花間集 訳注解説 (206)回目張泌 《巻四33 浣渓沙十首 其七》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8804

206)回目張泌 《巻四33 浣渓沙十首 其七》

 

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花間集 訳注解説 (206)回目張泌 《巻四33 浣渓沙十首 其七》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8804

(選ばれた妃嬪が恋に落ちて、快楽におぼれたと詠う)

花の下に万幕を張り、花と月見の筵をする、冷えてきたので香爐に火をいれ、夜は清くふけてゆき、奇麗な筵を敷き、しかも容姿のあでやかで美しさといえばさながら屏風絵の美人のようであるだけに、二人だけで過ごすのはだれにもしられたくない。人目につかぬその時、わずかの間に言葉を交わして返事をする、人目をさけての恋は悦楽と苦悶の顔をする。美しき越地方産の薄絹と蜀産の錦の衣裳を寄贈しても春の思いにまさるものではないのだ。

 

 

 

 

 

花間集 巻四

 

 

 

 

 珠櫻001

宮  人

 彼女たちは身を九重(天子の宮殿)に置き、はなはだ高貴であるように見えるが、じつはただの皇帝家の家婢に過ぎず、衣食の心配がなくたいへん幸福のように見えるが、じつは人間性を最も残酷に破壊された人々であった。 宮廷においては、少数の地位の高い后妃の他は、万単位で数えられる普通の宮人であり、唐代では「宮女」「宮蛾」「宮婢」などとも呼ばれていた。彼女たちは長安にあった三大皇宮(太極宮、大明宮、興慶宮)と東都洛陽にあった大内(天子の宮殿)と上陽の両宮殿、及び各地の離宮、別館、諸親王府皇帝陵にそれぞれ配属されていた。

 

 1 宮官と職掌

 宮廷は小社会であり、宮人の中にも身分の高下貴賤があり、また様々な等級があった。后妃たちに「内官」の制度があったように、宮人たちには「宮官」の制度があった。宮官と内官を比較してみると、品階の上で差があったばかりでなく、いくらかの本質的な区別があったようだ。つまり、内官は官と称したが身分上は妃娘の身分に属すべきもの、つまり皇帝の妾でもあったが、宮官にそうした身分はなく、ただ宮中の各種の事務を司る職員にすぎなかった。当然、これはあくまで身分上のことに過ぎず、彼女たちと皇帝の実際の関係に何ら影響しないことは、ちざっど主人と家婢の関係と同じである。

 宮官は宮人の最上屑にある人々であり、後宮のさまざまな部局に属する職員であった。唐朝の後宮には六局(尚宮局、尚儀局、尚服局、尚食局、尚寝局、尚功局)があり、宮中のすべての事務を管理していた。六局の各首席女官の尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功が六部の尚書(長官)になった。六局の下に二十四司を統括し、各司の女官はそれぞれ別に司記、司言、司簿、司闇、司籍、司楽、司賓、司賛、司宝、司衣、司飾、司使、司膳、司酷、司薬、司錨、司設、司輿、司苑、司灯、司制、司珍、司絃、司計に分けられていた。またその他に二十四典、二十四掌、及び宮正、阿監、形史、女史など各級の女官もあった。これらの女官には品級・給与が与えられており、彼女たちは礼儀、人事、法規、財務、衣食住行(行は旅行、出張等の手配)などの宮廷事務を担当した(『旧唐書』職官志三)。

 宮官は事務官であったから、必ずしも容貌とか、皇帝のお気に召すかどうかにこだわる必要はなく、良家の出身で才徳兼備の女性を選びさえすればよかった。著名な才女であった宋若昭は、徳

宗によって宮中に召され宮官の首席尚宮に任命された。裴光廷の母車秋氏は婦徳の名が高く、武則天に召されて女官御正に封じられた(『新唐書』裴行倹伝)。

 六局の宮官の他に、宮中には内文学館があり、宮人の中の文学の教養ある者を選んで学士とし、妃娘や宮人に教養、読み書き、算術などを教育する仕事を担当させた。宋若昭は六宮の文学士をも兼ね、皇子、妃嬉、公主、騎馬(公主の婿)などを教育したので、「宮師」とよばれた。宮人の廉女真は隷書をよくし、宮中の学士に任じられたこともあった(『全唐詩』巻五一九、李遠「廉女真の葬を観る」)。唐末、李菌が一人の元宮人にあったところ、彼女は自らかつて「侍書家」であったと云った(孫光憲『北夢瓊言』巻九)。おそらく書に優れていたのでこの職に任命された宮人であったと思われる。

 これら宮官の中のある者は品級が高く、権勢があり、宮中で尊ばれたばかりか、はては外廷の官僚さえも彼女たちに取り入って功名を図ろうとした。こうしたことにより、一部の宮人は外朝の政治に関与することもできたが、しかし、彼女たちの身分は所詮皇帝の家婢にすぎなかった。ある皇子の守り役が太宗(李世民)の弟舒王に、‐1尚宮(宮官の長)の品秩の高い者には、お会いになった際に拝礼をなさるべきです」と論したところ、舒王は「これはわが二番目の兄(李世民)の家婢ではないか。何で拝する必要があるか?」と言った(『旧唐書』高祖ニトニ子伝)。この言葉は一語で宮官身分の何たるかを喝破している。

 

 

花間集 張泌 《浣溪沙十首》

浣溪沙十首其一

鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。

(浣溪沙十首 其の一)
鈿轂【でんこく】香車 柳堤を過ぐ,樺煙【かえん】分かるる處 馬 頻りに嘶く,他が為に沉醉するも泥を成さず。
花は驛亭に滿ち 香露 細やかなり,杜鵑 聲 斷え 玉蟾【ぎょくぜん】低し,情を含んで語ること無く 樓西に倚る。

浣溪沙十首其二

馬上凝情憶舊遊,照花淹竹小溪流,鈿箏羅幕玉搔頭。

早是出門長帶月,可堪分袂又經秋,晚風斜日不勝愁。

(浣溪沙十首其の二)馬上 凝情 舊遊を憶い,照花 淹竹 小溪の流れ,鈿箏 羅幕 玉として頭を搔く。早に是こに出門 月も長帶たり,堪える可し 袂を分ち 又た秋も經るを,晚風 斜日 愁に勝らず。

浣溪沙十首其三

獨立寒堦望月華,露濃香泛小庭花,繡屏愁背一燈斜。

雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。

(浣渓沙 十首 其の三)独り寒堦【かんかい】に立ちて 月華を望む、露 濃く 香り 泛く 小庭の花、繍屏【しゅうへい】に 愁い背きて 一灯 斜めなり。雲雨 分散してより後、人間 路の仙家に到る無く、但だ魂夢を憑【たの】みて 天涯を訪ぬ。

浣溪沙十首其四

依約殘眉理舊黃,翠鬟擲一簪長,暖風晴日罷朝粧。

閑折海棠看又撚,玉纖無力惹餘香,此情誰會倚斜陽。

(浣溪沙十首 其の四)約に依り眉を殘し舊黃を理し,翠鬟【すいかん】擲【ほうてき】一簪【いちしん】長じ,暖風 晴日 朝粧を罷む。閑にして海棠を折り 看 又た撚じ,玉纖 力無く 餘香に惹かる,此の情 誰れに會うのか 斜陽に倚る。

浣溪沙十首其五

翡翠屏開繡幄紅,謝娥無力曉粧慵,錦帷鴛被宿香濃。

微雨小庭春寂寞,鷰飛鶯語隔簾櫳,杏花凝恨倚東風。

(浣渓沙 十首 其の五)翡翠 屏開き 繡幄【しゅうあく】の紅,謝娥 力無く 曉粧の慵,錦帷 鴛被 宿香濃く。微雨 小庭 春 寂寞たり,鷰飛 鶯語 簾櫳を隔ち,杏花 凝恨 東風に倚る。

浣溪沙十首其六

枕障燻鑪隔繡幃,二年終日兩相思,杏花明月始應知。

天上人間何處去,舊歡新夢覺來時,黃昏微雨畫簾垂。

(浣渓沙 十首 其の六)枕障 燻鑪 繡幃を隔つ,二年 終日 兩つながら相い思い,杏花 明月 始めて應に知る。天上 人間 何處に去り,舊歡 新夢 時に來るを覺ゆ,黃昏 微雨 畫簾垂る。

浣溪沙十首其七

花月香寒悄夜塵,綺筵幽會暗傷神,嬋娟依約畫屏人。

人不見時還暫語,令纔後愛微嚬,越羅巴錦不勝春。

(浣渓沙 十首 其の七)花月 香り 寒く 夜塵 悄まり、綺筵の幽会 傷神を暗にし、嬋娟 依約として画屏の人。人 見ざる時 還た暫く語り、纔かにたしむるの後 愛みて微かに嚬み、越羅、巴錦も春に勝えず。

浣溪沙十首其八

偏戴花冠白玉簪,睡容新起意沉吟,翠鈿金縷鎮眉心。

小檻日斜風悄悄,隔簾零落杏花陰,斷香輕碧鏁愁深。

(浣渓沙 十首 其の八)偏戴 花冠 白玉の簪,睡容 新起 意沉吟,翠鈿 金縷 鎮眉心。小檻 日斜 風悄悄たり,簾を隔てて零落 杏花の陰,斷香 輕碧 鏁愁深。

浣溪沙十首其九

晚逐香車入鳳城,東風斜揭繡簾輕,慢迴嬌眼笑盈盈。

消息未通何計是,便須佯醉且隨行,依稀聞道大狂生。

(浣渓沙 十首 其の九)晚 香車を逐い 鳳城に入る,東風 斜に揭げ 繡簾輕し,慢く迴り 嬌眼 笑み盈盈【えんえん】たり。消息 未だ通わず 何ぞ是を計る,便ち須らく佯醉し 且く隨行し,依稀に聞道【きくなら】く大狂生なり と。

浣溪沙十首其十

小市東門欲雪天,眾中依約見神仙,蘂黃香畫貼金蟬。

飲散黃昏人草草,醉容無語立門前,馬嘶塵烘一街煙。

(浣渓沙 十首 其の十)小市 東門 雪天に欲し,眾中 依約 神仙を見,蘂黃 香畫 金蟬を貼る。飲散 黃昏 人草草たり,醉容して語る無し 門前に立ち,馬嘶き 塵烘【じんこう】一街の煙。

 

 柳と美女

 

 

花間集 教坊曲《巻四33 浣渓沙十首 其七》張泌

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8804

 

 

 

(改訂版Ver.2.1

浣溪沙十首其一

(西に向かう旅人との別れを題材にしたよくある別れを詠う)

鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。

螺鈿の車は柳の堤の道を西に向い過ぎて行く。樺の灯火の煙は漂い、最後の別れの朝には旅立つ馬もしきりに噺く。朝早く旅立つにあたって、酔いが醒めていなければ、不覚なので、夕べの宴会では深酔いすることはないものなのだ。

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。

駅亭をめぐって、花は咲き満ちていて、香しき夜の露は細やかなものである。杜鵑の声途絶え、名残の月は傾きてみえない。思いを秘めて言葉なく西にむかったひとを高殿に身を寄せておもう。

 

(浣溪沙十首 其の一)

鈿轂【でんこく】香車 柳堤を過ぐ,樺煙【かえん】分かるる處 馬 頻りに嘶く,他が為に沉醉するも泥を成さず。

花は驛亭に滿ち 香露 細やかなり,杜鵑 聲 斷え 玉蟾【ぎょくぜん】低し,情を含んで語ること無く 樓西に倚る。

 

(改訂版Ver.2.1

溪沙十首其二

(寵愛を受け、何不自由なく、楽しいおもいの日々に分袂すると、宮殿の御門、夜明け前に帰っていくあのお方の姿を追う、哀しい妃嬪の思いを詠う。)

馬上凝情憶舊遊,照花淹竹小溪流,鈿箏羅幕玉頭。

馬上には思いを一身に集めるお方がいて、そして、楽しい日々は続いており、今も、夕べのことを思い浮かべている、咲き誇る花に朝日に照らされ、竹林の小路に入っていくと、小川が流れている誰にも気兼ねせず静かに過ごす、螺鈿の琴が奏でられ、薄絹のとばりに、漢の武帝の李夫人を思わせる「玉搔頭」を飾り何不自由のない生活を送る。

早是出門長帶月,可堪分袂又經秋,風斜日不勝愁。

眠れず少し早く起き出し、門を出ると、涙があふれて有明けの月を見上げると長く帯のようににじんで見える。あの人とは【分袂】してから、また、この夜長の秋をひとりで堪えなければいけない。夕方の風が抜けてゆき、日が傾いて、この愁いを克服するものはなにもない。

(浣溪沙十首其の二)

馬上 凝情 舊遊を憶い,照花 淹竹 小溪の流れ,鈿箏 羅幕 玉として頭を搔く。

早に是こに出門 月も長帶たり,堪える可し 袂を分ち 又た秋も經るを,晚風 斜日 愁に勝らず。

 

(改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首 其三

浣渓沙 十首 その三 (朝雲暮雨と寵愛を受けていても、それを失えば、宮殿への道は天涯に阻まれるように遠いものとなると妃嬪を詠う。)

獨立寒望月華,露濃香泛小庭花,屏愁背一燈斜。

寒々とした宮殿の階に独り佇み、仲秋の月を眺めれば、露に濡れた寝殿前の庭の花は香しき香を放つ。寝牀の側の屏風を背にする灯火一つ愁わしく火影を揺らすだけ。

雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。

巫山神女の故事のように「朝雲暮雨」いつも一緒であったのに、別れて後は、人間ではその仙界の館に訪ねるすべはこの世にないのである、ということだと、できるのはただ夢の場合だけだが、しかも空のはてを訪ねるという大変な事なのだ。

(浣渓沙 十首 其の三)

独り寒堦【かんかい】に立ちて 月華を望む、露 濃く 香り 泛く 小庭の花、繍屏【しゅうへい】に 愁い背きて 一灯 斜めなり。

雲雨 分散してより後、人間 路の仙家に到る無く、但だ魂夢を憑【たの】みて 天涯を訪ぬ。

 

(改訂版Ver.2.1

浣溪沙十首 其四

浣渓沙 十首 その四(若い時は、薄化粧でも、あまり気にせず、ただ、一緒に過ごすことを楽しんだ、寵愛を失って、歳を重ねた妃嬪は、同じ春が来て、花束を作ってみてもただ一日陽だまりで一人過ごすだけである)

依約殘眉理舊,翠鬟擲一簪長,暖風晴日罷朝粧。

もうかすかに消えかかった眉のまま、花鈿の黄蕊も黄玉又以前のままで、緑の丸髷の黒髪は簪を抜いて擲って長いまま。寵愛を一手に受けている時は、春の日は暖かにまもられ、晴れやかに日は射している、朝の化粧直しはしなくても許されたものだ。

閑折海棠看又撚,玉纖無力惹餘香,此情誰會倚斜陽。

今又、春の日に、海棠の花を静かに摘み取って、じっと見つめ、それから、花をよじって、からませると、玉のようなか細い指に力がなくても、花の香りは十分に広がり、素敵に惹かれる。このあのお方への思いはかわりはしないけれど、誰が逢ってくれるのか、このはるも、ひとり傾いた日差しの中に窓辺に倚りかかっている。

(浣溪沙十首 其の四)

依約に眉を殘し 舊を理えて,翠鬟【すいかん】擲【ほうてき】一簪【いちしん】長じ,風暖く 日晴れ 朝粧を罷む。

閑に海棠を折り 看 又た撚じ,玉纖 力無く 餘香に惹かる,此の情 誰れにか會わん 斜陽に倚る。

 

(改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首 其五

翡翠屏開幄紅,謝娥無力曉粧慵,錦帷鴛被宿香濃。

翡翠の屏風が開かれ、幔幕に、刺繍のあげばりの中に、花の中に、頬を赤くする。あれほど美しかった妃嬪も年を重ね、寵愛を失えば無気力になり、夜明けの化粧をしなくなり、にしきのとばりの内におしどりの掛布も能く滲みこませたお香が強くかおる。

微雨小庭春寂寞,飛鶯語隔簾,杏花凝恨倚東風。

春の細雨は寝殿前の中庭には春なのに寂しさと空しさが広がり、ツバメが飛び交い、鶯が春を告げているのにすだれの籠檻のなかで隔離されているようなものだ。杏の花の季節には恨みを凝り固まるものであり、東の風に向かって正門に倚りかかる。

浣渓沙 十首 其の五

翡翠 屏開き 幄【しゅうあく】の紅,謝娥 力無く 曉粧の慵,錦帷 鴛被 宿香濃く。

微雨 小庭 春 寂寞たり,飛 鶯語 簾を隔ち,杏花 凝恨 東風に倚る。

 

 

(改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首其六

(寵愛を失い、行事などにも呼ばれなくなって初めて、妃嬪の立場の悲しさくるしさを認識するもの)

枕障燻鑪隔幃,二年終日兩相思,杏花明月始應知。

使わない枕、障子、香炉の火もたたらのようにかたまったまま、そして、刺繍の垂れ幕も使わなくなってしまった。恋慕の思いのまま終日過ごす日々は二年になる。それでも、杏の花に時期の行事、中秋節にも呼ばれなくなって初めて妃嬪の将来を理解する。

天上人間何處去,舊歡新夢覺來時,昏微雨畫簾垂。

天上界といわれる天子の寵愛の行動は、寵愛を失うという人間界の現実、天子の心は、何処に去って行ってしまったのか、だから楽しく過ごした出来事は、あらたには夢でしか再びあうことはできない、「朝雲暮雨」日暮れてくれば微かな雨となって簾の中にいるだけで、歳を重ねてゆくだけである。

浣渓沙 十首 其の六

枕障 燻鑪 繡幃を隔つ,二年 終日 兩つながら相い思い,杏花 明月 始めて應に知る。

天上 人間 何處に去り,舊歡 新夢 時に來るを覺ゆ,黃昏 微雨 畫簾垂る。

 

(改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首其七

(選ばれた妃嬪が恋に落ちて、快楽におぼれたと詠う)

花月香寒悄夜塵,綺筵幽會暗傷神,嬋娟依約畫屏人。

花の下に万幕を張り、花と月見の筵をする、冷えてきたので香爐に火をいれ、夜は清くふけてゆき、奇麗な筵を敷き、しかも容姿のあでやかで美しさといえばさながら屏風絵の美人のようであるだけに、二人だけで過ごすのはだれにもしられたくない。

人不見時還暫語,令纔後愛微,越羅巴錦不勝春。

人目につかぬその時、わずかの間に言葉を交わして返事をする、人目をさけての恋は悦楽と苦悶の顔をする。美しき越地方産の薄絹と蜀産の錦の衣裳を寄贈しても春の思いにまさるものではないのだ。

(浣渓沙 十首 其の七)

花月 香り 寒く 夜塵 悄まり、綺筵の幽会 傷神を暗にし、嬋娟 依約として画屏の人。

人 見ざる時 還た暫く語り、纔かにたしむるの後 愛みて微かに嚬み、越羅、巴錦も春に勝えず。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『浣渓沙 十首 其七』 現代語訳と訳註

(本文)

浣渓沙 十首 其七

花月香寒悄夜塵,綺筵幽會暗傷神,嬋娟依約畫屏人。

人不見時還暫語,令纔後愛微嚬,越羅巴錦不勝春。

 

(下し文)

(浣渓沙 十首 其の七)

花月 香り 寒く 夜塵 悄まり、綺筵の幽会 傷神を暗にし、嬋娟 依約として画屏の人。

人 見ざる時 還た暫く語り、纔かにたしむるの後 愛みて微かに嚬み、越羅、巴錦も春に勝えず。

 

(現代語訳)

(選ばれた妃嬪が恋に落ちて、快楽におぼれたと詠う)

花の下に万幕を張り、花と月見の筵をする、冷えてきたので香爐に火をいれ、夜は清くふけてゆき、奇麗な筵を敷き、しかも容姿のあでやかで美しさといえばさながら屏風絵の美人のようであるだけに、二人だけで過ごすのはだれにもしられたくない。

人目につかぬその時、わずかの間に言葉を交わして返事をする、人目をさけての恋は悦楽と苦悶の顔をする。美しき越地方産の薄絹と蜀産の錦の衣裳を寄贈しても春の思いにまさるものではないのだ。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

浣渓沙 十首 其七

77. (選ばれた妃嬪が恋に落ちて、快楽におぼれたと詠う)

78. 【解説】本詞は解釈の上で異説が多い。ここでは、花の下の誰もいない宴席で人目を避けながら逢瀬を愉しむ男女の恋を詠う。もう一つには、顔を合わせることのできた男女が人目を盗んでしばし語らうさまと解した。前段は、春の夜の宴席、絵辟風の中の美人のような女性は心傷めずにはいられぬことを言う。後段は、人が見ていない時はしばらく語り合うが、男は人目につくと、女をそっと追いやると、彼女はしきりに悲しみの表情を浮かべるさまを詠う。そして最後は、美しい衣裳を纏った女性はこの春の時節に堪えかねるかのようだと結ぶ。なおこの女性は、宴に侍る妓女である。しかしこの詩の前段に、「綺筵幽會」とあることから、宴会の人がいない状態を云うので矛盾する。

『花間集』と張泌、《浣溪沙》

張泌(生平年未詳)は、五代、前蜀の人。字、出身地ともに未詳。『花間集』では牛嶠と毛文錫の間に置かれていることから、前蜀に仕えて舎人になったことが知れるだけである。晩唐から五代にかけて、張泌という名の人物が三人いたことが分かっており、このため同名異人のこの三者がしばしば混同されてきた。『花間集』 には《浣溪沙》二十七首の詞が収められていて、張泌の「浣溪沙」作が十首収められている。浣溪沙は早春の川に染めた布地を晒し、その後、河原で一枚づつ並べて乾す様子をいうものであったが、寒食、清明節のころから、初夏にかけて、行楽で、川縁や野原に、万幕を張る様子を、言うようになった。春の絶頂期、人生の絶頂期、恋愛のの絶頂期を示すものが多い。舟を出して花いっぱいの渓谷に入って遊んだものが、今では砂ばかりの渓谷しか見られない、ということを象徴にして女、女妓の侘しさ、寂しさを詠うものである。

 

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。

幹線道路沿いは、民家や商店が多く、民間の旅人でも食糧に不足はしなかった。民営の旅舎や逆旅と呼ばれる旅館も多数存在した。9世紀の唐代を旅行した円仁の『入唐求法巡礼行記』によると、円仁は長期間の旅行をほとんど危険もなく行っている。

宿屋は寝具持参で自炊が原則であった。相部屋が多く、その時は、寝床だけを借りることになる。寝床は大きいのを牀、小さいのを榻といった。使用しない時は寝床は壁に立てていたが、宿では常時、設置していたところもあった。食店という食堂を兼ねた宿も存在したが、安宿は自炊が一般的で、飯だけはつける宿もあった。旅行は遠距離なものが多く、長期間に渡るため、馬車や馬、ロバ、ラクダで荷を運ぶことが多かった。相部屋には炉があり、部屋で煮炊きを行い、外から食糧や酒も持参できた。宿屋の中に馬小屋があることもあった。宿は貸し切りもあり、小房という個室もある宿も存在した。

 

79. 【構成】唐の教坊の曲名。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦7⑦⑦.の詞形をとる。韋荘は同名の詩五首載せている。

浣溪沙十首其一

鈿轂香車過柳,樺煙分處馬頻,為他沉醉不成

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾,含情無語倚樓西

●○○  ●●○○ ○●

○●●○○●● ●○○●●○○  ○○○●○○

浣溪沙十首其二

馬上凝情憶舊遊 照花淹竹小溪流 鈿箏羅幕玉搔頭。

早是出門長帶月 可堪分袂又經秋 晚風斜日不勝愁。

●●○●●○  ●○●●○○ ○○●●○○

●●●○●● ●○●●  ○●△△

浣溪沙十首其三

獨立寒堦望月,露濃香泛小庭,繡屏愁背一燈

雲雨自從分散後,人間無路到仙,但憑魂夢訪天

●●○○  ●○○●●○○ ○●●○○ 

○●●△△●● ○●●○○  ○○●○○

浣溪沙十首其四

依約殘眉理舊黃 翠鬟擲一簪長 暖風晴日罷朝

閑折海棠看又撚 玉纖無力惹餘香 此情誰會倚斜

●○○●●○ ●○○●●○ ○●○○

●○●● ●○○●●○○ ●○○●○○

浣渓沙 十首 其五

翡翠屏開繡幄,謝娥無力曉粧,錦帷鴛被宿香

微雨小庭春寂寞,鷰飛鶯語隔簾,杏花凝恨倚東

●●○●●○ ●○○●● ●○○●●○○

○●●○○●● ●○○●●○○ ●○

浣渓沙 十首 其六

枕障燻鑪隔繡,二年終日兩相,杏花明月始應

天上人間何處去,舊歡新夢覺來,黃昏微雨畫簾垂。

△△○○●●○ ●○○●●△△ ●○○●●

○●○△△●● ●○○ ○○○●●○○

浣渓沙 十首 其七

花月香寒悄夜,綺筵幽會暗傷,嬋娟依約畫屏

人不見時還暫語,令纔後愛微,越羅巴錦不勝

○●○○●●○ ●○○●● ○○●●

●○○●● △△○●●○○ ●○○●△△

 

花月香寒悄夜塵,綺筵幽會暗傷神,嬋娟依約畫屏人。

花の下に万幕を張り、花と月見の筵をする、冷えてきたので香爐に火をいれ、夜は清くふけてゆき、奇麗な筵を敷き、しかも容姿のあでやかで美しさといえばさながら屏風絵の美人のようであるだけに、二人だけで過ごすのはだれにもしられたくない。

80. 花月 花の下の筵で花の向こうの空の上に月がある。・花月香寒 秋の日の月見の宴で冷えて來るので香炉に火を入れる。香炉はお香と暖を取るためのもの。

81. 悄夜塵 夜の塵が静まる。ここでは夜が清らかにふけゆくことを言う。

82. 幽会 男女が人目を忍んでこっそり会うこと。

83. 傷神 人に知られては困る後ろめたい気持ちを云う。神でさえも心を傷めること。

84. 嬋娟/嬋妍【せんけん】 女性の美しきを言う。容姿のあでやかで美しいさま。張衡《西京賦》「妖蠱豔夫夏,美聲暢于虞氏。始徐進而羸形,似不任乎羅綺。嚼清商而卻轉,增嬋娟以此豸。」(清商を嚼いて卻轉し,嬋娟を增して以て此豸【しち】す。)その媚態はかの有名な美女の夏姫よりも艶に美しく、その美声は、名歌手虞公よりものびのびとよくとおる。初めて歩を進めると、その細遺肉付きの身体は、薄絹の衣裳にも堪えぬ風情がある。澄んだ音色の凊商の曲を吟じながら後すだりに旋回すれば典雅な貴賓も加わって、柔軟優美な舞いとなる。ひきつながるさま。

85. 依約 よりむすびつける。かすかなさま。さもにたり。さながら、まるで。「他依約前去赴會。」依稀隱約。唐.白居易〈答蘇庶子〉詩:「蓬山閒氣味,依約似龍樓。」

孫少監光憲 《巻八25女冠子二首其二》「澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。」

 

人不見時還暫語,令纔後愛微嚬,越羅巴錦不勝春。

人目につかぬその時、わずかの間に言葉を交わして返事をする、人目をさけての恋は悦楽と苦悶の顔をする。美しき越地方産の薄絹と蜀産の錦の衣裳を寄贈しても春の思いにまさるものではないのだ。

86. 人不見時 人に見られぬようなときに

87. 還暫語 わずかの間に言葉を交わして返事をする。

88. 令纔後愛微嚬 性にたいしての喜びの表情と悦楽と苦悶の顔をすることをいう。・は強制する。・は〜するとすぐに。・はここでは追いやること。・はしきりに〜する。・は眉をひそめる。

89. 越羅巴錦 越産の薄絹と蜀産の錦。ともに名品として有名。ここでは女の美しい着物を言う。

人々は常に女子、とりわけ美女を不祥の物、家を没落させ国を亡ぼす禍の種と見なしていた。桓彦範は中宗に上奏文を書き、后妃を政治に干渉させないよう諌言した。「帝王が婦人に政治を相談すれば、必ず国を破り身を亡ぼします。……それで古人が〝牝鶏の農するは、惟れ家の索ぶなりとと誓えたのです」(『旧唐書』桓彦範伝)。女が政治に口を出せば、必ず国を滅ぼし身を滅ぼすという考えは、士大夫たちが女性の政治への参加に反感を持ち、憂慮の念を持っていたことの表れであった。女性で美貌の持ち主ならば、どうしても「女禍」(女の起す災難)という罪名から逃れられなかった。

 

唐代の人々の男女関係はわりに放噂で、貞操観念も稀薄であったことは誰もが認めるところであり、後世の通学者の「勝ない唐、欄った漢」という説を生むにいたった。それは女性の愛情、結婚生活の中にそう言われても仕方のない種々の明らかな根拠があったからである。というのは、唐代には未婚の娘が秘かに男と情を通じたり、既婚婦人が別に愛人を見つけたり、離婚や再婚があたりまえの社会風潮になっていたからである。

 

女性が結婚の後に、また夫の死後に愛人を見つけるといったことは、さらに普通のことだった。

貞元年間のこと、文人の李章武は、華州(陳西省筆県)のある民家に宿泊し、その家の息子の嫁と愛し合って情交を結び、死んでも心は変わらぬと誓った(李景亮『李章武伝』)。また、貴族の姫妾であった獣鄭新野達実が姓)は、一人の少年を自分の部屋にひそかに隠していた。官庁がこの少年を捜し始めたので、彼女はこの年若い愛人に自分の家族とは異なる人物や食べ物の話を教え込み、それを官に自白させた。

 

「バレなければ、良し。」という風潮が根強くあった。女性蔑視、軽視の反動として、権力持った女性が暴走するということも多くあり、はかなんで、自暴自棄でその時の快楽を求めることも大いにあったようだ。 


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