花間集 訳注解説(138)回目 韋莊二十五首《巻三-22 女冠子二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8396

韋莊《巻三-22 女冠子二首其二》

 

2017323

の紀頌之5つの校注Blog

 

  総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-070全唐文卷0350-24 漢東紫陽先生碑銘(卷三○(二)一七三四詩文補遺)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8363

LiveDoo

rBlog

744年-集11字解集 A.古風五十九首之四十 B.古風五十九首之四十四 C.早夏于將軍叔宅Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8388

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-35 全唐詩339_ 7 #2短燈檠歌 #2 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8394

LiveDoo

rBlog

806年-集10-【字解集】 ・送區弘南歸 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8383

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-83 老病 杜詩詳注(卷一五(三)一二八二)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8401

LiveDoo

rBlog

767年-集-7 【字解集】 ・a.甘林 ・b.暇日小園散病將種秋菜督勒 杜詩詳注 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8354

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説(138)回目 韋莊二十五首《巻三-22 女冠子二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8396 (03/23)

  fc2

Blog

花間-011 字解集128)回目韋莊a.謁金門 b.江城子 c.河傳 d.天仙子五首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8336 (03/14)

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-041§7 古詩 爲焦仲卿妻作§7-#2〔無名氏〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻一ブログ 8397

LiveDoo

rBlog

玉集-09 定情詩一首 【字解集】漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8241

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)

漢詩総合サイト 07ch

杜甫全詩案内

韓愈全詩案内

李白全集

文選

古詩源

花間集案内

http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/

花間集 訳注解説(138)回目 韋莊二十五首《巻三-22 女冠子二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8396

(一年前に別れたというのに、夢に女性が出てきて逢瀬を楽しみ歓び、離れがたいという夢だが、夢だということがわかると、もっとつらくなるのだと詠う。)

昨夜の夜半のことだった。一年以上も経つというのに、枕辺で、夢を見たことをはっきり覚えている。「夢では多く語り合ったし、以前と同じ妝装いでで麗しい君の面影は桃の花のようだった。ほほえんでくれて女性の美しく若い柳葉の眉尻はしきりに下げている。」というものだ。それでも、その夢の、「半ば、恥じらい、また、半ば、喜ぶ、去って行こうとしても、名残が尽きなくて離れがたい。」ということがつらいのだ。夢から覚めてから、それが夢だったと分かってしまうと、その悲しみにとてもたえることができないのだ。

 

 

 

 

 

花間集 巻三

 

 

 

 

 

女冠子二首其一

四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。

不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

 

女冠子二首其二

昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。

半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

 

溫助教庭筠

0148

女冠子二首其一

含嬌含笑

 

 

 

0149

女冠子二首其二

霞帔雲髮,

 

 

韋相莊

0321

女冠子二首其一

四月十七,

 

 

 

0322

女冠子二首其二

昨夜夜半,

 

 

薛侍郎昭蘊

0338

女冠子二首其一

求仙去也,

 

 

 

0339

女冠子二首其二

雲羅霧縠,

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

0401

女冠子四首 其一

綠雲高髻,

 

 

 

0402

女冠子四首 其二

錦江煙水,

 

 

 

0403

女冠子四首 其三

星冠霞帔,

 

 

 

0404

女冠子四首 其四

雙飛雙舞,

 

 

張舍人泌

0439

女冠子一首

露花煙草,

 

 

孫少監光憲

0824

女冠子二首其一

蕙風芝露,

 

 

 

0825

女冠子二首其二

澹花瘦玉,

 

 

鹿太保虔扆

0916

女冠子二首其一

鳳樓琪樹,

 

 

 

0917

女冠子二首其二

步虛壇上,

 

 

毛秘書熙震

0945

女冠子二首其一

碧桃紅杏,

 

 

 

0946

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,

 

 

李秀才珣

1036

女冠子二首其一

星高月午,

 

 

 

1037

女冠子二首其二

春山夜靜,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《女冠子二首其二》韋莊

 

 

花間集 訳注解説 巻三-22女冠子二首其二

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8396

 

 

【出家の動機】

およそ出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。一部は、家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。たとえば、宋国公の斎璃は仏教にのめりこみ、娘を三歳にして寺に入れ尼にしてしまった(『唐文拾遺』巻六五「大唐済度寺の故比丘尼法楽法師の墓誌銘」)。

柳宗元の娘の和娘は、病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った(『全唐文』巻五八二、柳宗元「下務の女子の墓碑記」)。こうした人々の大半は貴族、士大夫の家の女子であり、彼女たちの入信は多かれ少なかれ信仰の要素を内に持っていたようである。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。たとえば、開元年間、輩県(河南省筆県)の李氏は夫の死後再婚を願わず、俗世を棄てて尼になった(侠名『宝応録』)。焼騎将軍桃李立が死んだ時、その妻は喪が明けると、出家して女道士になりたいと朝廷に願い出た(『全唐文』巻五三一、張貫「桃李立の妻、女道士に充らんとするを奏せる状」)。あるいはまた、家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観に人らざるをえなかった者もいる。越王李貞(太宗の子)の玄孫李玄真は、祖先(曾祖父李珍子)の武則天に対する反逆の罪によって父、祖父などがみな嶺南の僻遠の地で死んだ。彼女はそれら肉親を埋葬した後、成宜観に入り信仰の中で生涯を終えた(『旧唐書』列女伝)。睾参は罪にふれて左遷させられた。すると、その娘は榔州(湖南省榔県)で出家し尼になった(『新唐書』睾参伝)。

 

また妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。唐詩の中には「妓が出家するのを送る」 ことを題材とした作品がたいへん多い。宮人・宮妓が通観に入る例も少なからぬ割合を占める。彼女たちは年をとり宮中を出でも頼るべき場所とてなく、大多数が寺院・通観を最後の安住の地とした。

長安の政平坊にあった安国観の女這士の大半は上陽宮の宮人であった(『唐語林』巻七)。詩人たちはかつて、「斎素と白髪にて宮門を酢で、羽服・星冠に道意(修行心)存す」(戴叔倫「宮人の入道するを送る」)、「君看よ白髪にて経を詞する者を、半ばは走れ宮中にて歌舞せし人なり」(慮輪「玉真公主の影殿を過ぎる」)などと詠んで嘆いた。最後になったが、他に貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。総じて言えば、出家は女性たちが他に生きる道がない状況下における、最後の出路、最後の落ち着き先になったのである。

一般の女子の出家の状況はだいたい以上述べたようなものであったが、妃嬢・公主たちの出家の事情は比較的特殊である。妃嬢の中のある者は、皇帝が死ぬと集団で寺に送りこまれた。たとえば、武媚(後の武則天)などの妃嬢は太宗の死後、盛業寺に送られて尼にされた。また、ある者は家人が罪を犯したためもはや妃嬢となる資格を失い、やむなく出家せざるを得なかった。たとえば、粛宗の喜妃は長兄が死を賜ったので粛宗と離婚し、宮中にある寺の尼となった。楊貴妃が女道士になった件は、玄宗が息子の嫁を自分の妃にするために弄した策略にすぎず、これで天下の耳目を掩ったのである。公主が道教に入信することはさらに多く、唐朝の二一二人の公主のうち、出家した者は十人にも上る。ただし、彼女たちの多くは道教に入っており、仏に仕えたのではなかった。彼女たち事実上自ら願って女道士の生活に入ったのであろう。最も有名な玄宗皇帝の妹の玉貴公主と、彼女と同時に出家した金仙公主は、おそらくこうした例である。彼女たちは女道士になっても公主としての富貴と栄誉を失わなかった。朝廷は旧来のごとく彼女たちに生活資財を支給したから、生活はかえって公主の時より自由になり、束縛を受けなくなった。また女道士の生活は尼僧のそれに比べていくらか自由であったからこそ、公主たちの大半は仏寺に入らず通観に入ったのである。

 

 

(改訂版)-43韋荘121《巻3-21 女冠子二首 其一》 

女冠子二首其一

(道女になると別れた女性を思い偲ぶ情を詠う。)

四月十七,正是去年今日。

初夏、四月十七日、まさにこの日一年前の今日。

別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。

それはきみと別れの時、涙をこらえつつ、ただ、見つめ合えばこらえきれないのでうつむいてしまう、形の上の出家とはいえ、泣けば恥かしいことと思い顔を作るから、少し眉間にしわを寄せてしまった。 

不知魂已斷,空有夢相隨。

すでに思いを通わせることは許されないと心に言い聞かせているのに、夢で君を追いかけていることがある、それは空しくつらいことだということは知らなかった。

除卻天邊月,沒人知。

空にある月がきみであるから、もう月を見る事はしなくなったし、そして、人のうわさも75日、一年もたったので、誰も別れた人の心を知ろうとはしない。 

(女冠の子)

四月の十七,正に是れ去年の今日。

君と別れし時。涙を忍びて佯【いつは】りて面を低げ,羞【はぢら】いを含みて眉を斂む。

知らず  魂い已に斷たれ,空しく夢に相ひ隨う有るを。

除卻す 天邊の月を,人の知る沒【な】し。

 

女冠子二首其二

(一年前に別れたというのに、夢に女性が出てきて逢瀬を楽しみ歓び、離れがたいという夢だが、夢だということがわかると、もっとつらくなるのだと詠う。)

昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。

昨夜の夜半のことだった。一年以上も経つというのに、枕辺で、夢を見たことをはっきり覚えている。「夢では多く語り合ったし、以前と同じ妝装いでで麗しい君の面影は桃の花のようだった。ほほえんでくれて女性の美しく若い柳葉の眉尻はしきりに下げている。」というものだ。

半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

それでも、その夢の、「半ば、恥じらい、また、半ば、喜ぶ、去って行こうとしても、名残が尽きなくて離れがたい。」ということがつらいのだ。夢から覚めてから、それが夢だったと分かってしまうと、その悲しみにとてもたえることができないのだ。

(女冠の子)

昨夜 夜半,枕上 分明に夢み見【まみ】ゆ。:「語ること 時に多く、舊に依る  桃花の 面【かほ】,頻に 低ぐ  柳葉の眉を。

半ば羞ぢ 還た 半ば喜び,去らんと欲して 又 依依たり。

覺め來って  知るは 是れ 夢,悲みに 勝【た】へず。

 

『女冠子二首其二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
 (改訂版)《巻3-22 女冠子二首 其二》
女冠子二首其二

昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。

半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。


(下し文)
(女冠の子)

昨夜 夜半,枕上 分明に夢み見【まみ】ゆ。:「語ること 時に多く、舊に依る  桃花の 面【かほ】,頻に 低ぐ  柳葉の眉を。

半ば羞ぢ 還た 半ば喜び,去らんと欲して 又 依依たり。

覺め來って  知るは 是れ 夢,悲みに 勝【た】へず。

(現代語訳)
(一年前に別れたというのに、夢に女性が出てきて逢瀬を楽しみ歓び、離れがたいという夢だが、夢だということがわかると、もっとつらくなるのだと詠う。)

昨夜の夜半のことだった。一年以上も経つというのに、枕辺で、夢を見たことをはっきり覚えている。「夢では多く語り合ったし、以前と同じ妝装いでで麗しい君の面影は桃の花のようだった。ほほえんでくれて女性の美しく若い柳葉の眉尻はしきりに下げている。」というものだ。

それでも、その夢の、「半ば、恥じらい、また、半ば、喜ぶ、去って行こうとしても、名残が尽きなくて離れがたい。」ということがつらいのだ。夢から覚めてから、それが夢だったと分かってしまうと、その悲しみにとてもたえることができないのだ。


(訳注) (改訂版)《巻3-22 女冠子二首 其二》

女冠子二首其二

21. (一年前に別れたというのに、夢に女性が出てきて逢瀬を楽しみ歓び、離れがたいという夢だが、夢だということがわかると、もっとつらくなるのだと詠う。)

22.  【解説】この作品は、女冠子(二)と聯章詞(聯章体=同一の事柄を複数の詞で詠むもの)になっている。男が女性の側に立って描いているが、発想はあくまで男性である。

・女冠 ①道教の門中に在って修道している女道士をいう。②宮中の妃嬪・女官が位階を与えられること。

 其一で、去年の四月十七日に、王建に韋荘の愛妾はうばわれた。まず道女となり、その道女として後宮に入り、妃嬪となった。 夢に恋い慕う女を見た男の情を詠う。その夢が覚め、そこで初めて夢だと知り、悲しみに堪えることができないことを語る。

23. 【構成】唐の教坊の曲。『花問集』には韋荘の作が二首収められて心る。双調四十.字、前段二十三字五句二仄韻二平韻、後段十八字四句二平韻で、❹❻③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。

詞牌の一。双調(単調、異体もある) 四十一字。換韻。

《巻3-21 女冠子二首 其一》

四月十,正是去年今

別君,忍淚佯低面,含羞半斂

不知魂已斷,空有夢相

除卻天邊月,沒人


(改訂版)《巻3-22 女冠子二首 其二》

昨夜夜,枕上分明夢:語多,依舊桃花面,頻低柳葉

半羞還半喜,欲去又依

覺來知是夢,不勝


  
  

 

昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。

昨夜の夜半のことだった。一年以上も経つというのに、枕辺で、夢を見たことをはっきり覚えている。「夢では多く語り合ったし、以前と同じ妝装いでで麗しい君の面影は桃の花のようだった。ほほえんでくれて女性の美しく若い柳葉の眉尻はしきりに下げている。」というものだ。

24. ・分明:はっきりと明らかなこと。

25. ・夢見:夢で会う。見:会う。ここは、夢を見る、ではない。

26. ・語多時:(想いを)語ることが長時間に亘る。多くの時間、(情愛を)語った。

27. ・依舊:昔ながらの。以前と同じで。

28. ・桃花面:桃の花のように麗しい女性の容貌。美貌。面:かお。

29. ・頻低柳葉眉:しきりとほほえんでくれるので美しい眉尻を下げる。柳眉:女性の美しい眉。

 

半羞還半喜,欲去又依依、覺來知是夢,不勝悲。

それでも、その夢の、「半ば、恥じらい、また、半ば、喜ぶ、去って行こうとしても、名残が尽きなくて離れがたい。」ということがつらいのだ。夢から覚めてから、それが夢だったと分かってしまうと、その悲しみにとてもたえることができないのだ。

30. ・半羞還半喜:半ばは恥じらい、半ばは喜ぶ。

31. ・還:なおも。また。

32. ・欲去又依依:行こうとしても、名残が尽きなくて離れがたい。依依:名残惜しく離れにくいさま。・依依 後に心がひかれるさま。 顔延之《秋胡詩》(7)  (「遲遲前途盡,依依造門基。」(遲遲【ちち】として前途【ぜんと】盡【つ】き,依依【いい】として門基【もんき】に造【いた】る。)秋湖の足どりは遅れがちながらも行く道を尽くしてしまう、後に心を引かれながらも家の門の土台に行き着いた。

秋胡詩 (7) 顔延之(延年) 詩<9>Ⅱ李白に影響を与えた詩478 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1251

33. ・門基 わが家の門の土台。

34. ・覺來:夢から覚める。

35. ・知是夢:夢であるということがやっと分かった。知ったことは、夢である。

36. ・不勝悲:悲しみに勝(た)えない。とても悲しい。  
スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment

テンプレートに関するご質問・不具合のご報告の際はご自身のブログアドレス記載必須です
ご質問の前に必ずお読みください ↓
FC2テンプレート ご利用時のお願い