花間集 訳注解説 (197)回目牛嶠二十六首《巻四25江城子二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8750

197)回目牛嶠二十六首《巻四25江城子二首其一》

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

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花間集 訳注解説 (197)回目牛嶠二十六首《巻四25江城子二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8750

(睦まじかった鷺も江南に飛び立って戻ってこない、その江南の越王には浮草があつまりの宮殿大江のほとりの高楼の女を詠う。)

ゴイサギ.は起き上がって群れをなして、城東の方へ飛んでゆく、そこは大江と天空は碧く一体化しているし、なかば航海が困難な急流があり風がある。その江南には、「会稽の恥」で臥薪嘗胆して呉を破った越の宮殿には浮草であっても気っても繋がっているレンコンのような花が集まっている。簾を巻き上げ 水辺の高樓から 河を見ると波の間に間に魚が躍っている。花びらがたくさん散って雪が積もったようだ、そこに春の長雨でもうもうとした雨霧の中、流れている。

海棠花 02 

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妓女の生活、愛情、心理

 長安など大都市の妓女と地方官妓の生活にはさまざまな違いがあるものの、しかし共通点の方が多い。

 彼女たちは身分は賤しく、生活は苦しく、命は虫けらのように人の踏むにまかせられた。彼女たちは官府や仮母の言いなりになり、圧迫されたばかりでなく、常に社会の各方面から蔑まれ、いじめられた。かつて平康里に小官吏の李仝なる者がおり、妓女たちをいじめるのを商売にしていた。妓女の仙寄はある時客によばれたが病気で行けなかった。李全は賄賂をもらい、人を使って無理矢理に彼女を宴席にかつぎだした。彼女は髪はぼうぼうで顔は汚れており、涙を流して泣いた。その苦痛とやりきれなさは推して知るべしである。こうした凶暴な連中の侮りのほかに、客たちの口から出る悪口も、また彼女たちの生存の道をじわじわと断っていく原因となった。なぜなら、妓女はいったん評判が悪くなると訪れる客がなくなるからである。妓女の李端端は顔がよくなかったので、詩人の崔涯は詩をつくって嘲り、「鼻は炳窓に似て、耳は錐に似たり」(崔涯「李端端を嘲ける」)と詠った。彼女はたいへん悩み苦しみ、やむなく道端で崔涯に泣いて憐れみを乞うた。すると崔涯はまた一つ詩をつくって逆に彼女を誉めそやした(『雲渓友議』巻五)。妓女たちの生活の苦しさの一端がわかる。役人やなじみ客は、ほしいままに彼女たちを玩んだが、それだけに止まらず、粗末に扱い傷つけたりした。金陵(南京)の貴公子たちが一人の妓女をなぶりものにしたところ、彼女は死んでしまった。すると彼らはすぐ遺体を焼いてしまった(『太平広記』巻二七三「徐月英」)。どこにも彼女を人間として扱った様千がない。嶺南(広西・広東一帯)の楽営の一妓女が、ある時客を怒らせてしまい、官府の長官から棒打ちの刑に処せられた。官吏たちはまた気晴らしの種にして、妓女をからかって詩をつくり、「縁の羅の植の下に三棒(懲戒棒)を標す、紅粉の腿辺に涙両行」と嘲った(張保胤「妓に示す榜子の詩及び序」)。最も悲惨な運命をたどった妓女として、まず唐末鄙州(映西省鄭県)の官妓杜紅児をあげねばならないだろう。郵州の長官の配下に羅鮭という官吏がいた。彼は宴席で彼女を見初め、歌を所望したり、錦を贈ったりした。ところが、長官は自分の副官が紅見に惚れていることを知ると、彼女に羅虻の贈り物を受けとらせなかった。羅軋は恨めしさと恥ずかしさで逆上して、その場で彼女を斬り殺してしまった(羅虹「紅児に比う詩及び序」)。一人の無率の少女は、このようにして野獣たちの争奪戦の中で引き裂かれ、犠牲の小羊となった。

 

 妓女たちは、他のどのような女性に比べても、男性と親密に交際する機会にめぐまれていたが、しかし、真の愛情や円満な結婚とは無縁であった。彼女たちは身分の卑賤によって、生れた時から単なる男の玩具にすぎず、男女の平等による真の愛情を手にすることはきわめて難しかった。たとえ彼女たちが真心から人と愛しあったとしても、賤民と良民の身分の隔たりは、恋人同士が最終的に夫婦になりたいという願いを徹底的に断ち切った。唐代の著名な小説『雷小玉伝』は妓女の愛情悲劇を描いたものである。雷小玉は李益を心から愛したが、しかし「自らつり合わないことを知り」、李益と結婚する夢はもたなかった。李益が正式の結婚をする前の数年間の恩愛を願っただけである。このささやかな可憐な望みも、李益の裏切りと薄情によって粉々に砕かれ、小玉は悲しみのあまり病気にかかり、恨みを抱いたまま死んでしまった。このような凄惨な愛情悲劇は、まさに唐代の無数の妓女がたどった運命の一縮図であった。

 

 大多数の妓女の最後の願いは、途中で普通の男に身請けされ結婚することだった。しかし、この結婚も彼女たちが愛情を得て、円満な結婚生活を送れるということを決して意味してはいなかった。彼女たちが見初めた人に必ずし`も結婚の意志があったり、身請けの金があったりしたわけではない。

また、披女たちを身請けしようと願い、またその金がある人が、必ずしも彼女たちの意中の人だったわけでもない。王福娘は科挙受験生の孫柴を愛していたので、彼に身請けを頼んだが、彼にその意志は全くなかった。福娘は深く悲しみ、後に一商人につき従ったが、孫渠のことが忘れられず想い続けた。身請けされたからといって、妓女という賤民身分でなくなり、正常な家庭生活が送れたわけではない。妓女を身請けしたのは大部分が武将、下級官吏、商人たちであったが、身分が賤しいために、彼女たちが正妻になることはきわめて難しかった。一般には彼らの側室とか姫妾になったのである。正室になったものは、史書の記載ではただ一例見られるだけである。それは宰相楊国忠の妻裴柔で、彼女はもともと「蜀(四川)の大娼妓」であった(『太平広記』巻二四〇)。また『李娃伝』に描かれた李娃は鄭生という人物を救い、また彼が科挙に合格するのを助けた後、自分の責任はすべて果したので、貴男は別に高貴な家から正室を迎えるようにと願った。この話は唐代の人々が良民と賤民をいかに厳密に区別していたかを示している。しかし、最後に李娃は鄭生から正室として迎えられ、朝廷の命婦に封じられた。これは小説家のただの作りごとであろう。妓女は身請けされた後でも、依然として家庭の中で賤民の地位を抜けだせず、また主人の中には彼女たちを人間扱いしない者もいた。「平素から三曲(平康里)の最も優れた人」と称された楚児は、官吏の郭鍛の側室になった後、いつもこっぴどく殴られた。彼女は嘆いて、「応に是れ前世に宿冤有るべし、期せず今世の悪因縁」(楚児「鄭昌に獣る図」)と詩に詠んだ。

 

 妓女たちはこうした悪縁をたいへん恐れ、たとえ逆境にあっても愛と幸せを求めて全力を尽した平康里の妓女張住住は、隣に住む仏奴と幼なじみであり、秘かに将来を誓い合っていた。張住住はいろいろ乎段を尽して、自分を「買断」しようとしていた陳小鳳を喘し、密かに仏奴と逢瀬を重ねていた。彼女の母と兄は仏奴が貧乏なのを嫌い、彼と別れるように迫った。しかし彼女は井戸を指さして「まだ私に迫るなら、ここにドボンしておしまいよ」といって、ついに仏奴と結婚し、幸福をつかんだ。

 妓女たちは色町で世の中の金や人情のはかなさを見つくし、また身請けされて嫁いでも前途は計り難かったので、少なからざる妓女が別の道、つまり出家して仏門に入る道を選んだ。名妓の蔀濤は晩年、成都の洸花渓にずっと隠れ住んだ。燈明と古仏を伴として、余生を終ることができたのは幸運だったといえよう。しかし、老いて衣食にも事欠き身の置きどころもない妓女もおり、その境遇はさらに悲惨だった。たとえば蜀の妓女だった灼灼は、若い時は美貌かつ多芸の持ち主として、その名声は四方になり響いていたが、年老いた後は貧困と病気がこもごも加わり、ついに成都の酒場でのたれ死んだ(卓荘「灼灼を傷む詩及び序」)。

 境遇は悲惨で振り返るに堪えず、また前途は暗濃として吉凶は占い錐かったので、妓女たちは終日門前に立って客に媚を売り、一杯飲んでは歌をロずさんでいたが、心の中はいつも苦しさでいっぱいだった。王福娘という妓女は自分の境遇に話が及ぶ度に泣いてやまなかった。宴会の席でもいつも痛ましい表情をしており、それを見て宴席の人々もみな真顔になったという。もう▽入顔令賓という妓女は詩でも歌でも何でもよくでき、当時の文士からたいへん可愛がられた。彼女は後に重い病気にかかったので、死の直前に昔からのなじみ客を多く招き、病をおして接待した。そして、自分が死んだら弔辞を書いて偲んでくださいと哀願した。彼女の心の苦しさと寂しさがよく分かろ 妓女たちは自分の不幸な運命に対して怨みと寂しさを強く抱いており、また色町の享楽的な生活に対して倦怠と空虚を感じていた。さらにまた、年老い容色も衰える未来に対して恐れと不安を感じていた。それで彼女たちには常に、また自然に、刹那的で享楽的な気持と夢か現かわからない感情とが生れたのである。これが大抵の妓女たちの普通の心理状態だった。しかし、また他方では、彼女たちはいつも、ふすかであてどない望みを抱き、自分の運命を変え、子供を育て、一家団秦の楽しみーそれがいかに粗衣粗食のありきたりの家庭生活であろうとー―‐‐『を味わいたいと夢見ていた。江淮(長江と淮河の間一帯)の名妓徐月英の詩「懐を叙ぶ」は、披女たちが自分の運命に泣き普通の家庭生活を羨む気持を、実によく表現している 「三従(父、夫、子に従う女の道)を失いしが為に泣涙頻なり。此の身 何を用てか人倫に処らん。日に笙歌の楽しみを逐うと雖然、長えに羨む荊の奴と布の裾を」。

 

柘榴 

 

 

 

 

花間集 巻四

 

 

 

 

 

江城子二首

其一

鵁鶄飛起郡城東,碧江空,半灘風。

越王宮殿,蘋葉藕花中。

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛濛。

 

其二

極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。

渡口楊花,狂雪任風吹。

日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

 

 

 

花間集 教坊曲《巻四25江城子二首其一》牛嶠

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8750

 

 

 

江城子二首 其一

(睦まじかった鷺も江南に飛び立って戻ってこない、その江南の越王には浮草があつまりの宮殿大江のほとりの高楼の女を詠う。)

鵁鶄飛起郡城東,碧江空,半灘風。

ゴイサギ.は起き上がって群れをなして、城東の方へ飛んでゆく、そこは大江と天空は碧く一体化しているし、なかば航海が困難な急流があり風がある。

越王宮殿,蘋葉藕花中。

その江南には、「会稽の恥」で臥薪嘗胆して呉を破った越の宮殿には浮草であっても気っても繋がっているレンコンのような花が集まっている。

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛濛。

簾を巻き上げ 水辺の高樓から 河を見ると波の間に間に魚が躍っている。花びらがたくさん散って雪が積もったようだ、そこに春の長雨でもうもうとした雨霧の中、流れている。

(江城子 二首 其の一)

鵁鶄【こうせい】 起きて郡て城東に飛び,江空を碧とし,半灘の風。

越王の宮殿,蘋葉 藕花 中【あつま】る。

簾捲 水樓 魚浪 起き,千片の雪,雨 濛濛たり。

 

其二

極浦煙消水鳥飛,離筵分首時,送金巵。

渡口楊花,狂雪任風吹。

日暮天空波浪急,芳艸岸,雨如絲。

(其の二)

極浦 煙 消えて水鳥 飛び,離筵 分首の時,金巵【きんし】を送る。

渡口の楊花,狂雪 風吹に任かす。

日暮 天空 波浪 急に,芳艸の岸,雨 絲如し。

 

 

『江城子二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

江城子二首

其一

鵁鶄飛起郡城東,碧江空,半灘風。

越王宮殿,蘋葉藕花中。

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛濛。

  

(下し文)

(江城子 二首 其の一)

鵁鶄【こうせい】 起きて郡て城東に飛び,江空を碧とし,半灘の風。

越王の宮殿,蘋葉 藕花 中【あつま】る。

簾捲 水樓 魚浪 起き,千片の雪,雨 濛濛たり。

 

(現代語訳)

(睦まじかった鷺も江南に飛び立って戻ってこない、その江南の越王には浮草があつまりの宮殿大江のほとりの高楼の女を詠う。)

ゴイサギ.は起き上がって群れをなして、城東の方へ飛んでゆく、そこは大江と天空は碧く一体化しているし、なかば航海が困難な急流があり風がある。

その江南には、「会稽の恥」で臥薪嘗胆して呉を破った越の宮殿には浮草であっても気っても繋がっているレンコンのような花が集まっている。

簾を巻き上げ 水辺の高樓から 河を見ると波の間に間に魚が躍っている。花びらがたくさん散って雪が積もったようだ、そこに春の長雨でもうもうとした雨霧の中、流れている。

  

(訳注) 

江城子二首 其一

1. (睦まじかった鷺も江南に飛び立って戻ってこない、その江南の越王には浮草があつまりの宮殿大江のほとりの高楼の女を詠う。)

2. 【解説】またの名を江神子、春意遠、水晶簾と言う。「花間集』 には韋荘の作は二首収められている。

女が愛する男と床をともにするさまを詠う。ここには差恥に顔を赤らめるような初心な女の姿は全く見られず、積極的で、愛一途に生きる女の姿が描かれている。

103 江城子 其一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-295-5-#49  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3022

江城子二首 其一

恩重嬌多情易傷,漏更長,解鴛鴦。

朱唇未動,先覺口脂香。

緩揭繡衾抽皓腕,移鳳枕,枕潘郎。

104 江城子 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-296-5-#50  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3027

江城子二首 其二

髻鬟狼藉黛眉長,出蘭房,別檀郎。

角聲嗚咽,星斗漸微茫。

露冷月殘人未起,留不住,淚千行。

『花間集』には七首所収。牛嶠二首、韋荘の作二首(掲載済み)が二首収められ、張泌、欧陽炯らも所収されている。単調二十七字、八句五平韻 7③③/4⑤/73③の詞形をとる。

江城子二首 其一

鵁鶄飛起郡城,碧江,半灘

越王宮殿,蘋葉藕花

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛

○○○●●○○  ●○△ ●△△

●△○● ○●●○△

○△●○○△● ○●●  ●△△

 

鵁鶄飛起郡城東,碧江空,半灘風。

ゴイサギ.は起き上がって群れをなして、城東の方へ飛んでゆく、そこは大江と天空は碧く一体化しているし、なかば航海が困難な急流があり風がある。

3. ・鵁鶄 ごいさぎ水鳥の一種。即ち「池鷺」。頭は細く身は長い,身には花紋を披い,頸は白毛で有り,頭には紅冠が有り,能く水に入って魚を捕り,分佈は中國南方である。鳬に似て脚高く毛冠あり、高木に巣くひ、子を穴中に生む。子其の母の翅を銜へ飛びて上下す。

*この三句は、鷺のように仲睦まじく過ごしたのに、鷺のように南に飛んで行ってしまった。船で降ったあの人の旅路は航路困難な場所があってとても心配だということをいう。唐韓愈孟郊《城南聯句》: 將身親魍魅,浮跡侶鷗鶄。

4. ・郡城 ここは、長江三峡の上流の郡城。東に向かって流れる長江、ゴイサギも長江下流域江南へ飛んでゆく。

5. ・碧江空 大江と天空は碧く一体化している

6. ・半灘風 なかば航海が困難な急流があり風がある。

 

越王宮殿,蘋葉藕花中。

その江南には、「会稽の恥」で臥薪嘗胆して呉を破った越の宮殿には浮草であっても気っても繋がっているレンコンのような花が集まっている。

7. ・越王宮殿 越王勾践が宮殿を焼いたことなど。《韓非子》越王句踐見怒蛙而式之,御者曰:「何為式?」王曰:「蛙有氣如此,可無為式乎?」士人聞之曰:「蛙有氣,王猶為式,況士人之有勇者乎!」是人有自剄死以其頭獻者。故越王將復而試其教,燔臺而鼓之,使民赴火者,賞在火也,臨江而鼓之,使人赴水者,賞在水也,臨戰而使人頭刳腹而無顧心者,賞在兵也,又況據法而進賢,其功甚此矣。

越王の句踐は怒蛙 (威嚇して力む蛙)を見て、これに敬礼をした。御者は聞いた「どうして敬礼するのですか?」王は答えた「蛙はこのように勇気がある。そのために、敬礼しないでいいだろうか?(そうするべきだ)」士人は、これを聞いて言った「蛙に勇気があると,王は蛙にさえ、そのために敬礼なさった。まして士人の勇者であれば、猶更だろう!」この年、自剄(自分で首を切る)して死に、その頭を獻上する者があった。そこで越王はに復讐しようとしてその人民の教化(の程度)を試そうとした。楼台(宮殿)を焼いて鼓を打ち,民を火中に赴かせ、火中にはいれば賞を与えた。長江に臨んで鼓を打ち,人を水中に赴かせ,水中に入れば賞を与えた。戰に臨んで、人が頭を切られ腹をえぐられても顧みる心を持たなかったのは,戦の中に入れば賞があったからだ。また、まして法に拠って賢人を推挙するなら,その功績は此れ (火中、水中、戦の中)より甚しいこと猶更のことである。

(改訂版)-4.薛昭蘊133《巻三36浣溪紗八首 其七》 

浣溪沙八首其七

傾國傾城恨有餘,幾多紅涙泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

呉主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊133《巻三36浣溪紗八首 其七》巻三3633-133〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5867

8. ・蘋葉 浮草の一種で柏餅の葉のように使う。

・藕 レンコン (レンコンはちぎっても糸がつながっている>)(男女が)別れたのになお関係を断ち切れずにいる.藕粉 レンコンの澱粉.

⋆この二句は仲睦まじくしていたころのことをいう。別れてもなお関係を断ち切れずにいることをいう。

 

簾捲水樓魚浪起,千片雪,雨濛濛。

簾を巻き上げ 水辺の高樓から 河を見ると波の間に間に魚が躍っている。花びらがたくさん散って雪が積もったようだ、そこに春の長雨でもうもうとした雨霧の中、流れている。

9. ・魚浪起 波の間に魚が躍っているさま。

千片雪 花びらがたくさん散って雪が積もったようだというさま。

10. ・雨濛濛 春の長雨でもうもうとした雨霧の中、流れているさま。

⋆春水の増水のころになっても帰ってこない。そんな大江のほとりの女のいる高楼の有様を云う。 



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