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 韋莊《巻三-26 小重山一首》

 

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花間集 訳注解説(142)回目 韋莊二十五首《巻三-26 小重山一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8420

(小重山〔閨での寵愛の様子を連想させる題〕:漢の後宮の賢夫人“薄姫”を歌ったもの)

魏の王族の生まれであった薄姫は奴隷の身まで落ち、機織りの仕事をしていて、劉邦にみとめられたが、昭陽殿にただいるだけで蟄居されたもおなじであった、春が過ぎまた春が過ぎ、秋の寒々とした独り寝で、時を知らせる音を聞く長き夜、帝の情け夢に見る。床台に横になり苦しかった日々を思い出し、肉親同族がほとんどいなくなったこと、親孝行のできないことをおもうと、流す涙に薄絹の衣濡れ、紅の裳裾には涙の跡が消え残る。

自分の息子が天子になり、自身も皇太后になっても、苦しかった日々の事は忘れず、宮中の重なる門に隔てられ、彼方より洩れ聞こえる楽の音や歌の声だけ、庭一面に春の芳しい草青くのび、長門に独り身を寄す、しずかな暮らしを楽しんだ。皇后になり一族の者を取り上げて栄光の日々を過ごしたもの、韓信、戚夫人、呂皇后、などの末路をどれ程見てきたことか、自分の身内は息子の天子だけだが、身内と考えてはいけないから、いないものと思う、だから、種々の愁い悲しむことを語るべき人もいない、思いふけるだけでただ佇めば、宮廷にもう黄昏が迫る。

 

 

 

 

 

花間集 巻三

 

 

 

 

 

小重山

一閉昭陽春又春,夜寒宮漏永,夢君恩。

臥思陳事暗消魂,羅衣濕,紅袂有啼痕。

歌吹隔重閽,繞庭芳草綠,倚長門。

萬般惆悵向誰論?凝情立,宮殿欲黃昏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『小重山』 六首

 

 

作者

初句7字

 

 

韋相莊

巻三26

小重山一首

一閉昭陽春又春

 

 

薛侍郎昭蘊

巻三27

小重山二首 其一

春到長門春草青

 

 

巻三28

小重山二首 其二

秋到長門秋草黃

 

 

和凝

巻六14

小重山二首其一

春入神京萬木芳

 

 

巻六15

小重山二首其二

正是神京爛熳時

 

 

毛秘書熙震

巻十03

小重山一首

梁鷰雙飛畫閣前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《小重山一首》韋莊

 

 

花間集 訳注解説 巻三-26小重山一首

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8420

 

 

 

 

(改訂版)-48韋荘126《巻3-26 小重山一首》

小重山

(小重山〔閨での寵愛の様子を連想させる題〕:漢の後宮の賢夫人“薄姫”を歌ったもの)

一閉昭陽春又春,夜寒宮漏永,夢君恩。

魏の王族の生まれであった薄姫は奴隷の身まで落ち、機織りの仕事をしていて、劉邦にみとめられたが、昭陽殿にただいるだけで蟄居されたもおなじであった、春が過ぎまた春が過ぎ、秋の寒々とした独り寝で、時を知らせる音を聞く長き夜、帝の情け夢に見る。

臥思陳事暗消魂,羅衣濕,紅袂有啼痕。

床台に横になり苦しかった日々を思い出し、肉親同族がほとんどいなくなったこと、親孝行のできないことをおもうと、流す涙に薄絹の衣濡れ、紅の裳裾には涙の跡が消え残る。

歌吹隔重閽,繞庭芳草綠,倚長門。

自分の息子が天子になり、自身も皇太后になっても、苦しかった日々の事は忘れず、宮中の重なる門に隔てられ、彼方より洩れ聞こえる楽の音や歌の声だけ、庭一面に春の芳しい草青くのび、長門に独り身を寄す、しずかな暮らしを楽しんだ。

萬般惆悵向誰論?凝情立,宮殿欲黃昏。

皇后になり一族の者を取り上げて栄光の日々を過ごしたもの、韓信、戚夫人、呂皇后、などの末路をどれ程見てきたことか、自分の身内は息子の天子だけだが、身内と考えてはいけないから、いないものと思う、だから、種々の愁い悲しむことを語るべき人もいない、思いふけるだけでただ佇めば、宮廷にもう黄昏が迫る。

 

 

(改訂版)-48韋荘126《巻3-26 小重山一首》 

『小重山』 現代語訳と訳註

(本文)

小重山

一閉昭陽春又春,夜寒宮漏永,夢君恩。

臥思陳事暗消魂,羅衣濕,紅袂有啼痕。

歌吹隔重閽,繞庭芳草綠,倚長門。

萬般惆悵向誰論?凝情立,宮殿欲黃昏。

 

 

(下し文)

(小重山【しょうちょうざん】)

一たび昭陽に閉ざされ 春 又た春,夜 寒く 宮漏 永くして,君の恩 夢む。

臥して陳事を思い 暗に魂 消ゆ,羅衣 濕し,紅袂【こうべい】啼痕 有り。

 

歌吹 重閽を隔て,庭を繞れば 芳草 綠なり,長門に倚る。

萬般の惆悵 誰に向いて論ぜん?情を凝らして立てば,宮殿 黃昏ならんと欲す。

 

 

(現代語訳) (改訂版)-48韋荘126《巻3-26 小重山一首》

(小重山〔閨での寵愛の様子を連想させる題〕:漢の後宮の賢夫人“薄姫”を歌ったもの)

魏の王族の生まれであった薄姫は奴隷の身まで落ち、機織りの仕事をしていて、劉邦にみとめられたが、昭陽殿にただいるだけで蟄居されたもおなじであった、春が過ぎまた春が過ぎ、秋の寒々とした独り寝で、時を知らせる音を聞く長き夜、帝の情け夢に見る。

床台に横になり苦しかった日々を思い出し、肉親同族がほとんどいなくなったこと、親孝行のできないことをおもうと、流す涙に薄絹の衣濡れ、紅の裳裾には涙の跡が消え残る。

自分の息子が天子になり、自身も皇太后になっても、苦しかった日々の事は忘れず、宮中の重なる門に隔てられ、彼方より洩れ聞こえる楽の音や歌の声だけ、庭一面に春の芳しい草青くのび、長門に独り身を寄す、しずかな暮らしを楽しんだ。

皇后になり一族の者を取り上げて栄光の日々を過ごしたもの、韓信、戚夫人、呂皇后、などの末路をどれ程見てきたことか、自分の身内は息子の天子だけだが、身内と考えてはいけないから、いないものと思う、だから、種々の愁い悲しむことを語るべき人もいない、思いふけるだけでただ佇めば、宮廷にもう黄昏が迫る。

 

 

(訳注) (改訂版)-48韋荘126《巻3-26 小重山一首》

小重山

《巻3-26 小重山一首》

1. (小重山〔閨での寵愛の様子を連想させる題〕:漢の後宮の賢夫人“薄姫”を歌ったもの)

2. 【解説】奴隷部屋からの宮廷の片隅の昭陽殿に移され、たったいちどのちょうあいをうけただけで、春を過すのを重ねても、特別寵愛を受ける事は無かった。嘆く様子を詠ったもの。特に後段は、重なる門の中の宮殿から聞こえて来る音楽、歌声と、春草はびこる庭のさま、夕暮れ等を通して、言い尽くせぬ胸中の悲しい思いを訴える。

3. 薄姫(?~前155)   漢の高祖(劉邦)の薄夫人。文帝(劉恒)の母。呉郡の人。魏豹が立つと、魏の宮中に入った。魏豹は楚と通じたため曹参に捕らえられた。魏豹の死後、薄姫は高祖(劉邦)の後宮に入った。劉恒を産んで、劉恒は八歳で代王に立てられた。代王に立って十七年して、呂太后が崩じ、呂氏が滅ぼされると、大臣たちは相談して劉恒を帝に迎えた。このため薄氏は皇太后となった。薄姫はすべての人から愛され、幼い劉恆も共に愛された。この薄姫の人柄が、自身と子の劉恆を救うことになるのだ。

主人が死ぬと女性達は後宮から出ることができたが、劉邦の正妻呂后は嫉妬深く残忍な性格だった為、劉邦に寵愛された後宮の女性をことごとく拘束して幽閉した。

劉邦の寵愛を一身に受けた戚姫にいたっては、手足は断ち切られ、眼球はくり抜かれ耳も潰され、喉は薬で焼かれ喋れないようにされた。そして挙句の果てにはその死体は便所に放り込まれた。恵帝はこれを見て病気になり死んだという。

しかし薄姫だけは後宮から出ることを許された。劉邦の子を持ったのに呂后にまったく嫉妬されなかったのは、薄姫が後宮の主である呂后に謙虚に仕えていたからである。(殆んど劉邦に接しなかったということもあるが・・・。)めちゃめちゃな殺され方をした戚姫は、劉邦の寵愛をかさに着て、呂后の一人息子を廃して自分の子を後継ぎにして欲しいと劉邦にお願いしたりしていた。要するに、呂后と権勢を争ってしまったのである。

戚姫は呂后の人間性を見抜けなかったと言えるだろう。こうして薄姫は息子の劉恆と共に代へと向かうことができた。

これも薄姫の温厚な性格のお蔭であった。劉恆が代王になって17年経ったとき、呂后がなくなり呂一族は誅殺された。

『花間集』には六首所収されているが、韋荘の作は一首収められている。

双調五十八字、前段三十字六句四平韻、後段二十八字六句四平韻で、⑦5③⑦3⑤/⑤5③⑦3⑤の詞形をとる。

一閉昭陽春又、夜寒宮漏永、夢君恩。
臥思陳事暗消魂、羅衣濕、紅袂有啼

歌吹隔重閽、繞庭芳草綠、倚長門。

萬般惆悵向誰、凝情立、宮殿欲黃昏。



 

一閉昭陽春又春,夜寒宮漏永,夢君恩。

魏の王族の生まれであった薄姫は奴隷の身まで落ち、機織りの仕事をしていて、劉邦にみとめられたが、昭陽殿にただいるだけで蟄居されたもおなじであった、春が過ぎまた春が過ぎ、秋の寒々とした独り寝で、時を知らせる音を聞く長き夜、帝の情け夢に見る。

4. 昭陽 漢の宮殿の名。漢の未央宮の後宮には、昭陽殿・飛翔殿・増成殿・合辞殿とあり、つづいて蘭林殿・披香殿・凰皇殿・鴛鸞殿がある。いかにも柔軟優美で華麗な女官がむらがり集まって、ここで、感嘆しては後をふりかえり、目をとめて美人たちが見るところである。だから後宮の館室、それに宿衛の官舎も休暇の宿舎も、五彩の色で飾り、織細で手がこんでいる。木地は中に包みこむように、藻草模様でもって彫刻し、朱と縁とであざやかに彩色する。張衡《西京賦》「後宮則昭陽飛翔,增成合驩,蘭林披香,鳳皇鴛鸞。羣窈窕之華麗,嗟顧之所觀。故其館室次舍,采飾纖縟。裛以藻繡,文以朱綠。」(後宮には則ち 昭陽 飛翔,增成 合驩【ごうかん】,蘭林 披香,鳳皇 鴛鸞あり。窈窕の華麗を羣む,嗟 に顧みて之れ觀る所なり。故に其の館室 次舍は,采飾 纖縟【せんじょく】あり。裛【つつ】むに藻繡【そうしゅう】以てし,文【あやな】るに朱綠を以てす。)とみえる。

張平子(張衡)《西京賦》(17)#7-2 文選 賦<114―(17)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1054 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3818

5. 宮漏永 夜が長いこと。宮漏は宮中の水時計。

6. 君恩 天子の恩寵。

 

臥思陳事暗消魂,羅衣濕,紅袂有啼痕。

床台に横になり苦しかった日々を思い出し、肉親同族がほとんどいなくなったこと、親孝行のできないことをおもうと、流す涙に薄絹の衣濡れ、紅の裳裾には涙の跡が消え残る。

7. 陳事暗消魂 魏豹が栄達したのを見、薄姫の母は娘を魏豹の後宮に入れようと考え、許負という占いの名手に娘の人相を診てもらった。許負は、「この娘は天子を生むに違いありません。」と占い、薄姫の母は大いに喜び、娘を無理矢理後宮へ送り込んだ。魏豹は占いの噂を聞き、薄姫を寵愛した。しかし、この寵愛は長くは続かなかった。魏王魏豹は韓信・曹参らに惨敗し、逮捕されてしまったのである。魏咎の後宮にいた女性もみな逮捕された。

薄姫は奴隷の身分に落とされ、漢宮中の機織り(はたおり)部屋に入れられて強制労働させられる羽目に陥ってしまった。薄姫が奴隷となり機織り部屋にぶち込まれてから十ヶ月が過ぎようとしていた。その間、魏豹は殺され、薄姫の母も病死した。薄姫は身寄りも無くなってしまった・・・。ある日、魏咎の後宮にいた女性が機織り部屋で奴隷になっている、という噂を聞きつけた劉邦がひょっこり機織り部屋にやってきた。劉邦は、接した女性の数は数え切れないほどの女好きであったため、薄姫を一目見て「奴隷の身分から解放しわしの後宮に入れよ。」と命じた。薄姫は遂に苦難の日々に別れを告げ、晴れて自由の身となり劉邦の後宮に入った。しかし、劉邦はすっかりこのことを忘れてしまい、その日の夜は違う女性を侍らせた。その日だけではない。劉邦はスッカリ薄姫のことを忘れ、数年放っておかれたのである。

 

歌吹隔重閽,繞庭芳草綠,倚長門。

自分の息子が天子になり、自身も皇太后になっても、苦しかった日々の事は忘れず、宮中の重なる門に隔てられ、彼方より洩れ聞こえる楽の音や歌の声だけ、庭一面に春の芳しい草青くのび、長門に独り身を寄す、しずかな暮らしを楽しんだ。

8. 重閽 幾重にも重なる門。薄姫は、自分の地位に慢心することなく、質素な生活をした。ここでは幽閑な場所が昭陽殿であることを言う。

9. 長門 前漢の武帝の時の宮殿の名。武帝の寵愛を久った陳皇后は長門宮に留め置かれた。ここでは、皇太后に上り詰めたはくきは、天子の寵愛を失った宮女が幽閉された居所を漢の長門宵に入るのと同じ生活をしたという。

 

萬般惆悵向誰論?凝情立,宮殿欲黃昏。

皇后になり一族の者を取り上げて栄光の日々を過ごしたもの、韓信、戚夫人、呂皇后、などの末路をどれ程見てきたことか、自分の身内は息子の天子だけだが、身内と考えてはいけないから、いないものと思う、だから、種々の愁い悲しむことを語るべき人もいない、思いふけるだけでただ佇めば、宮廷にもう黄昏が迫る。

10. 万般惆悵 さまざまな悲しみ。

11. 凝情 思いに耽る。

12. 欲黄昏 もう少しで夕暮れになる。欲は今にも~しそうだ、の意。
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