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 花間集 訳注解説 (238)回目毛文錫【字解集】a.虞美人二首 b.酒泉子 c.喜遷鶯 d.西溪子 e.中興樂 f.更漏子 g.接賢賓 h.贊浦子》 

 

 

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花間集新タイトル 

 

a.虞美人二首【字解集】

虞美人二首 

1. (南京、秦淮の河畔「桃葉渡」には、桃葉を深く愛した.王獻之のことがよくわかる趣を残していると詠う。)

 秦末・ 虞美『虞美人歌』玉臺新詠
虞美人歌
漢兵已略地,四方楚歌聲。
大王意氣盡,賤妾何聊生。
虞美人歌  秦末・虞美人 詩<118>古代 女性詩 555 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1482 

『虞美人歌』

この詩は『史記正義』に出てくる楚の項羽(項籍)の女官である虞美人の作といわれる。項羽が、垓下で敗れたときに慷慨悲歌したときの詩

項羽『垓下歌

力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。

騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何!

であるが、それに対して虞美人が歌い舞った。

項羽と劉邦は戦いと和睦を繰り返しながら、垓下で雌雄を決する一戦を迎える。この時、項羽の少数の軍勢を大軍で取り囲んだ劉邦は、味方の兵士たちに項羽の祖国楚の歌を歌わせる。この歌を聞いた項羽は味方の兵が寝返ったのだと誤解して絶望する。その絶望の中で歌ったとされるのが、「垓下歌」である。

・西楚覇王・項羽の愛姫・虞姫の唱った歌。 

・この悲劇に基づき後世、同題の詩が作られる。 

・虞美人 項羽の女官。「美人」は位。

・実質上の妻。『史記・項羽本紀』虞姫は、どの戦闘にもついて行った。

3. 【構成】唐の教坊の曲名。『花間集』には十四首所収。毛文錫の詩は二首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字二仄韻三平韻で、❼❺⑦⑦③/❼❺⑦⑦③の詞形をとる。

虞美人二首 其一

鴛鴦對浴銀塘,水面蒲梢

垂楊低拂麴塵,蛟絲結網露珠,滴圓

遙思桃葉,便是天河

錦鱗紅鬣影沉,相思空有夢相,意難

○○●●○○●  ●●○△●

○○○●●○○  ○○●●●○○  ●○△

○△○●○○●  △●○○●

●○○●●○○  △△△●△△○  ●△△

 

虞美人二首其一

4.(鴛鴦のように過したが、今は高貴な人の妻、二人の間には天の川がある。そこにいるとわかっていても手が届かないもどかしい男の気持ちを詠う。虞美人に男の気持ちは伝わらない。)

5. 【解説】呉江のほとりに住む虞美人に思慕する。前段は、春、水温む時節の池陂の景物を描写し、後段は、前段の番の鴛鴦(オシドリ)から、呉江の対岸に住む高貴な人の女となった女性への思いを募らせる。二人を隔てる呉江は決して渡れない天の川に相当し、手紙を寄せる手だてもなく、ただ夢に彼女を尋ねるはかりで、とても今の気持ちには堪えられないと、手に届かない女性への切なる思いを語る。

 

鴛鴦對浴銀塘暖,水面蒲梢短。

鴛鴦は銀色に光る池の水に遊び、堤には春の暖かさがひろがってきたが、それでも蒲は水面より顏を短く出す。

6. 銀塘 光を反射して銀色に光る池の水と堤。

 

垂楊低拂麴塵波,蛟絲結網露珠多,滴圓荷。

柳の枝は水面に届くほどに垂れて掃き払い、池の波は柳の薄黄の色にそまっている。その水面に映る枝は、蛟が蜘蛛の巣に露の玉も編込まれたように多くある、円い蓮の葉には露がこぼれ落ちる。 

7. 麴塵波 薄黄色の波間。麹塵は酒造用の麹の薄黄色の花。ここでは芽吹いた薄黄色の柳の葉に水面が染まっているさまを表現している。

8. 蛟絲 柳の枝が水面に映るのが、ミズチが蜘蛛の絲をだして網の様だし、その網には真珠の珠が光るようである。

 

遙思桃葉江碧,便是天河隔。

あれほどに思いつづけた東晋の情熱の女妓「桃葉」は遙か呉江のほとりの碧のもとにある。すなわち、今は、ここには二人を引き裂くのは天の川が横たわっている。

9. 桃葉 東晋・王献之の愛妾の名。ここでは借りて意中の女性を意味する。王献之の愛妾“桃葉”は秦淮の両岸を往来する時、王献之は心配でならずに、いつも自ら秦淮河の渡し場まで迎えに行き、≪桃葉歌≫「桃葉復桃葉,渡江不用楫。但渡無所苦,我自迎接汝。」“桃葉よ桃葉、河を渡るのに櫂は使わないでおくれ、そして、苦しいことはすることはないでいいよ、私が迎えに行くから”と、渡し場から大声で叫び続け、そのうちに南浦渡は桃葉渡と呼ばれるようになった。後の人々は王献之の記念として、彼が当時、桃葉を迎えに行っていた渡し場を桃葉渡と名付けた。

 

錦鱗紅鬣影沉沉,相思空有夢相尋,意難任。

そして“たまにはお前から私に思いを寄せてくれ”といったものの、錦の鱗魚は水底深く住んでいて、魚中書を出すすべもなく、これだけ恋い焦がれているのに、ただ夢に尋ねるだけなのだ、この思いはもう堪えがたいものだ。

10. 錦鱗紅鬣 鯉を飾って言ったもの。雷はここでは魚のロひげの意。鯉は手紙の別称。楽府古辞の「客 遠方より来たり、我に双鯉魚を遣る。児を呼びて鯉魚を君さしむ、中に尺素の書有り」(魚中書)とある。

11. 影沈沈 水中深く沈んで姿の見えぬこと。

12. 意難任 思いをそのままにはしておけない、堪えがたい思い。

この三句は、.王獻之《桃葉歌二首其二》「桃葉復桃葉,桃葉連桃根。相憐兩樂事,獨使我殷勤。」“桃葉よ桃葉、桃の葉は桃の根と連なっているよ、お互いに愛し合うのは、二人が一緒にいる時の楽しいことだけど、お前は私ばかりに気を持たせてばかりだ、たまにはお前から私に思いを寄せてくれ”という詩に基づいている。

 

 

虞美人二首 其二

13. (春になり、その盛りのころは寵愛を一手に受けていたが、春の終わりには寵愛を失ったという、その情景を詠う)

14. 【構成】 唐の教坊の曲名。『花間集』には十四首所収。毛文錫の詩は二首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字二仄韻三平韻で、❼❺⑦⑦③/❼❺⑦⑦③の詞形をとる。

虞美人二首 其一

鴛鴦對浴銀塘,水面蒲梢

垂楊低拂麴塵,蛟絲結網露珠,滴圓

遙思桃葉,便是天河

錦鱗紅鬣影沉,相思空有夢相,意難

○○●●○○●  ●●○△●

○○○●●○○  ○○●●●○○  ●○△

○△○●○○●  △●○○●

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虞美人二首 其二

寶檀金縷鴛鴦,綬帶盤宮

夕陽低映小,南園綠樹語鶯,夢難

玉鑪香暖頻添,滿地飄輕

珠簾不卷度沉,庭前閑立畫鞦,豔陽

●○○●○○△  ●●○○●

●○○●●?○  ○○●●●○○  △△○

●○○●○○●  ●●○△●

○○△△●○○  ○○○●●○○  ●○○

 

寶檀金縷鴛鴦枕,綬帶盤宮錦。

閨の寝牀は寶檀であり、金糸飾りが施され、鴛鴦のように枕に臥す、寝殿には綬帶鳥図に盤宮錦とありとあらゆる飾りに寵愛されているのを感じるものにかこまれている。

15. ・寶檀 菩薩の台座で通常は蓮華座であることが多い。ここでは大切に可愛がられている女妓の閨の寝台にかざりがあるもの。

16. ・縷 細々と連なる糸筋。「一縷」細く、途切れずに続くさま。こまごまとしたさま。金の糸で結びあっていたもの。「縷言・縷述・縷説・縷陳・縷縷」ぼろ。「襤縷(らんる)

17. ・綬帶 夫婦円満長寿を表す

18. ・盤宮錦 宮中にのみ使用される錦織のもの。

 

夕陽低映小明,南園綠樹語鶯鶯,夢難成。

日も長く、夕日は低く照らし、寝殿閨の小窓を明るくする。春も終わるころになり、寝殿南側の庭園に葉もうっそうと茂るころには、愛し合いながらも別れることになる「鶯鶯伝」を語ることになる。夢は、現実になることは難しいものだ。

19. ・鶯鶯 「鶯鶯伝」のこと。中国唐代中期の短編伝奇恋愛小説。元稹(げんじん)(779831)作。『大平広記』488に収録されている。愛し合いながらも別れることになる青春の悲恋を描いた情趣ある作品である。貞元年間(785804)のこと。張某という23歳のまじめな書生が蒲州へ旅した折、ある寺に滞在していた崔氏の未亡人と知り合った。崔氏は財産はあったが没落貴族で力はなく、そのころ勃発した蒲州の兵乱で困っていた。

 たまたま未亡人が遠い親戚の鄭氏の出であることを知った張は蒲州軍の旧知を通じてその財産を守らせたので崔家は危難を逃れた。

 未亡人はこれに感謝し、宴の席を設けた。この席でその娘鶯鶯に出会った張はその美しさに一目で恋に落ちた。張は崔家の女中紅娘を通じて歌を贈った。そして、二人は夜の間だけ西の間で人目を忍んで密会を繰り返した。

 だが、しばらくして張は科挙の試験のために長安に行き、試験に失敗すると翌年も長安に留まることにした。張は鶯鶯に慰めの手紙を送り、彼女からは心のこもった返事が来た。しかしこのことがあって後、二人の関係は終わったようだった。やがて、鶯鶯は別の人の所へ嫁に行き、張も別の人を嫁にもらい、互いの消息も分からなくなってしまうのである。

ここは、男が高貴なもので女妓は愛されて好きになってまもなく、おとこは別れていった。

 

玉鑪香暖頻添炷,滿地飄輕絮。

宝玉でできた立派な香炉には、香が暖められてしきりにくゆらせながら立ち上る。後宮の池中に軽やかに柳絮の綿が飛び交っている。

20. ・玉鑪 宝玉でできた立派な香炉。「鑪」は「爐」に通じる。鑪:たたら。馮延己の「采桑子」「玉堂香煖珠簾卷,雙燕來歸。」

21. ・炷 香をひとたきくゆらせること。また、その香。2 1本の灯心。

 

珠簾不卷度沉煙,庭前閑立畫鞦韆,豔陽天。

玉すだれは巻き上げることはなく、香は深く垂れこめ行き渡り、寝殿前庭に、清明節に楽しく遊んだ綺麗に画き飾られたブランコがポツンと建っている。そこには天高く太陽が艶やかに光っているだけなのだ。

22. ・鞦韆 妓女たちが遊んだブランコ。

23. ・豔 艶やかなこと。(花・木・景色・衣服・物品・顔色・唇などが)色鮮やかである,あでやかである,派手である,つやっぽい,色恋の.うらやましい,うらやむ.

 

 24. 古代の女子の遊

蕩鞦韆(ぶらんこ蕩ぎ)

この女性の遊びは、毎年、寒食(清明節の前二日の節句)と清明節(冬至から一〇六日目、春の到来を祝う)前後に行われた。「天宝年間、宮中では寒食節に至ると、鞦韆を作って宮婦たちを乗せて宴楽とした。これを〝半仙の戯〞(半分仙人気分となる遊び)とよんだ」(『開元天宝遺事』巻下)。民間の女性もぶらんこをして遊んだ。唐詩に、

「少年き児女は鞦韆を重んじ、巾を盤け帯を結んで両辺に分かつ。身は軽く裙薄く 力を生じ易し、双手は空に向き 鳥の翼の如し。下り来り立ち定まりて 重ねて衣を繋ぎ、復た斜めの風の 高きを得ざらしむるを畏る。傍人 上に送る 那ぞ貴ぶに足らん、終に鳴璫を賭け 聞いて自ら起つ。回り回って高樹と斉しかるが若く、頭上の宝釵 従って地に堕つ」(王建「鞦韆詞」)。

また別の詩に、

「五糸もて縄を繋ぎ 墻を出ること遅く、力尽き纔かに瞵りと隣の圃を見る。下り来って矯く喘ぎ末だ調うる能わず、斜めに朱闌に借りて久しく語無し」(韓偓「鞦韆」)とある。これらの詩からみると、少女たちはぶらんこが大好きで大いに勝負を争い、時にアクセサリーまで賭けて、誰が最も高く揚がるか競った。

韓偓《鞦韆》

池塘夜歇清明雨,繞院無塵近花塢。

五絲繩繫出牆遲,力盡才瞵見鄰圃。

下來嬌喘未能調,斜倚朱欄久無語。

無語兼動所思愁,轉眼看天一長吐。

 

王建《鞦韆詞》

長長絲繩紫復碧,裊裊橫枝高百尺。

少年兒女重秋千,盤巾結帶分兩邊。

身輕裙薄易生力,雙手向空如鳥翼。

下來立定重系衣,復畏斜風高不得。

傍人送上那足貴,終賭鳴鬥自起。

回回若與高樹齊,頭上寶釵從墮地。

眼前爭勝難為休,足踏平地看始愁。

 

浣渓沙五首 其二

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

(浣渓沙五首 其の二)

鞦韆【しゅうせん】に上らんとして四体慵【ものう】し 人をして送らしめんと擬【ほっ】するも又心 忪【おどろ】く、畫堂の簾幕に月明らかに風ふく。

此の夜情有るを誰か極めざらん、墻【かき】を隔てて梨雪又玲瓏【れいろう】たり、玉容憔悴して微紅惹【みだ】る。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5602

 

 

女冠子 002 

 

b.酒泉子 【字解集】

酒泉子一首

(あれほど愛してくれた人が春になってもほかの女のもとに行き、春の行楽で行く人もなくただ酒を呑むだけ。)

1.『花間集』には毛文錫の作は一首収められている。双調四十五字、前段二十一字五句二平韻二仄韻、後段二十四字五句三平韻一仄韻で、4❼④❸③/⑦❼⑦③の詞形をとる。この詩は温庭筠張泌など他の詩人の作と若干詞形に変化がある。

酒泉子

綠樹春深  鷰語鶯啼聲斷
蕙風飄蕩入芳  惹殘
柳絲無力裊煙  金盞不辭須滿
海棠花下思朦  醉香

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●△○●●○○  ●○○

●○○●?○△  ○●△○○●●

●○○●△△○  ●○△

 

(改訂版)-46韋荘124《巻3-24 酒泉子一首》 

唐教坊曲名。雙調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻二仄韻で、④❻3❸③/⑦❻3❸③の詞形をとる。

月落星沉、樓上美人春

綠雲、金枕、畫屏深。
子規啼破相思、曙色東方纔
柳煙輕、花露、思難

 

綠樹春深,鷰語鶯啼聲斷續。

柳の木樹は緑に繁り、春の景色は盛りになってきた。ツバメは梁の上で雛たちが囀り、しきりに春を告げていた鶯の啼き声も、次第に断続的になり、そして、聞えなくなった。

2.綠樹 詞に言う緑樹は柳を意味し、楊柳は男女を意味する。枝垂れて揺れるのは交を意味している。緑樹の持つ大きな意味は、春一気に緑の葉をつけるけれども、柳は男女の別れを連想、示唆するものであり、折柳枝は別れたことになる。つまり柳が登場すればどんなに愛し合っていてもいつかは必ず別れというものがあると示唆しているのだ。

『虞美人二首 其二』

寶檀金縷鴛鴦枕,綬帶盤宮錦。

夕陽低映小明,南園綠樹語鶯鶯,夢難成。

玉鑪香暖頻添炷,滿地飄輕絮。

珠簾不卷度沉煙,庭前閑立畫鞦韆,豔陽天。

中国唐代中期の短編伝奇恋愛小説。元稹(げんじん)(779831)作。『大平広記』488に収録されている。愛し合いながらも別れることになる青春の悲恋を描いた情趣ある作品である。 貞元年間(785804)のこと。張某という23歳のまじめな書生が蒲州へ旅した折、ある寺に滞在していた崔氏の未亡人と知り合った。崔氏は財産はあったが没落貴族で力はなく、そのころ勃発した蒲州の兵乱で困っていた。

 たまたま未亡人が遠い親戚の鄭氏の出であることを知った張は蒲州軍の旧知を通じてその財産を守らせたので崔家は危難を逃れた。

 未亡人はこれに感謝し、宴の席を設けた。この席でその娘鶯鶯に出会った張はその美しさに一目で恋に落ちた。張は崔家の女中紅娘を通じて歌を贈った。そして、二人は夜の間だけ西の間で人目を忍んで密会を繰り返した。

 だが、しばらくして張は科挙の試験のために長安に行き、試験に失敗すると翌年も長安に留まることにした。張は鶯鶯に慰めの手紙を送り、彼女からは心のこもった返事が来た。しかしこのことがあって後、二人の関係は終わったようだった。やがて、鶯鶯は別の人の所へ嫁に行き、張も別の人を嫁にもらい、互いの消息も分からなくなってしまうのである。

ここは、男が高貴なもので女妓は愛されて好きになってまもなく、おとこは別れていった。

 

蕙風飄蕩,入芳叢,惹殘紅。

花のかおりは風に乗ってただよい、その芳しい香りがうっそうと茂る花木草木の中に入ってゆく。それでも残って咲いている花にまでとりこになってしまう。

3.蕙風 蕙風は通常、男女の仲が最高に良い時をあらわす。薛昭蘊『浣溪紗八首 其四』( 春になると春水に、柳に、蜂に、琴に、雲霧に、月にあの人のことを思い出してしまう。)「握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。」手を握りあったのは河橋のたもとの柳が金のように芽吹き繁る下でした。蜂はその鬚でもって、輕やかに百花の芯に惹かれ、飛び回るのです。花のかおりが風に乗って吹いて来て、そのなかの蘭のはなに思いよせると、いつのまにか清がしい琴の音に寄ってしまうのです。ここでは。花のかおりが風に乗って吹いて来てあちらこちらとただよわされること。あちこちの女のもとに行ってしまうこと。・飄蕩 あちらこちらとただよわされる、漂泊の生活をいう。

4.殘紅 ①花が落ち始めたころの残って咲いている花。②妃嬪の夜化粧が朝方になって少し薄れたようす(夜を一緒に過ごした女)。③女の盛りを超えそうな妃嬪。

 

柳絲無力裊煙空,金盞不辭須滿酌。

みどりが濃くなった柳の枝には、しなやかに揺る燻煙も、ただ空しいものと力もなくなっていく、そこには話すわけでもなく、金の盃に注がれる酒を全て飲み続け、酔いつぶれるしかない。

 

海棠花下思朦朧,醉香風。

また、春を誇る海棠花が咲くその下で、あのお方への思いは、ただ朦朧とするだけで、この香りのよい風にあたって酔っている。

5.海棠花 春、桃紅色の美しい花を房状に咲かせる林檎の仲間でバラ目バラ科リンゴ属の耐寒性落葉高木で、枝から花柄が出て先端に1個の花を咲かせる。花後に成る林檎に似た小さな赤い果実は食べられる。

樹高:58m; 開花期:45花径:3.55cm; 花弁数:510花柄長:36cm; 果実径:2cm; 実色:赤。 花言葉は「温和」「妖艶」「艶麗」「美人の眠り」。 

薛濤『海棠溪』 

春教風景駐仙霞,水面魚身總帶花。

人世不思靈卉異,競將紅纈染輕沙。

蜀全体の海棠花が咲き乱れる渓谷とする。地図上で確認されるところとしては第一は四川省の重慶から長江を渡った対岸にある名所。おそらく薛濤は巫山へ行ったときでも上流運河を利用すると重慶を通過したかどうか、ここに立ち寄るには回り道である。第二は、四川省越雋県の北百二十五里に海棠関というのがあり、その南十五里を清水堡という。その附近にもあるが、營妓である薛濤が行くには遠すぎる。いずれにしても「百花譜」 に「海棠は蜀に盛んにして、秦中これに次ぐ」というから、あちこちに名所があるのであろう。

溫庭筠

巻二03遐方怨二首其一憑繡檻,解羅幃。未得君書,斷腸,瀟湘春鴈飛。不知征馬幾時歸,海棠花謝也,雨霏霏。其二花半坼,雨初晴。

 

張泌

巻四31浣溪沙十首其四依約殘眉理舊黃,翠鬟擲一簪長,暖風晴日罷朝粧。閑折海棠看又撚,玉纖無力惹餘香,此情誰會倚斜陽。

 

毛文錫

巻五07酒泉子綠樹春深,鷰語鶯啼聲斷續。蕙風飄蕩入芳叢,惹殘紅。柳絲無力裊煙空,金盞不辭須滿酌。海棠花下思朦朧,醉香風。

 

毛文錫

巻五09贊成功海棠未坼,萬點深紅,香包緘結一重重。似含羞態,邀勒春風。蜂來蝶去,任遶芳叢。昨夜微雨,飄灑庭中。忽聞聲滴井邊桐,美人驚起,坐聽晨鐘。快教折取,戴玉瓏璁。

 

欧陽烱

巻六13鳳樓春鳳髻綠雲叢,深掩房攏。錦書通,夢中相見覺來慵,勻面淚臉珠融。因想玉郎何處去,對淑景誰同。小樓中,春思無窮。倚欄顒望,闇牽愁緒,柳花飛起東風。斜日照簾,羅幌香冷粉屏空。海棠零落,鶯語殘紅。

 

和凝

巻六16臨江仙二首其一海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

 

顧夐

巻六40河傳三首其一鷰颺,晴景。小屏暖,鴛鴦交頸。菱花掩卻翠鬟欹,慵整。海棠簾外影。繡幃香斷金鸂鶒,無消息,心事空相憶。東風,春正濃。愁紅,淚痕衣上重。

 

李珣

《巻十15浣溪沙四首其二》  晚出閑庭看海棠,風流學得家粧,小釵橫戴一枝芳。鏤玉梳斜雲鬢膩,縷金衣透雪肌香,暗思何事立殘陽。

 

 

 

 

 

 

 

 

c.喜遷鶯 【字解集】

喜遷鶯一首

(春が来て寵愛を受けた妃嬪は、春の暖かな砂浜に睦まじくする鴛鴦のように過すと詠う)

1.前段は春行楽に寵愛され、わが世の春と有頂天、良い暮らしにかわってゆく、後段、また来た春にも、寵愛を受け続けてゆくという女を詠う。

またの名を喜選鶯令、鶴冲天、鶴冲霽、燕帰来、燕帰梁、早梅芳、春光好などという。“花間集」には毛文錫の詩一首収められている。双調四十七字、前段二十三字五句四平韻、後段二十四字五句四仄韻で、3③⑤⑦⑤/❸❸❻7❺の詞形をとっている。

喜遷鶯一首

芳春景,曖晴,喬木見鶯

傳枝偎葉語關,飛過綺叢

錦翼,金毳,百囀千嬌相

碧紗曉怕聞聲,驚破鴛鴦

○○●  ●○○  ○●●○○

△○○●●○○  ○△●○△

●●△  ○●●  ●●○△△●

●○?●●△○  ○●○○●

 

芳春景,曖晴煙,喬木見鶯遷。

芳しい香りが風に乗って来る春の景色、晴れあがっているが春霞に覆われてぼんやりしている。飛び遷ってきた鶯が高い木にとまっている。

2.芳春景 芳しい香りが風に乗って來る春の景色。

3.曖晴煙 はっきりせず、ぼんやりしているさま。あやふやなさま。春の朧な様子。

4.喬木 高木(こうぼく)は、植物学の用語で、木本のうち、樹高が5mを超える植物のことである。10m未満のものを小高木、20mを超えるものを大高木と呼ぶこともある。広義(一般)では、高木(こうぼく、たかぎ)は丈の高い(人の背丈以上の)木をいう。 喬木(きょうぼく)  

5.鶯遷 鶯が谷から出て大きな木に移ること。転じて、立身出世すること。進士の試験に及第すること。地位の変化により女を棄てることを意味する。

 

傳枝偎葉語關關,飛過綺叢間。

林の木々の葉が重なり伝わる葉擦れの音が聞こえその音に合わせて寄り添うように鳥たちがなごやかに啼いている。飛び立ったかと思うと奇麗な草むらの間に入っていく。

6.傳枝 葉が重なり伝わるように、鬱蒼とした様子ではない。

7.偎葉 ぴったり寄り添う,寄り掛かる偎依寄り掛かる.

8.關關 一羽でなくいろんな多くの鳥がなごやかに啼くこと。

 

錦翼鮮,金毳軟,百囀千嬌相喚。

その鳥の翼は錦織のようにあざやかに輝き、腹毛は柔らかに金色に輝く、だから、「ももさえずり」は、すべて艶めかしく、愛嬌をふりまいて、おおきな声で互いを呼び合ったりしている。

9.錦翼 錦織のように輝くつばさ。立身出世して雲の上の存在になる様子。

李白、樂府『雉子斑』〔設辟邪伎鼓吹雉子斑曲辭〕

辟邪伎作鼓吹驚,雉子班之奏曲成,喔咿振迅欲飛鳴。

扇錦翼,雄風生。

雙雌同飲啄,趫悍誰能爭。

乍向草中耿介死,不求黃金籠下生。

天地至廣大,何惜遂物情。

善卷讓天子,務光亦逃名。

所貴曠士懷,朗然合太清。

10.金毳 金の細くてやわらかい毛、金色に輝く柔らかな鳥の腹毛。

11.百囀 ももさえずり。多くの人が一気にしゃべっていること。数多くさえずること。

12.千嬌 千の艶めかしく、愛嬌をふりまく。あでやか。なまめかしい。この句は出世した男に女たちがすり寄ってくる様子をいう。

13.相喚大声で呼ぶ。わめく。「喚呼・喚声/叫喚」呼び出す。

 

碧紗曉怕聞聲,驚破鴛鴦暖。

朝日が昇り、東の高窓の紗を照らしたので急に明るくなった閨で、鶯啼が春の夜明けを知らせるために啼く時間に聞くことができなかったことが心配になるけれど、それに、夢を見ていたのが破れて起き上がって驚きはしたけれど、日が登ってくれば鴛鴦が砂浜で過ごす暖かい日よりになってくる。

14.碧紗 薄緑の薄絹を張って窓、東の高窓をいう。

15.䆫曉 うす絹を張った高窓に夜明けの横に入る日差しが窓を照らす。朝方がたまで愛し合っていて急に朝日が射したために、高窓の紗を照らしたので急に閨全体が明るくなった様子を云う。

毛文錫『紗窓恨』

恨二首 其一

新春鷰子還來至,一雙飛。

壘巢泥濕時時墜,涴人衣。

後園裏看百花發,香風拂,繡金扉。

月照紗,恨依依。

紗窗恨 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-368-8-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3387

16.怕聞聲 夜明けを知らせるために泣く時間に泣くことができなかったことが心配になる。

17.驚破鴛鴦 夢を見ていたのが破れて起き上がって驚いたけれど、日が登って鴛鴦が砂浜で過ごす暖かい日よりになってくる。

長安城皇城と宮城01

 

 

 

 

 

d.西溪子 【字解集】

《西溪子》

(若さと、妖艶さと備えた妓優がその踊りに名をはせたが、何時しか歳を重ねると活躍の場がなくなり、駄馬のように帰って行くと美しい妓優を詠う)

1.唐代には「妓」と呼ばれた人は三種類あった。家妓・宮妓・官妓の三種である。いずれも妓と称されたが、三者の身分・生活はそれぞれ異なっていた。家妓は私人が自宅で養い蓄えている女楽、歌舞人であり、私有財産であって、姫妾とか婦女と呼ばれる人と同類であった。

宮妓は専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸*、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。辞填壇はもとは色町の妓女であったが、挙が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「搊弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、崔令欽『教坊記』による。)。

*楽戸 楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

2.『花間集』には三首所収され、毛文錫の作が一首収められている。双調三十五字、前段十五字五句一平韻、四仄韻、後段十四字三句一仄韻二平韻で、❻❻❸❸❸❻⑤③の詞形をとる。

昨日西溪遊  芳樹奇花千 鏁春

金罇滿 聽絃  嬌妓舞衫香
不覺到斜  馬馱

   

   
  

 

昨日西溪遊賞,芳樹奇花千樣,鏁春光。

昨日、西の渓谷で渓谷の風情を感賞して遊んだ、芳しい木樹は珍しい綺麗な花をつけていて、たくさんの花が様々な形で咲いていた。しかし、春の日差しは閉ざされようとしていた。

3.鏁春光 春の穏やか光を閉ざす。

4.鏁=鎖 ① 金属製の輪をつないだ紐状のもの。とざす。 ② 物と物とを結び付けているもの。きずな。

 

 

<鏁 春>

 

毛文錫

巻五10西溪子昨日西溪遊賞,芳樹奇花千樣,鏁春光。金罇滿,聽絃管,嬌妓舞衫香暖。不覺到斜暉,馬馱歸。

毛文錫

巻五19毛文錫《巻五19 柳含煙四首其一》隋堤柳,汴河旁。夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。笙歌未盡起橫流,鏁春愁

和凝

巻六22河滿子二首其二寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

李珣

《巻十38酒泉子四首其一》  寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。月朦朧,花暗澹,鏁春愁。尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。

 

  

 

金罇滿,聽絃管,嬌妓舞衫香暖。

きょうは、黄金の大盃に酒をいっぱいに注ぎ、琴瑟楽器や笛、管楽器を奏でているのを耳にし、愛嬌のある妓優は霓裳羽衣の曲で長い上着を着て舞い、春の宴は香も盛んに、暖かな中に広がる。

5.罇 おおさかずき。もたい〔もたひ〕【瓮/甕/罇】

6. ①(上半身に着る)ひとえの上着,シャツ.⇒ ,汗衫.②(足元まで届く)長い上着.

7.嬌妓舞 後宮に妖艶に舞う妓優。紅桃は『明皇雑録』『楊太真外伝』に見える。楊貴妃の侍女。楊貴妃に命じられて、紅粟玉の腕輪を謝阿蛮に渡した。後に、玄宗が安史の乱の勃発後、長安に帰還した時、楊貴妃の侍女の一人として会合する。そこで、楊貴妃の作曲した「涼州」を歌い、ともに涙にくれたが、玄宗によって、「涼州」は広められた。唐の張雲容は霓裳羽衣の曲を一人で舞い、金の腕輪を贈られた。謝阿蛮は『明皇雑録』『楊太真外伝』に見える、新豊出身の妓優。「凌波曲」という舞を得意としていた。その舞踊の技術により、玄宗と楊貴妃から目をかけられ、腕輪を与えられた。後に、玄宗が安史の乱の勃発後、長安に帰還した時、舞踊を披露した後で、その腕輪を玄宗に見せたため、玄宗は涙を落としたと伝えられる。

 

不覺到斜暉,馬馱歸。

あしたは、夢中でいて気付かなかった、日は西に沈んでゆくもので、かならずさめるものなのだ、つまらぬ駄馬のように帰ってゆく。

8.不覺到斜暉,馬馱歸 名をはせた妓優も若い日は何時までも続くものではない、いつしか駄馬の扱いになってしまうというほどの意味。【だ】 荷役に使う馬。駄馬。[接頭]名詞に付いて、値うちのないもの、つまらないもの、粗悪なものなどの意を表す。[接尾]助数詞。馬1頭に負わせる荷物の量を1駄として、その数量を数えるのに用いる。江戸時代には36貫(約135キロ)を定量とした。

 

 

 

 

 

 

e.中興樂 【字解集】

中興樂

1.(若くして妃嬪として宮中に入った女性が、寵愛の絶頂であること、花や果物に喩えて詠う。楊貴妃を連想させる。)

2. 唐代の皇后の内、四、五人は低い家柄の出身であった。たとえば、粛宗の呉后は、罪人の家族として宮中の下婦にされた人であり、憲宗の鄭后、珍宗の斎后はともに侍女の出であり、両者とも生んだ子が即位して始めて尊ばれて太后になることができた。

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬢の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の超麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。

 

美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。

 

開元の盛世が到来すると、玄宗も初志を全く翻したので、宮中生活はまた華美に復した。玄宗は寵愛した妃嬪に大量の褒美を与えた。王鉷は、毎年百億にものぼる銭、宝貨を皇室に寄進し、専ら玄宗が妃嬪に賜る恩賞の費用とした。そして「三千の寵愛、一身に在り」と称された楊貴妃は、さらに一層贅沢の限りを尽したので、宮中にいた七百人の織物職人が専門に彼女のために刺繍をし、また他に数百人の工芸職人が彼女の調度品を専門に制作していた。また、楊貴妃は荔枝が好きだったので、玄宗は万金を費やすのを惜しまず、昼夜駅伝の馬を走らせ、荔枝を蜀(四川)より長安に運ばせた。詩人杜牧はそれを風刺し、「一騎 紅塵 妃子笑う、人の是れ荔枝来るを知る無し」(「華清宮に過る絶句」)と詠じた。

 

3. 『花間集』には二首所収で、毛文錫の作は一首収められている。双調四十五字、前段二十一字四句三平韻(一仄韻)、後段二十字五句一平韻三仄韻で、⑦⑥3⑤/❼❸❹3③の詞形をとる。この詩は牛希濟の作と若干詞形に変化がある。

花繁煙豔  丁香軟結同
  
翠鬟女  相與共淘
  
紅蕉葉裏猩猩語  鴛鴦  鏡中鸞

    

絲雨隔  荔枝

  

 

毛文錫 

毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

花繁煙豔深,丁香軟結同心。

ニクズクにもいっぱい花が咲き、春霞が濃く深くそこにただよっている。丁子は貞操を守り、心はやさしく結ばれることになる。

4. 豆 ニクズク属は、ニクズク科の1属。学名Myristica。ミリスティカ属とも。属名はギリシャ語で香油を意味するミュリスティコスから。 熱帯性の常緑高木。東南アジア、オーストラリアに自生。 種子から、スパイスのナツメグ とメース 、生薬の肉荳蔲が作られる。皇甫松《浪淘沙二首其二》「蠻歌豆北人愁,蒲雨杉風野艇秋。」4-417《浪濤沙二首其二》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-600-4-(417) 四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4547

(豆

 

皇甫松

巻二20浪淘沙二首其二蠻歌北人愁,蒲雨杉風野艇秋。浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

毛文錫

巻五11中興樂花繁煙豔深,丁香軟結同心。翠鬟女,相與共淘金。紅蕉葉裏猩猩語,鴛鴦浦,鏡中鸞舞。絲雨隔,荔枝陰。

欧陽烱

巻六07子八首其七袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,花間晚日。

 

5. 丁香 クローブの花蕾は釘に似た形をしているため、中国では「釘」と同義の「丁」の字を使って「丁香」、「丁子」の名があてられる。 生薬としての花蕾を丁子(ちょうじ)または丁香(ちょうこう)ということもあり、芳香健胃剤である(日本薬局方にも収録されている)。孫光憲《八拍蠻》「孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。」孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。

越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。14-386《八拍蠻一首》孫光憲(46)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-569-14-(386) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4392

牛嶠『感恩多二首其二』「自從南浦別,愁見丁香結。」杜甫『江頭四詠。丁香』にもある。

6. 結同心 “永結同心”・・・同じ心は永遠に結ぶ。

牛嶠《柳枝五首其二》

王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。

不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

(柳枝五首其の二)

王 宮裡 色偏に深し,一簇 纖條 萬縷の金。

憤せず 錢塘の蘇小小,郎を引いては 松の下 同心を結ぶ。

7-405《柳枝五首其二》牛給事嶠(牛嶠)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-588-7-(405) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4487

 

同心結(結同心) 

溫庭筠

巻一18更漏子六首其四相見稀,相憶久,眉淺淡烟如柳。垂翠幕,結同心,待郎燻繡衾。城上月,白如雪,蟬髩美人愁。宮樹暗,鵲橋橫,玉籤初報明。

韋莊

巻二47清平樂四首其二野花芳草,寂寞關山道。柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。羅帶悔結同心,獨凭朱欄思深。夢覺半床斜月,小風觸鳴琴。

牛嶠

巻三47柳枝五首其二王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心

牛嶠

巻四20菩薩蠻七首其六綠雲鬢上飛金雀,愁眉斂翠春煙薄。香閣掩芙蓉,畫屏山幾重。寒天欲曙,猶結同心苣。啼粉羅衣,問郎何日歸。

毛文錫

巻五11中興樂豆花繁煙豔深,丁香軟結同心。翠鬟女,相與共淘金。紅蕉葉裏猩猩語,鴛鴦浦,鏡中鸞舞。絲雨隔,荔枝陰。

李珣

《巻十42望遠行二首其一》  春日遲遲思寂寥,行客關山路遙。瓊時聽語鶯嬌,柳絲牽恨一條條。休暈繡,罷吹蕭,貌逐殘花暗凋。同心舊裙腰,忍辜風月度良宵。

李珣

《巻十50河傳二首其二》  春暮,微雨。送君南浦,愁斂雙蛾。落花深處,啼鳥似逐離歌,粉檀珠淚和。臨流更把同心結,情哽咽,後會何時節?不堪迴首,相望已隔汀洲,艣聲幽。

 

  

翠鬟女,相與共淘金。

髪をほどいて翡翠の飾りを付けた妃嬪は、砂金を掬いより分ける簀子の中の金のようにゆれうごいている。

7. 翠鬟女 翡翠と黄金の飾りをして雲型に結われた妃嬪、寝牀に入る際は髪を解き垂らして宝飾翡翠の簪で軽く束ねる。

この頃の髪型

髪型はさらに豊富多彩で、段成式の著作『髻鬟品』 には、多種多様の髪型が列挙されている。たとえば、半翻髻【はんほんけい】、反綰髻【はんわんけい】、楽游髻、双環望仙髻、回鶻髻、愁来髻、帰順髻、倭堕髻など。髻の上に、色々な宝石や花飾りの簪を挿したり、歩揺(歩く度に美しく揺れ光る髪飾り)を着けたり、櫛を挿したりして飾った。それらは、貧富や貴賎によって定まっていた。

衣服、装飾などはきわめて墳末な物ではあるが、かえって一滴の水と同じょうに、往々にして社会の多種多様の情況をよく映し出すことができた。唐代の女性の服飾もその例に漏れない。そこに浮かび上がる特色もまた、まさに唐代という社会の諸相を映し出す映像そのものであった。

8. 淘金 土砂にまじっている砂金を水中で揺すって選び分けること。また、その砂金。

 

紅蕉葉裏猩猩語,鴛鴦浦,鏡中鸞舞。

姫芭蕉は葉を裏にしたり、顔を赤らめて、酔っ払って言うような「猩猩」とした言葉を発し、それは鴛鴦が暮らす入り江の奥まった砂浜の安定的な暮らしであるし、鏡に描かれた仲睦まじい鳳凰鸞の舞のようである。

9. 紅蕉(こうしょう) 姫芭蕉。バショウ科の多年草。バショウに似るが小形で、高さ12メートル。赤色の苞(ほう)をもつ花をつける。中国南部の原産。美人蕉(びじんしょう)

10. 猩猩 1 オランウータンの別名。2 想像上の動物。オランウータンに似るが、顔と足は人に似て髪は赤く長く垂れ、よく酒を飲むという。3酒の好きな人。大酒飲み。4 能面の一。童子の顔を赤く彩色した面。「猩猩」などに用いる。

 

絲雨隔,荔枝陰。

雨絲は次第に隔絶してきて、熟れた荔枝はそっと陰におかれる。

11. 荔枝 嶺南地方原産で、熱帯・亜熱帯地方で栽培される。 常緑高木で、葉は偶数羽状複葉で互生する。花は黄緑色で春に咲く。果実は夏に熟し、表面は赤くうろこ状、果皮をむくと食用になる白色半透明で多汁の果肉があり、その中に大きい種子が1個ある。楊貴妃は「荔枝」がとても好きだったが、都には「荔枝」がなかった。彼女を満足させるためにわざわざ最南部から「速い馬」で運んで行ったという。ここは「陰」と共に女性の性器をいう。 

 

 

 

 

 

f.更漏子 【字解集】

更漏子

1.(春の夜、遠きにある男を思う女性の情を詠う。

前段は、眠れぬ時を送る孤閏の悲しみを述べ、後段、丁字(チョウジ)の花は愁いが心から離れぬことを表し、番の燕は身の孤独を際上江たせる。
『花間集』には毛文錫の作が一首収められている。双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句三仄韻二平韻で、3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。更漏子という題で、花間集には温庭筠、韋莊、牛嶠、毛文錫、孫光憲、毛熙震などの作が収録されている。

123 更漏子 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-282-5-#36  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2957

『更漏子 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-15-2-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1676

『更漏子 二』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-16-2-#2 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1680

『更漏子 三』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-17-2-#3 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1684

『更漏子 四』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-18-2-#4 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1688

『更漏子 五』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-19-2-#5 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1692

更漏子 六』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-20-2-#6 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1696

更漏子三首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-325-6-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3172

更漏子三首 其二 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-326-6-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3177

更漏子三首 其三 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-327-6-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3182

 

春夜闌,春恨切,花外子規啼月。

春分を過ぎたころ夜半、こんな春の恨みは身に染みるもので、花の彼方には月に囁く子規がなきはじめた。

3.春夜闌 :①盛春、②深夜、③宴席がたけなわ、④性交の絶頂期 ・春恨:①盛春を過ぎようとするのに待ち人が来ない、②春わずかな間に別れを告げられる ・子規:晩春から初夏にかけて鳴く。

4.子規 ホトトギス。この三句で三春という時間経過を示す。

 

人不見,夢難憑,紅紗一點燈。

あの人の姿をみることはないし、夢のなかで逢追うと思っても、それさえも難しくなる。灯火はただ一つ、紅く戸張に映るだけだ。

5.人不見 愛する人の姿のないこと。

 

偏怨別,是芳節,庭中丁香千結。

ひたすらに別れに胸を痛めるは、美しき春であるがため別れがつらいのだ。庭先の丁字の花は我が胸のごとく千々に結び咲く。

6.偏怨別、是芳節 今が美しい春の季節であるがため、別離が一層辛い、の意。

7.丁香千結 チョウジの花が千々に結び咲く。本句は実景を描くと同時に女性の愁いが千々に結ばれて解けぬことを言う。チョウジの花は、愁いに心が結ばれて解けぬ比喩。牛嶠「感恩多」其二

自從南浦別,愁見丁香結

近來情轉深,憶鴛衾。

幾度將書托煙鴈,淚盈襟。

淚盈襟,禮月求天,願君知我心。

チョウジの花が開花の崎でも花びらが閉じたようになっていること。愁いに心が結ばれて解けぬ比喩。香の字を用いているのほ、チョウジの花を乾燥させたものが薬剤や香辛料として用いられたことによるもの。

 

宵霧散,曉霞輝,梁間雙鷰飛。

今日も宵闇の霧消え、朝焼けの空は輝き始めて、梁のあいだを番の燕がとびかう。

 

 

 

 

 

g.接賢賓 【字解集】

接賢賓

1.(春が訪れ、花も盛りになる寒食・清明節のころ、科挙発表の無礼講には、貴公子の若者が折角の春景色を台無しにすると詠う)

2. 貴公子が春都登路を闊歩するのは、科挙及第者の発表時に、都は無礼講になる。清明節の時期であり、行楽の時季であり、貴公子の舞台はどこにでもある。

3. 【構成】『花間集』には毛文錫一首のみ所収。双調六十二字、前段三十五字六句四平韻、後段二十四字五句二平韻で、⑦⑤6④7⑥/7⑥33⑤ の詞形をとる。

香韉鏤襜五花  春景初
流珠噴沫躞蹀  汗血流
少年公子能乘馭  金鑣玉轡瓏

為惜珊瑚鞭不下 驕生百步千
信穿花 從拂柳 向九陌追
 
 
 

 
  

 

香韉鏤襜五花驄,春景初融。

香をいっぱいにしみ込ませた下鞍を付け、奇麗な房の前掛けを付けた五頭立てのあし毛の馬の車でやって来る、春景色は初めて融解してかちをたかめてくる。

4. 韉 したぐら【下鞍・韉】馬具の一。和式の鞍で,鞍橋(くらぼね)の下に敷いて,馬の背を保護するもの。普通二枚を重ねて用い,上を切付(きつつけ),下を膚付(はだつけ)と称する。中世以後は,全体を切付と称することがある。(

5. 鏤襜 〔襜褕〕古代一种短的便衣。まえかけ

6. 五花驄 馬のたてがみを翦りて飾とせる馬。五花馬とおなじ。青と白の斑紋の馬。驄:あし毛の馬。五花驄馬七香車,云是平陽帝子家。

全唐詩·卷199 岑參《感遇》「五花驄馬七香車,云是平陽帝子家。鳳皇城頭日欲斜,門前高樹鳴春鴉。漢家魯元君不聞,今作城西一古墳。昔來唯有秦王女,獨自吹蕭乘白雲。」

李白《將進酒》「五花馬,千金裘。呼兒將出換美酒、與爾同銷萬古愁。」

235-#3李白 89(改訂版)《巻2-8  將進酒 -#3》Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <235-#3> Ⅰ李白詩1480 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5948

7. 初融 初めて融解する。

 

流珠噴沫躞蹀,汗血流紅。

馬たちの体には玉のような汗が吹き出し、行き来している。やがてその大宛国の駿馬たちは、汗血の珠のような汗をかき、それを流せば赤く染まる。

8. 躞蹀 ①小股に歩く.②行き来する.

9. 汗血馬【かんけつば】  西域(中央アジア)地方に産した名馬の一種。1日に千里を走り,疾駆すると血のような汗を流すので,この名がつけられたという。前漢の武帝のとき,張騫(ちようけん)の遠征によって西域に名馬のいることが中国に知られるようになった。中国では古来名馬を天馬と称しているが,《史記》の大宛列伝によると,〈はじめ烏孫の馬を天馬と名づけたが,大宛の汗血馬を得てみるといっそうたくましく,そこで大宛の馬を天馬と称し,烏孫の馬を西極(せいきよく)と改めた〉と記されている。

 

少年公子能乘馭,金鑣玉轡瓏璁。

貴公子の若者たちはいつでも馬にまたがってやってくる。馬具は黄金で飾られた手綱留めや、宝飾の轡、宝飾の玉が鳴り響くのである。

10. 金鑣 轡・鑣・銜〔口輪の意〕① 馬に手綱(たづな)をつけるため,馬の口にくわえさせる金具。くつばみ。くくみ。  -を取る」② 家紋の一。① にかたどったもの。丸の中に十字形のあるものと,杏葉(ぎようよう)形のものとある。  遊女のいる家。また,遊女屋の主人。くつわ屋。 

11. 瓏璁 玉と玉の鳴る音の意とで、明朗に鳴る音の意。 【意味】明るく朗らかなさま。 明朗な気質を現すもの。 音色が美しく清らかなさま。 美しく清廉なさま。

 

為惜珊瑚鞭不下,驕生百步千蹤。

惜しいことには珊瑚の鞍にまたがり、鞭を降ろすことをしいないが、貴公子、富貴の者の生まれ持ったおごりは百歩も千歩もあし跡を思うままに着けていく。

12. 驕生 富貴の者の生まれ持ったおごり。

13. 蹤【しょう】[音]ショウ(漢)[訓]あと足あと。「蹤跡/先蹤・追蹤」 -

 

信穿花,從拂柳,向九陌追風。

その都大路の九の大通りに馬を追って風が通り抜けてゆくと、花を穿つことをつまびらかにし、そして、柳の枝を払ってゆく。

14. 信 ①まこと。②あきらかにする。③しる。④しるし。⑤わりふ。⑥したがう。⑦うやまう。⑧たもつ。⑨まかせる。⑩二晩泊まる。再宿。⑪海水の定時の干満。⑫つかい、使者。⑬たより、おとづれ。⑭五音の宮をいう。⑮五行で土をいう。⑯五行で水神をいう。

15. 穿花 

《巻六23薄命女》「天欲曉,宮漏穿花聲繚繞。牎裏星光少,冷霞寒侵帳額,殘月光沉樹杪。夢斷錦幃空悄悄,強起愁眉小。」

 

 

 

 

 

 

h.贊浦子【字解集】

贊浦子

1.(若くて美しい妃嬪が寵愛を失って、物憂げな毎日を過ごす、高唐の賦のように、同じ化身するなら、佩び玉に化身できたらと詠う。)

2. 唐教坊曲名。別名《普子》。『花間集』には毛文錫一首のみ所収。双調四十二字、前段二十字四句二平韻二仄韻、後段二十二字四句二平韻二仄韻で、❺⑤❺⑤/❻⑥❺⑤の詞形をとる。

錦帳 添香  金鑪 換夕
懶結 芙蓉  慵拖 翡翠
正是 桃夭 柳  那堪 暮雨 朝
宋玉 高唐  裁瓊 欲贈

●●○○●  ○○●●△

●●○○●  ○△●●○

△●○△●●  △○●●○○

●●○○●  △○●●○

 

錦帳添香睡,金鑪換夕薰。

錦のとばりが垂れ、香りが広がるなかに伴って眠る。黄金の香炉には、夕方には新しい香と交換し燻らせている。

 

懶結芙蓉帶,慵拖翡翠裙。

物憂げに芙蓉柄の帯を結んでいるし、翡翠の飾りのスカートをだるそうに引きずっている。

3. 拖 ①(重いものを)ずるずる引っ張る,引きずる,引く.他拖着疲倦的身体回到家里。=彼は疲れた体を引きずって家まで。

4. 懶・慵 物憂げにする。物ぐさい ・ ぐうたら ・ 怠惰 ・ もの臭い ・ 気だるい ・ 気怠い・ 不精ったらしい ・ 物臭 ・ 不まじめ

 

正是桃夭柳媚,那堪暮雨朝雲。

まさに、このうら若き妃嬪の美しさを詩経に言う「桃のみずみずしいとき」であり、若々しい柳葉の眉もくっきりとしている。それなのにどうして「朝雲暮雨」ではなく、夕暮れに雨のように涙を流し、朝には雲となって物憂げにするという、そんな生活に堪えている。

5. 桃夭 《「詩経」周南・桃夭から。嫁ぐ若い女性の美しさを桃のみずみずしさにたとえた語》女性の婚期。嫁入りどきをいう。

桃之夭夭、灼灼其華。之子于歸、宜其室家。

桃之夭夭、有粉其實。之子于歸、宜其家室。

桃の夭夭たる、灼灼たり其の華。この子ここに歸【とつ】がば、其の室家に宜しからん。

桃の夭夭たる、粉たり其の實。この子ここに歸がば、其の家室に宜しからん。

6. 柳媚 形容春天綠柳成蔭、繁花似錦的景象。

―化粧―

唐代の女性は、化粧にたいへん気をつかった。普通は、顔、胸、手、唇などに白粉や頬紅をつけ、また肌を白くし、あるいは艶やかにしたが、それ以外に眉を画くことをことのほか重視した。眉毛の画き方はたいへん多く、玄宗は画工に「十眉図」を描かせたことがあり、それらには横雲とか斜月などという美しい名称がつけられていた(『粧楼記』)。ある人は、唐代の女性は眉毛の装飾に凝り、それはいまだかつてなかった水準に達したと述べている。その他、彼女たちは額の上に黄色の粉を塗り、それを「額黄」「花蕊」「蕊黄」といった。また、金箔や色紙を花模様に切り抜いて両眉の間に貼るのが流行り、「花細」、「花子」などと呼んだ。その他、両頬に赤、黄の斑点、あるいは月や銭の図柄を貼るケースもあり、これは「粧靨」靨はえくぼの意)といった。

唐の玄宗皇帝が画工に命じて描かせた《十眉図》に見られるように,鴛鴦眉(八字眉),小山眉(遠山眉),五嶽眉,三峯眉,垂珠眉,月稜眉(却月眉),分稍眉,涵烟眉,払雲眉(横烟眉),倒暈眉の10種類であった。唐の末期には〈血曇粧〉といって目の縁を赤紫に彩った化粧がはやった。

7. 暮雨朝雲 宋玉高唐の賦に言う「朝雲」は、朝の雲。「暮雨」は、夕暮れの雨。男女の契りのたとえと逆になっていることは、泣いて過ごし、夢に思うだけの生活をすること。

 

宋玉高唐意,裁瓊欲贈君。

宋玉の「高唐賦」に言う、雨となり雲となってまじわることを思い続けるけれど、それがかなわぬなら、瓊玉に化身し、佩び玉飾りに裁縫してとどける。そうしたら別れなくてもずっと一緒にすごせる。

8. 宋玉「高唐賦」 楚の懐王が高唐で遊んですごした時、夢の中に女が現れて王と情を交これは、『文選』のに見える話に由来している。「雲雨巫山」一巫山之夢」ともいう。

9. 裁 ① 布を断ち切る。「裁断・裁縫」② 是非善悪を判断して決める。処理する。「裁定・裁判/決裁・親裁・制裁・総裁・仲裁・独裁」外見。「体裁」裁縫のこと。「

10. 瓊 ① たま。「瓊玉」② 玉のように美しい。「瓊筵(けいえん)・瓊姿」

楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

・宋玉『高唐賦』「昔者楚襄王與宋玉遊於雲夢之台,望高之觀,其上獨有雲氣,兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問玉曰:“此何氣也?”玉對曰:“所謂朝雲者也。”王曰:“何謂朝雲?”玉曰:“昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:‘妾,巫山之女也。爲高唐之客。聞君遊高唐,願薦枕席。’王因幸之。去而辭曰:‘妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。’旦朝視之,如言。故爲立廟,號曰朝雲。」

・謁 おまいりすること。

謁巫山廟 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-242-108-#98  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

 

 

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