花間集 訳注解説 巻一12 (17)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其十二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7664

 花間集 訳注解説 巻一12 (17)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其十二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7664

 

 

 

 

 

 

 

20161117

の紀頌之5つの校注Blog

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

Ⅰ李白詩(李白詩校注)

744年-011卷168_37 口號贈楊徵君(卷九(一)六五九)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7615

 LiveDoorBlog

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

 

 

 

  総合案内

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-17 巻一 14-11 秋懷詩,十一首之十一Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7626

  LiveDoorBlog

韓愈  秋懐詩十一首 【字解集】

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

Ⅲ杜詩詳注

   LiveDoorBlog

暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

757年-17 暮春題瀼溪新賃草屋五首其一 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一○)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7663

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog

花間集 訳注解説 巻一12 (17)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其十二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7664 (11/17)

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

.唐五代詞詩・玉臺新詠・女性 LiveDoorBlog

玉臺新詠序の字解集

玉-016-#1 古詩八首其二 (古詩十九首之第十六首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7665

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

 

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

 

 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)

漢詩総合サイト 07ch

 

杜甫全詩案内

韓愈全詩案内

李白全集

文選

古詩源

http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/



 

 

 

花間集 五百首  巻一   温庭筠

 

 

 

 

唐の時、女性論(11妓女の生活、愛情、心理 の2

 妓女たちは、他のどのような女性に比べても、男性と親密に交際する機会にめぐまれていたが、しかし、真の愛情や円満な結婚とは無縁であった。彼女たちは身分の卑賤によって、生れた時から単なる男の玩具にすぎず、男女の平等による真の愛情を手にすることはきわめて難しかった。たとえ彼女たちが真心から人と愛しあったとしても、賤民と良民の身分の隔たりは、恋人同士が最終的に夫婦になりたいという願いを徹底的に断ち切った。唐代の著名な小説『雷小玉伝』は妓女の愛情悲劇を描いたものである。雷小玉は李益を心から愛したが、しかし「自らつり合わないことを知り」、李益と結婚する夢はもたなかった。李益が正式の結婚をする前の数年間の恩愛を願っただけである。このささやかな可憐な望みも、李益の裏切りと薄情によって粉々に砕かれ、小玉は悲しみのあまり病気にかかり、恨みを抱いたまま死んでしまった。このような凄惨な愛情悲劇は、まさに唐代の無数の妓女がたどった運命の一縮図であった。

 

 大多数の妓女の最後の願いは、途中で普通の男に身請けされ結婚することだった。しかし、この結婚も彼女たちが愛情を得て、円満な結婚生活を送れるということを決して意味してはいなかった。彼女たちが見初めた人に必ずし`も結婚の意志があったり、身請けの金があったりしたわけではない。

また、披女たちを身請けしようと願い、またその金がある人が、必ずしも彼女たちの意中の人だったわけでもない。王福娘は科挙受験生の孫柴を愛していたので、彼に身請けを頼んだが、彼にその意志は全くなかった。福娘は深く悲しみ、後に一商人につき従ったが、孫渠のことが忘れられず想い続けた。身請けされたからといって、妓女という賤民身分でなくなり、正常な家庭生活が送れたわけではない。妓女を身請けしたのは大部分が武将、下級官吏、商人たちであったが、身分が賤しいために、彼女たちが正妻になることはきわめて難しかった。一般には彼らの側室とか姫妾になったのである。

 

 正室になったものは、史書の記載ではただ一例見られるだけである。それは宰相楊国忠の妻裴柔で、彼女はもともと「蜀(四川)の大娼妓」であった(『太平広記』巻二四〇)。また『李娃伝』に描かれた李娃は鄭生という人物を救い、また彼が科挙に合格するのを助けた後、自分の責任はすべて果したので、貴男は別に高貴な家から正室を迎えるようにと願った。この話は唐代の人々が良民と賤民をいかに厳密に区別していたかを示している。しかし、最後に李娃は鄭生から正室として迎えられ、朝廷の命婦に封じられた。これは小説家のただの作りごとであろう。妓女は身請けされた後でも、依然として家庭の中で賤民の地位を抜けだせず、また主人の中には彼女たちを人間扱いしない者もいた。「平素から三曲(平康里)の最も優れた人」と称された楚児は、官吏の郭鍛の側室になった後、いつもこっぴどく殴られた。彼女は嘆いて、「応に是れ前世に宿冤有るべし、期せず今世の悪因縁」(楚児「鄭昌に獣る図」)と詩に詠んだ。

 

 妓女たちはこうした悪縁をたいへん恐れ、たとえ逆境にあっても愛と幸せを求めて全力を尽した平康里の妓女張住住は、隣に住む仏奴と幼なじみであり、秘かに将来を誓い合っていた。張住住はいろいろ乎段を尽して、自分を「買断」しようとしていた陳小鳳を喘し、密かに仏奴と逢瀬を重ねていた。彼女の母と兄は仏奴が貧乏なのを嫌い、彼と別れるように迫った。しかし彼女は井戸を指さして「まだ私に迫るなら、ここにドボンしておしまいよ」といって、ついに仏奴と結婚し、幸福をつかんだ。

 

 妓女たちは色町で世の中の金や人情のはかなさを見つくし、また身請けされて嫁いでも前途は計り難かったので、少なからざる妓女が別の道、つまり出家して仏門に入る道を選んだ。名妓の蔀濤は晩年、成都の洸花渓にずっと隠れ住んだ。燈明と古仏を伴として、余生を終ることができたのは幸運だったといえよう。しかし、老いて衣食にも事欠き身の置きどころもない妓女もおり、その境遇はさらに悲惨だった。たとえば蜀の妓女だった灼灼は、若い時は美貌かつ多芸の持ち主として、その名声は四方になり響いていたが、年老いた後は貧困と病気がこもごも加わり、ついに成都の酒場でのたれ死んだ(卓荘「灼灼を傷む詩及び序」)。

 

 境遇は悲惨で振り返るに堪えず、また前途は暗濃として吉凶は占い錐かったので、妓女たちは終日門前に立って客に媚を売り、一杯飲んでは歌をロずさんでいたが、心の中はいつも苦しさでいっぱいだった。王福娘という妓女は自分の境遇に話が及ぶ度に泣いてやまなかった。宴会の席でもいつも痛ましい表情をしており、それを見て宴席の人々もみな真顔になったという。もう▽入顔令賓という妓女は詩でも歌でも何でもよくでき、当時の文士からたいへん可愛がられた。彼女は後に重い病気にかかったので、死の直前に昔からのなじみ客を多く招き、病をおして接待した。そして、自分が死んだら弔辞を書いて偲んでくださいと哀願した。彼女の心の苦しさと寂しさがよく分かろ 妓女たちは自分の不幸な運命に対して怨みと寂しさを強く抱いており、また色町の享楽的な生活に対して倦怠と空虚を感じていた。さらにまた、年老い容色も衰える未来に対して恐れと不安を感じていた。それで彼女たちには常に、また自然に、刹那的で享楽的な気持と夢か現かわからない感情とが生れたのである。これが大抵の妓女たちの普通の心理状態だった。しかし、また他方では、彼女たちはいつも、ふすかであてどない望みを抱き、自分の運命を変え、子供を育て、一家団秦の楽しみーそれがいかに粗衣粗食のありきたりの家庭生活であろうとー―‐‐『を味わいたいと夢見ていた。江淮(長江と淮河の間一帯)の名妓徐月英の詩「懐を叙ぶ」は、披女たちが自分の運命に泣き普通の家庭生活を羨む気持を、実によく表現している 「三従(父、夫、子に従う女の道)を失いしが為に泣涙頻なり。此の身 何を用てか人倫に処らん。日に笙歌の楽しみを逐うと雖然、長えに羨む荊の奴と布の裾を」。

 

 

 

菩薩蠻十四首其一

小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。

懶起畫蛾眉,弄粧梳洗遲。

照花前後鏡,花面交相映。

新帖羅襦,雙雙金鷓鴣。

花間集 巻一01 訳注解説(6)回目 菩薩蠻十四首 其一漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7598 (11/06)

 

菩薩蠻十四首其二

水精簾裡頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。

江上柳如煙,鴈飛殘月天。

藕絲秋色淺,人勝參差剪。

雙鬢隔香紅,玉釵頭上風。

花間集 巻一02 訳注解説(7)回目 菩薩蠻十四首 其二漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7604 (11/07)

菩薩蠻十四首其三

無限當山額,宿粧隱笑紗窗隔。

相見牡丹時,暫來還別離。

翠釵金作股,釵上雙蝶舞。

心事竟誰知,月明花滿枝。

花間集 巻一03 訳注解説(8)回目 菩薩蠻十四首 其三漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7610 (11/08)

菩薩蠻十四首其四

翠翹金縷雙鸂鶒,水紋細起春池碧。

池上海棠梨,雨晴紅滿枝。

衫遮笑靨,烟草粘飛蝶。

青瑣對芳菲,玉關音信稀。

花間集 巻一04 訳注解説(9)回目 菩薩蠻十四首 其四漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7616 (11/09)

菩薩蠻十四首其五

杏花含露團香雪,綠楊陌上多離別。

燈在月朧明,覺來聞曉鶯。

玉鉤掛起翠,粧淺舊眉薄。

春夢正關情,鏡中鬢輕。

花間集 巻一05 訳注解説(10)回目 菩薩蠻十四首 其五漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7622 (11/10)

菩薩蠻十四首其六

玉樓明月長相憶,柳絲娜春無力。

門外草萋萋,送君聞馬嘶。

畫羅金翡翠,香燭消成

花落子規啼,綠窗殘夢迷。

花間集 訳注解説 巻一06 (11)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其六》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7628 (11/11)

菩薩蠻十四首其七

鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。

明鏡照新粧,鬢輕雙臉長。

畫樓相望久,欄外垂絲柳。

意信不歸來,社前雙迴。

 花間集 訳注解説 巻一07 (12)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其七》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7634 (11/12)

菩薩蠻十四首其八

牡丹花謝鶯聲歇,綠楊滿院中庭月。

相憶夢難成,背窗燈半明。

翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。

人遠闌干,燕飛春又殘。

花間集 訳注解説 巻一08 (13)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其八》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7640 (11/13)

 

菩薩蠻十四首其九

滿宮明月梨花白,故人萬里關山隔。

金雁一雙飛,痕沾衣。

小園芳艸綠,家住越溪曲。

楊柳色依依,歸君不歸。

·         花間集 訳注解説 巻一09 (14)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其九》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7646 (11/14)

 

菩薩蠻十四首其十

寶函鈿雀金鸂鶒香關上山碧。

楊柳又如絲,驛橋春雨時。

畫樓音信斷,芳草江南岸。

鸞鏡與花枝,此情誰得知。

·         花間集 訳注解説 巻一10 (15)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其十》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1 (11/15)

 

菩薩蠻十四首其十一

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。

雨後卻斜陽,杏華零落香。

無言睡臉,枕上屏山掩。

時節欲昏,無獨倚門。

·         花間集 訳注解説 巻一11 (16)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其十一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7658 (11/16)

 

菩薩蠻十四首其十二

夜來皓月纔當午,重簾悄悄無人語。

深處麝煙長,臥時留薄粧。

當年還自惜,往事那堪憶。

花落月明殘,錦衾知曉寒。

花間集 訳注解説 巻一12 (17)目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其十二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7664 (11/17)

 

菩薩蠻十四首其十三

雨晴夜合玲瓏日,萬枝香紅絲拂。

閑夢憶金堂,滿庭萱草長。

簾垂菉簌,眉黛遠山綠。

春水渡溪橋,凭欄魂欲消。

花間集 訳注解説 巻一13 (18)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其十三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7670 (11/18)

 

菩薩蠻十四首其十四

竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲瓏影。

山枕隱粧,綠檀金鳳凰。

兩蛾愁黛淺,故國宮遠。

春恨正關情,畫樓殘點聲。

花間集 訳注解説 巻一14 (19)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其十四》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7676 (11/19)

 

花間集 訳注解説 (20)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 【字解集】》 (11/20)

 

泰山の夕日02

 

 

13.温庭筠 

菩薩蠻十四首 其十二
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無い。華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしてゆかねばならぬ妃賓を詠う。

雨晴夜合玲瓏日,萬枝香裊紅絲拂。
寵愛を受けた次の日の朝のように、雨が晴れあがり、潤った合歓の花にうららかな日の光がさしこむ。庭中の枝という枝にいっぱいにさいている紅い糸の匂い袋のようなうつくしい花が、ゆらゆらとゆれうごくあの夜の状況を思い出す。

閑夢憶金堂,滿庭萱草長。
あの寵愛を受け続けていたころがあったのに、此処には寂しくしずかな夢だけしかなく、あのおかたと過ごした奇麗な宮殿の奥座敷のことを憶いだすだけしかない。かなしいのは庭にいっぱい「忘れ草の花」が生えている。
繡簾垂簌,眉黛遠山綠。
この生き方も仕方ないこととし、刺繍をした簾には道教のお札を張り、涙が垂れる様に、すだれを止める房が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、近い所におわすお方も遠い存在となってしまった。
春水渡溪橋,憑欄魂欲消。
そしてまた、離宮の谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思う心を消してしまい、あの寵愛を受けていたころの良き思い出、その思い出をよりどころにして生きてゆく。


(菩薩蠻十四首 其十二)
雨晴れ夜合 玲瓏の日,萬枝 香裊【こうじょう】 紅絲拂う。
閑夢は金堂を憶う,庭に滿つ萱草【かんぞう】長し。
繡簾 簌【ろくそく】を垂し,眉黛【びたい】遠山の綠。
春水 溪橋を渡り,欄に憑【もた】れて魂消さんと欲す。


巫山十二峰003


『菩薩蠻十四首』 其十二 現代語訳と訳註
(
本文) 菩薩蠻十四首 其十二
雨晴夜台玲
日,萬枝香紅絲拂。
閑夢憶金堂,滿庭萱草長。
繡簾垂
簌,眉黛遠山綠。
春水渡溪橋,憑欄魂欲消。


(下し文)
雨晴れ夜合 玲瓏の日,萬枝 香裊【こうじょう】 紅絲拂う。
閑夢は金堂を憶う,庭に滿つ萱草長し。
繡簾 
簌【ろくそく】を垂し,眉黛【びたい】遠山の綠。
春水 溪橋を渡り,欄に憑【もた】れて魂消さんと欲す。


(現代語訳)
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無い。華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしてゆかねばならぬ妃賓を詠う。

寵愛を受けた次の日の朝のように、雨が晴れあがり、潤った合歓の花にうららかな日の光がさしこむ。庭中の枝という枝にいっぱいにさいている紅い糸の匂い袋のようなうつくしい花が、ゆらゆらとゆれうごくあの夜の状況を思い出す。
あの寵愛を受け続けていたころがあったのに、此処には寂しくしずかな夢だけしかなく、あのおかたと過ごした奇麗な宮殿の奥座敷のことを憶いだすだけしかない。かなしいのは庭にいっぱい「忘れ草の花」が生えている。
この生き方も仕方ないこととし、刺繍をした簾には道教のお札を張り、涙が垂れる様に、すだれを止める房が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、近い所におわすお方も遠い存在となってしまった。
そしてまた、離宮の谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思う心を消してしまい、あの寵愛を受けていたころの良き思い出、その思い出をよりどころにして生きてゆく。

(訳注)

菩薩蠻十四首 其十二
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無い。華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしてゆかねばならぬ妃賓を詠う。

136.  菩薩蠻十四首 其十二【解説】 後宮の宮殿から、離宮、陵廟、あるいは、洛陽の上陽宮のように妃嬪の姥捨て山のようなところに遣られた様子をいう

前段は、麗しき館で意中の人と睦まじく過ごした時のことを回想する。合歓の花はその名のとおり、愛する者同⊥の歓びを想起し、女がかつての良きHを夢見たのも、この花に因る。また、愁いを忘れさせる萱草が茂るとは、当時、女が幸せの最中にあったことを示す。後段は、夢から覚めた後の憂愁を詠う。垂れ下がったカーテンは女の塞いだ心を象徴し、橋下を流れる用水は、過ぎ去った良き時はもう二度と帰って来ないことを語り、同時に、今も春は刻々と過ぎ去ってゆくことを表している。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻十四首 其十二
雨晴夜台玲
,萬枝香紅絲
閑夢憶金,滿庭萱草
繡簾垂
,眉黛遠山
春水渡溪,憑欄魂欲

  
  
  
  

 

雨晴夜台玲日,萬枝香紅絲拂。
寵愛を受けた次の日の朝のように、雨が晴れあがり、潤った合歓の花にうららかな日の光がさしこむ。庭中の枝という枝にいっぱいにさいている紅い糸の匂い袋のようなうつくしい花が、ゆらゆらとゆれうごくあの夜の状況を思い出す。
137. 夜合 一名合歓木、ねむのき。夜中になると葉が合するので夜合といわれる。明刊草本花詩譜で夜合花というのはこれとは別種のもの。ここは次の句に紅糸払とあるから合歓の気の花をいう。この二句は天子の夜のお渡りの様子、男女の絡みの表現をいう。
138.
 玲耗日 雨にねれたねむの花が日に映えてくっきりとうつくしく見えること。
139.
 万枝句 庭中の枝という枝に紅いふさのような花がさいてうつくしくしなやかに見えること。紅糸私は紅い色の糸払。糸私は払子のことであるが、ここはねむの花のふさのような形を形容して用いる。


閑夢憶金堂,滿庭萱草長。
あの寵愛を受け続けていたころがあったのに、此処には寂しくしずかな夢だけしかなく、あのおかたと過ごした奇麗な宮殿の奥座敷のことを憶いだすだけしかない。かなしいのは庭にいっぱい「忘れ草の花」が生えている。
140. 金堂 うつくしい座敷。
141.
 萱草一に吾輩という。かんぞう。わすれぐさ。詩経、衛風伯兮篇に「焉諼得草、言樹之背。願言伯思、使我心痗。」(焉くんぞ諼草を得ん。言に背に樹えん。願いて言に伯を思い、我が心をして痗ましむ)とある。
“我憂いを忘れるために、何処かで、もの忘れする草をみつけ、それを裏座敷に植えたい。“というもの。 謝惠連『西陵遇風獻康楽』にみえる。
西陵遇風獻康楽 その5 謝惠運 謝霊運(康楽) 詩<54>Ⅱ李白に影響を与えた詩441 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1140
142.
 閑夢二句 雨上がりのねむの花を見て」萱草の庭いっぱいに生えた座敷をおもいだす。閏情の詞と見てよく、男が来てくれない、(捨てられた)のなら忘れてしまうことしかないというもの。


繡簾垂簌,眉黛遠山綠。
この生き方も仕方ないこととし、刺繍をした簾には道教のお札を張り、涙が垂れる様に、すだれを止める房が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、近い所におわすお方も遠い存在となってしまった。
143.  ():符道教のお札(ふだ)](1) 葉が落ちる音叶簌簌响木の葉がさらさらと音をたてる.(2) 涙がはらはら落ちる様子.寵愛を失った妃嬪の多くは道教に身を寄せていくものである。

144. 遠山綠 みどりの山は、晩春の山、遠い山の稜線は女の体であり、一人その体を持て余すことを云う。寵愛を受け、その結果子供が出来ないということで、生きる望みが薄らいでいることをいう。


春水渡溪橋,憑欄魂欲消。
そしてまた、離宮の谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思う心を消してしまい、あの寵愛を受けていたころの良き思い出、その思い出をよりどころにして生きてゆく。
145. 魂欲消 あの寵愛を受けていたころの良き思いで、その思い出をよりどころにして生きてゆく。白居易の《上陽白髪人》とは若干角度を変えて表現をしている。

春水渡溪橋,憑欄魂欲消の二句は、後宮の宮殿から、離宮、陵廟、あるいは、洛陽の上陽宮のように妃嬪の姥捨て山のようなところに遣られた様子をいう。

 

巫山十二峰002
 

 

 

「三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕。」(三千の宮女 胭脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん)《白居易「後宮詞」》。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、宦官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。

 

上陽白髪人  白居易(白氏文集 第三)

上陽人    ,紅顔暗老白髪新。

緑衣監使守宮門,一閉上陽多少春。

玄宗未歳初選人,入時十六今六十。

同時采択百余人,零落年深残此身。

憶昔呑悲別親族,扶入車中不教哭。

昔云入内便承恩,臉似芙蓉胸似玉。

未容君王得身面,已被楊妃遥側目。

妬令潜配上陽宮,一生遂向空房宿。

秋夜長    ,夜長無寐天不明。

耿耿残灯背壁影,蕭蕭暗雨打窓声。

春日遅    ,日遅独坐天難暮。

宮鶯百囀愁猒聞,梁鷰双栖老休妬。

鶯帰鷰去長悄然,春往秋来不記年。

唯向深宮望明月,東西四五百迴円。

今日宮中年最老,大家遥賜尚書号。

小頭鞋履窄衣裳,青黛点眉眉細長。

外人不見見応笑,天宝末年時世粧。

上陽人 苦最多,少亦苦,老亦苦。

少苦老苦両如何。

君不見昔時呂尚美人賦。

又不見今日上陽白髪歌。

 

白居易《上陽白髪人》 (白氏文集 第三)

上陽の人、紅顏暗く老いて白髪新たなり

綠衣の監使宮門を守る、一たび上陽に閉ざされてより多少の春ぞ

玄宗の末 初めて選ばれて入る、入る時十六今六十

同時に採擇す百余人、零落して年深く 此の身を殘す

憶ふ昔 悲しみを吞みて親族に別れ、扶けられて車中に入るも哭せしめず

皆云ふ 入すれば便ち恩を承くと、臉は芙蓉に似て胸は玉に似たり

未だ君王の面を見るを得るを容れざるに、已に楊妃に遙かに側目せらる

妒(ねた)みて潛かに上陽宮に配せられ、一生遂に空房に宿る

秋夜長し、夜長くして寐ぬる無く天明ならず

耿耿たる殘燈 壁に背く影、蕭蕭たる暗雨 窗を打つ聲

春日遲し、日遲くして獨り坐せば天暮れ難し

宮鶯百たび囀ずるも愁へて聞くを厭ふ、梁燕雙び棲むも老いて妒むを休む

鶯は歸り燕は去って長へに悄然たり、春往き秋來して年を記さず

唯だ深宮に明月を望む、東西四五百回 圓かなり

今日 宮中 年最も老ゆ、大家遙かに賜ふ尚書の號

小頭の鞋履 窄(せま)き衣裳、青黛 眉を點ず 眉細くして長し

外人は見ず 見れば應に笑ふべし、天寶の末年 時世の妝ひ

上陽の人、苦しみ最も多し、少くして亦苦しみ、老いて亦苦しむ。

少くして苦しむと老いて苦しむと兩つながら如何。

君見ずや 昔時 呂向の美人の賦。

又見ずや 今日 上陽白髪の歌。

 

花間集 温庭筠 《菩薩蠻十四首 【字解集】》 

スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment

テンプレートに関するご質問・不具合のご報告の際はご自身のブログアドレス記載必須です
ご質問の前に必ずお読みください ↓
FC2テンプレート ご利用時のお願い