花間集 訳注解説(137)回目 韋莊二十五首《巻3-21 女冠子二首 其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8390

 韋莊《巻3-21 女冠子二首 其一》

 

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花間集 訳注解説(137)回目 韋莊二十五首《巻3-21 女冠子二首 其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8390

(道女になると別れた女性を思い偲ぶ情を詠う。)

初夏、四月十七日、まさにこの日一年前の今日。

それはきみと別れの時、涙をこらえつつ、ただ、見つめ合えばこらえきれないのでうつむいてしまう、形の上の出家とはいえ、泣けば恥かしいことと思い顔を作るから、少し眉間にしわを寄せてしまった。 すでに思いを通わせることは許されないと心に言い聞かせているのに、夢で君を追いかけていることがある、それは空しくつらいことだということは知らなかった。空にある月がきみであるから、もう月を見る事はしなくなったし、そして、人のうわさも75日、一年もたったので、誰も別れた人の心を知ろうとはしない。 

 

 

 

 

 

花間集 巻三

 

 

 

 

 

女冠子二首其一

四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。

不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

 

女冠子二首其二

昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。

半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

 

溫助教庭筠

0148

女冠子二首其一

含嬌含笑

 

 

 

0149

女冠子二首其二

霞帔雲髮,

 

 

韋相莊

0321

女冠子二首其一

四月十七,

 

 

 

0322

女冠子二首其二

昨夜夜半,

 

 

薛侍郎昭蘊

0338

女冠子二首其一

求仙去也,

 

 

 

0339

女冠子二首其二

雲羅霧縠,

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

0401

女冠子四首 其一

綠雲高髻,

 

 

 

0402

女冠子四首 其二

錦江煙水,

 

 

 

0403

女冠子四首 其三

星冠霞帔,

 

 

 

0404

女冠子四首 其四

雙飛雙舞,

 

 

張舍人泌

0439

女冠子一首

露花煙草,

 

 

孫少監光憲

0824

女冠子二首其一

蕙風芝露,

 

 

 

0825

女冠子二首其二

澹花瘦玉,

 

 

鹿太保虔扆

0916

女冠子二首其一

鳳樓琪樹,

 

 

 

0917

女冠子二首其二

步虛壇上,

 

 

毛秘書熙震

0945

女冠子二首其一

碧桃紅杏,

 

 

 

0946

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,

 

 

李秀才珣

1036

女冠子二首其一

星高月午,

 

 

 

1037

女冠子二首其二

春山夜靜,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公主が道教に入信することはさらに多く、唐朝の二一二人の公主のうち、出家した者は十人にも上る。ただし、彼女たちの多くは道教に入っており、仏に仕えたのではなかった。彼女たち事実上自ら願って女道士の生活に入ったのであろう。最も有名な玄宗皇帝の妹の玉貴公主と、彼女と同時に出家した金仙公主は、おそらくこうした例である。彼女たちは女道士になっても公主としての富貴と栄誉を失わなかった。朝廷は旧来のごとく彼女たちに生活資財を支給したから、生活はかえって公主の時より自由になり、束縛を受けなくなった。また女道士の生活は尼僧のそれに比べていくらか自由であったからこそ、公主たちの大半は仏寺に入らず通観に入ったのである。

 

【女冠子の生活】

出家した女性の生活は、きわめで特色のあるものだった。まず第一に、彼女たちは人に頼って生きる階層であり、一般には生業に従事しなかった。国家あるいは施主から衣食がすべて供給された。

建国当初、高祖は勅令を下して、「およそ戒律を守り、修行に励む僧尼、女冠等の人には、一律に衣食を供給し、欠かさぬようにせよ」(『旧唐書』高祖紀)と命じている。しかし、尼や女道士の生活状況は人によって大変な相違があった。豪奢な生活をし奴僕を使っている上層の者もいれば、清貧の生活をし奴稗に等しい下層の者もいた。上層に属す尼や女道士には、国家が生活物資を支給する以外に、高官貴人も布施などの援助をしたので、彼女たちの生活は往々にして豊かであり賛沢でさえあった。

 

彼女たちは最も独立性に富んだ身分であり、同時にまたきわめて開放的な階層でもあった。なぜなら、彼女たちは家庭と夫の束縛から抜け出しており、また世俗的な道徳倫理の拘束からも解放されていたからであり、なおかつ唐代の宗教教門の戒律もそれほど厳格ではなかったからである。彼女たちのうち、とりわけ女道士は、唐代の女性の中できわめで自由奔放な人々であったから、唐代の女道士は娼優に近かったという学者もいる(梁乙真『中国婦女文学史綱』、譚正壁『中国女性文学史話』)

 

彼女たちは深い教養を身につけ、常に宮廷、王府、貴族豪門の屋敷に出入りしては、軍事・政治の大事に参画したり、天文や人事に関する吉凶を占ったので、皇帝・皇后や貴顕から大いに信用された。女道士の許霊素はかつて粛宗の張皇后を助け、偽の詔勅を作り、皇后の生んだ子を皇太子にした(『旧唐書』后妃伝下)。また、尼僧の王奉仙は唐末、節度使間の戦争が激しかった時、朝廷の観察使等の大官や将帥たちの軍師となり、軍中の賞罰、作戦などすべて自ら決した(『資治通鑑』巻二五七、偉宗光啓三年)。こうした例は決して少なくない。

 

彼女たちは、社交、外出、生活などなんでも比較的自由だった。上述の出家した玉貴公主は、玄宗時代には特殊な地位にあって活躍した人物である。彼女は常時宮廷に出入りし、兄玄宗や高官貴顕とよく一緒に出かけて遊んだ。唐詩の中には、当時の近臣たちの唱和の作品に、玉真公主とともに遊んだことを特別に詠んだ詩がある。ところで、尼僧や女道士は常に四方の名山大川を自由に遊歴することができた。

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《女冠子二首其一》韋莊

 

 

花間集 訳注解説 巻三-21女冠子二首其一

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8390

 

 

(改訂版)-43韋荘121《巻3-21 女冠子二首 其一》 

女冠子二首其一

(道女になると別れた女性を思い偲ぶ情を詠う。)

四月十七,正是去年今日。

初夏、四月十七日、まさにこの日一年前の今日。

別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。

それはきみと別れの時、涙をこらえつつ、ただ、見つめ合えばこらえきれないのでうつむいてしまう、形の上の出家とはいえ、泣けば恥かしいことと思い顔を作るから、少し眉間にしわを寄せてしまった。 

不知魂已斷,空有夢相隨。

すでに思いを通わせることは許されないと心に言い聞かせているのに、夢で君を追いかけていることがある、それは空しくつらいことだということは知らなかった。

除卻天邊月,沒人知。

空にある月がきみであるから、もう月を見る事はしなくなったし、そして、人のうわさも75日、一年もたったので、誰も別れた人の心を知ろうとはしない。 

(女冠の子)

四月の十七,正に是れ去年の今日。

君と別れし時。涙を忍びて佯【いつは】りて面を低げ,羞【はぢら】いを含みて眉を斂む。

知らず  魂い已に斷たれ,空しく夢に相ひ隨う有るを。

除卻す 天邊の月を,人の知る沒【な】し。

 

女冠子二首其二

昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。

半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

 

 

《女冠子二首其一》 現代語訳と訳註解説
(
本文)
 (改訂版)-43韋荘121《巻3-21 女冠子二首 其一》
女冠子二首其一

四月十七,正是去年今日。

別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。

不知魂已斷,空有夢相隨。

除卻天邊月,沒人知。

 

 (下し文)
(女冠の子)

四月の十七,正に是れ去年の今日。

君と別れし時。涙を忍びて佯【いつは】りて面を低げ,羞【はぢら】いを含みて眉を斂む。

知らず  魂い已に斷たれ,空しく夢に相ひ隨う有るを。

除卻す 天邊の月を,人の知る沒【な】し。


(現代語訳)
(道女になると別れた女性を思い偲ぶ情を詠う。)

初夏、四月十七日、まさにこの日一年前の今日。

それはきみと別れの時、涙をこらえつつ、ただ、見つめ合えばこらえきれないのでうつむいてしまう、形の上の出家とはいえ、泣けば恥かしいことと思い顔を作るから、少し眉間にしわを寄せてしまった。 

すでに思いを通わせることは許されないと心に言い聞かせているのに、夢で君を追いかけていることがある、それは空しくつらいことだということは知らなかった。

空にある月がきみであるから、もう月を見る事はしなくなったし、そして、人のうわさも75日、一年もたったので、誰も別れた人の心を知ろうとはしない。 


(
訳注) (改訂版)-43韋荘121《巻3-21 女冠子二首 其一》

女冠子二首其一

1. (道女になると別れた女性を思い偲ぶ情を詠う。)

2.【解説】この作品は、女冠子(二)と聯章詞(聯章体=同一の事柄を複数の詞で詠むもの)になっている。男が女性の側に立って描いているが、発想はあくまで男性である。

3. ・女冠 ①道教の門中に在って修道している女道士をいう。②宮中の妃嬪・女官が位階を与えられること。

【解説】 冒頭、今日、四月十七日は、まさに去年、王建に韋荘の愛妾はうばわれた。まず道女となり、その道女として後宮に入り、妃嬪となった。彼女と別れた日であると、具体的な日を延べて、別れの悲しさ、切なさ、恨みを強調する。単刀直入な言葉に始まる。温庭筠と比べると、韋荘は単刀直入な言葉を多く用いる。本詞は、その作風を顕著に表していると言えよう。

4. 【構成】唐の教坊の曲。『花問集』には韋荘の作が二首収められて心る。双調四十.字、前段二十三字五句二仄韻二平韻、後段十八字四句二平韻で、❹❻③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。

詞牌の一。双調(単調、異体もある) 四十一字。換韻。

《巻3-21 女冠子二首 其一》

四月十,正是去年今

別君,忍淚佯低面,含羞半斂

不知魂已斷,空有夢相

除卻天邊月,沒人


 

四月十七,正是去年今日。

初夏、四月十七日、まさにこの日一年前の今日。

5. ・四月十七:初夏の四月十七日。一年前のこの日に、恋人と別れて、ちょうど再びその日が巡ってきた。

6. ・正是:ちょうど。是は今日の火を強調するもの。特に意味はない。 

 

別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。

それはきみと別れの時、涙をこらえつつ、ただ、見つめ合えばこらえきれないのでうつむいてしまう、形の上の出家とはいえ、泣けば恥かしいことと思い顔を作るから、少し眉間にしわを寄せてしまった。 

7. ・忍涙:涙を流すのをこらえる。 

8. ・佯:いつわる。ふりをする。まねをする。涙を見られるのが嫌で、偽ってうつむくこと。 

9. ・低面:顔を伏せる。とても恥かしいことと思い下を向いたのです。

10. ・含羞:恥じらいの表情を見せて。 

11. ・半斂眉:少し眉根を寄せて、つらそうな表情をする。

 

不知魂已斷,空有夢相隨。

すでに思いを通わせることは許されないと心に言い聞かせているのに、夢で君を追いかけていることがある、それは空しくつらいことだということは知らなかった。

12. ・不知:知らない。気づかない。わからない。…かもしれない。ここでは前者。 

13. ・魂已斷:こころは、既に(冷え、愛しい人を慕う思いは)断ち切られてしまった。魂:こころ。たましい。肉体に対して使う。肉体に宿る精気。

14. ・空有:むなしく…だけがある。 

15. ・夢相隨:夢の世界では逢っている。 

16. ・相:逢う対象となるものがある(いる)ことを表すもので、一方的なものである。また、言葉のリズムを取るために使うもので、ここでは「相互に」の意味はないのである。 

17. ・随:人についていく。付き従う。

 

除卻天邊月,沒人知。

空にある月がきみであるから、もう月を見る事はしなくなったし、そして、人のうわさも75日、一年もたったので、誰も別れた人の心を知ろうとはしない。 

18. ・除卻:除く。 ・卻=却:…し去る。…し捨てる。動詞の後ろに付き、強調する。滅却、破却、忘却などの却と同様の用法。 

19. ・天邊月:空にある月。月は女性をあらわす。

20. ・沒人知:「一般の人でさえわたしのことを知ろうとする気持ちが没してなくなってしう。 ・沒:(白話)打ち消し。…が没してなくなった。

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