花間集 訳注解説 (233)回目毛文錫巻五10西溪子》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9002

 235)回目毛文錫巻五10西溪子》

 

 

2017828

の紀頌之”6”つの校注Blog

10年のBLOGの集大成

   李白総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745年-08 【字解集】008 A鳴皋歌送岑徵君  B對雪奉餞任城六父秩滿歸京Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8975

LiveDoo

rBlog

745年-07 【字解集】007 a.過四皓墓 b.酬岑勛見尋就元丹丘對酒相待以詩見招 c.鳴皋歌奉餞從翁清歸五崖山居Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8904

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

10年のBLOGの集大成

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-124 先生-巻八-05秋雨聯句【案:韓愈、孟郊】-#2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8970

LiveDoo

rBlog

806年-集15- 韓昌黎集字解集城南聯句 【字解集】【上】

806年-集16- 韓昌黎集字解集城南聯句 【字解集】【下】

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-139五律 黃魚(卷一七(四)一五三五)五律注(1025)夔州詠物八首の7 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8986

LiveDoo

rBlog

767年-集-1 【字解集】・A洞房 B宿昔 C能畫 D鬥雞 E歷歷 F洛陽 G驪山  杜詩詳注( Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8930

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (233)回目毛文錫巻五10西溪子》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9002 (08/28)

  fc2

Blog

花間集 訳注解説 (219)回目張泌 《張泌【字解集】 ―2 a. 臨江仙 b. 女冠子 c.河傳二首 D.酒泉子二首 E.子 F.思越人 》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8882 

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-巻二28 情詩五首 其二明月曜淸景 -#1〔張華〕 Ⅴ漢詩・六朝詩・文選・古詩源・唐宋詩詞漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9003

LiveDoo

rBlog

玉集-015【字解集】  雜詩五首 【字解集】    Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 8932

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

Ⅵ唐代女性論         ninjaブログ

八、2.23 薛濤 《采蓮舟 》 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ9004

 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)

漢詩総合サイト 07ch

杜甫全詩案内

韓愈全詩案内

李白全集

李白詩のサイト

古詩源

花間集案内

漢詩・唐詩・宋詩研究

http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/

 

花間集 訳注解説 (233)回目毛文錫巻五10西溪子》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9002

 

女性論

唐代には「妓」と呼ばれた人は三種類あった。家妓・宮妓・官妓の三種である。いずれも妓と称されたが、三者の身分・生活はそれぞれ異なっていた。家妓は私人が自宅で養い蓄えている女楽、歌舞人であり、私有財産であって、姫妾とか婢女と呼ばれる人と同類であった。それで彼女たちは「姫妾」の部に入れて論ずることにし、ここでは言及しない。以下に、先学たちが「公妓」とよんだ二つの種類、宮妓と官妓について論ずることにする。

宮妓、敦坊妓

 宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職貴は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

 宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上乎だったため選ばれて宮中に入った。蔀瓊瓊はもとは色町の妓女であったが、筝が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、

玄宗時代には特に「権弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『占今図書集成』閑媛典閔艶部、崔令欽『教坊記』による。以下『教坊記』を出典とするものは一々注記しない)。【* 楽戸とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。】

 

 彼女たちの中には、また別に朝臣や外国からの使節が献上した女性も、一部分であるが含まれていた。たとえば、敬宗の時代、浙東(浙江省一帯)から朝廷に飛燕、軽風という二人の舞妓が献上された。また文宗の時代、回屹に降嫁した太和公主が馬にまたがって弓をひく七人の娘を献上したこともあった(『杜陽雑編』巻中、『旧唐書』文宗紀下)。それ以外に、少数ではあるが、元々宮女であった女性の中から選ばれ、訓練を受けて宮妓になったものもいた。宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属したり、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。先人の考証によると、玄宗の時代から太常寺にはもはや女妓はいなくなり、すべて教坊の所属になったという(任半塘「教坊記隻訂」中華書局、一九六二年)。

 

 玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃バ勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。この後は、もうこれほどの盛況はなかったが、しかし教坊は依然として不断に宮妓を選抜して教坊に入れていた。憲宗の時代、教坊は皇帝の勅命だと称して「良家士人の娘及び衣冠(公卿大夫)の家の別邸の妓人を選び」内廷に入れると宜言したので(『H唐書』李絲伝)、人々は大いに恐れおののいた。そこで憲宗は、これは噂であると取り消さざるを得なかった。文宗の時代、教坊は一度に「覚裳羽衣」(開元、天宝時代に盛んに行われた楽曲)の舞いを踊る舞姫三百人を皇帝に献上したことがあった。

 

 

 

花間集新タイトル

花間集 五巻    毛文錫  西溪子一首

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『西溪子』三首

 

 

作者

初句7字

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

西溪子一首

捍撥雙盤金鳳,

 

 

毛文錫(毛司徒文錫)

巻五

西溪子一首

昨日西溪遊賞,

 

 

李珣(李秀才珣)

巻十

西溪子一首

金縷翠鈿浮動,

 

 

 

 

 

 

 

 

牛嶠  西溪子

捍撥雙盤金鳳,蟬鬢玉釵搖動。

畫堂前,人不語,弦解語。

彈到昭君怨處,翠蛾愁,不迴頭。

(西溪子【せいけいし】)

捍撥【かんぱち】雙盤 金鳳あり,蟬鬢 玉釵 搖れ動く。

畫堂の前,人語らず,弦するは語を解す。

彈くは「昭君怨」の處に到り,翠・蛾も愁うなり,頭を迴わせざるなり。

《西溪子》牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」Gs-338-6-#25 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3237

李珣  西溪子

金縷翠鈿浮動,粧罷小圓夢。

日高時,春已老,人來到,滿地落花慵掃。

無語倚屏風,泣殘紅。

(西溪子)

金縷の翠鈿 浮動し,粧い罷え 小 夢を圓う。

日 高き時,春 已に老けたり,人 來りて到り,滿地の落花 掃うに慵く。

無語るく屏風を倚せ,殘紅に泣きたり。

20-539《西溪子一首,》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-722-20-(539) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5157

 

 

 

 

花間集 教坊曲《巻五10西溪子》張泌

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9002

 

 

 

 

 

 

毛文錫《西溪子

(若さと、妖艶さと備えた妓優がその踊りに名をはせたが、何時しか歳を重ねると活躍の場がなくなり、駄馬のように帰って行くと美しい妓優を詠う)

昨日西溪遊賞,芳樹奇花千樣,鏁春光。

昨日、西の渓谷で渓谷の風情を感賞して遊んだ、芳しい木樹は珍しい綺麗な花をつけていて、たくさんの花が様々な形で咲いていた。しかし、春の日差しは閉ざされようとしていた。

金罇滿,聽絃管,嬌妓舞衫香暖。

きょうは、黄金の大盃に酒をいっぱいに注ぎ、琴瑟楽器や笛、管楽器を奏でているのを耳にし、愛嬌のある妓優は霓裳羽衣の曲で長い上着を着て舞い、春の宴は香も盛んに、暖かな中に広がる。

不覺到斜暉,馬馱歸。

あしたは、夢中でいて気付かなかった、日は西に沈んでゆくもので、かならずさめるものなのだ、つまらぬ駄馬のように帰ってゆく。

 

西溪子

昨日 西溪に 遊賞し,芳樹 奇花 千樣あり,春光にく。

金罇 滿ち,絃管を聽き,嬌妓 衫を舞い 香暖かなり。

覺えず 斜暉に到るを,馬 歸るを。

凌浪曲舞 010 
凌波曲舞002

 
凌浪曲舞 010

 

『西溪子』 現代語訳と訳註

(本文)

《西溪子》

昨日西溪遊賞,芳樹奇花千樣,鏁春光。

金罇滿,聽絃管,嬌妓舞衫香暖。

不覺到斜暉,馬馱歸。

 

(下し文)

西溪子

昨日 西溪に 遊賞し,芳樹 奇花 千樣あり,春光に鏁く。

金罇 滿ち,絃管を聽き,嬌妓 衫を舞い 香暖かなり。

覺えず 斜暉に到るを,馬馱 歸るを。

 

(現代語訳)

(若さと、妖艶さと備えた妓優がその踊りに名をはせたが、何時しか歳を重ねると活躍の場がなくなり、駄馬のように帰って行くと美しい妓優を詠う)

昨日、西の渓谷で渓谷の風情を感賞して遊んだ、芳しい木樹は珍しい綺麗な花をつけていて、たくさんの花が様々な形で咲いていた。しかし、春の日差しは閉ざされようとしていた。

きょうは、黄金の大盃に酒をいっぱいに注ぎ、琴瑟楽器や笛、管楽器を奏でているのを耳にし、愛嬌のある妓優は霓裳羽衣の曲で長い上着を着て舞い、春の宴は香も盛んに、暖かな中に広がる。

あしたは、夢中でいて気付かなかった、日は西に沈んでゆくもので、かならずさめるものなのだ、つまらぬ駄馬のように帰ってゆく。

 

(訳注)

《西溪子》

(若さと、妖艶さと備えた妓優がその踊りに名をはせたが、何時しか歳を重ねると活躍の場がなくなり、駄馬のように帰って行くと美しい妓優を詠う)

1.唐代には「妓」と呼ばれた人は三種類あった。家妓・宮妓・官妓の三種である。いずれも妓と称されたが、三者の身分・生活はそれぞれ異なっていた。家妓は私人が自宅で養い蓄えている女楽、歌舞人であり、私有財産であって、姫妾とか婦女と呼ばれる人と同類であった。

宮妓は専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸*、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。辞填壇はもとは色町の妓女であったが、挙が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「搊弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、崔令欽『教坊記』による。)。

*楽戸 楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

2.『花間集』には三首所収され、毛文錫の作が一首収められている。双調三十五字、前段十五字五句一平韻、四仄韻、後段十四字三句一仄韻二平韻で、❻❻❸❸❸❻⑤③の詞形をとる。

昨日西溪遊  芳樹奇花千 鏁春

金罇滿 聽絃  嬌妓舞衫香
不覺到斜  馬馱

   

   
  

 

昨日西溪遊賞,芳樹奇花千樣,鏁春光。

昨日、西の渓谷で渓谷の風情を感賞して遊んだ、芳しい木樹は珍しい綺麗な花をつけていて、たくさんの花が様々な形で咲いていた。しかし、春の日差しは閉ざされようとしていた。

3.鏁春光 春の穏やか光を閉ざす。

4.鏁=鎖 ① 金属製の輪をつないだ紐状のもの。とざす。 ② 物と物とを結び付けているもの。きずな。

 唐樂舞00

 

<鏁 春>

 

毛文錫

巻五10西溪子昨日西溪遊賞,芳樹奇花千樣,鏁春光。金罇滿,聽絃管,嬌妓舞衫香暖。不覺到斜暉,馬馱歸。

毛文錫

巻五19毛文錫《巻五19 柳含煙四首其一》隋堤柳,汴河旁。夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。笙歌未盡起橫流,鏁春愁

和凝

巻六22河滿子二首其二寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

李珣

《巻十38酒泉子四首其一》  寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。月朦朧,花暗澹,鏁春愁。尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。

 

  

 

金罇滿,聽絃管,嬌妓舞衫香暖。

きょうは、黄金の大盃に酒をいっぱいに注ぎ、琴瑟楽器や笛、管楽器を奏でているのを耳にし、愛嬌のある妓優は霓裳羽衣の曲で長い上着を着て舞い、春の宴は香も盛んに、暖かな中に広がる。

5.罇 おおさかずき。もたい〔もたひ〕【瓮/甕/罇】

6. ①(上半身に着る)ひとえの上着,シャツ.⇒ ,汗衫.②(足元まで届く)長い上着.

7.嬌妓舞 後宮に妖艶に舞う妓優。紅桃は『明皇雑録』『楊太真外伝』に見える。楊貴妃の侍女。楊貴妃に命じられて、紅粟玉の腕輪を謝阿蛮に渡した。後に、玄宗が安史の乱の勃発後、長安に帰還した時、楊貴妃の侍女の一人として会合する。そこで、楊貴妃の作曲した「涼州」を歌い、ともに涙にくれたが、玄宗によって、「涼州」は広められた。唐の張雲容は霓裳羽衣の曲を一人で舞い、金の腕輪を贈られた。謝阿蛮は『明皇雑録』『楊太真外伝』に見える、新豊出身の妓優。「凌波曲」という舞を得意としていた。その舞踊の技術により、玄宗と楊貴妃から目をかけられ、腕輪を与えられた。後に、玄宗が安史の乱の勃発後、長安に帰還した時、舞踊を披露した後で、その腕輪を玄宗に見せたため、玄宗は涙を落としたと伝えられる。

 

不覺到斜暉,馬馱歸。

あしたは、夢中でいて気付かなかった、日は西に沈んでゆくもので、かならずさめるものなのだ、つまらぬ駄馬のように帰ってゆく。

8.不覺到斜暉,馬馱歸 名をはせた妓優も若い日は何時までも続くものではない、いつしか駄馬の扱いになってしまうというほどの意味。【だ】 荷役に使う馬。駄馬。[接頭]名詞に付いて、値うちのないもの、つまらないもの、粗悪なものなどの意を表す。[接尾]助数詞。馬1頭に負わせる荷物の量を1駄として、その数量を数えるのに用いる。江戸時代には36貫(約135キロ)を定量とした。




漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩・唐詩・詩詞 解釈

月別アーカイブ

 

http://kanshi100x100.blog.fc2.com/

 

 

2011

 

 

 

2011/10 (54)

2011/11 (55)

2011/12 (51)

2012年上半期

2012/01 (38)

2012/02 (45)

2012/03 (45)

2012/04 (37)

2012/05 (31)

2012/06 (30)

2012年下半期

2012/07 (31)

2012/08 (32)

2012/09 (30)

2012/10 (31)

2012/11 (31)

2012/12 (31)

2013年上半期

2013/01 (31)

2013/02 (28)

2013/03 (31)

2013/04 (30)

2013/05 (31)

2013/06 (30)

2013年下半期

2013/07 (31)

2013/08 (31)

2013/09 (30)

2013/10 (31)

2013/11 (30)

2013/12 (31)

2014年上半期

2014/01 (31)

2014/02 (28)

2014/03 (31)

2014/04 (30)

2014/05 (31)

2014/06 (30)

2014年下半期

2014/07 (31)

2014/08 (31)

2014/09 (30)

2014/10 (31)

2014/11 (30)

2014/12 (30)

2015年上半期

2015/01 (27)

2015/02 (28)

2015/03 (31)

2015/04 (31)

2015/05 (31)

2015/06 (30)

2015年下半期

2015/07 (31)

2015/08 (31)

2015/09 (30)

2015/10 (31)

2015/11 (30)

2015/12 (29)

2016年上半期

2016/01 (27)

2016/02 (29)

2016/03 (28)

 

 

 

花間集五百首訳注解説

月別アーカイブ

 

http://kanbunkenkyuu010.blog.fc2.com/

 

 

2016年下半期

 

 

 

 

2016/11 (30)

2016/12 (30)

2017年上半期

2017/01 (28)

2017/02 (28)

2017/03 (31)

2017/04 (30)

2017/05 (31)

2017/06 (2)

2017年下半期

 

 

 

 

 

 

スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment

テンプレートに関するご質問・不具合のご報告の際はご自身のブログアドレス記載必須です
ご質問の前に必ずお読みください ↓
FC2テンプレート ご利用時のお願い