花間集 訳注解説 (250)回目毛文錫巻五25浣溪沙》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9121

 250)回目毛文錫巻五25浣溪沙》

 

 

花間集 訳注解説 (250)回目毛文錫巻五25浣溪沙》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9121

(李園、宜春院、沈香亭に集められた一芸を持った妓優は、春の芸を披露する宴で、見初められ人生が変わって行くとを詠うものである。)

春の雪解けの増水は軽やかな波を起てて流れ、水は澄んでいて、水底の綺麗な緑の苔を色濃く見せる。琵琶の花は池州の上に香りを漂わせ、宜春院や沈香亭の扉が啓かれる。

長閑な晴れの天気が続き、鴛鴦たちの群れ砂に隠れたりし、眠る、暖かさはツガイの者たちを寄り添わせて隅にゆく。

うす絹の靴下の宮女・妓優たちが動けば塵を生じ、歌舞音曲の宮女、妓優たちが楽しませてくれる時を過ごす。人は、そこで出会い、珠を弄んで帰っていく。

梨園、宜春院、沈香亭に集められた若い妓優は、蘭麝のお香が漂いかおる中で、佩魚が許され、はじめて帯を解く、宮女・妓優はもう帰っていく処のことは忘れてしまわねばならない。

 

 

花間集 巻五

 

 

 

浣 溪 沙

韋莊

巻二29浣溪沙五首其一清曉粧成寒食天,柳毬斜裊間花鈿,捲簾直出畫堂前。指點牡丹初綻,日高猶自凭朱欄,含嚬不語恨春殘。

韋莊

巻二30浣溪沙五首其二欲上鞦韆四體慵,擬教人送又心忪。畫堂簾幕月明風。此夜有情誰不極,隔牆棃雪又玲瓏,玉容憔悴惹微紅。

韋莊

巻二31浣溪沙五首其三惆悵夢餘山月斜,孤燈照壁背紅紗,小樓高閣謝娘家。暗想玉容何所似,一枝春雪凍梅花,滿身香霧簇朝霞。

韋莊

巻二32浣溪沙五首其四綠樹藏鶯鶯正啼,柳絲斜拂白銅堤,弄珠江上草萋萋。日暮飲歸何處客,繡鞍驄馬一聲嘶,滿身蘭麝醉如泥。

韋莊

巻二33浣溪沙五首其五夜夜相思更漏殘,傷心明月凭欄干,想君思我錦衾寒。咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看,幾時攜手入長安。

薛昭蘊

巻三27浣溪沙八首其一紅蓼渡頭秋正雨,印沙鷗跡自成行,整鬟飄袖野風香。不語含嚬深浦裏,幾迴愁煞棹舡郎,鷰歸帆盡水茫茫。

薛昭蘊

巻三28浣溪沙八首其二鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

薛昭蘊

巻三29浣溪沙八首其三粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

薛昭蘊

巻三30浣溪沙八首其四握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

薛昭蘊

巻三31浣溪沙八首其五簾下三間出寺牆,滿街垂楊綠陰長,嫩紅輕翠間濃粧。瞥地見時猶可可,卻來閑處暗思量,如今情事隔仙

薛昭蘊

巻三32浣溪沙八首其六江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

薛昭蘊

巻三33浣溪沙八首其七傾國傾城恨有餘,幾多紅淚泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

薛昭蘊

巻三34浣溪沙八首其八越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。

張泌

巻四28浣溪沙十首其一鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。

張泌

巻四29浣溪沙十首其二馬上凝情憶舊遊,照花淹竹小溪流,鈿箏羅幕玉搔頭。早是出門長帶月,可堪分袂又經秋,晚風斜日不勝愁。

張泌

巻四30浣溪沙十首其三獨立寒堦望月華,露濃香泛小庭花,繡屏愁背一燈斜。雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。

張泌

巻四31浣溪沙十首其四依約殘眉理舊黃,翠鬟擲一簪長,暖風晴日罷朝粧。閑折海棠看又撚,玉纖無力惹餘香,此情誰會倚斜陽。

張泌

巻四32浣溪沙十首其五翡翠屏開繡幄紅,謝娥無力曉粧慵,錦帷鴛被宿香濃。微雨小庭春寂寞,鷰飛鶯語隔簾櫳,杏花凝恨倚東風。

張泌

巻四33浣溪沙十首其六枕障燻鑪隔繡幃,二年終日兩相思,杏花明月始應知。天上人間何處去,舊歡新夢覺來時,黃昏微雨畫簾垂。

張泌

巻四34浣溪沙十首其七花月香寒悄夜塵,綺筵幽會暗傷神,嬋娟依約畫屏人。人不見時還暫語,令纔後愛微嚬,越羅巴錦不勝春。

張泌

巻四35浣溪沙十首其八偏戴花冠白玉簪,睡容新起意沉吟,翠鈿金縷鎮眉心。小檻日斜風悄悄,隔簾零落杏花陰,斷香輕碧鏁愁深。

張泌

巻四36浣溪沙十首其九晚逐香車入鳳城,東風斜揭繡簾輕,慢迴嬌眼笑盈盈。消息未通何計是,便須佯醉且隨行,依稀聞道大狂生。

張泌

巻四37浣溪沙十首其十小市東門欲雪天,眾中依約見神仙,蘂黃香畫貼金蟬。飲散黃昏人草草,醉容無語立門前,馬嘶塵烘一街煙。

毛文錫

巻五26浣溪沙七夕年年信不違,銀河清淺白雲微,蟾光鵲影伯勞飛。每恨蟪蛄憐婺女,幾迴嬌妬下鴛機,今宵嘉會兩依依。

欧陽烱

巻五47浣溪沙三首其一落絮殘鶯半日天,玉柔花醉只思眠,惹映竹滿爐煙。獨掩畫屏愁不語,斜欹瑤枕髻鬟偏,此時心在阿誰邊。

欧陽烱

巻五48浣溪沙三首其二天碧羅衣拂地垂,美人初著更相宜,宛風如舞透香肌。獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人時。

欧陽烱

巻五49浣溪沙三首其三相見休言有淚珠,酒闌重得敘歡,鳳屏鴛枕宿金鋪。蘭麝細香聞喘息,綺羅纖縷見肌膚,此時還恨薄情無。

顧夐

巻七01浣溪沙八首其一春色迷人恨正,可堪蕩子不還家,細風輕露著梨花。簾外有情雙鷰颺,檻前無力綠楊斜,小屏狂夢極天涯。

顧夐

巻七02浣溪沙八首其二紅藕香寒翠渚平,月籠虛閣夜蛩清,塞鴻驚夢兩牽情。寶帳玉鑪,殘麝冷,羅衣金縷暗塵生,小孤燭淚縱橫。

顧夐

巻七03浣溪沙八首其三荷芰風輕簾幕香,繡衣鸂鶒泳迴塘,小屏閑掩舊瀟湘。恨入空幃鸞影獨,淚凝雙臉渚蓮光,薄情年少每思量。

顧夐

巻七04浣溪沙八首其四惆悵經年別謝娘,月花院好風光,此時相望最情傷。青鳥不來傳錦字,瑤何處鏁蘭房,忍教魂夢兩茫茫。

顧夐

巻七05浣溪沙八首其五庭菊飄黃玉露濃,冷莎隈砌隱鳴蛩,何期良夜得相逢。背帳風搖紅滴,惹香暖夢繡衾重,覺來枕上怯晨鐘。

顧夐

巻七06浣溪沙八首其六雲澹風高葉亂飛,小庭寒雨綠苔微,深閨人靜掩屏幃。粉黛暗愁金帶枕,鴛鴦空繞畫羅衣,那堪辜負不思歸。

顧夐

巻七07浣溪沙八首其七鴈響遙天玉漏清,小紗外月朧明,翠幃金鴨炷香平。何處不歸音信斷,良宵空使夢魂驚,簟涼枕冷不勝情。

顧夐

巻七08浣溪沙八首其八露白蟾明又到秋,佳期幽會兩悠悠,夢牽情役幾時休。記得泥人微斂黛,無言斜倚小書樓,暗思前事不勝愁。

孫光憲

巻七38浣溪沙九首其一蓼岸風多橘柚香,江邊一望楚天長,片帆煙際閃孤光。目送征鴻飛杳杳,思隨流水去茫茫,蘭紅波碧憶瀟湘。

孫光憲

巻七39浣溪沙九首其二桃杏風香簾幕閑,謝家門約花關,畫梁幽語鷰初還。繡閣數行題了壁,曉屏一枕酒醒山,卻疑身是夢魂間。

孫光憲

巻七40浣溪沙九首其三花漸凋疎不耐風,畫簾垂地晚堂空,墮階縈蘚舞愁紅。膩粉半粘金靨子,殘香猶暖繡薰籠,蕙心無處與人同。

孫光憲

巻七41浣溪沙九首其四攬鏡無言淚欲流,凝情半日懶梳頭,一庭疎雨濕春愁。楊柳秖知傷怨別,杏花應信損嬌羞,淚沾魂斷軫離憂。

孫光憲

巻七42浣溪沙九首其五半踏長裾宛約行,晚簾疎處見分明,此時堪恨昧平生。早是銷魂殘燭影,更愁聞著品絃聲,杳無消息若為情。

孫光憲

巻七43浣溪沙九首其六蘭沐初休曲檻前,暖風遲日洗頭天,濕雲新斂未梳蟬。翠袂半將遮粉臆,寶釵長欲墜香肩,此時模樣不禁憐。

孫光憲

巻七44浣溪沙九首其七風遞殘香出繡簾,團窠金鳳舞襜襜,落花微雨恨相兼。何處去來狂太甚,空推宿酒睡無猒,爭教人不別猜嫌。

孫光憲

巻七45浣溪沙九首其八輕打銀箏墜鷰泥,斷絲高罥畫樓西,花冠閑上午牆啼。粉籜半開新竹逕,紅苞盡落舊桃蹊,不堪終日閉深閨。

孫光憲

巻七46浣溪沙九首其九烏帽斜欹倒佩魚,靜街步訪仙居,隔牆應認打門初。將見客時微掩斂,得人憐處且先疎,低頭羞問壁邊書。

閻選

《巻九24浣溪沙》  寂寞流蘇冷茵,倚屏山枕惹香塵,小庭花露泣濃香。劉阮信非仙洞客,常娥終是月中人,此生無路訪東鄰。八拍蠻二首

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。

毛熙震

《巻九35浣溪沙七首其二》  香紅煙景迷,滿庭芳艸綠萋萋,金鋪閑掩簾低。紫一雙嬌語碎,翠屏十二峯齊,夢魂銷散醉空閨。

毛熙震

《巻九36浣溪沙七首其三》  起紅房醉欲銷,綠鬟雲散金翹,雪香花語不勝嬌。好是向人柔弱處,玉纖時急裙腰,春心牽惹轉無

毛熙震

《巻九37浣溪沙七首其四》  一隻橫釵墜髻叢,靜眠珍簟起來慵,羅紅嫩抹酥胸。羞斂細蛾魂暗斷,困迷無語思猶濃,小屏香靄碧山重。

毛熙震

《巻九38浣溪沙七首其五》  雲薄羅裙綬帶長,滿身新瑞龍香,翠鈿斜映梅粧。佯不人空婉約,笑和嬌語太倡狂,忍教牽恨暗形相。

毛熙震

《巻九39浣溪沙七首其六》  碧玉冠輕裊鷰釵,捧心無語,緩移弓底羅鞋。暗想歡何計好,豈堪期約有時乖,日高深院正忘懷。

毛熙震

《巻九40浣溪沙七首其七》  半醉凝情臥茵,睡容無力卸羅裙,玉籠鸚鵡聽聞。慵整落釵金翡翠,象梳欹鬢月生雲,錦屏幌麝煙薰。

 

李珣

《巻十14浣溪沙四首其一》  入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月香徑夢悠颺。

李珣

《巻十15浣溪沙四首其二》  晚出閑庭看海棠,風流學得家粧,小釵橫戴一枝芳。鏤玉梳斜雲鬢膩,縷金衣透雪肌香,暗思何事立殘陽。

李珣

《巻十16浣溪沙四首其三》  訪舊傷離欲斷魂,無因重見玉樓人,六街微雨鏤香塵。早為不逢巫峽夢,那堪虛度錦江春,遇花傾酒莫辭頻。

李珣

《巻十17浣溪沙四首其四》  紅藕花香到檻頻,可堪閑憶似花人,舊歡如夢音塵。翠疊畫屏山隱隱,冷鋪紋簟水潾潾,斷魂何處一蟬新。

 

 

 

花間集 教坊曲《浣溪沙》毛文錫

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9121

 

 

 

 

浣沙溪一首

(李園、宜春院、沈香亭に集められた一芸を持った妓優は、春の芸を披露する宴で、見初められ人生が変わって行くとを詠うものである。)

春水輕波浸綠苔,枇杷洲上紫檀開。

春の雪解けの増水は軽やかな波を起てて流れ、水は澄んでいて、水底の綺麗な緑の苔を色濃く見せる。琵琶の花は池州の上に香りを漂わせ、宜春院や沈香亭の扉が啓かれる。

晴日眠沙鸂鸂穩,暖相隈。

長閑な晴れの天気が続き、鴛鴦たちの群れ砂に隠れたりし、眠る、暖かさはツガイの者たちを寄り添わせて隅にゆく。

羅襪生塵遊女過,有人逢著弄珠迴。

うす絹の靴下の宮女・妓優たちが動けば塵を生じ、歌舞音曲の宮女、妓優たちが楽しませてくれる時を過ごす。人は、そこで出会い、珠を弄んで帰っていく。

蘭麝飄香初解珮,忘歸來。

梨園、宜春院、沈香亭に集められた若い妓優は、蘭麝のお香が漂いかおる中で、佩魚が許され、はじめて帯を解く、宮女・妓優はもう帰っていく処のことは忘れてしまわねばならない。

(浣沙溪一首)

春水 輕波して 綠苔を浸し,枇杷 洲上 紫檀開く。

晴日 沙に眠り 鸂鸂穩し,暖かにして相い隈す。

羅襪【らべつ】塵より生ずれば 遊女過ぎ,人有り 逢著して珠を弄び迴る。

蘭麝 飄香し 初めて珮を解き,歸來するを忘る。

 

浣溪沙一首

七夕年年信不違,銀河清淺白雲微,蟾光鵲影伯勞飛。

每恨蟪蛄憐婺女,幾迴嬌妬下鴛機,今宵嘉會兩依依。

(浣溪沙一首)

七夕 年年 信 違わず,銀河 清淺 白雲 微かなり,蟾光 鵲影とし 伯勞 飛ぶ。

に 蛄を恨む 女を憐み,幾び 嬌妬を迴る 鴛機に下るを,今宵の嘉會は兩つながら依依たり。

銀河 04 

 

『浣沙溪』 現代語訳と訳註

(本文)

浣沙溪

春水輕波浸綠苔,枇杷洲上紫檀開。

晴日眠沙鸂鸂穩,暖相隈。

羅襪生塵遊女過,有人逢著弄珠迴。

蘭麝飄香初解珮,忘歸來。

 

(下し文)

(浣沙溪一首)

春水 輕波して 綠苔を浸し,枇杷 洲上 紫檀開く。

晴日 沙に眠り 鸂鸂穩し,暖かにして相い隈す。

羅襪【らべつ】塵より生ずれば 遊女過ぎ,人有り 逢著して珠を弄び迴る。

蘭麝 飄香し 初めて珮を解き,歸來するを忘る。

 

(現代語訳)

(李園、宜春院、沈香亭に集められた一芸を持った妓優は、春の芸を披露する宴で、見初められ人生が変わって行くとを詠うものである。)

春の雪解けの増水は軽やかな波を起てて流れ、水は澄んでいて、水底の綺麗な緑の苔を色濃く見せる。琵琶の花は池州の上に香りを漂わせ、宜春院や沈香亭の扉が啓かれる。

長閑な晴れの天気が続き、鴛鴦たちの群れ砂に隠れたりし、眠る、暖かさはツガイの者たちを寄り添わせて隅にゆく。

うす絹の靴下の宮女・妓優たちが動けば塵を生じ、歌舞音曲の宮女、妓優たちが楽しませてくれる時を過ごす。人は、そこで出会い、珠を弄んで帰っていく。

梨園、宜春院、沈香亭に集められた若い妓優は、蘭麝のお香が漂いかおる中で、佩魚が許され、はじめて帯を解く、宮女・妓優はもう帰っていく処のことは忘れてしまわねばならない。

 

(訳注)

浣沙溪

1.(李園、宜春院、沈香亭に集められた一芸を持った妓優は、春の芸を披露する宴で、見初められ人生が変わって行くとを詠うものである。)

2. ・歌舞と女楽、これらは唐代には上は天子、公卿から、下は庶民、士人に至るまでの、すべての人々にとって欠くことのできない芸術的楽しみであった。それゆえこれらは宮廷から、あらゆる社会の階層に至るまで盛んに行われた。宮廷の中にあった教坊、宜春院、梨園、それに長安・洛陽両京にあった外教坊などには、歌舞と音栗に携わる芸妓が多数集中していた。朝廷は天下の名人を広く捜し出したので、唐代の女性芸術家の最も優れた人々をそこに集めることができたのである。彼女たちは恵まれた条件を与えられ、専門的な教育を受けた。また宮廷では常時大規模な催しが開かれたので、彼女たちは芸術的才能を充分に発揮することができ、高度な芸術的才能をもった人々が輩出することになった。その他、貴族や富豪が、自宅に家妓を抱えておく風習も盛んであった。彼らは専門家を招いて家妓を教育し、賓客の歓送迎会、家の慶事や誕生日などの御祝には、必ず家妓に芸を披露させて興趣を添えた。各地の官妓たちの歌舞や音楽の才能も人々から重視され、官庁の歓送迎会、宴会、遊覧の際には、彼女たちの出演は不可欠な漬物となっていた。妓優、姫妾たちが音楽、歌舞を得意としただけでなく、家庭の女性も音楽を習い楽器に通じることを家庭の娯楽、高雅な修養とみなしていた。こうした風潮によって、優秀な芸術家が数多く育成されたのである。

長安城皇城と宮城とその周辺

    皇城と所の周辺の繁華街圖

 

『花間集』には毛文錫の作が三十一首収められている。この詞調の「教坊曲」浣沙溪は毛文錫の一首のみで、教坊曲『浣溪紗』五十六首にも毛文錫の一首は所収されている。双調四十八字、前段二十四字四句三平韻、後段二十四字三句二平韻一仄韻で、⑦⑦7③/7⑦❼③の詞形をとる。

春水輕波浸綠  枇杷洲上紫檀
晴日眠沙鸂鸂穩  暖相
羅襪生塵遊女過  有人逢著弄珠
蘭麝飄香初解  忘歸

○●△○△●○  △△○●●○○

○●○△○○●  ●△△

○●△○○●△  ●○○△●○△

○●○○○●●  ●○△

  興慶宮01
            唐 興慶宮は位置図

 

興慶宮の正門は中国の宮殿には珍しく西側にあり、「興慶門」といった。その内にあった興慶宮西北部にある「興慶殿」が正殿となった。その南が「大同殿」であり、横に鐘楼と鼓楼が立ち、老子の像が祀られていた。また、「竜池」の近くには、沈香木で作られた「沈香亭」があった。「勤政務本楼」と「花萼相輝楼」は、直接、大路に接するようにつくられた高層建築物であった。

「竜池」には、雲気がただよい、黄竜が現れ、玄宗が皇帝に即位する前兆となったという伝承があり、南側に、竜を祀る「竜堂」や「五竜壇」があった。また、東北側に「沈香亭」があり、牡丹の名所で知られ、玄宗と楊貴妃が花見を行ったこと、李白がこれを題材に詩を詠い、それを李亀年が歌にしたというエピソードで知られる。近くの「金花落」に衛士の屯所があったと伝えられる。

 

春水輕波浸綠苔,枇杷洲上紫檀開。

春の雪解けの増水は軽やかな波を起てて流れ、水は澄んでいて、水底の綺麗な緑の苔を色濃く見せる。琵琶の花は池州の上に香りを漂わせ、宜春院や沈香亭の扉が啓かれる。

3. 春水 春の雪解け水で増水した河川をあらわす。川が増水しているのに透き通った水であることに特徴を持つ。期待感を表す語である。

4. 綠苔 水にうるおって青苔が生き生きとして色鮮やかな姿をいう。晩春から初夏、夏をいう。

李白 「綠苔」について

115巻三27長干行二首其一 

一一生綠苔。 苔深不能掃。 落葉秋風早。 八月胡蝶來。

658巻十九32金陵鳳凰台置酒 

東風吹山花。 安可不盡杯。 六帝沒幽草。 深宮冥綠苔。 置酒勿復道。 歌鐘但相催。 

5. 枇杷 ビワ。初冬から咲き始め、大寒を耐え、立春の頃まで咲いている。バラ科の常緑高木。冬、枝先に帯黄白色の五弁の小花をつける。 目立たない花ではあるが芳香があり、この季節に咲く花としては趣がある。

6. 紫檀開 興慶宮にある沈香亭・宜春院 沈香(水に沈む堅く重い香木)で作ったのでこう名づけられた建物。興慶宮の芝池の東南に在った。現在も興慶公園の沈香亭として復元されている。

李白《清平調詞其三》「名花傾國兩相歡、長得君王帶笑看。解釋春風無限恨、沈香亭北倚欄干。」  名高い牡丹の花と傾国の美女が、たがいにその美を歓びあう。君王は楽しげに眺めて、いつまでも微笑みをかえしておられる。その無限の恨みを解きほぐすかのように春風がふいてくる、紫檀、黒檀で作られた沈香亭の奥まったところ、欄杵に身を倚せた美しい建物に溶け込んだ妃は美しい。)

7. ・許和子(永新)『楽府雑録』『開元天宝遺事』に見える。吉州永新県の楽家の生まれの女性で本名を許和子と言った。開元の末年ごろに後宮に入り、教坊の宜春院に属した。その本籍によって、永新と呼ばれた。美貌と聡い性質を持ち、歌に長じ、作曲を行い、韓娥・李延年の千年来の再来と称せられた。玄宗から寵愛を受け、演奏中もその歌声は枯れることがなく、玄宗から「その歌声は千金の価値がある」と評せられる。玄宗が勤政楼から顔を出した時、群衆が騒ぎだしたので、高力士の推薦で永新に歌わせたところ、皆、静まりかえったという説話が伝わっている。

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。この後は、もうこれほどの盛況はなかったが、しかし教坊は依然として不断に宮妓を選抜して教坊に入れていた。憲宗の時代、教坊は皇帝の勅命だと称して「良家士人の娘及び衣冠(公卿大夫)の家の別邸の妓人を選び」内延に入れると宣言したので(『旧唐書』李緯伝)、人々は大いに恐れおののいた。そこで憲宗は、これは噂であると取り消さざるを得なかった。文宗の時代、教坊は一度に「霓裳羽衣」(開元、天宝時代に盛んに行われた楽曲)の舞いを踊る舞姫三百人を皇帝に献上したことがあった。

8. ・梨園、宜春院 玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

選ばれて宜春院に入った「内人」は身分が最も高かった。彼女たちが演舞する時には、雲韶院で訓練中の宮人とは衣服や装飾品に高低の区別があり、「内人」には佩魚が許されていたが、宮人には許されなかった。内人は比較的優遇されており、その家庭は「内人家」とよばれ、みな宮廷の外の外教坊に住み、季節ごとに宮廷から糧米が支給されていた。内人の中で皇帝から最も寵愛を受けていた「十家」と称される内人は邸宅を賜り、日常の賞賜もたいへん多かった。また、内人は家族と常時会うことができ、毎月の二日、十六日、あるいは自分の誕生日などに母親や姉妹が訪ねることができた。敬宗の時、皇帝は自ら内人の家族千二百人を招待し、教坊で宴席を設け、褒美として錦を下賜した(『旧唐書』敬宗紀)。

 

晴日眠沙鸂鸂穩,暖相隈。

長閑な晴れの天気が続き、鴛鴦たちの群れ砂に隠れたりし、眠る、暖かさはツガイの者たちを寄り添わせて隅にゆく。

9. 鸂鶒 おしどり。12・3世紀以前の性の倫理観は非常に自由であったので、鴛鴦の様に男女の番という表現は、必ずしも決まった男女ということではないのである。明時代以降の朱子学から貞操感の厳格化と性の隠蔽、頽廃の二極化していく。

 

羅襪生塵遊女過,有人逢著弄珠迴。

うす絹の靴下の宮女・妓優たちが動けば塵を生じ、歌舞音曲の宮女、妓優たちが楽しませてくれる時を過ごす。人は、そこで出会い、珠を弄んで帰っていく。

10. 羅襪 うす絹の靴下。李白《玉階怨》「玉階生白露、夜久侵羅襪。却下水精簾、玲瓏望秋月。」(玉階(ぎょくかい)に白露(はくろ)生じ、夜久しくして羅襪(らべつ)を侵(おか)す。水精(すいしょう)の簾(すだれ)を却下(きゃっか)するも、玲瓏(れいろう)として秋月(しゅうげつ)を望む)

11. 生塵 春の砂塵を起す。俗塵から選定された若い者たちが出てくれば

12. 遊女 宴における歌舞音曲の宮女、妓優たち。

13. 逢著 出会う。ふと出くわす。

14. 弄珠 珠をもてあそぶ。

 

蘭麝飄香初解珮,忘歸來。

梨園、宜春院、沈香亭に集められた若い妓優は、蘭麝のお香が漂いかおる中で、佩魚が許され、はじめて帯を解く、宮女・妓優はもう帰っていく処のことは忘れてしまわねばならない。

15. 蘭麝 蘭の花と麝香 (じゃこうの香り。また、よい香り。

16. 初解珮 はじめて帯を解いて経験するということだが、佩び玉を腰につけることは宮女の中でも身分が高い方であろう。その場合宜春院に入った「内人」であれば、佩魚が許されるという、この場合並はずれた飛び切りの芸を持っている出身の家柄も良い場合ということになる。

17. 忘歸來 宮女として仕えはじめれば、帰ることは許されない。天子の所有物となることをいう。

スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment

テンプレートに関するご質問・不具合のご報告の際はご自身のブログアドレス記載必須です
ご質問の前に必ずお読みください ↓
FC2テンプレート ご利用時のお願い