花間集 訳注解説 (163)回目薛昭蘊 十九首《巻三45謁金門一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8546

 163)回目薛昭蘊 十九首《巻三45謁金門一首》

 

 

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花間集 訳注解説 (163)回目薛昭蘊 十九首《巻三45謁金門一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8546

寵愛を全く失った妃嬪、それでも寵愛を受ける事しか許されない身分、妃嬪の恋慕・悶絶の苦しみを詠う。

春の景色、趣きが豊かに中の後宮の奥に満ちあふれ、寝牀に入る時に着る薄絹の一重衣裳は長く畳みこんだままなので金糸の刺繍が損なわれている。それでも寵愛を受ける準備をしてきたが、何時しか、目覚めても水晶の簾をまだ巻き上げることもする気がしない、今年もまたつがいの燕が、軒先に囁き交わしている。金の敲き金具が施された門は半開きのままで、散り落ちた花弁が庭一面に敷きつめてそのままでそうじをさせることもしていない。もう、どれだけ思い続けただろうか「長相思」の綿入れ、「結同心」の帯、思い出すたび腸が千切れの苦しみになり、それでも、寵愛を夢見る事だけしかできない生活を強いられている。

 

 

宮  人

 彼女たちは身を九重(天子の宮殿)に置き、はなはだ高貴であるように見えるが、じつはただの皇帝家の家婢に過ぎず、衣食の心配がなくたいへん幸福のように見えるが、じつは人間性を最も残酷に破壊された人々であった。 宮廷においては、少数の地位の高い后妃の他は、万単位で数えられる普通の宮人であり、唐代では「宮女」「宮蛾」「宮婢」などとも呼ばれていた。彼女たちは長安にあった三大皇宮(太極宮、大明宮、興慶宮)と東都洛陽にあった大内(天子の宮殿)と上陽の両宮殿、及び各地の離宮、別館、諸親王府皇帝陵にそれぞれ配属されていた。

 

 1 宮官と職掌

 宮廷は小社会であり、宮人の中にも身分の高下貴賤があり、また様々な等級があった。后妃たちに「内官」の制度があったように、宮人たちには「宮官」の制度があった。宮官と内官を比較してみると、品階の上で差があったばかりでなく、いくらかの本質的な区別があったようだ。つまり、内官は官と称したが身分上は妃娘の身分に属すべきもの、つまり皇帝の妾でもあったが、宮官にそうした身分はなく、ただ宮中の各種の事務を司る職員にすぎなかった。当然、これはあくまで身分上のことに過ぎず、彼女たちと皇帝の実際の関係に何ら影響しないことは、ちざっど主人と家婢の関係と同じである。

 宮官は宮人の最上屑にある人々であり、後宮のさまざまな部局に属する職員であった。唐朝の後宮には六局(尚宮局、尚儀局、尚服局、尚食局、尚寝局、尚功局)があり、宮中のすべての事務を管理していた。六局の各首席女官の尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功が六部の尚書(長官)になった。六局の下に二十四司を統括し、各司の女官はそれぞれ別に司記、司言、司簿、司闇、司籍、司楽、司賓、司賛、司宝、司衣、司飾、司使、司膳、司酷、司薬、司錨、司設、司輿、司苑、司灯、司制、司珍、司絃、司計に分けられていた。またその他に二十四典、二十四掌、及び宮正、阿監、形史、女史など各級の女官もあった。これらの女官には品級・給与が与えられており、彼女たちは礼儀、人事、法規、財務、衣食住行(行は旅行、出張等の手配)などの宮廷事務を担当した(『旧唐書』職官志三)。

 宮官は事務官であったから、必ずしも容貌とか、皇帝のお気に召すかどうかにこだわる必要はなく、良家の出身で才徳兼備の女性を選びさえすればよかった。著名な才女であった宋若昭は、徳宗によって宮中に召され宮官の首席尚宮に任命された。裴光廷の母車秋氏は婦徳の名が高く、武則天に召されて女官御正に封じられた(『新唐書』裴行倹伝)。

 六局の宮官の他に、宮中には内文学館があり、宮人の中の文学の教養ある者を選んで学士とし、妃娘や宮人に教養、読み書き、算術などを教育する仕事を担当させた。宋若昭は六宮の文学士をも兼ね、皇子、妃嬉、公主、騎馬(公主の婿)などを教育したので、「宮師」とよばれた。宮人の廉女真は隷書をよくし、宮中の学士に任じられたこともあった(『全唐詩』巻五一九、李遠「廉女真の葬を観る」)。唐末、李菌が一人の元宮人にあったところ、彼女は自らかつて「侍書家」であったと云った(孫光憲『北夢瓊言』巻九)。おそらく書に優れていたのでこの職に任命された宮人であったと思われる。

 これら宮官の中のある者は品級が高く、権勢があり、宮中で尊ばれたばかりか、はては外廷の官僚さえも彼女たちに取り入って功名を図ろうとした。こうしたことにより、一部の宮人は外朝の政治に関与することもできたが、しかし、彼女たちの身分は所詮皇帝の家婢にすぎなかった。ある皇子の守り役が太宗(李世民)の弟舒王に、‐1尚宮(宮官の長)の品秩の高い者には、お会いになった際に拝礼をなさるべきです」と論したところ、舒王は「これはわが二番目の兄(李世民)の家婢ではないか。何で拝する必要があるか?」と言った(『旧唐書』高祖ニトニ子伝)。この言葉は一語で宮官身分の何たるかを喝破している。

 

 2 仕事と生活

 宮人は六局、二十四司に分属して管理され、各職務に任命された。彼女たちは出身、容姿、技芸の才能などによって、それぞれに適した任務と職掌が与えられていた。上級の宮人は大半が近侍となり、皇帝、后妃の日常生活や飲食等の世話に従事した。その他に皇帝が朝政に当たる時は側に侍り、内廷から皇帝の勅命を伝える任務にも当った。唐末の哀帝の時代になって、こうした任務ははじめて廃止され、宮人は内廷の門を自由に出ることが禁じられた。その他の下層の宮人は宮中のこまごまとした各種の雑事を分担した。たとえば、ある種の宮人はもっぱら宮中の門を見張っていたので「戸婢」とよばれた。また裁縫、織布、刺繍など、女腎特有の仕事を専門にする宮人は、皇帝后妃などの衣服を調達したり、また軍服をつくる仕事も兼ねた。また宮中の掃除や、庭園、灯火、倉庫など一切の管理事務を受けもつ者もいた。

 労働と近侍の他に、宮人のもう一つの役割は皇帝を楽しませることであった。中宗は宮女たちに宮中で市場を開いて晶物を売らせたり、また大臣たちに宮女たちと商売をさせ、その際わざと喧嘩の種をまいて自分と皇后を楽しませた。玄宗と楊責妃は歓楽のために数百人の宮妓、宦官を並べて「風流陣」(両陣に分れて競う遊戯の一っ)をつくらせ、錦で旗をつくって互いに戦わせて楽しんだ(『開元天宝遺事』巻下)。皇帝は名声と身分の高い后妃たちに対しては、常に一定の尊重の気持をもっていたが、宮女たちに対しては気の向くままに戯れたり、もて遊んだりすることができた。玄宗の時代、皇帝の寝所に侍ったお手付きの宮女は、皆腕に「風月常新」(男女の情愛は常に新しい、という意)の四文字を刻印され、そこに桂紅膏(赤色のクリーム)を塗られたので、水洗いしても色があせなかった。また穆宗は黒い絹布の上に白色の文字を書き、また白い絹布に黒色の文字を書き、合せて衣服をつくって「寵愛を受けた」宮女に下賜した。その衣服に書かれた文字はすべて見るに耐えない卑摂な言葉であり、人々はこれを「渾衣」(ざれごとを書いた衣)と呼んだ(馮贅『雲伯雑記』巻五、七)。これらは風流のようにも見えるが、実際は宮女を玩具にし、人格を踏みにじったことの明らかな証拠である。

 さらに不幸なのは、亡き皇帝の霊の弔いを命ぜられた「奉陵宮人」とか、「陵園妾」とか呼ばれる女性であった。唐朝の制度では「およそ皇帝の崩御にあたっては、子の無い宮女は悉く山陵に遣わし、朝な夕な、洗面用具を揃え、夜具を整えて、あたかも生者に仕えるように死者に仕えさせた」(『資治通鑑』巻二四九、宣宗大中十二年、胡三省注)。この他、各種の罪に対する罰として陵園(皇帝の御陵園地)に入れられた宮女もいた。いわゆる「潅に因りて罪を得 陵に配され来たりし」(白居易「陵園妾」)者であった。宣宗は即位すると、穆宗の宮人をすべて各地の陵園に押し込んでしまった。宣宗は穆宗を憎んでいたので、宮人たちも一緒に罰したのである。「山宮一たび閉ざされて開く日無く、未だ死せざれば此の身をして出でしめず」であり、「顔色は花の如く命は葉の如し」(白居易「陵園妾」)であったこれらの宮人は、半生を陰惨でもの寂しい陵墓に、自ら墓に入るその日までずっとお仕えしなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

花間集 巻三

 

 

 

 

 

謁金門

春滿院,疊損羅衣金線。睡覺水精簾未捲,簷前雙語鷰。

斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

 

 

 

花間集 教坊曲《巻三45謁金門一首》薛昭蘊

 

 

花間集 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1

 

 

 

 

薛昭蘊146《巻三45謁金門》

謁金門

寵愛を全く失った妃嬪、それでも寵愛を受ける事しか許されない身分、妃嬪の恋慕・悶絶の苦しみを詠う。

春滿院,疊損羅衣金線。

春の景色、趣きが豊かに中の後宮の奥に満ちあふれ、寝牀に入る時に着る薄絹の一重衣裳は長く畳みこんだままなので金糸の刺繍が損なわれている。

睡覺水精簾未捲,簷前雙語

それでも寵愛を受ける準備をしてきたが、何時しか、目覚めても水晶の簾をまだ巻き上げることもする気がしない、今年もまたつがいの燕が、軒先に囁き交わしている。

斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。

金の敲き金具が施された門は半開きのままで、散り落ちた花弁が庭一面に敷きつめてそのままでそうじをさせることもしていない。

早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

もう、どれだけ思い続けただろうか「長相思」の綿入れ、「結同心」の帯、思い出すたび腸が千切れの苦しみになり、それでも、寵愛を夢見る事だけしかできない生活を強いられている。

 

(謁金門【えつきんもん】)

春は院に満ち、畳みて羅衣の金線を損なう。

睡り覚むれど 水精の簾 未だ捲かず、簷前 双び語る燕。

斜めに掩う 金鋪 一扇、満地の落花 千片。

早に是れ相い思うて 腸 断えんと欲し、忍びて頻に夢に見せしむ。

 

薛昭蘊146《巻三45謁金門》

『謁金門』 現代語訳と訳註

(本文)

謁金門

春滿院,疊損羅衣金線。

睡覺水精簾未捲,簷前雙語鷰。

斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。

早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

 

(下し文)

(謁金門【えつきんもん】)

春は院に満ち、畳みて羅衣の金線を損なう。

睡り覚むれど 水精の簾 未だ捲かず、簷前 双び語る燕。

斜めに掩う 金鋪 一扇、満地の落花 千片。

早に是れ相い思うて 腸 断えんと欲し、忍びて頻に夢に見せしむ。

 

(現代語訳) 

.薛昭蘊146《巻三45謁金門》

寵愛を全く失った妃嬪、それでも寵愛を受ける事しか許されない身分、妃嬪の恋慕・悶絶の苦しみを詠う。

春の景色、趣きが豊かに中の後宮の奥に満ちあふれ、寝牀に入る時に着る薄絹の一重衣裳は長く畳みこんだままなので金糸の刺繍が損なわれている。

それでも寵愛を受ける準備をしてきたが、何時しか、目覚めても水晶の簾をまだ巻き上げることもする気がしない、今年もまたつがいの燕が、軒先に囁き交わしている。

金の敲き金具が施された門は半開きのままで、散り落ちた花弁が庭一面に敷きつめてそのままでそうじをさせることもしていない。

もう、どれだけ思い続けただろうか「長相思」の綿入れ、「結同心」の帯、思い出すたび腸が千切れの苦しみになり、それでも、寵愛を夢見る事だけしかできない生活を強いられている。

 

(訳注) 薛昭蘊146《巻三45謁金門》

謁金門

1.寵愛を全く失った妃嬪、それでも寵愛を受ける事しか許されない身分、妃嬪の恋慕・悶絶の苦しみを詠う。

2.【構成】『花間集』には薛昭蘊の作が一首収められている。双調四十五字、前段二十一字四句四仄韻、後段二十四字四句四仄韻で、❸❻❼❺/❻❻❼❺の詞形をとる。

謁金門

春滿,疊損羅衣金

睡覺水精簾未,簷前雙語

斜掩金鋪一,滿地落花千

早是相思腸欲,忍教頻夢

  
  
  
  

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『謁金門』五首

 

 

韋相莊

巻三

謁金門 二首其一(改訂版)

春漏促,金燼暗挑殘燭。

 

 

 

巻三

謁金門二首其二(改訂版)

空相憶,無計得傳消息。

 

 

薛侍郎昭蘊

巻三

謁金門 (薛昭蘊)

春滿院,疊損羅衣金線。

 

 

牛學士希濟

巻四

謁金門一首 (牛希濟)

秋已暮,重疊關山岐路。

 

 

孫少監光憲

巻八

謁金門一首

留不得!留得也應無益。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春滿院,疊損羅衣金線。

春の景色、趣きが豊かに中の後宮の奥に満ちあふれ、寝牀に入る時に着る薄絹の一重衣裳は長く畳みこんだままなので金糸の刺繍が損なわれている。

3. 疊損羅衣金線 薄絹の衣裳が長い間畳んだままになっているから、刺繍の金糸が折り目から切れてしまったことをいう。

春滿院 

 

睡覺水精簾未捲,簷前雙語鷰。

それでも寵愛を受ける準備をしてきたが、何時しか、目覚めても水晶の簾をまだ巻き上げることもする気がしない、今年もまたつがいの燕が、軒先に囁き交わしている。

4. 簾未捲 悲しみに心が晴れず簾を巻き上げる気持ちになれぬことを言う。

5. 双語燕 番の燕が仲睦まじく語らう。妃嬪が孤独であること、時の移ろいを感じさせる。ツバメは、番で巣作り、子作り、子育て、子供の旅立ち、秋には南に帰る別れ、時間経過を連想させるものである。

 

斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。

金の敲き金具が施された門は半半開きのままで、散り落ちた花弁が庭一面に敷きつめてそのままでそうじをさせることもしていない。

6. 金鋪一扇 扇は竹で編んだ門扉のことで鋪は門環で、金細工の輪を含ませた金具で、敲き金であろう。一扇は、片側の門扉が半開きになっていることをいうのであろう。街中の家ではこの状態で女性が住んでいることは考えられないから、後宮のように全体が護られている中での内扉ということ。

7. 滿地落花千片 花弁が庭に散りつくす、妃嬪は若い盛りのその一時だけの寵愛のためにいる存在で、子供ができない場合がほとんどである。

 

早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

もう、どれだけ思い続けただろうか「長相思」の綿入れ、「結同心」の帯、思い出すたび腸が千切れの苦しみになり、それでも、寵愛を夢見る事だけしかできない生活を強いられている。

8. 欲断 切れそうだ。欲は今にも〜しそうだ、の意。

9. 忍教頻夢見 むごくも、しきりに逢瀬の夢を見させる。

教(交)は使役を表す。使役の主体は妃嬪を独りにしておくこと。寵愛を失っても、寵愛を受ける事しか許されない身分。せめて夢で会いたいと願うのが一般であるが、ここでは、それを逆手に取って、寵愛を夢見ることが妃嬪を一層悲しませることを言ったもの。

10. 相思 〔久遠の辞、行人久寿戍、書を寄せて思うところをおくる。夜着の中には「長相思」の綿をつめて、縁のかざりは「結不解」のかがり糸にして、固く結んで解けぬ意をもたせるという女の気持ちを詠う。〕

「著以長相思,緣以結不解。」

夜着の中には「長相思」の綿をつめて、縁のかざりは「結不解」のかがり糸にして、固く結んで解けぬ意をもたせるのだ。

・著 中に綿を詰める。

・長相思 綿の縁語。綿綿と長く続く意をとる。

・縁 へりを飾る、ふちとる。

・結不解 糸をかがってほどけぬようにすること。「結同心」のこと

漢の無名氏《古詩十九首之十八首》

客從遠方來,遺我一端綺。

相去萬餘里,故人心尚爾。

文彩雙鴛鴦,裁為合歡被。

著以長相思,緣以結不解。

以膠投漆中,誰能別離此?

客遠方より乗り、我に一端の綺を遣る。

相去ること萬餘里なるも、故人の心 尚ほ爾り。

文彩は雙鴛鴦、裁ちて合歓の被と為す。

著するに長相思を以てし、縁とるに結不解を以てす。

膠を以て漆中に投ぜば、誰か能く此を別離せん。

「相思不惜夢,日夜向陽臺。」(相思、夢を惜ます、日夜、陽臺に向ふ。)

相思:大事な人を思いしのぶ。相は、相互にの意味は、この場合は弱い。相思相愛の相思とは違う。現代語に単相思(片思い)がある。但し、想君思我錦衾寒のとり方によっては、「相互に」の意味になる。ここは、ある時期、ある期間、相互相思であったこと、寵愛を受けていた期間があったことをいう。この詩は李白《長相思》詩に基づいて作られた詩のように感じられる。

長相思

長相思,在長安,絡緯秋啼金井闌。

微霜淒淒簟色寒,孤燈不明思欲

卷帷望月空長歎,美人如花隔雲端。

上有青冥之長天,下有水之波瀾。

天長路遠魂飛苦,夢魂不到關山難。

長相思,摧心肝。

(長相思)

長相思,長安に在り,絡緯 秋啼く 金井闌。

微霜 淒淒 簟色寒し,孤燈 明らかならず 思いえんと欲す。

帷を卷き 月を望んで空しく長歎し,美人 花の如く雲端を隔つ。

上には青冥の長天有り,下には淥水の波瀾有り。

天長く 路遠くして 魂 飛ぶこと苦なり,夢魂 到らず 關山難し。

長相思,心肝を摧く。

(寵愛を失っても、あの方のことを思い続けるしかないと詠う。)

あの人のことを長く思い続けている妃嬪は、長安に在る。秋も深く金の飾りを鏤めた井戸端のあたりでは蟋蟀がしきりに機織りの様な声を立てて啼いている。

夜間、薄霜が降りて冷え冷えとし、“もしか”と思い寝牀に敷いていた簟の色さえ寒々としている。この時に当たり、半分消えかかったような孤燈をとってかかげて、絶えぬ愁いの意を抱き続けている。

そして、とばりを巻き上げて、月を見上げて、空しく長嘆の声を発してみる。なぜなら、寵愛を失った妃嬪であっても牡丹の花のように美しさをたもっているけれど、月とおなじように、遠く雲端を隔てて天涯におかれているからである。

上には、蒼蒼とした仙郷のごとく天は何処までも続き、下には、澄み切った水の上に波瀾を生じて広げる。

このように天は長く、道は遠いために、魂が飛んでゆくことは苦しく、夢中の魂すら飛んでゆくことは難しい。

そこで、ずっと長く思い続けるしかなく、それが心も体も砕くことになっても思い続けるのだ。

136 《長相思》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <136> Ⅰ李白詩1321 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5153

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