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花間集巻五 毛文錫三十一首

花間集 訳注解説 (2)回目【字解集】a.浣溪沙 b.浣沙溪 c.月宮春 d.戀情深二首其一 e戀情深二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9226

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 2)回目【字解集】a.浣溪沙 b.浣沙溪 c.月宮春 d.戀情深二首其一 e戀情深二首其二》

 

 

 

2017108

の紀頌之”6”つの校注Blog

10年のBLOGの集大成

   李白総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745年 n集-12 【字解集】n. 訪道安陵遇蓋寰為予造真籙臨別留贈o. 鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居 漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9216

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745年-08 【字解集】008 A鳴皋歌送岑徵君  B對雪奉餞任城六父秩滿歸京Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8975

孟浩然

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10年のBLOGの集大成

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-150 昌黎先生 巻八-03鬥雞聯句【案:韓愈、孟郊】-#5 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9189

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806年-集17-133 韓昌黎集字解集秋雨聯句【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9064

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-141#24 秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九#24§8.-2注(1155) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9211

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767年-集-19 【字解集】 ・H提封 I鸚鵡 J孤雁 K鷗 L猿 M麂 N雞 O黃魚 P白小  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8998

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (2)回目【字解集】a.浣溪沙 b.浣沙溪 c.月宮春 d.戀情深二首其一 e戀情深二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9226 (10/08)

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花間集 訳注解説 (238)回目毛文錫【字解集】a.虞美人二首 b.酒泉子 c.喜遷鶯 d.西溪子 e.中興樂 f.更漏子 g.接賢賓 h.贊浦子》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9037 (09/05)

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

文-巻23-39 悼亡詩二首其三 曜靈運天機 -#3 Ⅴ漢詩・六朝詩・文選・古詩源・唐宋詩詞漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9185

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玉集-018【字解集】 e. 悼亡詩二首其一 f. 悼亡詩二首其二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9165

●薛濤の全詩

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●魚玄機全詩

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花間集 訳注解説 (2)回目【字解集】a.浣溪沙 b.浣沙溪 c.月宮春 d.戀情深二首其一 e戀情深二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9226

 

 

【字解集】a.浣溪沙

浣溪沙一首

18. (七夕の日は他の機織りの娘の所に行く牽牛星である、今宵だけは二人良い出会いを過すと詠う。)

19. 【構成】『花間集』には毛文錫の作が三十一首収められている。この詞調の「教坊曲」『浣溪紗』五十六首に毛文錫の一首は所収されている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

七夕年年信不  銀河清淺白雲微 蟾光鵲影伯勞  

每恨蟪蛄憐婺女 幾迴嬌妬下鴛  今宵嘉會兩依

●●○○△△○ ○○○△●○○ ○△●●●△○  

●●●○○●● △△△●●○○ ○○○●●△△

20. 毛文錫 

毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

 

七夕年年信不違,銀河清淺白雲微,蟾光鵲影伯勞飛。

天の川に隔てられた牽牛星と織女星が、毎年、一度だけ会う日が来る、その信頼は違うことはない、銀河の清らかな流れの浅瀬に彦星の訪問を示す白雲がかすかにひろがる。月の光が明るくなるとカササギが橋を造ると影が出来て、百舌鳥が飛んでいなくなる。

21. 七夕 陰暦七月七日の夜、天の川に隔てられた彦星と織姫が、年に一度だけ会うという伝説にちなむ年中行事。五節句のひとつ。《古詩十九首之十》(無名氏)「迢迢牽牛星  皎皎河漢女」(迢迢【ちょうちょう】たる牽牛星、皎皎【こうこう】たる河漢の女。)天の川を隔ててはるかかなたには彦星がいて、こちらにはこうこうと白くかがやく天の川の織姫がいる。

古詩十九首之十 (10) 漢詩<97>Ⅱ李白に影響を与えた詩529 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1404

22. 清淺 清んだ浅瀬。謝靈運《從斤竹澗越嶺溪行詩》「蘋萍泛沉深。菰蒲冒清淺。」(蘋萍【ひんべい】は沈深【ちんしん】に泛び、菰蒲【こほ】は清淺【せいせん】を冒【おお】えり。)浮草が深い淵にただよい集まり、まこもやがまは清んだ浅瀬を蔽って生えている。従斤竹澗超嶺渓行 謝霊運(康楽) 詩<57-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩448 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1161

23. 蟾光 つきあかり。李白《古朗月行》「蟾蜍蝕圓影、大明夜已殘。」(蟾蜍(せんじょ)は 円影を蝕し、大明 夜已に残く。)月の中にはヒキガエルがすんでいて、月のまるい影を食べている。月明かりが大きく照らさている夜があり、欠けてしまって夜の明りがのこる。古朗月行 #2 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 265350

24. 鵲 陰暦七月七日の夜、牽牛、織女の二星の、年に一度の逢瀬のために、鵲は翼をならべて天の川に橋をつくる。男女の契りの橋渡しをするという。

25. 伯勞 鳥類スズメ目の科である。モズと呼ばれるが、狭義にはその1種がモズと呼ばれる。 杜甫《百舌》は(この頃の口先だけの者たちを詠う)ものである。

廣徳2764-75 《百舌》 杜甫<751 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4085 杜甫詩1500-751-988/250039

 

每恨蟪蛄憐婺女,幾迴嬌妬下鴛機,今宵嘉會兩依依。

別れにはその度ごとに恨みにおもい、生命はニイニイゼミのように短いものであるし、須女という名の機織り娘も憐れなものである。幾度か、行き帰るうちに鴛鴦の機織りの方に下っていくのを見て嫉妬する、それでも今宵だけは、素敵な出会いであるから二人とも、しなやかな、名残惜しい時を過ごす。

26. 蟪蛄 蟪蛄けいこ(にいにいぜみ)生命の短いたとえ。人生のはかないことのたとえ。また、見識や経験の狭いことのたとえ。 小さなセミは夏の間だけしか生きないので、春と秋を知らない意から。「朝菌ちょうきんは晦朔かいさくを知らず、蟪蛄は春秋を知らず」から。「朝菌」は朝生えて晩には枯れるというキノコ。一説に、朝生まれて晩には死ぬ虫。

27. 婺女 1須女という名の機織り娘。玄武の亀身あるいは蛇身。.星宿名,即女宿。又名女,女。二十八宿之一,玄武七宿之第三宿,有星四。稽古始め・お披露目に吉。訴訟・結婚・葬式に凶

28. 嘉會 ① めでたい会合。  風流な会合。素敵な出会い。

29. 依依 枝などがしなやかである。名残り惜しく思うさま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】b.浣沙溪

浣沙溪

1.(李園、宜春院、沈香亭に集められた一芸を持った妓優は、春の芸を披露する宴で、見初められ人生が変わって行くとを詠うものである。)

2. ・歌舞と女楽、これらは唐代には上は天子、公卿から、下は庶民、士人に至るまでの、すべての人々にとって欠くことのできない芸術的楽しみであった。それゆえこれらは宮廷から、あらゆる社会の階層に至るまで盛んに行われた。宮廷の中にあった教坊、宜春院、梨園、それに長安・洛陽両京にあった外教坊などには、歌舞と音栗に携わる芸妓が多数集中していた。朝廷は天下の名人を広く捜し出したので、唐代の女性芸術家の最も優れた人々をそこに集めることができたのである。彼女たちは恵まれた条件を与えられ、専門的な教育を受けた。また宮廷では常時大規模な催しが開かれたので、彼女たちは芸術的才能を充分に発揮することができ、高度な芸術的才能をもった人々が輩出することになった。その他、貴族や富豪が、自宅に家妓を抱えておく風習も盛んであった。彼らは専門家を招いて家妓を教育し、賓客の歓送迎会、家の慶事や誕生日などの御祝には、必ず家妓に芸を披露させて興趣を添えた。各地の官妓たちの歌舞や音楽の才能も人々から重視され、官庁の歓送迎会、宴会、遊覧の際には、彼女たちの出演は不可欠な漬物となっていた。妓優、姫妾たちが音楽、歌舞を得意としただけでなく、家庭の女性も音楽を習い楽器に通じることを家庭の娯楽、高雅な修養とみなしていた。こうした風潮によって、優秀な芸術家が数多く育成されたのである。

   

    皇城と所の周辺の繁華街圖

 

『花間集』には毛文錫の作が三十一首収められている。この詞調の「教坊曲」浣沙溪は毛文錫の一首のみで、教坊曲『浣溪紗』五十六首にも毛文錫の一首は所収されている。双調四十八字、前段二十四字四句三平韻、後段二十四字三句二平韻一仄韻で、⑦⑦7③/7⑦❼③の詞形をとる。

春水輕波浸綠  枇杷洲上紫檀
晴日眠沙鸂鸂穩  暖相
羅襪生塵遊女過  有人逢著弄珠
蘭麝飄香初解  忘歸

○●△○△●○  △△○●●○○

○●○△○○●  ●△△

○●△○○●△  ●○○△●○△

○●○○○●●  ●○△

 

 

唐 興慶宮は位置図

 

興慶宮の正門は中国の宮殿には珍しく西側にあり、「興慶門」といった。その内にあった興慶宮西北部にある「興慶殿」が正殿となった。その南が「大同殿」であり、横に鐘楼と鼓楼が立ち、老子の像が祀られていた。また、「竜池」の近くには、沈香木で作られた「沈香亭」があった。「勤政務本楼」と「花萼相輝楼」は、直接、大路に接するようにつくられた高層建築物であった。

「竜池」には、雲気がただよい、黄竜が現れ、玄宗が皇帝に即位する前兆となったという伝承があり、南側に、竜を祀る「竜堂」や「五竜壇」があった。また、東北側に「沈香亭」があり、牡丹の名所で知られ、玄宗と楊貴妃が花見を行ったこと、李白がこれを題材に詩を詠い、それを李亀年が歌にしたというエピソードで知られる。近くの「金花落」に衛士の屯所があったと伝えられる。

 

春水輕波浸綠苔,枇杷洲上紫檀開。

春の雪解けの増水は軽やかな波を起てて流れ、水は澄んでいて、水底の綺麗な緑の苔を色濃く見せる。琵琶の花は池州の上に香りを漂わせ、宜春院や沈香亭の扉が啓かれる。

3. 春水 春の雪解け水で増水した河川をあらわす。川が増水しているのに透き通った水であることに特徴を持つ。期待感を表す語である。

4. 綠苔 水にうるおって青苔が生き生きとして色鮮やかな姿をいう。晩春から初夏、夏をいう。

李白 「綠苔」について

115巻三27長干行二首其一 

一一生綠苔。 苔深不能掃。 落葉秋風早。 八月胡蝶來。

658巻十九32金陵鳳凰台置酒 

東風吹山花。 安可不盡杯。 六帝沒幽草。 深宮冥綠苔。 置酒勿復道。 歌鐘但相催。 

5. 枇杷 ビワ。初冬から咲き始め、大寒を耐え、立春の頃まで咲いている。バラ科の常緑高木。冬、枝先に帯黄白色の五弁の小花をつける。 目立たない花ではあるが芳香があり、この季節に咲く花としては趣がある。

6. 紫檀開 興慶宮にある沈香亭・宜春院 沈香(水に沈む堅く重い香木)で作ったのでこう名づけられた建物。興慶宮の芝池の東南に在った。現在も興慶公園の沈香亭として復元されている。

李白《清平調詞其三》「名花傾國兩相歡、長得君王帶笑看。解釋春風無限恨、沈香亭北倚欄干。」  名高い牡丹の花と傾国の美女が、たがいにその美を歓びあう。君王は楽しげに眺めて、いつまでも微笑みをかえしておられる。その無限の恨みを解きほぐすかのように春風がふいてくる、紫檀、黒檀で作られた沈香亭の奥まったところ、欄杵に身を倚せた美しい建物に溶け込んだ妃は美しい。)

7. ・許和子(永新)『楽府雑録』『開元天宝遺事』に見える。吉州永新県の楽家の生まれの女性で本名を許和子と言った。開元の末年ごろに後宮に入り、教坊の宜春院に属した。その本籍によって、永新と呼ばれた。美貌と聡い性質を持ち、歌に長じ、作曲を行い、韓娥・李延年の千年来の再来と称せられた。玄宗から寵愛を受け、演奏中もその歌声は枯れることがなく、玄宗から「その歌声は千金の価値がある」と評せられる。玄宗が勤政楼から顔を出した時、群衆が騒ぎだしたので、高力士の推薦で永新に歌わせたところ、皆、静まりかえったという説話が伝わっている。

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。この後は、もうこれほどの盛況はなかったが、しかし教坊は依然として不断に宮妓を選抜して教坊に入れていた。憲宗の時代、教坊は皇帝の勅命だと称して「良家士人の娘及び衣冠(公卿大夫)の家の別邸の妓人を選び」内延に入れると宣言したので(『旧唐書』李緯伝)、人々は大いに恐れおののいた。そこで憲宗は、これは噂であると取り消さざるを得なかった。文宗の時代、教坊は一度に「霓裳羽衣」(開元、天宝時代に盛んに行われた楽曲)の舞いを踊る舞姫三百人を皇帝に献上したことがあった。

8. ・梨園、宜春院 玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

選ばれて宜春院に入った「内人」は身分が最も高かった。彼女たちが演舞する時には、雲韶院で訓練中の宮人とは衣服や装飾品に高低の区別があり、「内人」には佩魚が許されていたが、宮人には許されなかった。内人は比較的優遇されており、その家庭は「内人家」とよばれ、みな宮廷の外の外教坊に住み、季節ごとに宮廷から糧米が支給されていた。内人の中で皇帝から最も寵愛を受けていた「十家」と称される内人は邸宅を賜り、日常の賞賜もたいへん多かった。また、内人は家族と常時会うことができ、毎月の二日、十六日、あるいは自分の誕生日などに母親や姉妹が訪ねることができた。敬宗の時、皇帝は自ら内人の家族千二百人を招待し、教坊で宴席を設け、褒美として錦を下賜した(『旧唐書』敬宗紀)。

 

晴日眠沙鸂鸂穩,暖相隈。

長閑な晴れの天気が続き、鴛鴦たちの群れ砂に隠れたりし、眠る、暖かさはツガイの者たちを寄り添わせて隅にゆく。

9. 鸂鶒 おしどり。12・3世紀以前の性の倫理観は非常に自由であったので、鴛鴦の様に男女の番という表現は、必ずしも決まった男女ということではないのである。明時代以降の朱子学から貞操感の厳格化と性の隠蔽、頽廃の二極化していく。

 

羅襪生塵遊女過,有人逢著弄珠迴。

うす絹の靴下の宮女・妓優たちが動けば塵を生じ、歌舞音曲の宮女、妓優たちが楽しませてくれる時を過ごす。人は、そこで出会い、珠を弄んで帰っていく。

10. 羅襪 うす絹の靴下。李白《玉階怨》「玉階生白露、夜久侵羅襪。却下水精簾、玲瓏望秋月。」(玉階(ぎょくかい)に白露(はくろ)生じ、夜久しくして羅襪(らべつ)を侵(おか)す。水精(すいしょう)の簾(すだれ)を却下(きゃっか)するも、玲瓏(れいろう)として秋月(しゅうげつ)を望む)

11. 生塵 春の砂塵を起す。俗塵から選定された若い者たちが出てくれば

12. 遊女 宴における歌舞音曲の宮女、妓優たち。

13. 逢著 出会う。ふと出くわす。

14. 弄珠 珠をもてあそぶ。

 

蘭麝飄香初解珮,忘歸來。

梨園、宜春院、沈香亭に集められた若い妓優は、蘭麝のお香が漂いかおる中で、佩魚が許され、はじめて帯を解く、宮女・妓優はもう帰っていく処のことは忘れてしまわねばならない。

15. 蘭麝 蘭の花と麝香 (じゃこうの香り。また、よい香り。

16. 初解珮 はじめて帯を解いて経験するということだが、佩び玉を腰につけることは宮女の中でも身分が高い方であろう。その場合宜春院に入った「内人」であれば、佩魚が許されるという、この場合並はずれた飛び切りの芸を持っている出身の家柄も良い場合ということになる。

17. 忘歸來 宮女として仕えはじめれば、帰ることは許されない。天子の所有物となることをいう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】c.月宮春

月宮春

1. (神仙の居所を訪ね歩き、やっと桂の花が咲く水精宮にいたる。紅く芳しい芍薬が咲き、集霊宮、通天台にむかい、瑪瑙の盃をかたむける、九曲、九奏の調べに乗せて最高神の玉皇大帝が親しみを持って現れると詠う。)

2.  月宮 皇帝の後宮、あるいは、離宮であろう、そこは神仙郷であり、そこに仙女たちが歌い、演奏し、踊るのを詠ったものである。「訪ね歩く」とあるので、どこかの離宮の不思議さを込めて詠ったものである。

3. 構成 『花間集』には毛文錫の作が三十一首収められている。「教坊曲」『月宮春』一首所収されている。双調四十二字、前段二十六字四句三平韻一仄韻、後段二十五字四句二平韻で、⑦⑥❼⑥/7⑦6⑤の詞形をとる。

水精宮裡桂花  神仙探幾迴  紅芳金蘂繡重  低傾馬瑙
玉兔銀蟾爭守護  嫦娥女戲相隈  遙聽鈞天九奏  玉皇親看

⑦⑥❼⑥―7⑦6⑤

●△○●●○  ○○△△△  ○○○●●△  ○○●●

●●○○○●●  ○○●●△△  ○△○○△●  ●○△△

 

水精宮裡桂花開,神仙探幾迴。

月に在る水精宮殿の庭には桂の花が開いている。神仙を訪ねてもうどれくらいめぐり廻ったであろうか、ここにやっと見つけた。

4. 水精宮 飛散する水珠が輝く水の妖精が生まれ出る水の宮殿。

杜甫『曲江對酒』「苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。」(苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。)春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。

曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246

この貴戚の家の若い妻とその妹は宮中で寵愛を受け、夫や兄弟は侯に封ぜられ、あるいは官となり、彼女の生活は何の憂いも心配もない - 「午年 楽しみ末だ休まず」である。貴族の女性たちといえば、人々はすぐ有名な楊貴妃の三姉妹の韓国夫人、我国夫人、秦国夫人の三人を思いだすだろう。楊貴妃が寵愛を受けたので、三姉妹は同時に国夫人に封ぜられ、玄宗から各人毎月十万銭を支給されたが、それは専らお化粧代としてであった。平生の皇帝からの賜り物は、さらに多く数えきれないほどであった。我国夫人の「照夜磯」、秦国夫人の「七菓冠」などは稀代の珍宝であった。韓国夫人は祝祭日に山上に百本の灯火を立て、その高さは八十尺もあり、坦々たる明るさは月光に勝って、百里の遠くからも眺められた。彼女たちはそれぞれ大邸宅をつくり、その華麗宏壮なることは皇宮に匹敵し、一台閣を造営するごとに費やす金は千万を越えた。もし規模が自分の台閣を越える建物を見たりすると、元の建物をとり壊して新しく遣り直させた。遊覧に出かける時は一家あげて一団となり、みな同じ色彩の衣服を着、彼女たちの乗る車馬とお付きの従僕が道路を塞ぎ、それぞれの牛車の上に飾られた珍宝珠玉の値打は、数十万貫を下らなかった。串が通った後は装身具や珠翠が道いっぱいに落ちていた。ある時、彼女たちは宮中で玄宗の側に侍り音楽を楽しんでいた。玄宗は自ら鼓を打った後、笑いながら秦国夫人に褒美を求めた。秦国夫人は「私は大唐帝国の天子様の姉ですもの、お金が無いわけはないでしょう」といい、すぐ三百万銭をとり出して笑わせた(以上の話は、『開元天宝遺事』、『明皇雑録』、楽史『楊太真外伝』等に見える)。

当時詩人の杜甫は、名高い「麗人行」なる詩を書いて、この三人の夫人が春遊する豪華絢欄たるさまを次の詩のように描写した。

杜甫 《巻二41麗人行》

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

繍羅衣裳照暮春,蹙金孔雀銀麒麟。頭上何所有,    翠微盎葉垂鬢唇。

背後何所見,    珠壓腰衱穩稱身。就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。犀箸厭飫久未下,鸞刀縷切空紛綸。

黄門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍。簫管哀吟感鬼神,賓從雜遝實要津。

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵。楊花雪落覆白蘋,靑鳥飛去銜紅巾。

炙手可熱勢絶倫,慎莫近前丞相嗔。

麗人行  杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 65

 

紅芳金蘂繡重臺,低傾馬瑙盃。

紅く芳しい芍薬が咲いていて、刺繍のとばりが幾重にも垂れている集霊宮、通天台などの高閣の高台があり、瑪瑙の盃を何度も繰り返して飲み干した。

5. 金蘂 1.金色花蕊。  元稹 《紅芍薬》詩「繁滋蹙金蕊,高燄当鑪火。」2. 菊的异名。  欧陽脩 《希真堂東手种菊花十月始弄》詩「君看金蕊正芬敷,日浮霜相照耀。」

6. 重臺・馬瑙盃 仙女西王母の使者である青い鳥は、崑崙山のある西の彼方へ飛び去って、約束の訓戒を守らず奢侈にあけくれ、ついに二度とかえって来なかった。漢の武帝は西王母を迎え長命の術をさずかるべく、集霊宮、通天台などの高閣を建てて、長くそこで西王母をまっていた。

その侍臣に文才秀れた司馬相如がいたが糖尿病を病んで苦しんでいた。帝は、それを知らぬはずのないのに、豪華に設えた承露盤の露、それは不老長寿の薬であり、盃に一杯だけでも賜ろうとしなかった。

漢宮詞 李商隠 :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 63

7. 瑙盃 自然資源、玉石、瑪瑙で作られた盃。メノウは、縞状の玉髄の一種で、オパール、石英、玉髄が、層状に岩石の空洞中に沈殿してできた、鉱物の変種である。

杜甫《鄭駙馬宅宴洞中》

主家陰洞細煙霧,留客夏簟青瑯玕。

春酒杯濃琥珀薄,冰漿碗碧瑪瑙寒。

悞疑茅屋過江麓,已入風磴霾雲端。

自是秦樓壓鄭穀,時聞雜佩聲珊珊。

 

玉兔銀蟾爭守護,姮娥女戲相隈。

月には、玉に輝くうさぎと、銀色に輝くヒキガエルは争って月宮を守護している。そこに姮娥が蟾蜍になったといい、月の美しい姫となり、月の隈っているところにいるかと思われるわれるほど、道教の太清宮を守っている。

8. 玉兎銀蟾 ・朧縫1月のこと。・自棄/題・l「玉兎」は、傳説で月にいるというウサギ、転じて、月の異称。「銀蟾」は、月にいるというヒキガエル。転じて、月の異称。

9. 玉蟾 《月の中に三つ足の蟾(ヒキガエル)がいるという伝説から》月の異称。

10. 姮娥 中国神話にみえる月神。常娥,常羲(じようぎ)な

どとも書く。《山海経(せんがいきよう)》大荒西経に,帝俊の妻常羲が月十二を生み,大荒の日月山で浴することがみえる。帝俊は文献にいう舜で,もと太陽神。《淮南子(えなんじ)》覧冥訓に,羿(げい)が不死の薬を西王母に求めたところ,嫦娥がこれを窃(ぬす)んで月に奔(はし)ったことがみえ,そこでは嫦娥は羿の妻と解されている。月に奔った嫦娥は月中の蟾蜍(せんじよ)(がま)となり,月の精となった。

11. 女 1.亦作奼女。 2.少女;美女。 3.道家丹,称水银为姹女。亦作“奼女”。 1.少女;美女。《后漢書·五行志一》:「河间姹女工数,以钱为室金堂。」

 

遙聽鈞天九奏,玉皇親看來。

すると遙か先から聞こえてくるのは、神仙においての最高神の居所から、あらゆる音楽器で九曲、奏でられる音楽である。最高神である玉皇大帝が元宵節には現れると聞いてはいたが、まさに親しみを持って、ここに現れたのである。

12. 鈞天 天の中央。転じて、天子の居所。ここでは神仙においての最高神の居所。

13. 九奏 音楽を九度演奏すること。音楽の九曲の終ること。《史記·扁鵲倉公列傳》居二日半,簡子寤,語諸大夫曰:「我之帝所甚樂,與百神游於鈞天,廣樂九奏萬舞,不類三代之樂,其聲動心。」各種の楽器で九曲、奏でられること。笙笛、横笛、瑟、箏、琴、胡弓、鼓など教坊の曲を奏でる。

14. 玉皇 大帝、玉皇上帝、あるいは玉皇、玉帝、天公は、中国道教における事実上の最高神で、天界の支配者でありその下の地上・地底に住むあらゆるものの支配者でもある。

道観には「玉皇殿」など玉皇大帝を祀る殿閣がある。旧暦19日は「玉皇誕」とされ、玉皇大帝の誕生の日として祭祀が行われる。旧暦115日に行われる元宵節の由来にも、玉皇大帝は登場する。

天帝崇拝は存在したが、玉皇大帝が記録の中に現れるのは後漢以後のことで、道教の体系化に伴い三清・四御などの説が整えられ天帝とみなされるようになった。宋の時代に幾人かの皇帝が玉皇大帝を重視し強く崇拝したことから庶民の中でも崇拝されるようになり、道教の中でも重要な存在となった。

杜甫『曲江對酒』
苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。桃花細逐楊花落,黃鳥時兼白鳥飛。
縱飲久判人共棄,懶朝真與世相違。吏情更覺滄洲遠,老大悲傷未拂衣。
(曲江にて酒に對す)
苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。桃花【とうか】細【こまや】かに梨花を逐うて落ち、黄鳥【こうちょう】時兼【とも】にして白鳥と飛ぶ。
飲を縦【ほしいまま】にし久しく判して人共に棄つ、朝するに懶【ものうし】く真に世と相違【たご】う。吏情【りじょう】更に覚ゆ滄洲【そうしゅう】の遠きを、老大【ろうだい】徒【いたずらに】に傷む未だ衣を払わざるを。
春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。
それから桃の花は微細に落ちち、やなぎの花、柳絮の散るあとを追いかけて落ちてまた落ちる、黄色の鳥たちは時を同じにして一斉に白色の鳥たちと飛びたつ。
勝手きままにすきなだけ酒を呑んで長いあいだ自暴自棄になり人も相手をしてくれない、参朝することが億劫になってしまい、世間の人皆から見放されてしまっている、実際自分も世の人とは違背しているのである。
官吏としての今の心持は、これまでよりももっと滄洲の仙境と隔たりができた様な気がするばかりで、こんなに年を取ってからでは衣を払って仙境に向って去って行けないことを傷み悲しむだけなのである。

曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246

 

 

水精宮裡桂花  神仙探幾
紅芳金蘂繡重  低傾馬瑙
玉兔銀蟾爭守護  姮娥女戲相
遙聽鈞天九奏  玉皇親看

⑦⑥❼⑥―7⑦6⑤

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●水精宮について

水精宮 或は水晶宮。

1.以水晶裝飾的宮殿。

南朝  任昉 《述异記》卷上「闔閭 構水精宮, 尤極珍怪, 皆出之水府。」

 楊允孚 《灤京雜詠》「誰道人間三伏節, 水晶宮裏十分秋。」

2.中的月宮。

前蜀 毛文錫 《月宮春》「水晶宮裏桂花開, 神仙探幾回。」

 歐陽修 直對月寄子華舍人》「水精宮鎖黃金闕, 故比人間分外寒。」

3.中的水神或龍王宮殿。

《水滸傳》第一一三回「混沌鑿開元氣窟, 馮夷 獨佔水晶宮。」

《西游記》第三回「老龍大喜, 引入水晶宮相見了。」

《中國民間故事選‧金沙和玉龍山》「東海 裏, 有一座水晶宮, 拿金鋪地, 拿玉做階, 拿珊瑚做柱, 拿珍珠做簾, 真是個美麗的地方。」

4. 蘇州  湖州 一帶的美稱。

 姜夔 《惜紅衣》詞序「 號水晶宮, 荷花甚麗。」

 

 

●  花間集における「水精」について

溫庭筠

《巻一02菩薩蠻十四首其二》水精簾裡頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。江上柳如煙,鴈飛殘月天。藕絲秋色淺,人勝參差剪。雙鬢隔香紅,玉釵頭上風。

薛昭蘊

《巻三45謁金門》春滿院,疊損羅衣金線。睡覺水精簾未捲,簷前雙語鷰。斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

張泌

《巻四48南歌子三首其一》柳色遮樓暗,桐花落砌香。畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

毛文錫

《巻五27月宮春一首》水精宮裡桂花開,神仙探幾迴。紅芳金蘂繡重臺,低傾馬瑙盃。玉兔銀蟾爭守護,姮娥女戲相隈。遙聽鈞天九奏,玉皇親看來。

牛希濟

《巻五41臨江仙七首其六》柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。

毛熙震

《巻十02河滿子二首 其二》  無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。幾度香閨眠曉,綺疎日微明。雲母帳中惜,水精枕上初驚。笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】d.戀情深二首其一

戀情深二首其一

1.(春の訪れに寵愛を受け、妃嬪は酒宴に酔い、そして、この夜も深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)

2.『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十一字四句二平韻、後段二十一字四句三平韻で、74⑦③/⑦⑤6③の詞形をとる。

滴滴銅壺塞漏  醉紅樓月  宴餘香殿會鴛  蕩春
真珠簾下曉光侵  鶯語隔瓊林  寶帳欲開慵起  戀情

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滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。

ピン、ピン、・・・・、銅製の壺の塞いだところから漏れて、時は過ぎる、むせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 

3. 滴滴 ① 水などのしたたり。点々と落ちるしずく。② 点々とあるようす。

4. 銅壺 銅板などでかまど形につくったもの。内部を空洞にしてあるので,そこへ水を満たし,空洞の中に排水を落とし、その音が地上に聞こえるように設計され、水位に倚り、時刻を計る。この時、排水は滴水化して落とす。具体的な過程としては、縦穴を伝って流れ落ちた水が水滴となって空洞の底面に溜まった水に落ち、その際に発せられた音が縦穴を通して外部に漏れる。この原理は、水琴窟に発展する。

 

宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。

寝殿の側の香殿の酒宴は遅くまで続いた後には、鴛鴦のかけ布団のなかですごす。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。

5. 香殿 

《庾信賦》披香殿裹作春衣。椒香殿。全廟有九蟒殿、五嶽殿、香殿等。編輯本段歷史峨眉大廟飛來殿峨眉大廟飛來殿爲中國古代道教建築。

6. 鴛衾 鴛鴦のかけ布団。一夜を共にする。

7. 蕩【とう】揺れ動く。ゆらゆら動かす。「蕩揺/漂蕩」酒色などにおぼれる。締まりがない。「蕩児/淫蕩(いんとう)・放蕩・遊蕩」豊かに広がっている。

 

真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。

楽しく過ごす閨に真珠の珠簾の聯の下に、朝の光が差し込み、暁鶯の啼き声が、少し離れた瓊林から聞こえてくる。

8. 鶯語 鶯(うぐいす)の鳴き声。ウグイスの鳴き声。

《巻九63絶句漫興 九首 其一》「眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。」絶句漫興九首 其二 成都浣花渓 杜甫 <446  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2175 杜甫詩1000-446-629/1500

白居易 琵琶行 間關鶯語花底滑,幽咽泉流水下灘。(間關たる鶯語 花底に滑かに,幽咽せる泉流は 氷下に難む。)

9. 瓊林 隋から唐の時代、「瓊花(チウンホア)」は「玉蘂」とも呼ばれ、その芳香のある黄白色の花が愛でられたと玉のように美しい瓊樹の林。その花を食べると長寿になる。ここでは、その木々が描かれた屏風、何時までも二人で過ごす、仲睦まじい様子が続くというほどの意味。

 

寶帳 欲開慵起,戀情深。

宝飾に飾られたとばりがある、けだるさが残っているけれど起き上がって開こうとする、深く愛し合った、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

10. 慵起 けだるく起きるのも億劫であること。

11. 戀情 恋い慕う気持ち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】e戀情深二首其二

戀情深二首其二

12. (宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)

13. (1) 彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでほとんどの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。

(2) 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」「妃嬢」 - 皇帝の妾とされた。

14. 『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十一字四句二平韻一仄韻、後段二十一字四句三平韻で、❼4⑦③/❼⑤6③の詞形をとる。

滴滴銅壺塞漏  醉紅樓月  宴餘香殿會鴛  蕩春
真珠簾下曉光  鶯語隔瓊林  寶帳欲開慵起  戀情

●●○○●●△  ●○○●  ●○○●●○○  ●○○

○○○●●△△  ○●●○○  ●●●○○●  ●○△

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十一字四句二平韻二仄韻、後段二十字四句二平韻二仄韻で、❼❹⑦③/⑦⑤❺❸の詞形をとる。

玉殿春濃花爛  簇神仙  羅裙窣地縷黃   奏清
酒闌歌罷兩沉  一笑動君  永作鴛鴦  戀情

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玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。

寝殿は耀ける宮殿、いま花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まってくる。

15. 玉殿 (1).殿の美称。 (2).朝廷,天子のこと。 (3).伝説中天界神仙の殿。 

 

羅裙窣地縷黃金,奏清音。

うす絹の巻きスカートで踊ると突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められる、清らかな音楽を奏でる。

16. 窣地 突然のように地面に。

17. 縷[音]ル(呉)(漢)細々と連なる糸筋。「一縷」細く、途切れずに続くさま。こまごまとしたさま。「縷言・縷述・縷説・縷陳・縷縷」ぼろ。「襤縷(らんる)

 

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。

音楽が盛り上がるほど、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。それから、一人の妃嬪の微笑が君王の心をとらえ、動かす。

18. 闌【酣/たけなわ】とは。行事・季節などが最も盛んになった時。盛りが極まって、それ以後は衰えに向かう時。また、そのようなさま。真っ盛り。真っ最中。

 

永作鴛鴦伴,戀情深。

その夜から、とこしえに鴛鴦が一緒にいるようになり、深く愛し合い、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

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