花間集 訳注解説 (177)回目牛嶠二十六首《巻四07感恩多二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8630

 177)回目牛嶠二十六首《巻四07感恩多二首其一》

 

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花間集 訳注解説 (177)回目牛嶠二十六首《巻四07感恩多二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8630

(富貴の者に嫁げば、何の不自由もないと思っていたのに、春が来たというのに、音沙汰がなく、取り合ってもらえないばかりか、寄り付きもしない、桃李の枝を折って縁起をかついで心を癒す、「帰ってやろう」と思ってほしいと詠う。)

若い赤い頬、おしろいにふた筋の涕が流れる。あの頃のお香の匂いがどれほどが残っているこの閨には思いは残ったまま。いまは、春というのに、ただ眉をひそめて愁いている。「桃李不言、下自成蹊。」ということで、人が寄ってくる縁起のものというので、無理やりに桃李の枝を折り取り、自ら愁いを慰める。大通りに鶯が啼き、蝶は花に飛び舞い交う。そして、そこに柳絮が飛んでくる。柳絮が飛んでくると、願うことはあの方の心に「この家のことを思い、またすぐに帰ろうとしてくれる」と、そんな気持ちになってほしい。

 

**************************************************************************

●花間集に《感恩多》は牛嶠の二首のみである。唐代以降流行した、比興手法を用いて社会風刺をしている。その代表的な二首を紹介する。 

 これは唐代の詩人 王維 が描いた貴族の女性たちの富貴にして豪華、優閑にして享楽的な生活の姿である。

 

王維  洛陽女兒行 

洛陽女兒對門居,纔可容顏十五餘。 良人玉勒乘驄馬,侍女金盤膾鯉魚。 

畫閣朱樓盡相望,紅桃綠柳垂簷向。 羅幃送上七香車,寶扇迎歸九華帳。 

狂夫富貴在青春,意氣驕奢劇季倫。 自憐碧玉親教舞,不惜珊瑚持與人。 

春窗曙滅九微火,九微片片飛花璅。 戲罷曾無理曲時,妝成只是熏香坐。 

城中相識盡繁華,日夜經過趙李家。 誰憐越女顏如玉,貧賤江頭自浣沙。

 

洛陽女児の行  王維

洛陽の女児 門を対えて居り、纔かに容顔 十五余りなる可し。

良人は玉の勒もて驄馬に乗り、侍女は金盤もて鯉魚を鱠にす。

画閣朱樓 尽く相い望み、紅桃緑柳 簷に垂れて向う。

羅幃 送り上く 七香の車、宝扇 迎えて帰る 九華の帳。

狂夫は富貴にして 青春に在り、意気は驕奢にして 季倫(晋の富豪石崇)より劇し。

自ら憐む 碧玉(侍妾を指す) 親しく舞を教うるを、惜しまず 珊瑚 持して人に与うるを。

春窓曙に滅す 九微の火、九微片片 飛花璅かなり。

戯に罷れて曾て曲を理むる時無く、妝 成りて只だ是れ香を熏らせて坐す。

城中の相識は 尽く繁華、日夜 超李(漢の美女趙飛燕と李夫人)の〔如き富豪の〕家を経過す。

証か憐む 越女の顔 玉の如く、貧賎にして江頭 自ら紗を浣うを。

 

当時詩人の杜甫は、名高い「麗人行」なる詩を書いて、この三人の夫人が春遊する豪華絢欄たるさまを次の詩のように描写した。

 

杜甫 麗人行

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

繍羅衣裳照暮春,蹙金孔雀銀麒麟。

頭上何所有,    翠微盎葉垂鬢唇。

背後何所見,    珠壓腰穩稱身。

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

犀箸厭飫久未下,鸞刀縷切空紛綸。

黄門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍。

簫管哀吟感鬼神,賓從雜遝實要津。

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵。

楊花雪落覆白蘋,靑鳥飛去銜紅巾。

炙手可熱勢絶倫,慎莫近前丞相嗔。

 

三月三日 天氣 新たに,長安の水邊 麗人 多し。

態は濃く 意は遠くして淑且かつ真に,肌理は 細膩にして 骨肉は勻し。

繍羅の衣裳は 莫春に 照はゆる,蹙金の孔雀 銀の麒麟。

頭上何の有る所ぞ, 翠を盎葉と爲して鬢脣に 垂たる。

背後何の見る所ぞ,珠は腰衱を壓して穩やかに身に稱ふ。』

就中【なかんづ】く 雲幕の椒房の親しん,名を賜ふ 大國 虢くと秦と。

紫駝の峰を翠釜より 出だし,水精の盤に 素鱗 行くばる。

犀箸 厭飫して久しく未だ下さず,鸞刀 縷切して 空しく紛綸たり。

黄門 鞚を飛ばして塵を動かさず,御廚 絡繹として 八珍を送る。

簫管 哀吟して 鬼神をも感ぜしめ,賓從 雜遝して 要津に實つ。』

後れ來たる鞍馬は何ぞ 逡巡する,軒に當たりて 馬より下りて 錦茵に入る。

楊花 雪のごとく落ちて 白蘋を覆ひ,靑鳥 飛び去りて 紅巾を銜む。

手を炙らば 熱す可べし 勢は絶倫なり,慎みて 近前する莫れ 丞相 嗔からん。』

麗人行  杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 65

 

彼女たちは富貴と栄華が極まったばかりでなく、まさに「手を炙れば熱かる可し 勢い絶倫」であり、公主たちでさえも三分かた譲らざるを得なかった。各クラスの官僚が彼女たちの門下に出入し、へつらったり賄賂を送ったりして栄達を求めた。彼女たちが顔を出して頼み事をすると、役所は皇帝の詔勅のごとく見なして奔走し、不首尾に終わることをひたすら恐れた。一般の官僚で彼女たちに逆らおうとする人はいなかった。虢国夫人は韋嗣立の宅地に目をつけると人を連れて行き、その家を有無を言わさずぶち壊し、貴家にはただ十数畝の土地を補償しただけだった。

この三夫人は一時に天下第一の貴婦人になったが、しかしすべては楊貴妃が天子の寵愛を得た御蔭によるものであった。だから、彼女たちの運命も楊貴妃の浮沈によってたやすく左右されたのである。安史の乱の時、馬嵬の兵変で楊貴妃は絞殺され、三人の夫人も避難の途中で先後して殺され、遺骨も残らない悲惨な末路となった。

貴族の女性たちの中で、彼女たちほど豪勢で賛沢な生活をした人々は決して多くはないが、富貴で栄華を極め、金を湯水のごとく浪費するのは、貴族の女性に一般的なことだった。

 

<商家の女性>

唐代には商業の繁栄、商人の活躍がめざましく、そのため商人階級の女性たちが世間の注目を浴びる一群を形成した。しかし、彼女たちの間の貧富の格差は大きく、公主や貴婦人に等しい富を持つ大商人の夫人もいれば、零細な経営で苦しむ小売商人の女性もいた。大塩商の妻がどのような生活をしていたか、白居易《其三十八 鹽商婦》を見ておこう。

 

 

「新楽府」《其三十八 鹽商婦》白居易

鹽商婦 多金帛、不事田農與蠶績。

南北東西不失家、風水爲船作宅。

本是揚州小家女、嫁得西江大商客。

綠鬟溜去金釵多、皓腕肥來銀釧窄。

前呼蒼頭後叱婢、問爾因何得如此。

鹽商の婦 金帛多し、田農と蠶績とを事とせず。

南北東西 家を失はず、風水をと爲し 船を宅と作す。

本は是れ揚州小家の女、嫁し得たり西江の大商客。

綠鬟溜り去って金釵多く、皓腕肥へ來って銀釧窄(せま)し。

前に蒼頭を呼び 後に婢を叱る、爾に問ふ 何に因て此くの如きを得たる。

 

鹽商の婦は金持ちだ、農耕も養蚕もすることがない、東西南北どこでも家があるのは、風水を故郷とし船を家としているからだ(金帛:どちらも貨幣のこと)

もともとは揚州の小家の娘だった、それが西江の大商人に嫁ぐことができたのだ、緑の髪の髷には金の簪が輝き、白い腕は肥え太って銀の腕輪が輝いている。前を向いては丁稚を呼び後ろを向いては碑を叱る、どうしてこんな身分になれたのだい(西江:長江の西の方、今の江西省のあたり、綠鬟:黒髪の髷)

 

婿作鹽商十五年、不屬州縣屬天子。

每年鹽利入官時、少入官家多入私。

官家利薄私家厚、鹽鐵尚書遠不知。

何況江頭魚米賤、紅膾黄橙香稻飯。

飽食濃妝倚柁樓、兩紅腮花欲綻。

 

婿は鹽商と作(な)って十五年、州縣に屬さず天子に屬す。

每年鹽利の官に入る時、官家に入るは少く私に入るは多し。

官家利薄くして私家厚くも、鹽鐵尚書遠くして知らず。

何ぞ況んや江頭魚米賤しく、紅膾 黄橙 香稻の飯。

飽食 濃妝 柁樓に倚り、兩の紅腮花綻びんと欲するをや。

 

婿は塩商人となって十五年、地方政府ではなく天子直轄、毎年塩の利益を役所におさめるとき、政府には少なめにして自分の懐に多く入れる

 

役所の取り分が少なく塩商人の取り分が多くても、塩鉄の役所は遠くにあるのでそのことに気づかない、まして川の畔では食料の値段がやすく、紅膾、黄橙、香稻の飯も食い放題、飽食し厚化粧をして操縦室に凭れかかれば、両側のほっぺたが花のようにあでやかだ(鹽鐵尚書:塩と鉄の専売をつかさどる役人、倚柁樓、船の操縦室)

 

 

 

 

 

 

 

花間集 巻四

 

 

 

 

 

感恩多二首其一

兩條紅粉淚,多少香閨意。強攀桃李枝,斂愁眉。

陌上鶯啼蝶舞,柳花飛。柳花飛,願得郎心,憶家還早歸。

 

其二

自從南浦別,愁見丁香結。近來情轉深,憶鴛衾。

幾度將書托煙鴈,淚盈襟。淚盈襟,禮月求天,願君知我心。

 

 

 

花間集 教坊曲《巻四07感恩多二首其一》薛昭蘊

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8630

 

 

 

感恩多二首其一  (改訂版Ver.2.1

(富貴の者に嫁げば、何の不自由もないと思っていたのに、春が来たというのに、音沙汰がなく、取り合ってもらえないばかりか、寄り付きもしない、桃李の枝を折って縁起をかついで心を癒す、「帰ってやろう」と思ってほしいと詠う。)

兩條紅粉淚,多少香閨意。

若い赤い頬、おしろいにふた筋の涕が流れる。あの頃のお香の匂いがどれほどが残っているこの閨には思いは残ったまま。

強攀桃李枝,斂愁眉。

いまは、春というのに、ただ眉をひそめて愁いている。「桃李不言、下自成蹊。」ということで、人が寄ってくる縁起のものというので、無理やりに桃李の枝を折り取り、自ら愁いを慰める。

陌上鶯啼蝶舞,柳花飛。

大通りに鶯が啼き、蝶は花に飛び舞い交う。そして、そこに柳絮が飛んでくる。

柳花飛,願得郎心,憶家還早歸。

柳絮が飛んでくると、願うことはあの方の心に「この家のことを思い、またすぐに帰ろうとしてくれる」と、そんな気持ちになってほしい。

 

感恩多 二首の一

兩條の紅粉の淚,多少 香閨【こうけい】の意。

強いて桃李の枝を攀【よ】じ,愁眉を斂【お】さむ。

陌上 鶯啼き蝶舞い,柳花飛ぶ。

柳花飛び、願わくば郎の心「家を憶いて還た早に歸らん。」を得ん。

 

 

『感恩多二首』 現代語訳と訳註

(本文)

感恩多二首其一

兩條紅粉淚,多少香閨意。

強攀桃李枝,斂愁眉。

陌上鶯啼蝶舞,柳花飛。

柳花飛,願得郎心,憶家還早歸。

 

(下し文)

感恩多 二首の一

兩條の紅粉の淚,多少 香閨【こうけい】の意。

強いて桃李の枝を攀【よ】じ,愁眉を斂【お】さむ。

陌上 鶯啼き蝶舞い,柳花飛び。柳花飛ぶ,

願わくば郎の心「家を憶いて還た早に歸らん。」を得ん。

 

 

(現代語訳)

(富貴の者に嫁げば、何の不自由もないと思っていたのに、春が来たというのに、音沙汰がなく、取り合ってもらえないばかりか、寄り付きもしない、桃李の枝を折って縁起をかついで心を癒す、「帰ってやろう」と思ってほしいと詠う。)

若い赤い頬、おしろいにふた筋の涕が流れる。あの頃のお香の匂いがどれほどが残っているこの閨には思いは残ったまま。

いまは、春というのに、ただ眉をひそめて愁いている。「桃李不言、下自成蹊。」ということで、人が寄ってくる縁起のものというので、無理やりに桃李の枝を折り取り、自ら愁いを慰める。

大通りに鶯が啼き、蝶は花に飛び舞い交う。そして、そこに柳絮が飛んでくる。

柳絮が飛んでくると、願うことはあの方の心に「この家のことを思い、またすぐに帰ろうとしてくれる」と、そんな気持ちになってほしい。

 

(訳注)

感恩多 二首之一

1. (富貴の者に嫁げば、何の不自由もないと思っていたのに、春が来たというのに、音沙汰がなく、取り合ってもらえないばかりか、寄り付きもしない、桃李の枝を折って縁起をかついで心を癒す、「帰ってやろう」と思ってほしいと詠う。)

2. 【解説】前段は、頬を濡らす二筋の涙には、どれほどの愁いが込められているかと自問し、史記に「諺曰、桃李不言、下自成蹊。」謂う、女に葉も魅力がないのか、いや、断じてそうではない、桃李の花の枝を手折って入り口に飾って縁起をかけて愁いを解こうとし、「男が家を思い起こして早く帰ってきてくるよう」願を掛ける、切ない願いを語る。

 

3.【構成】唐の教坊の曲名。『花間集』には牛嶠の二首のみ所収。双調三十九字、前段十八字四旬二灰韻二平韻、後段二十一字五句三平韻で、❺❺⑤③/6③③4

感恩多二首其一

兩條紅粉,多少香閨

強攀桃李,斂愁

陌上鶯啼蝶舞,柳花

柳花,願得郎心,憶家還早

 
 
 
  

4. 作者:牛嶠 【花間集ID-5 牛嶠(生卒年未詳、)】字は松卿、また延峰という。隴西(甘粛省)の人。唐宰相牛僧孺の子孫にあたるという唐僖宗の乾符五年(878)の進士。唐朝に仕えて、拾遺・補闕・校書即の官を歴任した。王建が節度使となって蜀(四川)を鎮めたとき、招かれて判官となった。

王建が蜀国を建ててから、蜀に仕えて給事中の官を拝した。よって牛給事とよばれている。博学で文学をよくし、詩歌においてはとくに名があらわれていた。ひそかに李賀(長吉)の歌詩を慕って、筆をとればただちにその詩風にならうことが多かったといぅ。詞はとくにその長ずるところで、女冠子詞の「繍帯芙蓉帳、金紋芍薬花」とか、菩薩蛮詞の「山月照山花、夢回鐙影斜」などはかれの佳句として知られていたといぅ。いわゆる花間沢とよばれる一派のなかで、況庭箔の詞風をうけてその辞句の美しきや情味の深いことでとくにすぐれた詞人である。集三十巻歌詩三巻があったというが今わずかに一部分が伝わるだけである。詞は花間集に三十二首を収めている。

 

兩條紅粉淚,多少香閨意。

若い赤い頬、おしろいにふた筋の涕が流れる。お香の匂いがどれほど残っているこの閨には思いは残ったまま。

5. 紅粉淚 ほほべにを崩してこぼれ落ちる涙。

6. 多少 いかばかり、どれほど。

7. 香閏意 孤閏の思い。

 

強攀桃李枝,斂愁眉。

「桃李不言、下自成蹊。」ということで、人が寄ってくるものというので、無理やりに桃李の枝を折り取り、自ら愁いを慰める。ただ眉をひそめて愁いている。

8. 強攀桃李枝 桃やすももは何も言わないが、実がおいしいので人が集まり、その下には自然に道ができるというものだから、無理やりに心をひきたて桃やスモモの花の枝を折り取る。美しい花を折り取って自ら愁いを慰めることを言う。「桃李不言、下自成蹊。」(桃李、もの言わざれど下自ら蹊を成す)《『史記』李将軍伝賛》「余睹李將軍悛悛如鄙人、口不能道辭。及死之日、天下知與不知、皆爲盡哀。彼其忠實心誠信於士大夫也。諺曰、桃李不言、下自成蹊。」余、李将軍を睹るに悛悛として鄙人の如く、口、道辞すること能わず。死するの日に及び、天下か、知ると知らざると、皆為めに哀しみを尽くす。彼の其の忠実の心誠まことに士大夫に信ぜらるるなり。諺に曰く、桃李 言わざれども、下 自ずから蹊を成す、と。

〔解釈〕 桃やすももは何も言わないが、実がおいしいので人が集まり、その下には自然に道ができる。りっぱな人のもとにも自然と人が慕い集まることのたとえ。

9. 斂愁眉 「斂眉 愁」、斂眉:まゆをひそめる。

 

陌上鶯啼蝶舞,柳花飛。

大通りに春を告げる鶯が啼き、蝶は花に飛び舞い交う。そして、そこに柳絮が飛んでくる。

10. 柳花 綿毛の生えた柳の種。柳絮というのは浮気男を示す言葉であり、春の盛りに他の女のもとに行っていることのうわさが飛んでくる。一夫多妻制の時代、女はただまっていることしか方法はない。

 

柳花飛,願得郎心,憶家還早歸。

そこに柳絮だけが飛んでくる。願うことはあの方の心に「この家のことを思い、またすぐに帰ろうとしてくれる」と、そんな気持ちになってほしい。

11. 郎心 郎心:「憶家、還早歸」浮気者の男の心に「女の家のことを思い、またすぐに帰ろうとしてくれる」

12. 還 やはり帰ってきてほしいという気持ちをいう。

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