花間集 訳注解説 巻三-30 (147)回目 薛昭蘊十九首《巻三-30 浣溪紗八首其四》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8450

 薛昭蘊《巻三-30 浣溪紗八首其四》 

 

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花間集 訳注解説 巻三-30 (147)回目 薛昭蘊十九首《巻三-30 浣溪紗八首其四》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8450

(浣溪紗八首 其の四 万物が成長する春に、橋のたもとで別れることもあり、八が花に飛び移る別れもある、そこには香り豊かないい思いでがあるべきで琴の音に寄せるものであるべきで、どんなに思い愛、その気持ちが深くなっても、別れというものはあるものだと詠う。)

手を握りあった「皓首以為期」と言って別れるのは、むかしから河橋のたもとで、柳が金のように芽吹き繁る下でするものだし、蜂という生き物はその鬚でもって、輕やかに飛び回って百花の芯に惹かれるもの、蘭の花に思いよせることは花のかおりが風に乗って吹いて来て、そこには、いつのまにか清がしい琴の音に寄せてしまうもの。春というもの、それぞれひかれるものがあるというものである。この季節は誰も思いを胸いっぱいにするものであり、ちょうど今、春の雪解けのみずが増水するのとおなじのような増加していく,たがいの思いが深くなるというのは、また、大盃に酒を注いでいくと次第に深くなるのと似ている、楚の懐王は「朝雲暮雨」と煙霧のようにまじわり、舜の後を追って湘水に身を投げた娥皇と女英が月に化身している,そのふたつの思いは、やがて沉沉とおさまっていくもの、「楚煙」は雨沈々、「湘月」は湘水に沈々となった、いずれもそこには「送別」というものがあるのである。

 

 

 

 

 

花間集 巻三

 

 

 

 

 

薛侍郎昭蘊十九首:

花間集に薛昭蘊の詞は《小重山二首》《浣溪紗八首》《喜遷鶯三首》《離別難一首》《相見歡一首》《醉公子一首》《女冠子二首》《謁金門一首》の十九首所収している。

 

浣溪沙八首 其一

紅蓼渡頭秋正雨,印沙鷗跡自成行,整鬟飄袖野風香。

不語含嚬深浦裏,幾迴愁煞棹舡郎,鷰歸帆盡水茫茫。

 

其二

鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

 

其三

粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。

記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

 

其四

握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。

意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

 

其五

簾下三間出寺牆,滿街垂楊綠陰長,嫩紅輕翠間濃粧。

瞥地見時猶可可,卻來閑處暗思量,如今情事隔仙

 

其六

江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

 

其七

傾國傾城恨有餘,幾多紅淚泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

 

其八

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《浣溪紗八首其四》韋莊

 

 

花間集 訳注解説 巻三-30浣溪紗八首其四

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8450

 

 

女性と結婚

唐代は、儒教礼節による束縛が弱かったことと、北方民族の習慣による影響により、中国の歴史上で比較しても、女性の地位が例外的なほどに高かった。そのため、女性の精神面、肉体面における活動は開放的で活発であった。

盛唐時代には、女性は顔を露わにして馬に座るのではなく、またがった上で外出を行い、そのときに、積極的な様々な異国の服飾や男装を着ることが多かった。また、ポロなどの運動や狩りなども積極的に行っていた。また、男性と酒の席で同席して会話を交わし、単独で男性と交流し、友人となることもあった。

官僚の夫人たちは、家に閉じこもらずに、お互いに社交活動を行い、夫の公務を助けることもあった。また、官僚の家の女性たちは男性の客を避けるような傾向は強くはなかった。

政治においては、唐代前期に、武則天のように皇帝となるものもあらわれ、韋皇后、安楽公主、太平公主など政治に関わりを持つ女性が多数、輩出した。しかし、「女禍」と呼ばれ、中唐以降は政治に参画する女性はほとんどいなくなった。軍事においても、高祖の娘である平陽昭公主や皇帝を自称して鎮圧された陳碩真のような事例も存在し、行動的であった。

また、文化活動でも活躍し、多数の女性による唐詩が作られ、上官婉児・李季蘭・薛濤・魚玄機など著名な女流詩人も輩出した。歌舞や音楽において、宮廷や民間ともに女性が大きな役割を果たし、楊貴妃も名人であることで知られる。散楽における女芸人や書法において優れた技量をもった女性がいた。

また、当時の伝奇小説や唐詩によれば、多くの女性が自発的な愛情を持ち、それを世間に肯定的に受け止められ、時には親に許され、夫ですら強く責めないことがあったことが分かる。恋愛において、男性は才能を重んじられ、女性は容貌を重んじられた。

唐代は道徳からいえば推奨されていたとはいえ、婦徳に基づいた行動をした「列女伝」に名を連ねる女性の数は少なく、絶賛されるほどではなかった。庶民層には家事を行わず、礼節を守らない女性もあり、官僚にも恐妻家といわれる夫も多かった。姑と嫁の関係も、一方的に姑が強いものではなく、家庭内礼節は守られないことが多かった。未婚の女性が男性と交際し、処女ではなくなったり、富裕層の既婚女性が愛人を交わることもよく見られ、貞操観念は強くなかった。中唐以降は、儒教による礼節が厳しくなり、このような女性による行動の事例はあまり見られなくなった。また、徳宗時代に、宋氏の五姉妹によって、「女論語」が著される。「女論語」は読みやすく、夫に対する服従とともに、女性の家庭において果たす積極的な役割を説くという面も存在した。

女性の教育は、詩歌や書法、礼法、管弦などの音楽、裁縫と機織りなどに行われ、階層によって、重点が異なっていた。士族では7歳前後から書を勉強し、経典を読んだ。商人や武官、庶民の家でも書を知る女性は少なくはなかった。書を読むことにより、礼法を学ぶことに重きを置かれ、詩歌については士族の女性が身につけることは肯定されなかったため、礼法に緩い士族の家や、庶民や妓女の女性が勉学された。識字できる女性の層は全体的に広がっていた。音楽は、官僚や士族、一部の庶民の家では、広く学ばれ、楽器や歌を修得する女性が多かった。裁縫は多くの階層で学ばれ、庶民階級では裁縫と機織りが家庭教育の中心であった。女性の教育は、その母親が行った。

女性には様々な家事労働があり、その主要な役割を果たしていた。一般官吏や庶民の家では女性が家事や育児、料理を行ったが、最も主要な家事が針仕事であった。針仕事によって作られた布で衣服を自給し、兵役の男性に軍服を与え、税である布類を納め、生計を助けた。夫の仕事を手伝うこともあった。男子の幼少期や女子の教育も行い、父母舅姑や夫の世話もした。

結婚について、律では一夫一妻制をとっていたが、多妾は認められていた。良人と賤人の結婚は許されず、士族と庶民の差も厳格なものではなかったが、厳然として存在した。女性の婚期は13歳から18歳まで、大体15歳前後であった。結婚は親の命令で行われたが、親が娘に夫を選ぶことを許すこともあった。結婚において、男性は家柄・財産・文才が重視され、女性は容貌・家の財産が重んじられた。結婚は六礼を経る過程で、結納や持参金が必要であった。貧家の女性が婚姻できず、高齢の男性と若年の女性の婚姻がなされるという問題も生まれた。夫が妻の実家で婚礼を行い、妻が夫の実家に赴かず、夫が入り婿となることも多く、妻は家庭の中で比較的、高い位置にいた。結婚後も妻の実家である妻族が、妻の強い力となり、夫に圧力を与えることもあった。婚姻を行っているにもかかわらず、女性が夫以外の男性と自由な性愛関係が行われ、道徳的に強い批判がなされないこともあった。

上層階級の妻は、出産と育児、家政、裁縫・機織・料理などの家事、夫の業務や社交の補佐などが社会機能として求められ、妾には家政の代わりに、夫への快楽の提供などが要求された。上層階級の妻には、家全体を整え、夫の官界への評判と評価を高めることが期待された。夫の業務や社交の補佐については、多大な貢献が行われたことが多くの記録で分かる。

離婚や再婚の事例は多く、律によって、夫が妻と離婚してよい場合として、七出を犯した場合が定められている。七出には、男子を産まないことや、舅姑によく仕えないこと、嫉妬深いことなどがあげられており、男性は栄達して、妻を換えることがしばしば見られた。ただし、唐代の特徴として、夫婦における協議離婚や妻から積極的に離婚を要求することも、認められていた。また、女性の再婚もむしろ推奨されていた。皇帝の娘である公主は夫が死去した後、多くが再婚しており、特別なものではなかった。

唐代では、南北朝時代から続く、上層階級の妻が夫の女性関係への激しい嫉妬を示す妬婦の事例が多いのも特徴である。背景には、北方民族における母系制度の影響、礼節道徳が弱かったことと、多妾制度と正妻の立場が曖昧であったことがあると考えられる。嫉妬深いことは、夫が離縁する「七出」の一つにあげられているが、妬婦たちは夫へ激しい嫉妬を示し、夫に激しい怒りを露わにし、夫の寵愛する妾や婢を傷つけ、殺すなどの行為を行った。次第に、多妾制度が定着していったため、妬婦の勢いは弱まっていった。

律上では、女性の権利は男性に比べればかなりの制限があった。女性は財産の相続権を有さず、戸絶(家の後継ぎがいないこと)の時のみ、相続権が与えられた。妻が夫のもとを勝手に去った場合は罰せられ、夫婦の暴力は妻がおこした場合の方が重かった。また、戦乱の時には多くの女性が殺戮や略奪の対象となった。その一方で、母親は子に従うことを推奨されることはなく、敬い、孝行するべき対象とみなされていた。

 

 

(改訂版)-4.薛昭蘊130《巻三33浣溪紗八首 其四》

浣溪紗八首 其四

(浣溪紗八首 其の四 万物が成長する春に、橋のたもとで別れることもあり、八が花に飛び移る別れもある、そこには香り豊かないい思いでがあるべきで琴の音に寄せるものであるべきで、どんなに思い愛、その気持ちが深くなっても、別れというものはあるものだと詠う。)

握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。

手を握りあった「皓首以為期」と言って別れるのは、むかしから河橋のたもとで、柳が金のように芽吹き繁る下でするものだし、蜂という生き物はその鬚でもって、輕やかに飛び回って百花の芯に惹かれるもの、蘭の花に思いよせることは花のかおりが風に乗って吹いて来て、そこには、いつのまにか清がしい琴の音に寄せてしまうもの。春というもの、それぞれひかれるものがあるというものである。

意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

この季節は誰も思いを胸いっぱいにするものであり、ちょうど今、春の雪解けのみずが増水するのとおなじのような増加していく,たがいの思いが深くなるというのは、また、大盃に酒を注いでいくと次第に深くなるのと似ている、楚の懐王は「朝雲暮雨」と煙霧のようにまじわり、舜の後を追って湘水に身を投げた娥皇と女英が月に化身している,そのふたつの思いは、やがて沉沉とおさまっていくもの、「楚煙」は雨沈々、「湘月」は湘水に沈々となった、いずれもそこには「送別」というものがあるのである。

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(改訂版)-4.薛昭蘊130《巻三33浣溪紗八首 其四》
『浣溪紗八首』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪紗八首 其四

握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。

意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

 

 

(下し文) 

(改訂版)《巻三33浣溪紗八首 其四》

手を握るは河橋なり 柳 金に似たるころ,蜂鬚 輕く惹れる 百花の心,蕙風 蘭思 清琴に寄る。

意 滿つ 便ち同うするは 春水滿ちるがごとく,情 深くするは 還た酒盃深くすに似たり,「楚煙」 「湘月」 兩れも 沉沉たり。

 

 

(現代語訳) (改訂版)《巻三33浣溪紗八首 其四》

(浣溪紗八首 其の四 万物が成長する春に、橋のたもとで別れることもあり、八が花に飛び移る別れもある、そこには香り豊かないい思いでがあるべきで琴の音に寄せるものであるべきで、どんなに思い愛、その気持ちが深くなっても、別れというものはあるものだと詠う。)

手を握りあった「皓首以為期」と言って別れるのは、むかしから河橋のたもとで、柳が金のように芽吹き繁る下でするものだし、蜂という生き物はその鬚でもって、輕やかに飛び回って百花の芯に惹かれるもの、蘭の花に思いよせることは花のかおりが風に乗って吹いて来て、そこには、いつのまにか清がしい琴の音に寄せてしまうもの。春というもの、それぞれひかれるものがあるというものである。

この季節は誰も思いを胸いっぱいにするものであり、ちょうど今、春の雪解けのみずが増水するのとおなじのような増加していく,たがいの思いが深くなるというのは、また、大盃に酒を注いでいくと次第に深くなるのと似ている、楚の懐王は「朝雲暮雨」と煙霧のようにまじわり、舜の後を追って湘水に身を投げた娥皇と女英が月に化身している,そのふたつの思いは、やがて沉沉とおさまっていくもの、「楚煙」は雨沈々、「湘月」は湘水に沈々となった、いずれもそこには「送別」というものがあるのである。

 

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(訳注) (改訂版)《巻三33浣溪紗八首 其四》

浣溪紗八首 其四

21. (浣溪紗八首 其の四 万物が成長する春に、橋のたもとで別れることもあり、八が花に飛び移る別れもある、そこには香り豊かないい思いでがあるべきで琴の音に寄せるものであるべきで、どんなに思い愛、その気持ちが深くなっても、別れというものはあるものだと詠う。)

22. 【構成】『花間集』には薛昭蘊の作が八首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。韋荘の浣渓抄の解説参照。

『花間集』には薛昭蘊の作が八首収められている。

(改訂版)浣溪紗八首 其一

双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、7⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

紅蓼渡頭秋正雨、印沙鷗跡自成整鬟飄袖野風

不語含嚬深浦裏幾迴愁煞棹舡、鷰歸帆盡水茫茫。

双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

(改訂版)浣溪沙八首其二

鈿匣菱花錦帶,靜臨蘭檻卸頭,約鬟低珥等歸

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依,二年終日損芳

(改訂版)浣溪紗八首 其三

粉上依稀有淚、郡庭花落欲黃昏、遠情深恨與誰論。

記得去年寒食日、延秋門外卓金、日斜人散暗消魂。

(改訂版)《巻三33浣溪紗八首 其四》

握手河橋柳似、蜂鬚輕惹百花心、蕙風蘭思寄清琴。

意滿便同春水滿、情深還似酒盃、楚煙湘月兩沉沉。

 

 

握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。

手を握りあった「皓首以為期」と言って別れるのは、むかしから河橋のたもとで、柳が金のように芽吹き繁る下でするものだし、蜂という生き物はその鬚でもって、輕やかに飛び回って百花の芯に惹かれるもの、蘭の花に思いよせることは花のかおりが風に乗って吹いて来て、そこには、いつのまにか清がしい琴の音に寄せてしまうもの。春というもの、それぞれひかれるものがあるというものである。

23. 握手河橋 別れることを意味した句。漢·李陵《與蘇武三首其三》詩「攜手上河梁,遊子暮何之?徘徊蹊路側,悢悢不得辭。行人難久留,各言長相思。安知非日月,弦望自有時。努力崇明德,皓首以為期。」(手を携えて河梁に上る、遊子暮に何くにか之く。蹊路の側 に徘徊して、悢悢【りょりょう】として辞する能わず。行人久しく留まり難し、各々言う長く相い思うと。安んぞ日月に非るを知らんや、弦望自ら時有る。努力して明徳を崇くせよ、皓首以て期と爲さん。)にもとづいており、橋。送別を示す。

李陵 《與蘇武詩三首 其三》 古詩源 文選  詩<106>Ⅱ李白に影響を与えた詩853 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2813

24. 蜂鬚 ちじれた髭が蜂がむらがったような顔の男。いわゆる猛者のようなおとこ。はちのくちひげ。・鬚 (あごひげ)、髭(ひげ)とは、人間の顔から顎の下にかけて生える毛のこと。鬚はどうぶつのひげ。ふさ。、あごひげをいう。くちひげ(髭)、ほおひげ(髯)で漢字を使い分ける。

 

意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

この季節は誰も思いを胸いっぱいにするものであり、ちょうど今、春の雪解けのみずが増水するのとおなじのような増加していく,たがいの思いが深くなるというのは、また、大盃に酒を注いでいくと次第に深くなるのと似ている、楚の懐王は「朝雲暮雨」と煙霧のようにまじわり、舜の後を追って湘水に身を投げた娥皇と女英が月に化身している,そのふたつの思いは、やがて沉沉とおさまっていくもの、「楚煙」は雨沈々、「湘月」は湘水に沈々となった、いずれもそこには「送別」というものがあるのである。

26. ・春水滿 四方の沢が春水で満ちること。春の雪解け水はきれいな水が増水していることで、川の中ほどが盛り上がって流れる様子を云う。水の流れを人の心の思いに喩える。そしてそれは、男女が布団の中での情事の様子を連想させるのである。

『春水』 

三月桃花浪,江流複舊痕。

朝來沒沙尾,碧色動柴門。

接縷垂芳餌,連筒灌小園。

已添無數鳥,爭浴故相喧。

(春 水)

三月 桃花の浪、江流 復た旧痕まであり。

朝来 沙尾【さび】没し、碧色【へきしょく】柴門に動く。

縷【る】を接して芳餌【ほうじ】を垂れ、筒を連ねて小園【しょうえん】に潅ぐ。

己に添う 無数の鳥、争い浴して故に相い喧【かますび】し。

春水 杜甫 都(4部)浣花渓の草堂(4 - 18)  杜甫 <423  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2060 杜甫詩1000-423-606/1500

 

春水生 二絶其一 

二月六夜春水生,門前小灘渾欲平。

鸕鸂鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。

其の一 

二月の六夜 春水生じ,門前の小灘【しょうたん】渾て平ならんと欲す。

鸕鸂【ろじ】鸂鶒【けいせき】漫【みだり】に喜ぶこと莫れ。吾と汝と曹【むれ】となしは俱に眼明せん。

4- 9.春水生 二絶其一 杜甫 

『春水生 其二』 

一夜水高二尺強,數日不可更禁當。

南市津頭有船賣,無錢即買系籬旁。

其二 

一夜にして水高くは二尺強,數日にして更に禁當する可からず。

南市 津の頭り 船賣有り,無錢 即ち系籬の旁に買う。

4-10.春水生 二絶其二 杜甫

 

遣意二首 其一

囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。

一徑野花落,孤村春水生。

衰年催釀黍,細雨更移橙。

漸喜交遊,幽居不用名。

其の一

枝に囀【さえず】りて 黄鳥【こうちょう】近く、渚に泛かびて 白鴎【はくおう】軽し。

一徑【いっけい】野花【やか】落ち、孤村【こそん】春水【しゅんすい】生ず。

衰年【すいねん】黍【しょ】を醸【かも】すを催【うなが】す、 細雨【さいう】更に橙【とう】を移す。

漸【ようや】く喜ぶ 交遊【こうゆう】の絶ゆるを、 幽居 名を用いず。

春水生 二絶其一 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 9)  杜甫 <414  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2015 杜甫詩1000-414-597/1500

27. ・情深:盃深 ここは男性の心持を表現するもので、思いが深ければ、盃に酒をいっぱいに注ぐこと。この句も男が女に状を示し、連想させる。

楚煙 「朝雲暮雨」の「楚の朝雲」をいう。《楚()の懐王が夢の中で契りを交わした神女が、朝には雲に、夕暮れには雨になると言ったという、宋玉「高唐賦」などにみえる故事から》男女の堅い契り。

28. ・湘月 湘夫人の月琴演奏九歌。《楚辞》九歌篇に歌われる2人の女神。湖南省にある湘水の神とされ,また洞庭湖の水神でもあって,湖中の君山にその祠廟がある。《山海経(せんがいきよう)》に洞庭の山に住む天帝の2人の娘のことが見え,漢の《列女伝》では,この2人は尭帝の娘で舜の妃である娥皇と女英であって,舜が蒼梧で死ぬと2人は湘水に身を投げてその神になったのだとされている。

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