是北京的天然屏障。=燕山は北京の自然の障壁である.

32. 嬌饒 うつくしくなまめかしいさま。・董嬌饒 美人名。指美人。後漢の宋子侯の「董嬌饒」詩(『玉臺新詠』巻1)この詩中では桑摘女の名前とされ、花の命よりも人の情けは、儚いものであることを言う。

 

中国で、簫の名手とされるのが簫史と弄玉で、2人とも仙人となった。『列仙伝』に次の話が載せられていru

簫史は、秦の穆公の時代(前659前621)の人である。簫を善くし、その演奏により孔雀や白鶴を庭に呼び寄せることができた。穆公には弄玉という娘があったが、彼女はこのことを気に入り、ついに弄玉を簫史の妻とした。日々、簫史は弄玉に鳳凰の鳴き声を教えていたところ、数年すると、鳳凰の声を吹けば、鳳凰が来て屋根の上に止まるようになった。穆公は彼らのために鳳台という物見台を作ってやったところ、夫婦はその台から下りず、数年を過ごした。その後、二人は鳳凰とともに飛び去ってしまった。そこで、秦の人は、彼らのために鳳女祠を雍宮(当時の秦の首都の雍城、あるいはその宮殿)の中に作ったところ、時に簫の声が聞こえた。

簫史妙吹、鳳雀舞庭。嬴氏好合、乃習鳳聲。遂攀鳳翼、参翥高冥。女祠寄想、遺音載清。

(簫史が妙なる音を吹くと、庭に鳳や雀が舞い遊ぶ。嬴氏(秦公の姓)が好み、鳳凰の声を習う。ついに鳳凰の翼にのぼり、高い仙界へと飛び上がっていった。鳳女祠に思いを寄せると、清らかな音が残っている。

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