花間集 訳注解説 (190)回目牛嶠二十六首《巻四19菩薩蠻七首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8708

190)回目牛嶠二十六首《巻四19菩薩蠻七首其五》

 

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745-004 a.【字解集】秋夜與劉碭山泛宴喜亭池  b.古風五十九首之二十二 c.情寄從弟邠州長史昭 d.草創大還贈柳官迪 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之8705

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745-004 a.【字解集】秋夜與劉碭山泛宴喜亭池  b.古風五十九首之二十二 c.情寄從弟邠州長史昭 d.草創大還贈柳官迪 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之8706

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花間集 訳注解説 (190)回目牛嶠二十六首《巻四19菩薩蠻七首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8708

(春の行楽に街で最も美しいといわれる、高貴な人の娘が門前から出かけようとすると街中の人が一目見ようと集まってくる。そこに白馬に乗った貴公子が、金の鞭をわざと落として気をひこうとしたという詩)

風が簾を通り抜け、つばめが舞い飛び交い、鶯が啼いて柳がしげってきて、春光明媚である、美しい人は、化粧台に向かい、髪を整えかぼそい手を低くしてでかけようとする。特別な簪は重く下がり、髻に挿すとゆらゆら揺れている。この美しい人は、どこにいても一枝の紅い牡丹が咲いているかのような存在である。美しい人が出て來るからとその門前には春の野へ行楽に向かう男女がひとめみようとあつまってくる。貴公子が騎乗した白馬が嘶いて、春景色は満開である。貴公子は、馬上から人目を引くため故意に、金で飾られた鞭を堕してみて、美しい人は頭を廻して目を丸くしている。

 宮島0007

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 宮妓はまたしばしば皇帝の御下賜晶として大臣や貴族に与えられた。唐の各時代に、某人に「女楽」幾祖を下賜するといった記録があるが、この「女楽」とはよく訓練された宮中の楽妓のことである。宮妓たちはその半生を軽やかな音楽とあでやかな舞、笙・蕭などの笛や太鼓の中に費やし、そして少なからざる宮妓がその名を後世に残したのであるが、しかし生前の境遇はといえば、たいへん不幸なものであった。彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでぴじーっに多くの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。たとえば、先に述べた宮廷の名妓蕭煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府維録』「歌」)。

 長く宮中に住む宮妓の他に、玄宗の時代から長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、宦官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。記録によれば、右教坊の芸妓の多くは歌がうまく、左教坊のものは舞いが上乎だったという。彼女たちは宮妓と同じように民間から選抜された技芸練達の人々であった。玄宗は彼女たちをたいへん愛したが、しかし「侠遊(民間の遊里)の盛んなるを奪うを欲せず、未だ嘗て置きて宮禁(宮中)に在らしめず」元棋「連昌宮詞」注)と詩人に詠まれた名歌妓の念奴、「凌波曲」(玄宗が夢の中で龍宮の女に頼まれて作ったといわれる詩曲)をよく舞った新農の女芸人謝阿蛮(『明皇雑録に補遺』、『教坊記』に記載されている歌舞妓の顔大娘、鹿三娘、張四娘、裴大娘、それに竿木妓の王大娘、および、杜甫の「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」という詩に出てくる、剣舞の名乎公孫大娘などは、みな長安の外教坊に所属する芸妓であったらしい。というのは、記録によると彼女たちは一般に長く宮中に留まることはなく、行勤は比較的自由だったからである元棋の「連昌宮詞」に、フ高〕力士 伝呼して念奴を見れど、念奴は潜に諸郎を伴って宿す」という句がある。また謝阿蛮も常日頃宮中に出入りしたり、楊国忠(楊貴妃の一族)の邸宅に遊びに行ったりしていた。こうしたことから、彼女たちの行勤や私生活について、宮廷はほとんど束縛しなかったことがわかる。また、彼女たちの中の少なからざる者が、夫、子供、家庭を持ち、家族仝員で教坊の中に住んでいた。宮中に在る内教坊の宮妓は宮中から自由に出人りしたり、男女が混って一緒に住むことは、ほとんど不可能であったから、彼女たちはいずれも外教坊に属す人々であったと思われる。

 外教坊の芸妓の大半は、家族全員が宮廷に仕える芸人集団であった。たとえば裴大娘自身は歌舞妓であり、その兄は筋斗伎であり、夫は竿木伎であった。芸妓たちの生活は、たいてい皇室からの給養で成り立っており、いつでも御召にそなえ、宮中に出仕したが、それ以外に宮廷外の招きに応じることもできたようである。たとえば『教坊記』に次のような話が載っている。蘇五奴の妻で歌舞妓であった張四娘は、「踏謡娘」を上手に演ずることができたので、いつも人々から招かれた、と。おそらく一定の報酬を得ていたことだろう。

 教坊妓は彼女たち独特の一風変っ’た生活の仕方と考えを持っていた。彼女たちは仲間同士で意気投合すると、「香火兄弟」(神仏の前で香火をたき義姉妹の契りを結んだ仲)となった。多いものは十四、五入少ないものでもハ、九人がそれぞれ集団をつくった。もし、その中のT入が嫁に行くと、香火兄弟たちは彼女の夫を女仲間にみたてて、「嫂嫂」とか「新婦」などとよんだ。また同時にその夫に睦み親しむことができたが、妻となった妓は決して嫉妬することはなかった。彼女たちはそれを突叛の習俗にならったものであるといっていた。

 また、香火兄弟でない人々の間でも、男女関係は比較的自由であった。裴大娘は伎人の趙解愁と私通し夫が邪魔になった。彼女は土袋で夫を圧死させようとして失敗したので、坊中の妓女たちはいつも「あなた、今後土袋を縫う時はきちんとすき間がないように縫いなさいよ。決してほころびたりしないようにね」などと冗談をいって笑いあった。また別の歌舞妓の張四娘は招かれて外出する時、いつも夫の蘇五奴がついて行った。招いた人は夫がいつも彼女の側にいるのが邪魔で、酒を飲ませて酔いつぶそうとした。蘇五奴は言った。「銭をたんまりはずんでくださりさえすれば、鎚子(蒸しまんじ。う)を食べても酔いますよ。酒など飲まなくてもね」と。それで後世、妻を他人に抱かせる男を「五奴」とよんだ。教坊妓たちのように「義兄弟」の契りを結んだり、自ら男のように装う生活方式は、他の階層の女性には無い点であり、男女に関する彼女たちの道徳観念や流儀は他の階層の女性たちと全くちがっていた。こうしてみると、俳優、芸人など芸を売って暮らしている女性は、一般の貴族、平民の女性に比べてより独立性があり、男に従属することも少なく、男女の地位も自然で比較的平等であったこと、また彼女たちは娼妓と同じではなかったが、男女関係に対する観念は同じように大いに自由奔放であったことが分かる。

 

相和歌001 

 

 

 

 

 

花間集 巻四

 

 

 

 

 

 

菩薩蠻七首 其一

舞裙香暖金泥鳳,畫梁語鷰驚殘夢。門外柳花飛,玉郎猶未歸。

愁勻紅粉淚,眉剪春山翠。何處是遼陽,錦屏春晝長。

其二

柳花飛處鶯聲急,暗街春色香車立。金鳳小簾開,臉波和恨來。

今宵求夢想,難到青樓上。贏得一場愁,鴛衾誰並頭。

 其三

玉釵風動春幡急,交枝紅杏籠煙泣。樓上望卿卿,寒新雨晴。

薰爐蒙翠被,繡帳鴛鴦睡。何處有相知,羨他初畫眉。

 其四

畫屏重疊巫陽翠,楚神尚有行雲意。朝暮幾般心,向他情漫深。

風流今古隔,虛作瞿塘客。山月照山花,夢迴燈影斜。

 其五

風簾鷰舞鶯啼柳,粧臺約鬢低纖手。釵重髻盤珊,一枝紅牡丹。

門前行樂客,白馬嘶春色。故故墜金鞭,迴頭應眼穿。

 其六

綠雲鬢上飛金雀,愁眉斂翠春煙薄。香閣掩芙蓉,畫屏山幾重。

寒天欲曙,猶結同心苣。啼粉羅衣,問郎何日歸。 

其七

玉樓冰簟鴛鴦錦,粉融香汗流山枕。

簾外轆轤聲,斂眉含笑驚。

柳陰煙漠漠,低鬢蟬釵落。

須作一生拚,盡君今日歡。

 

 

 

花間集 教坊曲《巻四15菩薩蠻七首其五》牛嶠

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8702

 

 

 

菩薩蠻七首 其一

(寵愛を受ける時は短く、ツバメが来て、しばらくヒナがうるさくし始める頃にはすでに寵愛を失う。そのごは、毎日、寵愛を受けていた時と同じようにただ、待ち続ける毎日が繰り返される。まるでどこか北の遠くの遼陽に送り出した人を待つ寡婦と同じようになってしまうと詠う)

舞裙香暖金泥鳳,畫梁語鷰驚殘夢。

香炉の火が暖かく、香付の舞衣裳のスカートには金泥の鳳模様がきれいである、赤青の塗りの梁の上の燕が鳴き交わすと名残りの夢は破られてしまう。

門外柳花飛,玉郎猶未歸。

宮殿門の外は春もさかり、池端からの並木の柳絮の花が舞い飛ぶのが終わると約束の春は過ぎてしまう、愛しいひとはそれでも未だに帰って来ない。

愁勻紅粉淚,眉剪春山翠。

妃嬪の憂いは、涙で頬紅と白粉がくずれてはなおしても崩れてしまう。眉は春山の翠のようにかいて整えたので涙で何もかも崩れてしまう。

何處是遼陽,錦屏春晝長。

待つのが定めというものの、ここの錦屏風の閨の内の、春の日の長い昼間に、怠惰になって何もする気になれない、ほんとに愛しの人は遼陽の様な遠方にでも行ったのかと感じられ、ほんとうは何処にいいているか。

 

(菩薩蠻七首 其の一)

舞裙 香 暖かく 金泥の鳳,畫梁【がりょう】語る鷰 殘夢を驚く。

門外 柳花 飛,玉郎 猶お未だ歸らず。

愁は紅粉の淚を勻【あまね】し,眉は春山の翠を剪る。

何處か 是れ遼陽なる,錦屏 春晝 長し。

 

菩薩蠻七首其二

菩薩蠻七首その二(別離し、この春、そのまま行楽に出かけられるのを見送るものの、これから違った生活をするどうにかして前向きに生きてゆくを詠う。)

柳花飛處鶯聲急,暗街春色香車立。

柳絮が飛びが飛び交うところになり、晩春にうつっていくから鶯の啼き声さえ、どうやら急ぎ始めたようだ。暮れなずむ街、すっかり春の景色に満ち溢れ日には香をたきこめた御車の列が行楽の地に向かう。

金鳳小簾開,臉波和恨來。

金の鳳凰の刺繍の小窓のすだれを開いて見送ってから、清らかな目になにだの波をたたえて、恨む気持ちを和ませてやってくる。

今宵求夢想,難到青樓上。

今宵からは夢の中であのお方のことを思い浮かべるだけだ。青樓の高殿のあたりに行くこともかなわない。

贏得一場愁,鴛衾誰並頭。

ここの場所だけは愁いを催すことはなく次第に前向きな気持ちになってゆくようだ、思うことは、「誰かが鴛鴦の布団に並んで頭を並べてくれるということ」と。

(其の二)

柳花 飛ぶ處 鶯聲急なり,暗き街 春色 香車立つ。

金鳳 小簾開き,臉波 和みて恨み來る。

今宵 夢想を求め,青樓の上に到れ難し。

贏得【えいとく】 一場愁い,鴛衾【おうきん】 誰ぞ頭を並べん。

 

菩薩蠻七首 其三

玉釵風動春幡急,交枝紅杏籠煙泣。

奇麗に輝く簪が風に揺れ、見上げれば立春の旗が大きくなびいている、杏の花がいっぱいの木の枝が交差していて、春になっても寵愛を失ったまま、庭には一杯に咲く日にも、香炉の煙に涙が止まらない。

樓上望卿卿,寒新雨晴。

高樓に上がって「あなたさま」と甘えてみる。でも窓辺に時折り吹く風は冷たいと思っていたら雨がふり、やがて晴れに変わり気持ちも新たになる。

薰爐蒙翠被,帳鴛鴦睡。

何處有相知,羨他初畫眉。

閨に戻って夕刻から薰爐に火を容れてあたたかくなって、翡翠のはねをかざった掛け布団のなかにはいった、刺繍のとばりのなかに、鴛鴦のようにふたりが眠っている。

それが寵愛を失った今、何処にいるのかは互いにわかってはいるけれどどうにもしようがない、他の妃嬪を羨むことで、初めての形のまゆずみをほどこす。

 

(其の三)

玉釵 風動き春幡急なり,交枝 紅杏 籠煙り泣く。

樓上 望み卿卿,寒 新らたに雨晴る。

薰爐 蒙翠被り,帳 鴛鴦の睡。

何處にか 相い知る有る,他を羨む初めて眉を畫く。

 

 

菩薩蠻七首 其四

菩薩蠻七首その四:(巫山の地に立って昔の「巫山の雲雨」を思われる、しかし、今ここには、山月、山花、燈燭の影、それもこれもなにごともなくときはながれていると詠う。)

畫屏重疊巫陽翠,楚神尚有行雲意。

奇麗に書かれた屏風が幾重に重ねられた向こうには巫陽の翡翠の扇やかけ布団が残されている。楚山の神女巫陽を愛した楚王の気持ちは雲が流れていく雲と同じように想いを届ける。

朝暮幾般心,向他情漫深。

特にそれが「朝雲暮雨」ということを、いくどとなく朝が来れば想い、夕方になると思いをかき立てられる。しかし、ここにいて、ほかの人の情に接するたびに何とはなしにさらに深く思われてくる。

風流今古隔,作瞿塘客。

巫陽、襄王の美風の名残りは、昔のこととなってしまって今はなにもない。だから、いまはここに立って、空しく瞿塘峡を下って云った楚王の事を思ってこの詩を作る。

山月照山花,夢迴燈影斜。

そして、山影より月がのぼって、山やそこのさく花も照らしている。このやまにまつわる夢はいろいろと廻り回り、燈火も付けたままでなにごともなく影を斜めにしている。

(菩薩蠻七首 其の四)

畫屏 重疊 巫陽の翠,楚神 尚お行雲の意有り。

朝暮 幾か般心す,他に向う 情 漫深す。

風流 今古と隔り,作すは瞿塘の客を。

山月 山花を照し,夢は迴る 燈影斜なり。

 

菩薩蠻七首 其五

(春の行楽に街で最も美しいといわれる、高貴な人の娘が門前から出かけようとすると街中の人が一目見ようと集まってくる。そこに白馬に乗った貴公子が、金の鞭をわざと落として気をひこうとしたという詩)

風簾鷰舞鶯啼柳,粧臺約鬢低纖手。

釵重髻盤珊,一枝紅牡丹。

門前行樂客,白馬嘶春色。

故故墜金鞭,迴頭應眼穿。

風が簾を通り抜け、つばめが舞い飛び交い、鶯が啼いて柳がしげってきて、春光明媚である、美しい人は、化粧台に向かい、髪を整えかぼそい手を低くしてでかけようとする。

特別な簪は重く下がり、髻に挿すとゆらゆら揺れている。この美しい人は、どこにいても一枝の紅い牡丹が咲いているかのような存在である。

美しい人が出て來るからとその門前には春の野へ行楽に向かう男女がひとめみようとあつまってくる。貴公子が騎乗した白馬が嘶いて、春景色は満開である。

貴公子は、馬上から人目を引くため故意に、金で飾られた鞭を堕してみて、美しい人は頭を廻して目を丸くしている。

(菩薩蠻七首 其の五)

風簾 鷰舞い鶯柳に啼く,粧臺 鬢を約し纖手を低れる。

釵重く髻 盤珊たり,一枝の紅牡丹。

門前 行樂の客,白馬 春色に嘶く。

故故にして 金鞭を墜とし,頭を迴して應に眼穿つ。

 

菩薩蠻七首 其六

綠雲鬢上飛金雀,愁眉斂翠春煙薄。

香閣掩芙蓉,畫屏山幾重。

寒天欲曙,猶結同心苣。

啼粉羅衣,問郎何日歸。

(菩薩蠻七首 其の六)

綠雲 鬢上 金雀飛び,愁眉 斂翠 春煙薄し。

香閣 芙蓉に掩れ,畫屏 山幾重なり。

寒 天欲曙,猶お心苣を同じうするを結ぶ。

啼き粉れ 羅衣をし,郎に問う 何れの日にか歸らん。

菩薩蠻七首 其七

玉樓冰簟鴛鴦錦,粉融香汗流山枕。

簾外轆轤聲,斂眉含笑驚。

柳陰煙漠漠,低鬢蟬釵落。

須作一生拚,盡君今日歡。

(菩薩蠻七首 其の七)

玉樓の冰簟【ひょうてん】鴛鴦の錦,粉は香しき汗に融け 山枕に流る。

簾外 轆轤【ろくろ】の聲,眉を斂め 笑いを含みて驚く。

柳陰 煙【もや】漠漠たり,低き鬢 蟬釵【ぜんさ】落つ。

須【すべから】く一生 拚【す】つるを作すべし,君の今日の歡びを盡くせ。

 

(改訂版Ver.2.1

『菩薩蠻七首』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蠻七首其五

風簾鷰舞鶯啼柳,粧臺約鬢低纖手。

釵重髻盤珊,一枝紅牡丹。

門前行樂客,白馬嘶春色。

故故墜金鞭,迴頭應眼穿。

 

(下し文)

(菩薩蠻七首 其の五)

風簾 鷰舞い鶯柳に啼く,粧臺 鬢を約し纖手を低れる。

釵重く髻 盤珊たり,一枝の紅牡丹。

門前 行樂の客,白馬 春色に嘶く。

故故にして 金鞭を墜とし,頭を迴して應に眼穿つ。

 

(現代語訳)

(春の行楽に街で最も美しいといわれる、高貴な人の娘が門前から出かけようとすると街中の人が一目見ようと集まってくる。そこに白馬に乗った貴公子が、金の鞭をわざと落として気をひこうとしたという詩)

風が簾を通り抜け、つばめが舞い飛び交い、鶯が啼いて柳がしげってきて、春光明媚である、美しい人は、化粧台に向かい、髪を整えかぼそい手を低くしてでかけようとする。

特別な簪は重く下がり、髻に挿すとゆらゆら揺れている。この美しい人は、どこにいても一枝の紅い牡丹が咲いているかのような存在である。

美しい人が出て來るからとその門前には春の野へ行楽に向かう男女がひとめみようとあつまってくる。貴公子が騎乗した白馬が嘶いて、春景色は満開である。

貴公子は、馬上から人目を引くため故意に、金で飾られた鞭を堕してみて、美しい人は頭を廻して目を丸くしている。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

菩薩蠻七首其五

51. 菩薩蠻七首其の五:(春の行楽に街で最も美しいといわれる、高貴な人の娘が門前から出かけようとすると街中の人が一目見ようと集まってくる。そこに白馬に乗った貴公子が、金の鞭をわざと落として気をひこうとしたという詩)

52. 【解説】杜甫や李白の、王維などの少年行の内容である。美しく高貴な女性に、気をひこうとしている貴公子を歌ったもの。

53. 【構成】唐教坊の曲名。『花間集』41首、温庭筠14首、韋荘5首、牛嶠7首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻七首 其一

舞裙香暖金泥,畫梁語鷰驚殘

門外柳花,玉郎猶未

愁勻紅粉,眉剪春山

何處是遼,錦屏春晝

●○○●○△●  ●○●●○○△

○●●○○  ●○△●○

○○○●●  ○●○○●

△●●○○  ●△○●△菩薩蠻七首 其二

柳花飛處鶯聲,暗街春色香車

金鳳小簾,臉波和恨

今宵求夢,難到青樓

贏得一場,鴛衾誰並

●○○●○○●  ●○○●○○●

○●●○○  △○△●△

○○○△●  △●○○●

○●●○○  ○○○●○

菩薩蠻七首 其三

玉釵風動春幡,交枝紅杏籠煙

樓上望卿寒新雨

薰爐蒙翠,繡帳鴛鴦

何處有相,羨他初畫

●○△●○○●  ○○○●△○●

○●△○○  △○○●○

△○○●●  ●●○○●

△●●△○  ○△○●○

菩薩蠻七首 其四

畫屏重疊巫陽,楚神尚有行雲

朝暮幾般,向他情漫

風流今古,虛作瞿塘

山月照山,夢迴燈影

●△△●○○●  ●○△●△○●

○●△○○  ●△○●△

△○○●●  ○●△○●

○●●○○  △△○●○

菩薩蠻七首 其五

風簾鷰舞鶯啼,粧臺約鬢低纖

釵重髻盤,一枝紅牡

門前行樂,白馬嘶春

故故墜金,迴頭應眼穿

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 雨上がりの花02

風簾鷰舞鶯啼柳,粧臺約鬢低纖手。

風が簾を通り抜け、つばめが舞い飛び交い、鶯が啼いて柳がしげってきて、春光明媚である、美しい人は、化粧台に向かい、髪を整えかぼそい手を低くしてでかけようとする。

54. ・この二句は待ち遠しい春が来たことを春のアイテムを鏤めている。しかしその中に嬉しさ、楽しさというのは見いだせないのも特徴である。

55. 鷰舞鶯啼 鶯:黃鸝。燕子は飛舞し在し,黃鶯は鳴叫し在する。春光明媚の形容である。

56. 纖手 細くやわらかい手。牛嶠の《菩薩蠻七首其五》は陸機の《擬古詩、擬西北有高樓》にもとづいて作られたものである。 

擬西北有高樓  (宮中で琴を弾じている、若くか細い美人を恋い慕う歌)

高樓一何峻。苕苕峻而安。綺窗出塵冥。飛階躡雲端。 

佳人撫琴瑟。纖手清且閑。芳草隨風結。哀響馥若蘭。 

玉容誰能顧。傾城在一彈。佇立望日昃。躑躅再三歎。 

不怨佇立久。但願歌者歡。思駕歸鴻羽。比翼雙飛翰。

(綺窗は塵冥を出で、飛階は雲端を躡む。佳人は琴瑟を撫し、纖手は清く且つ閑かなり。)

 

釵重髻盤珊,一枝紅牡丹。

特別な簪は重く下がり、髻に挿すとゆらゆら揺れている。この美しい人は、どこにいても一枝の紅い牡丹が咲いているかのような存在である。

57. ・釵重 この二句は上句は閨の状況。下句は庭のようすを云う。カンザシを挿したままで落ち欠けている。

58. ・盤珊 よろよろすること。盤散、盤姍、盤跚、槃散、蹣跚もおなじ。

59. ・一枝紅牡丹 庭に一本の赤いボタンの花を看る。ここは、若い女を指す。

 

門前行樂客,白馬嘶春色。

美しい人が出て來るからとその門前には春の野へ行楽に向かう男女がひとめみようとあつまってくる。貴公子が騎乗した白馬が嘶いて、春景色は満開である。

60. ・行楽 当時は野山に出かけ酒を呑むことを万幕を張って楽しんだ。当時は春には靑姦というのは通常のことであったようだ。

61. ・白馬 しろうま。古くは、盟誓の際に乗る、あるいは。祭祀の犠牲にもちいる。白馬将軍:西涼の龐徳。龐徳が白馬に乗るのを常としていたため、関羽の軍勢は龐徳を白馬将軍と呼んで畏れた。

 

故故墜金鞭,迴頭應眼穿。

貴公子は、馬上から人目を引くため故意に、金で飾られた鞭を堕してみて、美しい人は頭を廻して目を丸くしている。

62. ・故故 ①鳥などの啼き声。白居易 《人定》詩: “誰定教鸚鵡, 故故語相驚。”②しばしば。唐 杜甫 《月》詩之三: “時時開暗室, 故故滿青天。”仇兆鰲 注: 故故, 猶云屢屢。”③わざと。故意。徐鉉《九月三十夜雨寄故人》詩: “別念紛紛起, 寒更故故遲。”

いわれがありそうである。また、趣深くすぐれている。奥ゆかしく気品がある。風格がある。たしなみ深い。

63. ・墜 (夜露が、馬から)おちる。②(いのちを)うしなう。おとす。③隊。④遂にと同じ。

64. ・應眼穿 行楽に向かうはずが、ここの座敷の中に入っていった。だから見たくも無い光景を目の当たりにしたというのがこの詩の意味である。

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩・唐詩・詩詞 解釈

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