花間集 訳注解説 巻三-32 (149)回目薛侍郎昭蘊十九首《浣溪紗八首其六》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8462

 薛昭蘊《巻三35浣溪紗八首 其六》

 

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花間集 訳注解説 (149)回目薛侍郎昭蘊十九首《巻三-32 浣溪紗八首其六》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8462

 (浣溪紗八首 其の六:仲秋の秋に夫を江南に送り出す宴の様子とその心情を詠うもの。)

錦江のほとり、望江樓の館には清々しい秋の景色が広がり、江南に向かうお客は綺麗な呉の船の艫綱を結んでいる。離れがたい人が互いに夜の送別の宴会を開いている。麝香の煙が広がり、燈火のような蘭の花の香りが中に広がって、定婚店の花の飾りつけた美女たちが集っている。それでも、ここで別れるということは、江南に旅立ってしまうと心は断ち切れ、いかに、巫女と皇帝の化身である楚の雨も、その降るところを迷ってしまう。舜の娥皇と女英の湘江のほとりで瑟を奏でたように思い続けても、離別に堪えきれなくて、怨みを持ち、水に投身することになるということをいうが、私の心は、志が高く、清廉潔白であって、「月高霜白」である、それに、その清廉な空と大江の流れとは連なっているではないか。(だから余計な心配はするな)

 

 

 

 

 

花間集 巻三

 

 

 

 

 

薛侍郎昭蘊十九首:

花間集に薛昭蘊の詞は《小重山二首》《浣溪紗八首》《喜遷鶯三首》《離別難一首》《相見歡一首》《醉公子一首》《女冠子二首》《謁金門一首》の十九首所収している。

 

浣溪沙八首 其一

紅蓼渡頭秋正雨,印沙鷗跡自成行,整鬟飄袖野風香。

不語含嚬深浦裏,幾迴愁煞棹舡郎,鷰歸帆盡水茫茫。

 

其二

鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

 

其三

粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。

記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

 

其四

握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。

意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

 

其五

簾下三間出寺牆,滿街垂楊綠陰長,嫩紅輕翠間濃粧。

瞥地見時猶可可,卻來閑處暗思量,如今情事隔仙

 

其六

江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

 

其七

傾國傾城恨有餘,幾多紅淚泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

 

其八

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《浣溪紗八首其六》韋莊

 

 

花間集 訳注解説 巻三-32浣溪紗八首其六

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8462

 

 

唐時代の女性と結婚

唐代は、儒教礼節による束縛が弱かったことと、北方民族の習慣による影響により、中国の歴史上で比較しても、女性の地位が例外的なほどに高かった。そのため、女性の精神面、肉体面における活動は開放的で活発であった。

盛唐時代には、女性は顔を露わにして馬に座るのではなく、またがった上で外出を行い、そのときに、積極的な様々な異国の服飾や男装を着ることが多かった。また、ポロなどの運動や狩りなども積極的に行っていた。また、男性と酒の席で同席して会話を交わし、単独で男性と交流し、友人となることもあった。

官僚の夫人たちは、家に閉じこもらずに、お互いに社交活動を行い、夫の公務を助けることもあった。また、官僚の家の女性たちは男性の客を避けるような傾向は強くはなかった。

政治においては、唐代前期に、武則天のように皇帝となるものもあらわれ、韋皇后、安楽公主、太平公主など政治に関わりを持つ女性が多数、輩出した。しかし、「女禍」と呼ばれ、中唐以降は政治に参画する女性はほとんどいなくなった。軍事においても、高祖の娘である平陽昭公主や皇帝を自称して鎮圧された陳碩真のような事例も存在し、行動的であった。

また、文化活動でも活躍し、多数の女性による唐詩が作られ、上官婉児・李季蘭・薛濤・魚玄機など著名な女流詩人も輩出した。歌舞や音楽において、宮廷や民間ともに女性が大きな役割を果たし、楊貴妃も名人であることで知られる。散楽における女芸人や書法において優れた技量をもった女性がいた。

また、当時の伝奇小説や唐詩によれば、多くの女性が自発的な愛情を持ち、それを世間に肯定的に受け止められ、時には親に許され、夫ですら強く責めないことがあったことが分かる。恋愛において、男性は才能を重んじられ、女性は容貌を重んじられた。

唐代は道徳からいえば推奨されていたとはいえ、婦徳に基づいた行動をした「列女伝」に名を連ねる女性の数は少なく、絶賛されるほどではなかった。庶民層には家事を行わず、礼節を守らない女性もあり、官僚にも恐妻家といわれる夫も多かった。姑と嫁の関係も、一方的に姑が強いものではなく、家庭内礼節は守られないことが多かった。未婚の女性が男性と交際し、処女ではなくなったり、富裕層の既婚女性が愛人を交わることもよく見られ、貞操観念は強くなかった。中唐以降は、儒教による礼節が厳しくなり、このような女性による行動の事例はあまり見られなくなった。また、徳宗時代に、宋氏の五姉妹によって、「女論語」が著される。「女論語」は読みやすく、夫に対する服従とともに、女性の家庭において果たす積極的な役割を説くという面も存在した。

女性の教育は、詩歌や書法、礼法、管弦などの音楽、裁縫と機織りなどに行われ、階層によって、重点が異なっていた。士族では7歳前後から書を勉強し、経典を読んだ。商人や武官、庶民の家でも書を知る女性は少なくはなかった。書を読むことにより、礼法を学ぶことに重きを置かれ、詩歌については士族の女性が身につけることは肯定されなかったため、礼法に緩い士族の家や、庶民や妓女の女性が勉学された。識字できる女性の層は全体的に広がっていた。音楽は、官僚や士族、一部の庶民の家では、広く学ばれ、楽器や歌を修得する女性が多かった。裁縫は多くの階層で学ばれ、庶民階級では裁縫と機織りが家庭教育の中心であった。女性の教育は、その母親が行った。

女性には様々な家事労働があり、その主要な役割を果たしていた。一般官吏や庶民の家では女性が家事や育児、料理を行ったが、最も主要な家事が針仕事であった。針仕事によって作られた布で衣服を自給し、兵役の男性に軍服を与え、税である布類を納め、生計を助けた。夫の仕事を手伝うこともあった。男子の幼少期や女子の教育も行い、父母舅姑や夫の世話もした。

結婚について、律では一夫一妻制をとっていたが、多妾は認められていた。良人と賤人の結婚は許されず、士族と庶民の差も厳格なものではなかったが、厳然として存在した。女性の婚期は13歳から18歳まで、大体15歳前後であった。結婚は親の命令で行われたが、親が娘に夫を選ぶことを許すこともあった。結婚において、男性は家柄・財産・文才が重視され、女性は容貌・家の財産が重んじられた。結婚は六礼を経る過程で、結納や持参金が必要であった。貧家の女性が婚姻できず、高齢の男性と若年の女性の婚姻がなされるという問題も生まれた。夫が妻の実家で婚礼を行い、妻が夫の実家に赴かず、夫が入り婿となることも多く、妻は家庭の中で比較的、高い位置にいた。結婚後も妻の実家である妻族が、妻の強い力となり、夫に圧力を与えることもあった。婚姻を行っているにもかかわらず、女性が夫以外の男性と自由な性愛関係が行われ、道徳的に強い批判がなされないこともあった。

上層階級の妻は、出産と育児、家政、裁縫・機織・料理などの家事、夫の業務や社交の補佐などが社会機能として求められ、妾には家政の代わりに、夫への快楽の提供などが要求された。上層階級の妻には、家全体を整え、夫の官界への評判と評価を高めることが期待された。夫の業務や社交の補佐については、多大な貢献が行われたことが多くの記録で分かる。

離婚や再婚の事例は多く、律によって、夫が妻と離婚してよい場合として、七出を犯した場合が定められている。七出には、男子を産まないことや、舅姑によく仕えないこと、嫉妬深いことなどがあげられており、男性は栄達して、妻を換えることがしばしば見られた。ただし、唐代の特徴として、夫婦における協議離婚や妻から積極的に離婚を要求することも、認められていた。また、女性の再婚もむしろ推奨されていた。皇帝の娘である公主は夫が死去した後、多くが再婚しており、特別なものではなかった。

唐代では、南北朝時代から続く、上層階級の妻が夫の女性関係への激しい嫉妬を示す妬婦の事例が多いのも特徴である。背景には、北方民族における母系制度の影響、礼節道徳が弱かったことと、多妾制度と正妻の立場が曖昧であったことがあると考えられる。嫉妬深いことは、夫が離縁する「七出」の一つにあげられているが、妬婦たちは夫へ激しい嫉妬を示し、夫に激しい怒りを露わにし、夫の寵愛する妾や婢を傷つけ、殺すなどの行為を行った。次第に、多妾制度が定着していったため、妬婦の勢いは弱まっていった。

律上では、女性の権利は男性に比べればかなりの制限があった。女性は財産の相続権を有さず、戸絶(家の後継ぎがいないこと)の時のみ、相続権が与えられた。妻が夫のもとを勝手に去った場合は罰せられ、夫婦の暴力は妻がおこした場合の方が重かった。また、戦乱の時には多くの女性が殺戮や略奪の対象となった。その一方で、母親は子に従うことを推奨されることはなく、敬い、孝行するべき対象とみなされていた。

 

 

(改訂版)浣溪紗八首 其六

浣溪沙八首其六

(浣溪紗八首 其の六:仲秋の秋に夫を江南に送り出す宴の様子とその心情を詠うもの。)

江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。

錦江のほとり、望江樓の館には清々しい秋の景色が広がり、江南に向かうお客は綺麗な呉の船の艫綱を結んでいる。離れがたい人が互いに夜の送別の宴会を開いている。麝香の煙が広がり、燈火のような蘭の花の香りが中に広がって、定婚店の花の飾りつけた美女たちが集っている。

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

それでも、ここで別れるということは、江南に旅立ってしまうと心は断ち切れ、いかに、巫女と皇帝の化身である楚の雨も、その降るところを迷ってしまう。舜の娥皇と女英の湘江のほとりで瑟を奏でたように思い続けても、離別に堪えきれなくて、怨みを持ち、水に投身することになるということをいうが、私の心は、志が高く、清廉潔白であって、「月高霜白」である、それに、その清廉な空と大江の流れとは連なっているではないか。(だから余計な心配はするな)

(浣溪の沙 八首其の六)

江館 清秋 客舡を纜ぎ,故人 相いに夜に筵を開き,麝煙 蘭焰 花鈿【かでん】に簇がるを送る。

正是 斷魂 楚雨迷い,離恨に堪えず 湘絃に咽ぶというも,月高霜白 水 天に連る。

 

浣溪沙八首其七

傾國傾城恨有餘,幾多紅淚泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

 

浣溪沙八首其八

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。



『浣溪沙八首』現代語訳と訳註

(本文) (改訂版)浣溪紗八首 其六

浣溪沙八首其六

江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

 

(下し文)

(浣溪の沙 八首其の六)

江館 清秋 客舡を纜ぎ,故人 相いに夜に筵を開き,麝煙 蘭焰 花鈿【かでん】に簇がるを送る。

正是 斷魂 楚雨迷い,離恨に堪えず 湘絃に咽ぶというも,月高霜白 水 天に連る。

 

(現代語訳) (改訂版)浣溪紗八首 其六

(浣溪紗八首 其の六:仲秋の秋に夫を江南に送り出す宴の様子とその心情を詠うもの。)

錦江のほとり、望江樓の館には清々しい秋の景色が広がり、江南に向かうお客は綺麗な呉の船の艫綱を結んでいる。離れがたい人が互いに夜の送別の宴会を開いている。麝香の煙が広がり、燈火のような蘭の花の香りが中に広がって、定婚店の花の飾りつけた美女たちが集っている。

それでも、ここで別れるということは、江南に旅立ってしまうと心は断ち切れ、いかに、巫女と皇帝の化身である楚の雨も、その降るところを迷ってしまう。舜の娥皇と女英の湘江のほとりで瑟を奏でたように思い続けても、離別に堪えきれなくて、怨みを持ち、水に投身することになるということをいうが、私の心は、志が高く、清廉潔白であって、「月高霜白」である、それに、その清廉な空と大江の流れとは連なっているではないか。(だから余計な心配はするな)

 

(訳注) (改訂版)浣溪紗八首 其六

改訂版)浣溪紗八首其六

40.(浣溪紗八首 其の六:仲秋の秋に夫を江南に送り出す宴の様子とその心情を詠うもの。)

41. 【解説】錦江のほとり、望江路の側に、万幕を張ってそう越の園が開かれ、前半はその艶の様子、集まる人を述べて、後半、夫婦仲の良い「定婚店」の綺麗な妻が旅に出る夫の心配事をいうが、自分は清廉潔白であるし、その空と長江の流れが一体化しているように心は一つだから心配するなという。

・春まだ寒い時期、染め付けた布地を水にさらした後、河原に干す。春になると谷間の美しい光景となる。「浣溪沙」は、寒食、清明節、春の河原に、色とりどりの万幕を張って行楽を楽しむ様子が布地を晒し、乾かす光景と似ているために、春の行楽の恋模様を詠うものである。多くの階層の歌があるが、妃嬪・宮人・妓優のものがほとんどである。

42. 薛昭蘊:五代、後蜀*の官司至侍郎。(生卒年未詳)、字、出身地ともに未詳。詞風は温庭第に近い。『花間集』には十九首の詞が収められている。『花間集』には、薛侍郎昭蘊と記されている。
*後蜀(935-965)は中国五代十国時代に成都を中心に四川省を支配した国。四川の豊かな財物を背景に文化の華を開かせた。)

醇紹撃(生没年未詳900年代前半)花間集に載せられている詞人。花聞集では薛侍即とあり、侍郎の官についた人であることがわかるだけで、詳しい伝記はわからない。唐書の薛廷老伝によると、廷老の子に保遜があり、保遜の子に紹緯がある。乾寧中に礼部侍郎となった。性質は軽率であり、車に坐して夔州刺史に貶せられたという。ところでその経歴をさらにくわしく見ると、紹緯ほ乾寧3年(896)九月に中書舎人から礼部侍郎にたり、ついで戸部侍郎となり、光化2年(899)六月戸部侍郎から兵郡侍郎に選っている(唐僕尚丞郎表に依る)。これによって唐末に侍郎の官にあった人であることは明らかである。紹緯のことはまた北夢瑣言にも見えている。紹緯は才を侍み物に倣り、亦父(保遜)の風があった、朝省に入る毎に、笏を弄んで歩行し、旁若無人であった。好んで浣渓沙詞を唱したという。

 

今、花間集に侍郎とあり、また、その中に収められた十八首の詞の中、八首の浣渓沙があることから推量して薛昭蘊は紹緯と同じ人物であろうといぅ説が考えられるといわれている。晩年に磎州(渓州に同じであろう、広西に属する)に配せられているが、全唐詩の薛紹緯の条には天復中(唐末の年号、901903)に渓州司馬に貶せられたといぅひおそらくこの頃に貶せられたであろう。なお、北夢瑣言では薛澄州と呼んでいる。澄州もまた広西に属する。また、全唐詩に河東の人とあるのは、おそらく薛氏の出身地を言うのであろう。

 

歴代詩余の詞人姓氏では前蜀に編入して蜀に仕えて侍郎となったごとく記している。この説に従ってかれが韋荘と同じく蜀に仕えて侍郎となったとしている伝記も見受けられるが、紹澄が紹緯と同一人であるとすると上記の経歴と矛盾を生ずる。王国維は紹緯と薛昭蘊とを兄弟と見て、一門に浣溪沙詞を好んだものがあったと解しているが、この説よりも上にのべた同一人と見る説の方がよいようだ。花間集において温庭筠、皇甫松、韋荘についで薛昭蘊を並べているのも、唐王朝に仕えた人物を先に置いたためであろう。両者を同一人としておいた。

43. 【構成】・『花間集』には薛昭蘊の作が八首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。韋荘の浣渓抄の解説参照。

『花間集』には薛昭蘊の作が八首収められている。

(改訂版)浣溪紗八首 其一

双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、7⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

紅蓼渡頭秋正雨、印沙鷗跡自成整鬟飄袖野風

不語含嚬深浦裏幾迴愁煞棹舡、鷰歸帆盡水茫茫。

双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

(改訂版)浣溪沙八首其二

鈿匣菱花錦帶,靜臨蘭檻卸頭,約鬟低珥等歸

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依,二年終日損芳

(改訂版)浣溪紗八首 其三

粉上依稀有淚、郡庭花落欲黃昏、遠情深恨與誰論。

記得去年寒食日、延秋門外卓金、日斜人散暗消魂。

(改訂版)《巻三33浣溪紗八首 其四》

握手河橋柳似、蜂鬚輕惹百花心、蕙風蘭思寄清琴。

意滿便同春水滿、情深還似酒盃、楚煙湘月兩沉沉。

 

改訂版)浣溪紗八首 其五

簾下三間出寺、滿街垂楊綠陰長、嫩紅輕翠間濃

瞥地見時猶可可、卻來閑處暗思、如今情事隔仙

○。

(改訂版)浣溪紗八首 其六

江館清秋纜客,故人相送夜開,麝煙蘭焰簇花。【舡:セン】

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘,月高霜白水連

○●○○●●○、●○△●●○○、●○○●●○△。

△●●○○●●、△○△●△○△、●○○●●○○。

『花間集』には薛昭蘊の作が八首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。韋荘の浣渓抄の解説参照。

  韋荘(韋相莊)        浣溪紗五首

  薛侍郎昭蘊   浣溪紗八首

  牛學士希濟   浣溪紗四首

  (顧太尉     浣溪紗八首

  孫少監光憲   浣溪紗九首

  閻處士選      浣溪紗一首

  毛秘書熙震   浣溪紗七首

  李秀才珣      浣溪紗四首

 

江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。

錦江のほとり、望江樓の館には清々しい秋の景色が広がり、江南に向かうお客は綺麗な呉の船の艫綱を結んでいる。離れがたい人が互いに夜の送別の宴会を開いている。麝香の煙が広がり、燈火のような蘭の花の香りが中に広がって、定婚店の花の飾りつけた美女たちが集っている。

44. ・江館 錦江のほとりの官妓の館、薛濤がいた望江樓。

45. ・清秋 空が澄み、空気の清らかな秋。陰暦八月。《季 秋》

46. ・纜 ともづなを結んで一夜を共にする。ここでは思う男が他の女たちをはべらせて送別の宴を開いている。秋と艫綱は別離を意味する。

魚玄機『遣懷』(懐を遣る)

閑散身無事,風光獨自遊。閑散 身に事無く、風光濁り自ら遊ぶ。

斷雲江上月,解纜海中舟。雲を断つ 江上の月、纜を解く 海中の舟。

琴弄蕭梁寺,詩吟庾亮樓。琴は蕭梁の寺に弄し、詩は庚亮の樓に吟ず。

叢篁堪作伴,片石好為儔。叢篁 伴を作すに堪え、片石 儔を為すに好し。

47. ・*解纜 ともづなをといて舟を出発する。

遣懷 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-103-38-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2062

48. ・客舡 舡:呉の船。栙舡;帆のある呉の船。

49. ・簇 むらがる。あつまる。笹竹。小さい竹。

50. ・開筵 寒食、清明節、春の河原に、色とりどりの万幕を張って行楽を楽しむ様子に似ている。

51. ・麝煙 麝香の煙。麝煙/麝烟焚麝香發出的煙。

顧夐《楊柳枝》

秋夜香閨思寂寥,漏迢迢。

鴛幃羅幌麝煙銷,燭光搖。

正憶玉郎遊蕩去,無尋處。

更聞簾外雨蕭蕭,滴芭蕉。

(楊柳の枝)

秋の夜 閨に香る 思い寂寥たり,漏 迢迢たり。

鴛幃 羅幌 麝煙 銷ゆ,燭光 搖ぐ。

正に憶う 玉郎 遊蕩として去り,尋ぬる處無し。

更 聞く 簾外 雨蕭蕭たり,芭蕉に滴す。

13-319《楊柳枝一首》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-502-13-(319) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4057

52. ・蘭焰 焔・焰〔火群(ほむら)の意〕  ほのお。  心中に燃え立つ激情をたとえていう語。 「嫉妬の-」蘭の花が焔のように赤い花びらであるものをいう。

53. ・簇花鈿 韋固の妻王氏が花鈿を付けて外さなかった故事にもとづく。夫婦仲の良い「定婚店」の綺麗な妻がたくさん集まる。この妻たちの心配事が次の三句である。

唐韋固は相州の王泰という州長官の下で職を得て、 もっぱら罪人の尋問に当たっていた。王泰は韋固が有能なのを気に入り、 娘を嫁がせることにした。

韋固の新婦王氏は十七歳で、容貌も美しく、韋固は大満足であった。 しかし、妻はいつも眉間の間に小さな造花を貼り付け(花鈿) どんなときにもはずそうとしなかった。 年越の頃、彼はそのことを妻に問い詰めると、妻は泣きながら答えた。

「乳母の陳氏と共に住んで、 毎日野菜を売って暮らしておりました。 陳氏は私が幼いのを哀れに思い、いつも傍に置いていました。 三歳の時、陳氏が私を抱いて市場を歩いていると、 突然無法者に刀で眉間を刺され、傷が残りました。 ですから、造花を貼って隠しているのです。 七、八年ほどして、叔父が盧竜に赴任したのを機に、叔父に引き取られ、 彼の娘としてあなたに嫁いだ」

韋固はそう言うと、妻にことのいきさつをすべて話した。 このときより、夫婦はますます互いを敬い愛するようになった。

 後に宋城の県令がこの話を耳にし、その宿場町を「定婚店」と名づけた。

 

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

それでも、ここで別れるということは、江南に旅立ってしまうと心は断ち切れ、いかに、巫女と皇帝の化身である楚の雨も、その降るところを迷ってしまう。舜の娥皇と女英の湘江のほとりで瑟を奏でたように思い続けても、離別に堪えきれなくて、怨みを持ち、水に投身することになるということをいうが、私の心は、志が高く、清廉潔白であって、「月高霜白」である、それに、その清廉な空と大江の流れとは連なっているではないか。(だから余計な心配はするな)

54. ・断魂迷楚雨 楚の宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」「朝雲暮雨」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。ここは男が他の女のもとに向かって(断絶)いるため、雨もどこで降ったらよいのか迷ってしまうというもの。

55. ・湘絃 月夜に舜を惜しんで瑟を爪弾いた。舜の妃となった夷の二人の娘、娥皇と女英を祀った廟。湘水の神とされ,また洞庭湖の水神でもあって,湖中の君山にその祠廟がある。

劉禹錫『瀟湘神』

斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。

楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。

『瀟湘神  劉禹錫』  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-54-7-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1832

韋荘『臨江仙一首』

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

毛文錫『臨江仙』

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

臨江仙一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-373-8-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3412

56. ・月高霜白 月が高く寒さが厳しいことをいう。志が高く、清廉潔白であることのたとえ。

57. ・水連天 霜で白く染まった景色は天の水平線の彼方で月が照らす錦江(長江)の水に連なっている。 

「渭上題三首之二」溫庭筠

目極雲霄思浩然,風帆一片水連天。

輕橈便是東歸路,不肯忘機作釣船。

『渭上題三首 之二』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-42-11 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1784
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