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767年-141#27 秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九#27§9.-2注(1155) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9232

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杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

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花間集 訳注解説 (264)回目牛希濟巻五38臨江仙七首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9247

(男女の仲は永遠に続くものではないが、「三清」がふたりをみとめてくれるほどに、情愛を調和させることであり、障壁を乗り越える努力をすることであると詠う。)

渭水は秦の都、咸陽、次時代の長安の城門であった、その宮城と長安城を見守ってきた大木の秦樹もやがて凋落していったのだ。そして、いま、きらびやかに輝いている高楼に一人登ってみるとそこからは心が晴れやかにはならない。

秦の穆公の時、「蕭史あり、善く簫を吹く。」とあり、簫を吹くだけで語り合うことはなかったが、情の愛心を持っていた、やがて情愛を調和することになり、怨みを和ませることになる。そして二人は天への道を登っていきついには風に乗りひらひらと天に上ってしまう。

何事があったのか、それは簫史が竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、入っていき、そして降りて行ったのだ。これらの話で類似していることは、男女の愛は意志を深く持つことであり、たがいにまねきいれることなのである。

こうして、道教の最高神格の「三清」がふたりをみとめてくれれば、手を携えてその道を行くならばはるか遠いということはないのである。この世の中はいろんな障壁があるものであり、彩り豊かな筆でもって美しく艶めかしく描くことである。

 

 

 

花間集 巻五 臨江仙七首

牛希濟

 

 

 

巻五36臨江仙七首其一

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

 

巻五37臨江仙七首其二

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

 

巻五38臨江仙七首其三

渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。

何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

 

巻五39臨江仙七首其四

江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。

簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

 

巻五40臨江仙七首其五

素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。

風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

 

巻五41臨江仙七首其六

柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。

輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

 

巻五42臨江仙七首其七

洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。

萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

 

張舍人泌

臨江仙一首

毛文錫(毛司徒文錫)

臨江仙一首

牛學士希濟

臨江仙七首

和凝

臨江仙二首

(顧太尉

臨江仙三首

孫少監光憲

臨江仙二首

魏太尉承班

臨江仙二首

鹿虔扆

臨江仙二首

毛秘書熙震

臨江仙二首

李秀才珣

臨江仙二首

閻處士選

臨江仙二首

 

 

 

 

花間集 教坊曲《臨江仙七首其三》牛希濟

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9247

 

 

 

 

臨江仙七首 其一

(瞿塘峡夔門からの眺望、巫山の詠懐、夜明けの旅立ちを詠う)

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

瞿塘峡夔門は緑色を濃くし、高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

それもただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王は夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。

(臨江仙七首 其の一)

峭碧 參差 十二峯,冷煙 寒樹 重重たり。

 宮殿 是れ仙蹤なり,金鑪 珠帳,香靄 晝に偏りて濃く。

一つに自ら楚王 夢斷れて驚く,人間 路無く相い逢う。

今に至るも雲雨 愁容を帶び,月斜きて江の上り,棹を征し晨鐘を動かす。

 

(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首其二

(晋の謝家の立てた通観を尋ね、其の地の様子を述べる、そこに、林の前で松風が琴の音のように聞こえたことで、敗軍で逃げ続けた謝家を思い、東方朔が『海内十洲記』で述べたような高尚な出会いは、何処にあるのかと誰かに聞きたいと詠う。)

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。

謝家館は仙郷寺観のようであり、雲のうえに聳えている。岩場に垂れる蘿は岩場をはらっているし、それから木々に絡んで日を遮り、地面は陰を暗くしている。

洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

洞房は閉められることはなく、白雲が深く、一体化している。丁度いま、金丹を釜戸で練っており、やがてその一粒は黄金に変わっていく。

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。

石の壁にはうす絹の羽衣がかけてあり、そして戸張も半分くらい巻き上げてたれている、岩場に立つ松を風が抜けると琴の音色に似ている。

時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

時が経つにつれ「風声鶴唳」と林の前で松風があるだけで、晉の謝家のようにおどろくのであり、それに、東方朔『海内十洲記』の中の高尚な出会いは、何処にあるのか尋ねたい、それはだれに聞けばよいのだろうか。

(臨江仙七首 其二)

謝家 仙觀 雲岑に寄り,岩蘿 地を拂い陰を成す。

洞房 閉くことなく、白雲深し,時に當って丹竈し,一粒 黃金に化す。

石壁 霞衣 猶お半ば挂り,松風 長じて鳴琴に似たり。

時間すれば 「唳鶴」す 前林に起きるを,「十洲高會」,何處にか相い尋ねんことを許さん?

 

(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首 其三

(男女の仲は永遠に続くものではないが、「三清」がふたりをみとめてくれるほどに、情愛を調和させることであり、障壁を乗り越える努力をすることであると詠う。)

渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。

渭水は秦の都、咸陽、次時代の長安の城門であった、その宮城と長安城を見守ってきた大木の秦樹もやがて凋落していったのだ。そして、いま、きらびやかに輝いている高楼に一人登ってみるとそこからは心が晴れやかにはならない。

含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。

秦の穆公の時、「蕭史あり、善く簫を吹く。」とあり、簫を吹くだけで語り合うことはなかったが、情の愛心を持っていた、やがて情愛を調和することになり、怨みを和ませることになる。そして二人は天への道を登っていきついには風に乗りひらひらと天に上ってしまう。

何事乘龍入忽降,似知深意相招。

何事があったのか、それは簫史が竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、入っていき、そして降りて行ったのだ。これらの話で類似していることは、男女の愛は意志を深く持つことであり、たがいにまねきいれることなのである。

三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

こうして、道教の最高神格の「三清」がふたりをみとめてくれれば、手を携えてその道を行くならばはるか遠いということはないのである。この世の中はいろんな障壁があるものであり、彩り豊かな筆でもって美しく艶めかしく描くことである。

(臨江仙七首 其の三)

渭闕 宮城 秦樹凋ち,玉樓 獨り上りて無す。

情を含みて自ら吹簫を語らず,調情して恨を和み,天路 風飄を逐う。

何事ぞ龍に乘り入り忽ち降り,知るに似たり 深意 相い招くを。

三清 手を攜えて路 遙ならざる,世間 屏障,彩筆 嬌饒の劃【かく】す。

  

 

(改訂版Ver.2.1

『臨江仙七首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙七首 其三

渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。

含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。

何事乘龍入忽降,似知深意相招。

三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

 

(下し文)

(臨江仙七首 其の三)

渭闕 宮城 秦樹凋ち,玉樓 獨り上りて無憀す。

情を含みて自ら吹簫を語らず,調情して恨を和み,天路 風飄を逐う。

何事ぞ龍に乘り入り忽ち降り,知るに似たり 深意 相い招くを。

三清 手を攜えて路 遙ならざる,世間 屏障,彩筆 嬌饒の劃【かく】す。

 

(現代語訳)

(男女の仲は永遠に続くものではないが、「三清」がふたりをみとめてくれるほどに、情愛を調和させることであり、障壁を乗り越える努力をすることであると詠う。)

渭水は秦の都、咸陽、次時代の長安の城門であった、その宮城と長安城を見守ってきた大木の秦樹もやがて凋落していったのだ。そして、いま、きらびやかに輝いている高楼に一人登ってみるとそこからは心が晴れやかにはならない。

秦の穆公の時、「蕭史あり、善く簫を吹く。」とあり、簫を吹くだけで語り合うことはなかったが、情の愛心を持っていた、やがて情愛を調和することになり、怨みを和ませることになる。そして二人は天への道を登っていきついには風に乗りひらひらと天に上ってしまう。

何事があったのか、それは簫史が竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、入っていき、そして降りて行ったのだ。これらの話で類似していることは、男女の愛は意志を深く持つことであり、たがいにまねきいれることなのである。

こうして、道教の最高神格の「三清」がふたりをみとめてくれれば、手を携えてその道を行くならばはるか遠いということはないのである。この世の中はいろんな障壁があるものであり、彩り豊かな筆でもって美しく艶めかしく描くことである。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

臨江仙七首 其三

20.(男女の仲は永遠に続くものではないが、「三清」がふたりをみとめてくれるほどに、情愛を調和させることであり、障壁を乗り越える努力をすることであると詠う。)

21. 花間集においては花街を仙郷と呼び、そこの女たちを巫女であったり、女神と表現される。この詩ではそうした語句を使わないで、故事や伝説を使って妓女を詠っている。前段は、秦の咸陽を取り上げ、秦の穆公の時代、長安の西、鳳翔に都をおいていたころの故事を詠い、言葉よりもその情愛、思い続けることで互いに愛し合えるものと云い、後段、愛し合えばどこへでも飛んで行けるものだし、女祠、巫女、道教の神と手を携えれば人間社会の障壁なんか何もなくなる世界に行けるのだ、と詠っている。

臨江仙

22. 唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。牛希濟の作は七首収められている。詞形を以下の通り。

(臨江仙七首 其一)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻、⑦⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

峭碧參差十二  冷煙寒樹重重  宮殿是仙  金鑪珠  香靄晝偏

●●△△●●○  △○○●△△  ○○○●●○○  ○○○●  ○●●△○

一自楚王驚夢斷  人間無路相逢  至今雲雨帶愁  月斜江  征棹動晨

●●●△○△●  ○△○●△○  ●○○●●○○  ●○○●  ○●●○○

 

(臨江仙七首 其二)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

謝家仙觀寄雲,岩蘿拂地成。 洞房不閉白雲,當時丹竈,一粒化黃

●○○△●○○  ○○●●○○  △○△●●○△  △○○●  ●●●○○

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴。 時間唳鶴起前,十洲高會,何處許相

●●○△△●●  ○△△●○○  ○△●●●○○  ●○○●  △●●△○

 

(臨江仙七首 其三)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句さん五平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

渭闕宮城秦樹,玉樓獨上無。 含情不語自吹,調情和恨,天路逐風

●●○○○●○  ●○●●○○  ○○△●●△○  △○△●  ○●●△○

何事乘龍入忽,似知深意相。 三清攜手路非,世間屏,彩筆劃嬌

△●△○●●  ●○△●△○  △○○●●○○  △△△△  ●●●△△

 

張泌『臨江仙一首』双調五十八字、前段二十九字五句三平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻、7⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

煙收湘渚秋江靜  蕉花露泣愁紅  五雲雙鶴去無  幾迴魂  凝望向長

○△○●○○●  ○○●●○○  ●○○●●○○  △△○●  △△●△△

翠竹暗留珠淚怨  閑調寶瑟波中  花鬟月鬢綠雲  古祠深殿  香冷雨和

●●●△○●△  ○△●●○△  ○○●●●○△  ●○△●  ○△●△△

(洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色に染まる瀟湘八景八景には、桃源郷初め、屈原の断腸の思いでの投身、娥皇女英が投身した地でもあり、彼女らを祀った宮祠殿には冷たい雨と風が吹き付けると詠う)

張泌《巻四34臨江仙 一首》『花間集』185全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6197

 

渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。

渭水は秦の都、咸陽、長安の城門であった、その宮城と長安城を見守ってきた大木の秦樹もやがて凋落していったのだ。そして、いま、きらびやかに輝いている高楼に一人登ってみるとそこからは心が晴れやかにはならない。

23. 渭闕 秦の咸陽の宮殿。

24. 秦樹 秦から始まり漢、隋、唐とその都の姿をずっと見守ってきた京兆の木樹をいう。

25. 無憀 心が晴れやかにならない。悲しんだり、恨んだりすることはない。

 

含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。

秦の穆公の時、「蕭史あり、善く簫を吹く。」とあり、簫を吹くだけで語り合うことはなかったが、情の愛心を持っていた、やがて情愛を調和することになり、怨みを和ませることになる。そして二人は天への道を登っていきついには風に乗りひらひらと天に上ってしまう。

26. 吹簫  簫史と弄玉との故事。 『列仙伝』に「簫史者、秦穆公時人也。善吹簫、穆公有女號弄玉、好之、遂以妻焉。遂教弄玉作鳳鳴。居數十年、吹似鳳凰、鳳凰來止其屋、為作鳳臺、夫婦止其下。不數年、一旦隨鳳凰飛去。」(秦の穆公の時、蕭史あり、善く簫を吹く。公の女弄玉これを好む。公もって奏す。遂に弄玉に教へて鳳鴫をなす。居ること数年、吹くに鳳凰の声あり。鳳来ってその星に止まる。公、為に鳳台を作る。夫妻その上に止りしが、一旦、みな鳳凰に随って飛去す)とみえる。・霊妃 秦の穆公の女の弄玉。
春秋時代、秦の穆公に弄玉というむすめがあった。笙の名手の蒲史を愛したので穆公は二人を夫婦にした。弄玉は夫から笙の吹き方を教わり、鳳の鳴き声が吹けるようになり、その音につられて鳳がやってくるようになった。後に簫史は竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、二人とも天上にのぼったという伝説がある。

27. 調情和恨 情愛を共調することになり、怨みを和ませることになる。

28. 風飄 風によってひらひらと飛び散るさま。

 

何事乘龍入忽降,似知深意相招。

何事があったのか、それは簫史が竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、入っていき、そして降りて行ったのだ。これらの話で類似していることは、男女の愛は意志を深く持つことであり、たがいにまねきいれることなのである。

29. 乘龍 史は竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、二人とも天上にのぼったという伝説。

 

三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

こうして、道教の最高神格の「三清」がふたりをみとめてくれれば、手を携えてその道を行くならばはるか遠いということはないのである。この世の中はいろんな障壁があるものであり、彩り豊かな筆でもって美しく艶めかしく描くことである。

30. 三清 三清(さんせい)は、道教の最高神格のこと。「太元」を神格化 ... 老君)の三柱。 それぞれ道教における天上界の最高天「玉清境」「上清境」「太清境」に住し、この三天のことも「三清」と呼ぶ。道観(道教寺院)にはしばしば「三清殿」と称する三清を祀る建物がある。

31. 屏障 屏障の意味や日本語訳。ピンインpíngzhàng1名詞 (場所・国家の守りとなる山脈・島・河川を指し)防壁,障壁.用例燕 yān 山是北京的天然屏障。=燕山は北京の自然の障壁である.

32. 嬌饒 うつくしくなまめかしいさま。・董嬌饒 美人名。指美人。後漢の宋子侯の「董嬌饒」詩(『玉臺新詠』巻1)この詩中では桑摘女の名前とされ、花の命よりも人の情けは、儚いものであることを言う。

 

中国で、簫の名手とされるのが簫史と弄玉で、2人とも仙人となった。『列仙伝』に次の話が載せられていru

簫史は、秦の穆公の時代(前659前621)の人である。簫を善くし、その演奏により孔雀や白鶴を庭に呼び寄せることができた。穆公には弄玉という娘があったが、彼女はこのことを気に入り、ついに弄玉を簫史の妻とした。日々、簫史は弄玉に鳳凰の鳴き声を教えていたところ、数年すると、鳳凰の声を吹けば、鳳凰が来て屋根の上に止まるようになった。穆公は彼らのために鳳台という物見台を作ってやったところ、夫婦はその台から下りず、数年を過ごした。その後、二人は鳳凰とともに飛び去ってしまった。そこで、秦の人は、彼らのために鳳女祠を雍宮(当時の秦の首都の雍城、あるいはその宮殿)の中に作ったところ、時に簫の声が聞こえた。

簫史妙吹、鳳雀舞庭。嬴氏好合、乃習鳳聲。遂攀鳳翼、参翥高冥。女祠寄想、遺音載清。

(簫史が妙なる音を吹くと、庭に鳳や雀が舞い遊ぶ。嬴氏(秦公の姓)が好み、鳳凰の声を習う。ついに鳳凰の翼にのぼり、高い仙界へと飛び上がっていった。鳳女祠に思いを寄せると、清らかな音が残っている。

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