花間集 訳注解説 (185)回目牛嶠二十六首《巻四 牛嶠-2 【字解集】 a.女冠子四首 B.夢江南二首 C.感恩多二首 D. 應天長二首 e. 更漏子三首 f.望江怨》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8678

花間集 訳注解説 (185)回目牛嶠二十六首《巻四 牛嶠-2 【字解集】 a.女冠子四首  B.夢江南二首  C.感恩多二首  D. 應天長二首  e. 更漏子三首  f.望江怨》

 

201759

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

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767年-107#5 贈李八秘書別三十韻#5 杜詩詳注(卷一七(四)一四五五 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8689

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767年-集-13 【字解集】・a.-第五弟豐獨在江左近二首 ・b.-秋風二首 ・c.-送李功曹之荊州 ・d.-送王十六判官 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8660

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

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杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

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杜甫詩(7)759年秦州詩 66

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(13)763年蜀中転々 96

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杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

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花間集 教坊曲《巻四 牛嶠-2 【字解集】 

a.女冠子四首  B.夢江南二首  C.感恩多二首

 D. 應天長二首  e. 更漏子三首  f.望江怨》牛嶠

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8678

 

 

 

【字解集】 a.女冠子四首 

女冠子四首其一

1. 女冠子四首其の一(若くてアイドルのような女冠が初め恋をした有様を詠う)

温庭筠、韋荘、女冠子参照。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-148《巻1-48 女冠子二首 其一》66首巻一48-〈48〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5437

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-149《巻1-49 女冠子二首 其二》66首巻一49-〈49〉漢文委員会kanbuniinkai頌之の漢詩ブログ-5442

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-43韋荘121《巻3-21 女冠子二首 其一》三巻21-〈121〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5807

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-44韋荘122《巻3-22 女冠子二首 其二》三巻22-〈122〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5812

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊144《巻三43女冠子二首其一》巻三4344-〈144〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5922

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊145《巻三44女冠子二首其二》巻三4445-〈145〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5927

《巻四42女冠子四首 其一》『花間集』193全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6237

 

14-377《女冠子二首其一》孫光憲(37)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-560-14-(377) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4347

14-378《女冠子二首其二》孫光憲(38)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-561-14-(378) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4352

8-418《女冠子一首》張泌Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-601-8-(418) 四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4552

8-418《女冠子一首》張泌Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-601-8-(418) 四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4552

16-459《女冠子二首,其一》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-642-16-(459) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4757

16-460《女冠子二首,其二》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-643-16-(460) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4762

19-488《女冠子二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-671-19-(488) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4902

19-489《女冠子二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-672-19-(489) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4907

20-528《女冠子二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-711-20-(528) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5102

20-529《女冠子二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-712-20-(529) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5107

2.【構成】唐の教坊の曲名。女冠は女道士の意。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句二仄韻二平韻、後段十八宇四句二平韻一仄韻で、❹❻③5⑤/❺⑤❺③の詞形をとる。

女冠子四首 其一

綠雲高,點翠勻紅時。月如

淺笑含雙靨,低聲唱小

眼看唯恐,魂蕩欲相隨。

玉趾迴嬌,約佳

●○○●  ●●○○○△ ●△○

△●○○● ○○●●○

●△△●● ○●●△○

●●△△● ●○○

3. この三句は、女冠がうら若き乙女であることをいう。

4. ・綠雲高髻 若い女の黒髪が輝き両鬢の雲型に高くした髷のもとどり姿。

5. ・點翠 宝飾の翡翠がちりばめられた簪。

6. ・勻紅 頬紅を付けて化粧する。

7. ・時世 時とともに移り変わる、世の中。時代。ときよ。

8. ・月如眉 眉が新月のようである;眉月(指新月). 眉黛.のことで、古代女子が眉を黛畫するのに用いる。黛,青黑色的顏料である。

9.・靨 笑()(くぼ) (1)笑うと、頬にできる小さなくぼみ。 (2)ほくろ。

10.・低聲 恥しがって小声を出す。

11. ・小詞 1.短冊などの書き込んだ短篇歌詞。填寫:(表・伝票などに)記入する,書き込む.2.民間歌謠或は曲藝をいう。 猶小調。

12. ・恐化 変化して行くのが怖い

13. ・魂蕩 蕩:1.落ち着かないで、ゆれうごく。ゆらぐ。うごかす。「蕩心・漂蕩」2.しまりがなく、わがまま。ほしいまま。特に、酒色におぼれる。「放蕩・遊蕩・蕩児」

14. ・玉趾 足跡が輝いている。ここでは歌声が余韻として残るというほどの意味である。

15. ・佳期 逢瀬の約束の期日。

 

 16.【参考】  文宗の時代、宮人の沈阿翹は歌と舞いが上手な上、また作曲と演奏もできた。彼女が「何満子」(宮廷妓の何満子が作った作品)という舞曲を演じた時には、音の調べ、舞う姿ともやわらかくしなやかで流れるように素晴らしかった。「涼州曲」という一曲を演奏した時なぞは、音が清らかで哀調を帯び、文宗はこれぞ天上の音楽であると称讃した。そして最も優れた才能をもつ宮人を選んで彼女から芸を学ばせた。後に、この女性は宮中を出て秦という姓の男に嫁した。夫が出張していた時、『翹制曲』「憶秦郎」(秦郎を憶う」という一曲を作って、遥かに思慕の情を寄せた(『古今図書集成』「閏媛典閏藻部」、『杜陽雄編』巻中)。

泰娘は貴族の家の家妓であった。多芸多才で、歌舞弾奏なんでも窮めないものはなく、当時、都の貴顕の子弟は争って泰娘の名を伝えた。劉南錫は「泰娘の歌」を作ってその経歴を記している。

武則天の時代に、もう一人よく歌曲を作る無名の宮人がいた。その夫は菟罪で獄に陥ち、自分も籍没されて宮中の婦女にされた。彼女は日頃、篳篥を上手に吹き、また音律にもよく通じていた。

 

そして、「離別難」(別れの苦しみ)という曲を作って、自分の悲しみと恨みの気特を托した(『楽府雑録』「離別難」)。

楽器に精通している女性などは、数えきれぬほどたくさんいた。宰相宋璟の娘の宋氏は獦鼓(インドから中央アジアを経て伝わった太鼓の一種)を専門に習い、その技量はかなり高度な水準に達していた(南卓『掲鼓録』)。楊志の父方の叔母は、もともと宮妓であり、琵琶の演奏で一世を風廃した女性であった(『楽府雑録』「琵琶」)。ひじょうに多くの唐詩の諸篇に、楽器を演奏する高度な技術と妙なる音声を持つ女性たちのことが描かれている。白居易の有名な詩「琵琶行」には、次のように琵琶妓の絶妙な技術と芸術的な影響力とが生々と描かれている。

 宮島0013

【琵琶行】

・・・・・・・・・・・・・・・

轉軸撥絃三兩聲,未成曲調先有情。

絃絃掩抑聲聲思,似訴平生不得志。

低眉信手續續彈,説盡心中無限事。

 

輕慢撚抹復挑,初爲霓裳後綠腰。

大絃如急雨,小絃切切如私語,

切切錯雜彈,大珠小珠落玉盤。

間關鶯語花底滑,幽咽泉流氷下難。

氷泉冷澀絃凝絶,凝絶不通聲暫歇。

別有幽愁暗恨生,此時無聲勝有聲。

銀瓶乍破水漿迸,鐵騎突出刀槍鳴。

 

曲終收撥當心畫,四絃一聲如裂帛。

東船西舫悄無言,唯見江心秋月白。

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・

(琵琶行 二)

軸を 轉(し)め 絃を 撥ひて  三兩聲,未だ 曲調を 成さざるに  先ず 情 有り。

絃絃 掩抑して  聲聲に 思ひ,平生  志を 得ざるを 訴ふるに 似たり。

眉を低れ 手に信せて  續續と 彈き,説き盡くす  心中 無限の事。

 

輕く(し)め 慢く撚りて  抹み 復た 挑ひ,初めは 霓裳を 爲し  後は 綠腰。

大絃は として  急雨の如く,小絃は 切切として  私語の如し,

と 切切と  錯雜して 彈き,大珠 小珠  玉盤に 落つ。

間關たる 鶯語  花底に 滑かに,幽咽せる 泉流は  氷下に難む。

氷泉 冷澀して  絃 凝絶し,凝絶 通ぜず  聲 暫し 歇(や)む。

別に  幽愁の 暗恨 生ずる  有り,此の時  聲 無きは  聲 有るに 勝る。

銀瓶 乍ち 破れ  水漿 迸(ほとばし)り,鐵騎 突出して  刀槍 鳴る。

 

曲 終らんとして 撥(ばち)を收め  當心を 畫き,四絃 一聲  裂帛の如し。

東船 西舫  悄として 言(ことば) 無く,唯だ見る 江心に  秋月の 白きを。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

詩人の描写の素晴らしさに感謝したいと思う。古代の女性演奏家の技芸と人を感動させる琵琶曲を、わずかながらも知ることができたのであるから。

唐代は音楽が発達したばかりではない。舞踊もまた黄金時代を現出した。宮中では常時、大規模な歌舞の催しが開かれていた。たとえば、「上元楽」、「聖寿楽」、「孫武順聖楽」等であり、これらには常に宮妓数百人が出演し、舞台は誠に壮観であった。宮廷でも民間でも、舞妓は常に当時の人々から最も歓迎される漬物を演じた。たとえば、霓裳羽衣舞(虹色の絹と五色の羽毛で飾った衣裳を着て踊る大女の舞)、剣器舞(西域から伝来した剣の舞)、胡旋舞(西域から伝来した飛旋急転する舞)、柘枝舞(中央アジアから伝来した柘枝詞の歌に合わせて行う舞)、何満子(宮妓の何満子が作曲し、白居易が作詩し、沈阿翹が振り付けした歌舞)、凌波曲(美人がなよなよと歩く舞)、白貯舞(白絹を手にした舞)等々が白居易は「霓裳羽衣舞」を舞う妓女たちの、軽く柔かくそして優美な舞姿を描写している。

・・・・・・・・・・・・

案前舞者顏如玉,不著人家俗衣服。

虹裳霞帔步搖冠,鈿瓔累累佩珊珊。

・・・・・・・・・・・・

飄然轉旋迴雪輕,嫣然縱送游龍驚。

小垂手后柳無力,斜曳裾時雲欲生。

煙蛾斂略不勝態,風袖低昂如有情。

・・・・・・・・・・・・

 

「案前 舞う者 顔は玉の如く、人家の俗なる衣服を著けず。虹の裳 霞の帔(内掛け」 歩揺の冠、細瓔は累累として珊珊を佩ぶ。.……諷然と転旋すれば廻る雪より軽く、嫣然と縦送すれば游る龍も驚く。小しく手を垂れし後 柳は力無く、斜めに裾を曳く時 雲 生ぜんと欲す。煙き蛾は斂略めて態に勝えず、風はらむ袖は低く昂く 情有るが如し」(白居易「霓裳羽衣歌」)

 

白居易の《胡旋女》

胡旋女,胡旋女,心應弦,手應鼓。

弦鼓一聲雙袖舉,回雪飄搖轉蓬舞。

左旋右轉不知疲,千匝萬周無已時。

人間物類無可比,奔車輪緩旋風遲。

曲終再拜謝天子,天子為之微齒。

胡旋女,出康居,徒勞東來萬里余。

中原自有胡旋者,斗妙爭能爾不如。

天寶季年時欲變,臣妾人人學圜轉。

中有太真外祿山,二人最道能胡旋。

梨花園中冊作妃,金雞障下養為兒。

祿山胡旋迷君眼,兵過黃河疑未反。

貴妃胡旋惑君心,死棄馬嵬念更深。

從茲地軸天維轉,五十年來制不禁。

胡旋女,莫空舞,數唱此歌悟明主。

 

胡旋の女 胡旋の女、心は弦に應じ 手は鼓に應ず。

弦鼓一聲 雙袖舉がり、回雪飄搖し 轉蓬舞ふ。

左に旋り右に轉じて疲れを知らず、千匝 萬周 已む時無し。

人間物類 比すべき無く。奔車 輪緩 旋風 遲し。

曲終り再拜して天子に謝す、天子之が為に微かし齒を(ひら)く。

胡旋の女 康居に出ず、勞して東來すること萬里余。

中原に自ずから有胡旋の者有り、斗妙 爭能 爾如かず。

天寶の季年 時に變はらんと欲し、臣妾人人 圜轉を學ぶ。

中に太真有り 外には祿山、二人最も道ふ 能く胡旋すと。

梨花園中 冊して妃と作し、金雞障下 養ひて兒と為す。

祿山の胡旋 君は眼を迷はし、兵黃河を過ぐるも未だ反せずと疑ふ。

貴妃の胡旋 君が心を惑はし、死して馬嵬に棄つるも 念ひ更に深し。

茲(これ)より地軸天維轉じ、五十年來 制せど禁ぜず。

 

胡旋舞は別の風格がある。これら舞妓のなかから、何人かの出色の舞踊家が出現した。

楊玉環(楊貴妃)、彼女は以千年後百年にもわたって絶世の美人として、また「女禍」として史上有名になった。しかし、人は往々この女性が天才的な舞踊家、音楽芸術家であったことを軽視する。彼女は多方面の芸術的才能を持っており、特に舞踊に長じ、「霓裳羽衣舞」の類いまれな踊り手として、千古の後までその名が伝えられている。彼女はまた胡旋舞等の舞いも踊ることができた。同時にまた音律にも長じ、多種多様な楽器にもよく通じていた。特に撃磐(石製の打楽器の演奏)が最も得意であり、その音声は冷たく清らかであり、またオリジナリティに富んでいて、宮廷の名楽師でも及ばなかった。また琵琶もたいへんL手で、梨園で演奏した時、音色は張りつめ澄みきって、雲外にただよう如くであった。それで、親王、公主、貴婦人たちは争って彼女の琵琶の弟子になろうとした。笛豊た上手であった。ある華、彼女は玄宗の兄賢の玉笛をこっそり借りて吹いたため、玄宗皇帝の不興をかった。しかし、風流文士たちは「梨花の静院に人の見ゆる無く、閑ろに寧王の玉笛を把りて吹く」(『楊太真外伝』に引く張詰の詩句)などといって、きわめで風流なことと褒めそやした。

 

楊貴妃の侍女張雲容も「霓裳羽衣舞」が上手だったので、楊貴妃は詩をつくって彼女の舞姿を誉めそやした。「羅袖 香を動かし 香己まず、紅蕖は嫋嫋 秋煙の裏。軽き雲は嶺上にて乍ち風に揺らぎ、嫩き柳は池塘にて初めて水を払う」(楊貴妃「阿那曲」)。

これと同じ時期、新豊(陝西省臨潼)の女俳優謝阿蛮は凌波曲を上手に踊った。常時、宮廷に出入りし、玄宗と楊貴妃からたいへん愛された。ある時、彼女が舞い、玄宗と楊貴妃が親しく自ら伴奏した。楊貴妃は特別に金を散りばめた腕輪を褒美として贈った(『楊太真外伝』、『明皇雑録』補遺)。

当時、公孫大娘の「剣器の舞」も非常に有名で、その演舞は雄壮で人々の魂まで揺り動かした。

杜甫は次のように詠っている。

 

杜甫《2099觀公孫大娘弟子舞劍器行》767年大曆二年56

昔有佳人公孫氏,一舞劍氣動四方。

觀者如山色沮喪,天地為之久低昂。

爀如羿射九日落,矯如群帝驂龍翔。

來如雷霆收震怒,罷如江海凝清光。

絳脣朱袖兩寂寞,況有弟子傳芬芳。

臨潁美人在白帝,妙舞此曲神揚揚。

與余問答既有以,感時撫事增惋傷。

先帝侍女八千人,公孫劍器初第一。

五十年間似反掌,風塵傾動昏王室。

梨園子弟散如煙,女樂餘姿映寒日。

金粟堆南木已拱,瞿唐石城草蕭瑟。

玳筵急管曲復終,樂極哀來月東出。

老夫不知其所往,足繭荒山轉愁疾。

【爀は火+霍であるが字書にないため代用する】

 

公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行杜甫

昔 佳人の公孫氏有り、一たび剣幕を舞えば四方を動かす。

観る者は山の如くして色は沮喪し、天地も之が為に久しく低昂す。

爀として羿(伝説の弓の名人)の九日(九つの太陽)を射て落すが如く、矯として群帝(五帝)の龍を驂(二頭だての車)として翔るが如し。

来たるは雷霆の震怒を収むるが如く、罷むるは江海の清光を凝らすが如し。

緯唇 珠袖 両つながら寂寞、晩(晩年)に弟子有り、芬芳を伝う。

臨頴の美人(李十二娘)、はく帝に在り、妙みに此の曲を舞いて神揚揚たり。

余と問答す 既に以有り、時に感じ事を撫して惋傷を増す。

先帝の侍女 八千人、公孫の剣器 初めより第一。

五十年間 掌を反すに似て、風塵は傾動として王室に昏し。

梨園の子弟 散ずること煙の如く、女楽(歌妓)の余姿 寒日に映ず。

金粟堆(玄宗の御陵の名)の南 木己に拱きく、笹唐の石城(白帝城) 草蕭瑟たり。

玳筵(豪華な宴席) 急管(せわしげな笛の音) 曲復た終り、楽しみ極まりて哀しみ来たり 月は東に出づ。

老夫は其の往く所を知らず、足は荒山に繭して(足にたこができて)転た愁疾たり。

 

 

唐の後期、宝暦二年(826)、浙江東部の地から、飛燕、軽鳳という二人の舞妓が着物として朝廷に献上された。彼女たちの舞姿はあでやかで、歌舞がひと度始まるとあらゆる鳥が台上に集まったといわれる。歌舞が終ると、皇帝は彼女たちが風に吹かれ日にさらされることを心配して宝帳(豪華な天幕)の中に入れた。官女たちは、「宝帳 香は重重、一双 紅き芙蓉」と歌った(『杜陽雑編』巻中)。その他にも、宮妓の粛煉師という女性がおり、柘枝舞が大変上手であり、この舞いで彼女にかなう人はいなかった。また教坊妓の顔大娘、鹿三娘、張四娘等も、みな歌、舞ともに優れていた。

 

唐代にはまた一種の芝居化された歌舞があり、専門家はこれを「歌舞戯」とよんだ。これには少なからざる女芸人が出演した。則天武后はかつて高宗に、「天下の婦女が俳優の戯を行うことを禁ずる」勅令を出すよう願った(『旧唐書』高宗妃上)。当時女性を中心とする演劇がすでに盛んであったことがわかる。女俳優の劉来春は、「陸参軍」という劇を演じるのが最も上手だった(『雲渓友議』巻九)。「踏謡娘」という劇はそれ以上に流行した。これはもともと北斉の時代には男が女に扮していたが、唐代には男女共演となった。この歌劇では主役をやる女性―〔いじめに合う蘇郎中の妻〕―は歌いかつ舞い、それに多くの人々が唱和した。この歌劇は教坊妓の張四娘が最も上手だった。ある唐詩は、女芸人が街頭でこの劇を演じている様子を、「手を挙げて花鈿を整え、身を翻して錦延に舞う。馬は囲みて行処に匝り、人は蔟がり 場を看て円し」(常非月「談容娘を詠ず」)と描写している。

 

また当時、民間には町の横丁で「変文」を語り唱う女性たちもいた。変文とは今日の「評書(講談)」や「大鼓(鼓を打って唱う演芸)」などのように、語り唱う民間芸だった。吉師老は「萄女が昭君に転じ変ずるを看る」という詩一首を書いて、萄女が変文を語り唱う有様を次のように描写している。「妖姫は未だ石梢の裾を著けず、自ら遣う 家は錦水の溝に連なると。檀口(美人のロ)は解き知る 千載の事、清詞は嘆ずるに堪えたり 九秋の文。翠眉聾むる処 楚辺の月、画巻(王昭君出塞234

の絵巻)開く時 塞外の雲」。惜しいことに、これら民間の芸術家たちの姓名は、みな埋没してしまって分からない。

 

 

音楽と歌舞

古来から儀礼として重視されていた音楽と舞踊であったが、外来音楽と楽器の流入により、相当な発展をとげた。唐代には娯楽性も向上し、楽器の種類も大幅に増加した。合奏も行われ、宮廷では大規模な楽団による演奏が度々行われた。

初唐では九寺の一つである太常寺が舞楽を司る中心となり、宮廷舞楽のうちの雅楽を取り扱った。714年に「梨園」が設置され、300人の楽工が梨園弟子になり、後に宮女も加えられた。教坊は内教坊か初唐から置かれていた。この上、玄宗期に雅楽と区分された俗楽や胡楽、散楽を扱うことを目的とした左右教坊が増設された。胡楽は西域を中心とした外来音楽で、唐代の宮廷舞楽の中心であった十部楽のうちの大半を占めた。

 

宮廷音楽で歌われる歌の歌詞は唐詩が採用された。民間にも唐詩を歌詞にし、音楽にあわせて歌うものが現れ、晩唐には音楽にあわせるために書かれた詞を作られた。また、「闘歌」という歌の上手を競わせる遊びも存在していた。

舞踊は宮廷や貴族の酒宴ばかりでなく、民間の酒場や行事でも頻繁に行われた。外国から様々な舞踊が伝えられ、その種類も大きく増加した。様々な階層のものが舞踊を好み、楊貴妃や安禄山は胡旋舞の名手であったと伝えられる。

舞踊は、ゆったりした動きの踊りを「軟舞」、テンポが速い激しい踊りを「健舞」と分けられた。「胡旋舞」や「胡騰舞」は健舞に含まれた。伝統舞踊に外国からの舞踏が加わっていき発展していった。

唐代の宮廷では、楽団の演奏にあわせて大勢が舞踊を行うことで多かった。また、「字舞」と呼ばれる音楽とともに踊り、身体を翻す瞬間に衣の色を換え、その後に地に伏して全員で字の形を描くという集団舞踏も存在し、多い時は百人単位で行われた。

唐代の皇帝の中でも、玄宗が特に音楽がすぐれており、外国の音楽を取り入れた「霓裳羽衣の曲」を作曲したとされる。この曲とともに、楊貴妃が得意とした「霓裳羽衣の舞」が行われ、宮人が数百人で舞うこともあった。

安史の乱以後は、戦乱や、梨園の廃止、教坊の縮小とともに、楽工や妓女は地方に流れ、音楽や舞踊の普及は進んでいくことになった

17.  其二

(後蜀の後宮に美女がそろい、この春、寵愛を受ける妃賓に最高の飾り身支度に包まれ、それが久しく続くと詠う。)

蜀の都、成都の酒舗の女性から吹きになった卓文君を思わせる妃嬪について詠う。冒頭、舞台は蜀の都の成都、春には、新酒、蜀の名酒の燒春が用意され、続いて、女は薄紅色の化粧、鸞刺繍の帯、蓮の花模様の帳を垂れた部屋に住み、髪には芍薬の花飾りの金簪を挿して、最高の身繕いをしいることを述べる。後段は、花鈿の額の黄色い塗り化粧と、紅色の紗の袖から透けて見える腕輪を描く。最後の二句は何時までも寵愛が続いていることを描く。

『花間集』には牛嶠の作が四首収められている。

温庭筠、韋荘、女冠子参照。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-148《巻1-48 女冠子二首 其一》66首巻一48-〈48〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5437

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其二

(女の立場に立ち、男に寄せる思いを描く。)

18.【構成】唐の教坊の曲名。女冠は女道士の意。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句二仄韻二平韻、後段十八宇四句二平韻一仄韻で、❹❻③5⑤/❺⑤❺③の詞形をとる。

女冠子四首 其一

綠雲高,點翠勻紅時。月如

淺笑含雙靨,低聲唱小

眼看唯恐,魂蕩欲相隨。

玉趾迴嬌,約佳

●○○●  ●●○○○△ ●△○

△●○○● ○○●●○ 

●△△●● ○●●△○

●●△△● ●○○

双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句一平韻で、❹❻③5⑤/55③の詞形をとる。

女冠子四首其二

錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。

繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。

額黃侵膩髮,臂釧透紅

柳暗鶯啼,認郎

●○○●  ●●△○○● ●○○

●●○○● ○○●●○ 

●○△●● ●●●○○

●●○○● ●○○

 19. 錦江 成郡を流れる川。織り上げた錦をこの川で濯ぐと色が鮮やかになることから、この名がついた。

20. 卓女 前漢の卓王孫の娘、卓文君。司馬相如と駆け落ちして酒屋を開き酒のお燗に当たった。ここでは卓文君を借りて成都の洒舗の女を言う。

21. 燒春 蜀の名酒の名。

22. 濃美 味の濃く美味しいこと。芳醇。

23. 小煙霞 若く映しい女性がきれいに紫紅色の化粧をする。指女红鲜麗,如彩霞一片。檀:紫色。

24. 繡帶 帳に付けられた帯状の飾りを言う。

25. 額黃 化粧法の一つ。女の額にほどこす黄色の化粧法。額黄ともいい、古く漢代からあったといい、六朝時代をへて唐代までずっと行なわれていた。

『菩薩蠻 三』

蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。

相見牡丹時,暫來還別離。

金作股,上蝶雙舞。

心事竟誰知?月明花滿枝。

『菩薩蠻 三』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-3-3-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1628

26. 臂釧 腕輪。

27. ・春を告げる鶯が春が終わろうとするのに、何時までもなく、錦水、池のほとりの宮殿にこの春は、何時までも、寵愛が続く。

女冠子四首其三

28. 女冠詞四首その三(禁断の園には、今年も春の盛りが来て杏の花の香りに包まれる、一時期の寵愛であったかもしれないが、それを夢見て暮らすと詠う)

『花間集』には牛嶠の作が四首収められている。

温庭筠、韋荘、女冠子参照。

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20-529《女冠子二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-712-20-(529) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5107

女冠子四首 其一

綠雲高,點翠勻紅時。月如

淺笑含雙靨,低聲唱小

眼看唯恐,魂蕩欲相隨。

玉趾迴嬌,約佳

●○○●  ●●○○○△ ●△○

△●○○● ○○●●○ 

●△△●● ○●●△○

●●△△● ●○○

29. 【構成】双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句一平韻で、❹❻③5⑤/55③の詞形をとる。

女冠子四首其二

錦江煙,卓女燒春濃。小檀

繡帶芙蓉帳,金釵芍藥

額黃侵膩髮,臂釧透紅

柳暗鶯啼,認郎

●○○●  ●●△○○● ●○○

●●○○● ○○●●○ 

●○△●● ●●●○○

●●○○● ●○○

双調四十一字、前段二十二字五句三仄韻二平韻、後段十八宇四句二仄韻二平韻で、❹❻③❺⑤/❺⑤⑤③の詞形をとる。

女冠子四首其三

星冠霞,住在蘂珠宮。佩叮

明翠搖蟬,纖珪理宿

醮壇春艸,藥院杏花

青鳥傳心,寄劉

○△○△  ●●●○○● △○?

○●○○● ○○●●?

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○●△○● ●○○

 30. ・星冠 星の如く宝玉を鏤めた冠。

31. ・霞帔 白居易·霓裳羽衣歌:「虹裳霞帔步搖冠,鈿瓔纍纍佩珊珊。」

薄絹などで作った、女性の美しくて軽やかな衣装のこと。また、舞曲の名。もと西域から伝来したものという。一説に唐の玄宗が仙人と月宮に遊び、仙女の舞を見たが、玄宗はその音調を覚えて帰り、楽士にそのとおり作らせたのがこの楽曲という。楊貴妃ようきひはこの舞を得意としたとされる。▽「霓裳」は虹にじのように美しいもすそ(スカート)の意。「霓」は虹。「羽衣」は鳥の羽で作った軽い衣。天あまのはごろも。天人や仙人が着て空を飛ぶという。

32. ・帔 とは。意味や日本語訳。古代の女性の刺繍(し/しゆう)つきの肩掛け. 

33. 蘂珠 粉心黃蘂は額の中心に黄色い化粧をぬること。その中心の真珠を付ける。

34.  身に帯びる。「佩剣・佩刀・佩用/帯佩」腰につける飾り。「玉佩」心にとどめて忘れない。

34. ・叮 (1) (蚊やノミが)刺す,かむ被蚊子叮了一下蚊に刺された.(2) 問い詰める,しつこく尋ねる叮了她一句念を押すように彼女に尋ねた.

35. ・ 鐘の音を表す擬声語。

36. ・纖〔繊〕【せん】ほそい。こまかい。「繊維・繊細・繊繊・繊毛」繊維。

37. ・珪  主に石英粒からなる砂。花崗岩(かこうがん)などの風化で生じる。珪石を粉砕した人工珪砂もある。ガラスの原料、鋳物砂、研磨材に使用。石英砂。

38. ・宿妝 宵越しの化粧。岑参《醉戯子美人》詩「朱唇一点桃花殷,宿妝嬌羞偏髻鬟。」 

「宿粧」

 

溫庭筠

巻一03菩薩蠻十四首其三

蘂黃無限當山額,宿粧隱笑紗窗隔。

溫庭筠

巻二04遐方怨二首其一

宿粧眉淺粉山橫,約鬟鸞鏡裡,繡羅輕。

牛嶠

巻四03女冠子四首其三

明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

顧夐

巻六34虞美人六首其一

宿粧猶在酒初醒,翠翹慵整倚雲屏,轉娉婷。

39. ・醮 中国における道教の祭祀の一つ。《隋書》経籍志の道経序録によれば,醮とは災厄を消除する方法の一つで,夜中,星空の下で酒や乾肉などの供物を並べ,天皇太一や五星列宿を祭り,文書を上奏する儀礼をいう。

40. ・藥院 禁苑の囲いを凝らして出入りを禁じたところ。男子禁制の道女のいるところ。

41. ・青鳥 青色は五行思想方位で東に当たる。春の神を青帝ともいう。また靑鳥は天上の女神西王母の侍女でもある。そこでここは、青い鳥が春の使者として訪れたことをいうのであろう。恋の使者(青鳥 仙界とのなかだちをするという青い鳥、恋の使者である。この島に棲む青い鳥が使者である。仙女西王母の使いの鳥。杜甫「麗人行」にもある。お誘いの手紙を届けるものを指す。)

42. ・劉郞 仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 

女冠子四首

43. (春の日中、後宮の寝殿の庭で鶯のように語り合い、二つ並んで飛び、二つ揃って舞う、若くして子を作り、連枝に名を縫いこまれはしても、花が散るように、忘れ去られ、妃嬪は涙をするばかり。

『花間集』には牛嶠の作が四首収められている。

温庭筠、韋荘、女冠子参照。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-149《巻1-49 女冠子二首 其二》66首巻一49-〈49〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5442

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊144《巻三43女冠子二首其一》巻三4344-〈144〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5922

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊145《巻三44女冠子二首其二》巻三4445-〈145〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5927

《巻四42女冠子四首 其一》『花間集』193全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6237

 

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16-459《女冠子二首,其一》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-642-16-(459) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4757

16-460《女冠子二首,其二》九巻 鹿虔扆Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-643-16-(460) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4762

19-488《女冠子二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-671-19-(488) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4902

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20-528《女冠子二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-711-20-(528) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5102

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44. 【構成】女冠子四首 其一

綠雲高,點翠勻紅時。月如

淺笑含雙靨,低聲唱小

眼看唯恐,魂蕩欲相隨。

玉趾迴嬌,約佳

●○○●  ●●○○○△ ●△○

△●○○● ○○●●○

●△△●● ○●●△○

●●△△● ●○○

双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句一平韻で、❹❻③5⑤/55③の詞形をとる。

女冠子四首其二

錦江煙,卓女燒春濃。小檀

繡帶芙蓉帳,金釵芍藥

額黃侵膩髮,臂釧透紅

柳暗鶯啼,認郎

●○○●  ●●△○○● ●○○

●●○○● ○○●●○

●○△●● ●●●○○

●●○○● ●○○

双調四十一字、前段二十二字五句三仄韻二平韻、後段十八宇四句二仄韻二平韻で、❹❻③❺⑤/❺⑤⑤③の詞形をとる。

女冠子四首其三

星冠霞,住在蘂珠宮。佩叮

明翠搖蟬,纖珪理宿

醮壇春艸,藥院杏花

青鳥傳心,寄劉

○△○△  ●●●○○● △○?

○●○○● ○○●●?

△○○●● ●△●○○

○●△○● ●○○

双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句一平韻で、❹❻③❺⑤/❺⑤❺③の詞形をとる。

女冠子四首其四

雙飛雙,春晝後園鶯。卷羅

錦字書封,銀河鴈過

鴛鴦排寶,荳繡連

不語勻珠,落花

○○○●  ○●●○○● △○○

●●○△● ○○●△○

○○○●● ●●●○○

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雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。

離れる事は無いと二つ並んで飛び、二つ揃って舞う、春の日中、後宮の寝殿の庭で鶯のように語り合う、そして、仙郷月宮に遊び、うす絹で袋のように包まれ、巻かれる。

45. 雙飛雙舞 雙飛:雌雄並び飛ぶ。夫婦愛離れない喩え。雙舞:並び舞う。二つ揃って舞う。白居易、《憶江南〔三〕》「江南憶,其次憶呉宮。呉酒一杯春竹葉,呉娃雙舞醉芙蓉。早晩復相逢。」 (江南の憶ひ,其の次に 憶ふは呉宮。呉酒 一杯 春竹葉,呉娃 双び舞ふ 醉芙蓉。早晩 復た 相ひ逢はん。

46. 卷羅幃 うす絹で袋のようにつつまれまかれる。白居易·霓裳羽衣歌:「虹裳霞帔步搖冠,鈿瓔纍纍佩珊珊。」

薄絹などで作った、女性の美しくて軽やかな衣装のこと。また、舞曲の名。もと西域から伝来したものという。一説に唐の玄宗が仙人と月宮に遊び、仙女の舞を見たが、玄宗はその音調を覚えて帰り、楽士にそのとおり作らせたのがこの楽曲という。

 

錦字書封了,銀河鴈過遲。

すぐれて美しい詩句、書、慕って送る手紙もすべてやりつくし、銀河をとぶ、あの雁さえも過ぎ去るときも遅くなる。

47. ・錦字 すぐれて美しい詩句。婦が夫を慕って送る手紙。前秦の竇滔の妻、蘇氏が廻文詩を錦に織り込み夫に贈った故事。

48. ・封【ふう】あるものを空間的に閉じこめ,内外の空間の間の相互干渉を遮断するためのしるし。この空間は,文書の封のように物理的に設定されたものもあれば,たとえば地震鯰を封じこめるために鹿島神宮の要石によって作られたそれのように,呪術的に設定されたものもあった。文書の場合,現在の封筒のようにして作られた空間の封じ目に,〆や封などのしるしを印判や手書きで加えることによって封が完成するが,このしるし自体に空間を守る呪力がそなわっており,したがって封印で守られる空間も単なる物理的なそれではないと意識されていたところに,前近代の封の特質がある。

 

鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。

鴛鴦は宝の幃の中で排卵をし、にくづくの花のように、若くして子を作り、連枝に縫いこまれる。

49. ・排 左右に押し開く。「排闥(はいたつ)押しのける。のけものにする。「排外・排撃・排除・排斥・排他・排日」外に押し出す。「排気・排出・排水・排泄(はいせつ)・排尿・排卵」順に並べる。

寶帳 美しい帳。南朝·宋·鮑照《代陳思王京洛篇》「寶帳三千萬,為爾一朝容。」

50. ・荳繡連枝   ・荳 草の名、にくづく。花が葉間に生ずる。その形から、南方では少しく開いた花を含胎花といい、歳が若くして妊娠することをいう。ナツメグ。ニクズク科の常緑高木の一種である。またはその種子中の仁から作られる香辛料。和名はニクズク。 アンズに似た卵形の黄色い果実をつける。果実は成熟すると果皮が割れ、網目状の赤い仮種皮につつまれた暗褐色の種子が現れる。 この仮種皮を乾燥させたものが香辛料の1つ、メースである。

種子全体または種子の仁を取り出し、石灰液に浸してから乾燥させ、粉砕したものを香辛料のナツメグとする。種子を直接、おろし金で挽いて用いる場合もある。種子は肉荳蔲という生薬名で、収斂、止瀉、健胃作用がある。

 

不語勻珠淚,落花時。

そして、花が散る時がやってくる、いま、語る人もなく真珠の玉のような涙をおとしつづける。

51. ・勻 ①すくない。②わかれる。③あまねし。④ととのう。⑤ひとしい。⑥におう。

52. ・不語=珠淚 (落花時)

 

 53.

文宗の時代、宮人の沈阿翹は歌と舞いが上手な上、また作曲と演奏もできた。彼女が「何満子」(宮廷妓の何満子が作った作品)という舞曲を演じた時には、音の調べ、舞う姿ともやわらかくしなやかで流れるように素晴らしかった。「涼州曲」という一曲を演奏した時なぞは、音が清らかで哀調を帯び、文宗はこれぞ天上の音楽であると称讃した。そして最も優れた才能をもつ宮人を選んで彼女から芸を学ばせた。後に、この女性は宮中を出て秦という姓の男に嫁した。夫が出張していた時、『翹制曲』「憶秦郎」(秦郎を憶う」という一曲を作って、遥かに思慕の情を寄せた(『古今図書集成』「閏媛典閏藻部」、『杜陽雄編』巻中)。

泰娘は貴族の家の家妓であった。多芸多才で、歌舞弾奏なんでも窮めないものはなく、当時、都の貴顕の子弟は争って泰娘の名を伝えた。劉南錫は「泰娘の歌」を作ってその経歴を記している。

武則天の時代に、もう一人よく歌曲を作る無名の宮人がいた。その夫は菟罪で獄に陥ち、自分も籍没されて宮中の婦女にされた。彼女は日頃、篳篥を上手に吹き、また音律にもよく通じていた。

 

そして、「離別難」(別れの苦しみ)という曲を作って、自分の悲しみと恨みの気特を托した(『楽府雑録』「離別難」)。

楽器に精通している女性などは、数えきれぬほどたくさんいた。宰相宋璟の娘の宋氏は獦鼓(インドから中央アジアを経て伝わった太鼓の一種)を専門に習い、その技量はかなり高度な水準に達していた(南卓『掲鼓録』)。楊志の父方の叔母は、もともと宮妓であり、琵琶の演奏で一世を風廃した女性であった(『楽府雑録』「琵琶」)。ひじょうに多くの唐詩の諸篇に、楽器を演奏する高度な技術と妙なる音声を持つ女性たちのことが描かれている。白居易の有名な詩「琵琶行」には、次のように琵琶妓の絶妙な技術と芸術的な影響力とが生々と描かれている。

 

 

 

 

【字解集】 B.夢江南二首 

夢江南二首其一

1. (春の盛りツバメの巣作りの時期に、この家の主は、江南の若い女を迎え入れた、人々から、杏の梁で作った邸宅のことを「馬鹿御殿」と呼ばれている。此れを縁起がいいことというのだろうかと詠う)

2. 【解説】

・杏で梁、桂の柱、高官や貴族、商人の家にツバメの巣作りの時期に、若い女性が迎い入れられた。こんな奢侈の家がいい家なのだろうか、牛嶠の比興手法、皮肉の詩と考える。細腰、柳腰、燕など十七、八から二十歳にかけての女性を身請けして、愛妾とした。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。

・白居易の「憶江南」「江南好,風景舊曾諳。 日出江花紅勝火,春來江水綠如藍。 能不憶江南。」「夢江南」と「憶江南」は同一詞調。(江南好し。風景 旧【もと】より 曽て諳【そら】んず、日出づれば 江花 紅きこと火に勝り。春来れば 江水 緑なること 藍の如し、能く 江南を 憶はざらんや。)江南は素晴らしい。その風景はずっと昔から私の記憶に焼きついている。太陽が昇ると江上の花は火のように真っ赤に見え、春が来れば江の水は藍のように緑色になる。どうして江南を慕わずにいれよう。

3. 【構成】・『花間集』には牛嶠の作が二首収められている。単調二十七字、五句三平韻で、37⑦⑤の詞形をとる。

㘅泥鷰、飛到畫堂
占得杏梁安穩處、體輕唯有主人憐、堪羨好因


4. 㘅泥鷰 ツバメの巣作り。ツバメは渡り鳥で、色々な環境を察知する。したがて、居心地の良い環境、奇麗な環境、温度湿度的にもいい環境を選んで巣を作る。自然の摂理に適った家は風水的にも良いし、縁起がいいことおもわれていた。また、賑やかな所に巣をつくるのは、天敵から身を守る能力が低いので、人の出入りの多いところは、天敵であるカラスやヘビが近づきにくいということがあった。古代女性は、嫡男を求められている時期にいかに生むことができるか、それが女性の生きていく重要な点であった。母としての地位が確立されることは、絶対安定の最重要ポイントである。したがってさまざまな縁起の良いのもを気にした。

 5. 杏梁 杏の花、杏の実を彫刻した立派な梁。比興手法である。作者牛嶠が最も影響を受けた白居易は《杏為梁》(杏を梁と為す)「刺居処奢也」(居処の奢りを刺【そし】るなり)白居易が新楽府《杏為梁》の中で「杏為梁,桂為柱」=「杏を梁と為し,桂を柱と為す」ような邸宅は「馬家宅」として皮肉っている。これを後世の人が「刺居処奢也」の歌であると評価した。長安の富貴・貴族の邸宅の奢侈ぶりを風刺したものであるということで,「刺」は「風刺」の刺であり,「そしる=謗る」の意味。

【杏為梁】  白居易

杏為梁,桂為柱,何人堂室李開府。

碧砌紅軒色未干,去年身歿今移主。

高其牆,大其門,誰家第宅盧將軍。

素泥朱板光未滅,今歳官收別賜人。

開府之堂將軍宅,造未成時頭已白。

逆旅重居逆旅中,心是主人身是客。

更有愚夫念身後,心雖甚長計非久。

窮奢極麗越規模,付子傳孫今保守。

莫教門外過客聞,撫掌回頭笑殺君。

君不見馬家宅,尚猶存,宅門題作奉宸園。

君不見魏家宅,屬他人,詔贖賜還五代孫。

儉存奢失今在目,安用高牆圍大屋。

このタイトルや本文に書かれているのは、「杏(あんず)の木を梁(はり)にしたり、桂(かつら)(日本では、金モクセイなどの木の事)の木を柱にするような贅沢な家は、「馬家宅」だと皮肉った内容で、長安の貴族の豪邸の贅沢ぶりを皮肉った。

6. 安穏処 落ち着いて身の置ける安全な場所。ツバメにとっては、安全な場所である。

7. 体軽唯有主人憐 燕の軽やかな身のこなしは館の主の愛情を独り占めにしていること。細腰、柳腰、燕など十七、八から二十歳にかけての女性。

8. 好因縁 良い巡り合わせ。

夢江南二首其二

9. (富貴の家に迎えられて、何不自由のない、愛された生活をしたが、いつしか、籠の鳥のような生活、何もせず、ただ寵愛を受けたいとおもうだけの生活をする毎日となったと詠う。)

10. 【解説】この詩は、その一の続編というべきものであるが、意味、語句についても新しいものはないし、おもしろさもない、具民歌的なものである。

<家妓>高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。

(鴛鴦の仲睦まじくしているのを見て、自分の気持ちは今も変わらずあの人を愛し続けていることを詠う。)

一夫多妻制のころの男女の心の持ち方は理解するのがむつかしい。

10.【構成】『花間集』には牛嶠の作が二首収められている。単調二十七字、五句三平韻で、37⑦⑤の詞形をとる。

紅繡被  兩兩間鴛
不是鳥中偏愛爾  為緣交頸睡南塘、全勝薄情

  
   

 

紅繡被,兩兩間鴛鴦。

やがて、江南から来た乙女だった女は頬を赤く染めるようになり、刺繍の肩掛けを被う、屏風の画に二つの鴛鴦がいて、寝牀にもふたつのおしどりが間をあけている。

11. 紅繡被 ・紅 女盛りの女妓をいう。

 

不是鳥中偏愛爾,為緣交頸睡南塘,全勝薄情郎。

鴛鴦のような生活も過ぎて仕舞えばつかの間こと、もう、籠の中の鳥になって、ただ愛を待つだけになったが、それまでは、南側の渚や堤で静かに愛を育む、何の心配もいらないおしどりの小さな幸せをつかんだ。いま、何もする気になれず、すべてのことはあの情が薄い劉郎のことに堪えることだけだ。

12. 不是 前の句を否定する、鴛鴦のような生活も過ぎて仕舞えばつかの間こと、というほどの意。

13. 鳥中偏愛爾 籠の中の鳥になって、ただ愛を待つだけになったことをいう。‣偏愛 ある物や人だけをかたよって愛すること。また、その愛情。

14. 為緣交頸睡南塘 鴛鴦が南側の渚や堤で静かに愛を育む、何の心配もいらない、小さな幸せを表現するもの。

15. 全勝薄情郎 全勝:全ては堪えること。心変わりをした情けの薄い情郎のこと。

‣薄情郎 夢のような付き合いをしたのにもう心変わりをした情けの薄い男を云う。この時代の情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。

‣劉郞 仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 

‣阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。

潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

 

作者

 

劉禹錫 

 

憶江南其一「春去也,多謝洛城人。弱柳從風疑擧袂,叢蘭裛露似沾巾。獨坐亦含嚬。」

憶江南其二「春去也。共惜豔陽年。猶有桃花流水上,無辭竹葉醉尊前。惟待見青天。」

白居易

憶江南其一「江南好,風景舊曾諳。日出江花紅勝火,春來江水綠如藍。能不憶江南!」

 憶江南其二「江南憶,最憶是杭州。山寺月中尋桂子,郡亭枕上看潮頭。何日更重游。」

憶江南其三「江南憶,其次憶呉宮。呉酒一杯春竹葉,呉娃雙舞醉芙蓉。早晩復相逢。」

 

 

 

 

 

【字解集】 C.感恩多二首 

感恩多 二首之一

1. (富貴の者に嫁げば、何の不自由もないと思っていたのに、春が来たというのに、音沙汰がなく、取り合ってもらえないばかりか、寄り付きもしない、桃李の枝を折って縁起をかついで心を癒す、「帰ってやろう」と思ってほしいと詠う。)

2. 【解説】前段は、頬を濡らす二筋の涙には、どれほどの愁いが込められているかと自問し、史記に「諺曰、桃李不言、下自成蹊。」謂う、女に葉も魅力がないのか、いや、断じてそうではない、桃李の花の枝を手折って入り口に飾って縁起をかけて愁いを解こうとし、「男が家を思い起こして早く帰ってきてくるよう」願を掛ける、切ない願いを語る。

 

3.【構成】唐の教坊の曲名。『花間集』には牛嶠の二首のみ所収。双調三十九字、前段十八字四旬二灰韻二平韻、後段二十一字五句三平韻で、❺❺⑤③/6③③4

感恩多二首其一

兩條紅粉,多少香閨

強攀桃李,斂愁

陌上鶯啼蝶舞,柳花

柳花,願得郎心,憶家還早

 
 
 
  

4. 作者:牛嶠 【花間集ID-5 牛嶠(生卒年未詳、)】字は松卿、また延峰という。隴西(甘粛省)の人。唐宰相牛僧孺の子孫にあたるという唐僖宗の乾符五年(878)の進士。唐朝に仕えて、拾遺・補闕・校書即の官を歴任した。王建が節度使となって蜀(四川)を鎮めたとき、招かれて判官となった。

王建が蜀国を建ててから、蜀に仕えて給事中の官を拝した。よって牛給事とよばれている。博学で文学をよくし、詩歌においてはとくに名があらわれていた。ひそかに李賀(長吉)の歌詩を慕って、筆をとればただちにその詩風にならうことが多かったといぅ。詞はとくにその長ずるところで、女冠子詞の「繍帯芙蓉帳、金紋芍薬花」とか、菩薩蛮詞の「山月照山花、夢回鐙影斜」などはかれの佳句として知られていたといぅ。いわゆる花間沢とよばれる一派のなかで、況庭箔の詞風をうけてその辞句の美しきや情味の深いことでとくにすぐれた詞人である。集三十巻歌詩三巻があったというが今わずかに一部分が伝わるだけである。詞は花間集に三十二首を収めている。

5. 紅粉淚 ほほべにを崩してこぼれ落ちる涙。

6. 多少 いかばかり、どれほど。

7. 香閏意 孤閏の思い。

8. 強攀桃李枝 桃やすももは何も言わないが、実がおいしいので人が集まり、その下には自然に道ができるというものだから、無理やりに心をひきたて桃やスモモの花の枝を折り取る。美しい花を折り取って自ら愁いを慰めることを言う。「桃李不言、下自成蹊。」(桃李、もの言わざれど下自ら蹊を成す)《『史記』李将軍伝賛》「余睹李將軍悛悛如鄙人、口不能道辭。及死之日、天下知與不知、皆爲盡哀。彼其忠實心誠信於士大夫也。諺曰、桃李不言、下自成蹊。」余、李将軍を睹るに悛悛として鄙人の如く、口、道辞すること能わず。死するの日に及び、天下か、知ると知らざると、皆為めに哀しみを尽くす。彼の其の忠実の心誠まことに士大夫に信ぜらるるなり。諺に曰く、桃李 言わざれども、下 自ずから蹊を成す、と。

〔解釈〕 桃やすももは何も言わないが、実がおいしいので人が集まり、その下には自然に道ができる。りっぱな人のもとにも自然と人が慕い集まることのたとえ。

9. 斂愁眉 「斂眉 愁」、斂眉:まゆをひそめる。

10. 柳花 綿毛の生えた柳の種。柳絮というのは浮気男を示す言葉であり、春の盛りに他の女のもとに行っていることのうわさが飛んでくる。一夫多妻制の時代、女はただまっていることしか方法はない。

11. 郎心 郎心:「憶家、還早歸」浮気者の男の心に「女の家のことを思い、またすぐに帰ろうとしてくれる」

12. 還 やはり帰ってきてほしいという気持ちをいう。

(感恩多 二首其の二)

13. (感恩多 二首其の二:丁香のような固い思い、同心結で誓って送り出したが、帰って来ないばかりか、いくら書簡を送っても、連絡もない。月に礼拝して男の心を変えてもらいたいと女の心情を詠う。)願わくばシリーズ第2弾! 

14. 【解説】男と南の入り江で別れたとある、春の東から初夏の南と時間の経過を感じさせる。その時間経過は、女の蕾を女盛りを過ぎようとする時間経過も感じさせる。ただ、この詩は、前半の「丁香結」に対して、後半の“禮月求天,「願君知我心」”というのがすべてである。牛嶠は、男というものが、外に出れば、外に女がいるものである。夫を待つ女性というものはおおよそこんなふうにして泣いているし、月に願をするものだろう。牛嶠は、時代を客観的に見た詩であって、いわゆる中唐期から流行した「比興体制」手法というものである。ここに登場する女性は、長江下流域の商家の嫁ということであろう。

 

15. 【構成】唐の教坊の曲名。『花間集』には牛嶠の二首のみ所収。㈱ほ、双調三十九字、前段十八字四旬二灰韻二平韻、後段二十一字五句三平韻で、❺❺⑤③/6③③4

自從南浦  愁見丁香
近來情轉  憶鴛
幾度將書托煙鴈  淚盈
淚盈  禮月求天 願君知我

  
  
  
   

 16. 自從 〜から。

15. 南浦 南の入り江の津。船で行く男を見送る別離の場を象徴する。都市として考えられるのは、洛陽、成都、鄂州、揚州、抗州のように城郭の南に港がある所である。

『荷葉杯』其三 

楚女欲歸南浦,朝雨,濕愁紅。

小船搖漾入花裏,波起,隔西風。

・南浦 長江下流域の江南の港、浙江省、会稽、紹興をいう。

春から初夏への経過を感じさせ、女盛りを過ぎようとする時間経過も感じさせる。下句の「西風」で完全に別れてしまったことを感じさせるものである。

荷葉盃 三首 其三 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-306-5-#60  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3077

16. 丁香結 クローブの花蕾は釘に似た形をしているため、中国では「釘」と同義の「丁」の字を使って「丁香」、「丁子」の名があてられ、非常に強い香気を持っているので、百里香という別名もある。固い蕾を示し貞操を表し、同心結の意味をもめての造語である。同心結を表す語。若くして、夫を見送る女性の心を表現するものである。おそらく、後半のの句に「書托煙鴈」の書簡に丁子の一粒を張り付けて贈ったということ。

17. 憶鴛衾 オシドリ模様の掛け布団を偲ぶ。旅の空、他の女性の家で過ごしていることを思って、嫉妬を表現するのではなく、帰ってこないことを心配する。現代の間隔とは違っている。

18. 幾度將書托煙鴈 何度も手紙を送ったが、手紙にはなしのつぶてであったこと。将は〜を。雁は手紙を運ぶ使者。煙鴈は雲間を飛んでゆく雁。伝書の意味。これと同じものは温庭筠にもある

溫庭筠  《菩薩蠻 十》
滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
小園芳草綠,家住越溪曲。
楊柳色依依,燕歸君不歸。

(若耶渓の西施が見初められた出会いのように寵愛を受けたが、離宮に、避暑地に行くことは、別の妃嬪の所に行くことでお越しになることはないと覚悟して生きていくと詠う)

温庭筠《酒泉子 (四)》

楚女不歸,樓枕小河春水。

月孤明,風又起,杏花稀。

斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。

八行書,千裏夢,雁南飛。

いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。
・八行書 寵愛を受けていたころに贈られた行七字で八行の格調高い男性の楽府・律詩の短い手紙。ここでは尽くせぬ思いを八行、一行七字の手紙に凝縮して愛を書いたことを意味する。六朝より、高貴な人が書く詞詩をいう。平仄、韻を踏んで作るのは高度で、常時詩人の作られせることができる人物に書かせたということであろう。・千裏夢 後宮という狭い空間なのに、それが千里の遠い、儚い夢となっていることをいう。この夢と初句の「楚女」を夢に見たことに基づいてこの詩が出来上がっている。楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。・雁南飛 狩が南に飛び帰って行くけれど、妃嬪であるが故、南の楚の国に帰ることもできず見上げるだけなのであるという意味。雁は匈奴に捕らわれた漢の蘇武が、雁の脚に手紙を結わえて放った故事から、手紙を運ぶ使者を意味する。

19. 禮月求天 月に拝礼して、天運を求める。禮月は拜月。禮:拜。自分がどれほど思っていたとしても、相手の心が変わらなければ、自分のもとに帰ってこないということを前提にして、天にその心の変革を求めたのである。月を崇拝していのること。

 

 

代贈二首 其一

樓上黄昏欲望休、玉梯横絶月中鉤。

芭蕉不展丁香結、同向春風各自愁。

 高楼にたそがれがせまる、あなたがおいでくださらないか、遙か小道を眺めることはしないことにしました。輝く綺麗な階段にあなたの姿は、楼閣を結ぶ渡り廊下橋が横たわり、空に浮かんでいるのは、鉤のように細い月、何を見てもあなたとのこと。

硬く丸まった芭蕉の葉、硬く結ばれた丁子のつぼみ、ともに春風に吹かれながらそれぞれの悲しみをかかえ、愁えているのだ。

 代わりて贈る二首 其の一

楼上 黄昏 望まんと欲して休め、玉梯 横絶す 月中の釣。

芭蕉は展びず 丁香は結ぶ、同に春風に向かいて 各自愁う。

代贈二首 其一 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 97

 

代贈二首 其二
東南日出照高樓、樓上離人唱石州。

總把春山掃眉黛、不知供得幾多愁。

冬の夜長冬枯れの寂しさのただよう高楼にやっと日の出で日差しがさして来た。北方の塞の見張り台にいるだろう出征の兵士のあのひと、待ちわびる女同士では「石州」を歌い唱和している。
あなたのいない今、あまたの男を相手にしてきたが眉墨でまゆを画く、自分も年を取ってきた、幾多の愁いを伴ってここまで来たのだがどこまで知ってくれているだろう。

東南 日出でて高楼を照らす、楼上の離人 石州を唱う。
総て春山を把って眉黛を掃う、知らず 幾多の愁いを供し得たるかを。

代贈二首 其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 98

 

 

 

【字解集】 D. 應天長二首 

應天長二首 其一

1.(天運に随えばこれほど恵まれるものか、春が来れば鶯が恋の歌を歌い、杏の花が雪のように咲く、秋になれば空高くあがった月のように、愛情あふれる生活を詠う詩)

2. 應天長 天命にしたがって、穏やかな日を過ごすことが久しく続くという意味を込めた詞牌、商宮隻曲。・應天:天に随う。天命に応ずる。・長:ながらえる。おだやなに。」とこしえに。

 3. 【構成】・應天長:詞牌の一。《花間集》 には牛嶠の作が二首収められている。双調五十字、前段二十七字五句四仄韻、後段二十三字五句四仄韻で、❼❼❼❼/❺❻❻❺の詞形をとる。
應天長二首其一  牛嶠

玉樓春望晴煙  舞衫斜卷金調
黃鸝嬌囀聲初  杏花飄盡攏山
鳳釵低赴  筵上王孫愁
鴛鴦對㘅羅  兩情深夜

  
  
  
  

双調五十字、前段二十七字五句四仄韻、後段二十三字五句四仄韻で、❼❼3❸❼/3❸❻❻❺の詞形をとる。

應天長二首其一  韋莊

綠槐陰裏黄鶯。深院無人春晝

畫簾垂、金鳳。寂莫綉屏香

碧天雲,無定。空有夢魂來

夜夜綠窗風。 斷腸君信

 
  

  
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-14韋荘92《巻2-42 應天長二首其一》二巻42-〈92〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5662

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-15韋荘93《巻2-43 應天長二首其二》二巻43-〈93〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5667

4. 玉樓春 ①美しい高殿。②雪の積もった樓閣。③肩をいう。玉樓銀海。(肩と目=道教の語)玉樓春:牡丹の花の名。戯曲の名。

5. 舞衫 舞いをする者の衣。舞い衣。

6. 斜卷 斜:ななめにする。よくない。卷:巻く。曲げる。巻物書物。美しい髪。

7. 調 調子を整えたりしたかと思えば外れる。

8. 黃鸝 コウライウグイスは、動物界脊索動物門鳥綱スズメ目コウライウグイス科に分類される鳥。

9. 嬌囀 あでやかに。なまめかしく。鳥交る解説春、鳥たちは繁殖期を迎え、恋の歌をうたう。これが囀。鳥の鳴声は四季を通して聞くこ とができるが、季語としての「囀り」は春の求愛の鳴声のこと。

10. 歇 1) 休息する歇一会儿ひと息入れる.(2) 停止する,中止する.(3) 《方》寝る,眠る.《方》短い時間,しばらくの間一歇ごく短い時間.

11. 杏花 進士試験の合格発表があり、長安は無礼講、曲江の杏園において謁見する。この日は自由恋愛が横行する。

12. 攏山雪 山に降り積もった雪を集める。・攏 (1) 合わせる,まとめる笑得不上嘴笑いで口がしまらない.拢账帳簿をしめる.(2) 離れぬようにする,一つに集める柴火薪を束ねる.(3) (髪を)とかす拢头发髪をとかす.(4) 到着する,近づく.

13. 山雪 女として雪のような肌を横たえた。

 14. 鳳釵 鳳凰の簪

赴節(赴節) 1.應和着節拍。

 王粲 《七釋》: “邪睨鼓下, 伉音赴節。”

 陸機 《文賦》: “舞者赴節以投袂, 歌者應弦而遣聲。”

 劉禹錫 《竹枝詞序》: 正月, 余來 建平  里中兒聯歌《竹枝》,吹短笛擊鼓以赴節。”

 鈕琇 《觚賸‧逍遙居士》:  蒲衣子 性嗜音, 常自度曲, 孝先 倚而和之, 瑤湘 吹洞簫以赴節。”

2.為保全節操而犧牲

 陸機 《答賈謐》詩: 雄臣騰騖, 義夫赴節。”

 陸機 《演連珠》之十四: “貞女要名於沒世, 烈士赴節於當年。”

3.響應軍令, 奔赴戰場。 節, 指符節, 兵符。

 張華 《勞還師歌》: 積勢如鞹弩, 赴節如發機。”

4.指作詩填詞合乎格律。

況周頤 《蕙風詞話》卷二: “往往獨到之處, 能以中鋒達意, 以中聲赴節。”

王孫 帝王の子孫。また、貴族の子弟。ツクバネソウの別名。

 15. 㘅 馬嚼子。橫在馬口裡駕馭馬的金屬小棒。 2. 含,口含物。3. 接受;擔任。 4. 感謝;感激。 5. 恨,懷恨在心。 6. 互相連接。 7. 官階。官位銜接晉陞的名稱。

16. 羅結 古代の女性の主な仕事は機を織ることで女としての役割を果たしたという意味。羅(ら、うすもの)は絡み織を用いた、目の粗い絹織物の一種。もともと羅とは鳥や小動物などを捕獲するための網を意味する言葉だったが、絹で織った網のような薄物を指す言葉にもなった。紗や絽と同じく生糸や半練糸を用いる捩織(もじりおり)と言って、経糸を絡み合わせた間に緯糸を通す織り方をする薄く透き通った織物の一種。紗や絽が経糸2本を絡み合わせるのに対して、羅は3本以上の経糸を絡ませて織り目が網のような見た目になるのが特徴。

應天長二首 其二

17. (別離の後、手紙では、口先だけのうまいことを言うだけで、誠実さに欠けた男とおもうのに、また、騙される言葉であるのに、なぜか、期待して待っているという女の心を詠う。)

18.【解説】前段は、逢瀬の女の喜びについて述べる。「寶帳の鴛鴦」は帳の鴛鴦模様であると同時に、鴛鴦のように過した日々のことをいい、「春睡美」は、交歓の後の床の中の幸せに満ちあふれた至福の眠りを指す。後段は、男が去った後の悲しみの日々を詠うが、男は手紙に心にもない「相い思うて憮俸す」といった言葉を書き送って来るけれど、見飽きた、聞き飽きたと思っているけれど、「腸断」という人を欺く言葉は信じないとおもうけれど、どこか「早く帰ってきて」と希望の気持ちを抱かさせるものである。

この詩は、前半に男の優しさを知った女を描くことで、最後の二句「莫信綵牋書裏,賺人腸斷字。」という女妓の使う文選、人を欺く言葉ということの裏側に、その男の優しさを何処かで待っている女の心を詠っているのである。この詩を単純に棄てられた女が男に恨みを持って歌うという、前回の解釈は正しくない。こういう解釈の方が、牛嶠の詩を正しく読み取ることになる。

19. 應天長 天命にしたがって、穏やかな日を過ごすことが久しく続くという意味を込めた詞牌、商宮隻曲。・應天:天に随う。天命に応ずる。・長:ながらえる。おだやなに。」とこしえに。

 19. 【構成】・應天長:詞牌の一。《花間集》 には牛嶠の作が二首収められている。双調五十字、前段二十七字五句四仄韻、後段二十三字五句四仄韻で、❼❼❼❼/❺❻❻❺の詞形をとる。
應天長二首其一  牛嶠

玉樓春望晴煙  舞衫斜卷金調
黃鸝嬌囀聲初  杏花飄盡攏山
鳳釵低赴  筵上王孫愁
鴛鴦對㘅羅  兩情深夜

  
  
  
  

双調五十字、前段二十七字五句四仄韻、後段二十三字五句四仄韻で、❼❼3❸❼/3❸❻❻❺の詞形をとる。

應天長二首 其二

雙眉澹薄藏心  清夜背燈嬌又
玉釵橫  山枕膩 寶帳鴛鴦春睡

別經時 無恨  虛道相思憔
莫信綵牋書  賺人腸斷

  
  
  
  
  

應天長二首其一  韋莊

綠槐陰裏黄鶯。深院無人春晝

畫簾垂、金鳳。寂莫綉屏香

碧天雲,無定。空有夢魂來

夜夜綠窗風。 斷腸君信

 
  

  
 

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20. 澹薄 あっさりとしてむよくなこと。澹泊におなじ。

21. 藏 1 中にしまっておく。隠して表に現さない。2 物をしまっておく建物。くら。3 すべてを包括するもの。

22. 心事 ①意中、こころにおもうこと。謝靈運《<擬魏太子“鄴中集”詩‧徐幹>序》: 少無宦情, 有箕潁之心事, 故仕世多素辭。”②ここに思うことに遭遇したこと。③人に言えない哀しみ嘆き。心配事,悩み事。了結心事:悩みが片付く.

23. 背灯 灯火に背を向ける。就寝の時、人に顔の表情を読み取られまいとしたり、はじらいを隠そうとする際、明かりを避けるために行う。

24. 玉釵横 玉飾りの簪が枕の傍らに抜け落ちているさま。男女の交わりを云う。

25. 山枕 山形の枕。枕のこと。温庭筠の更漏子詞に「山枕蹴、錦余寒」、顧夐の甘州子詞に山枕上、長是怯農鐘」とある。ただ、「山」羅衣を着て横になる女性の姿という意味もある。

26. 鴛駕 オシドリ。閨の布団の絵柄をいうことで、仲の良さをいう。

27. 春睡美 寝牀で一緒に過ごす時の満ち溢れた素晴らしさ。

28. 恨意 感じやすい気持ちをもっているために、恨みや悔い、悲しみに思うようなことも多いこと。多情多恨。

29. 虚道 心にもないことを言う。道は言う。心にもないことは「相思憔悴」

30. 憔悴 心配や疲労・病気のためにやせ衰えること。憂えるさま。《楚辞 九歌 怨思》「身憔悴而考旦兮, 日黄昏而長悲。」

31. 綵牋 色付きの書簡箋。花街や芸妓が使うもので他に女がいることを示すもの。男の側からすれば、一夫多妻制の時代であるから、必ずしも浮気を隠す必要はないのである。ただこの時代の女は、男が通ってくる通い婚が基本であるから妻という地位は待つことでできるのである。だから、タブらかされる言葉に希望を持たされるということになる。

32. 賺 たぶらかす、欺く。

 

 

 

 

【字解集】 e. 更漏子三首 

更漏子三首 其一

1. (春の夜、少し離れた宮殿で夜通しの演舞が催されていて、眠りに付けず、寵愛を受け絶頂であった頃を思い浮かべる)

2. 【解説】更は五更、夕方から、夜明けまで時を告げることを示す。特に秋以降、待ち侘びる夜が長いことを強調するシチュエーションのものをいう。

この詩は寵愛を失った妃嬪が、少し離れた宮殿で夜通しの演舞が催されていて、眠りに付けず、庭を散策し、寵愛を受けている時のことを思い出し、今、寵愛の絶頂にある妃嬪のことを予想するということを詠っている。

3. 【構成】『花間集』には牛嶠の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句三仄韻二平韻で、3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。更漏子という題で、花間集には温庭筠、韋莊、牛嶠、毛文錫、孫光憲、毛熙震などの作が収録されている。

更漏子三首 其一

星漸稀,漏頻,何處輪臺聲

香閣掩,杏花,月明楊柳

挑錦,記情,惟願兩心相

收淚語,背燈,玉釵橫枕

○△○ ●○● △●○○○△

○●● ●○○ ●○○●△

△●● ●○● ○●●○△●

△●● ●○○ ●○△△○

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3. ・星漸稀 深夜の満点の星屑から時間経過し空が少し明るくなってきた様子を云う。一人で過ごす夜、眠りに付けずうとうとして目が醒めて星空を眺めているのを表現する句である。

4. ・漏頻轉 漏水の水時計がひたひたと過ぎていく様子を云う。水の水槽が五段あり、一番上の水槽から一段下の水槽に水を漏らしてゆく、それぞれの水槽に時刻の旗を立てた浮が浮かんでいて、水があるうちは浮んでいるからそれを見て詠み取る。仕掛けには相当の財力と地位の者でないと漏刻はもっていない。それぞれの御殿には用意してある。

5. ・輪臺 唐の楽曲で德鱒が作る西域の舞曲。輪臺は漢代西域にある地名で、此処に屯田した、現在の新疆省庫車縣東、輪臺縣。この楽を序、≪靑海波≫を破として連続して舞うもので、此処では夜通し演舞されたのであろう。。

6. ・聲怨 西域の音楽、人のうわさが聞えて來るのが怨めしく思う。

7. ・香閣掩 お香が夜中中焚かれて高閣に広がっていること、時間経過を示す言葉と、侘しさを示すものである。

8. ・杏花紅 杏の花は女盛りをあらわすものである。こんなに一人で居てもまだ女盛り、女としてそのままであるということ。

9. ・月明楊柳風 月は女性を示し、楊柳は楊が男、柳が女をあらわし、情事が終わった後に汗ばんだところに微風が吹いてきたことを云うのである。ここの三句は楽しかった日々のことをいうものである。

10. ・挑錦字 ・錦字 すぐれて美しい詩句。錦字をかかげるというのは、この女性に対して美辞麗句をしめされていたということ。

11. ・記情事 心が動かされる言葉を書き記した。

 12. ・背燈 燈火を後ろに離れて淋しい様子を云う。一人で居るので明るくなくてもよいことをいう。韋荘『更漏子』.

鐘鼓寒,樓閣暝,月照古銅金井。

深院閉,小樓空,落花香露紅。

煙柳重,春霧薄,燈背水窗高閣。

閑倚,暗沾衣,待郎郎不歸。

123 更漏子 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-282-5-#36  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2957

 

13. 輪臺 位於新疆省庫車縣東。見「輪臺縣」條。古地名。漢西域之地。本為輪臺國,被李廣利所滅。漢武帝為牽制匈奴,在此屯田。唐置縣,並置府。即今新疆省輪臺縣。 縣名。位於新疆省庫車縣東。

更漏子三首 其二

14. (更漏子三首 其の二:春の短い夜に夢からさめ、『同心結』の約束を破られて、恨む気持ちになるけれど、天に聞いたら、やっぱり「待つ」ことが女の道であるという。)

15. 【解説】前段は春の夜半過ぎに目が覚めた時の様子を詠じる。後段は夜明けの後、高殿から男の帰りを待ち望んでも消息知れずで、不安な男を愛したことを後悔し、天に男の不実を訴えるが、天はやっぱり「待つ」ことが女の道であるということで、耳を傾けてくれぬと、現状と道理を述べる。

16. 【構成】『花間集』には牛嶠の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句三仄韻二平韻で、3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。更漏子という題で、花間集には温庭筠、韋莊、牛嶠、毛文錫、孫光憲、毛熙震などの作が収録されている。

更漏子三首 其一

星漸稀,漏頻,何處輪臺聲

香閣掩,杏花,月明楊柳

挑錦,記情,惟願兩心相

收淚語,背燈,玉釵橫枕

○△○ ●○● △●○○○△

○●● ●○○ ●○○●△

△●● ●○● ○●●○△●

△●● ●○○ ●○△△○

双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻に三平韻、後段二十三字六句二仄韻二平韻で、③❸❻3③⑤/3❸❻3③⑤の詞形をとる。

更漏子三首 其二

春夜,更漏,金燼暗挑殘

驚夢斷,錦屏,兩明月

閨艸碧,望歸,還是不知消

辜負我,悔憐,告天天不

○●○  △●●  ○●●△○●

○△●  ●△△  ●○○●○

○●●  △○●  ○●△○○●

○●●  ●○○  ●○○△△

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