花間集 訳注解説 (196)回目牛嶠二十六首《巻四24西溪子一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8744

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 196)回目牛嶠二十六首《巻四24西溪子一首》

 

 

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花間集 訳注解説 (196)回目牛嶠二十六首《巻四24西溪子一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8744

(後宮に入るには一族の浮沈を掛けてはいるもので、寵愛を受ける期間が出来るだけ長いこと、子供が出来なければ、その地位は危うい。それでも寵愛を待ち続ける外ないということを詠う)

綺麗に画かれた琵琶・阮咸の捍撥されていた琴、盤双六、金鳳の屏風があり、蝉の髪飾り、輝く宝飾の簪、ちょうあいのひびには揺れうごいたものだ。壁に描かれた御殿の堂の前に立ち、話す人はない。琵琶の弦は独り言を理解してくれる。爪弾いた「昭君怨」の調べは閨の奥まで弾いてくるし、うつくしいまゆには愁いの迹がとれはしない、それでも頭を回らすこともできないのが、定めで、待ち続けるだけなのだ。

 花堕越梅妝

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 長安の芸妓(2

 妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や踊りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四銀(銀は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進十に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平康里の名妓天水仙寄は少しばかり名声があり、貴公子劉草が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉草は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩締などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。

 雛妓(半玉)の「初夜権」は高い値段で買い取らねばならなかった。南曲の張住住が成人になろうとした時、金持の陳小鳳は大金を出し「その元を取ろう」とした。彼女はすでに処女を失っていたが、手管を使って処女のごとく振舞って陳を馴した。陳は処女を得たと思い、さらに三編(一権は銅鉄一千枚)を張家にやった。その他、「買断」という決まりもあった。つまり妓女が一人の客に独占されることであり、客が毎日仮母に一彬を払うと、この妓女はもう他の客をとれなかった。

 

 少し有名な妓女はなじみの客を多くよぶことができたので、豪門や富貴の客から大量の銭と晶物が仮母の懐に入った。これらの妓女の生活は一般にかなり裕福であり、贅沢ですらあった。また、ある妓女は仮母に大量の金を儲けさせたが、仮母はいぜんとして彼女にぴどく辛くあたった。たとえば楊莱児は仮母にたっぷり金を儲けさせたが、仮母は彼女を虐待した。それで、莱児は身請けされて行く時、仮母を大いに罵り衣を払って去った。やっと誉憤を晴らしたのである。下層妓女の収入はたいへん少なく、生活はきわめて苦しかった。張住住の家の場合は、抱えている二人の妓女が売れなかったので、置屋は没落し、雑貨を売って生活しなければならなかった。

 

 教坊籍に入らない妓女は官府の統制下になかったので、客から身請けされ堅気となって嫁すことができた。落籍の費用は地位によって異なっており、先に述べた王福娘の請け値は。一、二百金〃であった。これはだいたい中等の値段であり、妓女の標準の値段であった。唐代の小説『李娃伝』の主人公李娃は堅気になろうとして、二十年間の衣食代を白分の貯えた金の中から仮母に返し、身請けされた。この金額は決して少なくはなかったはずである。こうしたことは現実にはそう多いことではなかったであろう。なぜなら、かりに名高い妓女でも普通はこれほど多くのへそくりをエ面することは難しかったからである。身請けの大部分は客が見初めたものであって、彼女たちの意志ではどうすることもできなかった。しかし、長安の妓女は総じて地方官妓に比べるといくらか主体性を持っていた。たとえば、王福娘は挙子(科拳受験生)の孫渠を見初め、彼に落籍を頼んだ。また、睦州刺史の柳斉物は名妓の嬌陳を好きになった。彼女はそれに応えて「もし科挙に合格して錦帳三十枚をくださるなら、一生お仕えいたします」と答えた。柳斉物は果たして錦帳を数通りそろえて彼女を迎えにきたので、彼女は柳家に嫁いだ(『因話録』巻一)。何はともあれ、無理に落籍されたり贈答の具に供されたりするのに比べたらずっとマシであった。

 

 以上が長安に生きる妓女のおよその生活状態であるが、東都洛陽や揚州など大都市の妓女の生活も、長安により近かったようである。揚州は娼妓の都市としてたいへん有名なところであり、ひとたび夜になると、「妓楼の上に、常に赤い絹の被いで包んだ夜燈が無数にともされ空中に輝いた。九里三十歩の広さの街は、真珠、栽翠などさまざまな飾りで満ち溢れ、はるか遠い仙境のようだった」(『太平広記』巻二七三)という。この繁華の情景は妓館の多さ、遊廓の繁栄ぶりをよく物語っている。ここは長安の平康里とひじーっによく似ており、妓女たちの生活も長安とほぼ同じだったと思われる。

 

 

巫山十二峰002

 

 

 

 

花間集 巻四

 

 

 

 

 

西溪子

捍撥雙盤金鳳,蟬鬢玉釵搖動。

畫堂前,人不語,弦解語。

彈到昭君怨處,翠蛾愁,不迴頭。

 

 

 

花間集 教坊曲《巻四24西溪子一首》牛嶠

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1

 

 

 

西溪子

(後宮に入るには一族の浮沈を掛けてはいるもので、寵愛を受ける期間が出来るだけ長いこと、子供が出来なければ、その地位は危うい。それでも寵愛を待ち続ける外ないということを詠う)

捍撥雙盤金鳳,蟬鬢玉釵搖動。

綺麗に画かれた琵琶・阮咸の捍撥されていた琴、盤双六、金鳳の屏風があり、蝉の髪飾り、輝く宝飾の簪、ちょうあいのひびには揺れうごいたものだ。

畫堂前,人不語,弦解語。

壁に描かれた御殿の堂の前に立ち、話す人はない。琵琶の弦は独り言を理解してくれる。

彈到昭君怨處,翠蛾愁,不迴頭。

爪弾いた「昭君怨」の調べは閨の奥まで弾いてくるし、うつくしいまゆには愁いの迹がとれはしない、それでも頭を回らすこともできないのが、定めで、待ち続けるだけなのだ。

(西溪子【せいけいし】)

捍撥【かんぱち】雙盤 金鳳あり,蟬鬢 玉釵 搖れ動く。

畫堂の前,人語らず,弦は語を解す。

彈は「昭君怨」の處より到り,翠蛾の愁,頭を迴わさず。


 

『西溪子』 現代語訳と訳註

(本文)

西溪子

捍撥雙盤金鳳,蟬鬢玉釵搖動。

畫堂前,人不語,弦解語。

彈到昭君怨處,翠蛾愁,不迴頭。

 

 

(下し文)

(西溪子【せいけいし】)

捍撥【かんぱち】雙盤 金鳳あり,蟬鬢 玉釵 搖れ動く。

畫堂の前,人語らず,弦は語を解す。

彈は「昭君怨」の處より到り,翠蛾の愁,頭を迴わさず。

 

 

(現代語訳)

(後宮に入るには一族の浮沈を掛けてはいるもので、寵愛を受ける期間が出来るだけ長いこと、子供が出来なければ、その地位は危うい。それでも寵愛を待ち続ける外ないということを詠う)

綺麗に画かれた琵琶・阮咸の捍撥されていた琴、盤双六、金鳳の屏風があり、蝉の髪飾り、輝く宝飾の簪、ちょうあいのひびには揺れうごいたものだ。

壁に描かれた御殿の堂の前に立ち、話す人はない。琵琶の弦は独り言を理解してくれる。

爪弾いた「昭君怨」の調べは閨の奥まで弾いてくるし、うつくしいまゆには愁いの迹がとれはしない、それでも頭を回らすこともできないのが、定めで、待ち続けるだけなのだ。

 

 (訳注)

西溪子

1. (後宮に入るには一族の浮沈を掛けてはいるもので、寵愛を受ける期間が出来るだけ長いこと、子供が出来なければ、その地位は危うい。それでも寵愛を待ち続ける外ないということを詠う)

2. 【解説】唐代の皇帝たちは、後宮の女性を選抜したり寵愛したりするのに、あまり尊卑貴賎を気にかけなかったが、彼女たちに地位・品級を賜る時には家柄をたいへん重視した。とりわけ皇后に立てる時には絶対に家柄が高貴でなければならず、「天下の名族を厳選」しなければならなかった(『資治通鑑』巻一九九、高宗永徴六年)。漢代に歌妓の衛子夫(武帝の皇后。もと武帝の姉の歌妓)や舞妓の超飛燕(成帝の皇后。もと身なし児で歌妓)が皇后になったようなことは、唐代には完全に跡を絶った。后妃に封ずる時は、まず「地肖清華」(家柄の高貴)、「軒冤之族」(貴顕なる名族)等々の出身であることが強調され、その次にやっと徳行が問われた。

唐代の記録にある二十六人の皇后の内、死後追贈された人、あるいは息子の即位によって尊ばれて太后に封ぜられた人、こうした若干の例外を除く他の大多数の皇后は、その時代の高官か名門の家柄の出であり、そのうちの八人はやはり皇族の出身であった。時に皇帝が家柄などにそう拘泥しないこともあったが、しかし大臣たちが家柄を最も有力な理由にして反対したので、皇帝でさえどうすることもできなかった。

3. 【構成】『花間集』には三首所収され、牛嶠の作が一首収められている。双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二灰韻二平韻で、❻❻/3③③6❸❸の詞形をとる。

西溪子

捍撥雙盤金,蟬鬢玉釵搖

畫堂前,人不,弦解

彈到昭君怨處,翠蛾,不迴

●●○○○●  ○●●○○●

●○○  ○△● ○●● 

△●○○△● ●△○  △△○ 

 

捍撥雙盤金鳳,蟬鬢玉釵搖動。

綺麗に画かれた琵琶・阮咸の捍撥されていた琴、盤双六、金鳳の屏風があり、蝉の髪飾り、輝く宝飾の簪、ちょうあいのひびには揺れうごいたものだ。

4. ・捍撥【かんぱち】 琵琶や阮咸(げんかん)などの楽器を捍撥という。すなわち撥のあたる皮張りの表面に濃彩画があるもの。

5. ・雙盤 雙六盤、盤双六(ばんすごろく)と後世に発生して単に「双六」と称した絵双六(えすごろく)の2種類があった。雙陸:双六の一種で、賭博をした。

『唐六典』 の内官制度の規定によると、后妃たちにも職務が決められていた。妃嬪は皇后を補佐し、「坐して婦礼を論じ」、「内廷に在って万事を統御する」、六儀(後宮にある六つの官庁)は「九御(天子に奉侍する女官たち)に四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)を教え、傘下の婦人を率いて皇后の儀礼を讃え導く」、美人は「女官を率いて祭礼接客の事を修める」、才人は「宴会、寝所の世話を司り、糸枲のことを理め、その年の収穫を帝に献じる」等々。しかしながら、これらの仕事も大半は形式的なもので、なんら実際の労働ではなかった。形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嬪妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟋蟀を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺事』巻上)。これらが彼女たちの優閑無聊の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

〔唐書,狄仁傑傳〕后召謂曰,朕數夢雙陸不勝何也,於是仁傑與王方慶俱在,二人同辭,對曰,雙陸不勝,無子也,天其意者,以儆陛下乎。

 

畫堂前,人不語,弦解語。

壁に描かれた御殿の堂の前に立ち、話す人はない。琵琶の弦は独り言を理解してくれる。

 

彈到昭君怨處,翠蛾愁,不迴頭。

爪弾いた「昭君怨」の調べは閨の奥まで弾いてくるし、うつくしいまゆには愁いの迹がとれはしない、それでも頭を回らすこともできないのが、定めで、待ち続けるだけなのだ。

5. ・昭君怨 王昭君の詠った詩題、ここでは筝曲であり、王昭君:前漢の元帝の宮女。竟寧元年(紀元前33年)、匈奴との和親のため、呼韓邪単于に嫁し、「寧胡閼氏」としてその地で没した。名は檣。ともするが、『漢書・元帝紀』では前者「檣」。昭君は字。明君、明妃は、「昭」字をさけたための晋以降の称。

6. ・翠蛾 みどりの眉。蛾は峨眉。

翡翠は鳥の雄の「赤」を表わし”翠”は雌の「緑」を表わしているが、ここに言う翠はメス、女、蛾は嫦娥も一人で過ごす女。嫦娥 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。

李白 把酒問月

把酒問月、故人賈淳令余問之。 

靑天有月來幾時,我今停杯一問之。 

人攀明月不可得,月行卻與人相隨。 

皎如飛鏡臨丹闕,綠煙滅盡淸輝發。 

但見宵從海上來,寧知曉向雲閒沒。 

白兔搗藥秋復春,嫦娥孤棲與誰鄰。 

今人不見古時月,今月曾經照古人。 

古人今人若流水,共看明月皆如此。 

唯願當歌對酒時,月光長照金樽裏。

李白 月下獨酌四首 其四

 

李商隠『嫦娥』 

雲母屏風燭影深、長河漸落暁星沈。

嫦娥應悔倫塞薬、碧海青天夜夜心。

李商隠 『嫦娥』 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集約130首 詩の背景1.道教 2.芸妓 3.嫦娥と李商隠

 

和凝《巻六30柳枝三首其一》

軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。

青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

12 -17 柳枝三首  其一 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-444-12-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3767

和凝《巻六32柳枝三首其三》

鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。

不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥

12 -19 柳枝三首 其三 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-446-12-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3777

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