花間集 訳注解説 (212)回目張泌 《巻四38 女冠子一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8840

 212)回目張泌 《巻四38 女冠子一首》

 

 

201765

の紀頌之5つの校注Blog

10年のBLOGの集大成

   李白総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745-026-#4巻175-19 單父東樓秋夜送族弟沈之秦(卷十六(二)九九三)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8837

LiveDoo

rBlog

745年-05 【字解集】005 【字解集】 a.留別王司馬嵩 B.商山四皓  C.訪道安陵遇蓋寰為予造真籙臨別留贈 Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8771

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

10年のBLOGの集大成

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-104 先生-巻八-01#23城南聯句 §5 【韓愈、孟郊】【此首又見張籍集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8838

LiveDoo

rBlog

745年-05 【字解集】005 【字解集】 a.留別王司馬嵩 B.商山四皓  C.訪道安陵遇蓋寰為予造真籙臨別留贈 Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8772

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-120七絶 解悶十二首 其八(卷一七(四)頁一五一六)七絶 杜詩詳注( Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8851

LiveDoo

rBlog

767年-集-16 【字解集】  ・i.-別崔因寄薛據孟雲卿  ・j-寄韓諫議 杜詩詳注( Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8804

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (212)回目張泌 《巻四38 女冠子一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8840 (06/05)

  fc2

Blog

花間集 訳注解説 (210)回目張泌 《巻四37 張泌【字解集】 ー1 浣渓沙十首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8828

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-巻二21 樂府詩七首 其二苦相篇 豫章行 -#2〔傳玄〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 8841

LiveDoo

rBlog

玉集-014【字解集】  樂府二首 【字解集】詠懷詩二首    Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 8806

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

Ⅵ唐代女性論         ninjaブログ

八、2.3 薛濤詩 《池上雙鳧》漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ8842

 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)

漢詩総合サイト 07ch

杜甫全詩案内

韓愈全詩案内

李白全集

李白詩のサイト

古詩源

花間集案内

漢詩・唐詩・宋詩研究

http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/

 

花間集 訳注解説 (212)回目張泌 《巻四38 女冠子一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8840

(後宮に祀られた祠の舞台、祭壇に、後宮に入った若い女冠子をうたうもので、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団の中のアイドルの頂点のような存在である、しかし歳を重ねれば世代交代ということはつきものである。数万にも及ぶ女道士も人知れずなくなっていくと詠う。

朝から春雨がふり、はなは露にうるおい、草原には霞がかかっている、そこにはひっそりとしてさびしさがひろがり、神仙三山には五雲がかかって、まさに春が深まってきた。離宮の祠の舞台にそのすがたをみなくなったが、珠のように輝くのも影を潜めている、しかし偶に登場すれば、なお、お化粧を直してえりを整えれば、そこに芳しい香りを残す。鬱蒼とした竹林は祠のまわりには疎らであり、祠に続く渡り廊下の欄干もひっそりと静まり返っている。ここで力強く生えた松の木は次第に多く密集していて、神に上奏する祭壇がその陰にある。仙桃を味わった劉郎でさえ、何事もなかったように去って行くものであり、恋い慕うおもいはしだいにうち沈んだ,重苦しいものになるものだ。

 

 

 

 

 

 

花間集 巻四

 

 

 

 


 

女尼、女冠、女巫 (2

長安の政平坊にあった安国観の女道士の大半は上陽宮の宮人であった(『唐語林』巻七)。詩人たちはかつて、「蕭蕭と白髪にて宮門を出で、羽服・星冠に道意(修行心)存す」(戴叔倫「宮人の人道するを送る」)、「君看よ白髪にて経を誦する者を、半ばは是れ宮中にて歌舞せし人なり」(盧綸「玉真公主の影殿を過ぎる」)などと詠んで嘆いた。最後になったが、他に貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。総じて言えば、出家は女性たちが他に生きる道がない状況下における、最後の出路、最後の落ち着き先になったのである。

 

 一般の女子の出家の状況はだいたい以上述べたようなものであったが、妃娘・公主たちの出家の事情は比較的特殊である。妃娘の中のある者は、皇帝が死ぬと集団で寺に送りこまれた。たとえば、武媚(後の武則天)などの妃娘は太宗の死後、感業寺に送られて尼にされた。また、ある者は家人が罪を犯したためもはや妃嬢となる資格を失い、やむなく出家せざるを得なかった。たとえば、粛宗の章妃は長兄が死を賜ったので粛宗と離婚し、宮中にある寺の尼となった。楊貴妃が女道士になった件は、玄宗が息千の嫁を自分の妃にするために弄した策略にすぎず、これで天下の耳目を掩ったのである。公主が道教に人信することはさらに多く、唐朝の二回一人の公主のうち、出家した者は十人にも上る。ただし、彼女たちの多くは道教に入っており、仏に仕えたのではなかった。彼女たちの中には、夫が死んだので自ら出家を願ったものもいるが、その他大多数の出家の原因は、それほどはっきりしていない。彼女たちの相当の部分が「福を祈り禍を祓う」などの名目で、出家しており、事実上自ら願って女道士の生活に入ったのであろう。最も有名な玄宗皇帝の妹の玉真公主と、彼女と同時に出家した金仙公主は、おそらくこうした例である。彼女たちは女道士になっても公主としての富貴と栄誉を失わなかった。朝廷は旧来のごとく彼女たちに生活資財を支給したから、生活はかえって公主の時より自由になり、束縛を受けなくなった。また女道士の生活は尼僧のそれに比べていくらか自由であったからこそ、公主たちの大半は仏寺に入らず道観に入ったのである。

 

 出家した女性の生活は、きわめて特色のあるものだった。まず第一に、彼女たちは人に頼って生きる階層であり、一般には生業に従事しなかった。国家あるいは施主から衣食がすべて供給された。建国当初、高祖は勅令を下して、「およそ戒律を守り、修行に励む僧尼、女冠等の人には、一律に衣食を供給し、欠かさぬようにせよ」(『旧唐書』高祖紀)と命じている。しかし、尼や女道士の生活状況は人によって大変な相違があった。豪奢な生活をし奴僕を使っている上層の者もいれば、清貧の生活をし奴婢に等しい下層の者もいた。上層に属す尼や女道士には、国家が生活物資を支給する以外に、高官貴人も布施などの援助をしたので、彼女たちの生活は往々にして豊かであり贅沢でさえあった。武則天の時代、宮中に召された河内(河南省沁陽県)の一老尼は、昼間は胡麻一粒、米一粒を食べて人をだまし、夜間は弟千百余人とともに羊や牛を殺し、夜明けまで飲み食いして騒いだ(『資治通鑑』巻二〇五、則天后天冊万歳元年)。またある尼僧は、甚だしいことに「自ら黄金もて地居を買う」ことまでした(劉長卿「戯れに干越の尼子に贈る歌」)。懐具合がたいへんよかったことがわかる。しかし、大多数の下層の尼や女道士の生活は、きわめて苦しく困難なものだった。唐代の民歌のなかに、女道士は「いつも食糧の貯えにこと欠き、鍋釜は寝室に置く・・・・・衣食もなかなか求め難い……病に苦しんでも看る人もいない」とある(『唐代民歌考釈及変文考論』第二十篇)。これら下層の女道士は衣食に事欠き、家に貯えもなく、自分で鍋釜を用意して食事をつくらねばならなかった。その孤独と貧窮はきわめて凄惨だった。

 

 しかし、別の一面では、彼女たちは最も独立性に富んだ身分であり、同時にまたきわめて開放的な階層でもあった。なぜなら、彼女たちは家庭と夫の束縛から抜け出しており、また世俗的な道徳愉理の拘束からも解放されていたからであり、なおかつ唐代の宗教教門の戒律もそれほど厳格ではなかったからである。彼女たちのうち、とりわけ女道士は、唐代の女性の中できわめて自由奔放な人々であったから、唐代の女道士は娼優に近かったという学者もいる(梁乙真『中国婦女文学史綱』、譚正璧『中国女性文学史話』)。

 

 彼女たちは深い教養を身につけ、常に宮廷、王府、貴族豪門の屋敷に出入りしては、軍事・政治の大事に参両したり、天文や人事に関する吉凶を占ったので、皇帝・皇后や貴顕から大いに信用された。女道士の許霊素はかつて粛宗の張皇后を助け、偽の詔勅を作り、皇后の生んだ子を皇太子にした(『旧唐書』后妃伝下)。また、尼僧の王奉仙は唐末、節度使間の戦争が激しかった時、朝廷の観察使等の大官や将帥たちの軍師となり、軍中の賞罰、作戦などすべて自ら決した(『資治通鑑』巻二五七、嬉宗光啓三年)。こうした例は決して少なくない。

 彼女たちは、社交、外出、生活などなんでも比較的自由だった。上述の出家した玉真公主は、玄宗時代には特殊な地位にあって活躍した人物である。彼女は常時宮廷に出入りし、兄玄宗や高官貴顕とよく一緒に出かけて遊んだ。唐詩の中には、当時の近臣たちの唱和の作品に、玉真公主とともに遊んだことを特別に詠んだ詩がある。ところで、尼僧や女道士は常に四方の名山大川を自由に遊歴することができた。李白はかつて友人の女道士祐三清が南岳(浙江省呉興県に所在)に遊ぶのを送ったが、その時送別のために詩をつくっている。「呉江の女道士、頭に蓮花巾を戴く、……足下には遠遊の履、波を凌いで素き塵を生ず」(李白「江上に女道士拷三清の南岳に遊ぶを送る」)こうした女道士はなんと自由でロマンチ″クな平とか。女道士は時々道観で人前に顔をさらして経を講じたが、それに惹かれて上流階級の子弟の一群が争って見に行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

 

溫助教庭筠

巻一

女冠子二首其一

含嬌含笑

 

 

 〃

巻一

女冠子二首其二

霞帔雲髮,

 

 

韋相莊

巻三

女冠子二首其一

四月十七,

 

 

 〃

巻三

女冠子二首其二

昨夜夜半,

 

 

薛侍郎昭蘊

巻三

女冠子二首其一

求仙去也,

 

 

 〃

巻三

女冠子二首其二

雲羅霧縠,

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

女冠子四首 其一

綠雲高髻,

 

 

 〃

巻四

女冠子四首 其二

錦江煙水,

 

 

 〃

巻四

女冠子四首 其三

星冠霞帔,

 

 

 〃

巻四

女冠子四首 其四

雙飛雙舞,

 

 

張舍人泌

巻四

女冠子一首

露花煙草,

 

 

孫少監光憲

巻八

女冠子二首其一

蕙風芝露,

 

 

 〃

巻八

女冠子二首其二

澹花瘦玉,

 

 

鹿太保虔扆

巻九

女冠子二首其一

鳳樓琪樹,

 

 

 〃

巻九

女冠子二首其二

步虛壇上,

 

 

毛秘書熙震

巻九

女冠子二首其一

碧桃紅杏,

 

 

 〃

巻九

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,

 

 

李秀才珣

巻十

女冠子二首其一

星高月午,

 

 

 〃

巻十

女冠子二首其二

春山夜靜,

 

 

 

 

 

 

 

 

 (改訂版Ver.2.1

女冠子一首

(後宮に祀られた祠の舞台、祭壇に、後宮に入った若い女冠子をうたうもので、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団の中のアイドルの頂点のような存在である、しかし歳を重ねれば世代交代ということはつきものである。数万にも及ぶ女道士も人知れずなくなっていくと詠う。

露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。

朝から春雨がふり、はなは露にうるおい、草原には霞がかかっている、そこにはひっそりとしてさびしさがひろがり、神仙三山には五雲がかかって、まさに春が深まってきた。

貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。

離宮の祠の舞台にそのすがたをみなくなったが、珠のように輝くのも影を潜めている、しかし偶に登場すれば、なお、お化粧を直してえりを整えれば、そこに芳しい香りを残す。

竹疎檻靜,松密壇陰。

鬱蒼とした竹林は祠のまわりには疎らであり、祠に続く渡り廊下の欄干もひっそりと静まり返っている。ここで力強く生えた松の木は次第に多く密集していて、神に上奏する祭壇がその陰にある。

何事劉郎去,信沉沉

仙桃を味わった劉郎でさえ、何事もなかったように去って行くものであり、恋い慕うおもいはしだいにうち沈んだ,重苦しいものになるものだ。

 

(女冠子)

露花 煙草,寂寞として五雲 三島に,正に春深し。

貌減じ潛めて玉を銷し,香殘して尚お襟を惹く。

竹疎らにして虛檻 靜し,松密にして醮壇 陰す。

何ぞ事あって劉郎去り,信に沉沉たり。

 

 

 

(改訂版Ver.2.1

『女冠子一首』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子 一首

露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。

貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。

竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。

何事劉郎去,信沉沉。

 

(下し文)

(女冠子)

露花 煙草,寂寞として五雲 三島に,正に春深し。

貌減じ潛めて玉を銷し,香殘して尚お襟を惹く。

竹疎らにして虛檻 靜し,松密にして醮壇 陰す。

何ぞ事あって劉郎去り,信に沉沉たり。

 

(現代語訳)

(後宮に祀られた祠の舞台、祭壇に、後宮に入った若い女冠子をうたうもので、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団の中のアイドルの頂点のような存在である、しかし歳を重ねれば世代交代ということはつきものである。数万にも及ぶ女道士も人知れずなくなっていくと詠う。

朝から春雨がふり、はなは露にうるおい、草原には霞がかかっている、そこにはひっそりとしてさびしさがひろがり、神仙三山には五雲がかかって、まさに春が深まってきた。

離宮の祠の舞台にそのすがたをみなくなったが、珠のように輝くのも影を潜めている、しかし偶に登場すれば、なお、お化粧を直してえりを整えれば、そこに芳しい香りを残す。

鬱蒼とした竹林は祠のまわりには疎らであり、祠に続く渡り廊下の欄干もひっそりと静まり返っている。ここで力強く生えた松の木は次第に多く密集していて、神に上奏する祭壇がその陰にある。

仙桃を味わった劉郎でさえ、何事もなかったように去って行くものであり、恋い慕うおもいはしだいにうち沈んだ,重苦しいものになるものだ。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

女冠子一首

1(後宮に祀られた祠の舞台、祭壇に、後宮に入った若い女冠子をうたうもので、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団の中のアイドルの頂点のような存在である、しかし歳を重ねれば世代交代ということはつきものである。数万にも及ぶ女道士も人知れずなくなっていくと詠う。

2. ・女冠

宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

    病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

    圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

   家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

    妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

  貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。


唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 3. 【構成】には張泌の作が一首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句二仄韻二平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹❻③5⑤/55③の詞形をとる。

女冠子 一首

露花煙,寂寞五雲三,正春

貌減潛銷玉,香殘尚惹

竹疎虛檻靜,松密醮壇

何事劉郎去,信沉

●○○●  ●●●○△● △○△

●●△○● ○○△●○

●△○●● ○●△○○

△●○○● △○○

 4. 【張泌】張泌(生平年未詳)は、五代、前蜀の人。字、出身地ともに未詳。『花間集』では牛嶠と毛文錫の間に置かれていることから、前蜀に仕えて舎人になったことが知れるだけである。晩唐から五代にかけて、張泌という名の人物が三人いたことが分かっており、このため同名異人のこの三者がしばしば混同されてきた。『花間集』 には《浣溪沙》二十七首の詞が収められていて、張泌の「浣溪沙」作が十首収められている。浣溪沙は早春の川に染めた布地を晒し、その後、河原で一枚づつ並べて乾す様子をいうものであったが、寒食、清明節のころから、初夏にかけて、行楽で、川縁や野原に、万幕を張る様子を、言うようになった。春の絶頂期、人生の絶頂期、恋愛のの絶頂期を示すものが多い。舟を出して花いっぱいの渓谷に入って遊んだものが、今では砂ばかりの渓谷しか見られない、ということを象徴にして女、女妓の侘しさ、寂しさを詠うものである。 

 

露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。

朝から春雨がふり、はなは露にうるおい、草原には霞がかかっている、そこにはひっそりとしてさびしさがひろがり、神仙三山には五雲がかかって、まさに春が深まってきた。

5. ○露花 露に濡れた花。つゆに湿った花。李商隠《無題二首其二》「露花終裛濕、風蝶強嬌饒。」あの人は露を含む花のようでしっとりとぬれさせてくれる、風に舞う蝶のようなあの人はなまめかしさをふりまき愛嬌でさそってくれるのだ。

・裛湿「裛」は泡に通ずる。湿と同じくうるおう。・風蝶 風のなかに舞う蝶。・強嬌 なまめかしさをいう畳韻の語。『王台新詠』に桑摘みのむすめを唱った「重病綾の詩」がある。同音の「嫡嬢」とも表記する。

無題二首其二(幽人不倦賞) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-91

6. ○煙草 霞がかかっている草原。

7. ○寂寞【せきばく】ひっそりとして寂しいさま。心が満たされずにもの寂しいさま。

8. ○五雲【ごうん】仙人や天女が遊ぶ所にかかるという五色の雲。「五雲の車」の略。ごうんのくるま【五雲の車】もと、中国で、5色の雲を描いた車。貴人の乗用とした。また、天子の車。

9. ○三島 神仙の住む蓬莱・瀛州・方丈になぞらえられた3島(三神島)。 黄河が渤海へと注ぐ岸に立ち、遥か東の海上をのぞむと、忽然と浮かび上がる島影。ここは、道教寺観の道妓:女冠子の居る環境をいう。

 

貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。

離宮の祠の舞台にそのすがたをみなくなったが、珠のように輝くのも影を潜めている、しかし偶に登場すれば、なお、お化粧を直してえりを整えれば、そこに芳しい香りを残す。

10. ○貌減 すがたがきえる。

11. ○ 金属をとかす。とける。「銷金」消える。消す。

12. ○ (1) (よくない事を)引き起こす。(2) 感情を害する,気に障ることを言う。(3) 注意を引く,ある反応を引き起こす

 

竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。

鬱蒼とした竹林は祠のまわりには疎らであり、祠に続く渡り廊下の欄干もひっそりと静まり返っている。ここで力強く生えた松の木は次第に多く密集していて、神に上奏する祭壇がその陰にある。

13. ○醮の用語解説 - 中国における道教の祭祀の一つ。《隋書》経籍志の道経序録によれば,醮とは災厄を消除する方法の一つで,夜中,星空の下で酒や乾肉などの供物を並べ,天皇太一や五星列宿を祭り,文書を上奏する儀礼をいう。

 

何事劉郎去,信沉沉。

仙桃を味わった劉郎でさえ、何事もなかったように去って行くものであり、恋い慕うおもいはしだいにうち沈んだ,重苦しいものになるものだ。

14. ○劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」

天仙子二首 其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,

淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

天仙子二首其一 皇甫松 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-375-6-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3422

15. ○沉沉  (1) ずっしり重い,重量のある.(2) うち沈んだ,重苦しい.

 

 

 「神女、巫女、尼僧、道女、女道士」カテゴリの最新記事

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠48《巻1-48 女冠子二首 其一》

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠49《巻1-49 女冠子二首 其二》

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-43韋荘121《巻3-21 女冠子二首 其一》

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-44韋荘122《巻3-22 女冠子二首 其二》

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊144《巻三43女冠子二首其一》-

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊145《巻三44女冠子二首其二》

牛嶠《巻四42女冠子四首 其一》『花間集』193全詩訳注解

牛嶠《巻四43女冠子四首 其二》『花間集』194全詩訳注解説

牛嶠《巻四44女冠子四首 其三》『花間集』195全詩訳注解説

牛嶠《巻四45女冠子四首 其四》『花間集』196全詩訳注解説

·                 張泌《巻四46女冠子一首》『花間集』197全詩訳注解説

『花間集』193全詩訳注解説  牛嶠《巻四42女冠子四首 其一》

 

·                 17 毛熙震《巻九46女冠子二首其二》『花間集』448全詩訳注解説

·                 15閻選《巻九23臨江仙二首其二》『花間集』425全詩訳注解説

·                 14鹿虔扆《巻九17女冠子二首其二》『花間集』419全詩訳注解説

·                 12孫光憲《巻八25女冠子二首其二》『花間集』377全詩訳注解説i

·                 改訂 12孫光憲《巻八24女冠子二首其一》『花間集』376全詩訳注解説

·                 12孫光憲《巻七46浣溪沙九首其九》『花間集』348全詩訳注解説

·                 11顧夐 (改)《巻六45甘州子五首其三》『花間集』296全詩訳注解説-

 

「花間集 巻四 張泌」カテゴリの最新記事

·                 張泌《巻五04蝴蝶兒 一首》『花間集』205全詩訳注解説

·                 張泌《巻五03何瀆神一首》『花間集』204全詩訳注解説

·                 張泌《巻五02江城子 二首之二》『花間集』203全詩訳注解説

·                 張泌《巻四50柳枝一首》『花間集』201全詩訳注解説

·                 張泌《巻四49滿宮花一首》『花間集』200全詩訳注解説

·                 張泌《巻四48思越人一首》『花間集』199全詩訳注解説

·                 張泌《巻四47子一首》『花間集』198全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-  

·                 張泌《巻四41南歌子 三首之三》『花間集』192全詩訳注解説

·                 張泌《巻四40南歌子 三首之二》『花間集』191全詩訳注解説

·                 張泌《巻四39南歌子 三首之一》『花間集』190全詩訳注解説

·                 張泌《巻四38酒泉子 二首之二》『花間集』189全詩訳注解説

·                 張泌《巻四37酒泉子 二首之一》『花間集』188全詩訳注解説(

·                 張泌《河傳 二首之二》張泌《巻四36河傳 二首之二》『花間集』187全詩訳注解説(



漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩・唐詩・詩詞 解釈

月別アーカイブ

 

http://kanshi100x100.blog.fc2.com/

 

 

2011

 

 

 

2011/10 (54)

2011/11 (55)

2011/12 (51)

2012年上半期

2012/01 (38)

2012/02 (45)

2012/03 (45)

2012/04 (37)

2012/05 (31)

2012/06 (30)

2012年下半期

2012/07 (31)

2012/08 (32)

2012/09 (30)

2012/10 (31)

2012/11 (31)

2012/12 (31)

2013年上半期

2013/01 (31)

2013/02 (28)

2013/03 (31)

2013/04 (30)

2013/05 (31)

2013/06 (30)

2013年下半期

2013/07 (31)

2013/08 (31)

2013/09 (30)

2013/10 (31)

2013/11 (30)

2013/12 (31)

2014年上半期

2014/01 (31)

2014/02 (28)

2014/03 (31)

2014/04 (30)

2014/05 (31)

2014/06 (30)

2014年下半期

2014/07 (31)

2014/08 (31)

2014/09 (30)

2014/10 (31)

2014/11 (30)

2014/12 (30)

2015年上半期

2015/01 (27)

2015/02 (28)

2015/03 (31)

2015/04 (31)

2015/05 (31)

2015/06 (30)

2015年下半期

2015/07 (31)

2015/08 (31)

2015/09 (30)

2015/10 (31)

2015/11 (30)

2015/12 (29)

2016年上半期

2016/01 (27)

2016/02 (29)

2016/03 (28)

 

 

 

花間集五百首訳注解説

月別アーカイブ

 

http://kanbunkenkyuu010.blog.fc2.com/

 

 

2016年下半期

 

 

 

 

2016/11 (30)

2016/12 (30)

2017年上半期

2017/01 (28)

2017/02 (28)

2017/03 (31)

2017/04 (30)

2017/05 (17)

 

2017年下半期

 

 

 

 

 

 




スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment

テンプレートに関するご質問・不具合のご報告の際はご自身のブログアドレス記載必須です
ご質問の前に必ずお読みください ↓
FC2テンプレート ご利用時のお願い