花間集 訳注解説 巻一09 (14)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其九》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7646

 温庭筠 《菩薩蠻十四首 其九》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161114

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

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唐の時、女性論(8長安の妓女 の3

 妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や踊りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四銀(銀は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進十に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平康里の名妓天水仙寄は少しばかり名声があり、貴公子劉草が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉草は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩締などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。

 雛妓(半玉)の「初夜権」は高い値段で買い取らねばならなかった。南曲の張住住が成人になろうとした時、金持の陳小鳳は大金を出し「その元を取ろう」とした。彼女はすでに処女を失っていたが、手管を使って処女のごとく振舞って陳を馴した。陳は処女を得たと思い、さらに三編(一権は銅鉄一千枚)を張家にやった。その他、「買断」という決まりもあった。つまり妓女が一人の客に独占されることであり、客が毎日仮母に一彬を払うと、この妓女はもう他の客をとれなかった。

 

 少し有名な妓女はなじみの客を多くよぶことができたので、豪門や富貴の客から大量の銭と晶物が仮母の懐に入った。これらの妓女の生活は一般にかなり裕福であり、贅沢ですらあった。また、ある妓女は仮母に大量の金を儲けさせたが、仮母はいぜんとして彼女にぴどく辛くあたった。たとえば楊莱児は仮母にたっぷり金を儲けさせたが、仮母は彼女を虐待した。それで、莱児は身請けされて行く時、仮母を大いに罵り衣を払って去った。やっと誉憤を晴らしたのである。下層妓女の収入はたいへん少なく、生活はきわめて苦しかった。張住住の家の場合は、抱えている二人の妓女が売れなかったので、置屋は没落し、雑貨を売って生活しなければならなかった。

 

 

 

菩薩蠻十四首 其九
(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

牡丹花謝鶯聲歇,綠楊滿院中庭月。
春三月、牡丹の花はちり、うぐいすのこえもなきやむ初夏のころとなる。池端の青柳のみどりは繁り、いつしか宮殿の中庭一面に、仲秋の名月が、かげがさす季節に変わる。
相憶夢難成,背窗燈半明。
妃嬪は宮殿のうちにあって、寵愛を失ってからは夢の中でも逢いたいと思うのである、その夢をむすぶ燭灯の向うの窓に背を向けて「逢いたい!」といってみる、燃やし続ける蝋燭の芯は半ばの明かりとなっている。
翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。
妃嬪は若くその顔に化粧を施し、頬に金の翠の鈿をつけている、いかにもうつくしい、ひとり過ごす宮殿の閨は寂寞としたままで、愁いに沈んでいる。

人遠淚闌幹,燕飛春又殘。
後宮の奥のかこわれた宮殿の閨はひっそりとして人かげもなく、頬には、涙を流し続けてくっきりと涙の後がついている。また今年も燕が飛び交う、そして春はまたその名残を残していくだけなのだ。

牡丹 花謝【お】ち 鶯聲歇【や】む,綠楊【りょくよう】院に滿ち 中庭の月。
相憶【そうおく】の夢 成し難く,窗を背に燈び明りを半ばにする。
翠鈿【すいてん】の金 臉【ほほ】に壓【くず】す,寂寞【せきばく】として香 閨に掩う。
人遠く淚 闌幹【らんかん】し,燕飛 春 又殘る。


紅梅002


 

『菩薩蠻十四首 其九』現代語訳と訳註
(
本文)
菩薩蠻十四首 其九

牡丹花謝聲歇,綠楊滿院中庭月。
相憶夢難成,背窗燈半明。
翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。
人遠淚闌幹,燕飛春又殘。


(下し文)
牡丹 花謝【お】ち 鶯聲歇【や】む,綠楊【りょくよう】院に滿ち 中庭の月。
相憶【そうおく】の夢 成し難く,窗を背に燈び明りを半ばにする。
翠鈿【すいてん】の金 臉【ほほ】に壓【くず】す,寂寞【せきばく】として香 閨に掩う。
人遠く淚 闌幹【らんかん】し,燕飛 春 又殘る。


(現代語訳)
(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

春三月、牡丹の花はちり、うぐいすのこえもなきやむ初夏のころとなる。池端の青柳のみどりは繁り、いつしか宮殿の中庭一面に、仲秋の名月が、かげがさす季節に変わる。
妃嬪は宮殿のうちにあって、寵愛を失ってからは夢の中でも逢いたいと思うのである、その夢をむすぶ燭灯の向うの窓に背を向けて「逢いたい!」といってみる、燃やし続ける蝋燭の芯は半ばの明かりとなっている。
妃嬪は若くその顔に化粧を施し、頬に金の翠の鈿をつけている、いかにもうつくしい、ひとり過ごす宮殿の閨は寂寞としたままで、愁いに沈んでいる。

後宮の奥のかこわれた宮殿の閨はひっそりとして人かげもなく、頬には、涙を流し続けてくっきりと涙の後がついている。また今年も燕が飛び交う、そして春はまたその名残を残していくだけなのだ。
海棠花1050

(訳注)
菩薩蠻十四首 其九

(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

【解説】 過ぎゆく春に、寵愛を失った妃嬪の情を詠う。

前段に言う楊は雄を示し揺れる枝は逢瀬をれんそうさせる、季節が変わり、秋の夜長を一人過ごす。作中の妃嬪は庭を眺めて思いに耽っていたが、せめて夢で寵愛を受けるだけだ。しかし、彼の人のことがやはり胸から離れず、なかなか寝付けない。これが前段の意である。

時間の流れからすれば、すぐ近くにいても、寵愛は簡単ではない。「灯、半ば明らかなり」とは、外の月光の明るさと対比した表現は、後宮のおなかの寂しさをあらわしたものである。

後段は、妃嬪は翡翠や黄金の飾りを装ってみたものの、すべて贈り物でいただいたものであるから、独りの世界に閉じ籠もってそれをたえなければいけない。

この詩の表現で、「背窗燈半明」というのは新しい感じがする句である。又、楊柳の内、「楊」:男の語と「月」:女を同じ句の中にあるのは、逢瀬を思い出させるものであり、楊、イクォール別離⇒折楊柳⇒国境の守りに着く⇒遠くの空を見る、と解釈するのは単純すぎる、確かに、一方的に別れておったということは、折楊柳とは無関係である。この詩の面白いのは、近くにいても、思いが届かず、寵愛を失っている状況を詠っていることにある。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

牡丹花謝,綠楊滿院中庭
相憶夢難
,背窗燈半
翠鈿金壓
,寂寞香閨
人遠淚闌
,燕飛春又

  
  
  
  

 

牡丹花謝聲歇,綠楊滿院中庭月。
春三月、牡丹の花はちり、うぐいすのこえもなきやむ初夏のころとなる。池端の青柳のみどりは繁り、いつしか宮殿の中庭一面に、仲秋の名月が、かげがさす季節に変わる。
 花がしぼみおちること。
 止むこと。
・中庭 中心にある庭、なかにわ。


相憶夢難成,背窗燈半明。
妃嬪は宮殿のうちにあって、寵愛を失ってからは夢の中でも逢いたいと思うのである、その夢をむすぶ燭灯の向うの窓に背を向けて「逢いたい!」といってみる、燃やし続ける蝋燭の芯は半ばの明かりとなっている。
・背窓句 宮殿のどこか、窓の向こうに毎日思いを向けている、すぐ手の届くところにいるのに。その思いは一向に届かないこと。


金壓臉,寂寞香閨掩。
妃嬪は若くその顔に化粧を施し、頬に金の翠の鈿をつけている、いかにもうつくしい、ひとり過ごす宮殿の閨は寂寞としたままで、愁いに沈んでいる。


人遠淚闌幹,燕飛春又殘。
後宮の奥のかこわれた宮殿の閨はひっそりとして人かげもなく、頬には、涙を流し続けてくっきりと涙の後がついている。また今年も燕が飛び交う、そして春はまたその名残を残していくだけなのだ。
涙闌幹 闌幹は涙の流れるさまであるが、ここでは毎日泣き続けている状況を示しているので、涙か流し枯れてもそのあとは残っているといったほうが理解しやすいとおもう。

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