花間集 訳注解説 巻三-34 (151)回目薛昭蘊十九首《浣溪紗八首其八》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8474

薛昭蘊《巻三-34 浣溪紗八首其八》

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花間集 訳注解説 巻三-34 (151)回目薛昭蘊十九首《浣溪紗八首其八》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8474 

(浣溪の沙 八首其の八 :西施のように美しい娘は、生娘でその魅力を認められたが、歳をとってしまえば、若い時の魅力はなくなるものだと詠う)

越の国の美女が素足で金を水に選りわけ作業をしていた、それは春の雪解け水の綺麗に澄みきった水嵩が増えているあたりだった。雲型の髪に挿した簪は歌に合わせて揺れ動き、動きに合わせて帯玉や耳飾りが鳴っている。渚に風が吹き、江の土手の草が風に揺れ、また、風に乗って、乙女らの清々しい香りが漂ってきたから美しい娘を見つけることができた。

春の遠き山のように翠眉を目を凝らしてもかくことが出来なくなったり、ただ、年増になった妃嬪にとってまさに、山に日がかたむいてくるようになると怨みの思いを含んだ景色になるものなのであり、《元人百種曲》にある碧桃花だって、花も散り落ちて、若い時の霊魂でなければ、あの張道南も数年も待ってはくれなくて、劉郎のように別れ去ってただ心に思うだけで終ってしまったことだろう。

 

 

 

 

 

花間集 巻三

 

 

 

 

 

薛侍郎昭蘊十九首:

花間集に薛昭蘊の詞は《小重山二首》《浣溪紗八首》《喜遷鶯三首》《離別難一首》《相見歡一首》《醉公子一首》《女冠子二首》《謁金門一首》の十九首所収している。

 

浣溪沙八首 其一

紅蓼渡頭秋正雨,印沙鷗跡自成行,整鬟飄袖野風香。

不語含嚬深浦裏,幾迴愁煞棹舡郎,鷰歸帆盡水茫茫。

 

其二

鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

 

其三

粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。

記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

 

其四

握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。

意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

 

其五

簾下三間出寺牆,滿街垂楊綠陰長,嫩紅輕翠間濃粧。

瞥地見時猶可可,卻來閑處暗思量,如今情事隔仙

 

其六

江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

 

其七

傾國傾城恨有餘,幾多紅淚泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

 

其八

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《浣溪紗八首其八》韋莊

 

 

花間集 訳注解説 巻三-34浣溪紗八首其八

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8474

 

 

 

雇われたり手伝い仕事をする女性は必ずしも針仕事だけではなく、その他の生計の道もあった。九隴(四川省彭県)の人張守珪は茶園を一つ持っていた。彼は「毎年茶摘みの人を百余人旦雇った。男女の雇工が茶畑に入り混っていた」(『太平広記』巻三七「陽平諦仙」)。これは女性が茶摘みに雇われた例である。張薦の著した『霊怪集』には、鄆州(山東省東平県)の関某なるものが、紐という姓の女を傭婦として雇い、それに衣食を給して酷使した話が載っている(『太平広記』巻二八六)。これは家の雑事に雇われた例である。これらの傭婦たちの大半は生きるすべがなく、他人に雇われたものであるが、しかし彼女たちと主人の関係は雇傭関係であって、売買可能な奴碑と同じではなかった。その他にも、別の仕事に従事する女性も若干あった。

澄州(広西省上林県)の砂金採りの女性たち。劉禹錫 《浪淘沙九首其六》「日照澄洲江霧開,淘金女伴滿江隈。美人首飾侯王印,儘是沙中浪底來。」(日は澄みたる洲を照らし江霧は開け、金を淘う女伴は江の隈に満つ。美人の首飾 侯王の印、尽く是れ抄の中 狼の底より来る)

その他に手工業に従事する女性もいる。広州に何二娘という女がおり、年わずか二十歳で専ら靴を編んで生業としていた(『太平広記』巻六二)。

これら農業以外の仕事に従事する女性たちは、農家の女性と同じょうに、唐代社会の経済的発展、富の蓄積、さらには科学技術文明に対して貢献をなしたのである。

花間集において、労働する女性を詠う場合、その労働の部分は、かつて純真無垢の乙女であった時をいう場合が多く、その後、選ばれて、後宮にあがった、官妓になって名声を得たとか、比較するための常套である。西施が、素足で水辺にいたのをスカウトされる。採蓮曲なども、腕をあらわにし、素足を出す乙女を詠うものである。これら同じ労働する無垢な少女がその美貌で栄華を得るサクセスストーリが描かれている。浣溪沙八首其八では「越女淘金春水上」とその少女は素足で砂を浣っていたのである。

  

 

 (改訂版)-4.薛昭蘊134《巻三34浣溪紗八首 其八》

浣溪沙八首其八

(浣溪の沙 八首其の八 :西施のように美しい娘は、生娘でその魅力を認められたが、歳をとってしまえば、若い時の魅力はなくなるものだと詠う)

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

越の国の美女が素足で金を水に選りわけ作業をしていた、それは春の雪解け水の綺麗に澄みきった水嵩が増えているあたりだった。雲型の髪に挿した簪は歌に合わせて揺れ動き、動きに合わせて帯玉や耳飾りが鳴っている。渚に風が吹き、江の土手の草が風に揺れ、また、風に乗って、乙女らの清々しい香りが漂ってきたから美しい娘を見つけることができた。

不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。

春の遠き山のように翠眉を目を凝らしてもかくことが出来なくなったり、ただ、年増になった妃嬪にとってまさに、山に日がかたむいてくるようになると怨みの思いを含んだ景色になるものなのであり、《元人百種曲》にある碧桃花だって、花も散り落ちて、若い時の霊魂でなければ、あの張道南も数年も待ってはくれなくて、劉郎のように別れ去ってただ心に思うだけで終ってしまったことだろう。

(浣溪沙八首其の八)

越女は春水の上りで金を淘【よな】げ,雲鬢を步搖し 珮は璫を鳴る,渚風【ちょふう】 江草 又た清香なり。

遠山 翠黛を凝しても為らず,只だ應に 恨みを含むは 斜陽に向うを,「碧桃花」謝【お】ちれば 劉郎を憶うのみ。

 

 

(改訂版)-4.薛昭蘊134《巻三34浣溪紗八首 其八》

『浣溪沙八首其八』現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙八首其八

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。

 

 (下し文)

(浣溪沙八首其の八)

越女は春水の上りで金を淘【よな】げ,雲鬢を步搖し 珮は璫を鳴る,渚風【ちょふう】 江草 又た清香なり。

遠山 翠黛を凝しても為らず,只だ應に 恨みを含むは 斜陽に向うを,「碧桃花」謝【お】ちれば 劉郎を憶うのみ。

 

(現代語訳) (改訂版)-4.薛昭蘊134《巻三34浣溪紗八首 其八》

(浣溪の沙 八首其の八 :西施のように美しい娘は、生娘でその魅力を認められたが、歳をとってしまえば、若い時の魅力はなくなるものだと詠う)

越の国の美女が素足で金を水に選りわけ作業をしていた、それは春の雪解け水の綺麗に澄みきった水嵩が増えているあたりだった。雲型の髪に挿した簪は歌に合わせて揺れ動き、動きに合わせて帯玉や耳飾りが鳴っている。渚に風が吹き、江の土手の草が風に揺れ、また、風に乗って、乙女らの清々しい香りが漂ってきたから美しい娘を見つけることができた。

春の遠き山のように翠眉を目を凝らしてもかくことが出来なくなったり、ただ、年増になった妃嬪にとってまさに、山に日がかたむいてくるようになると怨みの思いを含んだ景色になるものなのであり、《元人百種曲》にある碧桃花だって、花も散り落ちて、若い時の霊魂でなければ、あの張道南も数年も待ってはくれなくて、劉郎のように別れ去ってただ心に思うだけで終ってしまったことだろう。

 

(訳注) (改訂版)-4.薛昭蘊134《巻三34浣溪紗八首 其八》

浣溪沙八首其八

87.(浣溪の沙 八首其の八 :西施のように美しい娘は、生娘でその魅力を認められたが、歳をとってしまえば、若い時の魅力はなくなるものだと詠う)

88. 【解説】詞の前半、西施は薪売りの娘として育ったが、川で砂金採りのより分けをしている時に美しい姿と良い香りによって見いだされけれど、後段、歳を重ねて仕舞えば、誰でも若い時の美しはなくなる、《元人百種曲》の碧桃にしたって碧桃花が咲いているうちに妹の玉蘭が、十七であったから乗り移ってもうまくいったが、その玉蘭が、歳をとってしまっていたら、乗り移っても結婚などできなかっただろう、いうものである。

・浣溪沙は春まだ寒い時期、染め付けた布地を水にさらした後、河原に干す。春になると谷間の美しい光景となる。「浣溪沙」は、寒食、清明節、春の河原に、色とりどりの万幕を張って行楽を楽しむ様子が布地を晒し、乾かす光景と似ているために、春の行楽の恋模様を詠うものである。多くの階層の歌があるが、妃嬪・宮人・妓優のものがほとんどである。

浣溪沙と浪淘沙

許渾 《歳暮自廣江至新興往復中題峽山寺四首》 「洞丁多斵石、蠻女半淘金。」

白居易 《浪淘沙六首其六》「隨波逐浪到天涯,遷客生還有幾家。卻到帝重富貴,請君莫忘浪淘沙」

劉禹錫 《浪淘沙九首其六》「日照澄洲江霧開,淘金女伴滿江隈。美人首飾侯王印,儘是沙中浪底來。」

雑曲歌辞 浪淘沙:雑曲歌辞であるところの浪淘沙。波が砂をよなげる。劉禹錫の浪淘沙九首は、黄河や長江の流れを詠じている。『楚辭』の九歌に擬しているといわれる。ここの『浪淘沙』は詞牌ではない。・雑曲歌辞:楽府詩の一つ。内容は雑然としており、志を描写するものや感情を発露するものであり、宴遊や歓楽、うらみや別離の情、行役や征戍の苦労を詠ったものがある。・浪淘沙:なみが砂を洗う。後世、詞牌・『浪淘沙』となる。 ・淘:よなげる。米を水に入れて、ゆりとぐ。物を水に入れて、揺らし動かして洗う。

89. 【構成】(改訂版)浣溪紗八首 其一

双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、7⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

紅蓼渡頭秋正雨、印沙鷗跡自成整鬟飄袖野風

不語含嚬深浦裏幾迴愁煞棹舡、鷰歸帆盡水茫茫。

双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

(改訂版)浣溪沙八首其二

鈿匣菱花錦帶,靜臨蘭檻卸頭,約鬟低珥等歸

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依,二年終日損芳

(改訂版)浣溪紗八首 其三

粉上依稀有淚、郡庭花落欲黃昏、遠情深恨與誰論。

記得去年寒食日、延秋門外卓金、日斜人散暗消魂。

(改訂版)《巻三33浣溪紗八首 其四》

握手河橋柳似、蜂鬚輕惹百花心、蕙風蘭思寄清琴。

意滿便同春水滿、情深還似酒盃、楚煙湘月兩沉沉。

 

(改訂版)浣溪紗八首 其五

簾下三間出寺、滿街垂楊綠陰長、嫩紅輕翠間濃

瞥地見時猶可可、卻來閑處暗思、如今情事隔仙

○。

(改訂版)浣溪紗八首 其六

江館清秋纜客,故人相送夜開,麝煙蘭焰簇花。【舡:セン】

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘,月高霜白水連

○●○○●●○、●○△●●○○、●○○●●○△。

△●●○○●●、△○△●△○△、●○○●●○○。

(改訂版)浣溪紗八首 其七

傾國傾城恨有、幾多紅涙泣姑倚風凝睇雪肌

呉主山河空落日、越王宮殿半平、藕花菱蔓滿重湖。

(改訂版)浣溪紗八首 其八

双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、7⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

越女淘金春水上、步搖雲鬢珮鳴璫、渚風江草又清

不為遠山凝翠黛、只應含恨向斜、碧桃花謝憶劉郎。

  韋荘(韋相莊)        浣溪紗五首

  薛侍郎昭蘊   浣溪紗八首

  牛學士希濟   浣溪紗四首

  (顧太尉     浣溪紗八首

  孫少監光憲   浣溪紗九首

  閻處士選      浣溪紗一首

  毛秘書熙震   浣溪紗七首

  李秀才珣      浣溪紗四首

 

 

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

越の国の美女が素足で金を水に選りわけ作業をしていた、それは春の雪解け水の綺麗に澄みきった水嵩が増えているあたりだった。雲型の髪に挿した簪は歌に合わせて揺れ動き、動きに合わせて帯玉や耳飾りが鳴っている。渚に風が吹き、江の土手の草が風に揺れ、また、風に乗って、乙女らの清々しい香りが漂ってきたから美しい娘を見つけることができた。

90.・越女 現在の浙江省、呉の国、ここの女性は美しいということを云う場合に「越女」と用いる。当然、絶世の美女「西施」の素足で洗濯、淘金、採蓮などの仕事をしていて認められた故事からくるものである。

李白の若いころの詩に、『越女詞 五首』があり、晩唐、五代の詩人に影響を与えた。

越女詞 五首其一

長干呉兒女,眉目麗新月。屐上足如霜,不着鴉頭襪。

長干の街に住む呉の娘らは、眉と目が星や月よりもなまめかしい。木靴のうえの足は霜のように白く、足袋をはかなくてもうす絹をつけように素足が美しい。

越女詞 五首 其一 李白12

越女詞 五首其二

呉兒多白皙,好爲蕩舟劇。賣眼擲春心,折花調行客。

呉の女どもは色白が多く、好んで舟をゆさぶるあそびをする。色目をつかって、もえたつ春の心をなげつけ、花を折りとって旅人をからかう。

越女詞 五首 其二 李白13

越女詞 五首其三

耶溪採蓮女,見客棹歌囘。笑入荷花去,佯羞不出來。

若耶渓でハスの実をつむむすめたちは、旅人を見ると舟歌を唄いながらあちらへこいで遠ざかる。にっこり笑ってハスの花の影にかくれ、はずかしそうなふりをして出て来ない。

越女詞 五首 其三 李白14-3

越女詞 五首 其四

東陽素足女,會稽素舸郎。相看月未墮,白地斷肝腸。

東陽生まれの素足の女と、会稽の白木の舟の船頭とが顔を見あわせている。月が沈まないので、わけもなくせつない思いにくれている。

越女詞 五首 其四

越女詞 五首其五

鏡湖水如月,耶溪女似雪。新妝蕩新波,光景兩奇絶。

鏡湖は水が月光のようにすみ,耶溪は女むすめが雪のように色白。初々しい化粧姿はすがすがしい波間にうつる,その光景はどちらも比べがたく素晴らしい。

越女詞五首其五

91.・淘金 砂金を水でえり分ける。金の良し悪しを選び、淘汰する無垢の乙女を指す。。澄州(広西省上林県)の砂金採りの女性たち。劉禹錫 《浪淘沙九首其六》「日照澄洲江霧開,淘金女伴滿江隈。美人首飾侯王印,儘是沙中浪底來。」(日は澄みたる洲を照らし江霧は開け、金を淘う女伴は江の隈に満つ。美人の首飾 侯王の印、尽く是れ抄の中 狼の底より来る)。白居易 《浪淘沙六首其六》「隨波逐浪到天涯,遷客生還有幾家。卻到帝重富貴,請君莫忘浪淘沙。」許渾 《歳暮自廣江至新興往復中題峽山寺四首》「淘金」・淘げる【よなげる】とは。[動ガ下一][文]よな・ぐ[ガ下二]米を水に入れてゆすってとぐ。「ざるで米を―・げる」水に入れてかきまぜ、細かいものなどをゆらしてより分ける。「錫礦にて錫(すず)を淘(たう)する。少女の死後とか、客が取れなくなった女がするが、ここでは、無垢の乙女を指す。

春水上 春の雪解け水の水嵩が増えている川のほとり。

92. ・步搖 一種古代婦女首飾の簪、首飾り、イアリングが動くたびに揺れる。。.白居易〈長恨歌〉:「雲鬢花顏金步搖,芙蓉帳暖度春宵。」雲なす豊かな髪に、花のように美しい顔にきらきらと映える黄金製の揺れ動く髪飾り。芙蓉の花の模様のある閨房のとばりで、春の夜を過ごした。

93.・雲鬢 美しい黒髪。

94.・珮はい【佩・珮】古代の装身具の一。腰帯とそれにつりさげた玉(ぎよく)・金属器などの総称。中国の殷(いん)・周代に盛行し,古墳時代の日本に伝播した。   接尾 助数詞。刀剣の類を数えるのに用いる。ふり。

95.・璫耳朶(じだ)に孔(あな)をあけてつける鼓状・漏斗状の耳飾り。中国漢代に盛行。

珮鳴璫 帯玉や耳飾りが鳴る。

96.・渚風 渚に風が吹く。

97.・江草 又清香。大江の土手の草が揺れ、また、風に乗って、乙女らの清々しい香りが漂ってくる。

 

不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。

春の遠き山のように翠眉を目を凝らしてもかくことが出来なくなったり、ただ、年増になった妃嬪にとってまさに、山に日がかたむいてくるようになると怨みの思いを含んだ景色になるものなのであり、《元人百種曲》にある碧桃花だって、花も散り落ちて、若い時の霊魂でなければ、あの張道南も数年も待ってはくれなくて、劉郎のように別れ去ってただ心に思うだけで終ってしまったことだろう。

98.・遠山 春の霞のかかった山を遠くに見ると、女性が横たわったように見あることを言うが、ここでは年を取った女妓では体系も崩れてしまったことを云う。このころは細身の女が好まれ、薄絹を羽織って横たわることを「春山:遠山」という表現をした。

温庭筠『菩薩蠻 九』

牡丹花謝聲歇,綠楊滿院中庭月。

相憶夢難成,背窗燈半明。

翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。

人遠淚闌幹,燕飛春又殘。

牡丹 花謝【お】ち 鶯聲歇【や】む,綠楊【りょくよう】院に滿ち 中庭の月。

相憶【そうおく】の夢 成し難く,窗を背に燈び明りを半ばにする。

翠鈿【すいてん】の金 臉【ほほ】に壓【くず】す,寂寞【せきばく】として香 閨に掩う。

人遠く淚 闌幹【らんかん】し,燕飛 春 又殘る。

『菩薩蠻 九』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-9-9-#9 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1652

99.・翠黛青っぽい色のまゆずみ。また、若い美人のまゆ。緑にかすんで見える山の色。

100.・碧桃花 仙人が食べる果実。碧桃は桃の木の一種であるが実を結ばないものをいう。《元人百種曲、葵集下》にある中の一つ。徐端の長女の名前、碧桃が死後、葬った上に木を植え碧桃花が咲き、魂を生き長らえ、許嫁の男、張道南を科挙及第、出世させる。妹の身を借りて還魂し、張道南と夫婦となった。「碧桃」は普通の桃の木ではなく、あるいは、「碧樹=青い玉でできているという伝説上の木、宝樹」に実る「仙桃=仙果、不思議な果実」で、孫悟空が食べて千年寿命が延びたという不思議な果物のことをいう。・花謝 花が首を垂れ、落ちること。

101. 劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 

劉禹錫『再遊玄都觀』

百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。

種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。

再遊玄都觀 本文 劉禹錫 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-239--#95 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2742

白居易『贈薛濤』

蛾眉山勢接雲霓,欲逐劉郎北路迷。

若似剡中容易到,春風猶隔武陵溪。

贈薛濤 白居易 全唐詩 巻462  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-131--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2202

牛嶠『女冠子 其三』

星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮

明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

醮壇春艸綠,藥院杏花香。

青鳥傳心事,寄劉郎

女冠子四首 其三 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-316-5-#57-7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3127

牛嶠『夢江南二首 其二』

紅繡被,兩兩間鴛鴦。

不是鳥中偏愛爾,為緣交頸睡南塘,全勝薄情郎

夢江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142 

○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142

 

 

102.《元人百種曲、葵集下》「碧桃花」物語のポイント。

潮陽徐知県の娘、字は碧桃、父はわたしを張道南の妻にすることを約束しました。そのむかし、父が家に居なかったとき、わらわは梅香といっしょに裏の花園へ気晴らしをしにゆきました。張道南は白い鸚鵡が逃げたため、塀を越えてきて、鸚鵡を捜し、たまたまわらわと会ったのでございます。話していますと、父親がやってきたため、張道南は恥じ入って逃げ、父はわらわをあれこれと叱りました。わらわは繍房へと戻り、怒って死に、今では三年みとせを経ておりまする。父親はわたしを裏の花園に葬って、墓頂には一本の碧桃の樹が生えました。わらわはいまだに二十年はたとせの陽寿が尽きていないため、一霊真性たましいは散じないのでございます。はからずも、張道南は受験して及第し、潮陽で知事となりました。わらわはむかしの盟ちかいを念い、あのかたとふたたび結婚しようと思っておりまする。張道南は『青玉案』の詞を作り、証拠に残しておりまする。これが実情にございます。上仙さまにはご判断を錯あやまたれませぬよう。

 

碧桃はすでに死に、三年になるというのに、なぜ生き返ったのだろう。妖邪鬼怪が、草に倚り、木に附いたのではあるまいな。人を遣わし、張親家を呼びにゆかせたが、今になってもどうして来ぬのか。

(張珪が妻、張道南とともに張千を連れて登場)わたしは張珪。思えばまことに悲しいことだ。倅の張道南は徐章甫どのの上の娘の碧桃どのと婚約したが、碧桃どのは死なれてしまった。このたびは下の娘の玉蘭どのと婚約し、さいわいに道南の病がふたたびよくなったのだが、縁談を成就しようとした矢先、今日の朝、人が報せにきて言うには、玉蘭が昨夜の三更、急病で亡くなったとのことだった。老いぼれは思うのだが、わが道南には姻縁が訪れていないのだろう。今から夫人、道南とともに、あのひとの家へ弔問をしにゆかねばならぬ。はやくも着いた。取り次ぎは必要ない。そのまま入ってゆくとしよう。(会う)親家どの、ほんとうに悲しいことで。

(徐端)親家どの、碧桃は蘇りました。

(徐端)真人どの、上の娘の碧桃は死んでもう三年になりますが、昨晩、下の娘が急死し、今朝、急に蘇り、碧桃が蘇ったのだと申しておりまする。これはどういうことなのでしょうか。

(真人)老旦那さまはご存知ございますまいが、貧道がじっくりと話すのをお聴きください。老旦那さまは、そのむかし、碧桃さまを張道南さまの奥さまとすることを約されました。あの年の三月の十五日、あなたがた夫婦二人は、張県丞の家にゆき、牡丹の花を賞でられました。ところが、張道南さまは、白い鸚鵡が逃げたため、塀を跳び越え、おんみの家の花園へ鸚鵡を探しにゆかれたのです。そして、碧桃さまに遇い、顔を合わせて話しをしようとしたところ、老旦那さまが帰宅され、お嬢さまは罵られたのでございます。お嬢さまは、部屋に戻られ、たちまち亡くなられました。おんみの家はお嬢さまの亡骸を裏の花園に埋められました。お嬢さまは陽寿が絶えてらっしゃらず、精神は散じていられず、お墓には一株ひともとの碧桃花の樹が生えてきて、お嬢さまの魂は碧桃の樹に附かれたのです。三年後、張道南さまは一挙に及第し、この県の知県を授かり、おんみのむかしの役所に住まわれたのでした。その夜は、風は清く、月は明るく、張道南さまは、ぶらぶらと碧桃の樹の辺ほとりへとゆかれたのです。花は咲き、見るのにちょうどよかったために、一枝を折り、胆瓶に挿されたのでした。ところが、碧桃さまはその晩、書斎で張道南さまと契られて、雲となり、雨となりして、誓を立てられたのでした。そのため、張道南さまは、みるみるうちに死にそうになられました。張道南さまのご父君は上表し、道南さまを辞職させ、家に帰って養生をさせようとされ、聖上の許しを得たため、道南さまは離任して故郷へ行くことができました。碧桃さまはいっしょに来られなかったのですが、道南さまの病体はすぐには癒えませんでした。ご父君は道南さまの病がみるみる重くなり、薬を飲んでも効かないのを見て、妖精鬼怪が纏いつき、祟りを為していることを恐れられ、貧道の壇前に投詞されたのでございます。貧道は祭壇を設け、天将を遣わして、碧桃さまを壇下に捕らえてまいりました。碧桃さまは二十年の陽寿があり、張道南さまと宿縁前契、夫妻の誼があると仰ったのでした。貧道は信じずに、生死、婚姻を掌る判官を呼んできて尋ねたのですが、はたして嘘ではありませんでした。貧道は碧桃さまを蘇らせることにしましたが、いかんせん、屍は腐っていたため、元に戻すのは難しいことでした。ところが、おんみの下の娘の玉蘭さまは、食は尽き、禄は絶え、昨晩の三更に亡くなりました。判官に命令し、玉蘭さまの屍を借り、碧桃さまを蘇らせましたのは、みな貧道の力なのです。 
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